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宮田 和美 4A いばらぎのおばあちゃんのこと 2002年06月15日(土)21時22分41秒

2002年2月8日、いばらぎのおばあちゃんが死んだ。97歳だった。私はこのことを、夜の10時ごろかかってきた奈良のおじいちゃんからの電話で知った。
いばらぎのおばあちゃんは奈良に住む母方のおばあちゃんのお母さんで、わたしにとってはひいおばあちゃんにあたる。
このことを聞いたとき、わたしはべつにかなしいとは思わなかった。ただ、とてもびっくりして、反射的に、深刻な顔をしなくちゃいけないんだなって思った。
おかあさんがきょうこおばさんにでんわしていた。それをみて、なんとなく兄弟がうらやましくなった。それとわたしも誰かびっくりさせたくなって、おにいちゃんに携帯で電話してみた。したら留守電だった。
「かずみ。いばらぎのおばあちゃんが死にました。では」
言葉にすると思った以上に重くてドキッとした。電話を切ると、画面にねこのキャラクターがでてきて、「なんかニュース?」ってふきだしに書かれてた。ああ、ニュースだとも。なんか軽々しくてむかついた。けど、ただふりしてるんだから、わたしだって同じだ。
明日のバイト休めるかなって思った。忌引き、っつうもんをわたしは体験したことがない。やすみてえ、堂々と休みてえ。もし、ひいおばあちゃんが死んだから休みますと言ったら、社員は「それはそれは・・・」とまるで理由を聞いたことが死因のような、その日にシフトを入れたことが死因のような、申し訳なさそうな声を出すだろう。ちょっとうっとり。だからお通夜とお葬式に出たいなって思った。
死人に目はあるのかな、見えるのかなって思った。おかあさんが「もう97にもなるとおともだちもみんな死んでるだろうから、さみしいお葬式になるだろうね」と言った。死人は目が見えねえから、そんなの関係ないでしょ、って思った。けど上から見てるならかわいそうかも。もし見てるならたとえ別れを惜しむ人でなくとも、いたほうがいい。絶対にいい。
こんなことを考えてたら、ふとおばあちゃんがわたしを上から見てたらどうしようって思った。きっとわたし、憑かれてしまう。
おかあさんがきょうこおばさんとの電話を切って、
「さいご、辛かったろうにねえ。かわいそうにね、おばあちゃん、女手ひとつで6人の子供を育てたのよ」と言った。はあー?なにこいつ、って思った。おばあちゃんが生きてたころには、まるで生きてること自体が悪いみたいに言っていたのに、死んだら途端に手のひらかえやがって、と思った。けど、涙目のおかあさんを見てたらなにもいえなくなった。老いへの不安、がそこにあった気がした。
おばあちゃんとの思い出。中1の正月。奈良へ帰ったときにはじめて(おそらくはじめてじゃないんだろうけど、わたしにとってははじめて)会った。92歳だった。しわしわの腕が、どこまでもまっすぐだったのを覚えている。1日中、テレビのある居間にいて、何十回も6人の子供たちのプロフィールを話すもんだから(しかも何言ってるんだか全然わからん)、わたしはすっかり居間恐怖症になって、おばあちゃんを避けまくっていた。
それ以来、おばあちゃんとは会っていない。おばあちゃんが病院に入ってから、時々夕食のときの話題(わるくちみたいなものだったけど)にのぼる程度だった。
おばあちゃんの死、おばあちゃんとの思い出。
ひょっとしたらわたしの中で「いばらぎのおばあちゃん」は、とっくの昔に死んでしまっていたのかもしれない。

松永洋介(アシスタント) 課題/6月20日の合評会のための感想文 2002年06月15日(土)16時50分49秒

▼13日の授業
古内さんが来ないという大惨事がありましたが(何かあったのか心配しちゃった)、麻生さんは来ていたので「小さな箱」の合評会を行いました(⇒麻生摂子1A「小さな箱」への感想一覧)。
(「幸せ」や「努力」の内実について、つい考え込まされてしまう要因のある作品だったと思います。作品には抽象的な言葉でしか書かれていないのでよくわからなかったのですが、麻生さんの話を聞くと、「幸せ」と「努力」についてのユニークなイメージを持っていることがわかりました。そうやって抱いているイメージが読者に伝わる書き方ができるようになるといいな。)

それから、古内さんの「テスト」は長い作品なので、ちょっとでも進めておこう、かならずしも本人がいなくても話せる内容もある、ということで、寮先生が朗読をして、いくらか話し合いました。
(ぼくはなぜか、作品を読み進めてイメージを想起するのに困難を感じていたのですが、朗読を聞くと、意外なほどすんなりと内容が頭に入ってきました。なぜだ。謎が増えちゃった。)

配付物はありませんでした。

▼20日の授業・課題
合評会は、
水落さんの「思い出」(⇒水落麻理1A「思い出」への感想一覧
古内さんの「テスト」(⇒古内旭1A「テスト」への感想一覧
を扱います。
それぞれの作品についての感想を書いてください。
投稿には必ず、作品の下の「雑談板で応答」ボタンを利用してください。

どちらの作品もプリントは配付済なので、手許にない人は自分で印刷してください。

▼タイトルの付け方
決まった書式で投稿すると、あとで検索をかけるときにたいへん有効です。
そこで、次のような書式で投稿してください。
作者名+課題番号/感想タイトル
例:水落麻理1A/重いほど自由に

▼締め切り
6月19日(水)の朝までに投稿すること
全員が全員の感想を読んでから授業に来られるよう配慮してください。

▼重要なおしらせ
合評会の予定にあがっているのに、本人が当日無断で欠席するというのはサイテーなので、やむを得ず欠席する場合、わかった時点ですぐに連絡してください。掲示板でもメールでも電話でもかまいません。

松永洋介(アシスタント) 先週の授業、今週13日の合評会 2002年06月12日(水)06時08分01秒

▼先週の授業
山口さんの「お空のパジャマ」について合評会を行いました。山口さんは自分で絵本をつくって持ってきており、それを見せながらの自作朗読でした。(⇒山口文女1A「お空のパジャマ」への感想一覧
麻生さんの「小さな箱」は、本人欠席のため合評会ができず。
思わぬ時間ができたので、せっかくだから多田さん自己紹介箱の創作と中里さん自己紹介箱の創作に自己紹介をしてもらいました。さすがに朗読用テキストの持合せはなかった。残念。
あと水落さんに「思い出」を朗読してもらいましたが、まだみんなちゃんと読み込んで来ていない状態だったので、合評会にまでは進みませんでした。

6日の配付物は
山口文女1A「お空のパジャマ」(2枚)
麻生摂子1A「小さな箱」(2枚)
水落麻理1A「思い出」(1枚)
でした。

▼13日の授業
明日の合評会は、お待たせしました、古内さんの「テスト」です。
「テスト」の感想を、検索機能で抽出してみました。
古内旭1A「テスト」への感想一覧
このままプリントして持ってくるのもよいと思います。

時間があって本人も来ていれば麻生さんの「小さな箱」もやるかもしれません。
麻生摂子1A「小さな箱」への感想一覧


ところで、この先の合評会について、出欠の予定を確認しとこうと思ってメールを出しても返事のない受講者がいるんです。困ってます。
授業の進行をどんなふうにしたら、みんなにいちばんいいのかなあ。

奥野美和 2B「東京タワーの見える場所から」 2002年06月10日(月)22時20分48秒

さみしいな
こんな夜にはシリウスを探して見つめ大きく手をふる

はじめての君への電話まちがえた番号かけて緊張2倍
 
素顔より厚化粧の君が好き 鏡台の前 真剣な顔

ひとりきり時計の針が目立つ夜 君が残したレコードかける
 
すいかわり からぶりするのを恐れてる 今も昔もつぶれたこころで



すかしても 笑ってそばにいてくれる?
今年は君と すいかわりを


急行で 君の住む駅通過する 
淡い風景
許せたよ、いま

もういいよ、君のやさしさ あの頃の
僕が浮かんで傷つけたくなる

数えてた君のスカート水玉の数 もものあたりで終わりのチャイム

比べない 
あの子は似合う苺パフェ
わたしの手には中ジョッキ



山口 文女 2A「おひさまの季節」 2002年06月06日(木)21時43分57秒

 去年の「俳句づくりを楽しむ」という、授業で作った俳句です。今日の授業で、作品を人にみてもらう事が何より「成長」の近道だと感じました。みなさんの意見は、すごく勉強になりました。どうもありがとうございます。俳句は、季節をとても大切にしているので、今の季語を使ったものを載せておきます。感想など聞かせてもらえると、嬉しいです。よろしくお願いします。

 焦らずに 想いを運ぶ 蝸牛

 雨に濡れ 紫陽花の鞠 重たげに

 水まきて 真珠こぼれし 夏の庭

 仰ぎ見る 光の衣 舞う海月
 
 手放した 熟さぬ恋よ 青林檎

 背伸びすも 遠く届かぬ 夏蜜柑

 夏の雨 一粒握り しみてゆく

 喧嘩あと 素直になれぬ サボテンよ

 ドンと鳴る 花火の下の 胸の音

 手のひらに 星がふわりと 蛍かな

 太陽の 粒を集める 百日草

 夏の海 恋は泡へと 人魚姫

 「お空のパジャマ」も今日の反省を活かしてがんばります!!

