寮美千子ホームページ ハルモニア Cafe Lumiere (No.0048)

寮美千子/軽い掲示板
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小西昌幸(徳島・北島町立図書館・創世ホール)  イヤハヤ、意地の悪い書き込みにはうんざりですね 2004年10月13日(水)17時28分17秒 http://www.infoeddy.ne.jp/kitajima/hole/bunka/200410.html
寮 美千子 へのコメント

■小西です。カフェルミをみていましたら、何やら意地の悪い書き込みがあって、不快な思いをしました。こういう悪意に満ちたものは即刻削除してゆけばよいのではないでしょうか。
■掲示板の維持の大変さ、同情いたします。管理人の誠実さを、悪意で返してくるような連中との向き合い方の問題になるかと思いますが、私は時間がもったいないという気がしてしまいます。
■インターネットの匿名性をよいことに、人を傷つける書き込みをする人間の品性や日常の姿はいったいどんなだろうかとついため息をついてしまいます。
■匿名の陰湿な悪意や、人との距離のとり方とか、議論の方法の問題をネット上の口論を見てよく考えますが、正直うんざりするなあというところです。
■取り留めのないことを書きましたが、私は寮さんを応援してゆきます。お元気で。

■【顕ちゃん】に告ぐ。君は、人のことをつべこべいう前に、自分が、どこに立っていて、何をしていて、どこを目指しているのかを表明するべきでしょうなあ。悪意に満ちた発言は、そっくり自分に跳ね返ってくるということです。コソコソしてみっともないっすよ、【顕ちゃん】。まあ、素朴にいって外務省は、なかなか就職できないでしょうし、物書きとして食べていくのは本当に大変なことですよ。キミはどうなのさ、【顕ちゃん】よ。


http://www.infoeddy.ne.jp/kitajima/hole/bunka/200410.html

寮美千子  削除 2004年10月13日(水)13時57分04秒
寮 美千子 へのコメント

ご自分のサイトで寮美千子の悪口を書くのは勝手ですが、
荒らし目的でこの掲示板に入ってくるのはやめてください。
今後、このような書き込みがあったら、すぐに削除します。

でも、こんなふうにいろいろ想像してくれるなんて、
これも一種の愛? がはは。

顕ちゃん  寮 美千子 2004年10月13日(水)12時26分32秒

1)基本的にはお利口さんな子供だったんだろう。
2)それが思った進路に進もうとして失敗挫折。
3)何とか格好がつく就職を決めたものの・・
4)自分の能力の限界を思い知らされ長続きせず。
5)悪いのは自分を認めない社会の方だと思い込み。
6)左翼思想に傾注。。

寮美千子  感動は危険だ 2004年10月13日(水)02時18分54秒
すぐれた芸術に「言い訳」は必要ない へのコメント

補足します。
感動さえすれば、それはよき芸術か、という問題があります。

栗良平の「一杯のかけそば」は、感動の嵐を呼びました。
でも、あれはすぐれた作品ではなかった。
差別と思えるような問題点もたくさんありました。
「うっかり」感動させられてしまった、という人が多かったと思います。

ヒトラーも人々を感動させた。
その感動が、ナチズムの大きな流れになっていった。

オウム真理教で修行をした人々は
「身体コントロール」によって拓ける新たな感覚に感動した。
そこに「真実」があると思いこんでしまった。

「感動」は、それだけではよきものではありません。
何が自分のなかに感動を引き起こしたのか、
感動した時ほど、慎重に検証してみる必要があります。

太平洋戦争。
特攻隊の若者は「お国のため」「大切な人を守るため」と思い、
自分の命を捧げる感動を抱いて、死んでいった。
それを「感動」として受けとめる人々がいた。

9.11のビルに突っ込んだテロリストも、
きっとアラーの神に命を捧げる感動を胸に突っ込んだのでしょう。

感動はすばらしい。
灰色の日常に鮮やかな光を与える。
けれど、感動は危険です。

なにが、感動を呼んだのか。
感動に身を震わせたあとは、それをしっかり反芻することが、
とても大切なことだと思います。

寮美千子  すぐれた芸術に「言い訳」は必要ない 2004年10月13日(水)02時03分36秒
はじめまして。こんにちは。 へのコメント

私は「幻の蝶」で涙を流しました。
見える、見えない、面白おかしい様である、を超えて
心に何らジーンとくるものがあったからだと思っています。
それは、すばらしい体験をなさいましたね。ご自分の感動を、大切になさってほしいと思います。

残念ながら、わたしにはまったくそう感じられませんでした。それもまた「清水きよし」という芸人の芸が、人の心に与えた結果のひとつであると思います。

同じものを見てある人はいいといい、ある人は悪いという。そうなる理由のひとつは、受け手の資質にあります。すべての芸術が万人に感銘を与えるわけではない。ある人はいいと思い、ある人はそう思わない。自然なことです。

もうひとつ、受け手のレベルという問題もあります。ほんとうにいいものを知らない人は、まがいものに感動してしまう。それもまた、感動ではあるけれど。しかし、その感動は、芸術家を育てない。文化も育てない。それでよしとしてしまうと、そのレベルで停滞してしまう。カラオケでたがいにそこそこうまくなったら、それで楽しいね、ということならいいけれど、プロの仕事ということになると、これは問題です。

では、清水氏のマイムはどうだったのか。ほんとうはどうなのか?

