十五歳の夏、文庫本で 『黄いろのトマト』を読んだ。
読みながら、涙が溢れてきた。読み終えて本を閉じたとたん、がまんがならなくなって、わたしは机につっぷして泣いた。声をあげ、手放しで泣いた。そんなにまで、この物語は十五歳のわたしに悲しかった。どうしてそんなに悲しかったのか、その話からしようと思う。
■『黄いろのトマト』という物語
ペムペルとネリという兄妹がいる。両親はいない。いないというより、その世界では両親などというものが存在しないかのように描かれている。ふたりは、ふたりっきりで青いガラスの家に住み、赤いガラスの水車場で小麦をひいたり、黄色いガラスの納屋に穫れたキャベツを運んだりして、実にたのしく暮らしていた。
まるで海の底のように見える厚いガラスの家のなかで、ふたりは歌をうたう。声は外に洩れない。ふたりだけで歌う、ふたりだけに聞こえる歌。なんという甘美な幻想。まるで、永遠の羊水に漂いながら抱擁をつづける双子の胎児のようだ。
そんなペムペルとネリに、悲しい竜件が起きてしまう。
「ペムペルはほんとうにいゝ子なんだけれどもかあいさうなことをした。
ネリも全くかあいらしい女の子だったのにかあいそうなことをした。」語り手の蜂雀は、何度も何度もそう繰り返す。そして、その悲しさに耐えられないというように、口をつぐんでしまう。やっと話しだした 「かあいさうなこと」とは、こんなことだった。
ふたりはトマトを植えていた。そのなかの一本が、なぜか黄色い実をつけた。
「『にいさま、あのトマトどうしてあんなに光るんでせうね』
ペムペルは唇に指をあててしばらく考えてから答へていた。
『黄金だよ。黄金だからあんなに光るんだ』」
ふたりはそのトマトをとても大切にして、手も触れずに過ごす。
そんなある日、街にサーカスがやってきて、楽隊の音色が聞こえてくる。
「まるでまるでいゝ音なんだ。切れ切れになって飛んではくるけれど、まるですゞらんやヘリオトロープのいゝかをりさへするんだらう、その昔がだよ。」
ふたりはいてもたってもいられなくなって、音をたどっていく。するとサーカスの行列に出会う。象や黒人など、ふたりがいままで見たこともない異形の者たちの行列だ。行列はやがて町はずれの天幕にたどりつく。
「看板のうしろからは、さっきの音が盛んに起った。
けれどもあんまり近くで聞くと、そんなにすてきな音ぢゃない。
たゞの楽隊だったんだい。
たゞその昔が、野原を通っていく途中、だんだん音がかすれるほど、花のにおひがついて行ったんだ。」
それはひとつの警告だったのかもしれない。ふたりはそれでもサーカスに魅了されたまま、離れられない。サーカスを見るには黄金が必要だ。しかし、ペムペルには持ちあわせがない。そこで、ネリにそこで待つようにいって、家まで走って帰る。戻ってきたペムペルの手には黄金のトマトがあった。ネリは悦んで飛びあがり、ふたりは黄金のトマトを番人に渡してサーカスに入ろうとする。
もちろん、それが通用するわけがない。
「『なんだ。この餓鬼め。人をばかにしやがるな。』」
番人はトマトを投げつけ、それはネリの耳にひどくあたり、人々はどっと笑う。
ふたりは泣きながら、昼に象を追いかけてきた道を戻っていく。語り手の蜂雀は言う。
「ああいふかなしいことを、お前はきっと知らないよ」 蜂雀の話を聞いていた子どもは、泣きながら戻っていく。そういうお話だ。
■『黄いろのトマト』のどこがそんなに悲しいのか?
