Review Lunatique／寮美千子の意見

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■国交省による平城宮跡の「土色舗装工事」はいかに歴史を無視しているか

Thu, 27 Sep 2012 14:13:29

国交省による平城宮跡の「土色舗装工事」にあたり、この工事がいかに歴史を無視し、無謀であるかを検証しました。

【平城宮跡の歴史】
710年、都となるも長岡京遷都などがあり、794年、京都の平安京への遷都を機に、柱などの建築部材は再利用のため京都へ運ばれ、更地となって、ほどなく農地となる

1852年（嘉永5年）、奉行所の役人であった北浦定政が『平城宮大内裏跡坪割之図』を著し、平城京の跡地を推定

明治時代に建築史家、関野貞が田圃の中にある小高い芝地が大極殿（第二次）の基壇である事を発見、1907年（明治40年）に『平城京及大内裏考』を奈良新聞に発表

1907年（明治40年）発表の『平城京及大内裏考』をきっかけに、棚田嘉十郎・溝辺文四郎らが中心となり平城宮跡の保存の運動が起こる

1921年（大正10年）に、平城宮跡の中心部分が民間の寄金によって買い取られ、国に寄付され、1922年（大正11年）に「平城宮址」として国の史跡に指定（後に特別史跡）。田畑は草原や沼となり、自然状態が維持される

1960年代に近鉄電車の検車庫をここに作ることになったが、国民的保存運動が起こり断念。また、ここに国道を建設する計画もあったが、これもまた国民的保存運動が起こり中止

1998年（平成10年）12月、「古都奈良の文化財」として東大寺などと共に世界文化遺産に登録された（考古遺跡としては日本初）

2008年（平成20年）奈良市-大和郡山市を結ぶ大和北道路新規事業化が決定。当初はユネスコの世界遺産でもある平城宮跡の地下を通過する計画案だったが、地下水によって保存されている木簡に深刻な影響が出ることが懸念され、トンネル案は白紙に

2008年度（平成20年度）から平城宮跡を国営公園として事業化。実質的管理者が奈良県から国交省に移る。「平城宮跡の一層の保存・活用を図るため」とのことで、この時点ですでに舗装化の大改造案が出されている

2010年（平成22年）の平城遷都1300年祭開催にあたって奈良県がパビリオン建築計画　http://www.asahi.com/culture/news_culture/OSK200612140052.html　を立てるも、文化庁からお叱りを受け、白紙撤回

平城遷都1300年祭のために奈良県が平城宮跡の敷地内に作った駐車場は世界遺産にふさわしくないとして、ユネスコの世界遺産委員会が駐車場と修景柵を急ぎ撤去するよう、日本政府に求める決議を採択。奈良県は未返答のまま放置

2012年（平成24年）９月20日「土色舗装化工事」の記者発表。市民24日の奈良新聞記事ではじめて知る　http://www.nara-np.co.jp/20120924100342.html　９月25日、工事開始。

【まとめ】
平城京に都が置かれていたのは実質70年余。ほどなく田畑になったことが、木簡を地下水で守り、世界遺産の認定へとつながった。車庫、国道、パビリオン、地下トンネル建設計画などの環境破壊の危機があったが、国民的反対運動で撤回、野原として維持

平城宮跡のこの歴史を無視しての、今回の「土色舗装計画」。歴史に敬意を払わない暴挙としかいいようがない。文化庁は、国営公園指定の後、態度が変り、国交省の言うなりという声も聞えてくる。これは市民、県民のみならず、国民的大問題。すでに工事に着手しているが、反対の声を上げよう！

▼土色舗装工事の記者発表用リリース
http://www.kkr.mlit.go.jp/asuka/heijo/activities/current/pdf/120920release.pdf
▼2012年9月27日　国交省分室への抗議行動
http://narapress.jp/event2012.html#umetate

■物理化学と人権教育

Sat, 22 Sep 2012 16:46:57

先日、講演でお世話になった兵庫県高等学校教職員組合から、
東播地区の新聞「東播通信」230号を送っていただいた。
そのなかの井上浩義さんの記事「学ぶこと・変ること」に、
こんな一節があった。

　「化学や物理で何をしたら人権教育になるのか教えてほしい」と問われた。
　「たとえば授業で指名された生徒が発言しているとき、
　　他の生徒が集中して、その子の言うことを聞く雰囲気が
　　常に教室に満ちていれば、それが人権教育だと思う」と答えた。

それは確かにとても大切なことだ。
しかし、物理化学といった「科学」を学ぶことには、
もっともっと大きな意味と価値があると思う。

以下、わたしが書いた「東播通信」宛てのメールの一部を引用する。

-----------
「科学」の基本は世界の仕組みを知り、
真理を探究することにあります。
化学も物理も、その１ジャンルです。
そこに立脚した、わたしの考えを
少し述べさせてください。

この世界・この宇宙の仕組みを学べば、
すべてが平等な存在であることもわかってきます。
たとえば、万物に重力は等しく働く（物理）
化学反応も同様です（化学）
その重力によって星が生まれ、太陽系が生まれ、
地球が生まれ、地球上の化学反応によって
わたしたち生き物が生まれ、活動を続けている。
わたしたちはみな、宇宙の大循環のなか、
重力や化学反応が等しく働いて生まれた
かけがえのない命なのです。
これを自然科学にまで広げれば、
ますますそれが明らかになってきます。
地球上のすべてが、一つの大きな命なのです。

その立ち位置から見たら、人類は身勝手です。
「科学」によって得た「技術」を
自分たちのためだけに使って暴走し、
地球を汚し続けています。
地球環境を守ること、それは
「わたし自身を守ること」にほかなりません。
それはまた「人権を守ること」でもあるのです。

これを実感することこそが「差別意識」をなくし、
「人権意識」を高める根源ではないか
とすら、わたしは思っています。
根底にこれを据えることができれば、
個々の具体例に遭遇したとき、間違いのない、
揺るがない判断ができるでしょう。
原発問題に関しても。

『遠くをみたい―星の贈りもの―』
これは、西はりま天文台の望遠鏡のために作った
天文学の絵本ですが、このなかに、その思いを込めました。
ご参照していただければ幸いです。

■【吉野の自然と『地域特性』の成立】池田淳氏講演　まとめ

Sun, 02 Sep 2012 00:41:01

【吉野の自然と『地域特性』の成立】
吉野歴史資料館館長・池田淳氏　覚え書き

2012/9/1　「座かんさい」主催の「東大寺セミナー」、朝10時から午後５時まで、実に盛りだくさんの内容で、９月の始まりにふさわしい文化的な一日になった。なかでも吉野歴史資料館館長の池田淳氏の「吉野の自然と『地域特性』の成立」は、実に興味深かった。中央構造線が作った日本文化の源流！

吉野川は降雨量の多い大台ヶ原に源流を発し、険しい山中を縫うように蛇行し、上市で中央構造線に突きあたり、いきなりまっすぐで広い川に変身する。つまりそこで文字通り「世界が変わる」。吉野川の南に広がる険しい山は地質運動の産物であり、だからこそ、そこが「神仙境」となった。

この神仙境は、京からそう遠くない。にもかかわらず、中央構造線のために、京とはまるで違う風景が広がっている。「となりのトトロ」「おむしびころりん」のように、すぐそばにある異界。だからこそ神仙境として人気が高まり、山岳宗教も発達したのでは。

大和上市の大名持（おおなもち）神社は、山中を蛇行する吉野川が、まっすぐで広い川に変身するその場所にある。つまり「俗世の果て＝神仙境の入口」となる場所。神社の下の吉野川の潮生淵に毎年6/30に海水が湧き出るとの伝えがあり、この淵で禊をする行事が今日も続いている。

潮生淵　この水は禊ぎに使われ、いまはポリバケツに入れて使われるが、その時も必ず吉野川の水を汲み、川原の小石をひとつ、バケツに入れて持っていく。聖なる水である。

この潮生淵は近年の災害で埋まってしまったが、いまでも6/30の禊ぎの行事が行われ「大汝詣り」と呼ばれている。大汝（おなんじ）とは、大名持（おおなもち）
の訛ったものと言われているが、地元の人は大名持神社のことを、大汝と呼んでいる。ほんとうにただの訛りか？

大汝（おなんじ）は「難事」つまり、困難や危険を指す。吉野川がこの地点から「険しい山＝神仙境」へと入っていく。そこは人知の及ばない危険に満ちた場所。つまり「難事」である。それを神格化したのが「大汝」ではないか？　これは、元々の地元のカミではないか？

大和朝廷への抵抗勢力のなかにも、さまざまなヒエラルキーがあり、そのなかで、吉野上市の地元のカミ「大汝」は、「大名持」という「大国主神の分霊」に合一され、上書きされてしまった。つまり、乗っ取られてしまったのではないか。

「大国主神」は抵抗成力ではあったが、降参して国譲りをしたカミである。つまり大和朝廷に認められた正統派のカミ。元々の地元のカミ「大汝」が、大国主神の分霊「大名持」に乗っ取られてしまったことを、地元の人々は記憶し続け、大名持神社をいまも大汝と呼んでいるのでは？

大名持神社は『延喜式』（927年）に先立つ貞観元（859）年の一斉叙位では、大物主神や葛城の二神を差し置いて「大和第一位」に格付けられていた。三輪山より格が上。これは何を意味するか？