ほんとうなんて、ないのです。その判定は、見た人個人に任せるしかない。いいと思った人にはいいし、そう思えなかった人にはそれだけのものでしかない。わたしは、とても水準に達するよきものには思えなかったけれど、SKYさんはすばらしいと思った。どちらが正しいなんて判断はできない。芸術に、いい悪いの絶対基準はありません。ですから、自分がいいと思ったものを、他者がいいと思わなくても、それはそれで仕方ないことです。

SKYさんは、自分が感動したものが酷評されてショックだったのでしょう。だから「わたしは感動しました」と表明したい気持ちはわかります。けれど、清水さんを擁護する以下のような意見はまったく的はずれです。
清水氏のマイムは、大げさな動きかもしれませんが、
舞台でやるには、演劇でも何でもなんですが、大きく動かなければ、
後ろでも見ている人には何をやっているのかがわからないのではないでしょうか?
大袈裟であることが充分に美しければ、わたしも文句は言いません。技量のないことを大袈裟な動作でごまかそうとすることに、わたしは我慢がならないだけです。観察に基づいて自分でクリエイトした動作ではなく、パントマイムのパターンにはまった動作をすればそれでよしとしているようなその動きに、うんざりさせられただけです。
管理人様は、舞台に出て芝居などのパフォーマンスをしたおありなのでしょうか?
掲示板は、半公共の場ではありますが、誰かの家のお庭でバーベキュー・パーティをして、みんなでおしゃべりしているようなものでもあります。他人の家の庭に入って発言するのに、その家の主人が誰であるか、何をしている人であるか、ある程度は心得るのが礼儀というものです。寮美千子は文筆を生業とし、その意味では半分公人です。調べれば、わたしは何をしているのかすぐ分かります。このHPにも、いくらでも手がかりはあります。それを調べもしないで発言するのは、失礼です。この際、親切でいいますが、わたしはかなり頻繁にパフォーマンスをしています。
たぶん、管理人様が思うような感じで清水氏が話されたわけではないと
わたしも思います。
なぜなら、実際にわたしは清水氏と食事やお酒も一緒に飲んだりもして
「私的」な部分も少なからずとも知っていますので。
その場にいなかった人が、なぜそのような憶測でものをいえるのか、理解に苦しみます。

第一、舞台でそのような印象を与えたのならば、観客にとっては、それがその人の表現のすべてです。その人が普段どんないい人か、心やさしい人かなんて、まったく関係ありません。

もし、その人の「私的」な部分を考慮しないと、その人の表現をよきものとして受け取れないようなものだとしたら、それはもう、その時点で、プロの芸術家としては失格です。

芸術家は、表現こそが勝負です。舞台なら舞台がすべて、小説家なら小説がすべて。その人がいい人かどうかなんて、まったく関係ありません。プロというのは、そういうことです。見ず知らずの人を感動させられなくては、プロとは呼べません。

あの人はいい人だから、心がきれいだから、やさしいから。そういう理由でその人をサポートしたいと思う人がたくさんいて、そういう人々に支えられてその人の芸術活動が成立しているのとしたら、それはアマチュアです。プロとは呼べない。

わたしは、清水さんの仕事にそのような匂いを感じてしまいました。

もちろん、そういうコミュニティーに支えられて成立する芸術というものがあっても構わない。歌のうまいおばあさんや、昔話の上手なおじいさんがいて、そういう人が学校なんかで講演したりするのは、うるわしい話です。でも、それはそういうものです。お金を取って公演するプロの仕事じゃない。

いやしくもプロをなのっている芸人が、結局はそういうコミュニティーに支えられ「教育」という特殊な場で棲息していることに、わたしは憤りを感じます。半端な芸を見せられる子どもたちを、心底気の毒だと思います。

半端な芸を半端だと感じる感受性のない指導者たちも糾弾したくなります。大事な税金を使うなら、ちゃんと勉強して子どもたちに「本物」を見せろといいたい。「本物」を見抜く目を、まず指導者自身が養ってほしいと思う。「あの人、いい人だから」なんていうコミュニティーの評判なんかで安易に決めないでほしい。
清水氏自身も自分の作品が古風であると言っておられました。
でも、それもまた「味」あっていいのではないしょうか・・・
古風が悪いと言っているのではありません。古風で美しいもの、麗しいものはいくらでもあります。それが少しも美しくなく、単に古くさいとしか感じられなかったことに文句を言っているのです。パターンにはまって、それでよしとしている月並みな表現にうんざりしているのです。
ちなみに、イッセー尾形さんはマイムではありません。芝居です。コントです。
芝居は台詞もあり、小道具もあり、表現するものがたくさんあります。
だから、マイムより面白いし、わかりやすいのは当たり前なのではないでしょうか?
贔屓の引き倒しとは、このようなことをいうのでしょう。マイムだろうが、コントであろうが、いいものはいいし、わかりやすいものはわかりやすい。マルセル・マルソーのマイムは、どんなお芝居よりも直接心に訴えました。言葉ひとつなく、大道具小道具のひとつもなくても、そこにすべてが見え、その動作は、限りなく自然で美しく感じられ、そこにいるマルソーの哀しみが、わたし自身の哀しみであるようにさえ感じました。マルソーとは、まったく違う文化を生きてきたわたしにも、そう感じられたのです。

