寮美千子ホームページ ハルモニア Cafe Lumiere (No.0063)

寮美千子/軽い話題の掲示板

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マミ  国際婦人デー 2006年03月09日(木)06時05分27秒 http://www.geocities.jp/mamy_madagascar/

ご存知ように、今日(8日)は国際婦人デーですね!
その日だけ、女人は働きに行かない権利があります。
事務所か会社に来なくても問題ありません。ボースに怒られません。
今日、私はどこかへある旅行会社を訪問して、女人はあまりいませんが、男の人ばかりでした。他方では、お店には女の人に込まれてしまいました。
マダガスカル人の女性は買い物が大好きです。暇な時間あったら、すぐマーケットやお店などに何かを見に行くにちがいありません。
マダガスカルには男性と女性との権利が同じから、同じ仕事に同じ給料をもらいます。
それにしても、マダガスカル人にとって、家庭には男の人が一番です。

DORONKO  「大いわて展」明日から! 2006年03月08日(水)13時46分14秒

……中身は、デパートでのいわゆる物産展なのですが、ちょっと
ワケアリで、ここでお知らせしたいと思います。

ぼくは、この3日から5日まで、2泊3日で、岩手県の北部に住んでいる
友人のところに行ってきました。で、この友人とは、以前にここで
紹介させてもらった「ハギノワタリカイタク」の作者であるイラスト
レーターの古屋暁さんなのです。

で、なぜこの時期にかというと、このほど、彼の岩手移住後初の当地での
個展が盛岡であったからで、その会場が、とてもおいしい地ビールを作って
いるベアレン醸造所というビール工場のイベントスペースでだったのです。

で、そのベアレンさんが、明日から日本橋の高島屋で始まる「大いわて
展」に出展し、おいしいビールの試飲もできる……ということで、
案内させていただくことにしました。

日本橋には遠くないという方、何かの用事で近くまで行くという方、
どうぞ寄ってみて下さい!

もちろん、ベアレンさんのビールのほかにも、おいしいものがどっさり
あるだろうと思います。

期間:3月9日(木)〜 3月14日(火)
   午前10時〜午後8時(最終日は午後6時まで)

場所:日本橋高島屋 8階催会場

なお、ベアレンでの古屋さんの個展については、以下をご覧下さい。
(今回、古屋さんは門坂さんと顔見知りで、古屋さんも門坂ファン
だということを初めて知りました。)


http://www.catnet.ne.jp/s-furuya/3p.puro/kotenn/web.html

鳥海  東逸子展/門坂流展 2006年03月06日(月)01時32分44秒 http://www.age.ne.jp/x/toriumi/

先にご紹介させていただいた原マスミさんは、
過日にギャラリーハウスMAYAでの個展を終えたばかりですが、
同ギャラリーのサイトで
東逸子さんの個展が催されることを知りました。
同ギャラリーでのグループ展で、
時折、お二方のお名前が連なっているのをお見かけします。

●東逸子展
"The Sonnets"-W.Shakespeare-
「シェイクスピア-ソネット集」によせて-
会期:3月27日(月)〜4月8日(土)
会場:ギャラリーハウスMAYA
http://www.gallery-h-maya.com/

『楽園の鳥』を手がけられた門坂流さんも、
昨年に引き続いて各地で精力的に個展をされるようで、
関西在住者としては嬉しい限りです。
以下、門坂流さんのサイトより。

●『門坂流・渡辺千尋二人展』
2006年3月10日(金)〜3月16日(木)
<タイピント画廊>
〒850-0034 長崎市樺島町9-15タイピントビル
Tel: 095-825-5656

●『門坂流展』
2006年 3月25 日(土)〜4月9 日(日)
<アートギャラリーミューズ>
〒371-2154 群馬県 前橋市天川大島町3-7-9
Tel: 027-243-388

●『門坂流銅版画展』
2006年4月4日(火)〜4月9日(土)
<京都・平安画廊>

http://kadosaka.com/contents/top.html

鳥海  矢川澄子がその音楽を聴く理由 2006年03月06日(月)01時09分17秒 http://www.age.ne.jp/x/toriumi/
樹液に満ちた美しき先達/森茉莉さんと茨木のり子さん へのコメント


「春の芽ぶきのすばらしさを悟ったのは、
 ここ(黒姫)へきて、雪どけというものを現実に味わってからではなかったか。
 氷も霜柱もめったに見られなくなってしまった昨今の東京では、
 春そのものが冬眠しそこなった不健康なけものなのだろう。」
         矢川澄子『いづくへか』筑摩書房,2002

矢川澄子さんが黒姫で発見されたとき、
自宅のカセットデッキから音楽が延々と流れていたそうです。
その音楽こそが、原マスミさんによるのもの。
矢川澄子さんの死そのものについては到底理解できないのですが、
地球に肉体を置いていくにあたって、
原マスミさんの音楽を選んだことは理解できるような気がするのです。
寮さんが矢川澄子さんのことを記したその夜、
京都で原マスミさんのライブを聴いていました。

 満月の半分も巨大な暗がり
 僕は犬のように耳を澄ますよ
 君が遠くで呼んでいる
 地球が自分から出て行ってしまうよ
 この天体の時計回りの約束から身体をほどいて
 君のところへ 君の住むあの日へ
 
 夜がくる 垂直に夜が降りてくる
 人はみんな空っぽの身体をベッドに置いたまま
 闇の奥の光の世界へ 今夜も出かけてゆく
 夜がくる 垂直に夜が降りてくる 夜がくる 夜がくる
         原マスミ『光の日にち』


原マスミさんといえば、
画家としての活動の方が知られているのだろうと思います。
『「父の娘」たち―森茉莉とアナイス・ニン』の表紙に
敷き詰められた深紅の薔薇。
『雪のひとひら』(ポール・ギャリコ/矢川澄子訳)の挿絵など、
矢川作品とのコラボレーションはどれも敬虔さに満ちています。
もっともっと手にとって見たかった。