この物語のどこが、そんなにも悲しかったのか。黄色いトマトを黄金だと無邪気に信じられる子どもの純粋さ。黄色いトマトとサーカスひとつとを交換できると素朴に思える子どもの無垢な心。それを理解しない心ない大人、あるいはたとえ理解したとしてもそれを受容することのできない大人の世界の悲しさ。無邪気な子どもの夢は常に冷たい現実にぶちあたって砕け散らざるを得ないことの悲しさ。
というようなものではさらさらない。そんなものでは、絶対になかった。わたしが悲しかったのは、ペムペルのことだ。彼が黄色いトマトをサーカス見物と交換しようと思いついた、そのことなのだ。そのとき、ペムペルは自らで自らを楽園から追放した。だから、悲しいのだ。際限なく悲しいのだ。
それがなぜ悲しいことなのか、説明するのはひどい蛇足のようにも思われるけれど、あえて語らせてもらおう。
畑に黄色いトマトが実ったとき、ふたりはそれを「黄金」だと思った。ここでいう「黄金」とは、すばらしいもの、立派なもの、美しいものの象徴だ。それは、その美しさだけで世界から屹立している。美しさはまっすぐにペムペルの心に届き、彼にはそれを感受する能力がある。ネリも兄とともに黄色のトマトの美しさ立派さを共有する。だからこそ、大切にして手も触れなかった。
そう、世界はほんとうは美しいもので満ちているのだ。子どもたちは、それを知っている。風に舞う花びらを掌いっぱいに拾いあつめる。蜘昧の巣に結んだ銀色の雫に見とれる。海岸で波に洗われていたガラスのかけらを宝物にする。ただ美しいというだけで、そこに絶対的価値を見いだす能力が子どもにはある。「黄色のトマト」は、それら美しいものたちの脊属のひとつだったのだ。
それが価値があるのは、その瞬間、それが輝いているからだ。他に理由はない。珍しい貴重な物だからでも、所有できるものだからでも、他の何かと交換できるからでもない。どんなにありふれていても、どんなにはかなくても、たとえ自分のものにならなくても、なんの役にもたたなくても、きれいなものはきれい、すてきなものはすてき。つまりそれは、存在そのものが輝いているということだ。子どもは、世界の輝きを直に感じとる。存在そのものと、直に交感する。
存在の輝きは、それぞれの固有さから発する。決して何かと「交換」したりできるような類のものではない。何ものとも交換できないということが輝きの本質なのだ。世界のすべては、本来交換不可能なものからできている。すべては、かえがえのない存在だということだ。
それなのにペムペルは、そこに交換の原理を持ちこもうとした。「黄金のトマト」を「サーカス見物」などというものと交換しようとしたのだ。確かにそれは魅惑的だった。そう見えるようにつくられているのだから。けれど、遠くからは美しいと思った音楽が、近づいてみれば興ざめな代物だということにペムペルはすでに気づいていた。それなのに、彼はサーカスに魅了された。そのうすっぺらな魅力に捕われて、かけがえのない輝きと交換しようとしたのだ。「黄色のトマト=黄金=お金」という等式を成立させて。
これは決定的な誤謬だった。なぜなら「美しく立派なもの」を意味する「黄金」は、「あらゆるものと交換可能なもの」を意味する「お金=黄金」とは絶対に重ならないものだからだ。
そして、こんな等式が世間に通用するはずがない。黄金のトマトは、ただのうらなりの黄色いトマトとしてさげすまれ、価値のないものに貶められる。番人は怒り、人々は嘲笑する。
取り返しがつかない。
トマトは投げつけられネリの耳にひどくあたり、ネリの心は深く傷つく。人々に笑われてふたりは逃げだす。ペムペルもたまらなくなって、丘まで走ってきてにわかに高く泣きだす。泣きながら、駈けてゆく。ふたりの心のなかで燦然と輝いていた黄金のトマトは、情けないうらなりのトマトになってしまった。それはもう二度と、かつてのように輝くことはないだろう。この出来事を、ふたりは決して忘れることはないだろう。いつまでも傷になって残るだろう。それを拭い去ることは永久にできない。楽園は、一点の傷もなく汚れもないからこそ、楽園だった。それが傷ついてしまったいま、もう楽園はない。ふたりは二度と、あの結晶質の透明なエロスの世界に戻れない。
そうなったのは、だれのせいか? 他者を責めることもできる。番人がいけない、笑った人々がいけない、世界の方がいけないんだとわめき散らして、自分をごまかすこともできるだろう。自分を護るにはいい方法だ。実際そう言って生きてゆく人はたくさんいる。けれど、そうするにはペムペルは、あまりにも混じりつけのない魂の持ち主だった。自分が何をしでかしたか、きっと彼にははっきりと見えてしまっていたのだ。すでに見えているものをごまかすことはできない。見えすぎるということもまた、ある種の不幸かもしれない。
それに、番人にどれだけの罪があるだろう? それが彼の職務で、そうしなければ、彼はこの世で生きてゆけないのだから。すべては交換可能であるという約束のうえに世間は成立している。世間は、はじめから失楽園であることを前提に成立しているのだ。
悪いのは、他ならぬ自分自身、心のなかの輝きを、たかがサーカス見物と交換しようなんて、あさましいことを思いついたペムペルにあるのだ。その瞬間、彼は「ほんとうの子ども」である資格を失った。その座から、自分で自分を蹴落とした。
自分のしたことで自分だけが苦しむなら、まだあきらめもつく。大切な妹の心まで傷つけ、楽園追放の道連れにしてしまった。取り返しがつかない。そう思うほどに、自分への悔しさがつのる。どんなに自分を責めても、もうふたりの楽園は戻ってこない。帰るべき楽園は、この世から永久に失われてしまった。
そして、それがきっと「大人になる」ということなのだ。
十五歳のわたしは、そう思って、限りなく悲しくなった。きっといま、自分が立っている場所がペムペルのいた場所。そう思うほどに涙がとめどなく溢れてきた。
■『黄いろのトマト』はなぜかくも複雑な構造をしているのか?
