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東條慎生 2A「水のエンパイア」(連作「水」1) 2002年07月02日(火)20時41分50秒

 1.

 夜は雨の予感に湿っていた。空気も、木々も、そして空も僕も月も星も。中天にかかろうとする三日月は、空を覆う灰色の曇り硝子の向こうにあるおかげで、水に滲んだ絵具のようにその輪郭をぼやかせている。雲はそのおぼろな月を中心にして、光がそこから広がっていくように全体として微かに光っているかに見えた。それは、雲の裏に潜んでいる無数の星たちがかろうじて伝えることが出来た光なのかも知れない。部屋の窓から見える隣の畑からは、土が湿っているためか冷たい感触が伝わってくる。そして薄ぼんやりとした月明かりは木々の葉に落ちて、ささやかに光を返してくる。
 ―明日は雨が降るだろう。
 僕は空を見てそう思い、冷たい空気の入り込んでくる硝子窓を閉めた。遠く見える住宅街の、人がいることを主張している輝く灯は、硝子窓に浮かぶ水滴で散らばりながら砕けている。
 窓のそばを離れて机の上にあるオブジェの電源を入れると、装飾用の電球たちがそれぞれの色で虹のように光り出す。本当はこのオブジェは全体を氷で作っていれば完璧なものになっただろうと思う。水と氷で出来た完璧な球体。しかし、そんなものは部屋の空気が常時氷点下であるような、とてもじゃないが居住には適さない部屋でしか満たせない条件を必要とする。ここは北極じゃない。
 動き出したオブジェからはゆっくりとモーターの音が聞こえ始め、オブジェの中の青い水は音を立てて緩やかに流れ出した。水は傾斜のついた水路の中を余裕を見せつつ遡って流れていき、その頂上に行き着いた後、小さな滝となって緩やかに、浮き上がるように流れ落ちた。滝壺は水路の一番最初の地点に落ち込んでいて、そこからまた水路を遡って流れ出す。永遠の流れの中で、水は定められた水路を流れ続ける。このオブジェは、あの有名なエッシャーの「滝」の忠実な再現なのだった。しかし忠実に、というのはもちろん不可能だ。エッシャーの絵というのは二次元空間を認識する際に用いる枠組みの矛盾をつくことによって、その枠組みが捏造されたものに他ならない。そういうことを証明しているように思える。そんなものをどうやって現実に移し替えることが出来るのだろう。ことは絵の内部で行われている。しかし、だからこそ絵の内部において、額縁の宇宙の中で無限を構築することが出来たのだ。翻ってこのオブジェは、その絵の中の無限を無理矢理に現実に移植しようとした苦心惨憺の成れの果てでしかない。絵の中では、上っているのか下っているのか決定されることのない水路は、このオブジェにあっては上りであることを決定されてしまっている。そして、水は何らかの動力により水路を上り、流れ落ちる滝となって元の場所に戻る。余りにもあんまりな事態ではないか。これでは現実の力に対して僕は失望するしかないのかも知れない。しかし、やはり、ここには無限があると言うことを僕は体を打ち振るわせながら実感する。微かな動作音、僅かな滝の音、小さな永劫。それは僕が手に入れた唯ひとつの無限。
 見れば見るほど不思議なオブジェだった。スタンドに支えられてようやく自立することの出来る、球状の厚い硝子で覆われて、内部は水で一杯に満たされ、青色がかかった多少粘性のある水が、中に浮かぶエッシャーの水路を流れる。ために、かなりの重量がある。買って持ち帰るのにかなりの苦労をした覚えがある。ビニール紐の手に食い込む感覚が残っている。

 2.

 そういえば、あの店は今どうなっているのだろうか。僕がこのオブジェを買ったあの不可解な店。駅を出たところにある正面の通りから、幾分か裏にまわったところにそれはあった。あの時は学校が終わると、いつも友人たちと三人ほどで街をうろついていた。何が理由というわけもない、それでも僕らの間には何故か重い孤独が横たわっていて、それは独りでいるときよりも大きさを増していくのだけれど、かといってすすんで独りになることは出来ず、とにかくそう言うわけで僕らはいつも一緒にいた。そんな中、次第に彼らとの空気が弛緩して来て、誰にも受け取られることのない言葉が、三人の上に漂う日常の中で上滑りして今にも流れ去ろうとしている時、路地の裏手にふとほの見えた、その暗い影と金属の匂いのようなものを遠くから感じさせる店構えに僕の心は惹きつけられた。倦怠そのものが僕の中から掻き消えて、友人と共に歩き去る間にも、その印象だけは強くその場所と僕の間の水路を無理矢理にこじ開けてしまっていた。僕だけが独り振り返って眺めていた。
 それから僕は何度かその店を一人で訪れた。店の入り口は居並ぶ軒先の連なりに消えてしまいそうなほど幅が狭い、鰻の寝床式の縦長の店だった。入った店の中には不可解な代物が数多く埋もれていた。熱力学の法則で否定された永久機関を微小なモーターで動かして、無理矢理見た目にそれが本当に永久機関であるかのように錯覚させるインチキ歯車に、回転するメビウスの輪の立体的なホログラムを投影する機械、支柱の中を通して底から砂を汲み上げ永久に落ち続ける砂時計などなどが、無造作に重なり合ってぎゅうぎゅうと棚に押し込まれていた。そんなテクノロジーの力業で夢を無理矢理叶える、機械仕掛けの粗雑な店。その一角にそれはあった。そういえば、その店の奥に入る襖の上には横に大きく「Deus Ex Machina」―機械仕掛けの神、なんて書いてあった。仰々しいその文字とみすぼらしい店の中の不釣り合いはこの店のごく的確な要約に思えた。それとも、神を人造しようという店主の絶望的であるが故にふくれあがる希望なのか。それも、滑稽なほど誠実な。
 ―兄さん、エッシャーがお気に入りかい?
 店の主人は薄笑いを浮かべて話しかけてきたのだが、僕が何か応えて喋るまえにその主人は独りで滔々と語り出した。
 ―エッシャーは人気があるんだが再現するのが難しくてねえ、何しろ絵の中の錯覚を使って描いてるだろう?そうすると易々と立体化するわけにはいかないんだ、まあ、それでも絵の中の何分の一、いやいや何百分の一か、それくらいならこんな風にして触れる形にすることも出来るんだが、彼の絵にある完全性というヤツはもう全くなくなってしまうから、絵の人気に比べてこの立体オブジェは人気が薄くてね。それでもやっぱり絵の人気はあるわけだからそれでも買う人はそりゃいくらもいるわけだけども。で、君が見ているそれだけど、それは今一番新しく出来たヤツで、今までのものより遙かに完全に近づいたものだよ。何しろ全体をドームの硝子で覆うことによって、内部の水流の成分を変えて……
 売れているのか売れていないのか、店の主人の曖昧な話に曖昧に頷きながら、僕はずっとその水の中の滝を眺めていた。その時には僕はもう、この無限を何とかして手に入れたくなっていたのだ。そういえば、バイト代を貯めてそれを買った後はあの店を訪れていないことに今更気づいた。このオブジェがあればそれで良かったために、道具としての役目を終えたあの店には関心が消えてしまったのかも知れない。至極当然の成り行きだ。しかし、あの店主は僕の中で絶望的な希望をひたすらに追い求めるという、若々しい野蛮さをなお自分に課す強靱な人物像として捏造されている。それには今も好意を持っているのだけど、本人から得た印象ですらなく、あくまで僕の想像の中の人物像でしかない。もしかしたら、彼も彼の店に数多く並べられている機械仕掛けのインチキの一つなのだろうか。彼こそが機械仕掛けの神なのかも知れなかった。

 3.

 水。水を眺めていたためにふとある本を思い出し、どうにもそれを読み返したくなって机の脇にあるこの部屋の、ただ一つの本棚―組み立て式でその分安いが、途中で組み立て方を間違えて、一部の棚板の上下が逆になっている―から、薄緑色の背表紙の文庫本を取り出す。安部公房「デンドロカカリヤ・水中都市」。この本からは何とも言えない匂いがする。古本の匂いとも違う、おそらく糊の匂いが、読んだ当時のことを思い出させる。高校の頃、友達に勧められてから一時期この作家の本を読み漁っていたことがあった。いわゆる日本の作家には見られない特異な作風で、その世界の奇妙な設定や変なリアリティにはとても惹かれるものがある。開かれたページには「水中都市」、と不思議なタイトルが踊る。読み進むと初めから三行目で既にこんな台詞が出てくる。「ショウチュウを飲みすぎると、人間は必ず魚類に変化するんだ。現におれのおやじも、おれの見ている前で魚になった。」
 特に僕が読みたくなったのは後半の都市が水に沈むところで、僕はそれを読んでからというもの街の中を歩いているときによくその街が水に沈んだ光景を想像の中で思い描いていた。そこでは地べたを這いずり回るように歩き、肩をぶつからせて苦み走った顔をしながらこんがらがっていた人々が、自在に水中を浮游しているのだった。そしてその僕の世界に夕暮れの陽射しが射し込むと、それは時間に閉じこめられ時間から解放された、永劫の今に在る生きる琥珀細工に変貌する。現在は決して過去にならず、時をとどめながら結晶と化す人々は、未来も過去も持たずそれ故に時間を持たず、またそれが故に決して終焉を思い知ることがない。事象の特異点がそこにポカリと黒い穴を開けて人々や僕を飲み込んで、蠕動を続けるその食道はメビウスの輪なのでまた空から還ってくる。僕は太陽が砕け散って光の粒と渦の中に巻き込まれている光景を夢想し、水中に浮かんでいる感触を想像しては、恍惚とした感覚の中に溺れてみたいという願望を消せなかった。
 「水中都市」は一体どういう物語だったのだろうかと考えると、水の中で手を動かすような曖昧な感触しか返ってこない。幾つかの断片的なイメージが脳裏をよぎっては、通りすがりの本質は、一つにまとめることの出来ない魚の群れのようにあわただしく岩下に隠れてしまう。死を産む親父、間木の描く絵、水に沈む都市、死に変貌した親父、親父に喰われる念珠屋。そして、最後の文章を読み終えるときにはまた何かとんでもないものが通り過ぎていったような感慨に襲われる。その最後の文章がまた意味が分からないのだった。「この悲しみは、おれだけにしか分からない……」と作品は終わっている。僕にもさっぱり分からない、と内心叫びたくなるのだ。

 4.

 眼が覚めた朝はやはり雨が降っていて、休日のだるさが僕を布団の中にとどめていた。昨日よりも何かをたくさん積みかさねて重みを増した雲の塊から、耐えきれない水の屑が零れ落ちてしまっていた。雨の日には雪の時と同じように、降るものたちが音を吸収してしまい、部屋の中は一種隔絶した異空間かと思えるほど静かになっていく。雨の音はするのだけれど、それ以外の音が入ってこないためにより静けさが深まっていく。腕にぶつかった感触につられてみると、枕元に転がっていた文庫本がページを開いたまま裏返しで潰れていた。ちゃんと本を閉じて机の上に放り投げる。そうして寝床の中でまだ尾を引いている眠気を引き留めながらも、雨音に誘われて外の景色を眺めてみる。すると自動車が一台窓の下を走っていった。車は遠くの幹線道路へと流れ込んでいき、都市の動脈に合流して、その流れは自動的に動いているオートメーションの工場を思わせる。道路に立ち並ぶビルや商店は雨の中でも光を放っていて、昨日の水滴にぬれた硝子窓から見た街の風景とは違う感触だった。滲むように輝くわけではなく、霧に引き込まれるように遠のくのに、灯のせいでそこだけが強調された微かな存在感が僕に訴えかけている。通りを歩く人がとても少なく店の中にも人が見えない。道路には車が走っているが、乗り物にはいつも誰も乗っていないように見える。外の景色は霧に襲われて機械だけが生き残り、細々と活動を続けている人間の廃墟、機械たちの墓場のようだ。
 音が鳴る。それは自分の体の中から響いてくる音だった。ずっと外を眺めていたせいで、僕の心が次第に外へと溶け出して雨と同じものになってゆく。空になった殻の中で降る雨が、外の雨と同じだと言うことに気づいて、われもわれもと急速に溶け合い始めている。しかしそれはずっと快い感覚で、雨の鳴る心は、水が水平を保つために色んな所へ流れ込んでくるように、僕と世界との平衡を作り出していた。もしくは僕から外へ、上下の区別なく安定を得るまで延々と流れ込んでは引いていき、「滝」の形態に到達するまで続けられる。倦怠とうだつのあがらない安定に満たされて僕は前後不覚に眠りに落ちた。

 5.