原マスミさんのCDは入手困難で
ライブでしかその音楽に触れる方法がありません。
獲得されたばかりのような清冽な言葉。
魂が千切られたような声。
哀しいとしか名づけようのない旋律。
それらが緻密に絡み合いながら、
”いのち”の脆さとその繋がりを宇宙的視座で捉え、
日常生活にぐっと引き寄せた物語として表現されています。

原マスミさんのライブを聴きながら、
死に至る経緯の是非はさておき、
独りで死んだ女性たちのことを考えてみれば、
”愛された””愛した”という確信のなかに還っていくことが
叶えられてほしいと思いました。
以下の文章で語られる矢川澄子さん、哀しいくらいステキです。

●室野井洋子・知久寿焼・原マスミ
「全身でニコニコしていたひと、矢川さんのこと」
『ユリイカ・詩と批評』臨時増刊号Vol.34-13,総特集矢川澄子・不滅の少女,青土社

寮美千子  【ひと】同じ難病患者を詩歌で励ます舩後靖彦さん by 朝日新聞 2006年03月05日(日)23時53分15秒
朝日新聞「ひと」舩後さん へのコメント

silicaさん。舩後さんの記事のお知らせ、ありがとうございます。わたしも記事を読み、みなさんにお知らせしたいと思いながら、プライベートでいろいろ忙しくて、なかなか書きこむことができませんでした。ごめん、舩後さん。新聞記事、引用します。
【ひと】同じ難病患者を詩歌で励ます舩後靖彦さん(48)  >朝日新聞 2006/2/26

 自分の介護担当職員ら4人とロックバンドを結成、25日夜、六本木のバーの舞台に車いすで上がった。披露した曲「生きざま」の作詞者だ。
 ♪ただ見つめてくれよ 俺達(おれたち)のやり方 あるがままに生きる 今は苦しくとも……
 筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症(ALS)を発病して6年半。千葉市の療護施設で暮らす。人工呼吸器を着け、手足もほとんど動かない。顔の筋肉でパソコンを操り、言葉をつづる。
 商社員だった。重さ13キロもある腕時計の見本を抱えて取引先を回った。バブル期にはダイヤを年6億円売った。
 社長に信頼され、経営相談を受けるほどになったある日、腕のしびれを感じ、半年後、足がもつれた。42歳で病名を告げられ、死を思った。
 転機は2年後。医師の勧めで難病発症者の支援を始めた。他人を支えることで自らも支えられる。そう励まされた。絶望のふちにあったIT企業社長とは2年間で800通のメールを交わした。「貴方(あなた)に人生を諦(あきら)めさせない。友だから」。彼は再起し、介護事業の経営に乗り出した。
 「体験者だからわかる悩みや苦しみがある。助言にも説得力が出る」。書きためた歌詞は400を超え、今年は短歌集の出版も目指す。
 「我が身はとっくに朽ち果てている。それでも、生きる望みを失った人が作品に触れ、生の尊さを思い起こし、心癒やされるなら」 文/溝呂木佐季 写真/上田幸一
舩後靖彦さんはブログで短歌を発表中。推敲前の第一稿がそのまま掲載されています。みなさん、どしどしご感想を寄せてさしあげてください。

silica  朝日新聞「ひと」舩後さん 2006年03月05日(日)20時21分57秒

少し前の新聞になりますが、2月26日の朝日新聞「ひと」欄に寮さんが短歌の指導をされている舩後さんのことが紹介されていました。自作短歌集の出版をめざすとありました。全国の図書館に舩後さんの言葉が置かれるようになったら、同じように病気と闘っていらっしゃるかたが見つけた時にきっと心の支えとされることと思います。
実現するといいですね!

寮さんの詩集、これはもう待望しています。寮さんの詩集は全国の学校に置いて欲しいです。大人になりきってしまった人には響くかどうかわかりません。でも、まっすぐにそのまま宝物のように受け取る若い感性があったらとっても
素敵だと思います。
寮さんの詩はそれが映像や響きをともなって鑑賞できたとき、それはそれは美しいのです。旅ができるのです。

寮美千子  Who goes slowly/京奈和道トンネル決定の愚行 2006年02月28日(火)16時28分51秒
どこかで見たような…。 へのコメント

Who goes slowly, goes healthy
Who goes healthy, goes far away
piano を slowly と訳せば、こんなふうになります。
昨晩、書きながら、わたしも「これはスローライフ、スローフードの世界だなあ」と感じていました。
静かに行く者は、すこやかに行く。
すこやかに行く者は 遠くへ行く。
静かに、落ち着いて、ゆっくり、遠くまで歩んでいきたい。
深呼吸をしてみようかな。

いま、奈良に来ています。
奈良は、スローライフを地でいくような町。
2010年には、平城遷都1300年を迎えます。
当時の都の姿までさかのぼって眺めてみれば、
遙か中央アジアの香りも漂い「国境」なんていうものは、吹き飛んでしまう。
流れ流れる人と文化のなかに咲いた時の花。それが天平文化でした。

いま、さかんにいわれている「愛国心」なんて、狭い狭い。

その平城京のなかに地下トンネルを掘って「京奈和道」が通されることが
国土交通省によって決定されました。
「有識者委員会」の提言により、このルートが決定されたとのこと。
そんなことを提言する人が「有識者」とは?!
「有識者」とは、経済界の御用学者の別名でしょうか。

地下トンネルを掘ることによって、地下水位が変化し、
平城宮址にいまも眠る木簡が破壊されてしまうおそれがあります。
水に浸かっていないと、すぐにだめになって文字も読めなくなるのです。
そして、一度失われたものは、取り返しがつかない。
永久に失われてしまう。

相棒は奈良埋蔵文化財センターに勤めていますが、研究員は道路に反対。
「自らの過去を破壊することは、過去を否定すること。
それは、いまのわたしたちを否定することに他ならない」と憤慨しているそうです。
埋蔵文化財センターも、教育委員会も、トンネル反対の声明を出してきました。
彼らの意見は「有識者」の意見ではなかったのか?

