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松永洋介  原発建設を進めてきたわが国の文化的風土 2012年01月08日(日)21時36分42秒 http://narapress.jp/ysk/

松永のTwitterより。

12月25日
『ちくま』1月号、斎藤美奈子の連載が変。川村湊『原発と原爆』の紹介だが、大友克洋『AKIRA』を評して「放射能の恐怖が描かれていない」と。いやいや、『AKIRA』は巻頭の「新型爆弾」が核爆弾「じゃない」ことがプロットの軸なんだから、放射能が出てきたら作品が成り立たないだろう。

『ちくま』1月号の斎藤美奈子、『ゴジラ』の制作会社を「東邦映画」と誤記。筆者も編集部もいいかげんすぎる。そしてゴジラのことを「肉食怪獣」と書いてあるが、よくわからない。これは川村湊の本から引いてこうなったのか?

川村湊『原発と原爆』では、『ゴジラ』1954とゴジラ・シリーズを混同してるようだし、『AKIRA』は漫画を、『風の谷のナウシカ』は映画を取り上げているようだ。サブカルチャーから「原爆=核」を考えるというなら、漫画版「ナウシカ」に言及しないのは不自然に思える。どうなってるのかな。

12月28日
川村湊『原発と原爆 「核」の戦後精神史』河出ブックス2011.8読んでみた。これはひどい本。一言でいうなら「論評に値せず」。作品をねじまげた解釈は著者の自由だとしても、劇中の描写が読み取れないとか、書いてないことを付加して批判するのは論外。『空想科学読本』をもっとダメにした感じ。

著者は「アキラ」「ナウシカ」どちらも漫画・映画とも見たらしい。が、根本的な誤解が。アキラの爆発を頭から核爆弾だと決めつけて「“目に見えない”放射能への恐怖など、まったく視野の外にある」と批判。馬鹿だ。作品も読めないのに、よく文芸評論家としてやってこられたな。

「ナウシカ」も批判。が、作品内容の誤解が前提。風を腐海に送り続けて村の瘴気を吹き払うのがナウシカの仕事だと。は? また、自然あるいは人為的な放射能の浄化は実際には期待できないので、ナウシカや「千と千尋」(突然出てくる)の「浄化」のモチーフはおかしいと。は?

ゴジラや東宝特撮についても、誤解や珍解釈が満載。東宝怪獣映画は「原水爆や放射能の恐怖というそのレゾン・デートルを失ったのである」って、そのレゾン・デートルは誰が決めたんだ? 知らない人が読んだら「そうだったのか!鋭い指摘!」って思うのかなあ。

「これ以降、ゴジラ・シリーズは、生身のゴジラよりも機械仕掛けのメカゴジラの方が優勢になり、機動戦士ガンダムなどのロボット型の「闘士」たちが活躍する時代となってゆく。科学文明、機械文明の勝利を謳歌するかのように」『原発と原爆』p29。は? その間に原発の建設が進んだそうだ。

『原発と原爆』の意味不明の箇所を指摘するときりがない。それでも川村湊は、文芸評論の世界ではそれなりの権威である。この本も、田中優子や斎藤美奈子が好意的に紹介している。しかしちょっと教養のある者が読めば、内容は杜撰の極みであり、完全に破綻している。この構図は、何かに似ている。

杜撰な議論を、権威が通す。これって、原発推進の構図そのものではないか。川村湊は『原発と原爆』で、原発を作り続けたわが国の戦後の時代精神を浮き彫りにしようと試みたようだが、まず反省すべきは、この読解力のなさ、この杜撰さ、この権威主義ではないか。ひどい話だ。脱原発への道は遠いな。

水野 崇  万葉ひすい 2011年05月22日(日)03時35分40秒
▼隕石標本:万葉ひすい ならまち暮らし(8)/毎日新聞奈良版 2011年2月9日 へのコメント

はじめまして。 河津聖恵さんのブログのリンクで知りました。
勾玉とヒスイに関することですが、2000年に沖縄の今帰仁村立歴史博物館を訪ねたとき、勾玉とヒスイに関する興味ある解説を聞きました。 大和朝廷はそれまでヒスイの勾玉を使っていた人たちにその使用を禁じたということです。琉球諸島は大和朝廷の支配下におかれていなかったので、ずっと使っていたとのことです。縄文時代には、糸魚川産のヒスイは朝鮮半島にも運ばれていたとのことです。 この解説はその後その博物館でしなくなったようなので、今たずねても聞けるかどうか分かりません。寮さんの推測は根拠があると思います。  水野

