むかしむかし おおむかしのこと。
天の世界に ひとすじの美しい河が流れていました。
流れる水は清らかな乙女の髪のようにゆたかに波打ち
銀や金の鱗をひるがえして跳ねる魚たちは
その髪を彩る無数の宝石のよう
水は 終わることのない天の楽の音のごとく
とうとうと永久の流れをめぐっていました。
河の名はガンガー。
天にそびえるヒマラヤ山脈の娘。
その神聖なる水にふれれば
いかなる罪も深き業も
水の泡 はかなく消えるがごとくに
たちまちのうちに消え去り
天上界は それゆえに
どのひとときも
生まれたばかりの赤ん坊のように
ただひとかけらの陰りもなく
まばゆいばかりに光り輝いているのでした。
そのころはまだ ガンガーは天なる河。
地上には ただのひと滴も流れてはきませんでした。
それゆえ 地上には悪と罪とがあふれ
果てなき闇に包まれていたのです。
その地上に ショゴルという名の王がいました。
王にはたいへんな徳があり 民はみな王を慕い
王もまた 民を深くいつくしんでおりました。
王には ケーシニーとスマティという二人の美しい妃がおり
きらびやかな王宮で なに不自由ない暮らしを楽しんでおりましたが
ただひとつ 嘆きがありました。
二人の妃には 子どもが生まれなかったのです。
王は 天空の神々に 子どもを授けてくれるよう祈ろうと
二人の妃をともなって ヒマラヤの山高く登りました。
身を清め 苦しい行をおこなって 神々に祈りつづけました。
二人の妃も 豪奢な着物を脱ぎ捨て
粗末な衣に身を包んで 深く祈りました。
そして 百年の月日が経た時
祈りはようやく神に通じ 天から声が響きました。
「ショゴル王よ。そなたの妻の一人は 玉のような男の子を生み
もう一人の妻は 六万の勇敢な息子を生むであろう」
神に深く感謝して 城にもどると
はたして ケーシニー妃は 玉のような男の子を授かり
スマティ妃は ひとつの瓢箪を生み落としたのでありました。
ショゴル王は驚き 思わずその瓢箪を投げすてようとしましたが
その時 再び天から ろうろうと声が響きました。
「王よ 早まるではない。
瓢箪から種を取り その種をひとつづつ
乳から作った聖なる油を満たした壺に入れよ」
王がその通りにいたしますと 種はきっかり六万粒あり
その種を入れた六万個の壺から 六万人の息子が生まれました。
ところが 六万人の王子たちの心のねじまがったこと
獰猛なことといったらありません。
子どもたちを川に投げいれては 溺れるのを見て笑いころげ
罪もない村人たちに 喧嘩を売っては打ちのめすのでした。
ショゴル王は それを見ても うれしそうに目を細めて微笑むばかり。
これが後に あのような悲劇を招こうとは 王は知る由もないのでした。
やがて時が経ち 息子たちは 神の予言どおりの勇敢な青年に成長しました。
ショゴル王は 穢れを払い 神々から祝福を得るために
天空の神々に馬を捧げる 盛大な馬祭りを執り行うことにしました。
地上を駈ける馬のなかから 選びに選び抜いて
もっとも美しくたくましく足の速い馬を一頭 用意し
その馬を 丸一年の間 馬の思うがままに歩かせ
その後に 生贄として神々に捧げ それを祝うのです。
一年の間 大地を自由に動きまわる馬の護衛は
ショゴル王の六万人の王子たちに任されました。
いよいよ 馬が放たれる日です。
馬は待ちかねたように ひと声大きくいななき
柵が開かれたとたん 疾風のように駈けだしました。
草原をひとまたぎにし 見上げるような山にやすやすと駈けのぼり
目もくらむ崖を一気に駈けくだり 千尋の谷を軽々と飛びこえ
疲れも知らず 縦横無尽に大地を駈けめぐるのでした。
しかし さすがはショゴル王の六万人の王子です。
馬を見失うことなく どこまでも着いていくのでした。
馬が大地の果てまで駈けてきたときのことです。
六万人の王子たちは息をのみました。
はげしい日照りのため 海がすっかり干上がり
からからに乾いた底が果てしなく見えているのです。
馬は 大きくいななくと 乾いた海の底に駈けこみました。
そのとたん まるでかき消したかのように
馬の姿は見えなくなってしまいました。
驚いた六万人の王子たちは 一気に海の底になだれこみ
その果てから果てまで 隈なく探しまわりました。
ところが いくら探しても 馬は見つかりません。
馬のあまりの美しさをねたんだインドラ神が
