芥川龍之介の憂い
大正八年、芥川龍之介は、新聞にこのような文章を寄せています。
時々私は廿年の後、或は五十年の後、或は更に百年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。その時私の作品集は、堆い埃に埋もれて、神田あたりの古本屋の棚の隅に、空しく読者を待つてゐる事であらう。いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚の餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。
(「後世」より一部引用 初出:「東京日日新聞」大正8年7月27日)
当時、すでに高く評価され、いまも広く人々に読み継がれる文豪・芥川龍之介でさえ、時代の波のなかで作品が埋もれ、読まれなくなることを案じているのです。
後世に読み継がれること、それはすべての創作者の切なる願いではないでしょうか。わたしのようなマイナーな作家はもとより、ベストセラー作家であったとして、五十年先、百年先はどうだろう、と考えはじめると、誰しも不安を覚えるでしょう。
時代の流れはあまりにも急です。五十年後の世界がどんなものであるのかを予測するのは不可能と言ってもいいでしょう。五十年前、つまり昭和三十年代はじめ、今日のようにインターネットが普及し、誰もが携帯電話を持つ世界が到来することを、だれが想像したでしょう。SF作家でさえ予想できなかったことです。いまから五十年後の世界を正確に予言できる人はいないでしょう。
そのように激しく移り変わる時代のなか、どうしたら作品を埋もれさせずにすむか。コンスタントに売れ続け、再版に再版が重ねられること。それに越したことはありません。
しかし、そのような作品はごく稀です。多くが時の波に埋もれてゆきます。その時、その作品を発掘して再評価し、新たに出版する人がいれば、作品は生き返ることができます。そして、さらに未来へと読み継がれていく可能性が、ぐっと大きくなるのです。
そのためには、未来において、作品がたやすく出版できる状況が整っていることが何よりも大切です。出版のために非常な困難が伴うとしたら、誰がわざわざ過去の作品を発掘して出版するでしょう。
実は、その未来の再出版を困難にする恐ろしい法律改正の動きがあります。著作権保護期間を、現行の著者の死後五十年から、七十年に伸ばそうというのです。
保護期間延長の弊害とは?
著作権保護期間が著者の死後七十年になると、未来においてどうして作品を出版しにくくなるのか、作品にアクセスしにくくなるのか。それについてご説明しましょう。
著者が亡くなると、著作権は相続権のある遺族などに移譲されます。著作権継承者は、著作者本人と同じ権利を持ちます。著作物が出版されれば、著作権料を受け取り、出版の可否も著作権継承者に委ねられています。
もし、著作権が著作者の三人の子どもに継承されたとして、そのうちの一人でも出版を承諾しなければ、出版はできません。つまり、著作権継承者全員のオーケーを取らなければ出版はできない、ということです。
これは大変なことです。一体誰が著作権継承者なのか、調べるだけでも困難なことです。個人情報保護が徹底されてきた今日、気の遠くなるような作業になることは必至です。
さらに著作権継承者が複数であったなら、全員の了解を得なければ、出版もできません。もちろん、著作権料も発生します。出版のハードルが非常に高くなります。
著作権切れとなれば、このハードルがすべて消失します。著作権継承者を探しだす必要もなく、承諾を取る必要もありません。著作権料を支払わなくてもいいので、採算ベースに乗りやすく、出版が容易になります。つまり、著作権切れと判明している作品であれば、自由に出版できる、ということです。
現行の著作権保護期間は、著作者の死後五十年ですが、文化庁では、これを七十年に延長しようと検討しています。そうなったら、どうなるか。著者の死後七十年後、著作権継承者は、孫を通り越して、ひ孫ひひ孫の代になっています。そのひ孫がどこに何人いるのか、把握することは困難を極めるでしょう。著作権継承者探しは、古代遺跡の発掘に等しい途方もない作業になることでしょう。
そんな苦労をしてまで過去の作品を発掘・出版する人が、どれだけいるでしょうか。となれば、時の波に埋もれていく作品が多くなることは目に見えています。
ミッキーマウス延命法?!