松永洋介  東京新聞「大波小波」に『空が青いから白をえらんだのです』評 2010年07月29日(木)11時14分55秒 http://www.ceres.dti.ne.jp/~ysk/

寮美千子・編『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』が、7月16日の東京新聞/中日新聞「大波小波」欄で紹介されました。
少年刑務所の詩人

 少年刑務所では凶悪な少年たちが凄惨なリンチを繰り返している。漫画『あしたのジョー』に登場する少年院の印象から、いまだにそう信じている人は多い。だが現実には受刑者の多くは家庭で育児放棄を受け、学校で落ちこぼれてきた弱者である。家庭内暴力の犠牲となり、他人とのコミュニケーションの方法も知らぬまま犯罪にたどり着いた。彼らに必要なのは懲罰や監禁ではなく、心理療法であり情操教育である。
 童話作家の寮美千子が奈良少年刑務所で詩作の教室を開き、最初の成果をアンソロジー詩集『空が青いから白をえらんだのです』(長崎出版)にまとめた。表題は受刑者の一人が、父親の暴力によって死亡した母親を思って綴った詩から採られている。というより、その詩の全行である。頑なに心を閉じていた少年にとっては、この一行を書くだけで精いっぱいだった。
 この詩集にはこのように、発語の困難を克服して書き付けられた言葉が溢れている。寮はかつて『楽園の鳥』で魂の救済を求めてネパールへ向かう女性を描き、泉鏡花賞を得た。悲惨の中にある人間の救済が彼女の主題である。流行と技巧に遊ぶ現代詩人は、少年たちの書くことをめぐる真っすぐな情熱をどう受け取るだろうか。  (節人)
この欄は有名な匿名文芸コラムということで、誰が書いてくれたかはわかりません。たぶん面識のない人。
最後の一行がすごい。実際、この本は、ドキュメントであり、「詩」の概念を根底から問い直す、革命的な詩集でもある。多くの人に読んでもらいたい。

ところで、「月蝕歌劇団」主宰で、マンガ評論でも有名な高取英さんが、7月27日の日記にこの本のことを書いている。
少年刑務所詩集

「空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集」を編の寮美千子さんからだいぶ前にいただいた、詩は受刑者。童話と詩の授業からこれは生まれた。
「あしたのジョー」でボクシングに受刑者がうちこむ場面があるが、それを思い出す。丹下段平が青山をコーチするところが凄まじかった。
この本では詩の朗読の時に、芝居のように扮装して朗読していくところが、すごかった。
詩は、なんだか、哀しいのから、たくましいもの、と、様々だ。
なぜかここでも『あしたのジョー』。
どんな境遇にあっても、「あしたのために」と書かれた自分宛のハガキが舞い込む人は幸せだ。
しかし、そのハガキは、事件を起こしてしまう前に届いてほしい、と切に願う。

ムー大陸  西武が勝った結果… 2010年07月02日(金)01時23分49秒

もう何十年も前にたまたま読んだ新聞の縮刷版に載っていた記事。「増上寺と西武、土地争いの裁判で西武が勝った」というような内容だった。昭和30年代前半の話。その後その土地に東京プリンスホテルが建った。

何年か前に読んだ新聞記事。「西武はプリンスホテルを立てる予定の土地にある、重要文化財を含む建造物の始末に困り、西武線沿線の寺にばらまいた。石灯籠は逆さに設置されているものもある始末。それでも処分し切れず、寺を建てて、そこに徳川家の霊廟とかを置いた。」というような内容だった。

所沢市周辺に配布されている、「東京新聞ショッパー」の7月2日付の記事の抜粋。「当時(1951年)ユネスコ村の一角に『狭山江戸府』をつくろうという構想があり、全国から重要文化財が移築されました」「これだけの重要文化財を後世に残すため、多数の関係者の尽力で、天台宗別格本山という格式のある寺院として開山。昭和50年のことでした。不動寺入り口の「勅額門」は国指定の重要文化財。東京・芝増上寺の徳川秀忠の霊廟から移築したものです。勅額門から階段を上がったところに色彩鮮やかな「御成門」。勅額門同様、徳川秀忠霊廟のものでこちらも国の重要文化財。飛天の彫刻や絵画が描かれ、朝鮮渡来の彫刻や絵画が描かれ、朝鮮渡来の天人門といわれています。」