 手を動かすのにひどく難渋する10センチ動かすのにもポリタンク一杯の灯油を持ち上げるときのように筋肉を緊張させなければならずしかしそれでも確固とした目的地がありそこへと向かう弛まぬ努力を己に強いることが必要であることだけは崩しようのない事実として知っている足を動かすことが出来ない何故動かないかというと厚さ一センチのゼリー状の物質が僕の足下を固めた上にまた二センチの厚さのよりゼリー性を増したゼリー状物質が足袋のように足を固めている上に三センチの厚さの前よりもゼリー性をいや増したアロンアルファ状となったゼリー状物質二乗が踝までを固めた上に4センチの厚さを持つよりゼリー性を格段に増しアロンアルファというより固まりかけたセメント状物質が脛まで折り重なって意地悪く僕を足止めしているからでその上にも様々の多層構造の邪魔者が連綿と連帯して僕を立ち止まらせ続ける手には何かが握られているのだが伝わるものは過去の思い出したくない記憶を想起させられるような汗みずくの掌と握られているものが折り曲げられていく歪みだけ目的地と焦燥感が激しく責め立てながら僕を一歩でも歩かせここから他の場所へと向かわせようとするのだが蜘蛛の巣の粘ついたいやらしい鬱陶しさで僕を取り囲み包囲網を固め囲繞する水のように透明ではあるがその実バラと棘の関係のように期待を裏切る厳しさを持つゼリーが一歩も動くことを許さない教師たちが千人集まって僕に対して今から説教を始めようとしているという危険な前兆を感じながらも手に握った疎ましい過去を落とさないように腕を上げて足を先に出そう膝を蹴り上げるように動かそう腰を負けないように持ち上げよう胸を突き出すように張り出そう肩を怒れる猪のようにいからせよう頭を闇雲に投げ出すように振り回そうと努力を重ねている3.2.4.8.9と数字がカウントダウンされていきさらなる焦燥が僕を包み込む中に背後からカウントダウンと同じテンポで足音が多重に積み重なった重低音が重く腹を共鳴させるそれは次第に近づいて来るのがはっきりと分かるようになりカウントダウンも45.70.88.25.31と少しずつ終焉が近づいていくのがひしひしと感じられ気も狂わんばかりの焦りに侵されて固められている途中の大仏のような僕や私やおれや我らは足音の近づいてくる時間を圧縮され押し固められ重くなって飛んできては害をなす雪の塊のように感じていた。そしてついには背後から無数の人間の気配が足音と共に強まり砂浜に首まで埋められたような情けない状態にいる僕のようなものの首のそばを太股から下だけの足の群れが怒号と轟音を轟かせながら行き過ぎていった音にぶれる景色が歪んで渦巻いて落ち込んで少しずつ釉薬を剥げ落とされていく
 39.99.87.66.46.001.54……

 6.

 眼が覚めたときの光景は、虹の中に住んでいる仙人が眠気覚ましに僕に見せてくれた千里眼の映像かと思われた。尾だけしか見えない彗星のような物足りなさを感じさせる、消えゆく夢の記憶に苛まれているのだけれど、体は言いようのない心地よさに包まれていた。心と体がまるで全然別の場所にいるのだ。その感覚の乖離が仙人の好意などと言う訳の分からない想像をもたらしたのだろうが、眠気の去った眼で見た僕の部屋は仙人幻想よりも非現実的だ。
 部屋は水に沈んでいた。僕の部屋が水に満たされて、ぼろアパートの狭い部屋は水で一杯になっていた。体を動かそうとしても水の抵抗でゆっくりとしか動かず、生温く体と同化するような感触と相まって小学校のプールでの友達とのふざけあいを思い出させた。そして焦燥感だけがさっきの夢から取り残されて僕の中に根を張り出し始めている。千里眼の映像と思われたのは窓から射す昼日中の光が水にぶつかり、砕け散ったその欠片が部屋の壁や家具やらをバラバラに跳ね回るように照らし出し、その反射が僕の眼を様々に突き刺したせいだろう。光の源を探るように部屋の隅々まで眺め渡して、「滝」のオブジェがいつもよりも光を放つ強さが増しているようなのを見つけた。錯覚だろうか。しかし錯覚と言うなら、この部屋の景色すべてが錯覚と言ってもいいようなものであることを考えれば、何も不思議に思うことはないのかも知れない。オブジェの放つ光もまた、壁や机の反射に突き動かされて飛び跳ねるように部屋の中を散らばっては、虹色の風景にまた一つのアクセントを添えている。もう一つの光の大元である蛍光灯の明かりは、海の中でダイビングをするものが上を見上げたときに眼に映る、バラバラに射す、揺動する光の剣となって僕を突き刺した。血の流れないことはひどく不思議な感じだ。オブジェはまた、ぼんやりとした光であるが故に周囲の埃や夾雑物を浮き上がらせる形で光らせ、その周囲は冷たい光を放つ深閑とした闇の中のひかりごけが宙を漂っているように見えた。
 うごめく静止画のような光景を映し出す、この水は一体どこから来たのだろうか。光の元を探しに、世界を確認するために窓の外を見ると、どんな景色でもこれほどの驚きを僕にもたらすことは出来ないだろうと思うくらいの景色が広がっていた。晴れた空、快晴。白く泡立つ雲もなく、空を覆う逆しまの椀の底に行くに従って濃くなる青が湛えられた空は眼に鮮やかで、流れ落ちてくるような空の下には陽光の中で浮かび上がる街並が広がっていた。遠くに見える道路にも赤血球や白血球が流れていて、そうか道路は白血球が多いのか、それはそれで健康上害があるのではないだろうか…。
 外から見ればこの部屋の中は、壁にはめ込まれた水族館の水槽のように見えることだろう。僕は泳ぐ魚だろうか。「水中都市」に出てきたように腕を水平にして、北海のミジンコの亜種みたいなクリオネのまねをしてみるとゆっくり体が浮き上がっていくので、僕はじっと動かずに水の中に揺られていることにした。そうしていると体が水の中に溶け出して、あたかも自分が部屋全体に広がってしまっているような感覚が湧き上がってくる。それは時間の感覚を忘れさせ、それが天秤の片方であったのか、反比例するように何故かデジャビュの感覚が強く膨らみ出した。過去こんな事態が自分を見舞ったことなどあるはずもないのだけど、何故かこのようなことがあった気がしてしまう。何かこれに近いことが本当はあったのだろうか。しかし、そんなはずは。いや、しかし、自分の記憶ほど実は自分自身にとって曖昧なものなどないのではないだろうかとも思う。「仮面の告白」じゃあるまいし自分の産まれたときの記憶など当然ないし、僕に記憶が始まった時というのがいつなのかもさっぱり思い出すことが出来ない。過去の事実の断片はそれこそぼろぼろと零れ落ちてくるのだけれど、果たしてそれをどこの隙間に填めれば僕のパズルは完成するのだろうか。そして完成したとしてもそれは一体何が、誰が完成を保証してくれるのだろうか。自分で自分の記憶を過信している人間こそ注意すべき人間ではないだろうか。僕は何も覚えていない。幼い頃に父親に蹴り飛ばされたあの世界がぐるぐる回る記憶が僕の最幼時の記憶なのだろうか。くるくるぐるぐる世界が廻る。ぐるぐるくるくる記憶が廻る。くるくるとぐるぐるはどちらが世界が廻る擬態語だろうか。ぐるぐる。くるくる。狂う狂う? 狂うが記憶の擬態語として適当なので世界はぐるぐる廻るものという風に決定されました。
 ぐるぐるぐるぐる世界が廻る、くるくるくるくる記憶も廻る。

 7.

 やはり携帯は邪魔者でしかない。自分でもそう思うのだけれど、持っていないと言うことはそれだけで現実との交通を遮断した廉で断罪されてしまうという、この御時世では空しい望みだった。白くなり始めた意識を引き裂いて鳴りだした騒音を止めるために、水の中を泳いで机に向かう。そういえばどうして呼吸が出来るのだろう。しかし、その考えはこの水の部屋が夢であった場合に、夢から覚める鍵になるような気がして、考えを広げる前に思考の奥底に押し込んだ。友人からだった。
 ―今から行っていい?というか、今オマエの家の前の道路にいるんだけど。
 ずいぶん唐突だった。そしてそれはちょっと待って欲しい類の頼みだった。ジャストアモーメント。
 ―え、やあ、いきなりだな。どうした。
 ―いやちょっと、近くまで来たからついでにな。
 来ること自体は問題はないのだけれど、この状況である。それまで考えが及ばなかったが、自分の部屋は水で一杯のためにまるで世界の時が停止したかのように錯覚していたのだけれど、実はそれは僕だけに訪れたわけで、自分以外の人々は日常生活をごく平凡に送りつつあることは当たり前のことなのだった。そして、その演繹としてこの学校のない日曜日に彼が訪れてくる目算が非常に高いものであることに気がつけかなかったのは失敗だった。いや、気が付いたとしてもどうすれば良いのか分からなかっただろう。
 ―じゃ、行くわ。
 との言葉を残して電話は切れ、すぐ後にアパートの階段を上る金属質の足音が響いてきて、それをカウントダウンのように感じた僕はひどく狼狽えながら何をして良いのかわからず、ただ震えて破局の時を待つ心境だった。
 不用心にもかけていなかった鍵を開けて扉が開く音がして、台所を抜けて部屋の引き戸を開けたときの彼の顔を見たときの僕の眼は、さぞ不安に押し広げられて瞳孔を力の限り開けていたことだろう。しかし、彼は水で一杯の僕の部屋に驚くわけでもなく、強いて言えば僕の表情の方に僅かな異変を感じたらしい怪訝な顔をしてやあ、と挨拶をした。
 その後、彼と僕が貸し借りしている本やCDの話を一くさり、そして次に何を貸そうかなどとごく普段の会話をしていた。
 ―そういえば、あいつこのまえ結婚したじゃん。
 彼はそう話を切りだした。たまに話題になる僕ら共通の知人の女性は、早々にも紆余曲折を経て結婚という僕らには遠い世界に至っていた。
 ―おれは結局アイツの結婚相手を知らないままだな。
 ―知らない方がいいかもな。おれは又聞きでいろいろ聞いてたからもしかしたらとは思ってたけど、その結婚相手の男っていうのが、実はものすごい暴力振るうらしくて、何かいきなり家庭の危機らしいよ。
 ―はあ? なんだそれ。酒乱か何かか?
 ―よくわからん。おれのところに何回か電話が掛かってきたんだけど、泣きながらどうすればいいのか聞くんだよ。そんなんおれにもわからねえし、とりあえず親に相談しろとか言ったんだけど、いろいろ親が難しいらしくてな
 ―あいつはどうしたいんだ?
 ―わからん。別れるとしても、ほら、親がな。
 ―ああ、結婚即離婚っていうのも親としてはまずい訳か。
 ―で、ある程度時間を見てこのまま続くようなら離婚も考えるし、収まるようなら収まるのを待つ、そういう感じらしい。
 厳格な親の性格が影響してか、即断出来るという状況下ではないらしい。親戚筋への見栄もあるのだろうか。しかし、暴力は結局循環することになる以外にないのではないだろうか。親が暴力を振るい、それが子も振るう原因にもなる。子が生まれた場合だけれども。
 ―本人どう思っているか知らないけど、別れる以外にないんじゃないか? 甘さを見せて結局ずるずると行ってしまうっていうのは多いらしいから。そういう暴力の常習者なら特に。
 ―そうか。
 言葉少なく彼は言い、沈黙が降りてきた。気まずく重苦しい話題の後には何かを言うのははばかられてしまう。何を言っても恨ましい感じが後の言葉の裏にも、笑いの底にも漂ってしまうのが、気恥ずかしい。
 しかし、何故彼にはこの部屋に充ち満ちた水が見えないのだろうか。僕の部屋を見たす水と光の散乱した光景に何も反応を返さないなんてことは彼の性格上あり得ず、ということは彼にはこの光景が見えていないと言うことに他ならない。普通に話をする間にも、一向に彼はそれに気が付かない。どういうことだろうか。僕の今までの体験すべてが何かの夢だと、幻だとでも言うのだろうか。それこそ仙人の見せた幻像だったとでもいうのだろうか。あの奇妙な夢が今でも続いているのだろうか、あの焦燥感にまみれた夢、どこかに行きたいのだけれど足はおろか体全体が何かにねっとりと絡みつかれて身動きが取れないという、屈辱と絶望が。あの泥にまみれた夢の微かな記憶が僕の中でまた流れ出して、僕はひどく不安になり狼狽えていた。その時、突然に彼が狂暴な唸り声をあげて激しく怒りの満ちた姿勢で僕に襲い掛かろうとした。とっさのことに轟然と吹き出してきた戦闘の空気に張りつめた僕の部屋は緊迫の度合いを増し、僕は彼に殴られまいと大上段から振り下ろされようとしている彼の腕を力一杯にはねつけて、その反射のように僕の右拳は彼の顔をぶん殴っていた。よろけて畳の上に倒れた彼。眼は血塗れのナイフのように鋭い憎悪とどんよりとした悪意が渾然となって僕を突き刺した。僕はその目線に耐えきれず、彼を口の限りに罵り部屋から追い立てた。彼は僕を視界に据えたまま恨めしそうな顔で、僕を睨め付けながら引き戸を閉じた。重々しく扉を開ける音がし、彼の階段を下りる足音がゆっくりと、断続的に鳴った。12回、階段の数より一つ少なく、音は止んだ。

 8.

