「物語の作法」雑談板 (0011)


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越智美帆子 不安定な主題 2002年12月20日(金)22時11分04秒
越智作品批評/複合的な意味を持つ両義的作品 への応答

 感想、ありがとうございます。嬉しいです*

 『明ける空』について。この作品は、私の願いみたいなものが込められています。人生において、先生のおっしゃる通り、決して大きな出来事でその方向性が変わることではなく、ひょんなことである朝突然変わっていたり、その日始めて会った人によって変わる、と言うことを書きたかったのです。まさに一発逆転の世界。例えば、ホームレスだった人が、今や年商何億の会社社長だったり、と。

 『羽の取り扱い』の国は、羽が生えてくる架空の世界を想定して書きました。例えば、染色体異常の方がいらっしゃるように、何分の一という確率で産まれてくる、羽の生えてくる人用に書いた、ある意味パロディです。
羽は自由の象徴である、という見方は多分、天使のイメージがあるからだと思います。しかし必ずしも、背中に羽のタトゥーを入れる人や羽のモチーフを使って何かものをつくる人が、自由を訴えているというわけではないと思います。だから、あえて私は「自由であるものを、自由ではないものにする」という形をとってみました。

 最近寒くなって、乾燥がひどいです。寒さに弱いので、ほどんど冬眠状態です。

寮美千子 越智作品批評/複合的な意味を持つ両義的作品 2002年12月20日(金)00時38分32秒
▼掲示板:10A 羽の取り扱いについて への応答


越智さん、どうしてる? 掲示板での授業参加、がんばってるね。投稿作品、楽しみに見ています。雑談板で批評もしてくれて、それもみんなの励みになっています。ありがとう。

越智さんの作品、どれも印象深い作品です。すぐに反応したいと思うんだけれど、なぜかこれがむずかしい。ぐっと心の奥に切りこんできて、何かが深く刻印されるんだけれど、それがなんなのか、すぐにはわからない。単純に言葉にならないのです。越智さんの作品は、それだけ含みのある、複合的な意味を持っているのでしょう。

▼「明ける空」
不思議な爽やかさが漂う作品。事件や大きな出来事があって、それを乗り越えることで心にあったわだかまりが克服されるわけではなく、明け方の、ほんの小さなふれあいが、登場人物ふたりの人生の航路をわずかに変える。その「ほんの小さな」というところが、とてもいい感じに描けていると思いました。

ほんとうに、人生は「一大転機」なんてもんで変わるわけじゃなくて、実は小さな日常の、ほんのひとかけらの出来事で、その先大きく変わっていくのかもしれない、と作品から実感させられます。この「実感」というところが、この短編のミソ。ふつう、こんなちょっとした会話で何かが変わるはずないと思うのに、ここでは「変わりうるんだ」と実感させてくれる。それは、越智さん自身がそう感じているからかもしれないし、あるいは強くそうありたいと願っているからかもしれない。いずれにしても、それをリアルに描ける、ということは、すごい。自分の中に、きちんとそのイメージが描けているんだから。

そんなふうにリアルに感じられるのと同時に、実はどこか危うい感じもするところも、この作品の魅力になっているのかもしれない。それが越智作品の複合的なところ。決して一義的じゃない。だから、簡単に感想を述べられない。「人生は変わりうる」「だいじょうぶ」というメッセージを強く発しながらも「ほんとうに変わるだろうか」「だいじょうぶだろうか」という小さな震えみたいなものも、実は隠されている。だから余計に「そうありたい」と願う心が切実に伝わってくる。そんな作品に思えました。

▼「羽の取り扱いについて」
どこかクラフト・エヴィング商会を思わせるような楽しい作品です。取り扱いの注意書き、という設定、楽しいね。この注意書きはどこで発行したものなんだろうとか、考えさせてくれるところも楽しい。細部がすごくよくできているのも魅力です。

ただ、どうしてもひとつ、気になるところがあるのです。ここに出てくる「国」とは何だろう。なぜ羽という自由の象徴であるはずのものが「国」に管理されているのか。管理されているということを、人々はどう感じているんだろう。というより、作者自身はどう思っているんだろう。これが、見えてこない。まさしく「取扱説明書」仕様で書かれていて、そこに肯定的な意味も否定的な意味もない。ニュートラル。というより「国」に管理されることが当然であるという設定で、疑問にも感じていないので、それを肯定も否定もする必要がない、というように読んでいて感じるのです。だとすると、ちょっと怖い。

そのへんが、やはり「複合的」な作品だと思うのです。「羽」というロマンチックなアイテムと、その「取り扱い」のギャップ。さりげなく書かれているところが、怖い。読者を小さな混乱の渦に巻きこむ。これは、作者がわざと仕掛けた罠だろうか。それとも、無意識のうちにそうしてしまったのか。それがいまひとつ不明なところも、読んでいて不安になり、その不安が心を離れない。

「羽」という、まさしく自由や逸脱を象徴するものが、このようにいとも簡単に管理されたり、コレクターの手にわたったり、博物館に収蔵されていいんだろうか。そんな世界は、どこかおかしくないか。などと、くだくだ考えてしまいました。そんなふうに考えさせてしまうことをもくろんだ作品? にしてはニュートラルだしなあ……。謎。

越智さん、この「国」に関して、どんなふうに考えているのか、聞かせてくれるとうれしいな。ついでに「羽」の意味するものも。


というわけで、最近作2作を批評してみました。また作品書いてね。越智さんの短歌も読んでみたいなあ。よろしく。

寮美千子 スナップ短歌を詠んでみよう! 2002年12月19日(木)18時02分20秒

▼みんなへ
奥野さんと宮田さんの短歌を読んでいて、ああこの年齢、この時にしか書けないものがあるんだなって痛感しています。ほんとうにみずみずしい。写真でいえば、スナップショットという感じ。なんでもないように見える写真でも、そこに時代が写っていたり、その時にしかない表情や若さが写っていて、きっと一年でも後に見るとなつかしくなる。そして、一年後にはもう同じ写真は撮れない。

いまを、こんなふうに表現して留めておくことは、とてもステキなことに思えます。せっかくだから、みんなも書いてみよう! 杉作くんなんか、どう? あのパワーを短歌に凝縮してみては。滝さんや、久我さん、越智さん、山口さん、麻生さんなんか、どんな短歌を書くのかなあ。水落さんの短歌、すっきりとりりしいかも。石黒さんはどうだろう。メール言葉や顔文字満載のおちゃめな短歌、っていうのも新鮮かも。横田さんの短歌は、やっぱり色っぽい系だろうか。それもステキ。東條くんのは、これはやっぱりどう見ても「スナップ短歌」にはなりにくいだろうなあ。詩に近くなる? 古内くん、試してみたら、意外な一面が見えるかも。深谷くんも気になるなあ。奥山くんは、やっぱりお笑い系から離れられないだろうか? それもよし。