海の底の底 地の底の底へと 馬を隠してしまったのです。
六万人の王子たちは 打ちひしがれ
父王ショゴルのもとへと 頭を垂れてもどっていきました。
馬を見失ったと聞くと ショゴル王は顔色を変えていいました。
馬祭りには 王の威信がかかっています。
「なにをしておる。すぐに戻って探すのだ。
地の底の底まで掘りかえしても 必ず探しだしてこい!」
六万人の王子たちは 干上がった海へととってかえし
乾いて固くなった海の底を 素手で掘りはじめました。
息子たちの腕は驚くばかりに頑丈で
その爪は金剛杵のように固く 鋤のように鋭かったので
穴はみるみる深くなりました。
そのため 海の底に潜み
ようようのことで命をつないでいた 無数の魚や鰐や蛇は
無惨に切り刻まれ 息絶えてしまいました。
また 地の底に住む 龍 阿修羅 羅刹たちも
微塵に切り刻まれ 殺されてしまいました。
その死骸が 山と積まれても 王子たちは目もくれません。
王子の一人一人が脇目もふらず一ヨージャナを掘り進め
とうとう六万ヨージャナの深さまで掘りましたが
なんということでしょう それでも 馬は見つからなかったのです。
王子たちがそのことをショゴル王に伝えると
いつもは温厚な王も この時ばかりは怒りをあらわにいいました。
「馬なくしては 儀式も祭りもできないではないか。馬を探せ!
もっと掘れ。なにも恐れることはない。掘って掘って掘りまくれ。
馬を見つけるまで 二度と戻ってくるなっ!」
王子たちは すごすごと海の底にもどり 再び掘りはじめました。
懸命に掘り進み とうとう地獄にまでたどりつきました。
それでも馬は 見つかりません。
六万人の息子たちは さらに掘り進めました。
すると
その東の果てで 大地の東を支える大象を
その西の果てで 大地の西を支える大象を
その南の果てで 大地の南を支える大象を
その北の果てで 大地の北を支える大象を掘りだしたのです。
この大象が疲れて首を揺すると
地上では 大地震が起きるのでした。
六万人の王子たちは それぞれの大象を深く敬って右回りで礼拝した後
さらに深く掘り進めました。
すると とうとう大地の底の底で あの美しくたくましい馬が
ゆうゆうと草を食んでいるのを見つけたのです。
馬のそばの木陰では ひとりの老人が瞑想にふけっていました。
それは 大地の女神の夫であり
いつも大地を支えているクリシュナ神の化身 カピル牟尼でした。
そんなこととは知らない 六万人の王子たちは
カピル牟尼を馬盗人だと思いこみ
馬を取り戻そうと たいへんな勢いで突進してきました。
馬盗人の汚名を着せられ 深い瞑想を妨げられたカピル牟尼は
閉じていた目をかっとあけ 王子たちをにらみつけました。
しかし 心はやる王子たちは 少しもひるみません。
怒ったカピル牟尼は 傍らの水壺に指を浸し
指先の滴を ぱっとまき散らしました。
滴は四方八方に飛び散り
六万人の王子たちに突然の雨のごとく隈なく降り注ぎました。
そのとたん あたりは激しく光り
王子たちの体が いきなり火を噴いて燃えあがりました。
紅蓮の炎は 空を焦がすほど高く舞いあがり
六万の王子たちは 一瞬のうちに灰となって
大地に崩れ落ちてしまったのです。
悲劇の顛末は 鳥から人へ 人から鳥へ そしてまた人へと伝えられ
とうとう 城で王子たちの帰りを待ちわびるショゴル王の耳に届きました。
ショゴル王は驚き そして深く嘆き悲しみました。
王は孫のオンシューマンをかたわらに呼びよせました。
オンシューマンは もう一人の妃ケーシニーの息子アサマンジャの息子で
勇者のほまれ高く 学問もよく修め 光り輝くばかりの青年でありました。
「オンシューマンよ 自らの威光で光り輝く者よ。
生贄の馬を探し ここへ連れ戻してほしい。
おまえなら きっとできるはずだ」
ショゴル王はさらにこうつづけました。
「おまえの六万人の叔父たちは わたくしの命で馬を探して地の底まで訪ね歩き
挙げ句の果てに カピル牟尼の怒りに触れて 灰になってしまった。
罪にまみれた王子たちの魂は いまだ冥界をさまよっている。
わたくしは あの息子たちが不憫でならない。
どうか わたくしの息子たちの灰に出会ったら
その魂が救われて天国に赴けるよう 水の供養をしてやってくれ」
オンシューマンは必ずそうしますと約束し
弓と矢とを持って 意気揚々と出発しました。