 何が起こったのだろうか。瞬間に起きたその事態にひどく狼狽え部屋の中でうずくまり、唐突な不和の理由を探し出そうとしては挫折していた。一体何が彼をして僕に殴りかからせたのか。そして僕はその時突然、恐慌にも似た感情に押し流されて力の限り彼を殴ってしまっていた。明らかに過剰な反応だった。何故この部屋の水は彼には見えなかったのだろう。それが問題を解く鍵なのかも知れない。彼はこの部屋の中の水が見えず、それの引き起こす物理現象にも彼は頓着していなかったし、感じてさえもいなかった。ここに二重の現実があり、彼と僕の住んでいる現実は掛け違っていて、それが彼の突然の行動の原因なのかも知れない。しかし、それならば何故僕の部屋だけが水に没しているのか。この水は果たしてどこから来たのか。この混乱は何なのか……

 9.

 そして彼は、部屋の中でぼんやりと光っている「滝」に眼をやった。それは、性質を転じ彼に何か言いしれぬ不安を感じさせるものとして映り出した。心臓の音が高鳴るのを感じ、彼はゆっくりと「滝」に近寄った。硝子のドームと光る水路に流れる水、全体にまとう光の渦、無限と永劫の結晶体。彼はそれから出て机の脇のコンセントに繋がるコードの中程にあるスイッチを手に取った―OFF―パチンと音がして部屋の中は空気で満たされた。彼の唇は震えて声も出ず、手も震え、彼は地蔵のように固まった。しかし表情は穏和ではない
 ―つまりはこの「滝」こそが問題だったわけか。これこそが水源、世界の乖離を引き起こした原因だったのか。
 水の消滅は現状の変革という形で、彼に幾ばくかの安心を与えはした。水の出現は彼に安息を与えていたのに。しかし、彼がふと快晴のはずの外を見ようと窓を見やったときに、彼の見通しや今までの現実に対する解釈が全く的外れであったことを見出した。
 外の世界は今さっきまでの彼がいた部屋の中のように水に没し、太陽の光がその中で砕けて輝いていた。水の中の街並はがらりとそれまでと色合いを変え、感触穏やかに思えるものになった。遠くに見える道路には車が地面だけではなく、空中―水中をゆっくりと駆けていた。人々は思い思いに水中を泳ぎ回り、どこへでも行ける自由を満喫しているようだった。軒を連ねる家々の窓から、それまで怯えていた小魚の群れが、天敵の不在を確信して意気揚々と小石の影から泳ぎ出るように、水中へ飛び出していった。
 彼は自分の顔を硝子窓に発見して、さっきの友人の奇行の原因を見た。そこに映っている自分の顔はさっき自分に殴りかかろうとした、憎悪と嫌悪とに満たされた悪鬼の顔そのものであった。そして彼は思い出した。以前、ずっと前に彼と泥のような殴り合いの喧嘩をしたときのことを。凄惨な表情で殴り合う彼ら。自分に殴りかかろうとしたのは自分で、その反撃として殴ったのは友人だった。鏡の中での哀れな自家撞着。それは、彼を深い絶望の底にたたき込んだ。
 彼は一撃、硝子窓を殴りつけた。しかし、硝子窓は外に湛えられた水のためか、何十センチもの厚さを持つ水族館の特殊な硝子のような堅さを示し、彼の拳を逆に痛めつけるだけだった。外には魚のように、人魚のように人々が泳ぎ回り、その様は彼一人が空気の牢獄にいることを嘲笑しているのだと彼には感じられた。そしてまた、彼は窓を殴りつける。牢獄の忌まわしい鉄柵をうち砕かんとするかのように。彼の部屋の壁のあらゆる面に部屋の中へ向かう指向性を持った爆弾が取り付けられており、その導火線がちりちりと燃え、確かな速度でもって火薬に着火しようとしているという焦燥感。まるで彼が重大な犯罪者であるかのように堅固な牢獄に閉じこめられ、死刑執行人にも見放された孤独に陥っているという絶望。何故自分がこんな事態に陥っているのか分からず、世の不条理に昂然と燃え上がらす怒り。彼は窓硝子を殴りつけた、殴りつけては右の拳で殴り、右の次には左の拳で力一杯に殴りつけ、右、右、右、と来て左、と感情の流れるままに幾度も殴りつけ、殴りつけては殴りつけ、うち砕かんとばかりに殴った直後に殴りつけ、またさらに殴り殴り殴りまくってはまた殴りつけ……

 10.

 その時、彼の背後で「滝」が水面の鏡像が風に揺られるように、揺らめいた。スイッチを切られたはずのそれは穏やかに光を放ちながら内部の滝を猛烈な速度で流れさせ、流れは次第に色を変え外の景色を映し出し始めた。景色は虹にまみれた極彩色の変貌。揺られる水の瞬く光。現実性を失い始めた「滝」、それは現実と幻想との境界線を跨ぎ越える、あらゆる境界を乗り越えて世界を満たし始める、すべての水の断片の水。
 と、「滝」は何かの産まれるような水音を立て、潰れた。微少な何千もの水滴と化したそれらは、われもわれもと生き急ぐ稚魚のように走り、机の上から床に滴り落ちた。それらは欠陥住宅で転がるビー玉のような滑稽さで皆一様に部屋の中を走り去り、外へと繋がる扉の下の隙間から外の世界へと、水の帝国へと、脱出していった。元々同じものが一つに戻るような堅固とした正当さで。
 硝子窓の彼は、流した涙さえもが自分を裏切り外の世界へと脱出するために床を転げて走り去っていくことにも気がつかず、窓硝子を、今はもうそれしか見えていないために彼の全世界となった窓硝子を、殴りつけては嗚咽を零している。それでも彼の世界は未だ空気の中にあった。しかし、彼の部屋の壁は次第に水に溶け出して、気泡を守る最後の城塞も用をなさなくなり、空気は水の浸食にじっとりと湿りだし、それは怒濤の予兆を全体に漲らせ、確かな水の圧力が押し寄せて……
 ぱしゃん、と産まれ落ちる音が虚ろに響く。世界は水の中に溺れていた。

宮田和美 16Aひびのかけら そのはち 2002年07月02日(火)10時33分13秒


無視される前に無視をする、というのが
アタシのなかの流儀というかジョートウ手段になってた
ずっと。
やっと気づいた、それがどれだけ痛いことかって。



くもりぞらがすき。くもりぞらもすき。
電車からみえる多摩川は、ゆきがふったみたく白いから。
くもりぞらもいいと思う。



そういえば、高校生のとき
「空がなんで青いかしってる?」ってきいたら
「海が青いからでしょ」
って返されたことがあった。
いとけん元気かなあ。



差別をしてないか、100パーセントしてないか
って問いつめられるとよくわかんなくなるし、
差別と区別ってどうちがうのかとか考え出すともう区別つかんしわけわかランチ。
けど、笑って話せてよかったって思う。
耳の聞こえないひとと、っていうのじゃないと思う。
それもあるのかもしれんけど、それだけじゃない。
あの子と、笑って話せてよかったって思う。



旅立つきみに
1億6000万個のキン消しを贈ろう
と計画した。
けどそんな金ないし、やめたけど、もし、
私が1億6000万個のキン消しを贈ったら
きみは一体どうするんだろうね。
どーせそれでも行っちゃうんだろうけど。




杉井武作 3A「ねればねるほどストーリー」 2002年06月30日(日)14時03分09秒

「ケケケ!ねればねるほど。」
ぼくのうちのねればねるほどおばあさんは、「ねればねるほど。」というじゅもんでいろいろなことができます。
きょうも、「ねればねるほど。」のじゅもんでちゃんこなべをつくりました。味はそこそこでした。ねればねるほどおばあさんはりゃくして「ねれる」といいます。
ぼくはねればねるほどおばあさんのむすこです。ゆうぞうといいます。カポエラやってます。

ある日、ぼくのうちに、くもがふってきました。
ちゅどーん
とうちゃくしてくものなかからだれかでてきました。
「わたしは神。いま『な星』では大ま王がしんりゃくしている。かれのもくてきは『な星』の人々をぜんいんころして星をじぶんのものにしようとしている。ねれるとゆうぞうならたすけられるかもしれない。」
「よぉし、がんばるぞー」ぼくはやるきがでてきました。
「わたしも力になろう」神がいいました。
こうして三人のさい強のパーティがたんじょうしました。

はじめにうちゅうせんをてにいれなければいけません。
「東にうちゅうせんがあるというしろがある。」神がいいました。
そしてそのしろにタクシーでいきました。
もんばんがいるからそのもんばんに「うちゅうせんはこのしろのどこにあるのですか?」というとなんともんばんは「うちゅうせんがぬすまれてしまったのです。どんなほうびでもするからとりかえしてください。」ここまでいわれたらしかたがない。
まずはそのどろぼうをさがさなきゃいけません。
「とにかくうろちょろしてみようね。」みんなうろちょろしてたら人がいました。
「ねぇきみ、このへんにどろぼうらしい人みかけなかったかい?」ねれるがいいました。
「あぁあいつね。あいつならずーっと北にいったよ。」
「あっそ。」
タクシーでいきました。ほんとうにずーっと北でした。
「あいつうそついたんじゃないですか。」
「しょうがない、もういちどもどってさがそう。」「えー。」みんないやなかおつきでした。
「ん!」ねれるが人かげをみつけました。うちゅうせんのようなおもいものをかついでものすごいスピードでとおりすぎました。
「どろぼうだー!」ねれるはさけびました。

「こら!うちゅうせんをかえしてください」
「へへーんだ。うちゅうせんはかくしてあるもんねー。」
「なら力づくでもうちゅうせんのありかをはかせてみせますわ。ねればねるほど。きえー」
なんとねれるのゆびさきから水がでてきた!ちょろちょろ
このままでは水ぜめだ!
「きゃーやめてよぉ><おしえるからやめてーふえぇ;−;」
「さいしょからおしえていればこんなめにあわずにすんだのに!これだからおとなはきらいだ」
「わたしは『な星』の大ま王のてしたです」
「なんだってー」
「ある日、大ま王さまがこういった。『神がだれかなかまをつれて私のじゃまをしにうちゅうせんでくるにちがいない。だからちきゅうにあるうちゅうせんをかくしてしまえ』しかしわたしはこころをいれかえました。なかまにしてください。もちろんうちゅうせんはぬすまないよ。なまえはキヌ代」
「古風ななまえですね。ところでどうしてここまでこれたん?」
「わたしはうちゅう空かんでもいきのびれるからだ」
こうして四人は、しろへもどってきました。もちろんタクシーで。
「キヌ代はここでまってて。どろぼうがはいるとまずいから。」
しろについて王さまにことのしだいをはなしました。
「ありがとう、ありがとう」
「おれいはともかくほうびのほうは!?」
「そうだった。どんなねがいだ。」
「では、うちゅうせんをください。」
王さまはちょっと口をむすんでいたがすぐにひらいた。
「ま、いっか。」
こうして、キヌ代がなかまにくわわりうちゅうせんもてにいれたのでした。
「いざ、しゅっぱつしんこー。」
しかしいきなりねんりょうがきれ、きんきゅうちゃくりくしてしまいました。