というわけで、掲示板でも正式発表するけれど、冬休みの課題は短歌十首。楽しみにしてます。予測を裏切るものも、大歓迎です。 

寮美千子 五七五七七のリズムを意識しよう 2002年12月19日(木)17時50分46秒
▼掲示板:32A  への応答

▼五七五七七を意識しよう
短歌が「音楽」であり「調べ」であることは前の投稿で書きましたが、これを大切にするには、まず五七五七七という定型を大事にしなければなりません。これをあえて壊すとき、つまり「破格」にするときには、必然がないといけない。うっかり数が合っていない、というのはよくない。

で、宮田さんだけど、いい作品がいっぱい。だけど、五七五七七にはまらないものもいっぱいです。意識的にやっているというより、結果的になんとなくそうなっちゃった、という感じ。五七五七七に縛られることはないし、自由にのびのびできるのはとてもいいこと。でも、必然なしにはずれているのは、やっぱり問題です。

自由さを失わないで、しかも自然と五七五七七のリズムになっているようになるためには、やっぱり最初はちょっと意識して五七五七七と、指折り数えないといけないかもしれません。例えば、次のような作品。括弧のなかの一文字を抜くだけで、きれいにはまるんだけどなあ。
すぐそばではじまった恋(は)のけものにされたみたいなセンチメンタル

水槽の夕暮れだから君からの電話(も)無視して泳いでいたい

会えなくて会いたいことすら忘れてたくしゃくしゃの髪(も)その手も声も
▼リズムを軸に直してみると
奥野さんの爽やかさ、とまた異なる「日々のかけら」的なリアルな心の有り様が、とてもいい感じのする宮田さんの短歌。ちょっと直すと一段とパワーアップしそうな作品が並んでいます。つまり「核」となりきらりと光るものがちりばめられているってこと。試しにちょっと改作してみました。どうこがどう変わっていて、その理由は何か、よく検討してみてね。これは改作の一例で、どうしてもこうしろっていうんじゃないよ。参考にしてください。上が宮田さん作、下がわたしによる改作です。
友達の間できのこの名前をつけるのはやって私はなめこ
友だちのあいだでキノコ名つけるのが流行ってわたしの名前はナメコ

浅草のお寺のそばの店で君がはいてたサンダルみつけたよ
浅草のお寺のそばの履き物屋君がはいてたサンダル発見!

4Bのえんぴつで書くアートだけど読めない君のノートがすき
4Bのえんぴつで描くアートだね読めない君のノートがすきよ

恋人ができたらきっとしあわせになれると信じていたあの頃
恋人ができたらきっとしあわせになれると固く信じてた頃

あのひとの家のトイレにあるブラシ立てはペットボトルのリサイクル品
あのひとの部屋のトイレのブラシ立てペットボトルのリサイクル品

たとえ犬だからといって女の子をキングと呼んだら傷つきます
たとえ犬だからといってジョンなんて傷ついちゃうよ女の子だもん

いつかくる別れに怯えるくらいなら会わないほうが200倍マシ
いつかくる別れに怯えるくらいなら会わないほうが二万倍マシ

この恋が錯覚だってわかってる錯覚だってわかってはいる
この恋が錯覚だってわかってる気のせいだってわかってはいる

誰にでも王子な君をすきになるのをさけるの一生懸命
誰にでも王子な君をすきになるのをさけるので一生懸命

誕生日パーティーの後泣いたのは君がいなくてもいきてる私
誕生日パーティーの後泣いたのは君なしだって生きてけるから
▼わたしの好きな宮田作品
ミルキーの甘さが喉で波を打つゆるしたわけじゃないのに泣ける
ひょっとして会えるかもって期待してタワレコに来てわたしがいるよ
空がきれいっていうことは言い訳になるよね電話していいよね

寮美千子 歴然と音楽でありながら物語も見えてくるようなものを! 2002年12月19日(木)16時02分24秒
▼掲示板:17C「ミルクを見ていた」 への応答

▼はずされる もどかしいのが好きだから 君に会うときシャツを着てます

宮田さんもやっぱりこの作品が気になったんだね。わたしもどきっとしてしまいました。
結構直裁な表現なんだけど、なぜか爽やかなところが奥野さんのキャラだなあと思います。
清潔なエロティシズム。

この作品、アイデアも言葉もいいけれど、どうも全体の流れがこなれていない。言葉がぶっきらぼうにごろんと投げ出された感じで、ぎくしゃくしている。それはそれでまた新鮮ではあるけれど、考慮の余地ありかと思います。で、こんなふうに直してみたけど、どうだろう? 奥野さん、どう思う?
はずされてゆくもどかしさ好きだから君に会う日はシャツを着ていく
▼さわりたい君のおしりや目のしわに ただ単純な密かな野望

これも清潔エロティシズム系。とてもいいんだけれど「ただ単純な密かな野望」という言葉遣いが、前の句の「さわりたい君のおしりや目のしわに」というとても具体的な印象から急に離れて、抽象的な説明の言葉(=解説)になってしまっているのが残念。解説は詩の言葉じゃないよね。

ここはむしろ前の句のイメージをそのまま連打して畳みこんでいくほうがいいかもしれない。
さわりたい君のおしりや目のしわや……
この先の……のところに、さわりたい具体的アイテムを投入していく。それが、具体的で目に浮かぶようなもの、目のつけどころが「なるほど、そこか」と思わせるようなものだったら、この作品は成功すると思います。さわりたところ、どんなところ?

▼食べてよね 初めて作った手料理はコーンフレーク でも愛はあるの!

情景が目に浮かぶよう。でも、その情景を「説明」してしまっているところがちょっと残念。短歌は五七五七七と、けっこう長いけれど、基本的には「歌」だとわたしは思う。「旋律」「音楽」と言い換えてもいい。言葉が音楽として流れていく感じが気持ちいい。言葉が「音楽」「調べ」として耳に入ってくるとき、そこに意味を超えた何かが生まれるんじゃないだろうか。

短歌は俳句に比べて長いから、その中で物語も作れるし、解説や説明も可能。でも、可能だからといってみんな入れちゃうと過剰。うるさくなってしまう。むしろ、ひとつのアイテムにしぼって、そのひとつを深めるようなリズム、旋律を大切にしたい、とわたしは思うのです。特にこの作品の場合はそう。で、こんなふうに改作してみました。
きみのためはじめてつくった手料理はコーンフレーク・シュガー・フロスト
下の句は、単に製品の名前だけど、語呂がいい。「シュガー・フロスト」で「甘い」という意味もかかっている。お砂糖のような恋のイメージをだぶらせているというわけ。そして、これは「料理」なんて呼べる代物じゃない。それを自ら「きみのためはじめてつくった手料理」と言い切ってしまうところに、この子の強引さがかいま見える。ということは「食べてよね」という意味が背後に隠れているということ。