大名持に上書きされた大汝は、元々相当高い神格をもつカミであったのではないか。これを上書きしてしまったために、元々のカミのタタリを怖れ、高い格式を与えたのでは？

潮生淵。地元の古老に訊くと、子どもの頃、石を沈めると、プツプツとサイダーのような泡が立ち、水はわずかに塩味がしたという。これより上流には、多くの温泉があるが、そのほとんどが「炭酸塩泉」。ここには、炭酸塩泉冷泉があったのではないか。

吉野川の改修工事をして、護岸を固めて後、このプツプツとした塩味の水は湧かなくなったという。地下水流に変化があったのだろう。

奈良や京都から来た人々が禊ぎをするのは、必ず吉野川の右岸（北）。つまり、川を渡らない。川の向こうは異界。しかし、地元民たちは、川の両岸で行き来をして、共同体を作ってきた。吉野川は、ほんとうに橋の多い川だが、それは川の両岸の共同体の発達を示している。

都人からみた吉野「神仙境」と、地元民から見た吉野「生活圏」の姿は違う。川を渡らないのが前者、渡るのが後者。いままで文書に記されてきた多くは前者の姿。地元民の目で見た吉野の姿を残すべきではないか。

中央構造線が作った吉野川の南の険しい山岳地帯に、黒潮からやってきた湿った雲が大量の雨を降らせた。このため浸食により深いＶ字谷が形成され、山で伐った木を川に滑り落とすのに好都合だった。これが吉野林業の発達に大きく関わっている。

などなど、吉野歴史資料館館長の池田淳氏の「吉野の自然と『地域特性』の成立」は、非常に興味深いお話だった。書物にはなっていないという。地質学や気象学が、文化を形作る大きな要因になっている。この視点は大切だ。これはぜひ、新書などしたためてほしいと切に思った。

大名持神社　http://kamiokoshi.exblog.jp/18155231/

※元の連続ツイートはこちらからたどれます。⇒吉野の自然と『地域特性』の成立 - Togetter

■本にまつわる小さな物語

Fri, 10 Feb 2012 10:51:50

昔々、それはまだ紙に文字を印刷していた頃のことです。文字を印刷した紙を束ねて、人は「本」というものを作りました。外側の厚紙に刻印をして金を押したり、手触りのいい布を張ったり、まるで中に宝石でも入っているかのように、人は本を飾ったのです。美しい宝の小箱のように……

そして実際「本」の中には、宝石どころか、すばらしいものがいっぱい詰まっていたのです。胸を大海原にしてしまうほどの涙や、掌いっぱいの虹のカケラ、ロバの柔らかな胸毛とか、黒豹が満月を見て喉を鳴らす声ばかりでなく、遠く太陽系の果てできらきらとひかる銀河まで……

「本」の扉をぱたんと閉じれば、そんなもののすべてが、静かにしまわれてしまいます。しかし、その扉を開ければ、やさしい物語も宇宙の秘密を解き明かす数式も、古代の人々が夢見た世界も、すべてがいきいきとあふれ出すのでした。だから、人々は「本」をこよなく愛したのです……

まるで、自分自身を愛するように。自分の心の中にあって、まだ気がついていない無数の夢を愛するように。おわり

「ねえ、おじいさん」「なんだい？」「そんな『本』なんてもんがあったら、大変だよね。百の物語があったら、百個もそんな箱がいるんでしょ」「百個の箱じゃない、百冊の本だよ」「どうするの？　そんなにたくさん」「本棚に並べてね、本棚を並べた書庫っていうものがあったのさ」……

「たいへんだねえ。ほら、ぼくの持っているこれなら、物語なんか千個で一万個でも、数学の本でも宇宙の本でも、自由に呼びだすことができるのに」「ああ、便利だよね。調べ物には、とても便利だ。昔は、調べ物も大変だったからねえ」「じゃあ、これになってよかったね」「いや、そうでもないんだ」……

「便利になったのは、とてもよかった。けれどね、わたしは時々、あの頃の『本』がなつかしくなるんだよ。一冊一冊違う手触り、違う意匠。きれいな口絵のついた本もあった。インクの匂いや紙の感触。そよ風に吹かれながら木陰で本をめくる時間は、どんなにかすてきな時間だったか」……

「書庫に、ずらっと並んだ『本』の背表紙を見るのも好きだった。その一冊一冊の中に世界が、宇宙があるんだ。さあ、きょうはどこへ旅に行こうかと、ワクワクしながら背表紙を眺めたあの時間を、わたしは忘れられないよ。だからね」……

「だから、またあんな『本』が造られるようになればいいなあと思うのだよ。ぜいたくかもしれない。けれど、心を込めてつくった形や色、その素材、箔押ししてうっすらと凹んだタイトル。一つの宇宙を閉じこめる魔法の箱をこしらえるような気持ちで造った『本』を、また読みたいんだ」……

「おじいちゃん、ぼく、いつか造ってあげるよ。おじいちゃんのために、そんな魔法の箱を。ほんとうの本物の『本』をね」「そうかい。それはうれしいな」「ねえ、なかにどんなお話を仕舞う？」「そうだな。ああ、それなら…」　ねえ、きみなら、どんなお話を仕舞う？　再びおわり

追記：
人形アニメ「The Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore」
を見てこぼれだした物語を連続ツイートしたもののまとめ。

古い本をネットで閲覧できるのは最高！　でも「本」という物体が持つ魅力は、また別のもの。情報はネットで構わない。だから、ほんとうに「本」らしい本、泉鏡花が造った繊細で美しい宝物のような本や、大正や昭和初期の重厚な本が、復活してほしい。

■ほんとうの喜びのある社会への転換を

Sun, 08 Jan 2012 14:57:49

ロンドンでお正月を過ごした友人が、こんなコメントをくれた。

「各都市共　花火が盛大に打ち上げられるのに対し　日本は除夜の鐘が鳴っている状況が中継されるのを見ると　世界から見ると盛り上がりに欠ける存在感がない都市の様に感じられました。経済等日本は実力がある国ですからもっと世界に対しアピールする事が必要ではないかと思いました」

それに対するわたしの返答。

「日本でのお正月は、除夜の鐘で静かに始まります。花火で祝う欧米に比べて派手さはありませんが、それが日本。そして日本のよさだと思います。時は人間が進めているのではない。自然や神々の力で明日へ明日へと進んでいく。人はそのことに深く感謝し、心を澄まして祈りとともに新たな時を迎える。なんという美しい風習でしょう。経済成長と物質的豊かさを求めてきた世界の歪みが、人々を苦しめている今、日本は率先して新たな（そして古風な）価値観、別の種類の豊かさを自信を持って提示していけばいいのではないでしょうか。」

昔に戻れ、というのではない。ただ昔の暮らしの中にあった豊かさを思い起こし、人間を大切にできる新たな社会の形を、この国が率先して提示していけたらと願う。

■大正時代の銀河観と「銀河鉄道の夜」

Wed, 06 Jul 2011 14:05:30

宮澤賢治「銀河鉄道の夜」は、幻想文学でありながら、当時の天文学の最新の成果である宇宙のイメージが埋め込まれている。大正末期の天文学の本から、賢治に影響を与えたと思われる部分を抜き書きしてみた。

▼横山又次郎著『改訂　天文講話』（早稲田大学出版部　明治35年発行／大正９年改訂８版）

銀河
銀河は天をぐるりと取り巻く微白色の條帯である。（p.20）
　
銀河は無數の小星から成れるもので、肉眼では一面只白く見ゆるのみであるが、強力の望遠鏡を用ゆれば其の白色は小光點に分るるのである。此の白色の度には諸所に於て強弱がある。又白色は所により、外側の方に突起を出したり、又中絶して、帯中に穴や割れ目がある様に見ゆるものである。尚又白色の銀河は其兩邊に強いのは此の所に星が尤も密接して居るからである。尤も密接と云ふとは吾々の視線の方向に由て許多の星が相重なって如何にも群る様に見ゆるのであるか、又は實際群って居るのであるか、それは未だ不明である。（pp.20-21）

其の一部分の形は略蟲眼鏡のやうに、中高の圓盤状をなし、我が太陽系は略其の中心點に位置を占め、星は此の圓盤中に略平等に配布せられて居る。夫れで中心から円盤の周圍の方を眺むるのと他を眺むるのとでは星の數に大なる差異がある。即ち周圍の方向には星が澤山重って見ゆる。是が即ち銀河であると云ふのである。（pp.21-22）

双子星と多子星
星の中には肉眼で見ては、一星の如く見ゆれども、望遠鏡に照せば二個の互に相接近した星であるものがある又三つ四つ乃至は多數であるものもある。前者は双子星と云ひ、後者は多子星と云ふのである。（p.22）

▼アレニウス著『最近の宇宙観』（大鐙閣　大正９年発行）

第二章　銀河の謎
　銀河は他の星の現象に劣らず、古き時代から人々の注意を引いた。中央オーストラリヤのヂエリ種族は銀河は天の流れであると言へ、又メキシコ人は之を凡ての存在するものゝ源泉であると考へた。夫れが牛乳の如き外見を呈して居ることが、ローマ人をして之を”Via Lactea" と稱せしめ、此の呼び方が多數の現代の國語に翻譯されて保持された。此名がヘルクルスがユノーの胸から乳を吸ふたが、怒った女神が振り放したので、乳は空に廣がったのにも関連する。（pp.34-35）

