▲2010年04月の時の破片へ


■19 Mar 2010 癒すことで癒される


きょうは、刑務所の「物語の教室」第5期の最終日。全18回中、わたしの担当は今回は7回だった。童話と詩で構成。後半は、彼らに詩を書いてもらい、それを合評する授業だった。

最初の挨拶の時、普段は寡黙なAくんが「いまの自分の気持ちを話してもいいでしょうか」と訊いてきた。「もちろん」と答えると、思いがけない告白があった。

つらいことがあり、13歳頃から薬物に手を出していたというAくん。クラブに通い、夜通し踊り、薬物をしている時だけが、自分が自分であると感じられたという。その時だけ、自分が「ひとつにまとまった」という気持ちがしたというのだ。ところが、依存がひどくなるにつれて、自分自身が壊れていったという。自分がばらばらで、生きている意味も価値も見いだせなくなり、生きづらくなり、最後には自分が自分であることさえ、わからなくなってしまったという。刑務所に入れたのは、薬物と切れて却って救いだったとのこと。やり直すチャンスができたと感じている。それでもまだ、フラッシュバックのパニックが起こり、不安になり、人が自分をどう思っているのか気になって仕方なくなり、つらいのだと、正直な気持ちを訴えてくれた。「でも、生きたいんです。いきいきと生きたい」という彼の言葉、切実だった。

そんな彼が書いてきた詩のなかに「吹き抜ける風、友と交わすくだらない話で笑うこと、朝の光。なんでもない小さなことが、しあわせだと感じられるしあわせ」という言葉があった。そして「一瞬の永遠」という言葉が。

薬物の幸福感が偽物だと知ったいま、彼は戦おうとしている。いま、この教室にこうしていられること、みんなに話せること、それをしあわせだと感じている彼が、そこにいた。

薬物経験者がいるかと訊いてみると、ほかに3名が手をあげた。一人は中学3年から覚醒剤をはじめたといっていた。中学生が薬物や覚醒剤を手に入れられる環境が、いまの日本にある。とんでもない話だ。罪は、まずそれを売る側の人にある。覚醒剤や薬物の売人は、徹底的に取り締まるべきだ。

その覚醒剤をしていたというBくんの詩は、たった1行だけ。その美しさに打たれた。

 くも
 
   空が青いから白をえらんだのです

彼もまた、普段はあまりしゃべろうとしない子。話すときは、妙に早口になり、発音も不明瞭になる。ある種の対人恐怖で、慌てるのだ。詩の朗読の時は「ゆっくり読んでみてね」とアドヴァイスをしてみた。3回、読んでもらった。読むごとに、ゆっくりになり、言葉がはっきりしてきた。そして、その後、突然、堰を切ったように語りだしたのだ。

「この詩は、亡くなった母を思って書いた詩です。今年で7回忌になります。母は心臓が悪かった。それなのに、父はいつもそんな病弱な母を殴っていました。ぼくは小さかったから助けられなかった。ぼくが17の時、母は病気で亡くなりました。病院で最後に僕にいってくれたのが『つらいことがあったら、空を見て、わたしを思い出してください』ってこと。それで、この詩を書きました」

雲は、彼にとって母の象徴。汚れのない純粋な色。やわらかでふわふわの雲。彼を励ますために、母は、青い空に映える美しい雲になってくれた。

すると、これもまたいつもは寡黙なCくんが感想をいってくれた。
「この詩を書いたことが、親孝行だと思いました」
こいつ、泣かせやがって。

と、こんどはDくんが「ぼくはおかあさんを知らないから、ぼくも空を見たら、おかあさんを見つけられるかなあって」といいながら、ぼろぼろ泣きだしてしまった。

みんなが、自分の心を開き、さらけだすことのできた最終回。なんという実りの多さ、大きさ。

しかしまた「母性バンザイ」「親はありがたい」一辺倒になってもいけない。親から虐待を受けた者もいる。親から捨てられた者もいる。その親を愛せずにいる自分を責める者もいる。そんな者へのフォローも大切だ。

そのフォローもできて、5期は無事終了。変わらなかった者はいない。この半年で、みな変わった。驚くべきことだ。いままで約50人の受刑者を見てきたけれど、効果の無かった者など一人もいない。不思議なくらいだ。

逆にいえば、いままで、彼らがどれだけまともな扱いを受けてこなかったか、ということだ。みんながきちんと自分に耳を傾けてくれる、自分の言葉への感想を真摯に述べてくれる。それだけで、彼らは自ら変わっていく。人は、変われる。彼らは、わたしにそのことを信じさせてくれた。

だれかの役に立てるということは、なんとうれしいことだろう。彼らの人生のなかで、わたしも、ほんの少しだけど役に立てた。その実感を与えてくれた彼らに、深く感謝する。癒すことで、癒されるわたしがいる。


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