「物語の作法」掲示板 (0018)


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奥野美和 17C「ミルクを見ていた」 2002年12月18日(水)22時02分16秒

少しだけ早起きしたら良い気分駅のホームに広がるイエロー

迷うのは行きたい場所があるからで自信を持ってきょろきょろしたい

まっすぐに歩けないんだどうしても街にはお誘いたくさんあって

かさぶたも何も言わない青空も焼きたてパンの匂いに溶けた

ひとりだと渋谷の街が広くって 帰れるけれど迷子になった



ボーダーの背中五線譜ゆっくりと「別れの曲」を弾いて逃げ出す

目の前でカフェオレ冷めていく沈黙 こぼれないよう君を見ていた



さわりたい君のおしりや目のしわに ただ単純な密かな野望

ジーンズに隠したおしり こんなにも小さいなんてあのとき知った

はずされる もどかしいのが好きだから 君に会うときシャツを着てます

2人しか知らないんだよスカートの裏地がとても可愛いってこと

強引な彼をイメージしてにやり わたしはオトメなんかじゃないわ



久し振り会った昔の恋人はむやみやたらにレディーファースト

何もかも今更なんだ ありがとね でもこのボート1人乗りなの

セーターの毛玉一つない君を王子様だと思っていました

不安なのだから会わないもう絶対 淋しいほうがまだましだから



イメージで恋してたのね昔よりファンデーション濃くなったでしょ

頼られることはあんまり好きじゃない あ、またひとりが恋しくなった 



販売機押したら君が出ないかな 仕方ないからココアを買おう 

お古でもいいから欲しいどうしても お願い彼をフリマに出して!

食べてよね 初めて作った手料理はコーンフレーク でも愛はあるの!

二重跳び うまいのわたし 見て見てて いいとこ見せたい 二十歳こえても

緊張で食べられませんスパゲッティー今だけなりたいイタリア人

もしかしてあれって手編み?やだやめて!彼女いるのか聞きたい聞けない

もしかして彼女いるのイヴの日にシフト入れないなんて焦るよ

今すぐに会いたいけれど片方の想いだけでは無理なの知ってる




届くかな落ち葉に君へメッセージ書いてみたんだ まじめな文字で

奥野美和 16C「かすかに浮かんだ 編集編 リライト未」 2002年12月18日(水)21時48分34秒

退屈な5限日本史それよりも君のレキシが知りたいのです

がむしゃらに恋をするって決めたから傷つくことも嬉しいくらい

君のシャツ変な柄でも許せちゃう他の男が着たら反則!

数えてた君のスカート水玉の数 もものあたりで終わりのチャイム

つないだ手思った以上に分厚くて男子の君を見つけた気分




ひとつぶのミルキーふたりで食べたのは静かで暑い夏の日でした

さみしいと言ってもいいのあなたには消えたりしないで手で確かめる

わたしたちそこから逃げて来たんでしょ いまさら自由が欲しいだなんて


走って逃げた恋でした私は君と友達なんて無理だったのです

もう平気ダッシュで切り抜け笑って言った 早く帰って部屋で泣きたい

深刻になったら駄目ってあの日から思い込もうとしていたんです



そういえばパピコ半分わけるひと もういないんだ 駄目だ慣れない


悲しみは消えないのずっと 当たり前だから騒がない そっとしておくよ

やつあたりする人が君しかいない 私をいらない君しかいない

丁寧に塗ったマスカラもマニキュアも君の前ではぎくしゃくしてた

ワルモノにしてしまったのは私です泣いてわめいて同情かって


本当にうそが上手な男の子どこかにいたら恋人になって


もういいよ、君のやさしさ あの頃の僕が浮かんで傷つけたくなる

これからもわたしに期待しないでねあきらめること上手になってね


あの日からずっと会っていない でもなぜか君の視線と暮らす毎日

急行で 君の住む駅通過する 淡い風景許せたよ、いま

そういえば相合傘をする時に持つのはいつもわたしだったな

あれからね成長したって思うんだ君に褒められたかったけれど

あの頃の自分みたいな恋したいそう思えたのでもう大丈夫

こんなにも時間が掛かってごめんなさい今やっと私失恋できる




ちょっとだけ腕をつかんでみたくなった くやしい わたし、恋をしている

なんとなく話したくなっただけだけど電話したいな許されるかな

少しだけもっと知りたいって思っただけ今なら平気まだ大丈夫



マニキュアが上手にぬれたこんな日は吊り革の手も力が入る






古内旭 5A 『姫』 2002年12月18日(水)09時08分01秒




 一九九一年。
 アメリカがイラクに攻め込んで湾岸戦争が始まり、インドでは首相が暗殺された。アパルトヘイトは廃止され、ソ連では八月革命が起きた。長崎で雲仙普賢岳が噴火した。そんな年だ。
 僕は小学校を卒業し、中学一年生になった。




 中学に入ったばかりの頃は、誰もが不良に憧れた。整髪料で髪をぱりぱりにしたり、上履きをスリッパのようにして歩くことに誰もが憧れていたのだ。
 僕には四谷君という友達がいた。
 四谷君は学年で一番背が高くて、一番喧嘩が強かった。入学式の時から髪を染めていて、いつも学校指定外の制服の第一ボタンを開けて歩いていた。
 四谷君にはたくさんの弟分がいた。それから、女の子はみんな四谷君のことが好きだった。
 何人かの友人は、僕と四谷君が時々親しそうに話しているのを見て、不思議に思った。僕は、クラスで何番目かに成績が良かったし、掃除をさぼったこともなかった。シンプルに言ってしまえば、僕はとても真面目だった。
 僕と四谷君が話をするようになったのがどんなきっかけだったのか、正確には覚えていない。ただ、僕は本が好きだったし、四谷君は一人で煙草を吸うのが好きだった。だから図書館のベランダは、僕たちにとっては大事な場所だった。特に日差しの良い暖かい日は、僕たちはよく遭った。それだけのことだ。
 ある時、四谷君は言った。
「姫って知ってるか?」
 僕たちは、やはり図書室のベランダに並んで立っていた。四谷君は、僕より頭一つ分背が高かった。
「ヒメ?」僕は聞き返した。
「生徒会長やってる女。三年の」
「知らない」
 図書室は五階にあった。それ以外には視聴覚室と使われていない教室がいくつかあるだけで、五階にはほとんど誰も近付かなかった。
「俺が思うに姫は………」と四谷君は言った。「………とても気位が高い。少しわがままで、人の上に立つことを生まれた時から知っている。………だけど、とても綺麗なんだ。それが姫だ」


 一学期が終わる頃になっても、いつまでも四谷君は姫のことを語り続けた。しかし実際のところ、四谷君は姫と話をしたことさえなかった。四谷君がいつも僕に語るのは、廊下ですれ違ったとか、髪型が少し変わったとか、集会での演説の内容が良かったとか悪かったとか、そんな話だった。きっと四谷君は、姫の性格についてだって何も知らなかった。
 それからしばらくして、姫と親しくなったのは四谷君ではなくて僕だった。


 これは、姫と呼ばれた女の子に出会ってから、彼女が卒業するまでの、彼女に関する話だ。



   1



 夏休みが終わり、PKO法案が可決され、バルト三国が独立宣言をした頃のことだった。
 僕は生徒会役員になった。誰も立候補する人がいなくて、無理矢理推薦されて当選したのだ。それはまるで僕の意思ではなかった。
 一年生の中からは、書記と会計が一名ずつ選出され、二年生からは会長が一人と副会長が二人選ばれた。全部で五人だ。
 選挙から二、三日の後、放課後に新役員の顔合わせと、前役員からの引き継ぎ会が行われることになった。
 姫と会うことになったのである。
 生徒会室は、三年生の教室が並ぶ三階にあった。階段を挟んで教室とは反対側に位置していた。普通教室の半分の大きさで、入り口は一つ。木製の引き戸ではない。重い鉄の扉で、ちゃんとノブと鍵穴が付いていた。
 僕は、初めて姫に会うということもあって、少しだけ緊張していた。四谷君が慕う女の子なのだ。
 僕が「失礼します」と言って扉を開けると、入って数歩のところに丈の短い赤いカーテンが引かれていて、中が見えないようになっていた。
 カーテンは風でゆらゆらと揺れていた。
「メンバーの顔合わせで来たんですけど………」と僕は言った。不思議な感じだった。生徒会室なんて、無機質に机がロの字型に並んでいるだけだと思っていた。何のために、赤いカーテンで部屋を隠しているのだろう。
 僕はしばらく待ったが、何も返事はなかった。
 しかし、見ると赤いカーテンの裾から、奥の方に女の子の足が見えた。緑の上履き。三年生。僕に背を向けて立っている。
 その足は、すらりとしていて長かった。しかし、痩せているという印象はない。色も白かったが、冷たい白ではない。暖かくてふっくらとした柔らかい感触をイメージさせた。姫に違いない、と僕は思った。
 僕はこれまで、女の子の足なんて気にしたことがなかった。細くて骨ばった足でも、太くてぱんぱんに張った足でも、どうでもよかったのだ。だがそれは違った。女の子の足とは、姫の足であるべきなのだと悟った。それほどまでに美しかった。
 僕が視線を落として姫の足を見ていた時、強い風が入り込んでカーテンを大きくなびかせた。からからとレールの音がして、カーテンは僕の眼前を去った。そして、部屋の奥が見えた。
 後姿の姫が、肩越しにこちらを振り返った瞬間だった。
 向こうはすべてガラス窓になっていて、傾きかけたオレンジ色の陽光が差し込んでいた。姫は風にさらわれた髪を片手で押さえていた。
 前髪は眉にかかっていたが、目元ははっきりと見せていた。目は細く少し吊り上がっていた。眉も同じ角度に上がっている。とても気の強そうな瞳だった。
 白い肌に、小さな鼻、唇。つんとした表情をしていて、不機嫌なのではないかと思わせた。
 綺麗に背中で切り揃えられた髪が、真っ白なブラウスの上に流れて、姫は言った。
「君は?」
 高くて細い声だった。しかし弱弱しいというわけではない。少し鼻声で、むしろ高圧的だった。
 姫は僕の方に体を向けて、手を腰に当てた。顎を引いて、僕をじっと見る。
 後ろから射す光が、姫の薄いブラウスを透かして体の線を映した。
「………新役員の顔合わせで来ました」と僕は言った。
 しばらくして、姫は「ふうん」とつまらなそうに言った。「いいわよ、座ってて。まだ誰も来てないけどね」
 そして、また僕に背を向けて窓の外を眺め始めた。
 これが僕と姫の出会いだった。