宮田和美 3B「塀のぼり」 2002年06月05日(水)13時36分01秒

「ナガオ。」できるだけさりげなく呼んでみる。

あのね、ちいさいころすんでた家はね、マンションだったんだけど、目の前に公園があったの。狭くて、ぶらんことか砂場とか、ありきたりなものしかなかったんだけど、毎日近所の子たちとそこで遊んでた。

「ねむそうやね、寝起き?」
「ねみい。3限中ずっと夢みてた。なんかでかいミニカーに追われてた」
「なにそれ、あつはなついみたいな?」
「ぜんぜんちげーよ」

公園にはね、となりの建物と仕切るための塀、そのころのわたしの背よりか全然高いやつがあったんだけど、一時期、わたしたちの間で塀のぼりがはやったの。公園をかこんでる、鉄のパイプでできた柵を足場にして、塀によじのぼるの。はじめはちょっと年上の、っていっても小学5年とかだけど、それくらいのちょっと不良ぽい子たちだけがやってたんだけど、そのうち同い年とか年下の子たちもやりだして、なかには運動神経のいい女の子もいた。

「ナガオ、こないだテレビ出てたでしょ」
「は?何それ」
「ほら、アカペラ歌うやつ。あれにナガオが制服着て、高校生のふりしてうたってるの見た」
「なにそれ、夢のはなし?」
「ちっがうよバカ」

そのころね、やってたアニメでね、わたしすごい好きなのがあったんだけど、主人公の女の子はスポーツ万能で、負けん気がつよくて、男の子みたいな女の子だった。わたしすっごいその子に憧れてさ、その子みたいになりたくて、だから、塀くらいのぼれなくちゃって思ってた。でもこわくて、絶対そんなことしたくなくて、臆病だからのぼらなかったんだけど、なんでわたしはこうなんだろうって、ずっと思ってた。

「じゃーもう帰るから、4限の出席表、おれのも出しといてね」ナガオは笑って歩きだした。
「はあー?死ね」つられてわたしも笑った。
「だしといてねー」ナガオが笑う。
「死ねっ」笑う。
しだいに小さくなってゆくうしろすがたをぼんやりと眺める。ほっぺたの筋肉がもとにもどっていくのを確かめる。ナガオ。米粒大の背中に向かって、心の中でつぶやいてみた。
ナガオ、あのね、ちいさいころすんでた家はね、白いマンションだったんだけど、目の前に小さな公園があったの。つよくつよく思ったら、振り返ってくれるかしら。そんなはずないけど。
あーあ。ずっと聞いてほしかったことはみんな、ナガオを目の前にして、泡になってしまう。別にいんだけど。楽しかったから。そう思い直したらなんかいいような気がしてきたので、まわれ右をして学校へむかった。
西日のあたる、橋の欄干の影に足を沿わせて歩く。立ちどまって、ちょっとだけ両腕を宙にあおがせてみる。下をみると、わたしの影。おびえることなく、しっかりと、果敢にも欄干に立っている、19歳のわたしの影。
ナガオって呼んだ。でかいミニカー、ちっがうよバカ、高校生のふりとか、死ね、しねしね。
6歳のわたしは、こんなこと言わなかった。恐がりで、きらわれるのがいやで、わたしは何ひとつ変わってないのに、言えるようになってしまった。
おとなはみんな、うそつきだ。
そーだよ。のぼれなくっても平気、うそなんて簡単につける。主人公になれる。
ずるくなったよなあ。少しだけ笑って、わたしはまた歩きだした。

おしまい

伊藤早紀 1A「水槽」 2002年06月03日(月)14時51分20秒
課題(親記事)/箱を題材とした創作 への応答


心の刺繍がほどけたら
深い水の底に沈む

いつも

沢山の人が私に色をつけていくけど
ここではまるで平気
何も聴こえないから
私でいられる

悲しみに溺れているわけじゃなくて
うつむいた私を元に戻す場所
私は私でいていいと
思いだす場所



松永洋介(アシスタント) 課題/6日、「ポスト」は延期・代りに「小さな箱」やります 2002年06月03日(月)12時30分27秒
課題/6月6日の合評会のための感想文 への応答

6日の授業に「ポスト」の渡邊さんが来られなくなりました。
なので、次回の合評会でとりあげる作品を
山口文女1A「お空のパジャマ」
麻生摂子1A「小さな箱」
の2つに変更します。

急な課題変更ですが、「お空のパジャマ」と「小さな箱」の感想を書いてください。

提出日時は、厳密に火曜日中でなくてもかまいませんが、遅くとも水曜のお昼までには投稿するようにしてください。みなさんが授業に出てくる前に読めないような時間に投稿したのでは、「合評会のための感想」になりません。そのための提出期限なので、よろしくお願いします。

「ポスト」の合評会は後日やりますから、感想はいまから投稿しておいてもらってもかまいません。
その他の作品についても、なにか思ったらそのとき投稿しておくとよいと思います。

松永洋介(アシスタント) 課題/6月6日の合評会のための感想文 2002年06月02日(日)01時32分12秒

次回(6日)の授業では、「テスト」の古内さんが来られないとのことなので、
渡邊愛1A「ポスト」
山口文女1A「お空のパジャマ」
を扱います。それぞれの作者は、授業を休まないようにしてください。授業に出られないことがあらかじめわかっている場合は、できるだけ早く知らせてください。

▼課題
渡邊愛1A 「ポスト」
山口文女1A「お空のパジャマ」
への感想を書いて投稿してください。

▼投稿の仕方
感想は、作品別に投稿してください。
例によって雑談板に書いてもらいますが、今回は親発言はありません。各作品の最後にある「雑談板で応答」ボタンを使用して、それぞれの作品への応答として投稿してください。
毎回投稿手順が違って申しわけありませんが、今後はこの方式でいけそうな気がしています。

▼タイトルの付け方
決まった書式で投稿すると、あとで検索をかけるときにたいへん有効です。そこで、次のような書式で投稿してください。

作者名+課題番号/感想タイトル
例:渡邊愛1A/テは逓信のテ

▼締め切り
6月4日(火)いっぱい

授業の前日に掲示板を必ずチェックして、他の人の感想にも目を通しておいてください。印刷して授業当日に持ってくると、なおよいと思います。


なお、前回(5月30日)の授業では、
斎藤多佳子2A「宝石箱」1A「無題」
について合評をおこないました。
それから、合評という行為に関連して、他者の作品を評する言葉について、あるいはこの授業の目指すものについての議論があって、たいそう刺戟的でした。欠席した人は、じつにもったいなかった。
配付物はありませんでした。

宮田和美 3A「塀のぼり」 2002年05月31日(金)01時41分58秒

「ナガオ。」できるだけさりげなく呼んでみる。

あのね、ちいさいころ住んでた家にはね、マンションだったんだけど、目の前に公園があったの。狭くて、ぶらんことか砂場とか、ありきたりなものしかなかったんだけど、毎日近所の子たちとそこで遊んでた。

「ねむそうやね、寝起き?」
「ねみい、3限ずっと夢みてたし。なんかでかいミニカーに追われてた。」
「なにそれ、あつはなついみたいな?」
「ぜんぜんちげーよ」

公園にはね、となりの建物と仕切るための塀、そのころのわたしの背よりか全然たかいやつがあったんだけど、一時期、わたしたちのあいだで、塀のぼりが流行ったの。公園をかこんでるパイプでできた柵を足場にして、塀によじのぼるの。はじめはちょっと年上の、っていっても小学4年とかだけど、それくらいの不良ぽい子たちがやってたんだけど、そのうち同い年とか年下の子たちもやりだして、中には運動神経がいい女の子もいた。

「ナガオ、こないだテレビ出てたでしょ」
「は?何それ」
「ほら、アカペラ歌うやつ。あれでナガオが制服着て、高校生のふりしてうたってんのみた」
「なにそれ、夢の話?」
「ちっがうよバカ」