　銀河が丁度今記載したやうな仕方で、二つの莫大な星状瓦斯塊の衝突の結果形成されたものであり得べきことは明かである。従って且つ又銀河の廣がりの大なるが為めに宇宙間に彷徨する宇宙塵や小さな星の多量が集められ、既に述べた如くに惑星状星雲の如きより大きな集塊さへも之に引き寄せられたに違ひない。銀河を一つの螺状星雲と見ることの當を得て居ることは猟犬座中にある著名な螺状星雲が示した第五圖を見ると能く分かる。（p.59）

デネブの上に白鳥座中に暗黒な「穴」がある。又したに全く其の如くに暗黒ではない他の裂目がある。「穴」の左方は、所謂繭星雲を包んで居る迂曲する溝である。（p.63）

此の寫眞には其の奇妙な「三裂穴」なる名を有する星雲があり其の近傍には星霞と星雲とが充満して居る。（略）恰かも三個又は四個の星が外方から此處へ侵入して來、其の進行中に星辰を掃き去り、街道を清めたが如き有様を示して居る。恐らく此の近傍に於ける他の空虚な點も亦同じ仕方で出來たのであらう。但し此の如き暗黒な部分は不透明な靄のやうなものがあり、それが其の先方に位する恒星の光を遮ぎる為めにあのやうに見えると説く學説もある。
　是等の寫眞によりて、吾等は元來混沌たりし霞のやうなものから銀河中の現今の星辰が集團をなすに至った次第を知ることが出來た。凝固する酸敗した牛乳の中に出來る固まりと銀河中に見る固まりとの間に外形の著しき類似點のあるのを思はざるを得ない。（pp.64-65）

此の如き星の群を生じ、同時に星と星との間隙は今は比較的に物質を缺き、恰かも疑乳中の固まりの間の乳清の如くに稍々暗く見える。（p.66）

前に述べた如く、銀河の觀念の非常に敬服すべきものがメキシコ人中に存在した。彼らは銀河をば凡てのものゝ卵巣であって、これが星辰を生み、星辰中の最も主要なのは太陽、月、金星であると云ふて居る。此の考は最近數年間に研究の結果到達し得た結果と能く一致して居る。（pp.67-68）

　フーリエー・ダルブは更に一歩を進め、詩人的想像を走せて、銀河をば生命を有する有機體と考ふるに躊躇しなかった。其の開展は生命の操作に或類似を有することを拒むことが出來ない。（p.69）

　繰り返し繰り返し星状の霞が存在の循環を進行し、其の大きに比例する其の生涯の後に再び新たなる天體となる。かくて絶えず永遠の韻律が継続する。（p.70）

▼山本一清序説　吉田源治郎著『肉眼に見える星の研究』（警醒社書店　大正11年発行）

銀河の景観
　それに就いては、天の河（銀河）の正體を知る必要があります。元來天の河は、この「天といふ建物の土臺」なのです。即ち、此の宇宙の基礎計畫なのです。その箇々の星は肉眼では見分けられませんから、霧状の帯に見えますが、實は、天の河自身は、幾億の星の團集なのです。單にそこには微光星が、多数に集ってゐると云ふのみではなく、輝星も又尤も多く配置されてゐるのであります。（p.147）

　アンドロメダ座螺旋状星雲に類する星雲が今日までに、總數實に、七十八萬八千個も發見されてゐます。之等は皆、我々の宇宙――『天の河』宇宙域外に散在する所の、それぞれ各自に獨立した一個の宇宙であらうと想像されて居ります。天文學者の或人々は、此等の星雲を、『島嶼宇宙（アイランド・ユニヴァース）』と云ふ名で呼んでゐます。それは、此等の星雲を我々の宇宙以外の無邊際の大洋――にも比すべき空間――に浮んでゐる島々とも考へることが出來るからでありませう。（p.226）

▼『トムソン科學大系』第一巻（大鐙閣　大正15年発行）

第一編・天界のローマンス　第六章・星の宇宙
　我が銀河宇宙の中心レンズ形部は銀河平面の方向に二萬兆哩も彼方に擴がり、是と直角な方向即極軸の方向には是の三分の一位の厚さを持つといふ計算になって居る。（p.82）

レンズ體形を得る我々の宇宙は、まづ此のレンズに似て居る。我太陽は此のレンズの略中心点に位置を占める。（p.78）

横山又次郎著「改訂　天文講話」のなかのレンズ状の銀河の見え方の解説は、「銀河鉄道の夜」の作中での教室の先生の解説と酷似している。
また「銀河」の項目のすぐあとに「双子の星」という項目があることが目を引いた。「双子の星」は、賢治のお気に入りの題材であり、「銀河鉄道の夜」のなかにも登場する。

銀河を「牛乳」にたとえる文章は、アレニウス著「最近の宇宙観」に見られ、これも「銀河鉄道の夜」の作中での先生の解説と、よく対応している。
この本の中では、銀河の「裂目」である暗黒星雲についても解説されている。興味深いのは、暗黒が「虚無」ではなくて、新たな星の輪廻転生の温床であり「銀河をば凡てのものゝ卵巣」であり「凡て存在するものゝ源泉」と位置づけていることである。

▼「銀河鉄道の夜」より

「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ」カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指さしました。
　ジョバンニはそっちを見て、まるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔が、どおんとあいているのです。その底がどれほど深いか、その奥に何があるか、いくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛むのでした。ジョバンニが言いました。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たちいっしょに進んで行こう」

ジョバンニが最期に決意するこの場面では、石炭袋は大きな「孔」であり、あたかも虚無のように描かれているようにも感じるが、その背後に、新たな命の源泉である、というイメージが隠されていたと思うと興味深い。

▼宮澤賢治「銀河鉄道の夜」より　先生による銀河の解説を抜粋
　
「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう」

「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです。またこれを巨きな乳の流れと考えるなら、もっと天の川とよく似ています。つまりその星はみな、乳のなかにまるで細かにうかんでいる脂油の球にもあたるのです。そんなら何がその川の水にあたるかと言いますと、それは真空という光をある速さで伝えるもので、太陽や地球もやっぱりそのなかに浮かんでいるのです。つまりは私どもも天の川の水のなかに棲んでいるわけです。そしてその天の川の水のなかから四方を見ると、ちょうど水が深いほど青く見えるように、天の川の底の深く遠いところほど星がたくさん集まって見え、したがって白くぼんやり見えるのです。この模型をごらんなさい」
　先生は中にたくさん光る砂のつぶのはいった大きな両面の凸レンズを指しました。
「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズが薄いのでわずかの光る粒すなわち星しか見えないでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒すなわち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるという、これがつまり今日の銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれくらいあるか、またその中のさまざまの星についてはもう時間ですから、この次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭りなのですから、みなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい」

なお、賢治はアレニウス著「最近の宇宙観」から、炭酸ガスによる温室効果と火山作用による大気の組成への影響を知り、これを「グスコーブドリの伝記」に生かしたといわれている。この件については、また改めて書きたい。

■奈良名物「鹿せんべい」と生態系破壊の問題

Wed, 09 Mar 2011 19:23:15

2006年のテレビ番組で、このような問題提起がされました。

[第457回] 2006/12/17 23：00～23：30放送
「世界遺産の光と影 Vol.5」～万葉の都　奈良の秘密～より
http://www.tv-asahi.co.jp/earth/contents/osarai/0467/

人間、自然、動物の３者が絶妙な調和によって作り上げてきた奈良の都に、いま危機が迫っています。人間が与える餌が多いためか、増えすぎたシカが餌を求めて春日山に入り込み、木々の若い芽までも食べてしまうのです。シバ地の広さに対するシカの数は８００頭程がちょうど良いともいわれますが、現在はその１．５倍程の１２００頭を越えました。しかもその数は、ここ数年で急激に増えています。しかし、神の使いであるシカを減らす解決策は全く見えてきません。神業的なエコサイクルによって守られている都の景観を、これからも守ることができるのでしょうか。千年の都を千年の未来に繋ぐことが、いま私たちに課された務めなのです。

この番組の中では、春日大社の権宮司である岡本彰夫氏も、この問題について憂慮している旨、語っていらっしゃいました。

「人間が与える餌が多いためか」の原因の一つは、奈良の名物でもある「鹿せんべい」と推察できます。この問題を短文投稿サイト twitter で取り上げ「奈良の鹿は頭数が増えすぎ、貧栄養である」「食害により世界遺産の原始林が危機」「鹿せんべいには利権が絡んでいるので解決がむずかしくなっている」と書いたところ、「鹿せんべいは、餌付けではない」「利権とは失礼」という旨の反論がありました。

基本的に、野生動物は、食糧があれば、その食糧で養えるだけ頭数が増えます。マルサスの人口論と同じ原理ですが、生態学の常識です。「鹿せんべい」という、土地の本来の生産以上の食糧を持ち込んでいるため、奈良は、土地面積に対して、生息頭数が過密になっています。その結果、貧栄養となり罹患率も高いという研究結果も出ています。

鹿は鹿せんべいのみで生きるにあらずなので、当然植物も食べます。頭数が増えすぎると、世界遺産の原始林の若芽も食べ尽くしてしまい、森林の維持が困難になります。この問題は、生態学の視点も取り入れて考える必要があります。

反論に対する回答を連続ツイートしました。そのまとめです。

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鹿せんべいの売り上げによって支えられている「奈良の鹿愛護会」の活動には、頭が下がります。ただ、生態学の観点からすれば、飼育している以外の生き物に給餌することは「餌付け」と呼ぶため、これも餌付けの一形態です。