漢字にするかひらくか(ひらがなにするか)も、大切な問題。漢字は意味を強調するし、ひらがなは音と流れを大切にする。どちらに重きを置くか、ちゃんと考慮して使い分けをしたい。奥野さんは「初めて作った手料理」と漢字にしたけれど、わたしはひらき「手料理」だけを漢字にしてみました。こうすると「手料理」という言葉が浮き上がって見えてくるし「手料理」をまんなかに、右と左、ひらがなとカタカナで天秤のような感じがする。視覚的にも、それから言葉の流れとしても。

歴然と音楽でありながら、そこに物語も見えてくるようなもの。それが究極の短歌かも。


というわけで、ほかの作品もこんな目で見直してみてね。あとでいいけど。いまは、新作どんどん書く方がいい。しかし! これはなんだ。
数えてた君のスカート水玉の数 もものあたりで終わりのチャイム
「数」という言葉がだぶっているの、なんとかせいといっただろうが! さぼってはイケマセン。

宮田 和美 ほんとたびたびすみません。 2002年12月19日(木)02時09分44秒
▼掲示板:32A  への応答

まつながさん、訂正直してくれてありがとう

宮田 和美 にやり。 2002年12月19日(木)01時54分13秒
▼掲示板:17C「ミルクを見ていた」 への応答

強引な彼をイメージしてにやり わたしはオトメなんかじゃないわ

はずされる もどかしいのが好きだから 君に会うときシャツを着てます

いいねえ!とくに「にやり」のうた、わかるわかる。
オトメじゃないけど、妄想ぐあいが女子っぽい。
このエロ系、わたしすきかも。ちょっとちんかめみたいで。


迷うのは行きたい場所があるからで自信を持ってきょろきょろしたい

素敵です。奥野さんのもつ前向きなパワーは私の原動力です。
がんばろうって思った。

一義いったのね。いいなあ。いいよね100式。しかも冷たい頬。
わたしもほんとはその日行くはずだったの。
夏にいったとき、アンコールの前にお経みたいな声が聞こえてこわかった。
あ!まさかアーヴィング!?

宮田 和美 ひょっとして会えるかもって期待してタワレコに来て わたしがいるよ、古内さん!! 2002年12月19日(木)01時40分42秒
いつも楽しく読ませてもらってます への応答

うれしい!
わたし、前からけっこう古内さんの作品の、
こまかい描写がすきだったんですけど、
あれーひょっとして片想い?と思ったら!
きゃーきゃー!

なんかあほですみません。
短歌はまだ書き始めで、いつも不安がつきまとっているんで、
自信につながりました。ありがとうございます

宮田 和美 読みました。とかいってあーごめん!みんなこれ読む前に古内さんの作品読んで!! 2002年12月19日(木)01時22分04秒
ちょっと奇妙な恋愛小説 『姫』 への応答

おもしろかったです。
かなり前の古内さんの作品への投稿に、
「日々のかけらコレクター協会的にヒット!」みたいなこと書いたんです。わたし。
今回もそんな魅力にあふれてました。
なんどもぷーっ、そうそう!って笑ってました。ぷぷーっ

『自己紹介の後には引継ぎ会となったが、生徒会室の鍵を受け渡す妙な儀式を行っただけだった。』

『それから姫は、言葉の語尾に「わ」とか「よ」をつける最後の女の子だった。』

『なぜか僕の頭の中には映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中の一曲、『わたしのお気に入り』が延々と流れていた。』

『手を太ももの下に入れて温めるようにしながら、美しい足をぶらぶらさせていた。』

このへんの描写がお気に入りです。
ほかにも『ア・テスト』とか、あったあった!

ただ、なにか足りない感じがしたのも正直なところです。
『紙ふぶきの他にも、中には遊び心で色々なものが入れられていて、それらは綺麗に舞った。』
という一文の、遊び心で入れたものってなに!って気になったりしました。
姫の家もちょっとわかりづらかったです。
足りない何か。うまく言葉にできないのでもうちょっと考えてみます。


「………好きよ、ヨツヤ君」
!!!!!!!!!!
これにはおどろいた。驚いたと言うか、わけわかランチ。
とまどってしまいました。もうちょっと説明が、
説明というより物語に伏線があったらいいかなともおもいます
わたしいまだにどういうことかわからないので。

ふと思ったんですけど、
古内さんの作品の登場人物はみんなかしこそうですねえ

楽しかったです

奥野美和 おもしろいよ、すごいね、古内君! 2002年12月18日(水)22時27分33秒
▼掲示板:5A 『姫』 への応答

なんだあ、本当に先が読めなくてドキドキして
ああーってなってたら・・・って……
先に雑談板読む人いるよね。
あらすじは書かないほうがいいかな。
というか、どういうこと!?
おもしろい。とてもおもしろい。ひきこまれちゃったよ。
感想、また書く!
皆が読み終わった頃に書く!

古内君、すごい。おもしろかった。
パソコンの前で「えっ」って言ったワタシ。

なんか、興奮状態の感想でごめんなさい。
とにかく、おもしろかったの。
なんかアリガトウ!

奥野美和 こんばんは。たびたびどうも。ハラカミさんに惚れてます。 2002年12月18日(水)22時08分33秒
▼掲示板:17C「ミルクを見ていた」 への応答

えっと、以前のものを編集したのを改めて投稿しましょうという
事になったので、一度皆さんに読んで頂いたのに
しつこくごめんなさい。

あと、もう一つの方は新しいやつ。
なんか、いろいろへんてこなのもあるけど
短歌は量産も大事だそうです。
とにかく毎日頑張るだけです。
頑張るのって楽しいし。
夢中って気持ち良いし。
はい。
がんばりまっす。
YES!オノヨーコ!