オンシューマンが 深い穴をどこまでも降り
地獄を越えてさらに歩いていくと
その東の果てで 大地の東を支える大象に
その西の果てで 大地の西を支える大象に
その南の果てで 大地の南を支える大象に
その北の果てで 大地の北を支える大象に出会いました。
オンシューマンは それぞれの大象を深く敬って右回りで礼拝しました。
すると 大象はみな オンシューマンにこういいました。
「アサマンジャの子にして ショゴル王の孫 オンシューマンよ。
そなたは 無事 馬を連れて戻るであろう」
オンシューマンはその言葉に勇気を得て さらに深く降りていきました。
オンシューマンはやがて 一面が灰で埋め尽くされた野にたどりつきました。
そこが叔父たちの殺された地であることを悟ったオンシューマンは
悲しみに胸がつぶれ 叔父たちの無念を思い 熱い涙を流しました。
叔父たちのために水の供養をと思いましたが
干上がった海の底の底 地の底の底の荒れ野には
小さなせせらぎどころか 水たまりのひとつも見つけることはできません。
しかし その見渡す限りの灰の野の果てに
オンシューマンは あの美しい馬を見つけたのでした。
馬へ歩みよろうとした時 オンシューマンは
木陰で カピル牟尼が瞑想をしていることに気づきました。
オンシューマンは カピル牟尼の瞑想を破らぬよう
足音を立てずにそっと静かに近づくと
だまって膝をついて うやうやしく頭をさげました。
すると カピル牟尼はうっすらと目を開いていいました。
「アサマンジャの子にして ショゴル王の孫 オンシューマンよ。
馬は連れて帰るがよい。
だが おまえの叔父たちの魂は いまここでは供養できないのだ」
「それはどうしてでしょうか、聖なるお方」
「たとえ水があったとしても ただの水では彼らの魂は救われない」
「聖なるお方。では どのような水ならば?」
「オンシューマンよ。アサマンジャの子にして ショゴル王の孫よ。
ヒマラヤ山脈の娘 天なる河ガンガーの聖なる流れを
この地に呼びよせ その清らかな天の水で供養をせよ。
さすれば 六万の王子の罪は 一点の曇りもなく洗い流され
その魂は たちまちのうちに天国へと昇るであろう」
「おお! 聖なるお方よ。ありがとうございます。
しかしながら 天なる河ガンガーを招くには どうしたらよいのでしょうか」
しかし カピル牟尼はそれには答えず
静かに目を閉じて 再び深い瞑想に入りました。
オンシューマンは 深く礼をして 静かに立ち去りました。
縄をつけて引くと 馬は素直にオンシューマンに従ったばかりか
一面の灰の野を 足音も立てずに静かに歩んでいったということです。
さて ようやくのことで生贄の馬を取り戻したショゴル王は
厳粛な生贄の儀式を執り行い 盛大な祭りでそれを祝いました。
そのため ショゴル王は天界の神々から多くの祝福を受け
三万年の間 王国を平安に治め 偉大なる王の名を得ました。
しかし 天なる河ガンガーを 地上に呼びよせる手だてはとうとう見つからず
天国へと召されました。
ショゴル王の跡を継いだのは 孫のオンシューマンでした。
オンシューマン王は その息子ディリップに王位を継がせ
自らはヒマラヤ山の頂上に登り 三万二千年の間 激しい修行を積みました。
しかし 天なる河ガンガーを 地上に呼びよせる手だてはやはり見つからず
天国へと召されました。
ディリップ王は その生涯 どうすれば大叔父たちの魂を救えるか
天の河を地上に招くことができるかに 心を砕きつづけました。
それでもなお 天なる河ガンガーを 地上に呼びよせる手だては見つからず
王は三万年の間 王国をよく治め 天国へと召されました。
ディリップ王はバギラットという すばらしい子どもに恵まれました。
バギラット王は 国を信頼のおける家臣たちに任せ
自らはヒマラヤ山中に深くわけいりました。
そこには色とりどりの鉱物がきらめき
虎や獅子が悠然と森を徘徊し
孔雀の群れが競うようにその尾を広げ
巨象の群れが大木の幹で牙を研ぎ
あたかも万華鏡のように 次々と驚きの光景が繰り広げられましたが
バギラットは目もくれず ひたすら激しい修行に打ちこみました。
腕を天に向けて高く掲げつづけ 食事は月に一度きり
天の火と四方の火に裸の肌を灼かせる修行に励んで一千年。
とうとうこの世を創られた偉大なる神 ブラフマー神が