そのころやってたアニメでね、わたしすんごい好きなのがあったんだけど、主人公の女の子がスポーツ万能で、負けん気がつよくて、男の子みたいな女の子だった。わたしすっごいその子に憧れてさ、その子みたいになりたくて、だから、塀くらいのぼれなくちゃ、って思ってた。でも本当はこわくて、絶対そんなことしたくないし、臆病だからのぼらなかったんだけど、なんでわたしはこうなんだろうってずっと思ってた。

「じゃーもう帰るから、4限の出席票、俺のも出しといてね」ナガオは笑って歩きだした。
「はあー?死ね」つられてわたしも笑った。
「出しといてねー」ナガオが笑う。
「死ねっ」笑う。
しだいに小さくなってゆくうしろすがたをぼんやりと眺めながら、ほっぺたの筋肉が徐々にもとにもどっていくのを確かめる。
ふう、
たのしかった。
ゆっくりくるり、まわれ右をして、学校へむかった。

西日のあたる、橋の欄干のかげに足を沿わせて歩く。立ち止まって、ちょっとだけ両腕を宙にあおがせてみる。眼下には、わたしの影。怯えることなく、しっかりと、果敢にも欄干に立っている19歳のわたしの影。
のぼれなくっても平気。のぼってるふりなんて、いくらでもできる。主人公になれる。
ずるくなったよなあ。すこしだけ笑って、わたしはまた歩きだした。


おしまい

宮田和美 2A タイトル未定 2002年05月30日(木)22時34分24秒

いいことがあった。
あの子と笑ってバイバイができた。おとくな買い物をした。1年かかって、やっと仲よしになれた。
ちょっと前、会いたいなーって思ってたひとに、もう一度あいたいなって思えた。
気のせいかもしれないけど、せみの鳴き声が聞こえた。
町が色こくみえる。わたしの中のなにかが、むきむきと根をはり、育っていくのがわかる。
すれちがうひとがみんな、昔から知ってるいろんな誰かに見えた。

今日は月曜だっけって、ふと思った。あ、ちがう。木曜じゃんか。
でも、いいのだ。
わたし曜日は、今日が月曜。

宮田和美 1B「ワンモアタイムワンモアチャンス(笑)」 2002年05月30日(木)22時13分14秒

ナガオに歌ってと何度もせがんだ山崎まさよしの曲がのっているページには、いっしょに山崎邦正の「ヤマザキ1番!」と山崎ハコの曲ものっている。わたしは彼らの曲は一度たりとも聞いたことがなかったし、山崎ハコにいたっては男か女かすら知らない始末だ。
ただ、
ナガオがうたってる間、このページを開いてちらちらと視線をおとしながら今日は何をうたってもらおうかと考えていたころのわたし、のゆるんだ頬をこのひとたちは知っている。
三人の山崎、略してサンザキ。
あのころ、ナガオは自分がうたってる最中に、わたしが席を立つと決まってふきげんになった。だからわたしは自分のうたを一曲、犠牲にしなくてはいけない。
部屋に戻ると、演奏だけがにぎにぎしく騒いでいる中で、ナガオはよく目を閉じていた。白いテーブルの、ウーロン茶のグラスの隣には、上下さかさまに置かれた眼鏡が、わたしに背を向けている。ふう。
「ただいま」
大きな声でそう言ってからナガオが目を開けるまでのほんの少しの間が、一番こわかった。
こわかった。
もう、ナガオの顔色なんてうかがう必要もない。生活の7割をナガオとわたしの心配についやす必要もない。電話の沈黙におびえる必要もない。
大丈夫、大丈夫。


「おまえのばん」
直の声がして顔を上げると、それとほぼ同時にがちゃがちゃしたギターの音が耳をつんざき、ベースの音が、おなかにずーんときた。なんだか歌う気がしなかったので、
「ごめん、おしっこ」
と言い残してその場をはなれた。
トイレの水道を思いっきりひねって水を出し、手を洗い、髪をなおして全身を鏡で見てみる。ちょっと笑ってみたりなんかしてたら、入り口のドアを押すおねえさんと鏡ごしに目が合った。はずかしいので逃げるようにそそくさとトイレを出て、212番の部屋をさがす。212番。その下に、いやに明るい顔のキャラクター。
ドアにはめこまれているガラスから中を覗くと、直は真剣な顔で画面をみつめている。手にはマイク。ドアを開けるとへたくそな「OVER DRIVE」がどっと耳に入ってきた。しかも男の声だし。わたしは笑って、バカじゃんと言って笑って、間奏になっても笑ってて、もう大丈夫だと思って本を開いた。この顔を、三人の山崎、略してサンザキに見せつけてやった。


おしまい

上村謙輔 2A「千年松」 2002年05月29日(水)01時58分21秒

『前に投稿したやつは、期限ギリギリに書いたやつで、皆さんに合評されるだけの価値がないやつなので、こっちのお話で合評会に出したいです、お願いします』


 神奈川県の伊勢原という町に、千年松と呼ばれる松がある。
 その名の通り、樹齢がおよそ千年だといわれるのが、呼び名の由来である。
 しかし、本当の所は誰も知らない。
 この松の樹齢が千年だという最古の証拠資料は、鎌倉時代の始祖、摂津源氏の源頼光が嫡子頼義の誕生を機に記した「源氏盛来記」という文献である。
 これによると、頼光が当時はまだ未開拓の地だった相模の伊勢原の地を嫡子頼義の養育場にして、ここに住まわせ、頼義の誕生を祝して、末永く源氏が栄えるようにと松を植えたという。
 頼光が、何故頼義の住いを相模にしたのかは知られてはいないが、最も有力な説は、相模の現の伊勢原という町は、背に大山、丹沢、箱根、という三枚の山をもち、前方には丘一つない平野という、城造りにはうってつけの地だったこと、そこに子を住まわせることで後々にその地を得る口実になると考えてのことだと言われている。
 だが、後に摂津源氏は、清和源氏の勢力に勝てずに取り込まれている。
 そして、頼朝の時代になった。
 頼朝は平氏を滅ぼすため、非常に頑強な土地を探す必要があった。
 そこで選んだのが皮肉にも平氏が頼朝を流した、伊豆の近くにある、鎌倉という地だった。
 そこは、輪郭を山に縁取られ、前方には海を臨む、という、いわゆる陸の孤島と呼ばれるにふさわしい土地だった。
 伊勢原も候補に上がったと言われているが、鎌倉にはとても及ばなかった。
 伊勢原の名が忘れられると同時に、摂津源氏の松も忘れられていった。
 その後、この松は源氏、鎌倉北条、室町北条、徳川と、相模の地を治めた権力者達の盛衰をずっと見守った。
 その松が植えられたのが一〇〇一年、ちょうど千年前である。
 今まではおよそ千年と言うことで千年松と呼ばれていたが、決して表に出ることのなかったこの松は、遂に、名実共に千年松になったのである。
 しかし、この史実が正しいという証拠はどこにもないわけで、今でも信じる人、疑う人、と様々である。
 そして、今年もここ伊勢原では、太田道灌を祀る伊勢原の名物祭り、道灌祭りと共に、永松祭という千年松を祀る祭りが開催されようとしている。
 永松祭は、道灌祭りに比べるとかなり小規模の祭りだが、昔はこの町では道灌祭りと同じくらい有名な祭りだった。
 千年松は日向薬師という寺の中にある。永松祭もその日向薬師の中で催される。
 今年は千年松が本当に千年松になる年だけに、この祭りの主催者は例年よりも早めに準備をすすめていた。
 昔からの決まりで、永松祭の主催者は代々日向薬師の住職がすることになっている。
 この主催者という人物は、髪は真っ白、手の皮を摘めばもとに戻らないような、年のいった老人である。
 この老人は、祭りに来る子供によく同じ話をする癖があった。
 それは、この祭りに関する昔から伝わる逸話だった...。


 今から何十年も前、永松祭がまだ栄えていた頃のことである。
 その頃には、毎年永松祭が近付くと、町から一五歳未満の男子が集められ、松のある日向薬師の大生室という部屋で寝泊まりをし、松を見守るというしきたりなっていた。
 その役目を寝小姓といい、当時から志望者がなかったのだが、一人だけ、その寝小姓の役目をかってでる少年がいた。
 その少年は、日向薬師に隣接した家に住んでいて、寺をよく遊び場にして、千年松に時折語りかけているらしい。
 そして、日が暮れはじめ、景色から色が奪われる頃に、その巨大な千年松に登り、そこから自分の家の屋根に飛び下りて家に帰るという。人々は千年松に登るなんてけしからん!と、何度も注意したがその少年はやめることはなかった。
 しかし、その少年は祭り自体には参加したことがないのである。別に祭り嫌いというわけではないだろう。道灌祭りや、他の祭りで姿を見たという人は沢山いたから。
 その少年の噂は祭りではかなり有名になっていた。