 その後、すぐに他の役員もやってきて、会は始まった。簡単な自己紹介からだった。旧役員五人と、新役員四人の計九人。旧役員の中の一人は、今年も役員となっていた。それが新しい会長で、ひょろひょろとした頼りなさそうな男だった。自己紹介も、声が小さくてはっきりしないのでほとんど何を言っているのか分からなかった。他に、二年生には女の先輩が二人いた。眼鏡をかけた意地悪そうな先輩と、背の低い暗そうな先輩だ。僕以外のもう一人の一年生は、隣のクラスの女の子だった。絵が上手いという評判を聞いたことがあったが、話したことは一度もなかった。
 自己紹介の後には引継ぎ会となったが、生徒会室の鍵を受け渡す妙な儀式を行っただけだった。


「どうだった?」と四谷君は言った。
 僕たちはやはり図書室のベランダにいた。昼休みだった。四谷君は、ここで一人で弁当を食べていた。僕は本を返しに図書館に来たのだ。
 僕はだまっていた。何と答えていいか分からなかったからだ。姫はとても足が綺麗だった。顔もとても可愛かった。
「女が世界を支配しているって、思わないか?」と四谷君は言った。「お前、姫と会ったんだろ。お前は姫と出会ったことによって、何かが変わっていくんだ。世界が少しずつ変化していく、とでもいったらいいかな。例えばさ、お前が姫にこれでもかというぐらい恋をしたとする。そして他のものが目に入らなくなる。来る日も来る日も姫のことを考えてて、姫との接点だけを追いかけるんだ。………想像してみろ、そういう状況を。そうなったお前は、今のお前とは明らかに違うんだ。同じ肉体に魂を宿してはいるが、そこから見える世界はがらりと変わってしまう。姫と上手に話ができれば幸せになれる。しかし、その逆もある。お前の幸福、不幸は姫が司っている。女が運命を握っている。つまり、世界を支配しているのは女なんだ。俺が言いたいのは、そういう考え方のことだ」



   2



 生徒会は、週に何度か集まった。他の各委員会の議題についてだったり、集会の内容についてだったり、色々と仕事はあった。思っていたよりもずっと忙しかった。
 しかし十月も半ばが過ぎる頃には、僕は生徒会が結構楽しくなっていた。その原因はいくつかあっただろうが、一つには忙しさのおかげで、他のメンバーとすぐに打ち解けて仲良くなることができたことにあった。会長も意外と強かな面を持っていたし、意地悪そうな先輩もそれほど意地悪ではなかった。
 それから、姫が時々生徒会室にやって来たことだ。
 僕は、姫が来る度に、その真理的な足の美しさに見惚れた。制服が冬服になると、姫のスカートは少しだけ伸びた。しかし、どんなスカート丈においても、姫の足はそれと完璧なバランスを見せた。露出範囲の問題ではなかった。また、深い緑色のブレザーは、姫のためにデザインされたのかというほど、とてもよく似合っていた。袖や胸が不必要に厚くなったりはせず、姫の体にほとんどぴったりくっついているようだった。
 姫は、生徒会室に来ると、よく窓際の机に問題集を広げて勉強していた。生徒会室は、姫にとって自分の部屋のようなものだったのか。
「わたし、勉強してるから。気にしないで」とそういう時姫は言った。
 しかし実際のところ、姫がいてくれることで僕たちはかなり助けられていた。会長はよく姫に意見を求めた。去年はどんな感じだったのかとか、そういうことだ。姫はそれらについて、とても丁寧に答えた。ただ、意地悪そうな先輩が、姫に指図を受けた時は後で愚痴をこぼすようなことは何度かあった。しかしそれは些細な問題だった。
 姫が生徒会室に時々来るのは、顧問の先生に頼まれてのことだというのが、会長の話だった。その前年もそうだったという。新生徒会が軌道に乗るまで、前会長は例年アドバイザーのような形で携わるのだ。姫以外にも、生徒会OBが顔を出すことは時々あった。
 姫と僕が直接話をすることはあまりなかった。姫は、あまり世間話などで盛り上がる性格ではなかった。他のメンバーがテレビ番組とか歌手の話をしていても、姫は一人で黙々と勉強していた。私立の難関校を受験するということだった。
 姫は、四谷君の言うように傲慢でわがままな性格だったのか、というとそれは少なからず当たっている気もした。話し方は丁寧だったが、少しとげとげしていたし、高慢な部分も含まれていた。不機嫌な時はそれを隠そうとしなかった。
 姫の家は、相模原に名のある旧家の分家だということだった。父親は相模大野にある私立幼稚園を経営しており、丘一つが彼女の家だった。その中には森もあり畑もあり池もあった。ゴルフの練習場さえあった。姫の母親は、老人相手の手芸教室と、子供相手のピアノ教室を開いていた。そして姫自身は、幼い頃からヴァイオリンとピアノを習っていて、どちらも何度かコンクールに入賞していた。
 それから姫は、言葉の語尾に「わ」とか「よ」をつける最後の女の子だった。


 僕が初めて姫と二人で帰ったのは、十一月になってすぐの頃だった。
 生徒会で遅くまで作業が長引いた日だった。夜の七時をまわっていて、すっかり外は暗くなっていた。僕たちはまとまって帰ろうということになったのだが、昇降口を出たところで、僕と姫はすでにみなと帰る方向が違っていた。それで、僕たちは二人きりで帰ることになったのだった。
 それは奇妙な光景だった。
 僕が姫と二人きりで歩いているのだ。それも、暗い時間に。
 並んでみると、姫は意外と背が低かった。
 姫は、何も言わずに歩いていた。ローファーがこつこつと音をたてていた。姫の髪が揺れると、シャンプーの香りがふわふわとにおってきた。僕はその匂いをかぎながら、何を言えばいいのか考えていた。
 姫は何も気にしていないようだった。僕は少なくとも、女の子と二人で帰ることを意識していたのに。なぜか僕の頭の中には映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中の一曲、『わたしのお気に入り』が延々と流れていた。マリアが雷に怯える子供たちに聞かせた歌だ。
「家はどの辺りなんですか?」と僕は言った。
「幼稚園知ってる?」と姫は言った。やはり高くて細い鼻声だった。
 僕はつまらない質問をしたのだと思った。姫の家が幼稚園だということは知っていたのだ。場所だって知っていた。その幼稚園に通っていた友達はたくさんいたし、小学生の時には何度かグラウンドで遊んだ覚えもあった。
「じゃあ、公民館の辺りまでは道が同じですね」
「でもわたし、近道するから公民館の前は通らないわよ」と姫は言った。
「近道?」
「そう」
 再び沈黙がやってきて、僕たちは歩き続けた。姫の方が少しだけ前を歩いていた。辺りはだいぶ暗くなっていた。人影もほとんどなかった。
 しばらく歩くと、竹やぶにさしかかった。中に入るわけではない。それを囲うように道が続いているのだ。僕たちは、竹やぶを右手に歩き続けた。辺りの建物はただの黒い塊となり、空は別物のように深くどこまでも広がっていた。まるで海の底を歩いているようだった。竹が、がさがさと風で揺れる音をたてると、空から巨大な雲が降ってきたかのように黒い闇が僕たちを包んだ。地鳴りのような低い轟音が響いていた。
 姫は立ち止まった。
「ここが近道よ」
 竹やぶの内部へと続く小道だった。小型の車ならなんとか通り抜けられるだろうかというぐらいの幅だった。その先は真っ暗で、何も見えなかった。
「暗いですね」と僕は言った。
「そうでもないわ。灯りも立ってるし」と姫は言った。「ここを抜けたらすぐわたしの家なの」
「僕も行きます」
「そう」と言って姫は再び歩き始めた。竹やぶの中に入っていく。
 僕も姫の隣に並んだ。姫の姿は、輪郭しか見えなくなった。しかしそれは、不思議とくっきり見えた。揺れる髪、長い睫毛、小さな鼻、顎の線、胸のふくらみ、スカートの裾。足。
 僕は、姫の姿を確認しながら歩き続けた。そして、何かを話しかけなければ、と思った。
「僕の友達で、先輩に憧れている人がいるんです。たぶん、好きなんだと思います」と僕は言った。
 しばらくしてから姫は答えた。「ふうん。それで?」
「………それだけです」
「何かの間違いよ、きっと」
「何でそう思うんですか?」
「わたし、そういうの苦手なの」
「………僕もそうです」
「言い出したのは君じゃない」と姫は言って、それで話は終わった。
 姫は、僕のことを「君」と呼んでいた。
 しばらくすると、僕たちは竹やぶを抜けた。
 ぱっと暗黒が晴れ、視界が開けた。
 空は深く濃い青色で、雲はほとんどなかった。空の下には、遠くの街並みが見えた。ちょっとした夜景だった。
 そこは丘の上で、幼稚園の畑だった。
 竹やぶは、幼稚園の裏側にあったのだ。おそらく、竹やぶも敷地内なのだろう。畑の向こうには、園舎の影が見えた。子供の遊び場としての役割のためか、二階建ての園舎には、尖った屋根と、見張り塔のようなものが一つついていて、その影は城のようであった。
「ほら、近道でしょ」と姫は言った。「でも君にはあまり役に立たない近道だったのよ」
 僕は、また引き返すか、あるいはこのまま幼稚園を通り抜けて正門を出なければ帰路につけない。「なるほど」
「正門の脇に小さな出入り口があるの。そこ開けてあげる。鍵持ってるから。そこから出るといいわ」
 僕たちは畑の中を進み始めた。
 土の匂いがした。後ろには竹やぶを抱え、前には広いグラウンドがある。車の音もはるか遠く、とても静かだった。
 正門の脇には、姫の言ったような小さな鉄の扉があった。人ひとりが通れるぐらいの小さな出入り口だった。姫は鞄から鍵を取り出すと、その錠を外した。
「ありがとうございます」
「うん」と姫は言った。「送ってくれてありがとね。さよなら」
 姫は胸のあたりで小さく手を振った。



   3



 その数日後、生徒会室で姫と会った時には、なぜかとても緊張した。一緒に帰ったことで、僕と姫の関係は変わりつつあった。少なくとも、僕にとっては。それを四谷君が指摘した。
「だから世界が変わるんだって、言ったろ。お前の世界は、少しずつ変わっている。姫にとっては何も変わっていないのかも知れない。お前が、変わった」
「そうかな」
「お前は姫ともう一度一緒に帰りたいと思っている。姫が生徒会室に来た日には、その考えにとり付かれることになる。他のことはほとんど考えなくなってしまう」
「それはないよ。結構忙しいんだ。やることがたくさんある。姫は来てもすみっこで勉強してるだけのことが多い」
「だからお前はすみっこで勉強してる姫のことが気になって仕方ないんだよ。生徒会への帰属感は姫あってこそだ。お前にとって生徒会とは、姫に他ならないんだ。………行こう、ここはもうかなり寒い」
 四谷君は煙草を吸い終わり、図書室へと入っていた。確かに、ベランダは寒かった。
 寒くなるにつれて、僕と四谷君がここで遭うことは少なくなっていった。