「奈良の鹿愛護会」では「飼育されている動物ではありません。野生動物である鹿」と定義しています。ですから、これはやはり「餌付け」の一形態と理解されるべき事だと思います。

奈良では、人間と鹿とは、古くから関わり、親しい関係を築いてきました。「鹿せんべい」は江戸時代の資料から見られるとのこと。実際、いつから始まったのかはもう少し調べないとわかりませんが、長い歴史があることは確かです。

まちかど博物館の「武田商店」さんでは、大正６年12月25日に春日大社の宮司から許可を得て製造を開始なさったとのこと。当時は春日大社の許可が必要でした。現在は「奈良の鹿愛護会」の印紙が必要です。

「奈良の鹿愛護会」では鹿せんべいに印紙を発行。この印紙代が、会の活動資金となっています。会では、新たな製造業者に印紙を発行する予定はないとのこと。また小売りも、鹿せんべいの卸組合があり、決まった業者に卸しているので、小売りへ新たな参入も困難。

奈良の鹿せんべいは、決まった業者により製造され、決まった業者によって小売りされている。そして新たな参入はできないシステムになっている、という事実があります。乱立を防いでくれるよいシステムではありますが、独占状態ともいえます。

奈良と鹿にはさまざまな歴史と関わりがあります。それを理解するのは、もちろん大切なことです。経済の問題もあります。ただ、地球生態学の観点からの大きな視点を採り入れないと、問題の根本解決に近づけないことも事実です。

論文「大腿骨骨髄による奈良公園シカの栄養診断」
http://near.nara-edu.ac.jp/bitstream/10105/1055/1/torii001.pdf　
奈良公園の鹿の健康状態は、一見してよくないと分かりますが、研究結果でも出ています。。

奈良の鹿の頭数が自然状態に比べてはるかに多く、貧栄養であることは、鹿にとってはしあわせなことではありません。罹患率も高いとの調査結果。「鹿と触れあう」という人間の歓びと楽しみのために、鹿が犠牲になってはいけないと思います。

また春日原始林の食害も心配されることで、この件については春日大社の岡本権宮司も、ＴＶ「宇宙船地球号」で憂慮の発言をなさっています。

天敵がいないこと、鹿猟が昔ほど行われなくなったことが、全国的な鹿の頭数増加の大きな原因ですが、奈良にはそれに輪を掛けて、鹿せんべいという給餌の問題があると認識しています。

奈良の歴史を無視して鹿せんべい問題を考えるわけにはいきません。しかしまた、鹿にとっての健康、原始林の維持、ということを生態学的観点から俯瞰して、よりよき解決策を求める必要があると思います。

人間にとっての「歴史」と、鹿や原始林、自然の側から見た「歴史」。どちらに軸足を置くかで、見え方も違ってきます。両方の視点を取り入れながら、原始林が滅びることのないよう、鹿が健康に生きられるよう、考えていくべきではないでしょうか。

「鹿せんべいがなくなったら、観光客がスナックやお弁当をあげてよりひどいことに」というご指摘。宮島では、2009年に鹿せんべいの販売と給餌は禁止されています。人間に対する教育や啓発活動に、観光地として全体で取り組んでいく姿勢も必要です。

2009年に宮島で鹿への給餌が禁止され、その結果、鹿が飢えています。これを虐待だ、とする声も聞かれます。確かに、いままで与えていた餌で増えられるだけの鹿が増えていたのですがら、急に給餌をやめれば、飢える鹿が出てきます。

鹿せんべいは、鹿のために生まれたものではなく、人間のためにできたものです。鹿と親しみたい、観光客が喜ぶ。そのために、鹿が貧栄養状態となり、健康に暮らせなくなったとしたら、それは長きに渡るゆるやかな虐待ともいえます。

鹿せんべいの販売や給餌を、宮島のように急にやめれば、鹿の頭数が安定するまで、餓死する鹿が大量に発生します。鹿にとっても、見る側にとってもつらいことでしょう。時間を掛け、少しずつ自然状態を回復する長期戦が必要なのではないでしょうか。

鹿せんべい問題。解決の方法として、倍額にする、10年計画で製造を徐々に減らす、など漸次的に減らしていく方法が考えられます。しかし、鹿せんべい業者の経済問題はどうなるのか、奈良の鹿愛護会の活動資金は、と問題が山積。これらが問題をより複雑に。

しかし、このようなことをクリアしていかなければ、鹿にとって不健康な状態が長引き、原生林も危機に陥ります。奈良の鹿は「聖域」として手を触れられない感がありますが、手遅れにならないうちに、みんなで考えていくことが大切なのではと思います。

--------------
以上に対して「鹿が自由に食べる公園周辺の植生全体に比べたら、鹿せんべいの供給量は大変少ない。鹿せんべいがなくなっても鹿が飢えない」「むしろ問題は、鹿せんべい以外の人間が与えるもの＝栄養過多の食品のみならずビニル袋、弁当ガラなどなど」「奈良の鹿にも『間引き』の必要性すらささやかれ…植生の世代交代が行われず『春日山原始林』が危機に陥る可能性が」というご指摘が。これに対するさらなる返答です。

カロリーで見れば鹿せんべいの比重は大きい。「炭水化物の含有量などを調べる『乾燥重量』で、しかせんべいの栄養を分析。せんべい３枚は草を約２５０回かみ切って食べたのに相当する」研究結果はこちら。
http://news.kogenta.ciao.jp/?eid=592501

環境省が定める野生シカの適正頭数（落葉広葉樹林帯）は１平方キロあたり２～４頭。奈良公園（約０.６平方キロ）のシカの数は約１２００頭。
http://news.kogenta.ciao.jp/?eid=592501

鹿せんべい以外の人間が与えるもの＝栄養過多の食品のみならずビニル袋、弁当ガラなども、もちろん大きな問題である。観光客や地元民への啓蒙など、観光地が一体となって取り組むべき課題。

神獣を間引きとはむずかしい問題。外部からの栄養流入（餌やり、鹿せんべい等）を抑えることにより自然に頭数が減ってゆくのを待つのが妥当な手段では？

鹿は奈良の「文化」の一部であるため、本来の「野生」からは離れた存在になっていることも事実。むろん、文化は尊重しなければならない。しかし、人間文化は自然の上に（内に）成立しているため、自然という大枠からの視点も必要。文化と自然の両面から考えなければと思う。

追加
以下のようなご意見もありました。
「鹿の頭数過剰の原因で、愛護会が『心当たり』として悩んでるのが『産褥期の保護収容』の問題。妊婦の鹿を鹿苑に保護して出産させていることが頭数過剰に繋がっているのではと。」
これも対処すべき大きな問題だと思います。ただ「外部からの栄養補給＝給餌などがあると、頭数が増え生態系が乱れる」ということは生態学の基本であり常識です。これもまた考えるべき問題であることに変わりはありません。
奈良の鹿は昭和20年の食糧危機の時代に79頭まで減り、その後増えて、昭和53年頃から1100～1200頭の間でほぼ安定しています。
http://narashikanko.jp/j/data/irekomi/h13/18.html
しかし、現状、土地の生産力に対して鹿が多すぎる。それが鹿の貧栄養化と原始林の破壊を招いています。そのことが問題なのです。その「多すぎる」状態を維持することに大きく寄与しているのが「鹿せんべい」の存在であるということは否めません。
奈良の観光資源であり、経済にも文化にも組み込まれている「鹿せんべい」に異を唱えることは、大きな風当たりのあることです。しかし「文化だから」とただ温存するのではなく、その影響を正しく認識すべきではないでしょうか。植物生態学・動物生態学の専門家による調査を行い、奈良の鹿の貧栄養状態の改善と、春日山原始林の保全について、総合的な判断を行うべきです。そのなかにはもちろん、産褥期の保護収容も鹿せんべいの問題も含まれるはずです。