 一度、寺の住職が少年に理由を尋ねたことがある。
「どうして本祭りには来ないんじゃ?」
 すると少年は鼻をつり上げ、目の間にしわを寄せて笑いながら
「じゃあ、おじいちゃんはなんでお祭りにいくの?」
 と、聞き返した。
「それはこの千年松を崇めるためじゃよ」
「ほんとにそう?ただ楽しみたいだけなんじゃないの?」
「ふむ、確かにそういった意味もある。しかし、我々の世代が何度も変わってきた様をこの松は見てきた。この松を見てるだけでなんか力が湧いてくるじゃろ?坊やもよくここに来るのはそれを感じてるからじゃろ?」
 そう言うと老人は庭の巨大な松を指差した。
「みてきた?なんでそう思うの?松には目なんてないし、ひとになんて興味ないと思うよ」
 少年はまた鼻をつり上げ、目の間にしわを寄せて笑った。特徴のある笑い方だった。癖なのかもしれない。
「ふぉふぉふぉ、確かに目はないのぉ、でもこれだけ盛大に毎年この千年松を崇めとるんじゃぞ?確かに祭りは楽しみが主流かもしれんが、全てはこの松あってのことじゃ。まさか人に興味がないことはあるまい」
「だから興味がなくなったんだよ、千年松は。まだわからないの?」
 老人はこの少年の言うことを聞こうとはしていなかった。ただ自分の考えを言い聞かせたかっただけだった。そんな老人には、この少年の言っている事は屁理屈にしか聞こえなかっただろう。
 しかし、それはこの老人に限っての事ではない。誰もが陥る過失である。どこに一〇歳そこそこの子供の言うことを聞く大人がいるのだろうか。きっと誰が聞いても皆が屁理屈だと感じるだろう。思い込みとはこういうものだ。
「ふむむ、坊やは寝小姓をすすんでやってくれているから千年松に登ったりすることに目を瞑っていたが、こうまでもそんな偏屈な考え方しかできないのなら寝小姓の目的から外れてしまうのう。寝小姓とは本祭りまでの間、この一年の感謝を表し、何事もないように千年松を見守ることが目的じゃ。坊やみたいな松に対して、間違った感情をもつ者にやらせられる役目ではないんじゃよ。悪いが今度から寝小姓を自粛してくれんかの?」
「わかってないなぁ、ぼくが毎日千年松をなぐさめてるからまだいきてるんじゃない。とくにお祭りは千年松がいちばん傷つく時期なんだ。ぼくがずっとそばにいないとだめでしょう?」
「もういい、帰りなさい。寝小姓は別の子を探すことにする。本祭りにおいで、そこでなら歓迎するが、もう大生室には入れることはできん」

 こうしてその少年は祭りから姿を消した。
 それから何回も少年のいない祭りが過ぎた。
 それは同時に寝小姓のいない祭りでもあった。
 昔とは言ってもやはり、風習に従うという事は、子供に毛嫌いされるものだ。
 少年が消えてから寝小姓のいる祭りはなかった。
 それだけの理由だけではないとは思うが、永松祭は廃れはじめ、ついには地区の自治会祭り程度のものと変わった。
 もちろん、寝小姓という役目も消え、千年松を崇めるという形だけが残った習わしがくり返されている。

 その日から七年後の永松祭。祭りを三日後に控えたとある夕方、偶然、いや、決められた筋書きだったのかもしれない。住職と少年は寺の門前で再会をした。
「お久し振りです、住職さん」
「はて、誰だったかな?」
 その老人の言葉を聞き、少年は少し嬉しそうに答えた。
「よかった、忘れてくれたんですね、僕です。七年前、あなたに祭りを追い出された子供です」
 老人はわざとらしく驚いた。きっと見た時から気付いていたのであろう。
「おぉ、大きくなったな」
 老人は少しためらった。過去の出来事が二人の隙間に凍った空気を走らせている。そう思ったのか。次の声が出るまでに少しの間隔が空いたが、老人はその片面の気まずさを乗り越え続けた。
「見ての通りじゃ、お前さんがいなくなったせいか祭りは急に生気を失ってのう、千年松も元気が無さそうじゃわい。やはりお前さんが恋しいのかのう、あの時はもしかしたらお前さんが正しかったのかもしれんのう」
 少年は気付かない程わずかに首を横に振った。そして老人を哀れむような目で見た。
「やはりあなたは何も分かってないです。あの時はあなたは正しかった。僕も正しかった。お互いに正しかったんです。というより、正しいなんて言葉はいつでも当てはめられるものじゃないですか。正誤なんてものは所詮自分主体なんですから。自分を基準に考えた時、物事は正しくなり、相手基準に考えた時、物事は間違いになるんですよ。だから今さら昔の事を間違っていたなんていわれても、なんとも答えられませんよ。正しさは両極端にあるんですからね」
「ふふふ、相変わらず口答えが激しいのう」
 老人は少年と再会したということを肌で感じて、少し微笑んだ。
「僕と住職さんの摩擦は見ていたものの違いですよ。あなたは千年松という『観念』を見ていた。僕は千年松という『物体』を見ていた」
「ん?どういう意味じゃ?」
「そろそろ本当の事を言いましょうか?住職さん、あの木はなんと言う木だか知っていますか?」
 そう言うと少年は、その巨大な松のすぐ隣に生えた小さな木を指差した。
「あれも松じゃろう?ずいぶん小さいけどな」
「僕はずっと千年松を慰めていました」
「そんなことはもう何度も聞いたぞ。でもここ七年は来てなかったな」
「いいえ、ちゃんと来てましたよ。千年松に会いに」
「そんなわけが、七年もわしが見逃してたとでも言うのか?」
「それが住職さんが長年、千年松を苦しめていた理由ですよ。はっきり言いましょう、千年松とはこの小さな松です」
「んなわけがあるか!老人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
「まぁ、そういう反応をするのは当たり前ですよ。長年信じてきたんですからね。でも、あなたがこの大きい方の松が千年松だとどうやって知ったのですか?」
「む、これが千年松だと知ったのは、お前さんとこの死んだ爺さんから聞いたからじゃよ」
「そうでしょう、なにしろこの松が生えているこの場所は、もともとはうちの敷地ですからね。寄付したんですよ。縁起物の千年も生き続けているというこの松を。家のすぐ隣であったし、日向薬師は由緒のある寺であったから」
 老人は黙って頷いていた。
「しかし、その千年松の隣にもとても立派な若松が生えていました。大きさは普通の松の一〇倍近くはあり、これも縁起物だと一緒に寄付することにしたんです」
 それは作り話だとしたら、あまりに質の悪い話だった。老人の目から最初の疑いは消えかけていた。
「そして祖父はこう言いました。これが千年松。確かに小さい方を指差した、と聞いています。しかしその時の住職さんはそうはとらなかった。古い松は大きいに決まっている、そういう先入観に捕われた住職さんは大きい方を千年松として、皆に披露した」
 夕日はもう落ち、辺りは青混じりの暗闇に変わっていた。もう若松の影に入ってしまった千年松を見ながら少年は話を続けた。
「祖父が最初にそのことに気付いたのは、最初の永松祭のときです。皆が千年松だと崇めていたのは、樹齢三〇年ちょいの若松の方だったのです。しかし、祖父はそれを訂正しようとはしなかった。どっちを崇めようと同じ信仰なら、悠然で壮観な方がいいだろう。今日からはあの松が千年松だ、と言って。僕もそれを聞いた時、何も間違っているとは思いませんでした。ただ、千年も生きても影でしか生きられない千年松を思うと可哀想で、それで毎日慰めに行くようになったんです。だから祭りの時、寝小姓として千年松を慰め、偽の千年松を崇める本祭りには行かなかったのです」
 老人の顔が少し曇った。
 確かにこれを事実だと思ったのだろう。
 しかし、すぐには割り切れなかった。
 割り切るには余りに長い時間が経っていた。
 『どれだけ』信じていたかは問題ではない。
この場合の老人は時間に捕われている。『長い時間』信じていた、のが問題であった。
 しばしば、人は時間に揺らぐ。その場合に考え込むことで答えを得るのは容易ではない。気持ちに任せるのが最も楽で最良の解決策のように思われる。
 そして、この老人もまた、自然とこの方法にのった。
「そんな事実があったのか、よし、今年の祭りでこのことを皆に知らせよう。そして、これからは本当の千年松を崇めようではないか。少年、お願いだ。今年の永松祭の寝小姓の時期は半分過ぎてしまったが、これからでもその役目受けてはくれないか?」
 少年は鼻をつり上げ、目の間にしわを寄せて笑った。何も変わらない癖のある笑い方だった。
「ふふふ、無理ですよ。分からない人にはずっと分からないものなんです。物事ってものは。あなたは一生千年松の意味は分からないでしょう。僕も一生永松祭の意味は分からないでしょう。それでいいのです。永松祭は今年もあの若松を崇めていれば。今さら本当の事を言っても、結果は永松祭をもって人々が千年松を崇め、楽しむことに変わりはないのですから。どうせ同じなら苦労して変えなくてもいいでしょう?」
「しかし、それでは千年松の気持ちが...」
「またですか?人に崇められたからって松は松。人間ではありません。人が人以外のものに気を遣っても何もありませんよ。要は人が何かを祀ったりするのは、それをだしに何かをしたいから。本当にその物を崇めている人なんていないでしょう?例えば祭りは楽しむ、ですかね。それに寝小姓をしてくれと言われても、僕はもう十六歳、できる年ではありません」
「そ、そうか、残念じゃ。千年松はこれからもずっと『小さな松』のままか」
「何を気にしているのです?まさか信じていたものに裏切られたとか思っているんじゃないでしょうね?相手は何もできない木ですよ?裏切られたも何もあなたが一方的に思い込んでただけじゃないですか。いや、相手が木だからって訳じゃない!人同士でもそうです。自分がいくら信用してると言っても、もしかしたらこっちが一方通行に信用してるだけかもしれないじゃないですか!それで、もしその通りだとしたら?あなたはすぐそうやって自分の過失だと思うんですか?別にいいじゃないですか、一方通行でも。自分が相手を信用している。相手も自分を信用している。そう思うだけで安心できたり楽になれたりするでしょう?逆に相手をそこで疑ってしまったら、その瞬間から自分も相手を信用してないって事になっちゃうんですよ!この永松祭も同じです。例え千年松が偽物でも、皆がそれで楽しむことに偽物も本物も関係ないんですよ。ただ『千年松』という観念が頭にあれば、それだけで祭りは成り立ち楽しめるんです」
 老人はこの少年の言うことに全ては賛同できなかったが、いちいち頭が下がる思いがした。
「そうか、すまんかった。わしは間違ってはいなかったのだな?ならわしはずっとこの偽りを信じていくことにしよう」
 老人はそう言うと足早に境内へと入っていった。もうこれ以上小僧に説教をされるのはこりごりだったのだろう。あまりにできたことを言われて、顔が赤くなっていた。そのことに鏡に気付かされると、老人は急いで祭りの準備を始めた。
「明々後日の祭りは、あの若松を思いきり目立つようにするかのう、千年松様には隠れていてもらわなければ」
 老人は久し振りに祭りが楽しみになった。
 いかにあの若松を千年松だと皆に思い込ませ続け、目立たせるか。その結果を早く少年に見せつけたかった。