 ソ連がバルト三国の独立問題で奔走し、フィリピンで台風が六千人の命を奪った頃のことだった。
 学校は期末テストも終わり、後は冬休みを迎えるだけになっていた。その日は生徒会はなかったが、僕は忘れ物を取りに生徒会室に向かった。カッターとかペンとかの些細な忘れ物だ。
 僕が生徒会室の前まで来ると、そこには姫がいた。姫は、片足で壁に背をもたれて本を読んでいた。
「こんにちは」と僕が声を掛けると、姫は僕に気付いた。
「………ああ、君か。今日は生徒会ないの? ちょっと寄ってみたんだけど、誰も来てないから」と言って姫は手に持っていた文庫本をぱたりと閉じた。「きりのいいところまで読んだら帰ろうと思っていたところよ」
「今日はありません。僕は忘れ物を取りに来ただけです」
 僕はポケットから生徒会室の鍵を取り出した。生徒会役員はみな鍵を持っていた。
 代々受け継がれるものなのだ。だから姫はもう持っていない。
 僕は鍵を開けると、姫を先に入れた。なぜ姫を入れたのか。そしてなぜ姫が何も言わずに入ったのかはよく分からない。姫には生徒会室に用事などなかったのだから。しかしその時はそれが自然な行いだった。
 僕は生徒会室に入ると、まず忘れ物を探してきちんと鞄にしまった。
 姫は、綺麗に足を揃えて机の上にふわりと座った。生徒会室の机は、普通の教室で使われているものとは違って、少し背が高かった。姫は、手を太ももの下に入れて温めるようにしながら、美しい足をぶらぶらさせていた。
 顔は窓の外に向けられていた。
「先輩は、この部屋が好きなんですね」と僕は言った。
「………自分の居場所があるような気がしていたんだけど、でも、そうでもないわね。わたしはもう引退したし、もうすぐ卒業だから」と姫は言った。「その赤いカーテンを閉めてここにいると、落ち着くよね」
 僕は後ろの赤いカーテンを見た。カーテンは閉じられていた。その奥には今入ってきた扉があり廊下があるはずだったが、もちろんそれは見えない。そうすると、まるでこの部屋が学校から切り離されているかのような感じがした。
 カーテンは外からのものを遮る壁のようなものか。
「今は………、君と二人ね」と姫は言った。
 僕はその言葉にどきっとした。体がじんじんと熱くなるのを感じた。………君と二人?
「なんだか、そのカーテンからは誰も入って来ない気がしない?」と姫は少し首を傾けて言った。少女らしい仕草だと思った。
「確かに」と僕は言った。確かに。そのカーテンからは誰も入って来ない気がした。僕は心臓がどきどきと音をたてるのを感じた。
「あの時もそう思ったの。ええと………、君が初めてここに来た時。あの時もこんな感じで外を見てたのよ」と姫は言った。「不思議とそれまで、一人でここにいてカーテンが閉まっている時には、誰も入って来なかったの。君が初めてだと思うわ」
 それはいいことなのだろうか。悪いことなのだろうか。いずれにせよ、この話はこれで終わりだった。
 その日、再び僕たちは一緒に帰った。この前のように暗い時間ではなかった。まだ五時ぐらいだっただろうか。薄暗くはなってきていたが、まだ十分に明るかった。
 女の子と付き合っている友人も何人かいたが、一緒に帰る時はどんな風なのだろうか、と思った。今の僕と姫のようなものなのだろうか。
 僕はやはり『わたしのお気に入り』を頭の中でぐるぐる回しながら、姫と並んで歩いた。隣に並ぶと、姫はやはり小さかった。首に緑のマフラーを巻いていて、その日はいつもより幼く見えた。
 僕たちは、以前よりもたくさん話をした。受験やア・テストの話もしたし、趣味の話もした。姫は、受験勉強をしながらもピアノとヴァイオリンのレッスンを週に二度きちんとこなしていた。僕が「いつか聴いてみたい」と言うと、姫は「もう少し上手くなったらね」と言った。
 僕たちはやはり竹やぶを抜けて、幼稚園の裏庭へと入っていった。丘の上の幼稚園だ。西側が斜面になっていた。後方の竹やぶが風でざわざわと揺れる音を聴きながら、僕たちは丘の上に並んだ。そこからは、遠くの街並みが一望できたが、以前見た夜の景色とは少し違っていた。日が傾き、沈んでいく途中だった。柔らかい西日が僕たちを包み込んでいた。
 その丘には、前に来た時には気付かなかった大事なものがあった。
 墓だった。
 大きな墓だ。それは僕たちと同じように夕日を浴びながら、遠くを眺めていたのだ。
「弟がいたの」と姫は言った。それは初めて聞く話だった。「二歳年下だから………、君と同じ年ね」
 姫は、鞄を両手で後に持ちながら、僕の方は見ないで話し続けた。
「交通事故で死んじゃったの。バイクにはねられて。わたしもだいぶ小さかったから、弟のことはほとんど覚えてないんだけどね」
 僕たちはしばらくその場で景色を眺めて、竹の音を聴いていた。やがて姫が「行こうか」と言って、僕たちは再び歩き出した。



   4



 十二月はあっという間に過ぎた。その後、僕は何度か姫と帰ることがあったし、生徒会室で二人きりになることもあった。そのたびに僕はどきどきし、彼女の言動の一つひとつが気になった。それは、もしかしたら姫に振り回されていたということかも知れない。クリスマスには何かが起きるのかも知れないと期待したが、何も起きなかった。
 年末には生徒会での忘年会と、クラスでの忘年会が開かれた。中学生の忘年会なんて、せいぜい相模大野までくり出してボーリングやカラオケをして、大勢で食事をするぐらいのものだった。十時前にはみな帰宅していた。生徒会でのささやかな忘年会には、姫は顔を出さなかった。それは残念なことだった。
 年末年始を僕は家族と共に過ごし、一九九二年は静かにやってきた。


 姫に宛てた年賀状には、結局当り障りのないことを書いたが、何度か書き直して葉書を無駄にした。女の子に年賀状を出すのは初めてだったし、何と書けばいいのだろうかという試行錯誤は必要だった。姫からの年賀状は元旦に届いた。ワープロで作られたものに、メッセージが添えられてあった。その内容はとてもシンプルに見えたが、不明瞭な一文があった。


 受験が終わったら、聞いてほしいことがあるんだ。


 僕はその内容を知りたくて、何度も姫に聞こうと思った。しかし、そうすることはなぜかルール違反のような気がしてできなかった。きっと、世界にはルールのようなものがあるのだ。それは正しく守らなければならない。
 三学期が始まると、もうほとんど姫は生徒会には顔を出さなかった。一月の末には受験が控えていたのだ。それまでの間に一度だけ、僕は姫と二人になれることがあった。もう受験の数日前だった。その日は作業が早く片付いて、他のメンバーは早々と引き上げていた。僕たちはカーテンの閉じられた生徒会室で二人きりだった。姫は勉強していた。問題集を解いていたが、僕が後ろからそれを覗いても、まったくその内容は分からなかった。英語の長文は何ページにもわたって続いていたし、数学では見たこともない込み入った式と図形が並んでいた。
「実は、渡したいものがあるんです」と僕は言った。
 そして僕は鞄から鍵を取り出した。柄に装飾が施された銀色の鍵だ。
「なあに?」と姫は不思議そうにそれを見た。
「ここの鍵なんです。この前、複製を作ってきたんです。テストのお守りのようなものにして下さい」
 僕は姫の机の横に立っていた。
 姫は、体をこちらに向けて座り直した。僕たちは向かい合った。
 僕は左手でそれを差し出した。
 姫はそっと右手を重ねた。
「ありがとう」と姫は言った。しばらく手は置いたままだった。姫の手はひんやりとしていた。


「よう」と四谷君は言った。
 雪の降った翌日で、図書室のベランダはかなり冷えていた。僕が図書室に本を返しにやってくると、四谷君がベランダで煙草を吸っているが見えたのだった。
「寒くないの?」と僕は言った。
「寒いよ。でもソ連よりはいくらかましだ。それに、煙草を吸えるのはここしかないからな。仕方がない」
 四谷君は、やはり僕よりも頭一つ分背が高かった。髪は茶色く染まっていたし、制服の着こなしも以前と変わっていなかった。裏ボタンを鎖でつないでいたので、体を動かすとじゃらじゃらと音がした。
「………四谷君は、今でも姫のことを好きなの?」
「………難しい問題だな、それは。確かに、俺は姫のことが好きだった。でも、その役割はもうお前に移ってしまった。俺の役は終わったんだ。お前は姫のことを好きなんだろ? はっきりと」
「分からない」
「いや、分かっているさ。お前は姫のことを好きなんだ」
「姫のことを好きなわけじゃないんだ。始めは僕も彼女のことを極めて姫らしいと思ったけれど、実際のところはそうでもないんだ。彼女は別に姫じゃないんだ。ただ金持ちで、城みたいな家に住んでいて、元生徒会長で、難関校を受験して、ピアノとヴァイオリンが上手なだけなんだ。本当は、普通の女の子なんだよ」
 僕たちは、裏庭に積もった雪を眺めていた。太陽を照り返して、きらきらと輝いていた。静かだった。昼休みだったが、裏庭には誰もいなかった。図書室には何人かいただろうが、窓を閉めてしまえば、ほとんどこのベランダは切り離されているようなものだった。
「………そうか」と四谷君はぽつりと言った。