「ここは金星です。」「どうしよう。」
「とにかくまちをさがしだしてさんそボンベをかいましょう」
そして、まちがみつかりました。
「さんそボンベください」「まいどーきゅうまんおくえんです」
「神さま、おかね」
ぼくがいうと神さまはしずかにくびをふりました。
しかなたくみんなでさんそボンベをもってにげました。
「どろぼうやろう!このドちくしょうが!110番!!」
そして、けいさつがきました。
「ここはわたしにまかせて、はやくいくのです」
キヌ代がいいました。
「で、でも」
「わたしひとりのいのちと『な星』のみんなのいのちとどっちがだいじですか?」
「そだねーんじゃばいびー^−^」
こうして、さんそボンベをてにいれまたうちゅうにとびたちました。

そして『な星』につきました。
するとだれかがこえをかけてきました。
「ぼくはキヌ代のおにいちゃんです」
「なんだって!!!」
「いもうとはけいさつにてっぽうでうたれました。しかしきゅうしょははずれていたのでなんとか家までもどってこれました。」
「えっきみたちに家などあるの?」
「ぼくたちはここの星にすんでたのです。それでさんぽをしてたら大ま王にむりやり手下にされてしまった・・・。しかいもうとからはなしをきいてぼくはこころをいれかえました。なかまにしてください。大ま王のしろをあんないしまします。なまえはおにへい。よろしく」
おにへいのあんないでしろまでついた。
「ここが大ま王のしろかぁ〜^−^」ぼくはあふれでるよこしまなもうそうをとどめるすべをしりませんでした。


(未完)

宮田 和美 15A「日々のかけら そのなな」 2002年06月29日(土)21時24分18秒

便所ブラシ立てのこと

高校生のころ、ちょっとだけすきだったひとがいた。
そのひとのすんでいるアパートに、私は一度だけ行ったことがある。
その部屋には、「昔の女」が買ってくれたという黒い小さな冷蔵庫と
無造作に立てかけられた青い夜景のジグソーパズルがあったのをおぼえている。
そのひとのアパートのトイレは洋式で
すみっこに、便器をみがくための、柄のながい白いブラシが立っていた。
ブラシは、お醤油かなにかのペットボトルを半分に切り、
さらに出し入れしやすいようにたてに四角い切りこみの入った
おそらくお手製のブラシ立てに入っていた。
私はもう、そのひとの顔とか、声とか、下の名前とか、どんなふうに笑ったかとか、
たくさんのことを忘れてしまったけど、
便所ブラシ立てのことはなぜかはっきり覚えている。

宮田 和美 15A「日々のかけら そのなな」 2002年06月29日(土)21時23分21秒

便所ブラシ立てのこと

高校生のころ、ちょっとだけすきだったひとがいた。
そのひとのすんでいるアパートに、私は一度だけ行ったことがある。
その部屋には、「昔の女」が買ってくれたという黒い小さな冷蔵庫と
無造作に立てかけられた青い夜景のジグソーパズルがあったのをおぼえている。
そのひとのアパートのトイレは洋式で
すみっこに、便器をみがくための、柄のながい白いブラシが立っていた。
ブラシは、お醤油かなにかのペットボトルを半分に切り、
さらに出し入れしやすいようにたてに四角い切りこみの入った
おそらくお手製のブラシ立てに入っていた。
私はもう、そのひとの顔とか、声とか、下の名前とか、どんなふうに笑ったかとか、
たくさんのことを忘れてしまったけど、
便所ブラシ立てのことはなぜかはっきり覚えている。

宮田 和美 14A「日々のかけら そのろく」 2002年06月29日(土)14時01分24秒



なんにもわかってない
なんにもわかってない
留守電とか着歴とか、あるとうれしいけど、
その500倍のいかりも、不安も、恐怖も
なんにもわかってないわかろうともしてない
もし今度あうことがあったら
でんわをくれた数だけだきしめて
背中にまわした手でそのまま
首でも絞めてやろうかしら





むかつく
殴りたい、ぼこぼこにしてやりたい
むかつく
その声が、ときどき混じる敬語が
抑揚のつよい鼻歌が
2回続けてでるくしゃみが、全部が
むかつく
2人だけで話してるから
こっち向かないから
私を見ないから
興味ないみたいだから
殴りたい、ぼこぼこにしてやりたい
ずたずたに傷つけたい、立ち直れなくさせたい
そして、
わたしの存在の大きさを思い知らせてやりたい


齋藤 亮 1B「箱を斬れ。」 2002年06月29日(土)00時57分57秒

 その日、僕は慌てていた。学校の授業が終わり、いわゆる帰宅部だった僕は時間通りに家に帰り、六時から放送のテレビ番組『マーダー×マーダー』を見るはずだった。しかし、支度を整え帰ろうとする僕に、予期せぬ先生の呼び出し。最近掃除をサボりがちだったことへの説教だった。いつものように空返事で話を聞き流し、説教を早めに切り上げると、家に向けて全力で自転車をこぐ。番組開始にはもう間に合わないだろうが、出来る限り見逃す部分を少なくしたい。。
 毎週欠かさず見ている『マーダー』は、推理物のアニメで、その性質上、一度たりとも見逃すわけにはいかない。事件だけ起きておいて解決するのを見なければ、謎が頭に残ったままになってしまい、しばらくはまともに睡眠すらとれそうにない。

 家の前に着くと、フルブレーキングで自転車を止める。玄関の鍵を開けるのももどかしい。時間からして、オープニングとその後のCMはとっくに終わり、主人公が華麗な推理を見せ始めている頃のはずだ。
 やっと鍵を開けると、靴を脱ぎ捨て、全力で短い廊下を駆け抜け、居間へと駆け込む。その刹那。
 鈍い音とともに、足の小指に地獄のような激痛が走る。崩れ落ち、何が起こったのかわからないままフローリングの床を転げ回る。そしてそのまま机の脚に頭を強打した。妙な感覚に襲われ、目の前が暗くなる。

 気が付くと、天井を見ていた。気絶していたらしい。ハッと気づき、テレビをつけてみる。すると、聞き慣れた『マーダー』のエンディング・テーマが流れていた。僕は半ば放心状態で部屋の入り口まで歩き、足下付近に置かれた物体にようやく気付いた。
 そこにはティッシュペーパーの箱二個分ほどの大きさの金属製の箱が置かれていた。それは、母親が三日ほど前に海外旅行土産に隣人から貰った物で、置き場所が無かったために仕方なく床に置いてあった物だった。細かい装飾が施されており、いかにも外国製といった感じだが、中身は知らない。『マーダー』を見ることで頭が一杯だったため、足下に置かれた箱の存在に気がつかずに、右足の小指をクリーンヒットさせてしまったらしい。

 僕はだんだんと大きくなる怒りに気がついた。我が家に箱を持ち込んだ隣人よりも、それを置きっぱなしにしていた母親よりも、何よりもその箱に対して怒りを覚えていた。
 壁に手をついて立ち上がり、右足をかばいながら隣りの父親の部屋へと駆け込んだ。今度は足下を見て、やや慎重に。そして部屋の奥に飾ってあった日本刀を無造作につかみ取った。小さい頃父親に聞いた話では、先祖代々伝わる妖刀だそうで、一度抜けば視界に映る全ての命が消えるという。そんな話はいつものホラだと思っていたが、この際妖刀だろうとなんだろうとかまわない。僕は居間に戻ると、箱を机の上に乗せた。
 尋常じゃない眼をしているだろうことが自分でわかる。乱暴に刀を鞘から抜き、正眼に構える。指の痛みは、今や薬指にまで広がって感じる。僕は一呼吸入れると、頭上に持ち上げた両手を一気に振り下ろした。 

 金属質な轟音が響き、手の平が衝撃で痺れる。大きな音を立てて、箱は机ごと二つに割れ、崩れ落ちた。剣道の経験すらない僕でもこうまで見事に斬ることができたのだから、妖刀というのは本当のことなのかもしれない。
 ふと刃を見ると、折れて半分ほどの長さになっていることに気付いた。しかし、カタキを取った嬉しさの前に、そんなことは些細なことに思えた。父親に叱られようが、隣人に怒鳴られようが、僕に非はないようにさえ思えた。
 僕は歓声をあげ、まるでゴールを決めたサッカー選手の様に部屋中を駆け回った。そして再び足下への注意がおろそかになっていることに気付かなかった。


 「サクッ」


 足下を見ると、刀の折れた先が床に突き刺さっていた。
 そしてその脇には、まるで皿の上に残ったケチャップまみれのウィンナーのように、血まみれの僕の小指が転がっていた。
 だからビデオを買おうって言ったんだ。あまりにも信じがたい状況に、何故か頭は冷静になっていた。



 ふと箱の残骸を見ると、中に入っていたらしい救急セットが散らばっていた。

宮田 和美 13A 「ひびのかけら そのご」 2002年06月28日(金)00時58分55秒

あじさい

渋谷は雨で、私は傘をさしながら、花屋の店先に並んでいる白いあじさいをながめていた。
「ポカリスエットはアルカリ性でしょ、ポカリの缶って青いじゃん、だからリトマス試験紙は青くなるの。そう覚えれば一発じゃん」
6月の明月院で手をつなぎながら、あのひとはわらっていった。21にもなってリトマス試験紙の区別もできないの、って苦笑しながら。
わたしたちはたくさんのあじさい、ほんとうにたくさんの青いあじさいに囲まれていた。きれいだった。
で、それとあじさいの花の色とアルカリ性が青っていうのと、一体どう関係があるのって私がたずねると
「だから青いあじさいはアルカリ性で、赤っぽいあじさいは酸性なんだよ」
っていってた。
あのときはへえ、雑学王じゃんとかいってわらってた。
けど、今、白いあじさいをながめながら、
そもそもあじさいにとっての酸性アルカリ性っていったい何だ?この白いあじさいは何なんだ?中性か?って考え込んでいた。
雨はまだ降っている。



すきになったひと

あんたさ、自分が男のどこをすきになってんのか自分でもさっぱりわかってないでしょ、って言われたので、アタシは過去すきになった男の子のどこに惹かれていたのか思い出そうとこころみた。
小学校3年生のときにすきになった、となりの席の前田くんはハンサムでやさしかった。毎週金曜の給食のとき(アタシの通ってた小学校は金曜だけパンじゃなくてごはんだった)、箸でもったおかずをおとさないように、左手のお茶わんの上に一度持っていってから食べる、その動作が新鮮で、びっくりしてすきになった。
小学4年のときにすきになった山田くんは、顔がキン肉マンにでてくるラーメンマンに似ていて、となりの席だった。
ある日、テレビ番組しりとりっていうのをふたりでやっていて、アタシが「り」のつく番組が思い出せなくてうなってたら、山田くんは「臨時ニュース」ってさらりと言って、それがかっこよくてすきになった。
小学5年にすきになった高橋くんはプロゴルファー猿みたいな顔をしていて、足がはやかった。高橋くんは胸につけている名札の安全ピンを手のひらの皮に通して、手に名札をつけたりする珍芸の持ち主だった。
ある日、新しい芸、アロンアルファを手の親指と人差し指にぬってぎゅーってくっつけたあとそれを離すという意味不明な技を授業中にあみだしていた。
ところが、アロンアルファをつけた指は冗談抜きで離れなくなってしまった。それからどうなったかは覚えてないけど「おい、どうしよう、これ」ってオロオロしている高橋くんをみて、一緒にオロオロしてるうちにすきになっていた。
この3人の共通点はなんだろう、ってうとうとしながらかんがえてた。