自分は、重要文化財になるような建造物は元々ある所に存在するから意義があり、そこの土地を買った人が建てる建物の邪魔になるから全く関係のない所に移転したり他人に上げたりするというのは、あまりにも商業主義的に思います。特に霊廟に関する物だったら、お墓の一部を他人に上げるようなものです。祖先を敬わない行為。日本人として恥ずかしいです。

松永洋介  アインシュタイン名古屋講演の際の寮佐吉の姿が明らかに 2010年04月29日(木)22時11分22秒 http://www.ceres.dti.ne.jp/~ysk/
寮佐吉の未知の業績、糸口発見さる/グーグル「ブック検索」の破壊力と創造力 へのコメント

5月1日まで開催中の写真展「知られざる名建築〜旧奈良監獄・奈良少年刑務所の美〜」の会場に、中日新聞の記者さんが来られた。ひとしきり話をしたあと、ところで、と寮佐吉のことを尋ねてみた。金子務『アインシュタイン・ショック』に寮佐吉の名が出ている。おそらく中日新聞(の前身)に記事が載っていたのだろうと考えていたのだが、未調査だったので、この機会にと思ったのだ。
そうしたら、名古屋へ戻ってさっそく調べてくださって、思わぬことがわかった。アインシュタインの名古屋講演は大正11年(1922)12月8日。そこへ来賓の一人として列席したことはわかっていたのだが、実はその4日前、同じ会場でアインシュタインと相対性原理の映画の上映会があって、寮佐吉が六千人の観衆を前に解説講演をしたというのだ! 速報として送っていただいた「新愛知」新聞紙面の写真から起こした記事をここに記す。
究理の扉を開いた 無慮六千の人々
尽せりの寮氏の講演と ア氏学説の大映画

本社及愛知県教育会後援の下に名古屋ローマ字ひろめ会主催のアインスタイン氏相対性原理活動写真通俗講演会は学究の念に燃えてゐる名古屋人士の曠大な期待を受けて四日午後七時より国技館の鉄傘下でその究理の扉は開かれた。天野景康君が一場の開会の挨拶が終ると頗る楚々とした風貌を壇上に現した。この時場内に於ける鮨詰の如き聴衆は歓声を挙げてステージの寮氏を歓迎した。聴衆は理智と究学の熱に狂してゐた。
「アインスタイン氏の相対性原理が科学の中の一個の物理学の問題であるに拘らず斯くの如き世界に大問題視せられてゐるのは之も亦一種の群集心理である」
と先づ喝破しアインスタイン氏の出世と相対性原理の誕生とに詳述しスリーテストを以てアインスタイン氏が世界の学会に提出した当時の状況それから一般相対性の実例を一々通俗的に説明し証明し最後に
「ア博士の学説は吾々の実際生活上(以下略)
『新愛知』大正11年12月5日(漢字を新字に改め、句点を補った)
「通俗」とは今の言葉なら「入門」とか「一般向け」といった意味。紙面には巨大な写真があり、大観衆を前に講演する佐吉の姿。キャプションには「ア氏学説活動写真講演会に於ける寮佐吉氏の講演」。

こちらは8日の記事。第二部開始の際のようす。
感謝の拍手に 大鉄傘を揺がし
空前の盛況裡に散会

ホテル迄夕食をとりに帰ったア博士は八時再び壇に上る。一時間に亘る休憩にも拘わらず聴講者は更に減じた模様もなく真理に対する渇仰の瞳をかゞやかせて休憩前にも増して静かに耳を澄す。正面の招待席に川口愛知県知事 川崎名古屋市長 加勢内務部長 小平電気局長、竹内市会議長、等々力第五旅団長、篠田参謀長なんどのお歴々がシカ爪らしい頭顧を並べている。「成る程これはむづかしい」と胸に問ひ胸に答えて内心閉口垂れてゐたかどうか。四日夜の活動写真の時に同じ此の壇上に起って同じ学説を五千余の聴衆に語った寮佐吉君は正面の足もとに陣取って腕を組み唇を噛んで背延びの形を以て熱心に聞いてゐる。