 千年松はこれからもずっと若松の影で生き続けていく。それは確かに淋しいことなのかもしれない。
 その後の祭りで、老人は若松の周り一杯に松明を焚き、できるかぎり照らし出した。そして、できるかぎり千年松を隠した。
 その様はまるで、樹齢三〇年足らずの若松が、何千年もの歳月を生き続けてきたかのようにも見えた。
 『老人の祭り』は成功した。
 辺りを見回るふりをして境内を回った。
 が、少年の姿はなかった...。


 二〇〇一年、今年も永松祭の日が近付いている。その頃になると、この話を聞きに町から子供が主催者のもとへと集まってくる。
 主催者はこの話をした後、必ずこう言う。
「さて、これが本当だったら面白いのう?」
 と。
 そこで子供達は
「なぁーんだ、嘘なんかい」
 と、答える。
 この繰り返しがもう何年も続いている。
 そして今年も台本通りにことが進んだ。
 子供達を帰した後、老人は寺の縁側に立ち、帰る子供の背中を見ながら、話の続きを語りかけるかのように呟いた。
「結局はこの少年も矛盾してるんじゃよ。始めから永松祭の形を変える気がなければ、千年松の真相を教える必要なんてなかったんじゃよ。そうじゃろ?」
 丸まった背を杖で支えなおし、視線を千年松の方へと変えた。
「この話をする度に思う。相手に対して正誤を示すのは容易い。しかし、本当の意味で自分に正誤を示せる人はどれだけいるというのか。結局はこのわしも、自分で正しいと信じていたことさえもできてなかったんじゃ。どんなに自信を持っていても、思った通りに行動できているかは自分じゃ気付けないものじゃな」
「住職さーーん」
 突然、寺の門の辺りで呼ぶ声がした。
 老人は声のした方へ目を向けた。
 そこには子供が一人、夕暮れに立っていた。聞くと、さっきの話を聞きそびれたらしい。
「住職さん、あのお話をきかせてよ」
 子供は無邪気な眼差しをしわだらけの顔に向けた。
「いいぞぃ、でもな坊や、わしは住職じゃないと言ったじゃろ?」
 そう、日向薬師は二〇年前に主を失った。
 子のできなかった先代の住職で、空の寺になってしまったのである。
 その時、同時に永松祭も廃止になるところだったが、一人、主催者をかって出た人がいたために、祭りは救われた。
 それがこの老人である。
 子供は、思い出したように頷いた。
 老人もそれに合わすように相づちをうった。
「分かればよろしい。さて、話を始めるか」
 老人は鼻をつり上げ、目の間にしわを寄せて笑った。
 何も変わらない癖のある笑い方だった。
 

 神奈川県の伊勢原という町に、千年松と呼ばれる松がある。
 その名の通り、樹齢がおよそ千年だといわれるのが、呼び名の由来である。
 しかし、本当の所は誰も知らない。
 その松を祀る永松祭。
 崇められている松は偽物の千年松である。
 が、嘘で始まったこの千年松が、いつか名実共の千年松になることも、ありえないとは言い切れないのではなかろうか。
 今も、人々に疑われることなく千年松だと崇められているのは、あの時よりも少し大きくなり、樹齢を一〇〇年まで伸ばした、悠然壮観な若松の方である。

                                   完

奥野美和 2A「短歌」 2002年05月28日(火)23時43分13秒

さみしいな
こんな夜には
シリウスを
探して見つめ
大きく手をふる


はじめての
君への電話
間違えた
番号かけて
緊張2倍


素顔より
厚化粧の
きみがすき
はりきっていて
かわいいからね


ひとりきり
時計の音が
目立つ夜
君が残した
レコードかける


さみしいと
言ってもいいの
あなたには
消えたりしないで
手で確かめる


かさぶたを
じっと見つめて 考える
そんな時間も
大切なのさ

伊藤 麻恵 1B「少女はアイソレーション・タンクにのって」 2002年05月21日(火)14時53分52秒
課題(親記事)/箱を題材とした創作 への応答

 僕にはするべきことがあった。
 授業中、僕のとなりの席の夢野ミナコさんを観察することだ。でも本人には決してばれないように、顔は前を向き、目だけをできるかぎりミナコさんの方へむける。そうすると、ミナコさんの長いまつげ、ビーズがたくさんのりそうな、長いまつげも、汚い言葉をはっしたことがおそらくないだろう薄くていつも艶やかな唇も、すっと鼻筋の通った形のいい鼻も、まぶたにやきつける事ができる。

 今日もミナコさんは、誰もきいちゃいない生物の授業を一人熱心に聞いている。

 いつものように、ミナコさんを見つめつづけて一日がすぎた。そしていつものように一人、ミナコさんを思いながら何にもない帰り道を歩くのだろう。誰か、「キミの一生はそれだけでオーケーだ」…なんて言ってくれないだろうか。
 進路志望調査の紙を配られたからだろうか、今日はいつになく自分という人間がつまらなく思えてくる。行きたい高校なんてないし、第一、3年になったばっかなのに、そんな事考えちゃいねーよっ!!…みんなそんなもんだと思ってた。しかし、ふと見た同級生の進路希望調査には、H高校だの、K高校だの、具体的な高校名がしっかりと書き込まれていた。
 僕は愕然とした。
 一方で、「ミナコさんはなんて書いたんだろう」と思った。そのときにかぎって僕はミナコさんのことを見ることができなかった。