   5



 二月になると、姫の受験はほとんど終わった。県立入試が残っていたが、それはすべり止めで、第一志望校に合格していれば、受ける必要はなかった。
 姫は受験の間、一度も生徒会室に現れなかった。鍵をプレゼントした時以来、僕たちは会っていなかった。その間は、とても長く感じられた。
 そしてある日のことだ。
 その日、生徒会は卒業式の準備の為に体育館で作業をしていた。椅子や演台、マイクの配置の確認や、スローガンの作成などだ。それらを終わらせ、帰る頃になると、すでに六時を過ぎていた。
 僕は、昇降口を出たところでいつも通り他のメンバーと別れた。そして、校門に差し掛かった辺りで、その人影に気付いたのだった。姫は校門に背をもたれ、鞄を後手にしていた。久しぶりに見た彼女は、少し髪を切っていた。肩より少し下の辺りで切り揃えられていた。前髪はだいぶ短くなっていて、眉がはっきりと見えていた。
「先輩、どうしたんですか?」と僕は驚いて言った。
「どうしたんですか? じゃないでしょ」と彼女は不機嫌そうに言った。「君を待ってたに決まってるじゃない」
 しかし彼女の不機嫌さは、悪い方向性のものではなかった。「帰ろうと思ったら君たちが体育館で作業してるのが見えたから、ちょっと待ってみたのよ」彼女の鼻声は、聞きようによってはとても可愛らしいのだった。「君と帰ろうと思って」
 初めて一緒に帰った時のように、辺りはすっかり暗くなっていて、そして静かだった。
 僕は、彼女から受験の話を色々と聞かされた。当日にどれだけ緊張したかとか、自己採点の結果についてなどだ。しかし、話を聞く限りでは彼女の受験は概ねうまくいっていた。自信があるようだった。
 僕の頭の中には、『わたしのお気に入り』ではなく『ウエストサイド物語』の『トゥナイト』が流れていた。ラテン・パーカションのリズムがぽこぽこと音をたてていた。彼女の頭には、どんな音楽が流れていたのだろうか。
「初めてここを通った時、本当は怖いと思ったでしょ」
 竹やぶの近道に差し掛かると、彼女は言った。
「でももう慣れました」
「そんなものよね。わたしも小さい頃は怖かったの。でもよく見ると、竹やぶはそんなに深くないし、灯りがいくつも立っているでしょ」
「最近気付きました」
 そして僕たちは竹やぶを抜け、彼女の死んだ弟の墓を通り過ぎた。
 その時、彼女が言った。
「うち、寄ってく?」
「え?」と僕は無意識にきき返していた。
「だから、うちに寄ってく、ってきいたのよ」
「もう夜なのにいいんですか?」
「今日、両親いないのよ。何かの集まりで帰ってくるの遅いんだって」と彼女は言った。
 彼女は僕の答えを聞かずに、家の方に歩いていった。彼女の家は、園舎とは少し離れたところに建っていた。真っ白のその建物は、僕の家の四倍ぐらいの大きさがあった。
 玄関は、きらきらと輝いていた。両開きの重そうな白いドアが付いていて、その両脇には教会のステンドグラスのようなガラスがはめられていた。彼女は鞄から鍵を取り出してそのドアの片側を開けると、僕を呼んだ。
「いいよ。早く来なさいよ」と彼女は言った。僕はその豪華な玄関に圧倒され、きょろきょろしながら中に入った。ゆっくりと玄関のドアを閉めた。ずしりとした重みが伝わってきた。
 彼女はローファーを脱ぐと、すたすたと中に入っていった。僕もそれに続く。長い廊下だった。脇には瓶に入った花が飾られていたり、何かの絵がかけられていたりした。やがて広くてゆるやかな階段に達し、彼女はそれを上がっていった。スカートの裾がぱたぱたと揺れて、太ももがいつもより奥の方まで姿を見せた。スカートの奥が気になるのは仕方のないことだったが、僕はそれを見ないように目線を下げながら階段を上った。
 階段を上がってすぐのところに彼女の部屋はあった。
「どうぞ」と言って彼女は扉を開けて入っていった。そして、電気とエアコンをパチリとつけた。
 十畳ぐらいの広い部屋だった。床にはふかふかの長い毛がついた白いカーペットが敷かれ、ベージュの壁にはおそらく彼女が描いたのであろう水彩画が一点掛けられていた。川を描いたものだ。水面に空や雲が映り込んでいるところが透明感をもって描かれていた。カーテンは柔らかい赤に何かの模様が描かれたものだった。部屋の中央にベッドが置かれていた。うすい水色の掛け布団がのっている。クローゼットの他に背の低いタンスが一つあって、その上には横長の長方形をした鏡と、CDプレイヤーが置かれていた。それから、勉強机とアップライト・ピアノがあった。
 僕は部屋に入った。カーペットの毛に足が埋まっていった。後手に扉を閉める。「綺麗ですね」
「片付けたばかりだからね」と彼女は言った。
 彼女はマフラーをとると、椅子の背もたれにかけた。それから制服のブレザーを脱いだ。彼女のブラウス姿を見るのはしばらくぶりだった。彼女はCDプレイヤーの電源を入れ、何かの音楽を小さな音量でかけた。クラシック音楽だった。
「ちょっと待っててね。あ、その辺座っていいわよ」と彼女は言って、部屋を出て行った。とんとんと廊下を小走りする音が遠ざかっていった。
 僕は、どうしたものか、と思った。
 僕は、あの姫と呼ばれていた女の子の部屋に来ているのだ。そしてこの広い屋敷には、僕と彼女の二人しかいないのだ。
 とりあえず、僕はベッドの近くに腰を下ろした。
 彼女のいない時に部屋の中をあちこち見ているのは、なぜかとても悪いことのような気がした。僕はただじっと座って彼女を待った。
 流れていたクラシック音楽をぼんやりと聴いていた。牧歌的な、雄大で静かで寂しい音楽だった。彼女の頭の中では、いつもこういう音楽が流れていたのだろうか。
 彼女はしばらくすると上がってきた。足音が近付いてきて、扉が開いた。
「シチュー食べる? お母さんが夕飯に作ってくれてたんだけど」
 彼女はシチューの入った椀を二つ、盆にのせて持ってきていた。
「ありがとうございます」
 彼女は注意深く僕の前に腰を下ろした。
 僕と彼女は向かい合ってクリーム・シチューを食べた。それは温かくて美味しかったと思う。
 この光景は、実はとても滑稽なのではなかろうかと思った。もし第三者がこれを見たなら、どう思うだろう。例えば四谷君が。僕たちは寂しげなクラシック音楽を聴きながら、ふかふかのカーペットの上にぎこちなく向かい合って座り、クリーム・シチューを食べているのだ。おかしいに決まっている。
 僕は時々、彼女を見た。彼女は静かに、そしてとても上品にスプーンを口元まで運んでいた。僕は、スプーンにつけた彼女の唇を見て、余計に緊張してしまった。視線を落とすと、そこには絶対的に美しい足が無防備になっている。それはさらに僕を困らせる。
「この音楽は………?」と僕は言った。
「マーラーの六番、三楽章」と彼女は言った。「いい曲でしょ」
「はい………」
 それは本当だった。クラシック音楽なんてほとんど知らなかったが、僕はすでにこの曲を気に入っていた。
「先輩、年賀状に書いてあったことなんですけど………」と僕は言った。
「ああ、あれ」と彼女は言った。そして少し考えるような仕草をした。「………ずっと前に、君はわたしに憧れている人がいるって言ったよね」
「言いました」
「たぶん好きなんだと思う、とも言ったわ。それって、本当なの?」彼女はスプーンを置いて、僕を見た。
「本当です」
「………わたしのことを好きな人なんて、本当にいるのかしらって思ってたの。信じられないんだもの。そういうの言われたの初めてだったから」
 彼女は困ったような表情をしていた。あまり見せない表情だった。
「信じられない?」と僕は意外に思って言った。
 彼女のことを好きな男の子なんてたくさんいるはずだ、と僕は思った。彼女はとても可愛かったし、少しとげとげしているけれど基本的には優しい性格の持ち主だった。
「じゃあさ、君が言うその人の名前は?」
「四谷」
 彼女は伏し目がちだったが、前髪を短くしていたので表情はちゃんと見えた。頬が赤くなっているのが分かった。
「………ふうん」と彼女は言った。いつもの鼻声は少しだけ弱弱しく聞こえた。「君、からかっているんじゃないでしょうね?」
「そんなわけありません」
 彼女は再びスプーンを手に取って、少し残っていたクリーム・シチューをやはり静かに口に運んだ。
 マーラーの交響曲第六番は、三楽章をエンドレスに繰り返していた。きっと、彼女のお気に入りの曲なのだろう。同じ旋律が何度も聴くうちに、僕も覚えてきた。頭の中でマーラーが流れ始める。
 彼女は正座を崩して座っていた。その座り方だと、普段よりも彼女の足は太く見えた。
「とても魅力的です」
 そう言いながら、僕はどうしてそんなことがさらりと言えたのだろうかと思った。
「………ありがとう。………そう言ってくれるのは君ぐらいよ、きっと。でも、嬉しいわ」
 君ぐらい、と彼女は言った。僕は何だか照れてしまった。「どういたしまして」と小さな声で言った。
「三年生になるとさ、結構付き合ってる人とか周りにたくさんいるんだよね。わたしには友達があまりいない方だったけれど、そういうことには気付いていたわ。わたしって器用じゃないだな、ってよく思った」
 その通りだ、と僕は思った。彼女は器用ではなかった。
「………好き合ってる人って、どんな風なんだろう。時々一緒に帰ったりして、たくさん話をするんだろうね。休みの日には買い物に出かけたりとか。手をつないだり。それから、キスをしたり」と彼女は言って、上目で僕を見て照れくさそうに笑った。それは普通の、どこにでもいる十五歳の女の子の笑い方だった。
「僕たちは、時々一緒に帰りました」と僕は言った。彼女の言ったことを、僕たちはいくつ経験したのだろうかと思った。
「そうね。たくさん話もしたかな」と彼女は言った。
「そう思います。買い物はしていません。手は、つないだかもしれませんね」
 僕は、彼女に鍵をプレゼントした時のことを思い出した。
「………確かに」と彼女は言った。「でも、キスはまだだね」
 キス?
「………確かに」と僕は彼女を真似た。
「する?」
 僕は、頭の中にちゃんとマーラーが流れていて、落ち着いていた。落ち着いていたのだ。けれど、心臓はどきどきと音をたてて一生懸命働いていた。
 キス? 僕は、彼女の言葉を反復した。する?
 僕は、こくりとうなずいた。
「いいよ」と言って彼女は、食器を脇にどかして僕との距離を詰めた。僕は彼女の肩に触れた。彼女も僕の肩に両手をかけた。体重がかかってくるのが分かった。彼女は、そっと目を閉じた。僕もゆっくりと顔を近づけながら目を閉じた。
 ほんの一瞬、唇が触れ合った。当たったのか、当たらなかったのか分からないぐらい、ほんの一瞬だけ。



   6



 四谷君が死んだのは、二月の半ばだった。
 バイク事故だった。四谷君は、暗くなりかけた頃にバイクを走らせていた。そして、突然歩道から飛び出してきた小さな男の子をはねた。四谷君のバイクはバランスを失って転倒し、対向車線から走ってきたトラックに轢かれた。腹の辺りで体が半分にちぎれ、下半身はトラックの下ですり潰された。上半身は後続の乗用車三台に次々と跳ね飛ばされ、頭は割れて脳みそを撒き散らした。
 そして四谷君と、四谷君がはねた小さな男の子は死んだ。


 僕は、四谷君がもういなくなってしまったことを知って悲しんだ。そして、四谷君と交わした会話のいくつかを思い出したりした。………世界が少しずつ変化していく………俺の役は終わった………。
 四谷君には誰もが憧れていた。学年で一番背が高くて、一番喧嘩が強かった。入学式の時から髪を染めていて、いつも学校指定外の制服の第一ボタンを開けて歩いていた。たくさんの弟分がいて、女の子はみんな四谷君のことが好きだった。そして、姫に恋をしていた。