そんな事には一切お構ひなしであらうところのア博士は休憩前に引続いて黒板に向ひ乍ら其の科学者らしい周到な組立と綿密な論理とを以て時間と空間の相対性へと食入っていく。石原博士の通訳はそれ自身既に無駄のない文章となって流れ出るア博士自身の学説を博士自身が系統立てゝ今此処に博士自身の口を以て述べるのであるからさしも宣伝された学理も既に親しみあるものゝやうに聴講者の耳には容易く這入っていく。そして休憩前に較べて講演に更に親しみを加えて懇切な教授が真の講堂に毎日の講義を続けていくやうな落ちついたなごやかを感ずる。

壇上に置かれた幾つかの火鉢には炭がつぎ加へられて博士の舌端のそれのやうに真紅な焔をあげてゐる。問題は特種相対性原理から一般相対性原理への究明となっていく。そして例へば加速度(以下略)
『新愛知』大正11年12月9日(漢字を新字に改め、句点を補った)
招待席のお偉方が退屈そうにしているなか、ひとり佐吉が熱心に聞いているようすを新聞記者はちゃんと見ていて、記事に書いている。
寮佐吉、当時31歳。この年、4冊の編著と訳書を出している。金城女学校の教員だが、どこの大学も出ていないので、講演来賓中で唯一、肩書きがない。

寮佐吉と終生交流のあった桐生悠々は『新愛知』の主筆を務めていたことがある。佐吉の足跡がまたひとつ明らかになってきた。

松永洋介  寮佐吉の未知の業績、糸口発見さる/グーグル「ブック検索」の破壊力と創造力 2009年06月16日(火)01時53分36秒 http://www.ceres.dti.ne.jp/~ysk/
おじいさま寮佐吉氏への感動 へのコメント


今年、インターネット検索大手グーグル社のプロジェクト「ブック検索」が、ネット時代の「黒船」として日本に襲来した。
グーグルは考えた。「古今東西の本という本を、ともかく全部スキャンしてデジタル化しちゃおう。その検索とか印刷でお金が取れればビジネスになる」。このアイディアに従い、現在、協力図書館とともに、片っ端から世界中の書籍の全頁スキャンを進めている。
これに対して、米国内で「それは著作権者軽視じゃないか。著作権侵害だ」という訴訟が起こされた。そして「和解」となった。
その和解内容が衝撃的だった。なんせ、訴訟に参加しなかった世界中の「著作者」たちも、和解に応じる当事者に含まれてしまうのだ! もちろん日本も含まれる。なぜこんなことになるのかというと、米国の裁判の「クラスアクション」という集団訴訟では、「そういう人」すべてが裁判に参加したのと同じ扱いになるからだそうだ。
⇒福井健策弁護士による解説「全世界を巻き込む、Googleクラスアクション和解案の衝撃」2月10日

今年に入ってグーグルから告知が出て、日本の出版界は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。ともかく最初は、何が起きているのか理解することすら困難だった。
⇒毎日新聞4月27日「書籍全文デジタル化・グーグル和解案 作家や出版社、反発強く」
その後、いろいろ情報が出てきたりグーグルが説明をしたりして、騒動としては沈静化しつつあるが、今後どうなるかは予断を許さない。
⇒毎日新聞5月28日「文芸家協会:グーグル和解案受け入れ 絶版書籍デジタル化」


ところで、そのブック検索である。
試しに「寮美千子」と入れてみた。結果はこんな感じ。てっきり「米国のサービス」だと思っていたのに、驚くほどの冊数が出てくる。しかも、著書だけでなく、アマゾンの「なか見!検索」のように、他の著作者による本文中の記載もピックアップされている。OCRで文字データを起こしているため、認識ミスも見られるが、なかなかすごい検索力だ。

続いて、「寮佐吉」と入れてみた。検索結果を見ると、リストアップされた冊数も多いが、それよりも内容に驚いた。寮佐吉についての明確な言及が、「桐生悠々」についての複数の本にあるようなのだ。