すぐれた芸術家には「言い訳」は必要ありません。異文化だから理解できないとか、そんなことは関係ない。人間の根源に触れるものは、文化も人種も宗教も国教も超えて、人の心に訴えかけます。

こうだから、仕方ない。ああだから、こうでしょうと擁護するのは、つまりその芸術家の芸が、何か言い訳をしなければならないようなものでしかないことの証拠になってしまいます。

わたしが見た1年9ヶ月前の清水きよし氏の芸に対して、わたしは良き評価を与えることはできません。踊りの好きな一人の障害児に観客の目を奪われ、自分に人々の目を引きつけることができなかった清水氏。「あっちの方は無視して、こっちを見てください」と舞台で発言したということは、芸人として負けを認めたということです。たったひとりの、素人の子どもの動きにすら、勝てなかった。

あれから1年9ヶ月。清水氏の芸術が、SKYさんをそこまで感動させる域に達していたことを祈るばかりです。

SKY  そうですね 2004年10月13日(水)00時47分54秒
ここは、覚悟のいる掲示板です。 へのコメント

掲示板について、もちろんそうだろうと思います。
日記や、過去ログ読ませていただきましたので。
でも、
正直、管理人様のことはサイトを見る限りだけの
情報でほかの事は分からずに書いています。
どうして、知らなければならないのですか?
興味もないし、管理人様のことを調べてたわけでもないのに。
それに、管理人様は有名な方のようなので、確かに、検索すれば、
何かしらの情報が得られるでしょう。
でも、一般人なら何も出てこないでしょう。
この書き込みをするとき、ここにあるだけの情報で書き込みをしては
いけないのでしょうか?
規則みたいなところに、管理人のことを調べてくださいと
書いてあったのでしょうか?
もし、あったのならば、お詫びいたします。
でも、一般に公開されている掲示板に
どうしても書きたかったことを書いてはいけないのしょうか?
ならば、会員制の掲示板にしたほうがいいのではないのでしょうか?
一般に公開しているのならば、
普通に通りがかり挨拶ついでに書き込みをしてもいいと思うのですが、
ここは許されないのでしょうか?
許されないのなら謝ります。申し訳ございません。

といっても、すでに書いてしまったもの。書いた責任は取りますが。
ですから、ルールのようなものに則って、軽く自己紹介みたいなものは
書いたつもりです。

1年半前のことについてのレスとありましたが、
ネット検索でひっかっかってきて、確かに、書いた日の日付はありましたが、
それは過去をほじくってるのか?と言いたいのでしょうか?
そんなつもりはありません。もし、そのように受け取られたのならば、
仕方ありません。確かに過去の話を引っ張り出して書いてますので、
否定はしません。

それだけに関わるとまた、長くなりそうなので・・・
本文の件に話を変えますが。
本文に感じ方はひとそれぞれだと初めにも書いておいたのですが、
管理人様がどう思うか、否定して書いたつもりもありません。
好みの問題もあるでしょうし。
でも、そこまで言うのならば。。。と疑問に思ったことを書いたまでです。

たまたま、また来ましたが、
たぶん、もう、書き込みはしないでしょう。
たまたま通りがかり、たまたま、疑問を持ち、書きたくなった。
それだけです。ネットってそういうのもありだと思いますし。
(すでに責任回避してると思うのならば、それでも構いません)

貴方様が管理人様のファンであるように、
私も清水氏のファンである。それだけのことです。

さようなら。

左近充 円  「遠くをみたい 星の贈りもの」予約しなくっちゃ・・・ 2004年10月12日(火)23時05分15秒 http://www3.synapse.ne.jp/kouko/

寮さん、お久しぶりです。お元気そうでなにより。
「青いナムジル」がラジオドラマになったり、「遠くを見たい 星の
贈り物」の本が出たりで大忙しなのでしょうね。
早速、本の予約しなくっちゃ。楽しみ楽しみ。
ええと、台風が3回も来て、鉢植えの避難場所と化していマコマケナ
天文台が久しぶりに稼動、初夏に撮った白鳥座の網状星雲で、晩秋の
空の「カニ」を捕まえました。なんかもじゃもじゃしてるから、きっと
「毛蟹」なんでしょね。
画像はここです↓

http://www3.synapse.ne.jp/kouko/M1.htm

silica  ここは、覚悟のいる掲示板です。 2004年10月12日(火)19時50分48秒
はじめまして。こんにちは。 へのコメント

SKYさん。私はここの掲示板登場歴約3年半で、その前に約半年間の見るだけ期間がありました。(私の自己紹介は検索すると出てまいります。)
SKYさんの書き込みは、ついこの間感動なさったという公演の気持ちを1年9ヶ月前の公演感想に対してぶつけていらっしゃいます。ファンとしてのお気持はよく伝わってまいりますが、作家の寮さんが御覧になった時の経験をひとつの糧としながら、SKYさんの感動へつながったとはお思いになりませんか?
そして、書き込みをなさる前に寮美千子さんの作品を読んだり、くまなくこのサイトをはしからはしまで御覧になったうえで、ご決心のうえで、ご意見されていらっしゃるでしょうか。
以前、寮さんの意見に対して、ご自分の感想を述べられたkiyomi様は、寮さんを直接ご存知でもいらっしゃるので、そのときの寮さんのお気持もよく汲んでいらっしゃいます。そして、なおかつご自分の素直な感想も述べていらっしゃいます。
私が感じる寮さんは、「子供へ渡す作品にまやかしは許さない。」という非常に厳しく、やさしい目です。いつもご自身へ投げかけていらっしゃると思います。