ところで、この物語は実に複雑な構造をしている。事件の起こった場所から、それが記録される場所までが、恐ろしく遠い。この物語を記したのは博物館十六等官のキュステ。物語は、まずそれが彼が子どもの頃の回想であるということで「時間」で隔たれ、しかも本人の体験ではなく、蜂雀からの伝聞であるということで「空間」で隔たれている。その蜂雀にしてもすでに剥製になっていて過去の思い出を語るのだから、さらにまた途方もなく深い「時間」によってキュステから隔てられているのだ。版によっては、キュステが書いたものをさらに宮澤賢治が訳述したという形式をとっている。まるでプルトニウムでも扱うかのように、注意深く何重にもかけられたプロテクト。その向こうに、ようやく物語はある。物語はなぜ、こんなにも複雑な手続きを経なければ語られなかったのか。
結論を急げば、それはこの物語があまりにも悲しすぎるからではないか、とわたしは思う。悲しみのあまり危険なほどに。
「世界」は本来、交換不可能な独自の存在から成り立っている。人はみな、その世界のかけらとして生まれてくる。だから、子どもたちには存在の輝きを直に感じとる力があるのだ。けれど「人間社会=世間」は、すべてが交換可能であるという約束のうえに成り立っている。「世界」と「世間」は、はじめから相反しているのだ。しかも、人間は世間を離れては生きてはいけない。世界のかけらの一片として生まれた子どもは、いつしか交換原理を認めて大人になり、世間と交わっていかなければならない。そうしなければ、この地上で生きのびていくことはできないのだ。
楽園を失ったのはペムペルひとりではない。すべての子どもはいつしか、楽園を失わなければならない運命にある。すべての大人たちは、かつて楽園を失った記憶を持つ。
もっと悲しいことに、人は何者かに強制されるのではなく、多くの場合自ら楽園を放棄してしまうのだ。ペムペルのように。
それはペムペルだけの事件ではなく、すべての大人が大人になるために、どこか遠い過去において通過してきた事件だったに違いない。つまりこれは「心の深い部分の記憶=神話世界」に属する出来事なのだ。しかも、とても悲しい「ほんとうのこと」なのだ。真実を知るのは、時に非常な危険を伴う。見据える力がなければ、自己が崩壊してしまうからだ。
それゆえに、事件はとても遠くで語られなければならなかった。神話領域の物語であるということと、それが悲しすぎる真実であるという、二重の、だからこそひとつの意味において。
語り手の蜂雀がすでに剥製という「死者」であることも、これで納得がいく。単なる過去の時間ではなく「死」という断絶の彼方でこそ、この物語は語られなければならなかった。この物語の複雑な構造は、だから、物語の本質が要請した必然の影だったのではないだろうか。
■ペムペルとネリはどのような「楽園」に棲んでいたのか?