なぜ、このような悪法が推進されようとしてるのでしょうか。アメリカでは一九九八年に著作権延長法が成立し、著作物の保護期間が死後七十年、公表後九十五年となりました。巷では「ディズニー法」「ミッキーマウス保護法」とも呼ばれ、ディズニーがキャラクターの権利を延長させるために政府に働きかけて改正させた、と言われています。
アメリカの法律がそのまま日本に適用されるわけではないので、ディズニーも日本では日本の法律に従わなければなりません。アメリカではまだ保護期間中でも、日本では著作権切れになる、というケースが出現します。
それを嫌い、アメリカが日本に圧力をかけてきました。二〇〇二年、アメリカ政府は日本政府に「著作権保護期間を、死後五十年から七十年へ延長」の要望を出しました。
キャラクター・ビジネスは、確かに大きな利益をもたらします。一社で独占できなくなれば、当然その会社のうまみは減るでしょう。
しかし、大会社一社を潤すために、法律があるわけではありません。著作権保護期間が切れれば、多くの会社がキャラクターを利用して新たな商売をはじめるでしょう。全体としてキャラクター・ビジネスがさらに活況になるに違いありません。
著作権切れでブレークした宮澤賢治
著作権切れになって、出版点数が飛躍的に伸びたケースがあります。
宮澤賢治は一九三三年にわずか三十七歳という若さで亡くなり、生前の単行本は、自費出版の詩集と童話の二冊だけでした。死後、高村光太郎や草野心平などが高く評価し、全集もいくつも出版されました。
「雨ニモ負ケズ」の詩が戦争に利用されたり、教科書に掲載されたため、賢治の名は広く知られていましたが、その仕事の全貌はあまりよく知られていませんでした。
爆発的なブームが起こり、多くの人が賢治の全体像を知るようになったのは、著作権切れとなった一九八三年以降のことです。各社がこぞって絵本、漫画、アニメ、廉価版の単行本などを出版したからです。
国会図書館の電子データによると、宮沢賢治の著作として同館に収蔵されている件数は九百四件。そのうち、著作権が存続していた一九八二年以前に刊行されたものは七十三件。残りの八百三十一件は、著作権切れとなった一九八三年以降に刊行されています。いかに多くの賢治本が、著作権切れの「後に」出版されたかがわかります。
著作権切れ以降目立つのは、児童向きの絵本です。漫画やアニメ映画も作られました。それにより、宮沢賢治を知る層がぐっと広がり、底辺も一気に拡大。そこから本格的に賢治研究を志す人も増えてきました。
著作権の存続が、作品発表を阻害していた、という事例もありました。別役実氏作の「銀河鉄道の夜」を題材とした戯曲は、著作権継承者の承諾が得られなかったため、発表を著作権切れまで待たなければなりませんでした。
作品を原作にして漫画化、アニメ化、映画化、演劇化する時、何がふさわしく、何が不適切なのか。それは、著作者本人しか判断できないことです。作品の真の理解者とは限らない著作権継承者に、その判断が全面的に委ねられているのは、納得のいかないことです。
著作権保護期間が切れるということは、誰もが自分の判断でその作品を出版できるようになる、ということです。それが、作品が広く巷に流布するきっかけになるのは、火を見るよりも明らかです。そしてそれは、作品が真に、人々の文化的な「共有財産」となったということを意味しているのです。
「青空文庫」の偉大なる試み
インターネット上に「
青空文庫」というサイトがあります。著作権切れとなった古今の名作を、ボランティアが入力した電子図書館。だれもが無料で閲覧できます。
夏目漱石、太宰治、芥川龍之介、泉鏡花、宮沢賢治などの作品を読むことができるばかりでなく、著者の死後五十年を経て入手が困難となった作家の作品にも、触れることができます。実際に図書館に出向かなくても、調べたい時にアクセスできる「青空文庫」は、いまや文学研究にも欠かせない資料です。
電子テキストから音声出力することも可能なため、視覚障害者にとっても、大切な情報源となっています。
現在六千を超えるファイルが収録されていますが、保護期間が七十年に延長されると、今後二十年間、日の目を見ない作品が多数あります。これは大きな文化的損失です。
延長派の言い分
日本文藝家協会は、一九九七年から二度にわたり、保護期間を七〇年に延長する要望書を文化庁に提出しています。「諸外国ではすでに死後七十年間に延長されている」ことが、延長要望の大きな理由の一つとなっています。
同協会の副理事長であり、著作権問題を担当する知的所有権委員会委員長の三田誠広氏は、二〇〇五年、朝日新聞のインタビューで「サンテグジュペリ(一九四四年没)は欧米では権利が続いているが、日本では勝手に翻訳が出せる。野蛮な国と見られているだろう」と語りました。しかし、その翌年、三田氏自身が『星の王子さま』の新訳を講談社から出版しました。理解に苦しみます。この三田氏がいまも、保護期間延長を強く主張していることに、どのような論理の一貫性があるのでしょうか。
一部の利益のために著作権保護期間を延長し、作品を万人から遠ざけることの方が、よっぽど野蛮であるとわたしは考えます。日本は、保護期間を五十年としていることを誇り、世界の範として、自信を持って示すべきです。
協会内には「著作権継承者を特定するために、データベースをつくればいい」という意見もありますが、誰が作るのか。お金はどこから出るのか。莫大な自費出版物まで含めて、どうやって情報を把握するのか、など問題は山積。事実上、実現不可能です。不可能なことを前提とした延長議論はナンセンスです。
協会内でも、平田オリザ氏、車谷長吉氏、わたしのように、延長反対をはっきり述べている人もいますが、大方は無関心です。延長の要望書こそ出していますが、日本文藝家協会もこの件に関しては一枚岩ではありません。
死後の遺族への配慮という点から延長を望む声も聞かれます。「太宰治さんの作品は、妻子の存命中に著作権が切れた。娘さんは残りの人生、父親の著作権が切れたまま生きなくてはならない」(三田誠広氏)/「若くして亡くなった作家の妻に『あと数年で主人の著作権が切れるんです』と涙ながらに訴えられた時にどう思うか」(松本零士氏)
なぜここで例にあげられるのが妻と子なのか、というフェミニズム的視点はさておき、その妻や子にとっては、亡くなった夫や父親の著作権料は、不労所得です。死後五十年間も不労所得を受け取っていたのなら、充分ではないでしょうか。著作権切れで生活困難になるなら、保護期間延長を主張するのではなく、生活保護を申請すべきです。
著作権保護期間の延長は、作品を後世に伝えるための大きな障害となります。「保護」という名の幽閉に他なりません。一人でも多くの人に読まれてこそ、作品は真の理解者を得ることができるのです。芥川龍之介は、前述のエッセイをこう結んでいます。
しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。
私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。(中略)
けれども私は猶想像する。落莫たる百代の後に当つて、私の作品集を手にすべき一人の読者のある事を。さうしてその読者の心の前へ、朧げなりとも浮び上る私の蜃気楼のある事を。(出典:同上)