■「2010年第6回ひろすけ童話学会報告」より

Thu, 24 Feb 2011 00:46:57

2010/8/21　浜田広介記念館（山形県東置賜郡高畠町）で開催された
「ひろすけ童話学会」の報告書より　転載　文・冨樫徹氏

　昨年は、ひろすけ童話学会も第５回を迎え記念の年ということで、シンポジウムを開催した。また５年間のまとめとして記録集の編集も進めている。
　今年は新しい１年目として、参加型の学会をめざし、感想を述べて討論する場を設定した。
　恒例の講演は、奈良在住の童話作家、絵本作家、小説家、詩人と多彩な活動をされている寮美千子氏による「私のひろすけ童話体験」と題するものであった。京都から南陽市役所前まで夜行バスで、当日早朝に到着された。まずそのタフなことに驚かされた。今回も講師は天沼春樹先生の紹介によった。以下、要点をまとめてみよう。
　イザベラ・バードが置賜盆地の美しさに出会って「東洋のアルカディア（桃源郷）」と賛嘆したことや、結城哀草果が「置賜は国のまほろば菜種咲き若葉茂りて雪山も見ゆ」とほめたたえたことなどからお話を切り出して、米山俊直の『小盆地宇宙と日本文化』から盆地は「相対的にひとつの閉鎖的空間を作っていて、そのため独自の歴史を持ち、独自の文化伝統を持ちやすい」ということばを引用、置賜（高畠）も、奈良盆地や遠野盆地同様、特有の盆地文化をもっているのではないかと、まほろばの里高畠をほめられた。
　次に「ひろすけ童話批判」についての検証を展開。1953年、鳥越信が「少年文学の旗の下で」という文章の中で、小川未明、浜田廣介らの童話を未来への展望がないと批判し、古田足日とともに「少年文学宣言」を起草したことに触れた。また1959年『現代児童文学論』の中で古田足日は、広介の童話を「近代人の心によみがえった呪術・呪文とその堕落としての自己満足」と批判したことも紹介。
　これに対して寮氏は「古田足日は批判するつもりで『呪術・呪文』と語ったが、その言葉は、実はそのままひろすけ童話への賞賛の言葉になりうるのではないか」と指摘。「ひろすけ童話は、詩的な情緒性とリズム感のある文章で描かれている。つまり原初の力を持つ『呪文』として記されているが故に、物語は単なる『散文的ストーリー』以上の力を持ち、人の心に、時にトラウマとなるほどの強い印象を刻む」という見解を提示した。
　また古田足日が、前掲書の中で「もし人間が童話に書かれたとおりの人間だとしたら、世の中は天国である」と酷評した点にも触れ、これらに対して、広介本人が「童話はこのようにありたく願う世界を描くのだ」と自己弁護したことを取り上げた。「しかし、ひろすけ童話はほんとうに『願いの世界』実現か？」と、寮氏は疑問を投げかけた。
　「『泣いた赤鬼』は、実際には『このようにありたく願う世界』の実現などではなく、むしろ、『人間となかよくしたい』という赤鬼の願いが、青鬼の親切によって叶えられたが故に、青鬼との別れを避けられなかったという『理不尽・不条理・情けない・くやしい・残念・悲しい』物語である。古田足日のいうように『内面にむかっての掘りさげはない逃避のための幻想』といった単純な物語では、決してない」と寮氏は力説。最終的に解決のつかない「問い」を読者に手渡すことで、安易なカタルシスを与えない物語、それ故にいつまでも読者の心にあたかも「トラウマ」のように刻まれ、問いかけ続ける「真の文学の力」を持った作品であると主張した。
　その証のひとつとして、インターネット上でいまも話題にされ続けている「泣いた赤鬼」への感想を紹介。「２ちゃんねる」には「『泣いた赤鬼』について語っておくんなまし」というスレッドが2002年に立ち、その後今日まで投稿が続き、その投稿数は200本を越えると紹介。また「Yahoo! 知恵袋」にも「童話『泣いた赤鬼』の青鬼について、どう思いますか？」という問いかけがあり、そこにも多くの返答が寄せられているという。
　また、ブログなどで個人的に『泣いた赤鬼』の感想を発信している人々も多く、一例として、ある日本語教師が「人間による赤鬼への偏見を通して、異文化理解の大切さを訴えている」と解釈していることを紹介した。これらは、一般の人々が、いまも『泣いた赤鬼』から手渡された問いの答えを、考え続けていることの証左に他ならない、とした。
　また、劇作家・鴻上尚史（こうかみしょうじ）も、その著『ハルシオン・デイズ』（2004、白水社）の中で、青鬼はなぜあのような行動にでたのか、その可能性を詳しく推理している例を挙げた。『泣いた赤鬼』は、著名作家にまで、問いを投げかけ続けている。
　寮氏自身もまた、幼い頃読んだ「泣いた赤鬼」「龍の目の涙」の二作が一冊になった絵本から「問い」を手渡されたが故に、ほかのどんな絵本よりも強く、これらの作品が、印象に残っていることを述べた。それが、現在の自身の創作に少なからず影響を与えていると、今回、改めて気づいたという。
　犠牲を伴う計略、善意ゆえの理不尽な結末。いつまでも胸にひっかかり忘れられない強烈な印象。人間社会への擦り寄り、自己のアイデンティティの喪失が描かれた作品として、今日なお、ひろすけ童話は現代のわれわれに強烈に問題を投げかけていると結んだ。赤鬼も青鬼も、なぜ姑息な計略に飛びついたのか。なぜ正面突破しようとしなかったのが、いまも心残りであるが、それこそがまた今日の人間社会の縮図でもあると感じているとのことであった。
　研究発表は、半田和彦氏の「『泣いた赤おに』の文章について」詳細な分析の結果、その特徴として、1.戯曲的要素　2.変化のある「語り口調」　3.文末「ました」の多用から見える昔語りの話法、三点が析出された、と。現職校長の多忙な中、『泣いた赤おに』のすべての文末用例を詳細に分析し、コンパクトにまとめられた研究である。
　討論は「泣いた赤おに」をめぐって、最初に、情野裕子氏から各種絵本の絵や文の相違からもたらされた感想を、雲井倫子氏からはさまざまの疑問や独自の読みなど紹介され、冨樫は赤鬼、青鬼それぞれのモデル問題に言及した。その後討論。
　全体として、寮氏の広い知識と深い読みに裏付けられた熱気溢れる講演に圧倒され、新しい門出をしようとしていた第６回にふさわしく、盛会裡に終了した。

講師紹介
寮美千子　1955年生まれ。作家・詩人。中央大学文学部中退。外務省、広告制作会社勤務、コピーライターを経て、1986年毎日童話新人賞受賞。幼年童話から絵本、ジュブナイル小説、純文学まで手がけ、題材も先住民関連から宇宙天文関連まで幅広い。2005年『楽園の鳥　カルカッタ幻想曲』（講談社）が泉鏡花文学賞を受賞。最新作に童話『ならまち大冒険』、小説『雪姫　遠野おしらさま幻想』、編著『空が青いから白をえらんだのです　奈良県少年刑務所詩集』など。父方の祖父は大正期から昭和初期にかけて活躍した科学ライター・寮佐吉。

■2/13 朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー朗読会ｉｎなら　レポート

Tue, 15 Feb 2011 18:17:21

「2011年2月13日、耳成の元朝鮮学校で『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー朗読会ｉｎなら』が開催されるので、ぜひ行ってほしい」と４方面からメールが来た。こうも重なると、行かないわけにはいかない。もともと気にはなっていたことではあるし、知人友人も、このアンソロジーに詩を寄せている。

この日は、午前中、奈良東大寺のお水取りの松明にする竹を奉納する行事があり、わたしと相棒も、自分たちで掘った竹を１本、はじめて奉納させてもらうことになっていた。東大寺といえば、その成立は朝鮮半島と深く関わっている。同じ日に、奈良で朝鮮関連の朗読会があるのもご縁だ。そこで、奉納の行事を終わらせ、相棒に要介護の父の世話を頼んで、申し訳ないけれど、わたしだけ出かけさせてもらうことにした。

近鉄奈良から２回乗換で「耳成」へ。奈良に来て、ほとんど電車に乗ったことがないので、かなり緊張した。それでも、途中薬師寺の塔が見えたり、ちょっと観光気分だ。

「耳成」はさびれた感じのする、広々とした気持ちの良い場所だった。古代遺跡のある場所特有の、和やかな空気に満ちた場所だ。駅から南へまっすぐ歩き、川を渡ると朝鮮学校の四角いコンクリートの建物が見えた。昨年、廃校になったとのことで、人のいないビル独特の雰囲気をまとい、ちょっとさみしげに見えた。

この会は、京都在住の詩人の河津聖恵さんが声を上げてはじまった。日本と在日コリアンの詩人たちが協力し、2010年夏に『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』を発行。広島、京都、東京と相次いで朗読会が開催され、奈良でその第４弾が行われることになったのだ。
http://reliance.blog.eonet.jp/default/2010/08/post-2153.html

少し早く到着したので、入口で受付を済ませ、一番前の端っこの席に陣取る。どこかかから少女たちの澄んだ歌声が響いていた。休校になった学校の、それも日曜日なのに、クラブ活動が続いているのだろうか、と不思議な心持ちになった。

やがて、朗読会が始まった。余分なおしゃべりはない。手短で簡潔な事の経緯の解説の後、朗読のトップバッターは河津聖恵さんの「ハッキョへの坂」。なんと美しい、なんとやさしい、なんと強い詩だろう。ああ、この人はほんとうの「詩人」なのだと改めて感じた。
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/06/1006j0510-00011.htm

それから、次から次に朗読が続く。日本人が登場する。在日コリアンが登場する。年齢も様々だ。黒いチョゴリの制服に身を包んだ少女たち４名の合唱には思わず落涙した。人のいない校舎に響いていた妖精のような歌声は、この子たちの声だったのだ。

じっと聞いているうちに、わたしは不思議な感覚に捕らわれた。まるで、自分が日本の戦前の、活動家たちの集会にでも出ているような気がしてきたのだ。これが21世紀の日本だろうか。こんなことを、代わる代わる、力一杯訴えなければならないのが、いまの日本なのだろうか。高校の授業料無償化、ただし朝鮮学校は除外。そんなバカな話があるだろうか。そんな人権蹂躙があるだろうか。詩とは、もっともっと喜びを謳いあげることのできるもののはずではないか。表現の、無限の可能性が開けているはずではないか。その詩の言葉をすべて「抗議」に使わなければならないというこの状況。「武器」にしなければならないという状況。そんな状況を生みだした日本政府の愚行。だからこそ、詩人たちは声を上げる。

わたしはここで「詩の力」も感じた。長々と演説するのではなく、散文で語るのではなく、「詩」という形式だからこそ、これだけの数の詩（16編もの詩！）が読まれ、その一編一編の印象が薄れることなく、まるで剛速球の石のつぶてを受け取ったように、心に強い印象を残してくれた。