となりの席、かしら。

古内旭 2A「乾きと吐き気」 2002年06月27日(木)07時19分59秒

 私は常に吐き気を感じていた。


 朝起きてから眠りにつくまで、それは続く。風呂に入る時も、テレビを見ている時も、女の子と電話をする時も、容赦なくそれは私を襲い、苦しめる。
 それは得体の知れぬ吐き気だ。ひどい風邪をひいた時や、悪酔いした時の嘔吐感とは違う。一般的ではない吐き気なのだ。
 体中の血液が逆流し、髪の毛が脳まで埋まる。内臓が激しく震え、体の外に飛び出そうとする。
それは、体の中身と外側をそっくり入れ替えてしまうのではないか、と私を不安にさせる。吐き出す物と、吐く者が一体化している。離れない。だから、もしそれを吐き出してしまうようなことがあれば、私の体はひっくり返ってしまう。そして、外壁を失った体は内臓を露出させて崩れ落ちる。
 そういった幻想を感じさせる。


 私は町田駅の近くにある、相模原市で一番背の高いマンションの最上階に住んでいた。
「恐竜、あんまり出てこないね」と彼女は言った。
 我々は深夜テレビでやっていた古い恐竜の映画を途中から見ていた。私はそれを昔に一度だけ見たことがあったが、タイトルは忘れてしまっていた。
彼女は私のガールフレンドで、時々ここにやってきた。彼女は私よりだいぶ年下で、まだ十代だった。
「それでいいんだよ」と私は言った。「恐竜はあまり出てこなくていいんだ」
 彼女はそれには答えずに、自動販売機で買ってきた温かい缶の緑茶を飲みながら続きを見ていた。主人公たち一行が、髑髏の形をした洞窟に入っていくところだった。おそらく、佳境に近かったが、映画はそれほど盛り上がってはいなかった。


 私は一人でいるのが好きだ。


 彼女が帰った後で、私は、世界が乾いたのはいつ頃だったろうか、と思った。気付いたら、世界は乾ききっていた。太陽はじりじりと地表を焼き、すべてのものを干からびさせた。植物は枯れ、多くの動物が死んでいった。
 私は、ベッドに倒れて四角い天井を眺めた。
 私の部屋は、それほど広くはなかった。
 壁には巨大な本棚があって、そこにはぎっしりと本が詰め込められていた。ドストエフスキーの小説はすべて揃っていたが、それに何の意味があるのか。誰もドストエフスキーなんて読まない。『罪と罰』のうんざりするほど長い主人公の名前を、誰が知っているというのだ。
 私は十代の頃に好きだった音楽を聴きながら、こうしてベッドに横になってよく考える。世界がまだ潤っていた頃のことを。
 私はその時、タルコフスキーの長くて眠い映画と、ショスタコーヴィチの寒くて毒々しい交響曲が好きだった。
 カーテンが風になびいて、外の景色を覗かせた。青い世界が広がっていた。青い世界だ。それ以外には何もない。
 そういえば、彼女は別れ際に「さよなら」と言った。私はふと、彼女はどこに帰ったのだろうかと思った。
 そして思い出した。あの恐竜映画のタイトルだ。『続・恐竜の島』。


 私は一人が好きだと言った。しかしそれは、決して孤独が好きというわけではない。


 私は渇きを感じて、彼女の飲み残した缶の緑茶を一口飲んだ。
 茶は冷めていた。
 吐き気は止まない。


おわり

古内旭 1B「テスト」 2002年06月27日(木)07時16分30秒

 その時僕は、小学六年生だった。


 小学六年生というのは、実に奇妙な年齢だった。対極にあるべきはずのものが、溶けて混ざりあっていた。世界にはまだもののけが存在していて、僕たちは夜になるとその存在に怯えた。科学技術は魔術に劣っていて、各地には多くの伝説が残っていた。そして、いつか自分もその一部になって語られると思っていた。しかし、目に見えない強大な何かが、そんな世界を浸食していった。まるで世界の終わりだ。


 僕は相模原にある市立の小学校に通っていた。質素でこぢんまりとしていたけれど、清潔感のある校舎と洒落た名前を持っていた。
そこは特別田舎というわけでも無かったし、都会というほど都会でも無かった。地域の交流はそれほど無かったけれど、通りは車も少なく静かだった。少なくとも僕はその街に満足していた。
 しかし一つだけ、通常ではない場所があった。
学校の近くに、誰も近寄らない森があった。真っ黒な葉が覆い茂った不気味な木々が集まっていて、この世ではない別の世界から溢れ出てきた様な霧がいつも立ち込めていた。森の規模はまるで分からなかった。永遠の闇のように深いものだと僕は思っていた。そこにはいくつかの噂があった。森の最深部には願い事を叶えてくれる井戸だか小部屋だかが存在するとか、魔物が住んでいるとか、自殺死体がいたるところにぶらさがっているとか、そんな噂だ。
 僕は学校がとても好きだった。友達がたくさんいて、遊ぶことに夢中だった。僕たちはカラーボールで野球をすることもあれば、金持ちの友達の家でファミコンに没頭することもあった。近所の模型屋の前で日が暮れるまでミニ四駆の改造をしたり、自分の部屋にこもってコレクションしたジャンプのバックナンバーを夜中まで読んだりした。自転車で江ノ島まで走ったり、電車で日帰り旅行をしたりもした。
僕たちはドラクエIVの発売は心待ちにしていたが、誰もベルリンの壁については考えなかった。


変化が訪れたのは秋だった。
 運動会の百メートル走で友達が新記録を出し、ちょっと前に僕が書いた鳥の絵が何とかというコンクールに入賞した時、転校生がやってきた。
「よろしくお願いします」と、その子は笑顔を見せて言った。とても上品な眉と目を持った、綺麗な声の女の子だった。
 どうしたことか、彼女は偶然にも僕のとなりの席に座ることになった。
「よろしくね」と彼女は言って、後ろ手でワンピースのスカートを押さえながら椅子に座った。背中に流していた長い髪が、ふわっと僕の前を覆った。彼女はそれを耳にかけると、僕の方を見てにっこりと微笑んだ。


 算数の授業では、我々はよく小テストを受けた。解き終わった者から先生のところに持っていき、採点をしてもらう。そして間違いがあればもう一度席に戻る。全問正解ならそのまま休み時間になる、というものだ。僕はそれが得意で、いつも一番だった。
 しかし、僕より速く解く者が現れた。例の転校生の女の子だった。ある時彼女は、僕が一生懸命問題を解いているとなりで、さらさらとシャーペンを走らせ、涼しそうな顔ですくっと席から立ちあがったのだ。
「お先に」と彼女は言った。やはり丁寧で上品な声だった。それは、微塵も嫌味には聞こえなかった。ただ僕は彼女を見送った。
 彼女が得意なのは、計算だけではなかった。ピアノが上手だった。それから手先も器用で、図工の時間に彼女が作り出すものは繊細でとても美しかった。僕だってピアノはソナチネの2冊目を弾いていたし、絵を書いたり工作をするのも得意だったけれど、彼女にはかなわなかった。
 彼女には友達もたくさんできた。不思議なことに、彼女はどのグループの女の子とも仲良くなることができた。ドッヂボール・クラブのキャプテンの女の子は、彼女を戦力に加えようと必死だったし、不器用な男の子たちは彼女に一生懸命いたずらを仕掛けた。


 数ヶ月が過ぎ、何度か席替えが行われたが、奇妙なことに僕たちはいつも隣同士だった。僕たちはそのおかげで、ずいぶんと話をするようになった。人気テレビ番組の話や、好きな漫画の話もしたし、シドニー・シェルダンの小説における上巻の無意味さとか、『刑事コロンボ』の犯人がおかす過ちがいかに些細なものであるかという話もした。
 ある時、僕たちは話が弾んで、放課後になっても教室に残っていたことがあった。教室の中は、掃除の後で机と椅子が不自然なほど美しく並べられていて、夕日が室内を切ないオレンジ色に染めていた。乾燥した空気の中には精霊でも住んでいるかのような幻想的なざらざら感があった。
「世界ってさあ」と彼女はゆっくりと言った。「ちょっとしたことで、取り返しがつかないほど変化しちゃうんじゃないかな。NHKスペシャルとかで、時々宇宙の話とかやってるよね。難しい算数の式がでてきて、これがこうであれがどうでって。世界って、あんな式で作られてるんだよ」
 彼女の声は、とても非現実的な響きを帯びていた。僕は、窓の外を見ながら話す彼女の横顔を見ていた。彼女はとても遠くの方を見ている様だったが、それが何かは分からなかった。もしかしたら、彼女の目に映るものと、僕の目に映るものはまるで違うものなのかもしれない。
「だからね、ちょっとした変化で、世界は一瞬で終わりをむかえるんじゃないかな………なんて思う」
 それから彼女は振り返って、いつものように明るく上品な声で言った。「もうあたしたちだけになっちゃったね。一緒に帰ろっか」
 僕は姉以外の女の子と二人で歩いたことなんてなかった。昇降口で偶然すれ違った担任の先生は笑顔で見送ってくれたが、僕は「さようなら」と言うことさえできなかった。
 学校を出てすぐのところにある駄菓子屋も、二つ目の曲がり角にある畳屋も、彼女と並んで通り過ぎると何かが違って見えた。地面も塀もすべてが僕たちを見ているかのような幻想を感じたのだ。ランドセルに付けたキーホルダーはじゃりじゃりと音を鳴らし続けた。その音は得体の知れない密教の祭典を想起させた。脳に直接響き、それ以外の音は遥かかなたで鳴っているかのようだった。
 その中で彼女が何か言った。ひどく聞き取りにくかった。
「今日、テストなんだ」彼女は確かにそう言った。「一緒に来る?」


 僕たちがやってきたのはあの森だった。
 僕はたった一度だけ、友達と森に入ろうとしたことがあった。その時は、度胸試しをしようとしただけだったのだが、入り口を少し進んでから、すぐに怖くなって引き返してしまった。森の中はあまりにも真っ暗で、邪悪だったからだ。
 僕たちは森に踏み込んだ。
「怖い」と彼女は小さな声で言った。それから、彼女は僕の手を握った。
 森は暗かった。すでに夕方だったが、まだ日は出ていたはずだ。森に一歩入るまでは、常識的な明るさだった。森の暗さは、何とも名状し難い。この世の中に存在する、どの種類の闇とも違うものだった。空気も重かった。まるで液体のようだった。それが肺を真っ黒に満たしていく不快感があった。
 森は進むにつれ、さらに暗く不快になっていった。地面さえも、不確かな感触となり、底無し沼のようにずぶずぶと沈んでいく感じがした。周囲の不気味な木々は、古代生物のように見なれぬ奇妙な動きをしていた。それから奇怪な音だ。子供のうめき声のような不愉快なものだった。それは耳の奥にこびりついて、じわじわと脳まで迫ってきた。
 森の中には道とでもいうべきものがあったが、それはしだいに細くなっていった。僕たちはしっかりと手をつないでいた。わずかに彼女の手は震えていた気がする。しかしそれは僕の震えかもしれない。区別はつかなかった。
 やがて、森の最も深いところに辿りついた。道はなくなっていた。そして僕たちの先には一つの巨大な木がそびえたっていた。どこまで伸びているか分からない。この森全体を支えているかの様な巨木だった。
「じゃあ、あたし行くね」と彼女は言って、藪の中を進み始めた。僕は彼女の手を引いた。
「テスト?」
「そう」
 彼女はそう言って、僕の瞳をじっと見つめた。僕は彼女の瞳の奥を初めて覗いた。彼女の瞳は大海だった。僕はそこに引き込まれそうになった。宇宙空間にふわふわと浮いているような無重力感に包まれ、僕は自分の居場所を確認せずにはいられなかった。僕は近くにあった木の枝を咄嗟に掴んだ。その瞬間、彼女と手が離れた。
「さよなら」
 気付くと彼女はどこにもいなかった。
僕は一人で森の中にいたのだ。


 それ以来、僕は彼女と会うことはなかった。翌日から、彼女は学校には現れなかった。不思議なことに、学校の誰もが彼女のことを気にしていなかった。担任の先生は出席さえ呼ばなかったし、ドッヂボール・クラブのキャプテンも、彼女は始めからいなかったのだ、とでもいうかのように、何事もなく日々を過ごしていた。男の子たちは相変わらずカラーボールやらファミコンやらで遊んでいた。
 僕は、あれから何度も森にでかけた。そして彼女を探した。しかし、もう遅かった。森は、かつての姿ではなくなっていた。どこにもあの不気味さはなかった。普通の森となっていたのだ。