 ため息をひとつ、さて帰ろうと、教室の引き戸に手をかけたその時だった。

「佐伯くん」
…僕を呼ぶ声がした。
「ねぇ佐伯くん」
 クラス内透明人間である僕は、生まれて初めて他人に名前を呼ばれたような感覚に陥った。もちろんそんな事はないんだけれど…。
 何よりも、その声の主があのミナコさんであったことが、僕の脳を異常状態にさせたのだった。
「佐伯くん、あのさ、佐伯くんって、放課後いつもスグに帰っちゃうけど、何か用事でもあるのかな」
 低血圧のひとの寝起きのように頭がボーっとする。
「佐伯くん?…確か部活とか入ってなかったよねぇ」
「あ、ああ」
「ちょっとお時間ありますか?」
と、言うとミナコさんはいたずらっぽく笑った。
 いくじなしの僕はどうしたものかとうろたえていると、ミナコさんは急に真顔になって、僕の右手をグッと握り、そのままスタスタとどこかへむかって歩き出した。
 ミナコさんが丸の内OLのように速く歩くので、時々足がもつれてひきずられそうになるのを必死にこらえて、僕もミナコさんの手を強く握っていた。

 ミナコさんが立ち止まった。二人、理科室の前にいた。
 




卍うお〜またおわんなかった!!連載小説決めこんでるわけではないんですけど、メディアサロンでの作業なので時間に制約が…。(言い訳)
次回でおわります。

松永洋介(アシスタント) 課題/5月23日の合評会のための感想文 2002年05月17日(金)08時30分31秒
課題/合評のための感想文 提出の仕方 への応答

きのう(16日)の授業では、
東條慎生1A「交差点(かっこよく言えばクロス・ポイント)」
石黒美穂1A「箱庭を歌う」
について合評をおこないました。

次回(23日)は
越智美帆子1A「ケーキボックス」
斎藤多佳子2A「宝石箱」
と、進行によっては
古内旭1A「テスト」
を扱います。それぞれの作者は、授業を休まないようにしてください。
(授業に出られないことがあらかじめわかっている場合、できるだけ早く知らせてください。)

▼課題
斎藤多佳子2A 「宝石箱」
古内旭1A   「テスト」
への感想を書いて投稿してください。

▼投稿の仕方
感想は、作品別に投稿してください。今回はひとり2回投稿することになります。
前回と同じく雑談板に書いてもらいますが、作品への応答としてでなく、
それぞれ雑談板の親記事
課題(親記事)/斎藤多佳子2Aへの感想
課題(親記事)/古内旭1Aへの感想
への応答として投稿してください。

▼タイトルの付け方
決まった書式で投稿すると、あとで検索をかけるときにたいへん有効です。そこで、次のような書式を必ず守って投稿してください。

作者名+課題番号/感想タイトル
例:斎藤多佳子2A/接続語の使いかたが印象的

▼締め切り
5月21日(火)いっぱい

授業の前日に「物語の作法」雑談版を必ずチェックして、他の人の感想にも目を通しておいてください。


きのうの授業でも話が出たように、感想(批評)も、作品と同じように神経を配って書いてください。自覚なしにゆるゆる書き流さないこと。“顔文字”なんかも、うっかり使うのは禁止。よく考えたうえで「この文章にはどうしてもこの顔文字が必要だ」と思ったなら、どうぞ。
作品のどこをどうしたら、もっと面白く、読みやすく、その作品/作者のよさが生きるか考えて、具体的な提案をしてください。

毎週たくさん考える/書くことがあって大変だと思いますが、がんばってください。
これから名古屋へ行ってきます。

中里友香 1A「a boy in the box」 2002年05月14日(火)22時41分26秒
課題(親記事)/箱を題材とした創作 への応答

あるところに
クロゼットにて飼われていた女がいた
 
その腹からでてきた
濁った血と羊水にまみれ
葵の芳香にくるまれた赤んぼは
あろうことか銀のスプンをにぎって

暗闇に噴く光の輪を覚えていた彼は
生き延びていくことは可能だ
きちんと膝をそろえ 
(誰が教えたわけでもないが)
世にも優雅に
あんずのビスキュイを
喰った

新月の機嫌が良いときは
glassのみずうみに潜り
森の真珠とヘモグロビンを
はじいて
遊んだ

つめたい側面に両手をついて
切ない足どり
花見に出かける
 
シンプルな骨格と
四季を宿した頭髪と
宇宙の砂が沈んだ脾臓
それらと引きかえに
グリコゲン毎週水曜に
煎じて
飲み下すことを命じられたあばずれたちは
泣いて
彼を欲しがった

彼は
「待つ」
そのもの
天井のないクロゼットの底から
嵐が濾過されていくのをみたことがあるか?
鈍く尖った箱の四隅に
脊椎差し出したことは?

菊池さやか 越智美帆子1A 感想 2002年05月14日(火)21時38分30秒
1A「ケーキボックス」 への応答

小さなケーキボックスへのときめきは凄くよく分かります。たった一つのケーキのために用意された、一つの箱。ケーキがたくさん入った大きな箱とはまた違う。その場合はどちらかというと、中のケーキに目が向きますよね。誰がどれを食べるんだろとか・・。勿論これは私の主観だけれど。
文章がとても綺麗だと思います。出来れば白衣の男性に、もう少し気のきいたことを言ってもらいたかったかな?

菊池さやか 東条慎生1A 感想 2002年05月14日(火)21時06分55秒
1A「交差点(かっこよく言えばクロス・ポイント)」 への応答

最初はとにかくびっくりしました。こういうものを読んだのが初めてだったので・・・。
不思議な感じですね。読み終わった後の後味が不思議。こんな話をよく組み立てられるなあとびっくりです。文章に点が少なくて、ざあーっと流れていくような感じがしました。私は街路樹の攻撃シーンが一番好き。このシーンの文章が、一番するする流れていると思います。
ところで、山田なんとかという(確か、山田だったと思うのですが・・)SFを書く作家さんを知っていますか?何故かこれを読んでいて、その人の本を思い出しました。

古内旭 1A「テスト」(全文版) 2002年05月14日(火)03時49分09秒
課題(親記事)/箱を題材とした創作 への応答

   テスト


 まず、鍵について話す。
 我々は小さい頃、宝物箱を持っていた。それがどういう形のものだったのかは覚えていない。ディズニーランドで買ったクランチ・チョコの空き缶でもいいし、ミスター・ドーナツのポイントを集めてもらった小瓶でもいい。入れ物は何でもいい。重要なのはその中身なのだ。
その中には宝物として大事にした小物の類が詰められていたはずだ。お菓子のオマケについてくる塩ビ人形だったり、祖父にもらった怪しげなお守りだったり、好きな女の子がくれたビーズでできたトンボだったりした。
 しかしその宝物箱の中には必ず鍵が入っていたのだ。ゴシック風の装飾が施された、プラスチック製の小さくて青い鍵だ。何の鍵なのかは分からない。いつ手に入れたのかも分からない。なぜか我々はそれを宝物と認識し、大切に宝物箱の片隅にしまっておいたのだ。
我々はいつかその存在を忘れ、大人になっている。
 しかしその鍵を使う機会が、僕には一度だけあった。


 僕はその時、小学六年生だった。
 小学六年生というのは、実に奇妙な年齢だった。対極にあるべきはずのものが、溶けて混ざりあっていた。世界にはまだもののけが存在していて、僕たちは夜になるとその存在に怯えた。科学技術は魔術に劣っていて、各地には多くの伝説が残っていた。そして、いつか自分もその一部になって語られると思っていた。しかし、目に見えない強大な何かが、そんな世界を浸食していった。まるで世界の終わりだ。