 僕は、その前後一週間ほど学校を休んだ。インフルエンザにかかったのだった。その間、僕は自分の部屋でマーラーの六番をずっと聴いていた。彼女が持っていたのと同じCDを探して買ってきたのだ。
 バレンタイン・デイもそうして過ごした。わざわざチョコレートを持って家まで見舞いに来てくれる同級生の女の子もいた。生徒会の同じ一年生の女の子からも一度だけ電話があった。卒業式の準備の話などをした。忙しいようだった。しかし、かつて姫と呼ばれた女の子はやって来なかった。彼女は、僕の家がどこにあるのかさえ知らなかったのだ。


 僕は、完膚なきまでに徹底的に、彼女に恋をしていた。



   7



 僕がようやく学校に行けるようになったのは、卒業式の日だった。僕は朝早くから登校して、準備を手伝った。卒業式の運営は例年生徒会が行った。
 卒業式の中で、彼女は卒業生代表の演説を行っていた。内容はほとんど覚えていない。覚えているのは、その特徴的な高くて細い鼻声だけだ。彼女の声は決して大きくはなかったが、体育館の隅々にまできちんと届いていた。左胸に花を付けた彼女の姿は、凛としていて美しかった。
 演説が終わっても、僕はずっと彼女のことを考えていた。それ以外のことはほとんど考えられなかった。体育館は、確かにある種の感動に包まれていた。卒業生にも、在校生にも泣いている生徒がたくさんいた。
 生徒会のメンバーが一生懸命作ったというくす玉は、式の最後に割れた。卒業生が退場する時だ。紙ふぶきの他にも、中には遊び心で色々なものが入れられていて、それらは綺麗に舞った。


 卒業式後の校庭では、あちこちで筒を持った卒業生が写真を撮り合っていたり、部活の後輩に囲まれていたりした。先生たちも、いつまでも卒業生たちと話をしていた。
 僕は、校舎の影からその光景を見ていた。静かに。
 彼女は、いつもの鞄と、筒の入った紙袋を持っていた。首には緑のマフラー。彼女は生徒会の他のメンバーに囲まれて、綺麗な笑顔を見せていた。
 やがて、彼女は僕に気が付いた。驚いたような表情をして、僕の方に走ってきた。スカートがぱたぱたとはためかせて僕の前までやってくると、少し息を切らせて彼女は行った。
「何してたのよ!」
 怒った口調だった。眉をいつもより吊り上がらせていた。「ずっと休んでてさ。連絡ぐらいしなさいよ」
「インフルエンザだったんです」と僕は言った。彼女の怒り口調が、とても嬉しいと思った。僕は自分の表情が柔らかくなっていくのが分かった。
「それぐらい知ってるわよ」
「受験は、どうだったんですか?」
「おかげさまで」と彼女は言ったが、そんなことはどうでもいいという風だった。
「おめでとうございます」
 彼女は、まだしばらく怒ったまま僕を見ていた。
 僕は、なぜか笑ってしまった。彼女がとても可愛く思えたからだ。
「何で笑うのよ」と彼女はいじけたように言った。
 それから彼女は、鞄を開けて中から何かを取り出した。
「これ、ずっと渡そうと思っていたの」
 彼女は左手を広げてそれを見せた。それは鍵だった。
「幼稚園の扉の鍵………。君は、私の大事なテストの時に鍵をくれたでしょ。だから、そのお返しにと思って………」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
 僕は、彼女の左手に自分の右手を重ねた。あの時と同じように。
 僕の頭の中にはマーラーがぐるぐると回っていた。彼女の頭にもマーラーが流れていたかも知れない。僕たちは、しばらくそのまま頭の中のマーラーを聴いていた。
 そして、彼女が言った。
「………好きよ、ヨツヤ君」
 彼女は初めて僕のことを名前で呼んだ。
「僕も好きです。………とても。これ以上ないぐらいに」





 一九九二年。
 バルト三国は独立に失敗し、ソ連はアフガニスタンを手に入れた。エリツィン大統領は失脚し、政治の実権はレビャートキンが握った。
 僕は中学二年生になり、かつて姫と呼ばれた高校生の女の子のことを深く愛した。
 世界は少しずつ変わっていく。



(おわり)






宮田和美 32A  2002年12月17日(火)23時56分31秒

あの夜にむりやりはがしたかさぶたはあとが残っていまでも疼く

ミルキーの甘さが喉で波を打つ ゆるしたわけじゃないのに泣ける

いま言ったわたしの言葉暴力をうけてる妻の常套句みたい

また会えてよかったなんて言えませんでも「おはよう」にこめてみました

晴れた日は外に出かけて溢れだす記憶のにおいを抱きしめましょう

この町のどこかに落ちてるかもしれないきみのかけらをさがす道草

ひょっとして会えるかもって期待してタワレコに来て わたしがいるよ

宮田和美 31A 空の高い日 2002年12月17日(火)12時15分08秒

水槽の夕暮れだから君からの電話も無視して泳いでいたい

瀬戸内の小さな島で暮らしたい 子供は一姫二太郎がいい

道なりにひたすら歩いて疲れたら最寄り駅から電車に乗ろう

青白い膜の張られた夜明けからおいてけぼりの東京タワー

宮田和美 やわらかな光の塔を 2002年12月17日(火)00時23分24秒

すぐそばではじまった恋はのけものにされたみたいなセンチメンタル

会って二月もたたないおまえが愛しいなんて言ってんじゃねえよ

好きな子にみせた好きでもないやつの笑顔がなんでか頭に残る

三人で恋愛できたらいいのにねあたし下北案内するよ

わがままじゃなくて素直で明るくて どうしてあたしはあたしなんだろ

誕生日パーティーの後泣いたのは君がいなくてもいきてる私

高速の光が妙にあたたかい誰にかわかんないけど会いたい


雨が降る前によく吹く風の味 媚にも近い君の優しさ


この日々がいつ途絶えるかわからないそれでも私はやめられない


教室に戻ると誰もいなかったときの孤独も忘れるでしょう

塀の影のぼってみてもあの子にはなれないことはわかっています

校庭で遊ぶみんなを見下ろした 神さまになんてあこがれない





越智 美帆子 10A 羽の取り扱いについて 2002年12月16日(月)18時53分56秒

  肩甲骨と肩甲骨の間から肩にかけての激痛がひどくて、どうしてもその痛みに我慢できなくなったら、あなたは病院に行く必要があります。なぜなら、それは羽が生えてくる前兆だからです。
 羽はとてもデリケートなものです。せっかく生えてくる前兆があっても、その後の対応を間違えば、あっと言う間に羽はあなたの背の中で腐ってしまって、切開手術でとりださなければなりなくなります。
 前兆があったら、あなたはこれらのことをしなければなりません。まず、一さじの雪を毎日朝の8時に蜂蜜と一緒に摂取することです。もしあなたが雪の降らない地域に住んでいるのなら、雪が毎日降る地域に引っ越さなければなりません。次に、痛みがある範囲に、毎日お風呂上がりに真珠の粉末入りのパウダーを塗布してください。汗疹、蕁麻疹、面皰などができてしまっては、美しい羽は生えてきません。最後に、毎日欠かさず軟水のミネラルウォーターを最低2リットルは飲むようにしてください。
 以上のことを守って、始めて羽は生えてくる準備ができます。
 さて、いよいよ羽が生えてきたら、そこからが勝負です。どれだけ美しい羽を維持できるか。ここで間違えれば、あなたは羽保持者の資格を失うことになります。羽が生えてきてからの食生活に注意してください。合成着色料の入ったものを摂取すると、羽はピンクや緑や黄色といったカラフルなものになってしまって、これでは正規の羽保持者の資格は得ることができません。最近の若者は、人体改造といって、わざと羽に色を入れるために合成着色料を摂取する者もいます。けれど、これは国にとって多大なる損害であり、最悪の場合懲罰をうけることになりかねません。それから、毎日10分は羽を日光に当てるようにしてください。もちろん、ビタミンも忘れてはなりません。さらに美しい羽を目指す方には、羽用のトリートメントをお勧めします。
 羽と言っても、漫画に出てくるような大きなものではありません。縦15センチ、横20センチ(片羽)の小さなものです。必要でないときは、背中にしまえるようになっています。色はとても上手に育ったとしたら、新雪に近い、透き通るような白色になります。しかし近頃の羽の大半は、汚染物質によって、あの美しい色を持てる方がいなくなりつつあります。
 もし、羽の生える前兆があっても、羽なんかいらないという申し出があった場合、国が責任のもとに手術し、とりだした羽は研究所で研究の対象として厳重に取り扱われることになります。また、現役者から羽を取りたいという申し出があった場合、その羽の美しさによっては、博物館寄贈ということにもなりえます。国級宝レベルの美しさの羽ならば、天文学的な値段で売却することもできます。一部マニアの間では、羽のコレクションが流行っているようです。寄贈された羽は、プラスティネーション加工をされて、半永久的に残ることになります。
 羽は人ゲノムの神秘と言われています。この羽を少しでも美しく残すために、私たちは日々の努力を怠るべきではありません。
 
 

宮田和美 29A 平成12年 2002年12月16日(月)15時25分59秒

図書館の椅子からおしりを3センチ浮かせて声をかけるか悩む

4Bのえんぴつで書くアートだけど読めない君のノートがすき

恋人ができたらきっとしあわせになれると信じていたあの頃

友達の間できのこの名前をつけるのはやって私はなめこ

コンビニの前でないといいながある店に入ってみたいと言った

浅草のお寺のそばの店で君がはいてたサンダルみつけたよ

あのひとの家のトイレにあるブラシ立てはペットボトルのリサイクル品

おみやげを私にいつもくれたのはどっちかっつうと自分のためでしょ?