奥野美和 改めまして 2002年12月18日(水)20時59分19秒
合評の時のコメントはノーカン? への応答

こんばんは。今日は時間があるから嬉しいな。
ゆっくり落ち着いて書ける。姉が今日、
結婚して引っ越しました。PCが使える。嬉しい。

で。東條くん!
一期一会。わたしも、やっぱりLOST IN TIMEが良かった。
田舎の生活ね。なんか、BUMPの藤くん(馴れ馴れしい)の
声に似てると思った。あとは、ユーミン。っていうか、「楓」が
好きなの。ポリは……。チェリーが好きな曲だから、はやしめ!と思った。

でね、昨日中村一義のライブに行ったんだけど、
「冷たい頬」をやったんだなあ。本当にピースフルなライヴだった。
すごく良かった。

最近ライヴ運が良いなあ。東條くんはポラリス聴きましたか?
いいよー。すごく。大好き。おすすめです。

バインはリーダー(ダーリー)辞めたよね……。
バインはライヴもいいよー。来年ツアー行きます!
アルバムまだ聴いてないけど。

そうそう。この前、なんか作品について偉そうな事言っちゃったけど、
なんか、よくわかんない。なあって思った。
女の子のこと、書いちゃうね。
やっぱり。
なんだか。
うん。




古内旭 感想をもう1つ 2002年12月18日(水)14時36分02秒
▼掲示板:13A「CAROLEYES 第一話」 への応答

杉作君の『CAROLEYES』で注目したところは、他でもない妄想シーンなのですが、その中で「女子のスカートがめくれただけで〜」のくだりがとても共感しました。
思春期とはそういうものかもしれません。そしてそういう感覚はほとんど忘れてしまっています。この感覚は、僕の『姫』に通ずる部分もあり、杉作作品との微妙な共通点を感じます。
青春とは「過ぎてしまった時、それに気付く」らしいですね。

古内旭 いつも楽しく読ませてもらってます 2002年12月18日(水)11時02分29秒
▼掲示板:32A  への応答

32Aは特に共感を覚えました。というのは、「タワレコ」というところに惹かれたのです。
宮田さんの一連の作品には色々なものが登場します。話を面白くする手段の1つは、細部をさりげなく書き込むことにあると思いますが、このさりげなく登場したタワレコは僕はとても好きです。そういう風に誰かに共感させるアイテムが作品中にたくさん散りばめられているのは、素晴らしいことです。
ところで、僕の場合は、タワーレコードではクラシック音楽の特にロシアもののところで延々と彷徨っているわけですが、ある程度親しければそういう風に居場所を特定しやすい。僕も何度かレコード屋で人に会ったことがありますが、そうすると、「お前やっぱりこのコーナーにいるんだな」という感じでした。

古内旭 いくつかの杉作作品への感想 2002年12月18日(水)10時49分16秒
▼掲示板:13A「CAROLEYES 第一話」 への応答

杉作君の『CAROLEYES』はスペースがないので一瞬どう発音するのかと思いましたが、これは一続きでは英語らしくないので、おそらく「キャロルアイズ」でいいのでしょう。目が1つのテーマとなっています。冒頭のシーンはとても面白いです。悪夢的な不条理を感じます。
話自体は未完なので何とも言えませんが、設定が面白いと思いました。三世界構造。それから『霊幻道士』のキョンシーとは少し役の違う僵屍。
また、文は結構書き込まれていました。少しするといつもの杉作節になるのですが。視点の入れ替わりもいいですね。文体、ということで言えば、ティーンズノベル、例えば角川スニーカー文庫とか電撃文庫(ものにもよりますが)みたいな軽いノリがあります。さくさく読めます。

僵屍(きょうし)というのは、なかなか馴染みのない文字ですがこれはキョンシーのことですね。モンスター分類学(?)によると、吸血鬼に分類されます。しかしほとんどゾンビに近いものがって、これはまさに吸血ゾンビとでも言うべきものです(注:かつて『吸血ゾンビ』という映画があった)。
しかしまあ映画『霊幻道士』や『幽幻道士』が有名なので、特に説明はいりませんね。日本では『幽幻道士』の方が人気でした。というのは、おそらく月曜ロードショーのタイアップとTVドラマ『来来!キョンシーズ』に原因があるでしょう。その頃主演のテンテンも来日しましたし。テンテンに憧れた小学生時代が懐かしいですね。といっても僕が小学生の頃の話なので、ちょっとズレるでしょうけれど。ちなみに僕とテンテンは同い年。78年生まれです。

ところで、登場人物紹介にある「ラム・チェンイン」というのは『霊幻道士』に出てくる道士と同じ名です。杉作君のキョンシーへの愛が伝わっていきます。
続編を待ちたいと思います。

『日々のナルト』は、タイトルからして『日々のかけら』をイメージしたものだと思われます。テンポのよい語りがとても上手いと思います。最後にほろりとさせるところも秀逸!とても好きな作品です。
『ある阿呆の生涯』については、最後が突然『千年松』みたいになってました。

古内旭 ちょっと奇妙な恋愛小説 『姫』 2002年12月18日(水)09時35分45秒
▼掲示板:5A 『姫』 への応答

新作が書けましたのでCMを。
こうして投稿したものを見ると長く感じるのですが、分量的には50枚ちょっとだったと思いますので、短編としてはごく普通の長さです。書いている時にはやはりもっと長かったのですが、不要な部分がだいぶある気がして削っていった結果こうなりました。読み返してみると、色々と気付く点は多々あるのですが。

前作の『ルイーズ』が実験的な変な作品だったために、ストレートでシンプルな青春小説でも書こうというのが始まりでした。『テスト』が小学生だったので、今度は中学生で。恋愛という難関なものごとにぶつかるのは、この時期が最初だと思います。恋愛には色々な段階があって、それを通過していくことにはある種の傷みもありますし、越えなければならない課題が多くあります。………というとなんだかいわゆる「恋愛小説」な気がしますが、結局のところそういう意図で始めてみても、書いているうちにどんどん自分の方向に曲がっていくんですね。僕は恋愛小説にそれほど関心をはらってこなかったし、もっぱら好きなのはジャンルものでした。結局のところ、この『姫』も「奇妙な」恋愛「的」小説になったかと思います。しかし、例えば村上春樹の『ノルウェイの森』が「100パーセントの恋愛小説」というコピーで売り出されたにも関わらず、中身は恋愛小説でなかったように、そういう枠組みはどうでもいいかも知れませんね。

今回の『姫』はさらさらと読めると思います。
長めかもしれませんが、まったく力作感はありません。ぜひ読んで下さい。

しばらく見ぬうちに掲示板にいくつも作品が投稿されていたので、学校も冬休みになったことだし、きちんと読み込んでおこうと思います。
ところで、短歌は本当に宿題なのだろうか。未知の領域なので非常に不安なのですが………。苦労しそう。

宮田和美 たましい 2002年12月17日(火)00時48分09秒
合評の時のコメントはノーカン? への応答

わたしもあのうた、スピッツぽいなって思った。
たましいとか、あくびとか、運命って言葉がなんとなく
マサムネ語録を彷彿とさせるからかも。

「一期一会」。あれいいよね。
わたしは一曲目の椎名林檎に、やられた。しびれた。
この曲が聴けてよかったって思った。
小島麻由美、奥田民生、中村一義なんかもすき。

キセルもいいねええ。あの人らはいい。あんまり知らないけど。
ギンヤンマがいい曲でした。東條くんの言ってた曲、きいてみよっと
七尾旅人。なんかなつかしい。聴いたことないんだけど、
かなり前に雑誌にインタビューのってて、印象的だった

キリンジの新しいやつの一曲目、クイーン。わたしけっこうすきよ。
あとママラグはやんないかな。ママレイドラグ。

久我真紗子 ひらがなといえば 2002年12月16日(月)16時41分54秒
▼掲示板:しあわせの あかい ふうせん への応答

「鏡の果実」がひらめいたんで、警戒して読んでしまいました。そうしたら何もこなかったです。少し物悲しくて、でも爽やかな感じが印象的です。兵士や子供たちの上を風船が飛んでいくあたり、「緑の親指」という本を思い出しました。作品に自分の名前を使う所が杉作くんらしく、また杉作くんの姿を重ねるからこれだけ感動出来るのでしょう。

久我真紗子 「アイヌの歌と語り」感想 2002年12月16日(月)16時24分58秒

なぜこのような時期に?とはつっこまないで(笑)
ずいぶん前に書いてはいたんですが、最近学校来てなかったもので。
無事投稿できてよかった。
と、いう訳で今となっては昔懐かしアイヌライブの感想です!