トンネルのルート云々以前に、ほんとうにその道路が必要かどうか。
その道がないから、飢えている人がいるわけでも、医者の来ない村があるわけでもないのに。

とある掲示板で、京奈和道についての議論があったとき、
奈良の若者が、「スキーに行くのに、道路ができれば1時間早く行ける」と発言し、
道路に賛成しているのを見て、仰天しました。
「トンネルの穴の分だけ遺跡が失われても、大したことないだろう」という的はずれな見解も。
トンネルだけの問題ではなく、すぐそばの平城宮址全体の問題であり、ひいては平城京全体の問題なのです。

一昨日、二月堂へいくと、若い参拝客がいっぱい。
奈良町の町屋風の喫茶店も、地元の若者でいっぱいでした。
スローライフを地でやってきた奈良だから、いま愛されている。
これからも、もっともっと愛されていくでしょう。

「大阪・京都に追いつけ」とは、なんと時代錯誤な。

日本最古級の都があったこの奈良でこそ、この言葉が必要とされているのかもしれません。
Who goes slowly, goes healthy
Who goes healthy, goes far away

ゆっくり行く者は、すこやかに行く。
すこやかに行く者は、遠く行く。
うーん、なんだか熱くなって Cafe Lunatique の話題になってしまった。
わたしってちっとも「静かに行く者」じゃない。
この続きは、Cafe Lunatique掲示板 で。

DORONKO  どこかで見たような…。 2006年02月28日(火)14時35分26秒
Chi va piano へのコメント


 静かに行く者は 健やかに行く

この言葉、「どこかで見たことがあるな?」と思っていたら、
思い出しました。

この1月に、新潟の旧・高柳町(最近合併して、現在は柏崎市の
一部)にある荻の島という集落で、「これぞ日本のスローフード!」
と言いたいような食事をいただいたのですが(実は、ぼくがそこに
行ったのは二度目ですが)、たしか、そこの壁に飾ってあった色紙
に、これとほぼ同じ言葉が書いてあったと思うのです。

書き手は、作家の立松和平さんだったと思いますが、まさに、あの場での、
あの食事にぴったりだな、と思ったものです。

ぼくが、なぜそんなところにまで出かけたのか…というのは、話すと
長くなるのでやめておきますが、この夏にも、アートフェスティバルの
作品を見ることをメインに、同じあたりに行くツアーが企画される
予定ですので、よければ、ぜひ一緒に行きましょう!

荻の島での食事については、検索すれば、かなりのことはおわかり
いただけるかと――。

寮美千子  Chi va piano 2006年02月28日(火)05時12分42秒
大切な言葉 へのコメント

久しぶりのたきちゃんの言葉、うれしく読みました。水が、水のまま結晶したような美しい言葉。やわらかいのに凛としていさぎよく、しなやかな強さがある。まさに「静かに行くものは」という趣。心が洗われます。

「静かに行くものは健やかに行く。健やかに行くものは遠くまで行く」

美しい言葉ですよね。「イタリアのことわざ」と教えてもらって、改めてネットで調べてみました。こんな表記がありました。
静かに行く者は 健やかに行く
Chi va piano, va sano

健やかに行く者は 遠くまで行く
Chi va sano, va lontano
きれいな響き! 確かに、イタリア語です。

他のサイトを見ると、これはレオン・ワルラス(1834〜1910)という、フランスに生まれスイスで活躍した経済学者の言葉だと出ていました。それが、どうしてイタリア語表記なのか。レオン・ワルラスはイタリアのことわざを引用したのでしょうか。この言葉は、城山三郎氏が『打たれ強く生きる』というエッセイ集のなかで、ワルラスの言葉として引用し、広く知られているようです。もともと、どんな文脈で、どのように使われたのでしょう。

わたしはイタリア語はわからないのですが、自動翻訳にかけてみると、こんな訳が。
Who goes flat, goes healthy
Who goes healthy, goes far away
goes flat には「身を低くして行く」のほかにも「断固として行く」という意味もあります。けれど、イタリア語のpianoは、ピアノフォルテのピアノだから、「断固として」という線はたぶんないでしょう。pianoを、そのまま受け取れば「静かに」。自動翻訳にかけるとslowlyという訳語が出てきたので、そうであれば「ゆっくりと」。
Who goes slowly, goes healthy
Who goes healthy, goes far away
これもまた、納得です。

身を低くして行く者は……
静かに行く者は……
ゆっくりと行く者は……

うーむ。どれも正しいような気が。「静かに行く者は」が広く知られているから「静かに」が正しいのでしょうか。少なくとも、それが美しいということは事実。「ゆっくり」も、納得がいきます。

Chi va piano, va sano
Chi va sano, va lontano

わからないなあ。わからないけれど、イタリア語の字面は美しい。城山さんの本を読んでみようかしら。どなたか、知っている方、イタリア語に詳しい方、教えてくださいね! たきちゃん、調べるきっかけをくれて、ありがとう!