最後の一編は、許玉汝（ホ・オンニョ）さんが、河津さんと二人で朝鮮語と日本語の両方で代わる代わるに「これがおれたちの学校だ」（作・許南麒）という一つの詩を読みあげた。オンニョさんは、このアンソロジー詩集を作り、その朗読会開催のために、半年で２千通ものメールを河津聖恵さんと交わしたという。

大きな拍手で会は終わった。小さな教室に入りきれない、120名もの聴衆がいた。ほんとうにどこから聞きつけてきたのだろう。この催しは、大きなホームページもなく、口から口に、メールからメールで、伝えられてきたのだ。「大々的に広報することで、妨害が入ることを怖れた。口コミで伝えてくれる人にだけ、伝えた。だから、どれだけ来てもらえるか、心配だった」と、司会の黒田恵裕氏。そうやって手渡しでバケツリレーのように情報を伝えた人が、どれだけ多かったかを、この人数は物語っていた。わたしのところにも、そんな口コミ情報で、４方面から情報が届いたのだ。

会終了後、桜井駅前の韓国料理店「ぶんさん」で、懇親会が開かれた。単なる参加者の一人なのに、誘っていただけたのをいいことに、図々しくも参加させてもらった。そこには、わたしが知らなかった世界が待っていた。

おいしいキムチをつまみにビールを飲み、チゲをいただく。朝鮮語が飛びかう。日本語とチャンポンの言葉が手鞠のようにぽんぽんと行き交っている。そこでは、日本人のほうが「少数派」だ。その場の多数派の言語を解さないというのは、なんとも心細く、そこにいるのが場違いで申し訳ないような、恥ずかしいような、情けないような、そんな気持ちになる。

在日の人々が挨拶をする。その中で「朝鮮学校無償化除外反対に『日本人』が自ら立ち上がってくれた、声を上げてくれた」ということが、何度も何度も語られる。語りながら、涙を流す人がいる。聞きながら、涙を拭う人がいる。ああ、そんなに、在日コリアンということで、そんなに疎外されてきたのだ。それを、改めて肌で感じないではいられなかった。

「日本人」「日本の方」と繰り返し言われたことも、ある種の新鮮な驚きだった。わたしはアイヌの人々と出会い、はじめて自分が「和人」なのだと自覚した、その時の感覚を思い出した。少数派は、いつも自分の立ち位置を意識せざるをえないが、多数派は、自分が「和人」「日本人」であることなど、意識しなくても生きていけるのだ。だからこそ、少数派に対して鈍感になり、その痛みや苦しみを思いやることもできなくなる。

次々に語る何人もが、河津さんの起こしたこの行動に「日本人が立ち上がってくれた」と感謝を述べ、喜びを伝えた。すなおに、ほんとうにまっすぐに声を上げた河津聖恵さんのしたことの大きさを、わたしは改めて感じ、胸を打たれた。

ある人は、こう語った。「河津さんはブログで、この戦いのことを『日本人による／日本人自身との／日本のためのたたかいである』と書かれていた。かわいそうな在日コリアンに手を差しのべよう、という上からの目線ではなかった。自分の問題、日本の問題として捉えてもらえたことが、なによりもうれしい」と。また「いままでの在日コリアンと日本人との関係を、大きく変えた第一歩」であるとも。

河津聖恵　即興詩「これはたたかいである」
http://reliance.blog.eonet.jp/default/2011/02/post-85a2.html

またある人は、こう語った。「わたしは生まれてから60年間、日本で育ったのに、日本人の友だちが一人もいませんでした。トラウマがあり、日本人の前に立つと言葉が出なくなってしまったのです。それがこのアンソロジーを作ることで、はじめて河津聖恵さんという、心を許せる日本人の友だちを得たのです」　河津さんは「60年も日本人の友だちがいなかったなんて、おかしいでしょう！　異常でしょう！」と無邪気なまでに驚きを表現した。この無防備な、まっすぐな心が、在日コリアンである彼女の深いトラウマの川を乗り超え、二人の心を結んだのかもしれない。

河津聖恵さんはふわっとしたやわらかな雰囲気を身にまとわれた方だ。それでいて、強い芯がしっかり通っていることを感じさせられる。自己顕示欲などというものとは無縁で、ただまっすぐに、このことに関わっていらっしゃる。

トラウマを持っていたという彼女は、アンソロジー詩集編集の作業を連日連夜続けるなかで、ついにキレたことがあったという。「無償化問題っておっしゃるけど、橋本知事は朝鮮学校への助成金を２億円もカットしたんです。無償化問題よりずっと大きな額なのに！」と。「すると、河津さんはなんと言ったと思いますか？」その返答は「なんで黙っているんですか。言わなくちゃだめじゃないですか。いっしょに戦いましょう！」だったそうだ。ああ、このまっすぐさ！　それにより、彼女はさらに河津さんへの信頼を深くしたという。

唯一、奈良から出席なさった在日の朴才暎さんとお話できたこともうれしかった。奈良に来て４年半の新参者のわたしに、奈良に嫁いで30年間の思い出を語ってくださった。そして、アンソロジーに寄せられた、ハングル文字で書かれた四方田犬彦氏の詩を、その場で日本語に訳して聞かせてくださった。

やがて興がのり、朝鮮民謡が歌われた。みんなが声を合わせて歌っている。同じ一つの歌を歌う喜び。ご機嫌な表情で、手踊りもはじまる。その身振りの、なんと独特なこと。ああ、これ文化なんだ。心おきなく民族の歌を歌い、踊り、楽しめること。それがどんなに大切なことか。わたしはまるで映画「パッチギ」の世界に入ってしまったような気がした。

わたしは、伝統の祭りもないような新興住宅地に育った。土地のみんなといっしょに歌える民謡もない。だからこそ、この共有感がたまらなくうらやましい。そして、これこそが、かけがえのない大切なものに思えてくるのだ。

在日、という立場で暮らさなければならない複雑さ。そのなかで「民族の文化」を共有することは、どれだけ大きな心の支えとなるだろう。アイデンティティの拠り所となるだろう。在日だという状況だからこそ、朝鮮学校が、文化と言葉を学び、人と人をつなぐ大切な場となる。その学校を、無償化から除外するという暴力。ほんとうに許せないことだ。

わたしは半世紀以上も生きてきたのに、在日コリアンの方との接点がないままに過ごしてきてしまった。お隣の国なのに、言葉もよく知らない。英語はしゃべれるのに、韓国語はさっぱりだ。厚かましくも懇親会に出席させてもらったおかげで、その文化の片鱗や、苦渋の一端を肌で感じることができた。ウリナラ、ウリマル、ウリハッキョという言葉を、わたしは一晩のうちに覚えた。わたしの国、わたしの言葉、わたしの学校。美しい、なつかしい響きだ。

わたしは以前、アイヌ民族の方に取材をさせてもらって、絵本を作らせてもらったことがあった。
『イオマンテ―めぐるいのちの贈り物 ―』
『おおかみのこがはしってきて』

アイヌ民族もまた「和人」の暴挙に苦しんだ民族だ。彼らは、言葉も文化も徹底的に破壊され、奪われてしまった。それをいま、なんとか取り戻そうと、年配の方も、若い人々もがんばっている。

アイヌの歌や、朝鮮の歌、それぞれが朗らかに楽しく歌う、さまざまな文化の咲きわう国になることが、「日本が豊かな国になる」ということだと確信する。いい機会を与えていただいた。朝鮮学校無償化除外反対に、わたしも声を上げていきたい。

■アイヌ工芸作品展　2011/2/5～8　ギャラリーまつもり

Wed, 09 Feb 2011 17:39:59

奈良市のもちいどのセンター街入口にある「ギャラリーまつもり」で開催された「アイヌ工芸作品展」2011/2/5～8　最終日にお伺いした。

作品は、白老在住のアイヌ民族の山崎シマ子さん（70）とそのお弟子の河岸麗子さん。奈良在住のキルト作家の紙谷百合子さん（64）のもの。一針一針心を込めて縫った着物やマタンプシは、それはすばらしいものだった。山崎シマ子さんにお話を伺った。