 こうして、僕は小学六年生の冬を終え、やがて卒業した。世界は変わっていた。


(おわり)

滝 夏海 1B「狭間」 2002年06月26日(水)19時59分23秒

タイトルを付け、前半部分を中心に書き換えました。

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 ダンダン、ダン、ダンダンダン。
 断続的に響く鈍い音に起こされた。固いベッドから身を起こせば、目に入るのは開けっ放しのドアと、そのあるべき空間を埋める白い壁、いや、壁に見えるほど巨大な箱。真っ白な、箱。あれが来てから、何日くらいが経ったのだろうか。いい加減見飽きた風景にうんざりして、溜息をついた。
 大型犬を飼っている知り合いは、みんな言う。
「最初はこんなに小さかったのよ?」
 何かを掬うように両手を広げ、懐かしそうに微笑む。
 同じ事を、俺は言いたい。
「最初はあんなに小さかったんだ」
 そう、最初は。

 あの日バイトからアパートに帰って来た俺は、自室へ入るなり妙な違和感に首を傾げた。玄関のドアノブを掴んだまま、視線を動かしてみた。まず玄関、そこから真っ直ぐに見通せるリビング、その先のたった1つだけの洋間へ続く開いたドア。中にあるベッドの端が視界に入ったところで、動きを巻き戻す。そのドア、玄関ではなく洋間とリビングを仕切るドアの前に、見知らぬ箱が置いてあった。
 自分で開けた記憶があるから、玄関の鍵が掛かっていたと自信を持って言える。2度開ける事なんて出来るものか。じゃあ出掛ける前はどうだったかというと、あんなもの無かったはずだ。位置的に邪魔すぎて、あれじゃ俺が転けてる。
 一体いつ、誰が持ってきたんだ。
 とりあえずどけようとしたがみかん箱ほどのそれは見た目より重く、押しても蹴っても動かなかった。ということは、これを運んだ奴は余程の怪力に違いない。
 東京に出てきて1ヶ月足らず、この住所を知っている人物など親と故郷の友達、それに大学で出来た友人と呼べそうな奴が一人だけ。大澤という名のそいつなら可能性はあると思ったが、次の日訊いてみたら大きく首を振って違うと言った。



 ダダン、ダンダン…ダン。
 再び聞こえてきた鈍いが派手な音。どうやら、玄関の方から聞こえてくるらしい。聞き覚えのある音。誰かがドアを叩いている、そんな感じだった。
 視線をそちらへ向ける。とはいっても、箱にリビングを占拠されている現在、箱と壁の間──おそらくシンクが邪魔で成長出来なかった部分だろう──から僅かに見えるだけ。応答しようにも、これでは無理だ。
「おーーーい、誰だ、誰か居るのか!?」
 ベッドの上からとりあえず叫んでみるも、返事は無し。
「居るなら…居るんなら、返事しろよっ!!」

 ああ、そういえば数日前もこうやって叫んでいたっけ。
 どかせないままリビングに放置していた箱は徐々に体積を増し、みかん箱から引っ越し用段ボール中・大・特大サイズとなり、ある晩突然タンスくらいにまで大きくなり…部屋の入り口を塞いだ。動かせない上に成長するなんて、卑怯じゃないか。
 開いているドアと箱との隙間から手を伸ばすことは出来るが、頭までは入らない。箱自体を壊そうともしてみたが、何度試しても駄目。白壁、もとい箱の側面は殴れば殴るほど手が痛くなる立派なものであり、カッターで傷つけることすら出来なかった。それだけじゃない。携帯の表示はいつの間にか圏外になっていたし、箱の重みで部屋が歪んだのか、窓が開かなくなった。出入り口がないのでしょうがなく割ろうとしたが、辞書をぶつけようが椅子を叩きつけようがびくともしなかった。あの時は思わず防弾ガラスだったのかと驚いたが、安アパートの一室にそんなものあるか。
 俺は叫んだ。叫べば隣が気付いてくれるだろうと期待して、何度も何度も声を上げ続けた。
 声が嗄れる頃、期待は焦りへ、やがて虚しさに変わっていた。
 おかしな事はそれだけじゃない。その日以来、何も食べていない。水すら飲んでいない。排泄もしない。なのに俺は生きている。どういうことなんだ、これは。
 それとも、生きていると思っているだけで──。



『三宅ぇ、三宅三宅、みぃやっけくーん。いーかげん起きなっさーい』
 さっきまでとは違う音が、暢気な声が微かに聞こえてくる。
 ぼんやりとしていた視点が、急に定まっていく。散らばっていた思考を、掻き集める。
 籠もっているけどあれは、あの声は。
「大澤、大澤なんだな、そこにいるのは!?」
 狂った世界から逃れられる最大のチャンスかもしれない。その為には、なにがなんでも大澤には気付いてもらわなければならなかった。
 ベッドから飛び降り、箱に近付いていく。ドア枠との隙間に顔を寄せ、名前を呼んだ。
 祈るように。


『居ないのか?』
 また、ドアを叩く音。どうしても届かない。あいつに聞こえてない。
『ガッコ何日休む気なんだ。いいかげんにしろよ』
 だんだんと焦れてくる声。まずい、このままでは帰られてしまう。
『ったく、しょーがねぇな…あいつの番号はっと』
 番号?…携帯か。相手は?きっと、いや絶対に俺に決まってる。だが、俺の携帯はベッドサイドの充電器に突っ立ったまま、ウンともスンとも言わない。そうだ、なぜか圏外で通じるわけが
『…ぁ、もしもし?俺だけど…え?…お前ねぇ、名前表示されてるんだろ?で「俺」ったら本人以外誰が居るんだよ』
 おい、大澤は、一体誰と話して──そうか、俺にかけたわけじゃなかったんだな。
 そう思うと少しがっかりした。
 けれども、そうではなかった。そうだった方が、どれほど良かっただろう。
『でさ、おまえんちの前なんだけど、開けてくんない?居るんだろ?…はいはい分かったから、早くしろよ』
 ──今、なんて言った。おまえんちの前?大澤が居るのは、俺の家の前、だろ。
 なあ、あいつは誰と話してるんだ?

 ワケが分からなかった。目を丸くし、声のするの方を見ることしか出来なかった。
 カチャッという軽い金属音が耳に入り、血の気が下がった。聞こえたのは、玄関先。続いて、ギッと何かの軋む音。挨拶する声。バタバタした足音。
 隙間から見えている玄関のドアは、一度も動いていないというのに。
 アパートのこの部屋には、俺以外に居ないというのに。閉じこめられた、俺以外に。

 あぁ、大澤の声がする。さっきよりも近く。ずっと近く。
 箱の、目の前にあるあの忌まわしい箱の中から、楽しそうな会話が聞こえてくる。
 笑い声すら、聞こえてくる。
 どうして。
 なんで。
 大澤…お前、どこに居るんだよ。
 誰と喋ってるんだよ。
 俺はここだ、ここに居るんだ。
 箱に縋り付くように崩れ落ち、何度も何度もその真っ白な壁を叩いた。
「大澤…おおさ、わ……お…ぉさわ…気付よ。気付いてくれ、よ…っ」


『そういや、前ここに違う奴住んでたような──や、気のせいか』
『ん、そうだよ』

寮美千子 明日27日の授業内容 訂正 2002年06月26日(水)17時04分13秒
課題/6月27日の合評会のための感想文 への応答


助手の松永のおしらせが間違っていることにいま、気づきました。
訂正です。

前回の授業でもお知らせしましたが、古内さんが「テスト」の新しいヴァージョンを書いてくれるということになっていたので、それを合評することになっています。前回の合評の記憶が新しいうちのほうが、いろいろな意味で効果があがるから。

そして、その合評が終わったら、松永が書いた予定で合評を進めます。

水落さんの「思い出」(⇒水落麻理1Aへの感想一覧
深谷さんの「その時はまだ 世界に希望はなかった」(⇒深谷公一1Aへの感想一覧
武井さんの「悪食」(⇒杉井武作1Aへの感想一覧


古内さん、松永のミスでご心配かけたと思います。
まだ新原稿があがってきていないのは、ひょっとしてそのせい?
だとしたら、よけいにごめんなさい。

古内さんの新原稿をお待ちしています。
今晩12時までに投稿してもらえれば、明日、みんなに印刷して配ります。

宮田和美 12A なにもない自由 2002年06月26日(水)15時51分25秒



ひさしぶりに会った。
ファミレスで、
私はカフェラテたのんで
むこうは中生たのんだ。
それから
キャロルキングの新しいアルバムの話とか
岡崎京子のまんがのこととか
土曜にあるサークルの飲み会のこととか
今日行くと言っていたヤマト運輸のバイトの面接のこととか
そういう、どーでもいい話をたくさんした。
「私たちが夏まで続いたら、お母さんが花火大会見においでって。ぎょうざとビール用意して待ってるからって」
このことを言った瞬間、私はほんとうは別れたくないのかもしれないって気づいた。
けど、そんな気持ちとは裏腹に、この言葉が別れ話スタートのきっかけとなった。




風呂にながながと入った。さみしいんだってよくわかった。
けどそれはあのひとがいなくなったことじゃなくて、彼氏がいなくなったことが。
(でも本当に?)
あたまん中でずっとぐるぐる曲が流れていて、
なんの曲かはよく覚えてないんだけど
エンディングテーマだな、って思った。
それは、誰かを強く思うような、幸せなんだけど哀しいような、
遠くに、ずっとずっと遠くにちいさな光があるような
終わりでもあるけど始まりでもある、昔みた青春映画のようなエンディングテーマだった。

宮田和美 11A 日々ののかけら そのよん 2002年06月26日(水)14時57分27秒

まゆ毛を抜く

眠る前に、返しそびれたCDをききながらまゆ毛を抜いていた。
なんでこんなにいい曲なんだろう
って思いながらまゆ毛を抜いていたら
つーん、て鼻にきて
くしゃみしたくなったけど
でも、あとちょっとのところでくしゃみは出なくて
なみだ目のまま、鼻をおもいっきしすすって
ずびずばいいながらまゆ毛を抜きつづけた。
なんでこんなにいい曲なんだろう
なんでこんないい曲をいいっていうひとなのにうまくいかなかったんだろう
出そうで出ないくしゃみに頼らなくても、上手に泣けたらいいのに。