バギラットにいたく感心して 地上に下りていらっしゃいました。
「バギラット大王よ。そなたの望みを叶えてやろう」
バギラットはうやうやしく両手を合わせて答えました。
「尊者よ。カピル牟尼の怒りに触れて灰となった
ショゴル王の六万人の王子たちの水の供養を わたくしに成就させてください。
天なる河ガンガーの聖なる流れを どうか地上にお招きください」
「そなたの願いは聞き届けた。
ただ ひとつだけ難題がある。
大地は 天から落ちるガンガーの激しい流れを受けとめることはできない。
その流れを受けとめ やわらげて大地へと流すことができるのは
ただ一人 青き喉を持つ破壊と再生の神 シヴァ神のみである。
行って シヴァの神に祈るがよい」
ブラフマー神はそういって 天へと戻ってきました。
バギラットはさっそく ヒマラヤ山中の聖地カイラーサ山へ赴き
足の親指一本で大地に立ち シヴァ神に敬意を示しました。
そのまま一年の月日が過ぎると
バギラットの苦行に感心したシヴァ神が 天からくだってまいりました。
「バギラット大王よ。
いまこそおまえの願い ショゴル王よりつづく祖先の願いが叶えられる時がきた。
わたくしが 天からなだれ落ちるガンガーの流れを この髪でしかと受けとめよう。
さあ バギラット。ガンガーに強く祈るがよい」
シヴァ神は すっくと立ちあがり
その三つの目で 天の一角をぐっとにらみつけました。
空は しんと静まりかえっています。
ガンガーが いよいよ天から降りてくることになったと聞きつけ
天界の神々や楽人 龍の一族 夜叉たちが 大挙して集まってまいりました。
また 異国の神々や さらなる遠方の神々も
翼ある馬にまたがり あるいは 光の車や天翔る船を走らせて
この世の最大にして最高の壮麗な奇蹟を一目見ようと無辺の四方より集まり
身を飾る金銀宝石を燦然と輝かせ
さらには 好奇の心まで烈しく輝かせながら 空にひしめきあいましたので
空はもう 太陽が百個も昇ったようなまぶしさです。
はるか天界から それを眺めおろしていた女神ガンガーは
苦しみと悲しみに胸はりさけそうになりながら叫びました。
「ああ! 罪の闇うごめく地上に降りろとは なんということ。
わたくしは 未来永劫 清浄無垢なる天上世界だけをめぐっていたかったのに。
けれども 偉大なるブラフマー神の命とあれば いたしかたない。
地にくだるほかない。
さりとて いったいだれが このわたくしを受けとめられるというのだ。
わたしを受けとめられる者など いるはずがない!」
ガンガーの女神は天界から身を投げるように どうっとなだれ落ちてきました。
それはさながら天から一気になだれ落ちる大瀑布。
激しく流れ落ちる水のなかには
あらゆる魚 鰐 海豚の群れが溢れかえり
空にひしめきあう神々の光を反射してきらめきましたので
まるで億の星と稲妻とが ともにきらめく天球の宴
無数の宝石に彩られ
蒼穹から垂らされてひるがえる金糸銀糸の帯のようでありました。
その流れは シヴァの頭上に渦巻く髪へとただまっすぐに落ちてまいりました。
「高慢なるガンガーよ 思い知るがよい。わたくしを甘く見るな!」
シヴァは大地に足を踏ん張り 微動だせずに がっきとその水を受けとめました。
そして その髪の渦の奥底に ガンガーをしっかりと閉じこめてしまったのです。
ガンガーは 抜けだそうともがきましたが
さながら深い森に迷いこんだかよわき乙女のごとく
どのようにもがこうとも シヴァの髪の渦のなかから抜けだすことはできません。
ただその髪の渦のなかをぐるぐると果てしなくめぐるばかりです。
バギラットは祈りました。
「偉大なるシヴァの神よ。どうかガンガーの女神をお許しください。
ガンガーの恵みを地上に!」
そして さらなる苦行を重ねたのです。
途方もなき年月が 瞬く間に過ぎ去りました。
一瞬も怠らず苦行をするバギラットを目の当たりにしたシヴァは
ようやくその怒りを解き 髪の渦の奥底から ガンガーを解き放とうと
髪の渦をゆるやかにほどきました。
すると 水は歓喜の声をあげ 光り輝く飛沫をあげながら
シヴァの額から首 首から肩へと 流れおちました。
それは さながらシヴァの青き喉を飾る幾重もの真珠の首飾りのよう。
流れはうねり 渦巻き 逆巻き 跳ね また深く落ち
波と波とがぶつかって 高く盛りあがったかと思うと砕け散り