物語にこの複雑な構造を要請したもうひとつの要因に「楽園」の問題がある。
この物語のなかで、ペムペルとネリのいる場所は、ふたつの意味において楽園だ。ひとつは、存在が存在のまま輝いている場所だということ。もうひとつは、ペムペルとネリの完全に閉じた世界がそこにはあったということだ。その意味において、楽園は無傷だった。無傷でなければ、楽園は楽園と呼べないともいえるだろう。
楽園が無傷であるためには、夾雑物や不純物、また永遠性を損なうものは一切排除されなければならない。けれど、賢治は最初からそのことに気づいていたわけではなかった。蜂雀はペムペルとネリの話をこうはじめる。
「ペムペルとネリは毎日お父さんやお母さんの働くそばで遊んでいたよ」
その先、物語は突然途切れる。原稿が失われているのだ。再び物語が語られはじめたとき、そこからは両親の姿が消されている。失われた原稿のなかで、両親は抹殺されたのだ。ふたりだけの世界に混入した爽雑物として、またふたりが永遠に子どもでいることを損なう存在として。そして、抹殺したということを確認せずにはいられないといった調子でこう書かれている。
「『おとなはそこらにいなかったの。』わたしはふと思い付いてさうたづねました。
『おとなはすこしもそこらあたりに居なかった。なぜならペムペルとネリの兄妹の二人はたった二人だけでずいぶん愉快にくらしてたから』」
大人が消え去った後、まるで何かから解放されたように突如としてのびやかにたち現われるおとぎ話のような世界。ガラスの納屋、ガラスの水車小屋、ガラスの家。
「二人が青ガラスのうちの中に居て窓をすっかりしめていると二人は海の底に居るように見えた。そして二人の声は僕には聞こえやしないね。」
まるで深い海の底のような青いガラスの家。それは水晶のように透明で硬質でありながら、羊水のようにやわらかくふたりを包む。賢治はふたりをここに閉じ込め、外界から遮断する。いや、ふたりの世界から外界を遮断したのだ。外にいる者には、その声さえ聞こえない。けれども、それだけではまだ足りないとでもいうように、賢治はさらにこう書き加える。
「それは非常に厚いガラスなんだから」
賢治は、ふたりをただふたりつきりにすることにアグレッシヴでさえある。そして、そう言いきったとたん彼が感じたであろう限りない安堵を、わたしもまた深く感じるのだ。分厚いガラスに護られた夾雑物のないふたりだけの空間。それは、恋人たちにとってふたりのいる空間が世界のすべてであるような、そんな空間だ。そこに流れるのは、見つめあう一瞬が永遠であるような、そんな時間。永遠のなかで純粋に閉じた「ふたり」。
そこで、ペムペルとネリはうたう。声をそろえてうたう。ふたりの声は混ざり、溶けあい、絡みあい、和音を奏でただろう。けれど外にいる蜂雀には少しも聞こえない。音楽というものの本質を思うとき、わたしはここに、濃厚なエロティシズムを感じないではいられない。完壁に閉じた空間でふたりによって奏でられる、ふたりだけに聞こえる音楽……。
けれど、これは危険すぎはしないか? ふたりは兄妹なのだから。
そう、あまりにも危険で、あまりにも過剰だ。ここに賢治の妹トシとの関係が投影されていることは改めて言うに及ばないだろう。その意味でもこの物語はプルトニウムのように注意深く遠ざけられ、神話領域で語られなければならなかった。過剰なまでのエロティシズムを、限りなく甘美でありながら、限りなく透明なものに浄化するために。
その目論見は成功して、読んでいるわたしたちはそこに、神話世界でのみ可能な純正の楽園を見る。それは、生身の肉体に拘束された限定つきのエロスを遥かに凌駕した、無限のエロスの世界だ。濃密でありながら、どこまでも透明な、混じりっけのない甘美さ。
それほどまでの楽園を失ったからこそ、物語は無性に悲しい。そしてその悲しさもまた、まるで夢のなかの悲しみのように、どこまでも透きとおっている。まるで無限の彼方からとめどなく湧きあがる透明な風のように。
十五歳の夏、物語を読んでぼろぼろと涙を流したあの感覚は、悲しい夢を見て泣きながら目覚めた、あの感触だった。理由もなくただただ悲しい、そんな種類の悲しみだった。
夢のなかではときに、あらゆる夾雑物や不純物が排除されて、悲しみも、甘美さも、それ自身でしかありえないものに徹底的に純化される。すべての感情が、限りなく澄んでゆく。この物語が持っている感触は、それにとてもよく似ていた。
■「夢の装置」としての物語
つまり、この物語は実は 「夢の装置」なのだ。楽園のとめどない甘美さと、喪失のやるせない悲しみを、もっとも純化した形で伝えるための濾過装置。
であると同時に、危険にすぎる物語を、神話領域に遠ざけるための安全装置でもある。物語は、ふたつの危険な真実を白日のもとに晒けだしている。楽園が、あまりにも甘美な近親相姦的世界であるということ。その楽園を失ったのは、他でもない自分自身のせいで、もう二度と取り返しがつかないということ。