桐生悠々といえば、山本夏彦のコラムでその名を知った反骨の人である。信濃毎日新聞の主筆として「関東防空大演習を嗤う」という論説で、“関東への敵機飛来に備えるというが、帝都上空に敵機が来た時点で既にして敗戦確定なので、防空大演習はナンセンスの極み”と主張して軍の怒りを買い、信濃毎日を追われた。昭和8年のことである。
この論説をあらためて読んでみると、目につく箇所があった。
特にそれが夜襲であるならば、消灯しこれに備うるが如きは、却って、人をして狼狽せしむるのみである。科学の進歩は、これを滑稽化せねばやまないだろう。何ぜなら、今日の科学は、機の翔空速度と風向と風速とを計算し、如何なる方向に向って出発すれば、幾時間にして、如何なる緯度の上空に達し得るかを精知し得るが故に、ロボットがこれを操縦していても、予定の空点に於て寧ろ精確に爆弾を投下し得るだろうからである。この場合、徒らに消灯して、却って市民の狼狽を増大するが如きは、滑稽でなくて何であろう。
 特に、曾ても私たちが、本紙「夢の国」欄に於て紹介したるが如く、近代的科学の驚異は、赤外線をも戦争に利用しなければやまないだろう。この赤外線を利用すれば、如何に暗きところに、また如何なるところに隠れていようとも、明に敵軍隊の所在地を知り得るが故に、これを撃破することは容易であるだろう。こうした観点からも、市民の、市街の消灯は、完全に一の滑稽である。
一方、寮佐吉の著作に『近代科学の驚異』という本がある。これはサンデー毎日、週刊朝日、中央公論、改造、新青年、若草、工業大学蔵前新聞、読売新聞、東京朝日新聞などに執筆した記事をまとめた本で、昭和9年に単行本化された。中には、無人操縦の話も、赤外線暗視装置の話も書いてある。(信濃毎日の「夢の国」欄は誰が書いたのだろう?)

ブック検索で上がってきた岩波新書『抵抗の新聞人 桐生悠々』(井出孫六、1980初版)をさっそく入手した。
桐生悠々は、寮佐吉より18ほど年長である。二人は名古屋で過ごした時期が十年ほど重なっている。太平洋戦争開戦前に反戦論を述べてメジャーの仕事を干された点が共通している。また二人ともプランクの本を訳している。
具体的にどんな仕事をしていたのか、寮佐吉が寄稿を続けていたという桐生悠々の個人誌『他山の石』(復刻されていて、奈良教育大の図書館にも入っている)を調べてみることにしよう。


今回、寮佐吉の未知の業績の糸口が見つかった。孤独な戦いでなく、考えを同じくする仲間がいたこともわかった。
グーグルのブック検索を「とんでもない」として拒否しようとしている著作者たちもいる
しかし、今回の発見を前にすると、考え込んでしまう。これはむしろ、公共図書館でやってくれてもいいようなサービスなのではないだろうか? 日本の図書館ではサービスの対価を取ることが禁止されているからビジネスにはなりようがないけど、企業が実施して、著作権者へ適切な対価が支払われるなら、知の共有とビジネスが両立する、すばらしい仕組みではないか?
ブック検索の破壊的パワーを見れば、それが「黒船」と呼ばれることに違和感はないが、これまでになかったチャンスも与えてくれる。いったいどんなものなのかは、今後よく見極める必要があると思う。

それにしても、寮佐吉のことは、調べれば調べるほど面白い。
年月が経つにつれ、国会図書館の蔵書検索が充実し、昭和館の雑誌記事検索が充実し、グーグルのブック検索が始まり、佐吉の仕事内容がどんどんわかるようになってきた。この進歩、この感動。“一人ディスカバリーチャンネル”だった佐吉にも見せたいぐらいだ。

http://ryomichico.net/sakichi/

寮美千子  あおによし なら1300年祭応援イメージソング 2009年03月24日(火)15時38分57秒
▼Review Lunatique:1300年祭イメージソングを1千万円で谷村新司に依頼?! へのコメント

事業協会が1000万円で谷村新司氏に依頼した、平城遷都1300年祭イメージソング。
しかも、著作権買取りではなく、著作権は谷村事務所。
わすがに1300年祭で使用される許可をもらったというだけ。
これに寮美千子は激怒。なぜ、市民の力を活用しない?
なぜ、中央に利益を誘導する?
お金をかけないでも、祭りを盛りあげる方法はあるではないか。

「創作は最大の批評である」を実践し、寮美千子は、
なら1300年祭応援イメージソング「あおによし」を、勝手に制作した。

制作に快く協力してくださったのは清田愛未さん。
完全ボランティアで、作曲を歌と演奏と録音!をしてくださった。

ここまでの作業、1000千万円:0円である。
善意のボランティアで、ここまでできるポテンシャルを、市民が持っているのだ。
ということを、お上にも、県民のみなさんにも知ってほしい。

谷村版の「平城遷都1300年祭イメージソング」の発表は来たる4月26日。
どんな曲が仕上がってくるか、楽しみである。
谷村氏は、1000万円という莫大な制作費があるから、オーケストラも使えるし、
スケールの大きなものを作れるだろう。