16日のライブは熱い夜になりました。バッタキの踊りもやる程にはまる魅惑みたいなものがあって、気付いたらひたすら踊っていました。そして無性に楽しかったです。会場に来ていたお客さんも小さい子供から年配の方まで、年齢関係なく楽しもうって感じでそれが温かい雰囲気を作っていたと思います。一体感のあるいいライブになって、主催には全く関わってないんですけど、嬉しいです。安東ウメ子さんのアイヌ語昔語りは特に感動もので、今でもよく覚えています。言葉ってその民族の特徴みたいなものを自然とかもし出してると思うんですよ。アイヌ語は可愛らしくて軽やかで豊かな感じがしました。過去形とか文法とかそんなものは関係ないシンプルさで。原始的だと言ってるのではありません。言語なのだから人に伝達するために必要なルール、文法は当然あると思いますが、そんな堅っ苦しいものはどこかへ行っちゃうくらい、軽くて心地良い響きを持っていました。何だか、人間の根源にある感覚を言葉にしたような。純粋に伝えることだけが目的の言葉。難しいこと考えないで、私の伝えたいこと伝わればそれでいいじゃん、みたいな。そんな心の広さを持った言葉、という印象を受けました。発音は、ハヒフヘホ、パピプペポ、カキクケコ、が多いような気がしてたぶんそれが可愛らしいと感じる要因かな。テュピトーンテュピトーンって響きがすごく好きです。アイヌの子供たちはきっとこの箇所で体をこわばらせて聞いていたんでしょうね。そういえばウメ子さんは、小さい頃夜になるとおばぁさんが昔語りをしに枕元にやってきて、眠いのに朝まで話し続けるから寝かせてもらえなかったっと言っていました。私が小さい頃は全く逆で、私がおばぁちゃんに話しかけるからおばぁちゃんが眠れなくて困っていたものです。てっきり大人は子供を寝かせつけようとするものだと思っていましたが。アイヌの人々はおしゃべり好きな民族なんですね。そのおかげでアイヌ語が今まで伝わったと思うとおしゃべりバンザイ!ですね。
いい体験をさせてもらってありがとうございました。このライブで授業の人とも仲良くなれたし。楽しい夜でした。


先生、「かわいい」なんて忘却の彼方に消えていた言葉をどうもありがとう・・・・・・・・・
ボールペンくらい自分で直せないといざという時困るとは前々から感じていたのですが。
あーゆー細かい作業は苦手です。
かわいいおばぁさんと言えば。
昔好きだった児童書に、『あたまをつかった小さなあばぁさん』って本があって
このおばぁさんは本当にかわいかった!
いつも困った事があると、とっておきの赤いバンダナを頭にまいて、一生懸命考えるんです。
アヒルの寝床はどうしようか、とか
赤と白のチューリップをお庭にどう植えようか、とか。
ところが出した答えがどっか抜けてて、なんか違う方向にいっちゃう、だけど気にしない、
そんなおばぁさんを子供心にかわいいと思ったものです。
「かわいい」って年齢の差をも越えてしまうものなんですね。
中年の方をかわいいとはあまり思いませんし、やっぱり人間のある時期(たぶん子供っぽい)だけに与えられた特権と見て十分利用すべきなのか・・・・。
あ、名前忘れたけどセガの専務はかわいかったと思います。
あと鼻毛の出た大工さんはかわいいですね。よく分かりませんが。




東條慎生 合評の時のコメントはノーカン? 2002年12月16日(月)11時14分45秒
東條君が褒めてくれた! への応答

奥野さん
そうですか、やっぱりですか。読んだときに思ったのは「楓」と「運命の人」ですが。
「フェイクファー」ですかね。これ、表題曲が好きです。「冷たい頬」を中村一義が「一期一会」でカバーしてましたけど、あのアレンジもとてもいいと思います。「一期一会」のなかでは羅針盤とLOST IN TIMEと小島麻由美のが好きですね。ポリシックスのも遊んでいて何度も聴く曲ではないけれど面白い。
そういえば、今年は七尾旅人とスネオヘアーとピロウズが良かったです。逆にキリンジとGrapevineがどんどん株を下げていきますが。あ、キセルもいいですね。「雪の降る頃」とかとか。
フィッシュマンズはポリドール時代のベスト版だけ持ってるんですよ。で、それ以外聴いてない。あのテンポがちょっと合わないのかな。声かな。ゆらめきIN THE AIRとか聴いてるとトリップしそうな曲で面白いんだけど。聴き返してみるかな。

あ、クロールという語がぽっと出てくるのはやはり世界ですね、世界観ですね。

横田さん
あ、読んでますか、そうですか。じゃあ、谷崎とか吉行とかも読んでるかも知れないですね。そういうのは澁澤系とかフランスの作家に面白いのが多そうですね。うん、サドまで行かなくてもあっちは性愛ものの宝庫らしいですから。

滝さん
サマンサは名前だけ聞き覚えがあって、そのドラマのタイトルも覚えているのですが、具体的に何なのか全然知らないのです。有名な欧米のドラマですよね?
故郷ですが、坂口安吾「文学のふるさと」のなかでの記述を乱暴に要約するなら、「生存それ自体が孕んでいる絶対の孤独」がわれわれのふるさとであり、「むごたらしく、救いのない」ものであるが、「救いがないということ自体が救いであります」と続きます。そして「私は文学のふるさと、或いは人間のふるさとを、ここに見ます」。またしかし、「ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではない」とも言っています。
ここでのふるさとは、いわゆる故郷ではなく、ほとんど存在の、物語の起源のようなものに入り込んでいるのですが、いわゆる故郷もまた、人の起源、記憶の起源ではあるでしょう。ノスタルジーは、今はもう失われたモノに対する感情を指して言うのだと思うのですが、安吾はすでにノスタルジーなるものが成立しない。安吾は歴史のうさんくささを非常に知っていた作家ではないかと思うのですが(「飛騨の顔」に見られる精神分析的歴史検証の手法!)、そういう感覚がこのエッセイにも現れているのかも知れないとは今思いついたことですが。
話がどこに行ったか分からなくなってきましたが、おそらく滝さんの意識されていたのは、帰属を保証する存在としての故郷ではないかと思われます。自己引用の部分を見るとそうではないかと思うのですが。その時意識される故郷とは、元々あったものではなく、「都会」というモノが現れて初めて「田舎」なる概念が発見されたように、後から己の起源を立ち返ろうとしたその時に初めて現れるものではないでしょうか。
過去が流れ出す源流としての故郷。故郷が己のなかにあるのは、確かにそうですね。
外部にある故郷とは、その時にはすでに消えてしまっているでしょう。