たき  大切な言葉 2006年02月27日(月)19時04分30秒
静かにいくものは/女優・山本安英の言葉 へのコメント

寮さん、みなさん、お久しぶりです。

イタリア語のことわざにあるという「静かにゆくものは遠くまでゆく」という言葉を、友人に教えてもらったことがありました。ちょうど2年前の今ごろだったと思います。
その友人とは、ひょんなことからメールを差し上げたのが交信のはじまりだったのですが、彼女は『星兎』を読んで以来このHPをご覧になっていて私のこともご存知だったということが判明し、お互いに驚いたのでした。
2月になるときまって、黄色いクロッカスのことが思い出されます。彼女がそのころ暮らしていた異国の地で見つけた、小さくもまばゆい春の兆し。その花は、発見をそっと知らせてくれたその日の、私の誕生花だった。花言葉は、切望。
こういうことがあって、時を経て、かつて友人が贈ってくれた大切な言葉を、寮さんのご投稿の中に見つけ、とても嬉しくなりました。

なにかに出会った時、美しいと感じる。そのことが、その人の「心のいちばん深いところにある」はずの本質を伝える、そう思いませんか。ゆっくりとその人になってゆく、その、遠い長い時間、そのもののような。
そのことを見定めて受け入れていこうとする力が、ときに自ら耐え難いような激しさを持ちながら、断絶の向こう側にいってしまったままの存在にも手を伸ばす果敢な姿を形どるのか、とも思うのです。
見えなくなることもある、けれど、やっぱり、私も美しいと思うところに向いてゆきたいです。遠くても、近くても。
寮さんを見ていると、そんな風に感じます。

寮美千子  静かにいくものは/女優・山本安英氏の色紙 2006年02月26日(日)02時45分47秒
樹液に満ちた美しき先達/森茉莉さんと茨木のり子さん へのコメント

東大の学生さんが立花隆ゼミの一環で行ったインタビューに、茨木のり子さんが答えた記事が、ネットに掲載されています。
http://www.sakamura-lab.org/tachibana/hatachi/ibaragi.html

下記の「汲む」という詩の「Y.Yに」というのは、木下順二の「夕鶴」でおつうを千回以上も演じた伝説的な女優の山本安英さんのことだったと、そのインタビューの中にあります。山本安英さんは、滅多に色紙を書かなかったとのことですが、茨木さんは、その一枚を持っていたとのこと。そこに書かれた言葉が、記事に引用されていました。
静かにいくものは
すこやかに行く
健やかにいくものは
とおく行く
漢字とひらがなの表記が混じっているし、ネットの記事なので、これが正確かどうかわかりません。色紙は夕鶴記念館に寄贈されたとのことなので、そこへ行けば、確かめられるかもしれません。

とはいえ、この言葉は美しい。わたしは全然「静か」じゃないし「すこやか」でもない。騒がしくて心も体も病気がちな人間ですが、これからの人生、できればこうありたい。そう思いました。

寮美千子  樹液に満ちた美しき先達/森茉莉さんと茨木のり子さん 2006年02月25日(土)22時58分37秒
うふふふ へのコメント


下北沢に住んでいた頃、森茉莉さんのことがいつも気になっていました。逢いたい、でもちょっと怖いなあ、なんて思っているうちに、亡くなられてしまいました。『甘い蜜の部屋』は、わたしのお気に入りの一冊。文庫にリンクしましたが、できれば単行本で読みたい小説です。そこにぎっしりと濃厚な香りが詰まっていそうな、それこそ「甘い蜜の部屋」のような本。森茉莉さんは、50歳を過ぎてこの作品を書き、第3回泉鏡花文学賞を受賞なさいました。金沢市の委員が推薦作に入れていなかったのに、最終選考の段階で受賞が決まった小説は、この『甘い蜜の部屋』と『楽園の鳥』だけだそうです。そう聞いて、胸のときめきを押さえることができなかったわたしでした。

茉莉さんは、独り暮らし。そして独りきりで逝かれたとのこと。そのときのことを、矢川澄子さんが『「父の娘」たち―森茉莉とアナイス・ニン』に書かれていました。いま、手元にないので、すぐに参照できませんが、矢川さんはこんなことを書かれていたと思います。

茉莉さんの最期の姿を見たとき「茉莉さん、お見事!」と思った、と。

病院で人が亡くなると、すぐに大きな布で顎を包み、頭の上でぎゅっとしばります。そのままにしていると、口が開いたまま、死後硬直してしまうからです。けれど、独りで亡くなった茉莉さんには、顎を縛ってくれる人がいなかった。その形相を見て、矢川さんは「お見事!」と思ったというのです。独りで暮らし、独りで死ぬとは、このような姿を晒すことを覚悟することであると。

その矢川さんも、たった独りで旅立ってしまわれました。それもご自分でそうお決めになって。茉莉さんの死は「そうか」と腑に落ちるようなところがあるけれど、矢川さんの死は、いまだにわたしの心の中に落ち着きどころがありません。


尊敬する女性詩人が、亡くなりました。茨木のり子さんです。この人のことを思うと、いつも、遠くから叱られているような気がしていた。でも、それが少しも嫌ではなかった。美しく背筋を伸ばして生きる先輩に、叱咤激励されているような気がしました。

独りで暮らしていて、とてもつらかったとき、茨木さんの詩集を繰り返し読んだことがありました。その時手にしていたのは『詩画集 汲む』という本で、茨木のり子さんの詩に、宇野亜喜良さんが絵を描いたものでした。ぱたぱたと屏風のように開く美しい本で、何冊か買って、友人に贈ったりもしました。表題作を引用します。
汲む ―Y・Yに― 茨木のり子

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
もう半世紀も生きてきたけれど、わたしはまだ「立居振舞の美しい/発音の正確な/素敵な女のひと」にはほど遠い。遠いけれど、いえ遠いからこそ、この詩をいつまでも「汲んで」いたいと思うのです。

茨木さんは、50歳を過ぎてから、カルチャーセンターに通われて韓国語の勉強を始められ、ついには韓国語の詩を翻訳。『韓国現代詩選』の訳編で読売文学賞(1991)を受賞なさっています。

その茨木さんも、独り暮らし。そして、独りでひっそりと逝かれました。それは、取りも直さず、直前までお元気で現役だったということ。すっと背筋を伸ばして生き、ぱたんと棒が倒れるように逝く。なんという、すがすがしい、潔い姿でしょう。ご冥福をお祈りします。


50歳から小説を書き始めた森茉莉さん。50歳から外国語を習得した茨木のり子さん。美しき先達が、行く手をほのかに照らしてくれます。さあ、わたしもここから出発しなければ!