イルカに乗った君が手を振るTシャツだけが笑える思い出だよね

会えなくて会いたいことすら忘れてたくしゃくしゃの髪もその手も声も


奥野美和 15C「冬への正装」 2002年12月15日(日)16時34分31秒

ミルクティー似合う紅葉 白い息 睫毛の先でサヨナラ思う


神田川ごっこと言って2人して銭湯行ったの忘れないから


ただひとつ望んでいるの君のその目の皺でずっと泳いでいたい

宮田 和美 28A うたかたラバー 2002年12月15日(日)14時13分15秒

一日のはじまりはいつもありふれて奇跡のようにきれいで眠い

空がきれいっていうことは言い訳になるよね電話していいよね

口の端に泡がたまる先生の話しながら食堂ランチ

誰にでも王子な君をすきになるのをさけるの一生懸命

この恋が錯覚だってわかってる錯覚だってわかってはいる

カラオケで今歌ってるこのうたが君の気持ちでありますように

たとえ犬だからといって女の子をキングと呼んだら傷つきます

いつかくる別れに怯えるくらいなら会わないほうが200倍マシ

もしいつか泳げなくなる日がきたとしてもきらいにはならないでね

朝焼けの車の中でいつかみた本のコピーをふと思い出す

杉井武作 しあわせの あかい ふうせん 2002年12月15日(日)12時23分30秒

すぎさくくんが ふくらませた
あかくて きれいな ふうせん
しあわせな きぶんになれる
すぎさくくんの たからもの

うっかり てを はなすと
しあわせの あかい ふうせん
かぜに ふかれて とんでった

ふわふわ ふわふわ
とんでいきます
たかい やまを こえて
ひろい うみを こえて
ふわふわ ふわふわ
ながい ながい たびです

みんなが そらを みあげます
うえた こどもも
きずついた へいしも
つえをついた おじいちゃんも
せかいじゅう
あかい ふうせん みています
ふわふわ ふわふわ 

ふうせんは おりていって
すぎさくくんの おはかのうえ
ふたりはずっと いっしょです

しあわせの あかい ふうせん
やがて しぼんで
ただの ごむくずに なりました

杉井武作 16A「ペヤング」 2002年12月14日(土)00時53分37秒

まだカタイ麺を、たっぷりと濡らし、やさしくほぐす。3分間放置したまま、熱い視線を送ると、しなやかに乱れてゆくのがわかる。だらしなく伸びきったそれに、トロトロの蜜と、聖なるふりかけをまぶして、とろけるほどかきまぜる。軽くつまむと、鼻をつく酸味に、むせかえる。さっき、あんなに食べたのに、まだ欲しいのか。たかが143円、過剰サービスでさえ166円とは思えぬほどの、上玉。蜜のこってりした味わい。キャベツ増量。残さずむしゃぶりつくす。ごちそうさまでした。

杉井武作 15A「日々のナルト」 2002年12月11日(水)03時52分25秒

朝起きたその瞬間から、思うことはただひとつ!
ラーメン食べたい!
「べぇぇにいぃろォォォのォ〜〜〜♪」
俺は松浦亜弥の「桃色片思い」を演歌風に勝手にアレンジした「紅色片思い」を熱唱しながら自転車を走らせた。
11時半。まるで腹は減ってなかったが、ラーメンが食べたくてしかたない。寒い時期の心の友はラーメンに限る。僕の地元にはたくさんのラーメン屋があり、全て制覇しようと決心したのはいつごろからだろうか。一軒一軒、全種類のラーメンを食べあるいているのだった。今日のターゲットは、大通りから細い路地に曲がった三軒目、「戸塚ネギラーメン」、ここだ。ここはあまりにも不味そうでこれまで避けていたが、店名に「ネギラーメン」と書いてあるのは、もしかしたら意外とイケるのではないだろうか。店名に「ネギラーメン」という品物の名が提示されているということは、よっぽどその品物に自信があるという可能性が考えられる。適当に付けただけかもしれないが。
う〜ん、のれんがうすよごれた緑色。しかも微妙に傾いているし。
店に入ると、レンタルビデオ屋などの入り口によく置かれている探知機のようなものが赤く光って、警報のような趣味の悪い電波音が出迎えてくれた。ラーメン屋でこれに遭遇したの初めて。
店内は薄暗くて、見渡すとどんよりした空気が充満していた。使い古しの「広東料理」と書いてある看板が無造作に捨てられていて、木製の椅子とテーブルはなんとうっすら湿っているではないか。一瞬ひるんだが、ここで帰っては到底江東区のラーメン王にはなれない。我慢のしどころだ。
メニューはテラテラと茶ばんでいて油ギッシュ。触るとベタつく。手書きでしかも字が汚い。読めない字がある。ゴキブリ発見。ラッキー。
僕は「ネギラーメンマーボードーフセット」を注文することにした。なせならそれだけ赤い字で力強く書いてあるからである。僕は店員を呼びつけた。店員は頬がこけていて貧相な輪郭だったが、冬だというのに肌が黒人のように焼けており、かなりいいガタイをしていた。なに人なんだろう?
店員は厨房に戻ると「エーセットーーー!」と叫んだ。Aセットってことはやっぱり一番人気なのだろう。10分ほども待たされてイラついたが、無事運ばれてきたラーメンを見てびっくり。
ドドメ色のスープ。太くてちぢれた張りのない麺。既に伸びきってるように見える。しかもよく見るとチャーシュー入ってないじゃん。いやそれはまだいいけど、きょうびナルトって!

まずい

これは想像以上だ。墨汁を飲んでるみたいだ。しょっぱすぎるだけで、コクがない。深みも。塩水か?麺もやっぱり伸びきってる。コシがない。ネギもあんまシャキシャキしてない。しなびてる。ネギラーメンなのにネギがすくない。
気をとりなおしてマーボードーフいってみよう!

まずい

というか、痛い。舌がひりひりするような辛さだ。辛いだけで、味付けはまったくされていない。とろみもない。ぐちゃぐちゃの赤い水がかかってて、舌にざらざらした不快な感触だけが残る。
ごめんなさいギブアップ。
ごちそうさまーと店員に呼びかける。ほとんど残してしまったが店員は嫌そうな顔ひとつしてない。というか、だるそうだ。会計を済ませると、逃げるように店をでた。
「アッザマシッタ〜〜〜〜〜」
解読不明な店員の声を背中で感じて確信した。奴は、日本人だ。
「あぁ〜〜〜〜夏休みィ!」
僕は気をとりなおして、冷たい風に吹きつけられながらTUBEの「あー夏休み」を熱唱した。
おなかすいたなぁ・・・。
スープ一口麺一口豆腐一口だけしか食わずにとりのこされたAセットのことを考えると心が痛んだが、あの店員が頭をよぎるとその気持ちも彼方にとんだ。そうだ、コンビニでチキンラーメンを食べよう。
俺はコンビニでチキンラーメンとネギと卵と明治の板チョコをカゴにいれ、スナック菓子のコーナーを見回した。いろんな味のポテチがあるんだなぁ〜。

「とん汁味」って!

どんな味なんだろ。これはケッサクだ。誰かに報告せねば。
これを心の底から笑いあえるのは、家族でも、友達でもダメだ。
あいつがいたら、一緒に笑えるのになぁ・・・。

俺は力無く溜息をつくと、ママレードボーイ主題歌「笑顔に会いたい」を熱唱した。

杉井武作 14A「ねればねるほどストーリー完結編」 2002年12月11日(水)03時50分23秒

 ゆめじゃありませんでした。
 ねれるとぼくは、せんたんにうんこのついたぼうとおでこのめがねをそうびしました。
 「えへへーゆうちゃんかわいい*^−^*」ほめられてとってもごきげんなぼくでした。
 そしてみんなでうちゅうせんにのりました。
 「いざ、たびだちだー」みんなで君が代をうたいました。
 「このちかくに『こ星』という星がある。そこのちょうろうが大ま王のことをよくしってるともっぱらきんじょでひょうばんだょ」神がいいました。
 「ほんと?ぢゃあちゅう・・・;−;」
 「あまったれるんぢゃない、いつでもちゅうしてもらえるとおもったらおおまちがいだこのくそかす」
 「びゃあああああああああああああああああああああああああああああああ;□;」
 「しょおがない子だなぁよちよち・・・・ぢゃあ、ちゅっ^−^」やさしくきすしました。
 「さいきんな、あたいな、ちゅうだけじゃいやになってきてん・・・なんかおヘソの下のあたりがむずむずすんねん」
 「それはごくしぜんなせいりげんしょうなんだ。こわがることないんだよ。これからじっくりとこのせかいにおとことおんながうまれてきたわけをおしえてあげるからね」
 そんなこんなで『こ星』にちゃくりくしました。
 「ハラへった〜〜ここらへんにレストランかなんかない?あ、あそこにサンディーヌがあるじゃないか!」みんなはサンディーヌにはいりました。
 てんいんはみんなくちからみどりいろのえきたいをだしてました。あおじるのサービスだとおもいました。
 「オレまきぐそバーガー!」
 「オレジャイアント横チンバーガー!」
 「オレフルパワーフルチンバーガー!」
 「オレはちんコーラだけでいいや」
 みんなにかいにあがってゆうがならんちたいむです。
 ぼくがいちばんはじめにたべました。むしゃむしゃぱくぱくんまんま^〜^

 「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 ドッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 ぼくは吐血してしまいました。
 「ふふふだまされたなそのハンバーガーには青酸カリがふんだんにつかわれておりこれまでにないしげきてきなあじわいをじつげんさせているのだ。そしてオレの真の姿を見よオオオオオオオオオオオオオオ」モコモコ・・・・モコモコ・・・てんいんがかいぶつにへんしんしました!
 ねれるはひっさつのでこぴんでかいぶつをやっつけました。
 「ゆうぞうが紫斑性苔癬様皮膚炎にかかっちゃったよ」
 「おい、はちろうちょっと鳥にへんしんしてやくそうのざいりょうをとってきてくれ」
 「いえっさー」
 はちろうはとりにへんしんしてかなたへととびさりました。
 「んーとざいりょうはたしか・・・うめの葉っぱひとつとゲリ便1kgとカビ500g。先うめの葉っぱをみつけよう。お、あそこにうめの木があるぞ」と言ってへんしんをときながらはちろうはうめの木のうえにおりてきました。
 そして葉っぱをとり木からとびおりました。ゴキッ!
 すると、めのまえに小さなボロ小屋がありました。
 「このボロ小屋ならきっとカビくらいは生えてるでしょう」そう言いながらはちろうは小屋にはいっていきました。
 するといちめんかびかびかびのかびだらけ。
 「ひえーすごいカビ。あ、おくからだれかでてきえたぞ」
 それはゴホンゴホンマンガノゴホンといいながらでてくるカビだらけのじいさんでした。
 「あのーここのカビをすこしわけてもらえませんか?」
 「フォッフォッフォッフォッいいともいいとも、全部やる」
 こうして、はちろうはカビをてにいれました。
 「さて、さいごはゲリ便だな」はちろうはそう言いながらふたたびへんしんし、とびたった。
 そのひょうしにうんちがもれちゃいました。
 「ほぎゃほぎゃっほぎゃほぎゃっほぎゃほぎゃっ;□;」
 しばらくするとおしりがかぶれてきちゃいました。
 「あれぇーおかしいなぁちゃんとちゃーむぼでぃふぃっとつけたのにぃ;−;」しかしそれはオシメじゃありませんでした。
 「しかもみずくさいうんちだなぁ〜おっちょうどいいやこれをもっていこう」はちろうはてづかみでもっていきました。
 ふたたびとびたとうとすると、なんとめのまえにカビのじいさんがたっています。
 「おまえはあのときの!」
 「フォッフォッフォッじつはな、あのときわしはカビをとってくれたおれいにねがいをかなえてやろうとおもっておいかけたらうんちもらしてたのでまってたんじゃ。さあねがいをいえ」
 「そうだな・・・おまえの実力を見せてもらおうじゃねえか!そして強かったら、仲間になってくれ!」
 「フォッフォッフォッいいとも。さあいくぞ、必殺入れ歯アタック」べちゃっ
 「きゃー知覚過敏がしみてとってもジューシー今日からオマエも友達だ」
 そしてはちろうとじいさんは帰ってきました。
 「なんだそのじじいは?まあいいや、そいじゃやくそうをつくります。まずゲリ便をダンゴみたいにまるくして、カビをその上からふりかけて、さいごにうめの葉っぱでかざれば・・・やくそうのでっきあがりでい!パイ助、味見しろ」
 「だれがパイ助じゃーい!」ぴしーーーー
 「あはははははははは」日本はとっても平和です。
 やくそうをのんだらぼくはすっかりちょうしがよくなりました。
 「それじゃあちょうろうのところにいこう」ぼくはおきあがっていいました。
 「ドラゴンレーダーによるとちょうろうは北にいる」神がいいました。
 そして北にいくとおおきなやしきがありました。
 「フォッフォッフォッおおきなやしきじゃな」じいさんがいいました。
 「ここにちょうろうがいます」神が言いました。
 「じゃあとりあえず、ちゅっ^−^」
 「やっ、ちうはだめ・・・」
 「なんで?もうぼくのことすきじゃなくなったの?」
 「そうじゃないよ、ただあたしたちこのままでいいのかなっておもっただけ」
 「いいじゃないか君、愛しあおうよ。あの晩のように。」
 「うん、でもあの女よりきついめに抱いてね」
 「・・・・・・まさか、見たのか?」
 やしきにはいってちょうろうのへやまできました。
 「大ま王についておしえてください」
 「いいでしょうただしじょうけんがあります。『や星』にあるまぼろしのえろほん『いちご組』をくれたらいいでしょう」
 みんなうちゅう船で「い星」にいきました。
 「おなかすいちゃったよー」
 「おっあそこにファーストキッチンがあるぞ、みんなでおひTOERV9O5J4B93BJMVBJM@7UERVB54634V8JV9(劇終)