SKY  はじめまして。こんにちは。 2004年10月12日(火)17時39分53秒
やけどしそうなコメント・・・ひしひしと感じる寮さんのあったかい「子ども」ごころ へのコメント

ついこの間、「清水きよしパントマイム「幻の蝶」の公演」を
見て感動したSKYといいます。その後、清水氏のマイムのワークショップも受け、
その感動と余韻をひきづるようにネットで清水氏のことを検索していたら
このページがひっかかってきました。

正直、とても、ショックでした。辛口というより、酷評と受け取りました。
でも、ひとそれぞれ感じ方もあります。
それに、確かに、清水氏のマイムは、何ら障害のある子どもたちにとっては
難しいものだったかもしれないとも思います。
健常である大人の自分でさえ、考えて見なければわからない抽象的な作品も
あると思うからです。
しかし、私は「幻の蝶」で涙を流しました。
見える、見えない、面白おかしい様である、を超えて
心に何らジーンとくるものがあったからだと思っています。

清水氏のマイムは、大げさな動きかもしれませんが、
舞台でやるには、演劇でも何でもなんですが、大きく動かなければ、
後ろでも見ている人には何をやっているのかがわからないのではないでしょうか?
管理人様は、舞台に出て芝居などのパフォーマンスをしたおありなのでしょうか?
講演にしても、マイクがあったとしても、大きな声で話さなければ
後ろには聞こえないと同じような感覚だと思いますが違いますか?

こどもたちとの会話の部分が日記からはよくわかりませんが、
たぶん、管理人様が思うような感じで清水氏が話されたわけではないと
わたしも思います。
なぜなら、実際にわたしは清水氏と食事やお酒も一緒に飲んだりもして
「私的」な部分も少なからずとも知っていますので。

最後に作品についてですが
清水氏自身も自分の作品が古風であると言っておられました。
でも、それもまた「味」あっていいのではないしょうか・・・
時代は巡って、レトロなもの、復刻版、古きよき時代。。。が流行ってますから。
ケータイ、ゲーム、パソコン、今の先端をマイムにしても
面白みがないようなそんな気がします。
ちなみに、イッセー尾形さんはマイムではありません。芝居です。コントです。
芝居は台詞もあり、小道具もあり、表現するものがたくさんあります。
だから、マイムより面白いし、わかりやすいのは当たり前なのではないでしょうか?


小西昌幸(北島町立図書館・創世ホール館長)  種村季弘先生の追悼文を書きました 2004年10月12日(火)14時00分01秒 http://www.infoeddy.ne.jp/kitajima/hole/bunka/200410.html

■ごぶさたしていました。徳島の小西です。先ごろお亡くなりになったドイツ文学者の種村季弘(たねむら・すえひろ)先生の追悼文を、職場の広報紙「創世ホール通信」2004年10月号の「文化ジャーナル」に書きました。当該文章は、10月12日から「北島町のホームページ」で読めるようになっています。私は、泣きながらこの文章を書きました。リンクを入れておきますので、関心ある方はお読みください。
http://www.infoeddy.ne.jp/kitajima/hole/bunka/200410.html
■検索の場合は「北島町のホームページ」→「創世ホールだより」→「文化ジャーナル」2004年10月号で読めます。この中で触れている昨年種村先生が寄稿してくださった文章は「文化ジャーナル」2003年5月号に掲載されています。
http://www.infoeddy.ne.jp/kitajima/hole/bunka/200305.html
■追悼文の末尾に写真を掲載していますが、手違いでキャプションが入っていないので、この場で補足を。
【▲98・3・14 北島町立図書館にて 左から内藤憲吾氏、種村先生、小西】
■澁澤龍彦さんも、土方巽さんも、中井英夫さんも、すでに亡くなって久しいですが、種村さんまで天国に旅立たれてしまいました。本当に寂しいです。
■昨年9月にアイルランド音楽コンサート、10月に徳島県読書振興大会(ポプラ社・田中治男会長+出版芸術社・原田裕社長の講演)、12月に「上方講談師・旭堂南湖寄席2」、2004年1月に「遠藤ミチロウ・ライヴ」、2月末に「伊福部昭先生卒寿記念祭」(2日間、木部与巴仁氏講演会、野坂惠子さん演奏会)ととんでもないスケジュールで職場の催しをこなしてきたので、いっとき燃え尽き症候群のようになっていました。そこへ種村先生の訃報で本当にがっくりきています。
■寮さん、どうかくれぐれもご自愛ください。


http://www.infoeddy.ne.jp/kitajima/hole/bunka/200410.html

寮美千子  絵本『遠くをみたい 星の贈りもの』10月25日 パロル舎より発売! 2004年10月10日(日)00時50分05秒

パルステラ・スカイウォーカー女史がこの夏の間、ずっと宇宙旅行をしていたのは、実はこのためでした! 本日、ついに見本刷りが上がってきました。堂々の完成です!

東逸子・画 寮美千子・詩
『遠くをみたい 星の贈りもの』(パロル舎刊)千五百円

今年一月「ポエトリー・リーディング小惑星8304」の時に発表した作品「遠くをみたい」に、東逸子さんが、すばらしい絵を描いてくださいました。遠い宇宙の果てしない広がりを描きながらも、いまここに生きる人間の深い哀しみや、限りないやさしさが伝わってくる絵です。さすが、と脱帽! そして、東さんに深く感謝!