「母は、明治３５年頃の生まれで、富山から来た和人の子でした。母の両親は、美唄の山のなかで炭焼きをしていたそうです。しかし、とても貧しくて、母は７歳の時に、白老のアイヌの家に養女にもらわれていきました。両親は娘を馬鈴薯一俵とバクッった（交換した）のだそうです。飢え死にさせるよりは、という親心もあったのかもしれませんが、それにしても、胸の痛む話です。
　養父母は、結婚しても子どもがいなかったので、母を長女として養女にしたのですが、どういうわけかその後子どもがビチビチと生まれ、妹や弟は７人だか８人だかになり、母はその子守をしたり、奉公に出されたり、大変苦労したようです。
　母はアイヌの男性と結婚して、３男４女をもうけました。わたしは７人兄弟の６番目、昭和15年生まれです。
　わたしの生家は白老で、隣は二風谷からいらした貝沢藤蔵さんの家でした。そのお宅では観光客にアイヌ舞踊などを見せていたので、母はアルバイトで踊りに行っていました。戦争が終わって３～４年した頃でしたから、昭和23～4年頃のことでしょう。その頃は、鉄道でどんどんお客さんが来ていたのです。一日踊ると300円もらえました。当時の300円は、貴重な現金収入だったと思います。
　夜になると、母はルウンペというアイヌの着物を黙って縫っていました。型紙も何もなく、なんの参考書も見ないで、ぐんぐん縫っていくのです。
　わたしたそれを横で見ていましたが、何も訊こうとはしませんでした。母もまた、何も語ることはなかったのです。
　母は、コタンのおばあさんたちとアイヌ語で話していましたが、家ではアイヌ語を使いませんでした。わたしは両親から、アイヌ語を使ってはいけないと言われて育ちました。アイヌであるとわかると差別されるので、娘にはそんな思いをさせたくないという親心だったと思います。そんな雰囲気を感じていましたから、わたしも、母がアイヌの服を縫っていても、何も訊かなかったのだと思います。
　わたしは25歳で結婚し、３男に恵まれました。夫は和人でしたが、ニポポ（アイヌの木彫りの人形）を彫る職人でした。しかし、わたし自身はずっとアイヌ文化と何の関係もない暮らしをしていました。
　アイヌ刺繍をはじめたのは、45歳からです。白老のアイヌ民族博物館で募集があると近所の人がチラシを見せてくれたので、応募してみたのです。面接の時に、和裁が出来ますというと採用されました。最初はアツシ織りをし、次に古いアイヌの着物の複製を作る仕事に就きました。それが楽しくて、楽しくて。それで、アイヌの文化に目覚めたのです。それまで、自分をアイヌだと意識したことさえありませんでした。
　博物館には10年勤めました。後から入ってきて同じ仕事をしたのが河岸麗子さんです。河岸さんは和人で、最初は受付をしていたのですが、後でいっしょに刺繍などするようになりました。いわば、わたしのお弟子さんです。
　わたしは、北海道以外で作品展を開いたことはいままでなかったのですが、奈良には、ずっと前から来てみたいと思っていました。アイヌは縄文人と通じるところがあるなどと言われているので、古い都の奈良と何か通じるものがあるような気がしてならなかったのです。博物館で、偶然、奈良の紙谷百合子さんと知り合うことができ、紙谷さんの助けを得て、こうやって奈良で念願の作品展を開けたことを、とてもうれしく思います。
　多くの方が見てくださって、すごいね、すばらしいねと言ってもらえたのが、なによりもの喜びでした。意外なことに、男性がつくづくご覧になって、こんなのを見たのは初めてだ、すばらしいと言ってくれることが多かったのです。ありがたいことです。」
　
　山崎シマ子さんを奈良に導いたのは、キルト作家の紙谷百合子さんだった。紙谷さんは、40歳頃からキルトをはじめた。アイヌ模様に出会ったのは、倉敷の大原美術館の硝子ケースのなかだったという。
　
「日本民芸館のケースに陳列された美術品として、アイヌ刺繍に出会ったのです。すばらしいと思った。自分でもしてみたい、と思いました。その気持ちを後押ししてくれたのが、チカップ美恵子さんの言葉でした。「心の趣くままに針を進めなさい。大自然の風景、四季折々の中にこそアイヌ文様心象風景がある」と、『アイヌモシリの風』http://amzn.to/cikap2001 という本のなかに書かれていたものです。
　その言葉に勇気づけられ、はじめてアイヌ文様の作品を作りました。７年前のことです。ところが、どうしても思うようなものはできない。頭のなかで考えて作っても、何か違うのです。これは、アイヌ民族が暮らした北海道へ行って、その大地を体で感じて、博物館で本物を見ないとだめだ、という思いに駆られ、白老への旅に出かけたのでした。
　５年前に白老のアイヌ民族博物館で、河岸さんに出会いました。４年前に再訪した時には、山崎さんに出会うことができました。その時、山崎さんは糸紡ぎをしていらして、そのお姿を写真に撮らせてもらいました。それから交流が始まり、とうとう今回の展覧会の会場探しなど、お手伝いさせて頂いくことになったのです。山崎さんは毎日博物館に来ていらしたわけではないのに、ちょうどその日にお目にかかれて、ほんとうに幸運でした。」

　一日違えば生まれなかったご縁を、山崎さんも「ほんとうにありがたい。あの日の出会いがなければ、奈良での作品展はなかった」と感無量で話してくださった。
　紙谷さんは、いままで４枚のアイヌ模様のキルトを制作してきた。そのうち新作の２枚が会場に飾られていた。約２メートル四方もあるような大作だ。
　糸と針の女たちの手仕事。そこに込められた思いが、時空を超えて白老のアイヌ民族と奈良をつないだ。一針一針、祈りを込めて糸を刺していくその心は、いつの時代も、どんな民族も、変わらぬものなのかもしれない。そんなことを感じさせられるぬくもりに満ちた展覧会だった。
　
追伸：
遠路はるばる奈良までいらしてくださった山崎シマ子さんに敬意を表して、拙著絵本『イオマンテ―めぐるいのちの贈り物 ―』http://amzn.to/iomanteを贈呈すると、山崎さんは、お手製の刺繍のマタンプシ（はちまき）をくださった。大切にしたい。刑務所の授業などで、活用させていただこうと思う。感謝。

■森本雅樹先生の詩／野辺山宇宙電波観測所十周年記念絵本『ほしがうたっている』に寄せて

Fri, 07 Jan 2011 02:23:23

▼電波は宇宙のタイムマシーン

火の玉だった宇宙のはじまり、
銀河系や星が生まれたノッペリ宇宙。
そんな宇宙に行ってみたいとおもいませんか？

星の赤ちゃんや、火の玉宇宙のうたを
聞いてみたいとおもいませんか？

星もくじらもうたっています。
銀河もチョコレートも、宇宙そのものだって、
電波を出してうたっています。

百何十億年のむかしから、うたっています。
星もくじらも銀河もチョコレートも、
そしてわたしたちも、
そんなうたにつつまれているのです。

電波望遠鏡はタイムマシーン。
百何十億年の宇宙のうたを
聞かせてくれるタイムマシーンです。さあ、
電波の宇宙旅行に
しゅっぱーつ

国立天文台野辺山宇宙電波観測所元所長　森本雅樹
『ほしがうたっている』（寮美千子／作　高橋常政／絵　思索社1992）に寄せて
※野辺山宇宙電波観測所十周年記念絵本

■古代史メモ／語り・歌謡としての古事記

Sun, 02 Jan 2011 16:48:05

来年の2012年は、古事記1300年！　皇室の権力の正当性主張することに利用された、ということで学習の場面から消えた古事記。しかし、その独特のファンタジー性はすばらしい。また、日本書紀と違い、古層の文化も埋め込まれてもいるともいう。

三浦佑之『古事記講義』 (文春文庫)
http://amzn.to/kojikilec
三浦佑之著『古事記を読みなおす』 (ちくま新書)
http://amzn.to/hLY327

古事記には日本書紀にはない「語り」「歌謡」の面影があるとのこと。その「語り」を生かせる絵本「読み聞かせ古事記」「声に出して読む古事記」が作れないだろうか。

三浦佑之氏には以下の古事記の口語訳の著書もある。

三浦佑之『口語訳古事記』 (文春文庫)
http://amzn.to/kojikikogo

しかし、これがいただけない。「～なのじゃ」「～じゃった」という「古老の役割語」のオンパレード。実際にこんなふうに話す老人はいない、ということもだが「口承文芸＝老人」でいいのだろうか？と疑問に思う。

確かに、伝説などは古老が囲炉裏を囲んで話す、という趣がある。語り伝える役割は、老人にあっただろう。しかし、それを一歩進めて「歌謡」というエンターティメントとして伝承されたと考えると、演者を単に「老人」と決めつけることはできないだろう。三浦氏は「語り部」の存在も示唆している。であればこそなお、彼らは演者であり俳優である。若く、朗々と声の響く、美しい人が、力強く情感たっぷりに語った、と想像できないだろうか。

であれば、ことさら「古老の役割語」にするべきではなく、もっとニュートラルなテキストにしてほしかったと思う。演じたその時に、演じたその人の個性が発揮されるような色のない訳文がほしい。

１月から、竹崎利信さん・菊地朋美さんによる「ならまち語り夜」がはじまる。第一回は「～寮美千子・作品集vol.Ⅰ～」とのことで恐縮だがうれしい。このお二人も、若く、力の溢れている。古事記の「歌謡」の語り部を思い浮かべたとき、わたしの頭にはまずこのお二人の顔が浮かんだ。そして竹崎さんの力強い声が。

来年の古事記1300年に向けて「耳で聞く古事記」「語る古事記」のテキストを起こしてみたい気持ちになってきた。1300年前の語りが、21世紀の奈良に新しく生まれたら楽しい。

■古代史メモ／ウケヒの謎２

Sun, 02 Jan 2011 16:45:37

古事記のウケヒ。

アマテラスは「男装」し武装してスサノヲを迎える。

アマテラス（女神）は　スサノヲ（男神）の剣　（男性的）を取り、噛んで吐く。
スサノヲ　（男神）はアマテラス（女神）の玉　（女性的）を取り、噛んで吐く。

　　玉は男性も身につけただろうが、
　　巫女が身につける呪具、というイメージが強いように思われる。

アマテラス（女神）が噛んだ剣（男性的なるもの）から、女神３柱が生まれる。
スサノヲ　（男神）が噛んだ玉（女性的なるもの）から、男神５柱が生まれる。

ウケヒにおいては、男性性と女性性が、
めまぐるしく入れ替わる。それもトリック的な手法で。

これは何を意味しているのか？

■古代史メモ／ウケヒの謎

Sun, 02 Jan 2011 16:44:15

古事記において、
スサノヲは父イザナキに追放され、高天原に姉アマテラスを訪れる。
アマテラスは弟が攻めてきたものと思いこんで武装している。
スサノヲは身の潔白を証明するために、ウケヒをしようという。