杉井武作 8C「ある阿呆の生涯」 2002年12月11日(水)03時44分10秒

moonjoker

薄汚れたこの部屋の
小さな窓から差込む月の光
その向こうの貴女へと 願いを込めて
あてのない手紙を書き続けて
あれから幾年経ったのでしょう?
今夜 あらたまの月に照らされて
溶けてゆく 仮面の元
花のように 舞い降りてきた
羽根を広げる貴方は
まさか私の移し身なの?
優しく手を惹かれて
踊る 静かなワルツ
緩やかなリズムに身を委ねて 身体を絡めたら
なにもかもが引き裂かれれば
なにもかもが満たされれば

気がつけば貴女はいない
薄汚れた影を落として
月に帰ったんだね

轟きわたるjokerの笑い声は
既に振り切れなくなっている
空は遠過ぎて
貴方が見えない

endless weave

柔らかく惑わせる壊れた瞳に
いつの間に迷い込んだのだろう
貴女の水は澄み渡り
溺れる僕の謎が解けた
終幕を奪い合った二人は
血塗られた身体
何度も見せつけ微笑んだ
子供みたい無垢な唇は
ふいに背中を擦り抜けて
違う玩具を釣上げて
今は何処で踊る
死魚になった僕は
「空」へと続くはずだった
崩れ堕ちてゆく螺旋階段
その幻覚に目が塞がれて
真実の扉に届かないよ
つかの間の虚ろな夢は
ときおり独り歩きして広がるほどに
醜さだけが目に焼き付く結末
されど僕を縛る
釣り糸の快楽はその痛み
嵩を増し続ける血液に溺れ
自分の存在を確かめるだけ 
あのときからほつれたままの赤い糸
ここではない「空」へと
はばたいてゆく羽根を
いつまで編み続けるだろう
艶やかに染められた
空白の底に沈みゆくけど
今でも僕を操る糸を
捨てられないのは何故?

UNCROSSED FLOW

叶わぬ夢を 見させてよ
何時までも 乙女のように
甘ったるい その瞳に溶けて
あなたをずっと 知りたくなる
悲しくさせる 止まらない
ねぇ
言葉だけじゃ 足りないでしょ?
ねぇ
カラダだけじゃ 曖昧でしょ?
もっと深く
もっと深く
体内の水 全てで
あなたを 洗い流すまで
優しく包む 海になるの
淀んだあたしの全て
あなたに委ねたい
死ぬまであたしを
騙してほしい
あなたの瞳の奥には
脆くて今にも崩れそうな
清らかな流れが一筋 見えてしまう
その眼でときどき寂しげに
空を眺めて 溜息をつくクセが
あたしの心に 防げない穴を開ける
血塗られた羽根で
まだはばたこうとしているの?
あたしを置いて行かないで・・・
あぁ せめて
あなたの流れをせき止めて
あたしの海で
沈めたい
共に堕ちてくことさえ
叶わぬというの?
泥海と清流
交われない流れのなかで
あたしの半身は既に
貴方へと流れてしまったというのに

tears'Ring

また誰かが扉をたたく音
静かに眠らせてほしいのに
雨の日に限って押し入ってくる
殺風景なこの部屋で
決まって凍え死ぬつもり
一糸纏わぬ客人は
わたしの腕に身をあずけ
混ざり合おうと誘いかけ
その美しさでみちづれを示す
けれどこの部屋は寒すぎて
曇った瞳を持つわたし
伝わるのは胸を濡らす涙
その生ぬるい感触だけ
触れるほどに冷たく崩れ
朽ち果てていくのがわかる
わたしのなかでまた一人
命の花が散って往く

死顔をつたう
指ですくった糸の輝きは
わたしの心を優しく縛る
環になる
だからもういくことにする
柔らかく編み込まれた
光の海のかなた迄
あの音で目覚めなくなる迄
二度と目覚めなくなる迄

NEVERGREEN

猛々しい光放つ無限の命に包まれているんだけどー
朝露で照らされた緑の光を浴びているんだけどー
湧水の甘すぎる味で身体を清めているんだけどー
小雨の切れ間から放たれる
穏やかな太陽光線に貫かれているんだけどー
ちっとも優しい気持ちになれないんだよ
ぬぐいとれない血で
前が見えない
登っても登っても息ができないなんて
なんて不幸なことでしょう
なにもかもが乱れてるのさ
わかるだろ?わかってくれよ!!!!!!!
天使はいない
あの暖かな羽根はどこにもない
空は遠過ぎて 二度と届かないんだ
ちょっとそこの
偉大なる生命の長 ガジュマル君
その気根で私の罪を
魂ごと吸い上げてくれないか
頼むよ
だめ?
それじゃあ俺にも 考えがあるぞ

屋久島新観光名所「月光ガジュマル」

宮之浦の焼け跡には、殺風景ななかに巨大なガジュマルが力強く立っている
一人の男がいた。彼は屋久島の宮之浦岳を、登山中にガソリンを撒いて、燃やし尽くしてしまった。しかし奇妙なことに、彼は生きていた。ガジュマルの木の中に避難していたのだ。.何故だかその木だけは、どうしても燃えなかったのである。彼は犯行直後に絞首刑になり、亡くなった。死顔は笑っていた。
宮之浦岳の大火事があった1月30日の夜。月がとっても綺麗だったので、この名前がついた。

杉井武作 13A「CAROLEYES 第一話」 2002年12月11日(水)03時40分25秒

登場人物

佐藤雄作・・・主人公。黒ブチ眼鏡の15歳。普段は気弱だが実は高名な夢天老士の末裔。道教の厳しい修業を積んでおり、幼くして法術・武術に長けた僵屍退治のプロ。キャロル佐藤殺害の現場を目撃する。第一話ではあまり出てこない。
幸弥・・・妄想狂で夢遊病の悩みを持つ殺人犯。実は僵屍に取り付かれている。絵の才能は一流。
郁野・・・幸弥のよき理解者で相談役。
キャロル佐藤・・・幸弥に殺されるドラッグ中毒の売春婦。ハーフ。
僵屍・・・あの世とこの世の狭間、霊幻界の妖怪。ある風水地形で眠りについた人間が、夢の中で霊幻界に迷い込んでしまうことがある。そんな人間を見つけると、とりついて、じわじわと霊幻界に引きずりこむ。僵屍にとりつかれた人間は、悪夢にうなされ、夢と現の区別がつかなくなり、やがて僵屍となる。
CAROL・・・霊幻界をさ迷う僵屍。幸弥にとりついている。キャロル佐藤の双子の妹。生前幸弥に想いを寄せていた
ラム・チェンイン(夢天老士)・・・雄作の祖父。今は亡き高名な夢天老士。死後は霊幻界の監視をするふぬけた風水士をしている。彼に電話するには、長年の修行による発声法で、霊幻界に繋がる特殊なトーン信号を送らなければならない。



 「ワン・ツー・スリー!」
 ポンッ!みんなの目玉が一斉にとれた。
 「いてーなもっとソフトにえぐれよ〜」
 「いたかった?あはははは。んじゃ、それぞれえぐった相手の目玉を隠しに行くように!」みんな一斉に旅館中をさまよい歩く。
 「ちゃんと隠した?よし、探しに行こう。五分以内に自分の目玉みつけないとゴハンぬきね」
 なんかドラゴンボール探しみたいだなぁ。しかし目玉がないから探しにくいったらありゃしない。
 洋服ダンスの中をごそごそ探ると、きれいにたたんである服の間に目玉があった。あーあ、綺麗なお着物なのに、こんなに血がついちゃって。それじゃ、はめてみるか。俺は眼球の無い瞼を指でおっぴろげて、その目玉をはめた。
 ポンッ!
 ア〜なんかスースーするなぁ・・・これたぶん俺の目玉じゃねぇな。不快な異物感にだんだん吐き気がしてきた。なんかめんどくさくなってきたなぁ・・・いらいら・・・目玉めだまめだまめだま・・・
 「オレの目玉はどこにあンだよォォォォ!!!」
がばっ!