DORONKO  シモキタに行ったら… 2006年02月24日(金)12時32分01秒
うふふふ へのコメント

そういえば、「アモーレ下北」という、下北沢で「行政が計画している
ような新しい道路なんていらない!」という運動をしているぼくたち
みんなにとっての応援ソングのような歌ができて、最近、そのCDが
発売になりました。

今のところ、ディスクユニオン下北沢店ほか、下北沢のCDショップ限定で
販売されています。

ですので、下北沢に行かれるようなことでもあれば、みなさん、ぜひ
CDショップを覗いてみて、買って下さい。

500円にしては…中身はとっても濃いです!

詳しくは、以下をご覧あるよう!

http://shidaayumi.exblog.jp/

SATIE  青いナムジル まったなしスタジオで朗読 2006年02月23日(木)18時48分03秒 http://www.geocities.jp/bouquetdetons/
▼遊星たちの消息:モンゴルの夕べ Green Live 「青いナムジル」 へのコメント

こんにちは。はじめて投稿します!「父は空、母は大地」と「青いナムジル」をきっかけに、寮さんのファンになったのですが、「楽園の鳥」以来、寮さんの映像的・音楽センスとダイナミックかつ繊細な人間性にますます惹かれております。
さて、西武新宿線「田無」駅下車のまったなしスタジオで、今週25日(土)5時より、山口由里子さんの朗読と北野まことさんの音楽で、寮さんの「青いナムジル」が上演されます。詳細は、遊星たちの消息に書きましたので、ご一読をぜひ。投稿、遅くなっちゃったので、まだ残席があるか、ちょっと不安ですが・・。私は行けないのですが、どうぞ、行ける方はぜひいらしてください!お二人とも、寮さんの「青いナムジル」の世界にすっかり魅せられ、広島などでも朗読会を行っています。北野さんはラシェットの会にもたしか参加されたこともあるので、美しい歌声と音楽をお聞きの方もいらっしゃると思います。また、山口さんは人気アニメ、ワン・ピースにニコ・ロビンの声で出演中の声優・女優です。私は寮さんの朗読も大好きですが、由里子さんの朗読も大好きです!

DORONKO  25日は、ぜひ甲府へ! 2006年02月22日(水)12時13分39秒
▼遊星たちの消息:桜座大学 其の一 松岡正剛 講演 「日本人の面影」 へのコメント

一昨日、あるところで、「いつになったら 金子光晴」という
ドキュメンタリーを見ました。

これは山梨の放送局YBSが去年製作し、年末の12月25日に放映した
ものだそうですが、TVの番組で、これだけクオリティーの高いものは、
滅多にないでしょう。

で、この2月25日に、甲府の桜座というところで、松岡正剛さんが
「日本人の面影」というテーマで講演をされる際に、このドキュメンタリー
も上映するとのことですので、イベント案内に書き込みました。

25日、ぼくは行けないのですが、都合がつく方は、ぜひ行って下さい。

これは、まさに聞き得でしょうし、必見だと思います。


http://sakuraza.jp/index.htm

未知子  うふふふ 2006年02月22日(水)12時01分09秒 http://witmic.cocolog-nifty.com/neco/
森茉莉の場合は…。 へのコメント

シモキタつながりということで、実にゴーインに森さんやら与謝野さんやらのお話しに結び付けてくださってありがとう。
そういえばおふたかたとも、とても高らかに頭をあげて歩んでいかれた方々でしたねえ。われらの美千子さんにも、たしかにそんな樹液に満ちた感じがします。
昔、思想だの権利だの、なにか主張する女はぎすぎすしたとか男勝りだとか言われたものでしたが、(男に勝ってるのは事実としても)美千子さんはとてもみずみずしくなよやかで、かつりりしい。
こういう歳になって、こういう人々にめぐりあえて、毎日どきどきしています。

DORONKOさん、例のシモキタザワの闘争のはなしなども(一応、「勝った」って言えるの?)また、お聞かせくださいね。

DORONKO  森茉莉の場合は…。 2006年02月20日(月)08時24分23秒
麗しき旧友への手紙 へのコメント

最近、シモキタつながりということもあって、「マリアの
うぬぼれ鏡」(ちくま文庫)という、森茉莉さんのエッセー
のアンソロジーを読みました。

そのトビラには、「50歳を過ぎて作家としてスタートし…」
などと書いてあって、へー、そーだったんだ?などと思い
ました。

そんな彼女が、与謝野晶子について、次のように書いています。

 私が大人になって、ちゃんと意識して見た晶子は、もう
 五十にあまり遠くない年だったような気がするが、彼女の
 精神は樹液に満ちていた。

樹液に満ちた精神か…なるほど、われわれも、そうありたい
ものだなあ、と。


寮美千子  ヴァレンタイン朗読幻燈会/みんなありがとう! 2006年02月20日(月)02時42分23秒
▼遊星たちの消息:『楽園の鳥』ヴァレンタイン朗読幻燈会 寮美千子×門坂流 へのコメント


2月14日、渋谷アップリンクファクトリーで開催された「寮美千子+門坂流 朗読幻燈会」。こじんまりとした会場でしたが、38名の方々にご来場いただき、ちょうど満席。実に大人っぽい、いい雰囲気で朗読をすることができました。感謝!