宮田和美 10A 日々のかけら そのさん 2002年06月26日(水)14時02分17秒

朝、うちを出るとき、部屋のそーじしろとか脱いだ靴下そこらへんにころがしとくなとか、そうゆうしょーもないことで親と泣くほどけんかした。目にナミダをためながら、背中に浴びせられる親の言葉を無視してうちを出た。外が思った以上にさむくて、けど上着とりにのこのこ戻るのもしゃくだから、だいじょうぶだいじょうぶって自己暗示をかけながら自転車に乗る。サドルが異様に高くて、そういえばきのう親父がわたしのチャリンコ使ったんだって思い出して、もどしとけよって心ん中で思いっきし叫んどいたけど、直すのも面倒だからそのまま乗った。
駅に自転車をおいて、改札まで歩きながら足元に目をやった。そしたら明らかにスカートと靴がちぐはぐで、あー、やっちまった。あのとき親への怒りにまかせて玄関に出しっぱなしの靴を何も考えずにはいて出てきたことに後悔しつつ改札を抜けた。時計がもう3時をまわっていた。きのうたしか1時に家でて古着屋みにいこうって計画立ててたのに、なんでこんなに時間くってんだよってガックリきた。ホームに電車が来てたからそれにとび乗った。電車に揺られながらなんだか無性にむかむかくるのは親のせいだと思って、親への仕返しを考えてたら駅についてたので、いそいで電車をおりた。したら駅ひとつ間違えて、手前の駅でおりてた。あーもう。次の電車を待つのもなんとなく情けなくてやだったから、歩いていくことに決めた。
あとちょっとで目的地につくってところに青山ブックセンターを発見。そういやここはまんが立ち読みできんじゃん、寄ってこーって入っていった。白くて明るくて、ひろびろとしてた。けどまんがはほとんどビニールかかってて、しかもまんが少なくて、なんだよここ本店のくせにしけてんなぁオイって思いながら、ビニールのかかってなかった安野モヨコの『ハッピーマニア』の文庫版を手にとった。妙にはまって、1巻から4巻まで一気読みした。たちっぱなしだから足とか腰とかくたくただけど、5巻で終わりみたいだからガンバって!って自分を励ましつつ読み続けたら、おわりじゃねーの。6巻どこよ、重田とタカハシどうなるのか気になるじゃないってフラストレーションたまりまくった。でも楽しかったから満足して本屋出ようとしたら、もう8時かよ!6時半までに帰ってサザエさん見るって決めてたのに、もうサザエさん一家寝てる時間じゃねえの?ちくしょう。つうか古着屋、全然みてないし。ばかじゃんアタシとか思いながら、目的地を目の前にしてとぼとぼと引き返した。外はすっかり夜で、昼間よりもさらに寒い。ハッピーマニアたのしかったからいいよってなぐさめながら歩く。
かえりみち、まんがの世界から帰ってこれなくて、自分が重田カヨコのような、タカハシみたいな彼氏がいるような気がして、あーちげー、戻ってこーい、現実はもっとしょぼくれてるぞーって自分にいい聞かせた。現実に戻ると、それはそれで割とむなしい。
電車に乗って、駅について、つかれたなあって思いながらとぼとぼ歩いてたら、行きに乗ってきた自転車をおきざりにしてることに気づいた。はあーっとためいきをついて、めんどくせえと思いつつ来た道を引き返した。駅前のパチンコ屋から行進曲みたいな音楽が流れてきた。あいかわらずのけばけばしい照明。ここはアタシが元気あろーがなかろーがいつもにぎやかだなあ。行進曲にあわせて手をふって行進してみたらなんとなく楽しくなった。チャリンコに乗ったらサドルが高くてまたびっくりしたけど、怒るほどのことじゃないなっておもいながら家にむかってペダルをこいだ。









多田草太朗 2A「無題」 2002年06月25日(火)19時55分09秒

昨日 私は唐突に自らの骨髄を見た
それは猫が血を吐いた次の日のことで
棺桶の中の冷たい黒曜石の
鈍重な輝きと手の鋭く小さな痛み
温度の無感覚たちは今でも囁きながらも
大宇宙の進化と私の脳の進化を思い起こすのにも似ていた

太陽の一滴と水の砂
氷の星の夢
それらに焦がれながらも警告する墓石たち
細心の注意を払って扱わなければいけない

警告する 警告する

明日 私は不意に路上に捨てられた骨髄を見るだろう
それは子供が黒い色に焦がれやすい性質
つまり ひかり、という言葉の兄弟にあたる
死ではない
総ては神話の中の赤茶の染みで
ほの暗く揺れる吐き気の眩暈 墓石だ
それは極北の地下で囁き続ける
囁き続ける

警告

やがて私は蝶の夢を見るに至る
骨髄はその夢の片隅に見てとれるだろう
覚める私 つまり
密室からの手紙が届く
・・・脳の気配、と
階段を登る前に散らばるガラスの破片、記憶
・・・脳の気配、と

警告する

ひたすらに子供が泣くのは君らの時代
西暦2002年3月のこと

・・・・・・・・

私はやがて最後の段階に達するだろう
きす、という言葉で始まり
ねむる、という言葉で終わる愛の物語
終わる愛の物語

死んだ異邦人が墓石の傍らで呟く、花と
骨髄に隠された一本の針

警告

さよならは恐くない
私は最後の段階に達するのだ
重低音が
すでに聞こえるのだから
深遠と深遠の狭間で私語する骨髄たちが
銀河と墓石の狭間で呟く 骨髄たちが

松永洋介(アシスタント) 課題/6月27日の合評会のための感想文 2002年06月23日(日)03時51分05秒

▼20日の授業
前回にひきつづき、古内さんの「テスト」を扱いました。(⇒古内旭1Aへの感想一覧
いろいろな意味で複雑な作品なので、結局一時間まるまる使ってしまいました。授業のあとも何人かは教室に残って、さらにえんえんと話をしていました。
古内さんは近いうちに改稿版を書くとのこと。

水落さんの「思い出」は次回に延期になりました。

配付物はありませんでした。

▼27日の授業・課題
合評会は、
水落さんの「思い出」(⇒水落麻理1Aへの感想一覧
深谷さんの「その時はまだ 世界に希望はなかった」(⇒深谷公一1Aへの感想一覧
と、もしかしたら
武井さんの「悪食」(⇒杉井武作1Aへの感想一覧
を扱います。
それぞれの作品についての感想を書いてください。
投稿には必ず、作品の下の「雑談板で応答」ボタンを利用してください。

▼タイトルの付け方
決まった書式で投稿すると、あとで検索をかけるときにたいへん有効です。
そこで、次のような書式で投稿してください。
作者名+課題番号/感想タイトル
例:水落麻理1A/重いほど自由

▼締め切り
6月26日(水)の朝までに投稿すること
全員が全員の感想を読んでから授業に来られるように配慮してください。

▼重要なおしらせ
合評会の予定にあがっているのに、本人が当日無断で欠席するというのはサイテーなので、やむを得ず欠席する場合、わかった時点で連絡してください。掲示板でもメールでも電話でもかまいません。

というわけで、よろしく。

越智 美帆子 2B 桜 2002年06月22日(土)15時57分39秒

 ああ、この桜を見ることができるのもあとわずかなのね。頭上から桃色の花びらが次から次へと降ってくる。はらはらと、まるで雪のように。私の門出を祝ってくれているの?私はふふっと笑った。
 お前と初めて会ったのはいつだったっけ。私はしばし考えたあと、あれはこの世界とさよならすることを決めた日だったことを思い出した。ごめんごめん、忘れてたわけじゃないのよ。心の奥に置き去りにしていただけ。何故かって?それは、せめて最後は幸せに過ごしたかったから。でも、もう期限だね。最後くらいはちゃんとしないと。
 私は、青い空に白く栄える桜の大きな花々を見上げ、話し始めた。
 あの日、そう、お前と初めて会った日、私はこの世界とお別れすることに決めたの。どうしてかって?それは一言で言うことはできないけど、そうしなくちゃいけないって、強く思ったの。でもね、私はこの世界が大好きだった。もちろん今でも。だから、この世界に半年だけ、最後のお別れをするために時間をつくったの。その間は嫌なことも何もかも忘れることを条件に。楽しかったなぁ。季節の移り変わりが体中で感じることができた。自然が、毎日目まぐるしく変わっていった。私はとても満ち足りていたよ。
 晩秋の大木は紅葉を欲張りに着飾って、晴れた日には散歩に出かけて、冬の匂いが街に漂い始めたことを知った。凍てつくような寒い日には、天使の羽のような雪が降った。その雪で、赤くて丸くて小さな木の実を目にした雪うさぎをつくった。雪が溶け、お前につぼみができ始めたとき、ああもうすぐだって思った。
 こんなどこまでも透明な空が、私を迎えてくれるなんてすごく幸せだと思わない?この世界をお別れするのは悲しいけど、お前が私の記憶をずっと持っていてくれるから、私は安心して還ることができる。
 向こうのほうで、私と同じように桜に見入っている男がいた。よかったね、今の時代に私以外にもあんな人がいて。私は桜にそう言い、安心して眠りについた。

 抜け殻になった私が棺の中にいる。それが火葬場に運ばれる。私はその光景を桜の下からじっと見ていた。ばいばい。私は黒い服の人々と、自分の入れ物だったものに言った。そしてあの男がその中にいることに気付いた。私は男に手を振った。すると、男も私に気付いて手を振り返した。

 ありがとう。

私は男に言った。何故その言葉が口をついて出たかはわからないが、でも私はその男に言いたかったのだ。そして、私は桜に記憶を預け、空に向かった。ありがとう。さようなら。

 階段はとても長く、私はときどき休みながら空を目指した。途中何度か休んで、私が確かに存在していた地上を眺めた。大好だった世界。その世界がどんどん小さくなっていく。もう少し、もう少し。着いたとき、空は何色をしているだろう。私はそんなことを考えながら、長く続く階段を上っていった。

宮田 和美 9A 日々のかけら そのに 2002年06月21日(金)22時36分53秒

1

目のまえをとおり過ぎる、急行列車の窓に
ぼんやりと私の顔がうつって
まだ、生きてるんだなあアタシ
って気づいた。






二月の早朝は、しらじらしくて、哀しい。
日はすっかりのぼりきって、明るいというのに
一体どうして
こんな気持ちになるんだろうって考えてたら、ネオンが
点けっぱなしの東京タワーと目が合った。
ああ、これだ。
二月の早朝は、変わってくことに慣れなくて
気がついたら置いてけぼりの
あたしの孤独と、よく似てるんだ。



3 

道端で、子供が三輪車に乗っていた。
子供は、三輪車にのりながら、すぐそばで
立ち話をしている母親らしきひとに向かって
「見て!!」訴えていた。叫んでた。
私は元気がなかったので、
黙れガキ。みっともない。
って思ってた。
けれど、あんなふうに叫べたら
今よりちょっとは楽になるんだろうなって思うと、
すこしだけうらやましくなった。



紺色めがね

見立ててよっていわれたから
表参道のめがね屋さんで、生まれてはじめて
めがねを探してみた。
絶対これかっちいいぜ、って私がすすめたのは
紺色の、プラスチックフレームの、四角いやつ。
それなのに、
紺色めがねは二ヶ月ともたなかった。目が疲れるらしい。
「やっぱさ、慣れてるやつのがいんじゃない」と私が言ったら、
次の日からもとのめがねに戻った。
でも、ほんとうは、それより前から気づいていた。
例えば私がトイレとかで席を立つたびに
めがねを外して、目を閉じてたから。
それを見るのが、見て見ぬふりをするのが
あまりにも辛かったから。




「見てごらん、オムレツの月だよ。あれ一緒にたべよう。せえの、ぱく」
って恋人と電話で話す小説があるの、すてきよね。
って隣にいる友達に話してたけど、
ほんとは、となりに話すふりして
前を歩いているなんとかくんに話しかけていたのです。





越智 美帆子 2A 桜 2002年06月19日(水)11時47分39秒

 現代人はどうしてこんなに急いでいるのだろう。
 僕は春先の少し暖かくなり始めた午後、忙しく行き交う人々を見て、蟻の行進を思いだした。
 その日は満80歳のおばあちゃんが亡くなり、葬儀屋の僕は遺族の案内や何やらでばたばた走り回っていた。就職したばかりの僕は、下っ端ということもあり何かとものを言い付けられた。
 火葬場に移動するときになって、僕は車に同乗した。涙を浮かべ、位牌に話し掛ける故人の娘さんを見ていたら、自分にもいつかこんなときがくるのだと、田舎で元気に過ごしている父や母を思い出したら不思議な気持ちになった。
 火葬場に着いたら、そこはちょうど桜の密集地の近くだった。細い堀が小さい川になっていて、その両側を桜の木々が覆いかぶさるように密集している。桜は大きく膨らんで、小さな自らの分身である花弁を、遠くの空に向かって送っているように見えた。僕はその美しい桜にしばらく見とれてしまっていた。よく桜の木の下には死体が眠っていると言うけれど、まさにその死体たちの血を吸って得た美しさだなと思った。我にかえった僕は、そのあと上司には怒られるし、遺族にはいぶかし気な顔で見られたが、桜が目に残像として残っていて、そんなことはあまり気にしなかった。どうしてこんなに美しい桜が目の前にあるのに、人々は見ないふりをして通りすぎるのだろう。少しだけ立ち止まって、空を見上げることを忘れてしまったのだろうか。
 火葬場から戻るとき、上司に頭を冷やしてこいと言われ、一人で歩いて帰るはめになった。僕はもう少し桜を見ていたかったから、願ったりだと思い、風を感じながら解放された気分でゆっくり歩いて帰ることにした。
 桜が風にそよいでいる。大きな房を携えて、人々に花弁を降らす。途中、通りすがりのおばさんが、いかにも不信そうな視線で僕を見た。僕はそのおばさんに微笑みかけたら、おばさんはそそくさと行ってしまった。綺麗な桜を見ているだけなのに。僕はそれでも橋の欄干に肘をのせ、ただひたすら桜を眺めていた。
 すると、川の向こうの桜の下で、僕と同じように桜を見上げている女の子に気付いた。いや、女の子と言うにしてはもう少し年齢は上だろうか。彼女は桜を見上げ、静かに微笑んでいた。強い風が吹き、花弁が彼女を包み、薄紅の中で霞んだ彼女が見えた。まるで桜が彼女に好意を抱いているかのように見えた。僕は現代人の中にもそんな人がいるのだと思い、嬉しくなった。名前も知らない彼女に僕は親近感を感じた。そして、純粋にその光景が愛おしかった。それが永遠だったらいいのに。彼女の桜の密やかな幸せをいつまでも見ていたかった。