発売は10月25日。書店には、今月末に並ぶと思います。まだ Amazon.co.jp に載っていないけれど、もうじき載ると思います。日にちを決めて一斉に Amazon.co.jp に注文したら、少しは順位が上がるかも、などと、姑息なことまで考えてしまうわたしではありました。東逸子さんのお陰で、すばらしく美しい絵本になりました。一人でも多くの人に、この絵本の存在を知ってもらいたい。そして、絵本にこめたことを伝えたい。

これは、西はりま天文台口径2メートルの望遠鏡「なゆた」の完成を記念してつくった絵本でもあります。絵本の中に、しっかり「なゆた」の姿も登場! 「なゆた」の完成記念祝典は11月11日。13日〜14日の両日には、一般向けのイベントもあります。13日には、わたしも会場でこの絵本を朗読させてもらいます。

宇宙の果てまで見えるという「なゆた」。人はなぜ、そんなにも遠くを見たがる生き物なのか? 生まれつき、宇宙の果てまで飛べる翼を心に持ったわたしたち。そのわたしたちが、超えられないはずがない。憎しみという壁を。

『楽園の鳥』の主人公ミチカは、実は、こんな絵本を制作する童話作家なのでした。

パロル舎のサイトに新刊紹介が載ったら、またお知らせします。よろしくお願いします! 

寮美千子  『青いナムジル』ラジオ番組化、決定! 2004年10月05日(火)19時30分53秒

モンゴルの民話に材を取った絵本『青いナムジル』が、NHK第2放送の「おはなしでてこい!」という番組で、放送されることになりました。この番組は、半世紀の歴史を持つ長寿番組。わずか15分間という枠ですが、そのために、独自に作曲・録音もされるという贅沢なつくりです。

絵本の文章は長くて、とても15分に収まらないので、放送用に短いシナリオに書き直さなくてはなりません。他人に要約されてしまうのはいやだったので、ぜひにとお願いして、わたし自身で書かせてもらうことにしました。

宮澤賢治の論文を終えて、さっそく取りかかり、すでに第一稿が完成。こうやって短くしシンプルにしてみると、さらにその神話的な感性が強くなったように思います。ここに、新たに作曲された歌や、馬頭琴の響きも入ったら、とてもすてきなものになりそうです。

ちょうど「『青いナムジル』でCDを作りたい」という音楽家チームからの要望があったところなので、もしかしたらこのチームでラジオ番組作成もすることになるかもしれません。

短くしたシナリオでは、音楽のチームと組んでのパフォーマンスも可。いつか、そんなことも実現できたら楽しいなあと夢が広がります。放送予定は、次の通り。まだまだ、これから制作ですが、乞うご期待!

平成17年2月4日(金)午前9:50〜10:05 ラジオ第2
平成17年2月5日(土)午前9:50〜10:05 同(再放送)

★「同時発売のビッグニュース」っていうのは、これとは別です! お楽しみに!

  どきどき、わくわく。 2004年10月05日(火)01時29分30秒
芸術の十月! へのコメント

同時発売のビッグニュース。わあわあ。わくわく。なんでしょう。なんでしょう。
(おたのしみ!)

七戸優さんの個展、青木画廊からのお知らせが届きました。
両端を中に折られたご案内、個展のタイトルのロゴもすてきでした。
こちらも楽しみです。


DORONKO  ホッとしました。 2004年10月04日(月)09時56分06秒
芸術の十月! へのコメント

しばらく寮さんのカキコが途絶えていたので、「忙しいのだろう」とは
思いつつ、気がかりではありました。

久々のカキコに、ホッとしております。

さて、これからのことだけれど、いずれこのカフェルミも、Blogへの
移行を考えるのもアリなのかな?などという気がしています。

かくいうぼく自身、「Blogって何?」ということが、なかなかよく
わからなかったのですが、以下を読んで、ようやく納得できたところです。

ひとまずのお知らせまでに。

――ただ、Blogにしてしまうと、ちょっと「カフェ」とは言いにくく
なってしまうかも知れないけれど。

http://blog.livedoor.com/blog.html

寮美千子  芸術の十月! 2004年10月03日(日)19時07分39秒
▼遊星たちの消息:Platonic 七戸優展 へのコメント

■山本健治〜ヒーリング特集『植物模様』
山本さま。ご投稿ありがとう。『植物模様』は現代音楽というジャンルに属しながら、耳にやさしく、かといっていわゆる「癒し系」とはひと味違う深みを持った音楽。心のごく深いところに不思議な安らぎと輝きを与えてくれます。コンサート、いよいよ来週ですね! 11日、大塚「WELCOME BACK」にて。

■Platonic 七戸優展
看護婦少女の「健全な迷宮」です。12日から銀座・青木画廊で。

■渡辺千尋新作銅版画展
門坂流氏の古いご友人の個展。メゾチントが誘う闇と光の迷宮。16日から松明堂ギャラリー。

■寮美千子情報
望ちゃん、こんにちは! 『楽園の鳥』は10月末、講談社より発売。
残念ながら本文の挿画はありませんが、硬質なすばらしい出来です。
実は、もうひとつ、同時発売のビッグニュースがあります。
近日発表! 乞うご期待。

  「楽園の鳥」10月末の発売 2004年10月03日(日)16時27分37秒 http://www.h4.dion.ne.jp/~eulalie/top.htm
楽園の鳥/表紙ラフあがる! 装丁画・門坂流氏、デザイン・平野湟太郎氏  へのコメント

お疲れさまです&おめでとうございます。
本として手に取れる日をながく楽しみにしていました。
掲載時を思い出しながらまたゆっくり物語を追っていくことができます。
門坂さんの絵が表紙とのこと長く目にすることのできる味わい深い本となるでしょう。

掲載時の日置由美子さんの挿画は掲載されるのでしょうか?