 また気味の悪い夢・・・。
 目が覚めると、幸弥の頭はひどく疲れていた。まるで難しい数学の問題集を一冊解いた後のような気だるさだ。頭を休ませたいが、夢の中で脳が高速で回転していた感覚が抜けない。
 もう10時。起き上がって気持ちを切り替えようと、ケロッグコーンフロストの冷たいミルクがけを食べた。甘く優しい味が口に広がり、幸弥の頭は少し落ち着く。
 顔は洗いたくない。まだ目覚めたくない・・・彼は夢とうつつの間を、ぼんやりとさまよっていた。
 リモコンでテレビをつける。死ぬほどつまらないワイドショー。消す。
 ほとんど働いてない頭で何気なく目をやると、美しいフランス人女性の肖像画が目に入った。 
 これは彼が二年前、一度だけ夢で見た女を描いたものだ。カフェのテラスにいたその女の美貌は、彼が長年思い描いた理想そのものだった。まるで昔から何度も見てきたように、女の姿がくっきりと頭に焼き付けられた。彼は迷わずペンを取り、女の肖像画をその日のうちに書き上げてしまった。 
 彼は飾ってあったその絵を手に取ると、ソファに座ってまじまじと絵の中の女を眺めた。

 きつめのソバージュのかかった髪が風に泳くさまは、空に溶けてゆく儚い霧のよう。凛々しく伸びた眉毛は、柔らかな曲線を描いている。甘く幻惑させる切ないほどブルゥな瞳。厭味に高くないがスッと筋の通った鼻。肉感的な小さな唇。バランスよく配置された目鼻立ちには気品が漂う。少しふっくらとした輪郭は、穢れなく、危ういあどけなさを残している。ゆったりしたシルクのドレスに包まれた彼女の胸元からのぞく、透けるような雪肌、うなじ、鎖骨、足の先まで滑らかで華奢な身体は今にも折れそうだ。

 オイオイどーなってんだよなにこっちモノ欲しそうに見てんだよそんなにコレがええんか純情そうなツラしやがってホントはスキモノなんだろわかってんだよいいからホラ遠慮するなってよく見たらもうずぶ濡れじゃなえーかオマエはなんてヘンタイなやつだオマエは「あっあたしヘンタイなんかじゃありません!」なに言ってんだオマエのカラダは既にオレのモノを受け入れようと(略)おおうしっかりとオラの熱い肉棒をくわえこんでるぞ!おもったとおりだおもったとおりのヘンタイさんだったんだオマエはそれ見たことかもはやオマエはオレのモノから逃げられることなど・・・おぉぉぉぉあぁ・・・・・・ぼくはあふれでるよこしまなさでぃずむをおしげもなくかのじょにぶちまけました。にゅうはくしょくのきゃんぱすがさらにしろくそまります。オイオイオイオイなに考えとんねんオマエしっかり全身でオレの聖液うけとめとるやないか清純そーな顔しやおってからになにかんがえとんねんまったくどこまでヘンタイなんやそのくらいにしとけよおとーちゃん悲しいよパパあたしのケツなめてと哀願せぇやシリとちゃうケツや(ここまでが約0.001秒)

 そんなこんなで結局五発もヌイてしまった(3秒で)。
 幸弥はことを済ませると、スルメの匂いでむせ返る肖像画に消臭スプレーを吹きつけてみたが、ここまでしわしわカピカピになってしまったら、匂いが消えてももう使えそうになかった。それを丸めて捨てると、新しいカラーコピーを取り出し、飾り直した。
 幸弥にとってこの肖像画を使ったマスターベーションは日課であり、彼女を描いたその日からの、欲望のはけ口であった。
 痴漢・SM・スカトロ・・・日ごと様々なプレイ(の妄想)を試み続けたものだったが、一周めぐった後の久々のノーマルなプレイ(の妄想)は格別な清々しさを彼に与えた。彼の自慰行為には美学があった。

 初めて性に目覚めたころの、女子のスカートがめくれただけで眠らずにシゴいてたころの興奮を、今だに覚えている大人はいるのだろうか?20歳を過ぎると忘れてしまうけど、あのころはなにもかもが新鮮だった。『女の子が肌を露出する』、それだけで受ける刺激はなによりも熱く、女の味を占めてしまった者のどんな過激なプレイよりも良かったのに!

 そんな初期衝動を忘れないことが、彼にとってのポリシーであり、子種を量産する秘訣だった。
 しかし彼にはもはや、彼女以外の現実に存在する女をオカズにすることができなくなってしまっていた。セックスもしたくなくなってしまった。彼女のことを想像しない限り、MAXモードになることはないのだ。リアルより絵画のほうに官能美を感じる彼は、既に後戻りできないくらい、虚像の世界に堕ちてしまった。「CAROL」に、堕ちてしまった。
 しかし芸術とは本来、かくあるべきなのだ。彼はそう自分に言い聞かせる。
 頭も落ち着きすっきりと二度目の目覚めを迎えた幸弥は、シャワーを浴び、身支度を済ませ、自転車を走らせて、郁野との待ち合わせ場所へと向かう。十二月、外は凍るように寒い。


 郁野は、彼が唯一心を許している女性だった。
 幸弥はそれまで、恋愛感情を抱いたことがなかった。彼にとって女というものの価値は、芸術作品のひとつに過ぎなかった。
 
 決して他人と共有できない悲しみや苦しみを抱き、それを自覚している人間は、目を見れば解る。女なんて、自意識のコントロールもできない、気ままで感覚的な子ばかりだ。彼女たちに自分の背負っている暗闇なんてわかるはずがないんだ。そう、恋愛や友情のような外の世界への激しい感情は要らない。静かな炎は内側にくすぶらせておいて、キャンパスに全てをぶつければいいんだ。

 もとより身よりも知り合いもなかった彼は、次第にそんな想いを抱くようになり、心は閉ざされていった。そして皮肉なことに、幸弥と付き合った何人かは、常に死と隣り合わせのような彼の物憂げなフェロモンに強く惹かれていったのであった。彼はそんな女を、ペットをかわいがるように慈しみ、絵を描いた。彼女らは通り雨のように、幸弥を愛し、そして離れていった。

 そんなことを繰り返すうちに、俺の孤独がさらに深い影を落とすのは何故だろう?自分が決して心を開けない相手にも認めて欲しかった、愛して欲しかったからだろうか。暗闇を迷走している俺に、誰よりも深く酔っているのは、俺自身なのか?

 そんな疑問が、彼をいっそう暗闇の迷宮に突き落としたのだった。
 しかし郁野は、幸弥と似た目をしていた。彼女は知的で理性的、芸術を愛し、好きと嫌いをはっきりと感じる感性があった。彼女は暗闇に閉ざされている幸弥を痛み、哀れみ、見守った。それは幸弥にしても同じことで、彼は初めて、パートナーとして戦友として、人間として心から感情を共有できる人間と出会えたのだった。


 30分待っても、郁野は現れなかった。電話も繋がらないしメールも返事はこない。
 「クソ・・・なんでだよ」
 昨夜送ったメールがマズかったのだろうか?メールのやりとりを改めて読み返す。
 《明日晴れるといいね》と、郁野は送ってきた。幸弥は(明日晴れるといいね→晴れると野外でやれるね→あ〜ん今からうずいちゃうのォ〜!)という解釈し、《このド淫乱娘が》と返しておいた。

 しまった!また妄想で突っ走っちまった・・・。はぁ〜機嫌損なわせちゃったかな。まぁいいや、今度謝ろう。今日は帰ろ・・・。


 幸弥は帰りがけ、公園に立ちより便所に入ろうとした。そのとき、隣り合わせの女子便所の入口から出てきた女性と目が合った。
 瞬間、幸弥の時が止まった。

 「CAROL」だ。
 俺が二年間、キャンパスの中で毎日顔を合わせていた女性だ。
 ついに会えた。
 夢ではない。目の前にいる。
 幸弥は息をすることさえ忘れて立ちすくんだ。
 なんという美しさだ。
 絵の中とは比べ物にならない。女神の神々しさ、少女のあどけなさ、淑女の清らかさ。全てが一体となってきらびやかなオーラを放っている。
 柔らかな髪に吸い込まれ・・・
 ブルゥな瞳に貫かれ・・・
 真っ白な肌に乱されて・・・
 あぁ、媚薬のような香水の香りに溶かされる・・・

 意識は次第に夢の世界へと奪われてゆく・・・・・・・・・・・


 そういや俺目玉探してたんだわ・・・目だまめだま・・・


 一日11人相手なんてラリらねーとやってらんねーマジ狂ってるよあたし。しかも一人二回・・・ってか子宮イテー!!あのジジイめいっぱいかき回しやがってつぎ会ったらブッ殺すかんなー。

 夜逃げした男が残した多額の借金。キャロル佐藤はその返済に負われ、デリバリーヘルスの仕事にありついた。あぶったアルミホイルから湧き上る煙をストローで吸い込む幸せこそが、今の彼女の活力源だった。彼女はまた意識を飛ばすと、後始末をして何事もなかったように便所を出ようとした。
 そのときだった。向かい合わせの男子便所に入ろうとする男と目が合った。
 彼女はその男に、一目で心奪われてしまった。

 なんて綺麗な人なのだろう。
 まず目を奪われたのは、作りこまれた彫刻のように端正な顔立ちだった。女のように髪の毛を垂らしているが、顎の骨格ががっしりとしていた。精悍で、野性的な美しさがあった。180cmはあるだろうか。肩幅が広く、無駄な肉がついていなかった。そして彼は冬なのになぜか黒のタンプトップ一枚だった。明らかに普通ではなかった。肌の色が抜けるように白かった。それは、幽霊のように不気味な白さだった。視線は虚空を見つめ、焦点が定まっていなかった。なによりも惹きこまれたのは、その悩ましげな瞳だった。憂いを含んだ虚ろなまなざしは、夢の世界へ連れていかれてしまいそうな危うさをはらんでいた。
 彼の瞳はクスリの心地よさとあいまって、私の意識を幻惑させた。
 「ねぇ!ちょっとあんた!」
 そう思わず叫んだのは、彼の様子が気にかかったからではなく、このまますれ違って離れたくなかったからだ。彼は私に気がつくと、にやにや笑ってうわごとのようになにやらブツブツつぶやきながら近づいてきた。
 「ちょっちょっとあんた、なに!?」私は恐怖で理性が戻り、思わず叫んだ。彼は見るからにおかしかったからだ。
 刹那、彼の指先は私の目に向かってまっすぐ伸び、中に入りこむ感触がした。痛みで叫ぼうとしたとき、首のあたりでなにかが切れる音がした。


 公園の外れに背の低い少年がいた。ガタガタと震えているのは、寒さのせいではない。
 「いっ今・・・確かに見たぞ・・・この目で見てしまった・・・あぁ!なんということだ!あいつ!髪の長い!背の高いあいつ!あそこにいた女の人の・・・・めっめっ・・・『目ン玉をひっこ抜いて殺した』!!!!!しかも!あいつの様子普通じゃあない!肌のツヤ!色素の抜け方!だらんとした動き!夢遊病者の目つき!間違い無い・・・・・・現れた・・・あいつこそが僵屍だ!!!」
 少年はこの日がくることをいつも心のどこかで恐れていた。それは殺人に関わったことではなく、自分ができれば避けたかった血族の宿命という歯車に巻き込まれてしまったことへの恐怖だった。
 「おじいちゃんに電話しないと!」
 彼は携帯電話をとりだし、それに向かってなにやらボソボソと奇妙な声を吹きこんだ。
 「モシモシおじいちゃん!現れたよヤツが・・・ついに!」


To Be Continued・・・・・・・


次回予告
ついに回り始めた運命の歯車!あの世とこの世の狭間で炸裂する少年道士の法術アクション!幸弥と郁野を襲う悲劇のメロドラマ!そして全篇にわたってちりばめられる愛!愛!愛!もちろんファンサービスの濡れ場もアリ!15歳未満には力石オリジナルねりけしプレゼント!
「絶対期待しないでくれよな!(by野沢雅子)」

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管理者:Ryo Michico <mail@ryomichico.net>
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