奥野美和 東條君が褒めてくれた! 2002年12月16日(月)09時30分54秒
魯迅の「帰郷」も面白いですね への応答

うれしい。やった。
そうなの。スピッツ。うふふ。そうそう。そう。
そう。意識。すごい意識。した。そうなんです。
すごいね、東條君。

東條君とは音楽の趣味が合うなあと思うんだけど、
わたしはフィッシュマンズの音楽のような
短歌が書きたいなあ。

影響は音楽から受けてると思う。

言葉が好きだ。
リズムが好きだ。

つぶやいたら口の中で希望の味がするものをこれからは書きたい。

恨み辛み当て付け短歌はもうやめたい、と思って書いたんだなあ。

クロールは、わたしのやりたいことの始まりを示していると思うんです。

頑張るよ!

古内旭 日本ホラー映画 2002年12月16日(月)06時07分09秒
これ、好きです。 への応答

越智さん、『回路』を借りてくれて嬉しいです。せっかく借りたのだからぜひ見てください。

日本ホラー映画は怖い、というのは納得できます。その要因はいくつかありますが、1番はそれが我々日本人にとってごく身近な恐怖と重なるからでしょう。海外のホラーでもかなり怖いものは数多くありますが、いずれもフィクションの世界にとどまって、我々の日常にまで侵入しようというものはめったにありません。我々にとってゾンビが非現実的でグロテスクなモンスターにしか見えないのは土葬の文化がほとんど実感としてないからでしょう。ゾンビよりもはるかにゴーストの方が恐ろしい(ゾンビものにはまた違った哲学的要素があると思うのですがそれはさておき)。
『四谷怪談』(いくつかある映画化の中では三隅研次による59年のものを1番評価したいと思います)にせよ、それが「四谷」というごく近しい場で「本当に」起こった出来事とされているのが怖いわけです。登場人物が当然ながら日本人なので、余計にリアリティもあるわけです。

日本映画界は『四谷怪談』や『累が淵』といった怪談映画でその一翼を担っていた時代がありました。しかし、ハマーやアメリカのホラー映画が輸入されるにつれそれらは次第に影をひそめ、消えてしまいました。最近のホラー・ブームはいったいどこから起こったのか。流れとしては『スウィートホーム』辺りから本格ホラーの兆しがあったわけですが、都市伝説を受けての小中千昭と鶴田法男のドラマ『ほんとにあった怖い話』や『学校の怪談』あたりで方向性が定まった感があります。それから、角川書店がどうにも一役買っているように思います。一連の角川ホラー映画(と文庫)のヒットが原因でしょう(映画としての出来は悲惨なほどですが)。『死国』、『黒い家』など色々。若手俳優、人気俳優を多く起用して10代から20代をターゲットにしたわけですね。これは商業的に大成功を収めます。『リング』の社会現象的大ヒットは、国産ホラーを1つのジャンルとして成り立たせた記念碑的映画です。

しかし、これら量産されつづけるホラーの中で、真に恐ろしくそして深い味わいのあるものはというと、極めて限られてきます。その代表格が、黒沢清だと思っています。黒沢清の描くホラー映画は哲学的命題を背負っています。「幽霊=人間ではないもの」「人間=幽霊ではないもの」それでは人間とは何なのか?という根本的な問いがなげかけられるのです。黒沢清の幽霊観は、かつての怪談映画その他に見られたものとはほとんど似ていません。『リング』の方向ともまるで違います。黒沢の幽霊は突然現れます。例えば、あなたの後ろに突然。そしてただ立っているだけなのです。別に、激しい効果音と共に襲ってくるわけではありません。それに、恨みを晴らそうとしているのでもありません。ただそこに存在しているだけです。それは決して消えません。その姿勢は、幽霊=モンスターという構図を排しています。人間の(肉体的な)存在へのアンチテーゼとして幽霊は存在するのです。そして、モンスターでない以上、それを倒すことは不可能です。決して逃れられない恐怖となるわけです。
黒沢清映画においては「こちら側」、「あちら側」という考え方にしても、なかなか興味深いです。というわけで、『回路』、ぜひ見てください。この映画では終末までもっていくかなり突拍子もない展開を見せます。
以下にお薦め傑作Jホラーを。

・黒沢清『降霊』
・黒沢清他『学校の怪談/もののけスペシャル』(オムニバス)
・中田秀夫『女優霊』
・鶴田法男他『ほんとにあった怖い話/第二夜』(オムニバス)
・鶴田法男他『学校の怪談/たたりスペシャル』(オムニバス)

とりあえずこんなもので。

杉井武作 顔のテカッた背の低い緑のアロハでアフロな黒人が友達の曲パクッてたから問い詰めたけど吐かないんで歯茎から血がでるまで顔面肘打ち食らわせてやったら「路上で歌ってたのをパクッた」と白状したんで行こうとしたら返り討ちにされそうになったんであわてて走って逃げて総武線ギリギリで掛け込んだけど家と逆方向だった 2002年12月16日(月)04時35分18秒

っていう夢を見ました。いまさっき。

越智美帆子 これ、好きです。 2002年12月16日(月)01時36分35秒
▼掲示板:しあわせの あかい ふうせん への応答

 赤って、私の一番好きな色なんですが、この物語りのあかは、血とか、逆に子供が好むような赤色とか、それらが入り交じったものだと感じました。
 
 少しもの悲し気な、風船の生涯=すぎさくくんの生涯、なのでしょうか?大きな空の上を赤い風船が飛んで行き、それを地上から眺めるいろいろ状況下におかれた人々。彼の生涯が、この地上の人々によって表されているように思いました。

 ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』。岡崎京子がこれを原作に漫画に描いたことは結構有名ですが、最近この作品を原作にした『クロエ』という映画がビデオで出ています。『クロエ』は映画館で見て、まあまあおもしろかった、というのが感想だったんですが、原作を読んで、とても新鮮な私にとって全く未知な物語りに出会ったという、まさに新しい感覚を得ることができました。現実と虚構の入り交じった世界。その虚構は現実であり、諧謔的な笑いを誘います。