山本健治  はじめまして 2004年09月23日(木)19時53分42秒
▼遊星たちの消息:山本健治〜ヒーリング特集 今のあなたが見えてくる へのコメント

山本健治と申します。皆さん、はじめまして。どうぞよろしくお願いします。
会社勤めをしながら、ピアノ演奏をしています。
来月、ライブハウスで「植物文様」という曲と絵のコラボレーションを行うにあたり、植物文様のキーワードでインターネットの中を歩いていましたら、偶然にもこちらの掲示板に掲載されていた7月30日の植物文様のコンサートの告知にお逢いしました。
そのような縁から、先ほど掲示板に私の公演のご案内をさせていただきたという次第です。

植物文様は、現代音楽の難解さはなく、かといって聞きやすいだけのヒーリング音楽という感じでもなく、演奏者としても聞く側としてもとても創造性を刺戟してくれる優しさと暖かさを持っているとつくづく思います。

この曲のピアノ譜が音楽の友社から出版された2000年12月より4年近く、植物文様に接してきました。明日館では、過去踊りとのコラボレーションもありましたし、他では現代能や語りでの様々なアーティストと共演されていますが、私も私のパートナー(絵)と植物文様を皆様にお伝えしていきたいと思っています。公演の詳細は掲示板に載せておりますので、ご参照おねがいします。



ここまで読んでいただいてどうもありがとうございます。

http://ryomichico.net/bbs/planets0006.html#planets20040923193845

寮美千子  本日午後7時より ラシエット朗読会! 2004年09月16日(木)16時47分41秒
▼遊星たちの消息:ラシエット ポエトリー・リーディング No.3 へのコメント

とうとう3回目を迎えた「ラシエット ポエトリー・リーディング」。今月から、毎月第3木曜の月例イベントになりました。今回はどんな詩人たちがやってくるか?

ALS(筋萎縮性側索硬化症)で闘病中の千葉の舩後靖彦氏が、ご本人は来られないけれど自作の詩を友人に読んでもらう、とのことで遠隔参加してくださるそうです。

寮美千子は、宮澤賢治の「春と修羅」の序と「農民芸術概論綱要」の一部、賢治に捧げる自作の詩を、作曲家・高橋喜治氏のピアノとのコラボレで朗読の予定。9月21日は宮澤賢治 (1896−1933)の命日です。

みなさんも、どしどし参加を! お待ちしています。

↓舩後靖彦氏のHPはこちら。

http://www1.odn.ne.jp/~aae03880/index.html

寮美千子  楽園の鳥/表紙ラフあがる! 装丁画・門坂流氏、デザイン・平野湟太郎氏  2004年09月15日(水)13時33分47秒
出版のお知らせ、有難うございます。 へのコメント

▼古沢さま みなさま
ご声援、ありがとうございます。
ともあれ、この小説との関わりには、何か時間、空間を超えた不思議な縁のようなモノを感じています。生命的共感といったことでしょうか。 by 古沢広氏
感激。そんなふうに感じてくださっている読者の方がひとりでもいると知ることは、大きな励みになります。

▼門坂流氏の版画によるカバー・デザイン
あさって、表紙カバーのデザイン・ラフが仕上がってきます。まだ公表できませんが、思いっきり大胆な、しかもクールなデザインです。デザイナーは、猪熊弦一郎美術館国立博物館の法隆寺宝物館のサインデザインなどを担当した平野湟太郎氏。装丁の絵は、門坂流氏の銅版画です。

表紙に使用する版画は3枚。目黒美術館の「線の迷宮展」に出品された「渦潮」と「山峡」。そして、背表紙に「アンモナイト」です。「収束」と「拡散」、そして「時間」がテーマの表紙です。

わたしもまだ、表紙のデザインは、ファクスで送られてきた縮小のものでしか見ていません。束見本(実際の本と同じ製本をした真っ白な本)にカバーを巻いてみたものを、あさって見ることになります。編集担当の宇山日出臣氏が「すごいですよ。本を開いたところがまた迫力です。これはもう、本というより、ひとつの工芸品です」とおっしゃってくださいました。楽しみです。わくわくします。

▼10月末に発売
書店に並ぶのは、10月末になりそう。お待たせしてすいません。

いま、初校を再び校閲室に戻して見てもらっているところです。つまり、校閲室で再校をとっているところ。これに2週間かかるそうです。じっくりと、細部まできちんと見てくださる校閲室に感謝。丁寧な本作りをしてくださっていることを、ひしひしと感じます。

本は、長く残るもの。この忙しい時代に、出版社が単に効率優先ではなく、じっくりと本作りをしてくださっていることに、感謝しています。みなさまにはお待たせして恐縮ですが「これは!」という本を手渡せるはずと確信しています。よろしくお願いします。