 しかし、何ごともいつまでもは続かない。
 僕が次に見たのは薄紅の絹をあしらったちいさな棺桶の中だった。薄く化粧された彼女の顔は、まだあの日見たままで、声をかけると薄い瞼をゆっくり開けてくれそうだった。白装束を纏い、静かに眠っている彼女。彼女は桜のもとに帰ったのだ。僕はそう思った。白々しい葬儀も、迫真の演技で泣きじゃくる遺族も、彼女は桜の木の下で笑いながら見ているのだろう。
 火葬場に着き、僕は桜に再会した。あのときよりは少しだけ葉が混ざっていたが、晩春の陽の中で、まるで子供のように花弁を堀に流して遊んでいた。彼女はそこにいた。たしかにあのときのままで。ときどき手を伸ばし、桜の空に伸びた枝に触れながら笑っていた。桜と何か喋っていたのだろうか。そして彼女は僕を見た。彼女は柔らかな笑顔で笑い、僕に手を振った。僕も彼女に手を振り返した。

 ありがとう。

彼女はそう言うと、桜の木の中に還っていった。
 彼女の抜け殻は骨になった。白い白い骨。これは桜に返したかった。僕は遺族の目を盗んで、一欠けだけ黒いスーツのポケットに入れた。
 その夜、僕はあの桜の下にいた。昼間とうってかわって、そこはとても静かだ。僕は桜の根本を深く掘り、骨を埋めた。桜の花弁がどんどん降る。僕においでと誘っている。小さな笑い声が幾重にも木霊する。僕はそれらを振払い、彼女に向かって言った。これで大丈夫、と。彼女が笑ったような気がした。
 
 その後僕は葬儀屋を退職し、今はアルバイトを掛け持ちしながら毎日ぶらぶらしている。あの次の日、全てを洗い流すような激しい雨が降った。その雨で桜はほぼ散ってしまった。花弁をほとんど剥がされた桜の姿は痛々しかったが、これから葉が木を覆いそして夏の姿と交代するのだ。

 さよなら。また来年。

僕は別れを言った。桜に。そして、彼女に。

 夏が迫り来る音がする。僕はそこらじゅうに鈍く浮遊する春の残り香を振払い、次の季節から溢れ出たまだ小さな破片を拾いながら歩いていった。

宮田 和美 8A 「ワイルドターキー」 2002年06月18日(火)18時42分55秒

ワイルドターキーからスピリッツの最新刊を買った。
ワイルドターキーは私住む町の駅にいるホームレスっぽいひと。青いビニールシートの上におそらくに拾ってきたであろう雑誌を並べて売っている。小柄で、しわくちゃで、そしておそろしく格好いい。
濃い茶色のジャケットをMr.マリックのように肘までたくし上げ、中にはきっぱりと鮮やかな青のシャツを着ている。ボタンを3つほどはずした胸元には、金の鎖がにぶく光っていて、黒のスラックスをはいている。胡麻塩あたまは意外にもきれいに刈られていて、薄茶の細長いサングラスの奥にはぎらりと光るちいさな目がみえる。
その、人ひとりは殺したことがありそうな風貌に敬意をこめて、私は彼のことを勝手にワイルドターキーと名づけて、心の中で呼んでいた。
ワイルドターキー、いかしたオヤジ。

ワイルドターキーからスピリッツの最新号を買った。
その日、私はごきげんで、何が私をそうさせていたのか覚えてないけど、とにかく地上から3センチくらい浮いちゃうくらいごきげんだった。じゃあそれに便乗して、ワイルドターキーから雑誌を買いましょう、と私は思いついた。
すいません、と声をかけてみた。どきどきした。ワイルドターキーは初め、私に気付かなかった。私はスピリッツを手にとってこれください、と言った。
「・・・・になります」
ワイルドターキーの声は、想像していたよりもずっと弱々しくて私はえ?と聞きかえした。彼の後ろには、無造作に古新聞が積まれた黒い折りたたみの椅子が置かれていて、その下には空のコカコーラのペットボトルと割り箸のつっこまれたカップヌードルの容器がころがっている。
「百円になります」
私は財布から百円をとりだすと、おそるおそる差し出した。黒く汚れた傷だらけの、がさがさの手。
ほんとうは逃げたかった。けれど雑誌をうけとるとき、ちょっと照れ笑いになった。ワイルドターキーは「はい、ありがとね」と言いながら、のそのそと新聞をつんだ椅子に歩いていった。
まるで何事もなかったかのように。
帰り道、私は嬉しいような、中途半端にかなしい、やりきれないような気持ちになって、自転車を思いきり飛ばした。
うちに帰って、久しぶりに読んだスピリッツは、期待していたよりもおもしろくなかった。

杉井武作 2A「ノイズ」 2002年06月18日(火)11時10分14秒

誰も助けてはくれないんでしょ
涙はいつになっても乾かない
意識が吸い込まれそうな闇の中
なにも見えやしないよ
指先の冷たい感触だけは確かなものの
こんなメロディーを奏でていても
誰が癒せるのかな
指はささくれて
ほらこんなに血まみれているのに
後戻りできない旋律は醜くて
今にも途切れそう
何度も何度も外しながら
次のフレーズを手探りしてる
滑稽でキミも思わず耳を塞ぐでしょう

けれど僕がいなくなるときがきたら
これだけは聴いておいてね
この世に生をうけてはじめて奏でた
あの綺麗なフレーズを


あぁ今はなにもかもが汚らわしい
僕一人残して燃え尽きてしまえばいい
キミの瞳だってそうだ
今更そんな風に微笑まないでよ
そっと首を絞め上げてしまう
あのときどれだけ泣いたって
キミはいなかったね
暗闇のなかで
あがいても
あがいても
あがいても
あがいても
あがいても
キミはいなかったね
いつも安っぽいメロディーで
おとしめてきて
僕の痛みをわかっちゃいない
殺してしまいたい
殺してしまいたい

でも
もしも
キミと素敵なハーモニーを
奏でられたなら

ワンフレーズだけ、キミにゆだねるよ

宮田和美 7A「日々のかけら」 2002年06月17日(月)16時51分50秒

6月15日(土)

どうして手をつなぎたがらないの、って聞かれて
わたしがいやなのは
手をつなぐことじゃなくて
一度つないだらその手をはなせなくなる
弱いわたしなんだなって気づいた。


アイボリー

冬にちょっとだけ恋をしていた
ひとの家に、ひさしぶりに行った。
流しにはそのころと同じ
アイボリーの食器用洗剤。
ごはんの後、食器を洗っていたら
その、傷んだきゅうりみたいな、黒胡椒みたいな
独特のへんなにおいがして、
なんとなく、
洗いものがおわっても
つい何度も手を鼻のところに持っていってた。





宮田 和美 6A おにいちゃん 2002年06月15日(土)23時01分49秒

まだわたしとおにいちゃんが赤ちゃんだったころ、おかあさんはお昼寝をしているわたしたちを家に残して、近くの丸正まで買い物に行っていたらしい。ある日、おかあさんが買い物を終えて帰ってくると、ものすごい泣き声がギャースカ響いてた。おかあさんがあわてて飛んでいくと、おにいちゃんはわたしのはえたばっかの髪の毛を、おもいっきしつかんでやがった。おぼえてないけど。

わたしとおにいちゃんが幼稚園にかよっていたころ、毎朝、わたしたちはおかあさんといっしょに歩いて通園していた。わたしは、家を出たらまずおにいちゃんに「手をつなごう」と言ってからおかあさんに「手をつなごう」と言った。そしたらおにいちゃんはおかあさんの手、つなげないもんね。ざまあみそずけ。なんつって、毎朝ほくそえんでいた。

あのころ、わたしはおにいいちゃんをはずかしがっていた。おにいちゃんの走り方がはずかしい。サザエさんのエンディングみたいだから。おにいちゃんの背の低いところがはずかしい。いっつもわたしのほうがおねえちゃんと間違われるから。おにいちゃんの歌のうたいかたがはずかしい。休めの体勢のまま横にゆれて、人形劇に人形みたいだから。ほっぺが赤いのもはずかしい。おでこにあるほくろもはずかしい。

わたしとおにいちゃんは年子だからか、よくおそろいのものを買ってもらった。英語教室に行くときのかばんもそう。スヌーピーの絵がついていて、合成の革でできた四角いスリーウェイのかばん。わたしもおにいちゃんもそれを、リュックのように背負っていた。わたしはだいだい、おにいちゃんは青。
かばんはとってもお気に入りだったのだけれど、わたしは英語教室に行くのがいやだった。同い年の子たちと仲良くなれないのがまずいやだったし、外人の先生が言う「ハーイ、カァー、ズゥーー、ミィー」というまるで人をばかにしたようなあいさつもいやだった。おもちゃのドル札で買い物をしても、せっかくそれで買ったパンダのぬいぐるみを先生にかえさなくちゃいけないのもいやだった。だから毎週月ようと金ようはユウウツだった。
おにいちゃんは教室に行くとき、あんまり喋らなかった。もともとおとなしいほうだからそれほどふしぎじゃなかったけれど、あんまり喋らなかった。わたしがあまりにもふきげんに、いやいやオーラを発しながら歩いていたからかもしれない。おにいちゃんはよく、わたしの5メートルくらい先でちんたら歩くわたしを待っていた。

その日もわたしは、なるだけゆっくりゆっくり歩いていた。おにいちゃんは黙ってわたしを待っていた。いつもの定位置、5メートル先で。
わたしがおにいちゃんに追いつくと、おにいちゃんは小さな声で言った。
「すごろく、しようか」
すごろく。できないじゃん。すごろくないし、ここ外だし、歩いてるし。
「口でやるの。しゃべってやるの」
ふうん、できるもんならやってみな。わたしは半信半疑、むしろ挑戦的に言った。
「むかしむかし、あるところにおじいさんたおばあさんがいました。おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。」
なんだ、フツーの昔話じゃんか、そう思いながらわたしは聞いていた。
「おばあさんが川で洗濯をしていると、むこうから大きなももがどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。いち、ひろう。に、ほっとく。どっち?」
「えっ」
「どっち」
「い、いち」
「えーと、おばあさんがももを拾おうとしたら、おばあさんはももに、食べられてしまいました。はい、どうする」
「たすけてーって言う」
「ええっと、おばあさんはももの中からたすけてーって言いました。すると、えっと、山から帰ってきたおじいさんが川にやってきました。いち、たすける。に、たすけない」
「に、たすけない。」
「えーっ、たすけないの?」
おにいちゃんは英語教室に行きと帰りにすごろくをしてくれた。おにいちゃんの即興すごろくはたのしくて、おにいちゃんがめんどくさいからやだって言っても、やってとせがんだ。いつのまにか、わたしは英語教室へ行くのがいやじゃなくなっていた。


宮田 和美 5A 大きな川 2002年06月15日(土)21時53分42秒

大きな川
都会の大きな川は、車がびゅんびゅん走っていて、1歩でも足を踏み入れたら即死です。

白い花
名前も知らない白い花が通学路に咲いていて、とても素敵な、いいにおいがするので当分のあいだ、わたしは元気でいられるはずです。

ありとだんごむし
遊歩道にあるベンチに座ってわかればなしをしていたら、足元をありのむれがだんごむしを運んでいて、なんだか、別れるとかやめるとかそうゆうのがどーでもよくなってきました。
 

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