 僕は相模原にある市立の小学校に通っていた。質素でこぢんまりとしていたけれど、清潔感のある校舎だった。
そこは特別田舎というわけでも無かったし、都会というほど都会でも無かった。地域の交流はそれほど無かったけれど、通りは車も少なく静かだった。少なくとも僕はその街に満足していた。
 しかし一つだけ、通常ではない場所があった。
学校の近くに、誰も近寄らない森があった。真っ黒な葉が覆い茂った不気味な木々が集まっていて、この世ではない別の世界から溢れ出てきた様な霧がいつも立ち込めていた。森の規模はまるで分からなかった。永遠の闇のように深いものだと、その時の僕は思っていた。そこにはいくつかの噂があった。森の最深部には願い事を叶えてくれる井戸だか小部屋だかが存在するとか、魔物が住んでいるとか、自殺死体がいたるところにぶらさがっているとか、そんな噂だ。
 僕は学校がとても好きだった。友達がたくさんいて、遊ぶことに夢中だった。我々はカラーボールで野球をすることもあれば、金持ちの友達の家でファミコンに没頭することもあった。プラモデルを作ったり、映画を見たりもした。自転車で海まで走ったり、電車で日帰り旅行をしたりもした。
我々はドラクエIVの発売は心待ちにしていたが、誰もベルリンの壁については考えなかった。
変化が訪れたのは秋だった。
 運動会の百メートル走で友達が新記録を出し、ちょっと前に僕が書いた鳥の絵が何とかというコンクールに入賞した時、転校生がやってきた。
「よろしくお願いします」と、その子は笑顔を見せて言った。とても上品な眉と目を持った、綺麗な声の女の子だった。
 どうしたことか、彼女は偶然にも僕のとなりの席に座ることになった。
「よろしくね」と彼女は言って、後ろ手でワンピースのスカートを押さえながら椅子に座った。背中に流していた長い髪が、ふわっと僕の前を覆った。彼女はそれを耳にかけると、僕の方を見てにっこりと微笑んだ。


 算数の授業では、我々はよく小テストを受けた。解き終わった者から先生のところに持っていき、採点をしてもらう。そして間違いがあればもう一度席に戻る。全問正解ならそのまま休み時間になる、というものだ。僕はそれが得意で、いつも一番だった。
 しかし、僕より速く解く者が現れた。例の転校生の女の子だった。ある時彼女は、僕が一生懸命問題を解いているとなりで、さらさらとシャーペンを走らせ、涼しそうな顔ですくっと席から立ちあがったのだ。
「お先に」と彼女は言った。やはり丁寧で上品な声だった。それは、微塵も嫌味には聞こえなかった。ただ僕は彼女を見送った。
 彼女が得意なのは、計算だけではなかった。ピアノが上手だった。それから手先も器用で、図工の時間に彼女が作り出すものは繊細でとても美しかった。僕だってピアノを習っていたし、絵を書いたり工作をするのは得意だったけれど、彼女はそれらをすべて越えたところにあった。


 彼女の転校から数ヶ月が過ぎて冬になっても、奇妙なことに我々の席は隣同士だった。我々はその間に、ずいぶんと話をするようになった。実際のところ、授業中はひまな時間が多かった。我々は誰よりも早く黒板を写すことができたし、誰よりも速く問題を解くことができたのだ。我々は多くのことを語り合った。人気テレビ番組の話や、好きな漫画の話もしたし、シドニー・シェルダンの小説における上巻の無意味さとか、『刑事コロンボ』の犯人がおかす過ちがいかに些細なものであるかという話もした。タイム・パラドクスについて話したときは、ノートを何ページも使ってああでもないこうでもないと試行錯誤したけれど、結論は何一つ出なかった。
彼女がよく話したのは、世界の箱の話だった。その話はたいていこうした質問から始まった。
「世界がどうやって始まったのか、知ってる?」
 彼女はいつもそういうことを考えていた。世界の始まりとか、世界の終わりについてだ。
「だって、無から有が生まれることは無いんだよ。最初に膨大な量の有があったの。そしてそれが失われていくことで時間が進むの。時間が進むということは、すなわち失われていくということ。誰かが手を加えない限り、温かいお茶はそこから冷めていくしかない。勝手に温まることなんてないんだよ。熱はどんどん失われていく。つまりエネルギーはどんどん失われていく。世界はいつか冷め切って失われちゃう。そうすると、世界が収まっていた箱は空っぽになるよね」
 そうして世界の始まりと終わりの話から箱の話に変わる。
「その箱の外は?」
「また箱があるんだよ。そのまた外にはまた箱があるの。そうやって延々と箱があるんだけど、きっとどこかで価値の転換があって、延々と外に向かって続いていたものが気付くと内側に進んでいる。だからきっと色んなところに世界の収まっている箱があるよ」


 ある時、我々は話が弾んで、放課後になっても教室に残っていたことがあった。教室の中は、掃除の後で机と椅子が不自然なほど美しく並べられていて、夕日が室内を切ないオレンジ色に染めていた。乾燥した空気の中には精霊でも住んでいるかのような幻想的なざらざら感があった。
「世界ってさあ」と彼女はゆっくりと言った。「ちょっとしたことで、取り返しがつかないほど変化しちゃうんじゃないかな。NHKスペシャルとかで、時々宇宙の話とかやってるよね。難しい算数の式がでてきて、これがこうであれがどうでって。前に見た映画の中で、天使が『数学は世界を解く鍵だ』って言ってたけど、世界って、あんな式で作られてるんだよ」
 彼女の声は、とても非現実的な響きを帯びていた。僕は、窓の外を見ながら話す彼女の横顔を見ていた。彼女はとても遠くの方を見ている様だったが、それが何かは分からなかった。もしかしたら、彼女の目に映るものと、僕の目に映るものはまるで違うものなのかもしれない。
「だからね、ちょっとした変化で、世界は一瞬で終わりをむかえるんじゃないかな………なんて思う」
 それから彼女は僕の方を振り返って言った。
「今日、あたしテストなの」
 放課後で、もう授業はすべて終わっていたし、テストなどないはずだった。彼女は塾に通っているわけでもなかった。ピアノか何かのテストだろうかと思った。
「一緒に来る?」と彼女は言った。


 我々がやってきたのはあの森だった。
 僕はたった一度だけ、友達と森に入ろうとしたことがあった。その時は、度胸試しをしようとしただけだったのだが、入り口を少し進んでから、すぐに怖くなって引き返してしまった。森の中はあまりにも真っ暗で、邪悪だったからだ。
 我々は森に踏み込んだ。
「怖くないの?」と僕は彼女にきいた。
「とても怖い」と彼女は小さな声で答えた。それから、彼女は僕の手を握った。
 森は暗かった。すでに夕方だったが、まだ日は出ていたはずだ。森に一歩入るまでは、常識的な明るさだった。森の暗さは、何とも名状し難い。この世の中に存在する、どの種類の闇とも違うものだった。空気も重かった。まるで液体のようだった。それが肺を真っ黒に満たしていく不快感があった。
 森は進むにつれ、さらに暗く不快になっていった。地面さえも、不確かな感触となり、底無し沼のようにずぶずぶと沈んでいく感じがした。周囲の不気味な木々は、古代生物のように見なれぬ奇妙な動きをしていた。それから奇怪な音だ。子供のうめき声のような不愉快なものだった。それは耳の奥にこびりついて、じわじわと脳まで迫ってきた。
 森の中には道とでもいうべきものがあったが、それはしだいに細くなっていった。我々はしっかりと手をつないでいた。わずかに彼女の手は震えていた気がする。しかしそれは僕の震えかもしれない。区別はつかなかった。
 やがて、森の最も深いところに辿りついた。道はなくなっていた。そして我々の先には一つの巨大な木がそびえたっていた。どこまで伸びているか分からない。この森全体を支えているかの様な巨木だった。その幹のくぼみに、青く光る小箱が置かれていた。
「じゃあ、あたし行くね」と彼女は言って、スカートのポケットから小さな鍵を取り出した。僕も持っていたあの鍵だ。同じ形をしていた。
彼女は藪の中を進み始めた。僕は彼女の手を引いた。
「テスト?」
「そう」
 彼女はそう言って、僕の瞳をじっと見つめた。僕は彼女の瞳の奥を初めて覗いた。彼女の瞳は大海だった。僕はそこに引き込まれそうになった。宇宙空間にふわふわと浮いているような無重力感に包まれ、僕は自分の居場所を確認せずにはいられなかった。僕は近くにあった木の枝を咄嗟に掴んだ。その瞬間、彼女と手が離れた。
「さよなら」
 気付くと彼女はどこにもいなかった。僕は一人で森の中にいたのだ。


 それ以来、僕は彼女と会うことはなかった。翌日から、彼女は学校には現れなかった。不思議なことに、学校の誰もが彼女のことを気にしていなかった。まるで、彼女は始めからいなかったのだ、とでもいうかのように、彼女の存在は消えていた。
 僕は、あれから何度も森にでかけた。そして彼女を探した。もしかしたら、彼女は僕を待っているかもしれないと思ったからだ。しかし、彼女の姿はどこにもなかった。一度だけ宝物箱に入っていた鍵を持っていったことがある。なぜかは分からない。彼女も鍵を持っていたから、何かのつながりがあることを求めていたのかもしれないし、僕もあの小箱を開けてみたいと思ったからなのかもしれない。しかしその時にはもう遅かった。森は、かつての姿ではなくなっていた。どこにもあの不気味さはなかった。普通の森となっていたのだ。


 こうして、僕は小学六年生の冬を終え、やがて卒業した。世界は変わっていた。


(おわり)

斎藤多佳子 2A「宝石箱」 2002年05月13日(月)15時22分58秒
課題(親記事)/箱を題材とした創作 への応答

どうしても前の作品が不本意すぎるので新たに書き直してきました。
こちらのほうで合評会には参加したいのですが・・・大丈夫でしょうか?