古沢 広  出版のお知らせ、有難うございます。 2004年09月13日(月)12時24分40秒
『楽園の鳥 カルカッタ幻想曲』出版予定について へのコメント

カルカッタ幻想曲、との副題がついての小説「楽園の鳥」出版が、愈々実現が目前のようですね。秒読み段階と言った処なのでしょう。 読者の一人として、単行本のぺ−ジを繰る日々が、それこそ幻想に終らないのが、実に嬉しいことです。 しかし、幻想の中に真実が厳として存在するのも、また人生の妙と言えるのかも知れない、などと想ったりしています。 ともあれ、この小説との関わりには、何か時間、空間を超えた不思議な縁のようなモノを感じています。生命的共感といったことでしょうか。 言葉に表わすと、微妙に違ってくるのですが。
  一つの小説の誕生と完成に、或る期間、身近な感覚で遭遇できたことに、あらためて感慨と感謝。

寮美千子  本日 本多信介の「稲毛な夜」ライブ 2004年09月11日(土)18時29分33秒
▼遊星たちの消息:本多信介 Live54 in Full House へのコメント

▼みなさま
本多信介の「稲毛な夜」ライブ。
もうすぐ始まります。みんな、稲毛の「フルハウス」へ走れ!
極上の「大人少年の時間」楽しめるはずです。
信介さん、もうビール飲み始めているだろうなあ。
わたしも行きたかったのだけれど、仕事が終わらなくて出られません。
残念!

▼ムー大陸さま
夏にホテルに一週間滞在して避暑なんて、うらやましい。
それも、日本で!
いつかそんな優雅な暮らしがしてみたい!

ネバーランドの階下の店「びすとろスウ」は、いつも看板だけ見て、
入ったこと、ありませんでした。
行動範囲のめちゃめちゃ狭い寮美千子です。
ピンポイントからピンポイントにしか動いていません。
下北沢とのつきあいも古いけれど、足を踏み入れたことがあるのは数軒のみ。
いいお店のようですね! こんど!

ムー大陸  ネバーランドの下の店 2004年09月11日(土)03時19分58秒 http://www003.upp.so-net.ne.jp/immig/

毎年8月には、志賀高原のホテルに1週間程滞在し、近くの山を登ったり、温泉に入ったりしてしのんびり過ごしています。ただし、一昨年と昨年は諸般の事情により(寮さんは知っているだろうけど)、中止したので、忘れ去られるといけないと思い、今年は休みを取って出かけました。
ここのホテルには、ルソーの経済論の研究をしている某公立経済大学の教授(以下、「ルソーの先生」と略します)とか、平家物語を教えている短大の教授とかが論文を書きに毎年来ています。変わった人もいて、某私立進学高校の数学の先生は、なんと7月末から9月初旬までホテルに滞在してマラソンの練習をしています。以前は宝塚ファンで散財していたそうです。
今年は、ルソーの先生と笠ケ岳とか鉢山に登りました。平家物語の先生は登山口まで行って結局登りませんでした。
ところで、今週の水曜日に、ルソーの先生が僕の試験合格祝い(昨年のですけど)を兼ねて行きつけの店でごちそうしてくれるというので、下北沢に行きました。地図を見ると、寮さんに3年位前に連れて行かれたネバーランドの近くのようだったので、行ってみると、なんと、ネバーランドの1階でした。偶然というのが結構あるんですね。
その店は、「びすとろスウ」という名前で、そこの古谷さんという人は、某大学の電気工学科を卒業したけれどもそういう関係には進まず平凡社とかでデザインの仕事をやっていたそうで、ルソーの先生は、自分で書いた学術書の装丁をお願いしたそうです。見せてもらいましたが、綺麗にできていました。
ルソーの先生は民謡の教授の資格を持っていて、時々その店で歌ったりするんだそうですが、その店では常時ジャズがかかっているので、ちょっと違和感があるような気がしました。
信じられないのですが、その店は、たまに土曜日に営業する他は、水木金しか営業していないそうです。餃子とか、納豆チャーハンとかが出ましたが、なかなかおいしかったです。日本酒も各種取り揃えていました。
寮さん、今度行きませんか?その後ネバーランドに行きましょう。

寮美千子  自己の姿を隠したままコラボレの相手を求めるのはアンフェア 2004年09月08日(水)19時17分03秒
コラボレーション プロ アーテイスト 探しています。 へのコメント

▼art pianoさま
本気でコラボレーションの相手を探していらっしゃるなら、次のことが必要です。

1. 自分が何者であり、どんな音楽をつくる者なのかを、きちんとアピールする。
2. コラボレを希望する相手への書き込みならば、相手の作品のどんなところが心に触れ、どんなことをしたいのかをきちんと提示する。

名前も分からない。「海外生活留学経験あり」といっても、どこの国で何をしていたのかわからない。「巨匠ピアニスト音楽家に師事」の巨匠とは一体何を指すのでしょう。これでは「単なる情報」にすらなっていません。

経歴以前に、いったいどんな音楽をつくる人なのか、さっぱりわからないことが問題です。むしろ、その音楽さえ分かれば、経歴なんてなくてもいいようなものです。

自己の姿を隠したまま、コラボレーションの相手を求めるのはアンフェアな態度です。

art pianoさんは、まったく同じ書き込みをコピペして10カ所以上の掲示板にお書きですが、きちんと相手とコミュニケーションをしようとしていない、このような一方的な書き込みの態度は、困ります。