開演前に「シブイ雰囲気のお客さん、たくさん入ってますよ」と支配人のK氏。若者の街渋谷にしては、アダルトな雰囲気だったかもしれません。でも、それがうれしい。年輪を重ねた人々に支持してもらえる。こんなすばらしいことはありません。編集の宇山日出臣氏、装丁画の門坂流氏、そして装丁の平野湟太郎氏と、『楽園の鳥』制作チームが久しぶりに勢揃いしたものうれしかったです。

なつかしい顔もいっぱいあり、門坂流氏のすばらしい絵の投影の中、実にいい雰囲気のなかにで読ませてもらっていると感じました。ほんとうにありがとう。

『楽園の鳥』の朗読用抜粋が45分。休憩が10分。そしてプロデューサーの鈴木朋幸氏とのトーク。最後に10分弱、2月8日にお亡くなりになられた作曲家の伊福部昭先生への追悼詩を読ませていただきました。

実は、この日は伊福部昭先生のご葬儀の日。ヴァレンタインデイにお葬式だなんて、上等なチョコレートが好物だった伊福部先生らしい日取りです。最後の最後まで、ダンディな伊福部先生。蝶ネクタイ姿が、心に浮かびました。

会場には、お葬式を終えてかけつけてくださった伊福部先生の甥御さんにあたられる勇崎哲史さんもいらっしゃっていました。勇崎さんが、生前の伊福部先生に、巡り合わせてくださったその人なのです。

終了してから、支配人のK氏に「これから、月例でやりませんか」といっていただきました。もちろん、月例なんてできません!無理です! でも、ご提案はうれしかった。主催者であるアップリンクにも、気に入っていただけたようでした。

朗読の時はいつもそうだけれど、実際やりはじめるまでは、ドキドキだし気も重い。でも、読みはじめると、世界が降ってきてそのなかにはいってしまうのです。快感でさえある。自分の作品を、こんな形で伝えられること、とてもうれしくおもいます。ことに今回は、門坂流氏のすばらしい作品とのコラボレーション。投影の方法には、もう一つの工夫をと思いましたが、これを最初の一歩として、もっともっとすばらしいコラボレーションをできればと考えています。


旧友の目玉おやじさんは、わたしの作品を「映像が目に浮かぶ。寮美千子作品は文学じゃなくて、映像作品だ」と感想を述べてくれました。

また別の方は「寮美千子作品は、音楽だ」とおっしゃってくださいました。

だから「文学」とか「文壇」と縁が薄いのかもしれません。自分でも、どうも「文学作品」とは匂いが違うと感じるのです。映像であり音楽でもある言葉。それが真に理解されるのはいつだろう? でも、ここにそれを受けとめてくれている読者が確実にいるのだから、きっといつか、広く理解される日も来るのだと信じることができます。

みなさん、ほんとうにありがとう。

寮美千子  麗しき旧友への手紙 2006年02月20日(月)02時11分56秒
静かに奥底に力を漲らせて へのコメント

▼未知子さま
>だいじょうぶ。あなたを好きなひとたちは、いくらでも待つことのできる人たちです。
ああ! この一行を読んで、わたしはどれだけ癒され、救われたでしょうか。若い、心も体も混乱したまま突っ走っていた時代を、共に生きた旧い友人からそういわれたからこそ、一層に心にしみます。

シーンと静まりかえったギョーカイ。でも、ギョーカイなんて関係ないや。いや、そうとも言い切れないけれど、でも、色目を使ったり焦ったりせずに、ほんとうに書きたいものをきちんと書いて行こう!

だいぶ前に、どうしてもしたい仕事を箇条書きにしたことがありました。ある時、そのメモが出てきて、ゆっくりではあるけれど、そのなかのいくつかを確実に実現している自分に気づきました。そのなかに入っていたのは『遠くをみたい―星の贈りもの―』『イオマンテ―めぐるいのちの贈り物―』『楽園の鳥―カルカッタ幻想曲―』、そして「花喰い猫」(競作書き下ろし短編集『猫路地』のなかに収録。近日発売)。その頃はまだ、どれも実現のメドもたっていない時でした。でも、がんばってがんばって、世の中に送りだすことができました。

その時にメモしたもので、まだ実現されていないものがあります。セント・ギガに書いたヴォイスをまとめた「寮美千子/詩集成」。短編をまとめた短編集「恐竜の夏」。そして、『楽園の鳥』の作中作としても登場する「夢見る水の王国」。これだけは、死ぬまでのどうしても実現したいものです。売れることを考えるより、まず、それを実現させることに全力を傾けましょう。

とはいえ、親がヨレてくると「お金ってたくさんあるといいなあ」とつくづく思います。いままで、お金がほしいとは、実は本気で思ったことのなかった極楽トンボのわたしでしたが、いまは「お金のために仕事をしたい」とさえ思うようになりました。

しかし、そういう時だからこそ尚のこと、背筋をしゃんと伸ばして、まず、一番やりたいことからひとつずつ片付けていきましょう。そして「Waiting list」をどんどん消化して、自由の身となった暁には、バリバリ稼ぎまくりましょう?!

50代を迎え、まだ踏み迷うなんて、若い頃は考えもしませんでした。でも、だからこそ心が燃え立ちます。いつかゆっくり、いろんな話をしたいと思いながら、なかなかゆっくりお話しする機会もないままですが、いつかきっと、女二人で語り合う日を作りましょう。

そういえば「幼なじみ」の方と来られた先日「未知子さんて、いつまでも女王様でしょう」っていったら、その方「もちろんですよ」って、実にうれしそうにいっていました。そして、爽やかに笑っていらっしゃいました。いつまでもいつまでも、魅力を振りまき続ける友に乾杯!