真実を知る者はいつも、語りたい欲求にかられるものだ。それが、隠されていればいるほど、語りたい気持ちはつのる。蜂雀もその欲求にかられ、自ら語りだしてしまった。それが語るのに苦しいほど悲しい物語だと知っていたのに、話さずにはいられなかったのだ。
そして物語は「夢の装置」のなかで語りはじめられる。
何度も何度も逡巡されながらも、ついに全貌が明らかになってゆく。
事件から記録までの距離が恐ろしく遠い、というだけではなく、この「夢の装置」には、読む者をさらに深く幻惑するための仕掛がいくつか仕組まれている。
生と死の著しい混淆。すでに死んでいる剥製の蜂雀が話をするというだけで、生と死はすでに混乱をみせているが、蜂雀が話を中断して黙りこくったときの子どもの言葉は、読む者をさらに深い混乱に陥れる。
「なぜって第一あの美しい蜂雀がたったいままで銀の糸のやうな声で私と話をしていたのに俄かに硬く死んだやうになってその眼もすっかり硝子玉か何かになってしまひ……」
死者のうえに再び訪れる死。道端に落ちていた小鳥の死骸をうっかり「踏み殺し」そうになった、そんな瞬間に感じる強い目眩。
子どもが蜂雀からこの物語を聞いたのは、開館前の博物館だった。その子どもが成長して博物館十六等官となり、物語を記録している。博物館から博物館へ、物語はゆるい螺旋を描いて重なる。過去と現在は博物館においてメビウスの輪のように捻れながらつながる。
そのなかに、ひとりの人物が登場する。蜂雀が黙りこくったとき、泣いている子どもをなぐさめ、蜂雀に話すようにうながす博物館の番人の老人だ。もしかしたら、その老人は、年老いたときのキュステその人ではないか? だからこそ、蜂雀は物語の最後に
「『ぢいさんを呼んで来ちゃあいけないよ』」
と、謎のような言葉を遺したのではないか? ふと、そんな思いがよぎる。
よく読めば、老人の言葉遣いは十六等官のキュステにはふさわしくなく、別人だろうと推察されるが、それでもなお、博物館を軸に、キュステの過去と現在を未来の姿が捻れながら重なっている感覚が拭えない。
物語のなかで、生と死は混淆し、過去と現在と未来は捻れながら重なり、読むものに深い目眩を起こさせる。死者という深い断絶の彼方で語られる物語は、それらの仕掛によってさらに強い磁場を持った「夢の装置」となる。そのような周到な「夢の装置」を通じて賢治は一体何をしようとしたのか?
■「正しく絶望する」ということ
物語から溢れてくるのは、どこまでも透明な悲しみ。生きてゆくうえで、すべての人が通過しなければならなかった自らによる楽園追放の記憶だ。この物語はだから「悲しみの起源についての神話」ともいえる。
つらいことに、それは「ほんとうのこと」なのだ。生きてゆく、とはつまりそういうことなのだという厳然たる事実。自らによる楽園追放という事実は決して消えることがなく、楽園を取り戻すことも不可能であるという点において、物語は絶望的だ。
そのような事実を前にしたとき、人はどう対処することができるのだろうか。
目をそらせて見ないふりをするという方法がある。楽園なんてはじめからなかったことにして、現し世で得られる楽しみを享受してゆくほうが、どれほど楽だろうか。取り返しのつかないことを嘆いているなんて、時間の無駄だ。それよりも、いまこの瞬間を楽しんだほうがいい。いまこの場所に城を建てたほうがいい。
いくらそういっても「ほんとうのこと」が消えるわけではない。それがすでに見えてしまっている者にとって、現し世の享楽には、常に虚しさの影がつきまとう。地上の城は決して安住することのできない砂上の楼閣だ。
いっそ開き直るという手もある。完壁な楽園なんてありはしない。理想なんか持つから人は苦しむのだ。現実はきびしいけれど、まあそこそこの満足もあるし、そこそこやっていけばいじゃないか。それが大人というものだよ。それが楽に生きてゆく秘訣さ。
もちろん賢治はそんなふうに対処しなかった。享楽主義にも走らず、妥協もしなかった。彼は絶望をはっきりと見据えた。深い記憶の底に降りていって、ペムペルとネリに起きた悲しい事件をしっかりと見つめ、語ろうとした。それがあまりに悲しくて、語るためには物語という「夢の装置」が必要なほどだったけれど、そうまでしても、彼はあえて語ろうとした。語らずにはいられなかった。
なぜなら、それが「真実」だからだ。ごまかしや気休めをいってもはじまらない。それが世界のほんとうの姿なら、そこを見つめることからしか何もはじまらない。その真実は、つらく悲しく絶望的だ。
いや、絶望そのものだ。賢治はそれを真正面から受けとめる。斜に構えたり、かわしたりしない。まっすぐに見つめ、受けとめ、そして語る。彼は実に「正しく絶望している」のだと、わたしは思う。
だからこそ、その絶望がいかに深くとも、そこにどんよりとしたやりきれない暗さはないのだ。透明に輝いている。夢のなかの悲しみのように、とめどなく溢れる涙で洗われることで、自分自身がどこまでも透きとおっていく。生きてゆくということのやるせない悲しさを、このような形で表現してくれた賢治に、わたしは深く感謝したい。