まず、ご自分のHPを立ちあげて、そこで正しく自己紹介をし、ご自分の音楽も紹介し、コラボレーションの相手を求めてたり、情報収集をなさったほうがいいと思います。

▼みなさま
なお、今後このような一方的な書き込みがあった場合は、断りなしに削除しますので、ご了承ください。

art piano  コラボレーション プロ アーテイスト 探しています。 2004年09月08日(水)15時08分59秒

はじめまして。

突然の書き込み、(貴重なスペースを)大変失礼致します。

私は、ピアノ楽器奏者(インストラクター,アンサンブル,レ
クチャーコンサート,音楽療法演奏)などをしておりますが、
ギャラリー,ミュージアム 建物etc.などで、
<アート作品の一部>として
音楽(ピアノ楽器演奏)を取り入れて頂いて下さる方を、
探しております。
そして、
コラボレーション ‘プロ アーテイスト’の方々を、
探しております。

御興味おありな方や、情報等お持ちな方、
御連絡頂けましたら 大変幸いでございます。
 どうぞ 宜しくお願い致します。

〓(単なる情報なのですが、)
私は、桐朋音高〜音大ピアノ演奏学科卒で、
海外生活留学経験あり、巨匠ピアニスト音楽家に師事し、
東京都住在です.

勿論 ジャンル問わず、アート大愛好家!!です。

この度は、御忙しい中、私事のメールを読んで頂きまして、
どうもありがとうございました。



寮美千子  『楽園の鳥 カルカッタ幻想曲』出版予定について 2004年09月04日(土)20時46分34秒
小説「楽園の鳥」の九月出版の日は? へのコメント

▼古沢広さま

ほんとうに長い間、忘れずに『楽園の鳥』を待っていてくださってありがとうございます。すでに、わたしの手はすっかり離れたので、あとは出版社の進行次第です。9月の予定でしたが、いろいろずれこんで、結局10月になるかもしれません。編集の方に、正確な予定を改めて問い合せてみます。

正式のタイトルは『楽園の鳥 カルカッタ幻想曲』になりました。「カルカッタ幻想曲」は副題ですから、大タイトルはやっぱり「楽園の鳥」です。

表紙のレイアウトなど、わたしもまだ見ていません。楽しみです。詳しいことわかり次第、ここでお知らせします。

古沢 広  小説「楽園の鳥」の九月出版の日は? 2004年09月03日(金)17時41分17秒

楽しみにしていました新刊、長編小説「楽園の鳥」が、講談社から出版されるのは九月と聴いていましたが、上旬、中旬、下旬、、、の何時頃でしょう? 分かっている様でしたら、お知らせ下されば有難いのですが。 よろしくお願いします。

リト山田  (無駄な努力か!?)追記 2004年09月03日(金)01時09分09秒
伊福部昭を聴いて写真家・勇崎哲史と語ろうぉ!!(?) へのコメント

私のメールアドレス変わってますのでよろしくどうぞ〜〜〜

リト山田  伊福部昭を聴いて写真家・勇崎哲史と語ろうぉ!!(?) 2004年09月03日(金)00時28分25秒

どうも、ご無沙汰しております。

9月19日(日)札幌キタラ大ホールにて日本フィル・ハーモニーの演奏会がありますが、そこで伊福部昭『ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲』が演奏されます。この曲は伊福部氏自身が最も気に入っている自作といわれ初演は戦後の東京ですが、作曲は戦争中の札幌で開始されたそうです。札幌で演奏されるのは私の記憶ではありません(どなたかご教授ください)。駒大苫小牧も優勝しましたので(なんのこっちゃい)ぜひ近隣から全国どこからでも聴きにきてください。

と毎度ワンパターンの告知にも飽きたので緊急企画!「伊福部を聴いて勇崎さんのオヤジギャグも聴こう!」じゃなかった題名の通りのことをやろうと今思いついて勇崎さんの了解を得ました。
会場〜未定! 会費〜未定!終了時間未定! もしご希望の方は山田までメールくださいね。19日の朝締め切りで〜す!!

*あぁどうせ1通も応募なくて勇崎さんと沖縄居酒屋で野郎2人で飲むんだろうなぁ。わっはっはっは(何がわっはっはだか)

http://www.kitara-sapporo.or.jp/contents/performance/200409/0919.html

マミ  待てば海路の日和あり 2004年09月01日(水)20時02分01秒 http://6545.teacup.com/mamy/bbs
石川賢治と宮沢賢治の不思議な関係 へのコメント

寮美千子さん,
石川賢治さんと始めて話した時に、ちょっとビックッリしました。仕事は夜だと言われたのです。写真を撮るのは夜ですか?と聞きました。バオバブの森には電気がぜんぜんないから、満月にはベストに撮れるって。夜に満月の光で下に枝の陰が見えるのです。ライトを使わなくても平気です。
石川賢治様の本が出たら、ぜひ、分かる人が掲示板に書いてください。
マダガスカルの民話の本については心配しないでください。遅いと思っているんけれども、私にとっては、「待てば海路の日和あり」という諺があるのですね。ということ、いつかマダガスカルの民話が出る機会があると信じています。その日にチャンスを掴んでください。

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