寮美千子  若き友への手紙 2006年02月20日(月)01時33分18秒
素晴らしい時間をありがとうございました へのコメント

▼友宇子さま

2月14日は、朗読幻燈会に来てくださってありがとう。会場に、若い、新しい読者の方の初々しい姿を見るのは、とてもうれしいことでした。
今日の会に参加して、寮さんの作品を読んだ時に感じるものというのは、自分では手の出しようのない美しいものを目の前にしたときに感じる絶望のようなものに似ているのではないかと思いました。by 友宇子さん
なんという美しい批評の言葉でしょう。感動です。

お手紙と小さな贈り物もいただきました。戻ってからお手紙読ませていただいて、その心根のまっすぐなこと、志の高いことに打たれました。理性と豊かな感受性を持ち合わせ、こんな日本で、気高い魂を失わずに生きている若い女性がいる。そのことだけでも、わたしはとても勇気づけられました。そして、そんな人にファンになってもらえるなんて、わたしも捨てたものではないと、自分に自信を持つことができました。

友宇子さんが、作家・寮美千子を意識したのは、かのφ本店長のヴィレッジヴァンガード・モバイル店で『ノスタルギガンテス』に出会った時のことだそうです。しかし、それより遙か以前に実は寮美千子の本を読んでいたと、気づいたとのこと。それは小学校5年生のとき、ご両親から贈られて読んだ『マザー・テレサへの旅 ボランティアってだれのため?』。友宇子さんは、その時のことを、このようにお手紙に書いてくださいました。この部分だけ、引用、お許しください。
当時、ボランティアはよいこと、マザー・テレサってえらい人という知識しか持ちあわせていなかった私にとって、この本は本当に衝撃的なものでした。本当に現地の人のために何をすれば良いのかということは、様々な角度から批判的な視点で見つけなければならないということ、そうしても本当の真実は得られないかも知れないということを、まざまざと思い知らされました。そして、このような情報が自分たちの周りにほとんどないということにも、大変違和感を覚えました。(小学生のわたしがこのように言葉で考えたわけではありませんが、少なくともそう感じました。)
わたしはお手紙のこの部分を読んで、涙が出そうになりました。大人でも、あの本は誤読します。「マザー・テレサはすごい人」という固定観念にだけ凝り固まっている人は、あの本を読んでさえ「ボランティアってだれのため?」という根源的な問いに気づかずに、マザー・テレサ礼賛本だと思いこんで、わたしに講演を頼んできたりしました。わたしが、あの本を書いた真意を丁寧に説明すると、鼻白んだような声を出して、結局それっきり、講演の話が立ち消えになったこともありました。そのようななかで、ちゃんとあの本を受け取ってくれていた小学生がいた。そのことは、わたしにとって大きな喜びです。そして、それを今も覚えてくれていて、これからの人生に生かそうとしてくださっていること、どんなに励みになるかしれません。

いまの日本は、まるで坂道を転がるように急速に悪い方向に転がっている、第2次世界大戦の直前、つまり「戦前」に酷似している。そう感じているいま、こんなまっすぐな、素直な、そして理知的な若人がいることに、心底ほっとしました。未来に希望を抱くことができました。ありがとう、友宇子さん。

いま、将来に向け、再び転機を迎えているという友宇子さん。ぜひ『小惑星美術館』『ラジオスターレストラン』も読んでみてください。この2冊は、人類の未来について考えた作品です。そして、『父は空 母は大地 対訳版』『イオマンテ―めぐるいのちの贈り物―』もぜひ。命について、大地と人とのつながりについて、根源的な視点を持って生きてきた先住民の文化に関する本です。そして『遠くをみたい―星の贈りもの―』は、宇宙のなかの人間についての絵本。図書館で構いませんから、ぜひ一度目を通してみてください。きっと、進路を考える友宇子さんのお役に立つことがあると思います。

友宇子さんに未来に祝福あれ! お手紙でもメールでも、進路のことなど、お聞かせください。勿論、掲示板に書いてくださっても構いません。みんなでお話を共有できることは、とてもうれしいことです。

神聖さを感じられる土地のこと、書くと長くなるので、また次の機会にします。きょうは、とりあえずここまで。では!

寮美千子  2/15「首都圏ネットワーク」舩後流短歌 感想をぜひNHKに! 2006年02月19日(日)22時46分03秒
寮さん共々お願いです。 へのコメント

2月14日のヴァレンタイン朗読幻燈会を終え、二次会でも大いに盛りあがって、深夜、そのまま千葉の実家へ。翌15日は父が尿路変更の手術だったため、千葉で番組を見ました。

舩後さんの短歌の紹介番組。たっぷり短歌も紹介され、先日のラシエットでの朗読会の模様や、市立千葉高校での講演会の模様も映りました。

ラシエットでは、観客の感想も収録。テレビには、N田さんのお美しいお顔といっしょに、なんとかのドロンコ氏の顔が大写しに! そして、ドロンコ氏の感想の言葉が大々的に流れました! おい、ドロンコ、見てないだろう! こんどビデオで見せてあげるよ。

寮美千子は、両親介護で疲れ果てていたこともあり、シワがいっぱいに映っていて、本人はがっくり。「ソフトフォーカスでお願いします」といったけれど、NHKの報道番組が聞き入れてくれるわけもありません。でもまあ、仕方ない。シワ、ほんとうはあんなにないのになあ!

シワのことはともかく、短いなかに、ぎっしりと内容を詰めこんで、さすが、と思いました。とはいえ、わずか5分ほどの放映なので、そもそもなぜ「短歌」なのか、というところは全部省略。それがちょっと残念でした。舩後さんは、お若い頃、ロックバンドをなさっていて、そのリズム感や音感があるので、短歌がとてもフィットしたのだと思います。

舩後さんの歌集、なんとしても実現したいけれど、なかなかハードルは高そう。しかし、編集者のすぎまるさんが書いてくださったように、NHKにメールなりお手紙なり、電話なりの反響を寄せると「反響あり」ということで、歌集のことも、実現に近づけるかもしれません。みなさま、ぜひよろしく!