■絶望の果てで、なおも夢見ようとする者
その絶望の果てになお、賢治は夢を見ようとした。かけがえのないすべての存在の輝きを、再び取り戻そうとした。
絶望に打ちひしがれ、現実に妥協することだってできたはずだ。確かに賢治はそうするには「見えすぎる」人だったかもしれない。けれども、ただそれだけの理由ではなく、賢治は自らの意志で夢を見つづけようとしたのではないだろうか。
『黄いろのトマト』の一部が花巻農学校の教え子の手で清書されたのと同じ年の大正十三年、賢治の生前唯一の童話集となった『注文の多い料理店』が出版されている。その序で、彼はこう述べている。
「わたしたちは氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとほった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしい羅紗や、宝石いりのきものに、かはっているのをたびたび見ました。
わたしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。
これらわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです」
ここにあるのは、現実逃避のためのやわなファンタジーではない。詩人の青白い想像力が捏造したあやふやな幻想でもない。存在そのものの輝きをまっすぐに受け取ろうとする強い意志の力だ。
だからこそ、彼ははっきりとこういう。
「わたくしは、これらのちひさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほったほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。」
そこには詩人の透明な意志と希いがある。
しかし、たとえどんなに希っても、無傷の楽園が決して戻ってこないことはわかっているのだ。それでもなお夢を見つづけようとするのは『農民芸術概論』のなかで彼が述べているように「求道すでに道である」と賢治が確信していたからに違いない。失われた楽園を取り戻すことが不可能なら、この地上に新たな楽園を建設しようとさえ、彼は思った。
「個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる」
『農民芸術概論』のなかにあるこの楽園のイメージは、まさしく「すべてが交換不可能な存在であり、それ自身の固有の輝きを放っている」ペムペルとネリのいたあの楽園とびったりと重なるものだった。
賢治の書いた物語がみんな、強く心に届くのも、このような彼の強く美しい意志の力ゆえではないか。
すべての物語の底に『黄いろのトマト』がある。『黄いろのトマト』の深い絶望を正しく通過して後、ファンタジーは甘ったるい幻想ではなく、幼い夢でもなく、現実からの逃避でもなくなり、はじめてひとつの意志となりえたのだ。
賢治は、ここを通過しなければならなかった。正しく絶望するために、物語にほんとうの力を与えるために、こんなにも悲しく透明な物語を、どうしても書かなければならなかったのだ。『黄いろのトマト』は、注目されることの少ない小品だが、あらゆる作品の根源に位置しているという意味において、実に重要な作品だと、わたしは確信する。
■存在そのものとしてそこにある賢治の言葉
十五歳のあの夏から、すでにずいぶん長い年月が流れてしまった。わたしはもう、賢治が亡くなった年齢を越えてしまっている。それでなおこの作品を読むたびに、十五歳のときに感じたあの透明な悲しみが湧きあがってやまない。それは、わたしが少しも成長していないということだろうか? いや、心のほんとうに深いところ、神話の領域から語られる言葉は永遠だということではないだろうか。
賢治の言葉は、渚で波に洗われる石ころのように、道端に咲いている花のように、存在そのものとしてそこにある。それがきっと、真の意味の「創造」ということなのだ。
ひとつの石には、地球の歴史が刻まれているかもしれない。宇宙の秘密さえ隠されているかもしれない。読みとる能力さえあれば、それらが読めるのだろう。残念ながらわたしには、そんな能力はない。けれど、子どもが石ころをきれいと思うような、そんな感受性は少しはあるかもしれない。
いずれにしても、長々と書き連ねてきた言葉は、賢治の「存在そのものとしての言葉」のかけらにも及ばない。この駄文を読んで少しでも興味を抱いていただけたのなら、ぜひ『黄いろのトマト』を読んで、その存在の輝きに直に触れてほしいと願ってやまない。
▼「黄いろのトマト」青空文庫
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