 『回路』前に古内さんがおすすめだと、雑談板で書かれていたので、早速借りて見てたんですが、始まって少したったくらいで、恐くて見るのを断念しました。日本のホラーって恐いですね。

滝 夏海 お鼻で魔法を 2002年12月16日(月)00時45分39秒
▼掲示板:3A「復讐のサマンサ」 への応答

どこにレスをつけるべきか迷ったけど、とりあえず本文である作品に。
東條君の「サマンサ」について書かれている文を読んでふと。

私、普通に、自然に、ナチュラルに
「サマンサ」って奥様は魔女だと思ってました。

ただそれだけ。

滝 夏海 元の文の「後者」の「ある場所」はいいなと思う 2002年12月16日(月)00時40分42秒
魯迅の「帰郷」も面白いですね への応答

 故郷の虚構性が一発で言えなくて悔しかったのは置いておいて。
 元々この文章を書いたきっかけは、「ノスタルジーをテーマに作品を創る」という遊び感覚のものでした。「望郷の詩」の原型はその作品を書くためにイメージを並べた物で、実際提出した物とは異なりますが(もっとあっけらかんと書いてある文章だし)。その提出版では最終的に「懐かしさとは人に付属している物であり、よって故郷とは自分が帰りたいと思っているエピソードの共同所有者を指す言葉である。(文中そのままの抜き出し)」と結論付けています。そんなことを考えていたようです、当時の私。
 今は、というと答えが纏まらないので作品中で明記しませんでした(ある意味逃げ)。ただ故郷という物は自分の中にあるのではないかと、漠然と思ってます。傍にあっても帰れない。浸りきることができない。考え始めるとまた混乱してきそうです。

杉井武作 ハンサム?わかりきってる! 2002年12月15日(日)21時45分07秒
またほめます への応答

わーいありがとございます!そんなほめられるとてれるなあー超うれしいです!
自分でもまだどの方向が向いてるのか、わからないです。
とにかく今は自分からでてくるものを書いていきたい!おちついたら収束したいです。
執筆だけじゃなくって、音楽もやりたい。作曲も楽器も歌も。映画も撮りたいし、舞台俳優もやりたいなぁ。勉強もせねば。
先生は僕の、好きな作品とかありますかー?自分ではやっぱりねればねるほど!

カラオケのテンションが下がらん!

横田裕子 あれは書き足さなければと思いつつ 2002年12月15日(日)21時41分37秒
感想というか、本の話 への応答

どこから手をつければいいのやら。
「彼」の高校時代や思考やベットの上の話とか、じーっくり書いていきたいな。
とか言った先からもう別の話書き始めてるし。

「眠れる美女」も森茉莉氏の作品もかなり前に読みました。
自分が書くものの傾向が分かりかけてから、これらの作品を思い出して、あぁ自分はこういうノリで書きたいんだな、と思いました。
書いてるうちに別な方向に堕ちていく自分を見ているようでもあります・・・・

杉井武作 カラオケいってきました! 2002年12月15日(日)21時32分29秒

すごい楽しかった!中島みゆきとミニモニをヘビメタで歌ってきました!

>にしき
ありがとー!これはまえから暖めてたすごいお気に入りの作品☆
にしきの短歌いいねー!
「空がきれいっていうことは言い訳になるよね電話していいよね」
くゥ!

>奥野さん
みならえみならえ!
「ミルクティー似合う紅葉 白い息 睫毛の先でサヨナラ思う」が好き!
じょおうばちはつよくてやさしくてうつくしくてじょおうさまではちだ!ねればねるほどいろがかわるんだ!

東條慎生 魯迅の「帰郷」も面白いですね 2002年12月15日(日)20時03分27秒
▼掲示板:10A「望郷の詩」 への応答

全部にそれぞれリンクを張ると冗長なので短いモノを一纏めにします。


 故郷
 (前置き)安部公房、後藤明生などに共通してみられる特有の体験は、その故郷喪失の体験だと言えます。後藤明生は敗戦時に小学生くらいで、朝鮮におり、自分の家が突如として自分のモノではなくなる経験など、その体験が思考の基底部にあるようです(リンク先参照)。それは「挟み撃ち」にも描かれているように、自分が故郷と非故郷のあいだにはさまれて宙吊りにされる経験として、島尾敏雄の特攻体験にも似たものです。島尾敏雄と違うのは、彼がその体験から自分が決定的に何者かに安易に所属することができないと言うことを刻印されたということにあります。それは「挟み撃ち」のなかに何度も描かれていることなので、興味のある方はそちらを参照して頂くとして(前置き了)滝氏の作品には、それにも似た、故郷の虚構性(早口言葉!)が明確に意識されています。そこでは帰りたいという言葉によってしか表現できないなんらかの熱望があるものの、それを叶えるあるべき故郷は都市生活者(安部、後藤的ターム!)にはもはや虚構としてしかありえないために、その熱望は空転し続けることを余儀なくされています。そこで最後に提示される「あの場所」とは、どこなのか。もはや故郷が消失した、というより、始めからない状態で望まれるその場所はどこなのか。おそらくここがこの作品の勘所、分水嶺ではないでしょうか。この場所は、「故郷が解体されてしまった今、過去の時のなかにある本当の故郷」なのか、故郷という不毛に背を向けた「今はない、やがてきたるべき未来という時間」なのかどちらなのか。私は後者を取りたいところです。
 ただ、私には故郷というものはどうでもいいものなのです。そこには何もないし、懐かしんだところでそこには今の自分の歪んだ形が投影されているだけのものとしか思えない。転勤族の上に都市生活者な私には、田舎はあっても、故郷はないように思う。故郷はどこにもないという安部後藤的感覚に私は共感するのですが。


 O・REとサマンサ
2Aの「O・RE」というのは、元々は「cafe(上に点) au lait」の間違いじゃないかと思ったけれども、文中にある「オ・レ界」から転じて「O・RE」なのかも知れないと思いました。
バナナオ・レはあんまり記憶にないけれども、いちごオ・レも充分甘ったるいと思うのはおれだけか? まあ、甘ったるいと言っても「ドロ甘」と思いながらも結構飲むんですが。そういえば最近ダイドーの自販機でホットの「いちご乳」とかいうのがあって、元々甘いいちごオ・レが究極どうしようもないほど甘くなっていて、その無謀なる精神に百十円払っておれは満足です。
他にも、「みかんパインオ・レ」とかも見たことあるけど、あ、この飲み物の拙さというのが金字塔的で、一口飲んで吐き出した市販の飲料はこれと瓶入りのソーダ(酒を割るために無味のもの)くらいなものというほどのまずさ、誰かこれ覚えてる人居ないですかね。本当にまずかったんですけど。で、三つだけじゃなくて、それこそ実在の様々なオ・レをオ・レ界の元に集めてみるのも面白いのではないかと思います。それこそ二十個くらい。