「宝石箱」

あたしがもらった宝石箱はずいぶん古くて
お母さんが誰かにもらって
あたしがもっと小さいころにずっとずっとせがんでた
そんな箱

もらったその日は一日しあわせで
開けたり閉めたり出したり入れたり
だから右上の小さな扉はうまく開かない箱

キラキラキラ ビーズを敷き詰め
箱のなかにはガラスの指輪とおもちゃ達
後は空 まだまだ入る これからたくさんたくさん

嬉しいことがあった日はビー玉一つ
悲しいことがあった日はあめ玉一つ
楽しいことがあった日はお星さまを一つ
それでも足りない もっともっと
もっといっぱいになれ宝石箱


箱が古ぼけた時間だけあたしの背丈も伸びて
それなり だけど 大切な人もできた
つらいこともあるけれど 前よりもしあわせだとも思うんだ

キラキラキラキラ ビーズの海には
箱いっぱいの夢と希望と不安
もうすぐあふれそう 開いているのは右上の扉

嬉しいことがあった日はビー玉を一つ
悲しいことがあった日はあめ玉を一つ
あなたが笑ってくれた日はハートを一つ
それでも開いている一つの場所は
なんだか わかる?
ねえ 照れてないで答えてほしいな

中里友香 自己紹介 2002年05月13日(月)06時11分48秒
課題(親記事)/朗読テキストの紹介と自己紹介 への応答

遅ればせながら、自己紹介をします。
中里友香(なかざとゆか)といいます。
表現文化学科所属の2年生です。
 
好きな作家は吉本ばななや尾崎翠など。あと坂口安吾の描く女に、好きなのがいくらか。
そう、吉本ばななの作品を愛しているのですが、
それは圧倒的な「寄添い感」もしくは「読み手の懐へ飛び込む敏捷さ」によるものと思われます。
はじめて読んだときは、そりゃもうびっくりしました。
魚が尾ひれで水をけるように、
私の中に飛び込んできた(今のところ)唯一の小説だったもので。 
それ以降、彼女の小説にふれることは、
おいしい水を飲むような、かけがえのない行為となっています。
「もはや教育だな、これは。」
と思うことも、しばしばあります。

好きなミュージシャンは小沢健二くらいしか、今は思いつきませんが、
まだまだいます、たぶん。

(もしあるのなら)リーディングは、坂口安吾の「青鬼の褌を洗う女」の最後のほうを
読もうかなと、考えていますがどうなるかわかりません。

みなさん、はじめまして。
どうぞ、よろしく。

寮美千子 課題/合評のための感想文 提出の仕方 2002年05月09日(木)23時25分55秒

▼本日の課題
本日の授業で、一応課題を提出した全員に、朗読&自己紹介をしてもらいました。次の授業では、創作してもらった作品の合評に入りたいと思います。提出順に順次合評していく予定です。

授業では、東條慎生さんと、越智美帆子さんの作品の合評といいましたが、90分あるので、もう一作品可能かもしれません。そこで、もうひとり、石黒美穂さんの作品も、合評の対象にしたいと思います。

上記3作品の感想、意見などを、各自、雑談版に投稿してください。これを、来週までの課題にしたいと思います。

▼投稿の仕方
感想は、作品別に投稿してください。今回は3作品あるので、ひとり3回投稿することになります。

「物語の作法」掲示板の各作品の下にある「雑談版に応答」というところをクリックすると、投稿用の書式がでてきますので、そこに書き込んでください。こうすることで、元の作品に簡単にリンクすることができるようになります。

▼タイトルの付け方
決まった書式で投稿すると、あとで検索をかけるときにたいへん有効です。そこで、次のような書式を必ず守って投稿してください。

作者名 課題番号/タイトル
(例)
東條慎生1A/なんかよくわからないけれどカッコイイ作品だ

▼今回の合評対象作品
東條慎生1A  「交差点(かっこよく言えばクロス・ポイント)」
越智美帆子1A 「ケーキボックス」
石黒美穂1A  「箱庭を歌う」

▼締め切り
5月14日(火)いっぱい


授業の前日に、「物語の作法」雑談版を必ずチェックして、他の人の感想にも目を通しておいてください。


じゃあ、がんばってね。
わたしは、土曜日から鳥取、姫路、丸亀です。鳥取の海岸で、どんな漂流物と出会えるだろう? では。

多田草太朗 1A「箱庭革命」 2002年05月09日(木)20時23分50秒
課題(親記事)/箱を題材とした創作 への応答

夕焼け小焼けを聴きながら

路頭のゲリラは小走りに

塀の中で強姦され

汚物を投げ捨てる夢見る少年の夢を見た

「メーデー メーデー

箱庭内部の気圧が上昇中

箱庭内部の気圧が上昇中」

くそったれ!

反吐とともに今日の償いを呟き

ミートスパゲティは汚いからゴミ箱につっこみ 夜

枯れと彼の憎むべき愛人は

二人だけのラプソティーキチガイを演じ

絶望したパン屋の主人に人殺しの烙印を押す

ココニコウゼントセンゲンスル!

剣先をしゅしゅっと滑ったが

尖るにはまだ早い

窓から見る半透明の彼

俺はもう駄目だろうと呟き

殺されそうな青空に精液をぶっ飛ばす 朝

夏草の臭さが臭くて嫌だ!

ああ!偉大なる母上

あなたはもうとっくに浄化出来ない

確か

今日の103時に塀の外を革命家が横切るだろう

オーイ! オーイ! ココダヨウ!

プラスティックの銃口跳ね除けた

天才的な革命家は素早くそれを察知し

ぼく☆おっぱい〃が〇ゝのみたいですл℃!

と哀しい声で絶叫する

ああ!なんてことだ!こんなことなら

アカシアック年代記でも読んどきゃよかった

とゲリラ的後悔

もう革命家なんて知らねえよ!(ここで唾を吐きましょう)

そうだ!

ゲリラは「革命」という言葉しか見たことがない

失敗した!失敗した!

塀の中が歪んでるーーーーーよう

汚物はもう気にしない

助けてください

さよなら!さよなら!

早くあの子が死にますように

早くあの子が死にますように

「メーデー メーデー

箱庭・・・死んだ・・・空

・・・が・・狂った水・・ですね

さよ・・・僕・・・愛し・・・」

・・・・・・・・・・・

ここで通信は途絶える

再度500,000,000年後に

交信システムの回復を待つ


本当は縦書きで読んでほしかったんですけど、ここじゃ無理ですもんね。
あと、「ぼく☆おっぱい〃が〇ゝのみたいですл℃!」の部分は掲示板に正確に入らないみたいです。記号の横にルビとして「ぼくおっぱいがのみたいです」と書かれているのが本当です。
それでは、また。

多田草太朗 自己紹介 2002年05月09日(木)19時40分12秒
課題(親記事)/朗読テキストの紹介と自己紹介 への応答

今回、新たにこの授業に参加することになりました。
表現文化二年生、多田草太朗といいます。

好きな作家:福永武彦、小川国夫、日野啓三、高橋源一郎
好きな詩人:吉増剛造、天沢退二郎、長田弘、稲川万人
好きなバンド;number girl,the back horn,the jon spencer blues explosion,beastie boys

最近は詩ばっかり読んだり書いたりしてますね。
前は小説の方が多かったのですが。

テクストの朗読は(これから僕の番はあるのでしょうかね・・・)吉増剛造の「アドレナリン」をやりたかったのですが、長すぎるために稲川万人の「2000光年のコノテーション」(こちらのほうが長いのですが、特に印象的な部分を抜き出してみます)を選びました。
1991年四月十日、詩潮社刊。1942円也。

僕は詩でも小説でもなんでもいいんですが、「世界」が構築されていて「風景」の見えるものが好きです。もちろん、作者それぞれ「世界」は違いますし、「風景」も違うけれど、とにかくそれらが確立されているのが好きなのです。そしてそれらが僕に見えること。見えないものはただ通り過ぎていってしまいます。まあ、ただたんに僕の好みの問題ですけどね。
それでは、生徒のみなさん、寮先生、お世話になります。

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