■12 Jul 2008 訃報/泉名月氏
【訃報:泉名月さん74歳=作家・泉鏡花のめい、随筆家】 毎日新聞 2008年7月11日 19時19分大好きな大好きな大好きな泉名月先生がお亡くなりになられたこと、今朝の新聞で知りました。滂沱。先生、どうしてそんなに急いで逝かれてしまったのですか。11月には、金沢でお目にかかるお約束をしていたのに。わたしはまたお目にかかれることを心待ちにしていました。泉名月さん74歳(いずみ・なつき=作家・泉鏡花のめい、随筆家)6日、腎不全のため死去。葬儀は近親者らで済ませた。喪主はいとこ岡本卓三(おかもと・たくぞう)さん。鏡花の死後、鏡花の妻すずの養女となった。
一昨年の11月、金沢でお目にかかった時、名月先生は90歳になられるという実のおかあさまとお二人でいらして、泉鏡花記念館でご一緒させていただきましたね。鏡花先生が大切にしていらしたという思い出の品々の解説を、おかあさまと名月先生から直にお伺いして、なんというぜいたくな時間だったでしょう。おかあさまがお元気で長生きでいらっしゃるから、名月先生もずっとずっとこちらの世界にいてくださるものだとばかり思っていました。それが、こんなに急に。
名月先生、もっともっとお目にかかりたかった。もっともっとお話しさせていただきたかった。あのおやさしいお声をもう聞けないと思うと、悲しくてなりません。
昨年の11月、仕事が忙しくて金沢に行けず、先生にお電話したことがありました。あの時も、先生は「お電話ありがとう。うれしいわ」と、とても喜んでくださいました。奈良の名物の葛のお菓子をお送りしたら、わざわざ先生からお電話をくださって、わたしはほんとうに、名月先生のお声を聞くだけで、たまらなくうれしかったのです。
美しい人、というのは、こういう人のことをいうのだと、わたしは先生にお目にかかって、思いました。美しく、やさしく、きびしく、りんとして、そのやわらかでていねいなお話の仕方、それだけで、わたしはもう潤い、満たされ、自分はなんとがさつな人間だろう、ああ、このように美しい人になりたいと、心から願うのでした。
名月先生が強く推してくださったからこそ、いただけた泉鏡花文学賞でした。それまでにお目にかかったのはただ一度だけ、ほんの数分のことでした。四百人もの人が集ったパーティでお目にかかっただけなのに、名月先生は、わたくしがお送りした『楽園の鳥』をていねいに読んでくださり、候補作として推薦してくださいました。夢のようでした。どれだけお礼を言っても言い尽くせません。先生はわたしの、一生の恩人です。
ああ、それなのに、そのご恩を返す間もなく旅立たれてしまわれるなんて。受賞後はじめての書き下ろし長編小説『夢見る水の王国』の連載も、あと数回で完結というのに、とうとう最終回をお目にかけることもできませんでした。
鏡花作品を題材にした戯曲『百鬼夜行巡査』も「読みたいわ」とおっしゃったのに、気後れしてお送りしていなかったこと、悔やまれてなりません。名月先生のご感想をお伺いする機会を、とうとうなくしてしまいました。
時々、お電話でいろいろお話させていただいたなかで、先生がこうおっしゃったことを思いだします。
「あたくしの文学の先生が、いつもあたくしにこうおっしゃったの。『美しいことを思いなさい。美しいことを考えなさい』って。この世のなかで、それがあたくし、ほんとうに大切なことだと存じますのよ」
わたしはこれからも、くじけそうになったとき、いつも先生のこのお言葉をお守りのように胸に抱いていきたいと思っています。
ああ、でもどうして、みな旅立ってしまうのでしょう。わたしを理解し、わたしの作品を愛してくださり、わたしを応援して世に出してくださった方々は、どうしてみな、そんなにもかけ足であちらの世界へ行かれてしまうのでしょう。
セント・ギガの桶谷裕治さん、講談社の宇山日出臣さん、そしてこんどは、泉名月さんまで……。
ただもう一心に仕事をして、いい作品を書くことだけが、彼の地へ旅立ってしまわれたみなさんに報いることのできる唯一の方法になってしまいました。そう言うと、きっとオケさんも宇山さんも名月先生もやさしく笑いながら「そんなことはないんだよ。あなたがしあわせでいれば、それだけでいいんだよ」と言ってくださるような気がします。だからこそ、なおさらに、いい作品を仕上げたいと願います。
わたしがそちらへ行くときは、みなさんに読んでいただけるおみやげをたくさん持っていきますからね。どうか、待っていてください。
名月先生の最後の日々がどのようなものであったのか、わたしは知りません。腎不全とのこと。ある新聞に「自宅で死去」と書かれていたのが救いでした。病院で、管につながれて苦しい思いをなさったわけではなかったと知ったからです。きっと、名月先生のご意志で、ご自宅を最期の場所に選ばれたのでしょう。ご連絡いただければ、何をさておいても、お伺いしたのに。お世話をさせていただきたかった。
名月先生のご冥福を、心からお祈り申しあげます。
ああ、名月先生に、もう一度会いたい!