サマンサはなぜサマンサなのか分からないんですけど、小悪党振りが間が抜けていて、いかにも奥山氏風ですね。描かれたモノがことごとく瑣末な苛立ちで、これはまた違った意味での日々のかけらだと思います。


 クロール
奥野さんのは、タイトルのものが面白くて良いですね。クロールというのは本当に泳ぐのか、それとも眠っている様を形容してクロールなのかどっちなのか、たぶん泳ぐんでしょうけど。
先生が引用したヤツも、結局叫ばないと言うなにもしないところに深みが感じられます。
おいかける〜のヤツは何となくスピッツを思い出す語感だと思うのですが、どうでしょう。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/4111/goto-ronbun.html

東條慎生 感想というか、本の話 2002年12月15日(日)19時55分35秒
▼掲示板:呪縛 への応答

 やはり、サクランボではなくザクロ、それも漢字で柘榴という気がしますね。
 透きとおった血のように赤くて、ぶつぶつとした粒の集まりがまた肉のように生々しく見える果肉の毒々しさ。 ここで扱われているのは青春の腐敗とでも言うべき物語のようです。青い若さを忘却の彼方に閉じこめようとして、それに失敗してしまう。彼自らが封じ込めた檻の中に自身が閉じこめられてしまう。ポルノに近接するところで書かれているこの作品は、しかし、ホテルに至るプロセスが少し弱いのではないだろうか。ここで安易に彼女について行ってしまうことは、彼自身の封じ込めた記憶により拒否されなければならず、高校という具体的な時間を指し示されてまで忘れているという設定にするには説得力が薄い、と思う。
 さらに言うなら、彼がそれほどまで、涙を流すほどにその記憶を封じてしまいたいと願う動機が薄いのではないか。彼女の行動の動機の不明さは、語り手の側ではないということがあるからにせよ、彼の心情についてはもう少し説得的に書く必要があるのではないかと思う。
 要約するようにではなく、仔細に書けばちょっとした短篇にはなる話だと思うのですが。横田氏得意の濃密な隠喩的描写も、直接それを描くとなるとやはりポルノになってしまうことから避けられていますが、これは間接的なモノを間においてそれから描くといいのではないでしょうか。たとえば、私はラブホテルとかに入った経験がないので分からないのですが、シャワー室がベッドからガラスを隔てただけの部屋であったりするらしいので(あるのか?)、男がベッドの上から彼女がシャワーなり浴びているところを見ているときに、記憶のなかから彼女が誰であったのかを思い出そうとする思索と、彼女の浴びているシャワーの音と、曇った窓の向こうに見える彼女の動きを穴の空くほど眺める動作とを重ね合わせて描く、とか。別の話っぽいけど。
 ところでさっき森茉莉を読んでいたのですが、これは是非読まれることをお勧めします。男同士の濃密な世界、それも三島由紀夫のような肉体と肉体のぶつかり合いみたいなものではなく、少女のような、幼いものを持つ男に惹かれる年上の作家先生との、豪奢な生活。喰うものや着るモノに関する描写がことごとく詳細に描かれ、その生活様式に倦怠の匂いが漂う森のなかの家とか。この人の比喩の使い方にも作風が現れていて、その多くは、植物や魚や、鳥。それもベッドシーンを、嵐のなかで打ち合う若木の枝という比喩で語るところには驚きました。まあ、この人の書くものは多くが男性の同性愛なので、興味がなければアレですけど。そういえば、長野まゆみでしたっけ、お好きなのは。少年愛とか聞きますけど、そういえば稲垣足穂という人も居ました。一千一秒物語のモダンな短篇とかしか覚えてないのですけど、この人は「少年愛の美学」とかいう本を出してますね。
 間接描写といえば、川端康成の「眠れる美女」とかはどうでしょうか。これは、ある宿が行っている秘儀みたいなもので、老人が美女の眠っているところにやってきて、その女に手を出すのではなく眺めているだけとかいうような話なのですが、エロティックな部分を直接描かずに、それでも濃密に漂う雰囲気が怪しすぎな一編だったと記憶しています。また、新潮文庫のその本には「片腕」というのが入っていて、これはある女性の片腕を持ち帰って愛でる話だったような、そんなような話。
 何の話をしてるんだか分からなくなってきましたが、自分を虫と形容するどぎつさとか、面白いですね、この作品を描いた人は。

奥野美和 朝焼けの車の中でいつかみた本のコピーをふと思い出す 2002年12月15日(日)16時39分07秒
短歌ぎらい への応答

が良いと思いました。宮田さん短歌上手だねえ!
私も頑張らなくちゃ、と思います。
良い刺激になります。どうもありがとう。

杉作君もたくさん書いてるね。
見習おう。見習おう。ほんと、ほんと。

やー、がんばらねば。
ねればねるほどストーリー。

宮田 和美 短歌ぎらい 2002年12月15日(日)14時20分30秒
▼掲示板:28A うたかたラバー への応答

苦手意識を消そうと思ってちょっと書いてみました。
タイトルは奥野さんとスーパーカーをまねしてみました。
いいのか悪いのかさっぱりわかりません。
感想おねがいします。

杉作くんの一番新しいの、いいですね。

寮美千子 かわいい! 2002年12月14日(土)13時17分47秒
ガラスみたいな、ね への応答

>ボールペンからヘンなバネが出できたんで
>直そうと思って分解したら元に戻せなくなった・・・・・・・・・くやしいぃ
>これ 以外と複雑!!

かわいい! かわいすぎる!
久我さんが、眉根に皺を寄せて、
ばらばらになったボールペンを必死にいじっているところを想像すると、
思わず笑みがこぼれてしまいます。

こういう景色や気分を、奥野流の短歌や、宮田流の「日々のかけら」にできたら、
それもまたすてきだろうなと思ってしまいました。

だって、これやっててかわいいのは、きみたちの年齢ぐらいまでだものね。
おばさんがやってても、なぜかあんまりかわいくない。
でも、うんとしわくちゃの小さなおばあちゃんがやってたらかわいいかな。
うーん「かわいい」って不思議だ。

横田裕子 見習うって・・・ 2002年12月14日(土)04時37分15秒
透明で綺麗なエロ への応答

武井君の読んでるとどこか卑猥な雰囲気が漂ってるんだよね、「ぺヤング」。
あ、あれだ。「背表紙が黒地に黄色の本」。このノリっぽい。
私の携帯だけに送ってきたのかと思ったらこんなところにも!
んもう。

杉井武作 透明で綺麗なエロ 2002年12月14日(土)01時00分01秒
▼掲示板:16A「ペヤング」 への応答

横田さんを見習ってみたんですけど、どうですか?

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管理者:Ryo Michico <mail@ryomichico.net>
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