しかし、志と歌詞のスケールの大きさ、楽曲のよさなら、こちらにも自信がある。
胸にしみる美しい旋律と清田さんの透明な歌声は、必ずしや人々の心に届くだろう。
清田愛未版「あおによし」末永く、奈良の人に愛され、歌い継がれてほしい。
【試聴はこちら】

この「あおによし」を収録したCDを自腹を切って自主制作した。
収益はまんとくんネットの活動費として寄付しちゃう。
ネット通販を開始。よろしく! 以下で購入できます。

http://ryomichico.net/sale.html#mantokun

マミ  市長と大統領との解決 2009年02月17日(火)13時40分12秒 http://www.geocities.jp/mamy_madagascar/

先週には(Andry Rajoelina)市長と(Ravalomanana Marc)大統領はやっと会って、話し合いました。今の政治的な危機に二人とも解決を見付けたとみんなは希望を持っていった。結論として、意味はないそうだった。なぜかというと二人とも自分のアイデアを守って行った。市長氏は大統領に諦めてから、過渡的な政府を立てるのを頼んたそうだった。その間、選挙の準備をする。大統領には彼は選挙で選べられたから、諦めないと答えた。
それで、土曜日には二人とも自分の見方を読んで集めて、自分の意見を発表した。場所はさっきと同じ(大踊り独立とスタジアム)で、その所の距離は歩いて行くと30分だけ。場所間に幸い軍人がいるから、敵対行為はなかった。
昨日は市長は過渡的な政府のメンバーを始めて置きに行ってたのが、事務所には誰もいなかったから、今日、また行くと言われた。

マミ  国際連合の事務総長はマダガスカルに来た。 2009年02月12日(木)17時00分14秒 http://www.geocities.jp/mamy_madagascar/

国際連合(ONU)の事務総長 「Haile Menkerios 様」はマダガスカルに来て、大統領と市長との会話ができると目的だった。その方はもう大統領と話したし、市長と会ったし。いつか、三人は同じテーブルで、話しあえるか?
火曜日に市長は相変わらず大踊り独立で国民と会って、政府のメンバーの一部を紹介した。それに対して、水曜日にスタジアムで大統領の味方を集めて、大統領は来なかったのに、任期が終わるまでにその席を守っていると伝えられた。
今まで、二人ともまだ自分の意見を守って続けている。

マミ  血まみれの土曜日(2009年02月07日) 2009年02月10日(火)04時32分31秒 http://www.geocities.jp/mamy_madagascar/

市長の約束によって、土曜日に彼の総理大臣を紹介する。
名前が出ました。その人は政治化の息子だそうだ。
スピーチなどが終わってから、みんな大統領官へ歩いて行くことを決めた。
(マダガスカルに来たお客さんにはColbert Hotel から左側にある古い建物)
大統領官の前に着いたら軍隊の甲冑があった。大統領官に入るのに市長からの代表団が軍隊のリーダーと相談した。彼らは入られた。しかし、誰も働かなかったから、代表団がみんなが待ち所へ戻っていった。途中で人々は代表団へ進んで歩いていた。同時に軍隊の甲冑もどこかへ走って逃げた。急にたくさん鉄声が聞こえて、どこから分からない。大統領官の窓からだそうだ。警告じゃなくて、本当に弾丸だ。傷を負わせた人々があっちこっちいった。逃げられる人は逃げた、隠れられる人は隠れに行った、残った人々は道の中に。鉄声は一回だけじゃなくて、何回聞こえた。大統領官の近くに傷を負わせた人と死体を運ぶことは全然できなかった。新聞記者(カメラマン)が死んでしまった。あそこに行った新聞記者(マダガスカル人と外国人)によると大統領官の前に死んだ人は20人間違えない。
そして、救急車だけじゃなくて普通の車とかタクシーとかホテルの車などは手を繋げて傷負と死体を病院へ運んだ。その時に病院は溢れてしまった。今まで、病院にとって、死んだ人々は50人ぐらいだそうで、傷した人々は120人ぐらいだそうだ。
昨日(日曜日)死体は運動所に集めた。今日(月曜日)死体はまた大踊り独立まで運んで最後の祈りしてから、家族のお墓に埋める。今日、国は悲嘆に暮れている。
それは話題になってきた。大統領と市長とのスピーチの中で土曜日の事件は互いに起訴した。だいたい、みんな、人間に鉄で撃つことを起訴している。

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