きらきらときらめきながら 地上へと流れおちたのでした。
「さあ わたくしはどこへ流れよう?」
ガンガーの女神を先導したのは 天界の光の車に乗るバギラット。
烈しく逆巻く水を従え 大地を潤しながら
六万の大叔父たちの遺灰の散らばる海の底へと疾駆したのでした。
しかし 歓びに溢れたガンガーの流れはあまりに激しく
川筋にあった 偉大なる聖仙ジャンヌ牟尼が心静かに瞑想する祭場を
跡形もなく 流しさってしまったのでした。
怒ったジャンヌ牟尼は 流れくるガンガーの水を一滴残らず飲み干してしまいました。
それを見た天界の神々は 口々にジャンヌ牟尼にいいました。
どうか ガンガーを許し 道を譲ってやってほしいと。
ジャンヌ牟尼は それを聞きいれ 自らの膝に深く刀を突き刺しました。
すると ジャンヌ牟尼の膝から 激しく水が噴きだし
ガンガーは再び バギラットに先導されて 海への道を流れはじめたのでした。
神々は ガンガーが偉大なるジャンヌ牟尼の体を通過してその娘になったといい
ガンガーとジャンヌ牟尼とを祝福しました。
やがて水は海に至り 百億の流れとなって
ショゴル王六万の王子たちの遺灰に埋め尽くされた
果てしなき荒野の隅々にまで行きわたりました。
その水が触れるやいなや
王子たちの魂は その深き罪を一瞬にして洗い流され
限りなく透明な光となって たちまちのうちに天国へと昇っていきました。
神々は ガンガーを先導したバギラットを祝福し
また ガンガーを バギラットの娘と呼んで 祝福しました。
干上がっていた海は 絶え間なく流れこむガンガーの水でみるみる満たされ
豊かに溢れでた水は さらに地下世界までゆうゆうと流れこみ
ガンガーは天界・地上界・地下界の
三界を貫いて流れ清める 聖なる河となったのでした。
さればこそ ガンガーははるかなる天界より流れくる聖なる水。
天にその源を発し 大地を潤し 地下界へと流れ 三界を貫いて流れる強き水。
ガンガーの水を浴びる者は 一瞬にしてその罪を洗い流され
ガンガーの砂を体にまぶす者の魂は 天界の香油を塗ったごとく芳しく香り
ガンガーの泥を頭に掲げる者の心は 太陽を掲げたごとく悪の闇を追い払う。
死してその骨をガンガーに流す者は 速やかに無上の天国へと運ばれ
二度と下界へ堕ちることなく 無限の歓びを生きつづける。
ガンガーは はかりしれない無量の水で大地を隈なく潤し
すべての生き物の命と魂とを支える。
すべての命は ガンガーの水によってきらめき
すべての魂は ガンガーの水によって輝く。
おお ガンガーよ。無限の功徳よ。母なる河よ。
ガンガーの水は 徳そのもの。
ガンガーの水は 光そのもの。
ガンガーの水は 力そのもの。
ガンガーは すべての源。
ガンガーを祝福せよ。さればガンガーもまた なんじを限りなく祝福せん。
そんなわけで ガンガーの流れる大地に住む人々は
いまも朝な夕なにガンガーの岸辺でその聖なる水を浴び
現世と来世のしあわせと 愛する人々のしあわせを
祈りつづけているのです。
Copyright by Ryo Michico/Apr.2004
注)この物語は、2004年春、ガンジス河口の聖地ガンガサガル Ganga Sagar で現地の人より口伝えに聞いたヒンドゥー神話をもとに、その原典であるインドの二大古典「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」の日本語訳の記述を参考にして、寮美千子が独自に編集、語り直したものです。神名・人名の発音は、2004年春現在、ガンガサガルの人々が使用しているものに従いました。サンスクリット原典からの日本語訳では、従来、以下のように表記されています。
サガル方言 サンスクリット原典訳
ショゴル王 Shogole サガラ王
オンシューマン Anshuman アンシュマット
ディリップ王 Dilip ディリーパ王
バギラッタ王 Bhagirath バギーラタ王
ジャンヌ牟尼 Jahnnu muni ジャフヌ仙
また、ガンガサガルでは、ガンジス河は「ガンガー」、ガンジス河を人格化した女神ガンガーは「ガンガーマGannga Ma/ガンガマータGanga mata」と呼ばれていました。
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