『首都圏ネットワーク』ホームページ
http://www.nhk.or.jp/shutoken/net/


「おっちゃん」さんがご感想を寄せてくださいました。ありがとう。ほかにもご覧になった方、いらっしゃいますか? ご感想を、ぜひこの掲示板やNHKにお寄せください。

ラシエットには「八王子に住む七十代の女性」から、「月例の朗読会に行きたいけれど、体が悪くてイケナイ。舩後さんの短歌のコピーをぜひ欲しい」との連絡もあったそうです。舩後さんの短歌、いろんな人の心に届いているんですね。舩後さんの短歌の新作を掲載したブログ「舩後流短歌」も、ぜひご覧になってください。

寮美千子  2/1 舩後靖彦氏 市立千葉高校での講演の記事 by 朝日新聞 2006年02月19日(日)22時12分53秒
舩後靖彦さんのブログ「舩後流短歌」オープン! へのコメント

朝日新聞 千葉版で、2月1日の市立千葉高校での舩後靖彦氏の講演の模様が報道されました。一体、どんな講演を?と思ったのですが、舩後さんは車椅子に人工呼吸器を積みこんで現場へ。予め書いた講演原稿を「伝の心」というコンピュータ・システムが自動で読みあげます。高校生の拍手を得たときの、舩後さんの笑顔が最高でした。

わたしは「舩後流短歌」の朗読でお手伝いしたのですが、高校生たちの真剣な眼差しにぐっときました。「感想を」というときに、サッカー部だという男子生徒が、いかにも嫌々という感じで、のろのろとマイクの前に。しかし、彼が一番「リアル」に舩後さんの言葉を捕らえていました。「四階のわが家に向かう階段は 富士山のごと高くそびゆる」という一首をあげ「ぼくたちがいつも学校で何気なくしていることも、病気になると、まるで富士山登山のように大変なのだとわかりました。言われないと気づかない。そのことに気づきました」とのこと。まだまだ知られていないALSという難病について、舩後さんの短歌は、その実情をリアルに伝えてくれる。それを実感した一日でもありました。新聞の記事を引用します。
【ALS患者が高校生に「自立支援」を講演】>asahi.com MY TOWN千葉 2002/2/02

 筋萎縮(い・しゅく)性側索硬化症(ALS)患者として発言を続ける千葉市美浜区の舩後靖彦さん(48)が1日、千葉市美浜区の市立千葉高校(下重恒夫校長)を訪れ、福祉ボランティア講座を受講している2年生ら約60人を前に、「患者が自立するために介護者さんに求める支援」と題して講演をした=写真。

 舩後さんは、患者仲間同士が助け合うピアサポート活動を続けている。講演や自身が作詞を手掛けるバンドのライブ活動に全国を飛び回る。今回は、作家の寮美千子さん(50)が舩後さんの短歌を朗読した。

 保育や福祉の仕事に就きたいという2年生鯨岡茜さん(17)は「自分もつらい立場になったのに、他の同じ立場の人を励まそうとするのがすごい」と話した。


すぎまる  寮さん共々お願いです。 2006年02月18日(土)15時08分46秒

はじめまして。
現在、寮さんと仕事をしている編集者のすぎまると申します。
寮さんが現在超多忙なため、代理投稿みたいなものです。

さる2月15日のNHK『首都圏ネットワーク』で企画「難病患者がつづる短歌」を
ご覧になった方へのお願いです。
タイトルとはちょっと方向が違って、なんか寮さんのPR企画みたいだった
このニュースですが、できましたら感想・ご意見などを番組ホームページの
ご意見募集のフォームからお送りいただけませんでしょうか?
例)「もっと長い時間の特集で見たい。NHKスペシャルやETVで流せないか?」
  「そもそも舩後さんの短歌と寮美千子さんとの繋がりがよくわからなかったので
   その辺をもっと詳しく知りたい」
  「ALSに限らず難病患者とその周囲を励ます企画として、関東ローカルでなく
   ぜひ全国放送で流して欲しい」etc.

『首都圏ネットワーク』ホームページ
http://www.nhk.or.jp/shutoken/net/index.html


実は現在、舩後氏の短歌ドキュメンタリー単行本の企画が、何故か寮さんを巻き込んで
進行中なのですが、舩後氏の知名度や短歌ドキュメントという形式が上に理解されず
頓挫してしまっています。
こちらとしては今回の放送とその反響を武器に、上役の反対を突破したいと
期待しております。そのためには、放送をご覧になったみなさんの声が必要です。

どうかご協力お願いいたします。

DORONKO  舩後さん、スゴイです! 2006年02月16日(木)11時52分00秒
舩後靖彦さんのブログ「舩後流短歌」オープン! へのコメント

昨日のNHKの「首都圏ネットワーク」、ちょうど出かけている間
だったので見れませんでしたが、どうだったのかな?

でも、この舩後さんのブログ、素晴らしいですね!

まだ隅々まで読んだわけではないけれど、以下の一首など、
本当にスゴイと震えがきました。

 人に役立つことせんと思うまで ただ意味もなく二年も生きて  舩後靖彦

「役立つ」は、普通に読めば「やくだつ」でしょうが、ここでは「役」と
「立つ」が軽く切断されていて、「やく・たつ」と読むのでよいかと
思います。
その切れ目から、輝きがあふれ出ていると思うんですね。
もう、何も言うことがありません。

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管理者:Ryo Michico <mail@ryomichico.net>
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