ここで展開する「子生み」の様子は実に魅力的だ。
呪術的世界がぴったりと心に沿って納得できる不思議さがある。
しかし、それはまた別の機会に語ろう。

古事記ではアマテラスがスサノオの剣を三つ折りにして
かみ砕いて３柱の女神を生み、
スサノヲはアマテラスの身につけた玉をかみ砕いて５柱の男神を生む。
するとアマテラスが、自分の持ち物（物実）から生まれたのだから、
と宣言（詔り別け）し、
スサノヲが生んだ５柱の男神を自分の子とし、
アマテラスが生んだ３柱の女神をスサノヲの子とする。

まず最初に、互いの持ち物でウケヒするという交換が行われ、
さらに、アマテラスの一方的な宣言で、
こんどは、生んだ子の交換が行われている。
不思議なたすきがけが行われいてるわけだ。

スサノヲの方も「我が心は清明故、我が生む子は手弱女を得た。
これによりて言わば、自ずから我勝ちぬ」と一方的に宣言。
スサノヲがその身の潔白を証明して、高天原に滞在することになる。

ここでも、不思議がある。
ウケヒを行う前に「～したらスサノヲに邪心がないことが証明される」という
その「～したら」という条件が事前に示されていない。
つまり、宣言した者勝ち。

実は、このアマテラスとスサノヲのウケヒの物語、
古事記と日本書紀では話の内容が違う。
持ち物がもともと自分のものだったり、スサノヲが負けたとする説も。

このややこしさ。気になって仕方ない。
三浦佑之著『古事記を読みなおす』（ちくま新書　2010/11）に
興味深い分析が書かれてた。
http://amzn.to/hLY327

古事記が書かれた当時、アマテラスは元々天皇家の祖先神であったが、
血縁を重視するという認識がなかった。
ところが、ある時点から血縁による直系の系譜が重視されるようになり、
アマテラスと自分たちの祖先オシホミミをつなぐために、
無理にでも「物実」と「詔り別け」をして、
男神を自分の子とする必要があった。
つまり「持ち物」だからという「一方的な宣言」が必要となった、というわけだ。
「たすきがけ」の必要性は、こんなところにあったのかと目が開かれる思い。

またスサノヲは本当はウケヒで負けたのではないか、という解釈。
スサノヲは日本書紀の正伝では負けている。
当時の神話世界では「女子＝勝利」という価値観はほとんどない。
原神話でも同じように、実は負けているのではないか。
古事記の編纂者はその展開をなんらかの理由で忌避した。
スサノヲが負けたとは、書きたくなかった。（なぜ？）
そのために「わざと」ウケヒの勝ち負けの条件を書かなかった。
書かないままウケヒさせ、スサノヲに一方的に勝ちを宣言させた。
でも本当は負けている。
スサノヲが高天原で暴れたのは、実は、
負けた腹いせであるという解釈も可能であるとしている。

負けた、というのはつまり濁心があったということか？

そこでピコンと電球が。
スサノヲは実は濁心があった、と仮定しよう。
挨拶に来ただけではなくて、本当は少し邪心があった。
ウケヒで戦闘的な男神を吐き出したので、それがバレてしまった。
姉はとっさに「わたしの持ち物から生まれたから、そっちがわたしの子だ」
といって、たすきがけにして、子をわざと取り違えてみせる。
そうやって、スサノヲの邪心を隠す。弟を庇ったのだ。
スサノヲは「そうだそうだ。わたしの勝ちだ」というが、
ほんとうは姉にバレているのがわかっているので、恥ずかしい。
バレているのに罰せられない。その居心地の悪さ。
その状態では、姉はあくまで優位だ。
それが悔しい。それでめちゃめちゃ暴れてみせる。
これでもか、と。
家庭内暴力の息子みたいなものだ。
姉を困らせてやりたい心もあるし、
どこまで許してもらえるか試すような心もある。
愛を求めてのデタラメ。
しかし姉の方は、せっかく庇ってやったのにと愛想が尽きて、
というか、がっかりして、天の岩戸に引きこもりとなる。

いや、スサノヲはそんな複雑な性格ではないか。
しかし、大の男なのに母恋して大泣きするマザコンぶりは、
そのまま家庭内暴力に結びついてもおかしくない。

逆に、スサノヲが実は勝っていたとする。
清明な心だった。ほんとうに挨拶に来ただけだった。
それなのに、姉に疑われて悲しかった。悔しかった。
ウケヒで男神を口から吐き出して、それを証明したのに、
姉に男神を取られてしまった。
そこで「女神を生んだから勝ちだ」と無理に宣言することで、
なんとか自分の立場を守った。
ほんとうは勝っていたのに、負けたみたいに見える。
それが悔しくて、暴れる。

違うな。違うぞ。どうもわからない。
心の綾、だけじゃなくて、当時の権力闘争など、
さまざまなものが絡んでいるはず。

１　古事記において、ウケヒの条件を予め書かなかったのはなぜか？
２　アマテラスは、なぜ一方的な宣言により子を交換したか。
３　スサノヲは、なぜ一方的に勝ちを宣言したか。
４　ウケヒの条件が書かれていないのに、なぜスサノヲの宣言で
　　スサノヲの勝ちだということに落ち着いたのか？

Ａ　男神＝勝　女神＝負　が正しいのか？
Ｂ　女神＝勝　男神＝負　が正しいのか？

Ｃ　スサノヲの心は清明だった
Ｄ　スサノヲには邪心があった

アマテラスが一方的に子を交換した。
次に、スサノヲが一方的に勝利宣言をしている。

もしＡの　男神＝勝　であるならば
アマテラスは策略で勝利を奪い、
スサノヲは価値を転換する宣言により、勝利を奪い返した。
ということになる。

ＡＣ　男神＝勝　スサノヲ＝清明
ＡＤ　男神＝勝　スサノヲ＝邪心
ＢＣ　女神＝勝　スサノヲ＝清明
ＢＤ　女神＝勝　スサノヲ＝邪心

さまざまな可能性が。
いや、それ以前に、持ち物の交換があることも忘れてはいけない。
このウケヒ神話のわけのわからなさは、何を意味しているのか？

うーん、わからん。だからみんな、夢中になるんだろうな。

■平城遷都1300年記念出版物を検証する

Thu, 30 Dec 2010 13:43:12

平城遷都1300年祭もいよいよほんとうに終わりだ。
平城遷都1300年記念出版物に関して検証してみたい。

奈良県は総額約１億８８５０万円で、財団法人日本総合研究所（東京都）松岡正剛事務所（同）編集工学研究所（同）の共同企業体（ＪＶ）と随意契約し、平城遷都1300年記念出版と称する本を３冊制作した。ニュースソースは毎日新聞（大阪本社版）2010/7/21記事「遷都研究　高額委託」

１冊目は、
「平城遷都1300年記念出版 NARASIA 日本と東アジアの潮流これナラ本」
http://amzn.to/korenara
「高速編集」「見開き主義」とあり、印刷物から複写したアミ点の写真を平気で使い、前後の脈絡もなく羅列。これが松岡正剛の編集工学？いや編集高額かとあきれた。

２冊目は
「平城遷都1300年記念出版 NARASIA 東アジア共同体　いまナラ本」
http://amzn.to/imanara
随意契約の寺島実郎（財団法人日本総合研究所会長）をはじめ、現奈良県知事、奈良市長等ずらりと並んで言いたいことを書いているだけの「編集」のない羅列本。これも松岡正剛の編集。

平城遷都1300年記念出版 NARASIAは、現在の所この２冊。もう１冊出版予定だが、一体何が出てくるのか。いままでの２冊は内容が空疎な上に、「これナラ本」とか「いまナラ本」など、タイトルもあまりにふざけていて不快。こんなゴミ本を作るために多額の公金をつぎこみ、奈良県が食い物にされているとしか思えない。

これとは別に、平城遷都１３００年祭の締めくくりとして、奈良県などがまとめた冊子が「平城京レポート」。２０か所以上の誤記が見つかって問題に。県などによると、多数の外部ライターが短期間で執筆し、十分な点検ができなかったのが原因とのこと。７千万円もの巨額を投入し、制作発表から刊行まで２年あったのに、あきれてモノも言えない。
（読売新聞）http://bit.ly/reponara

法相宗の大本山として記載されなかった薬師寺の抗議にも知事は「さまつなこと」と反論。
（毎日新聞）http://bit.ly/frUydF
奈良の文化に対する敬意が少しも感じられない荒井知事の対応だった。

1300年記念事業協会の仕事がボロボロな一方で、民間の力で出版された本にはすばらしいものがあった。
『平城京一三〇〇年「全検証」　奈良の都を木簡からよみ解く』
渡辺晃宏著・柏書房
http://amzn.to/heijo1300
著者は奈良文化財研究所の方。国家公認の歴史書には書かれなかった真実が見えてくるすばらしい本。公金はこのようなものにこそ使われるべきだった。

荒井知事は、中央の人材を引っ張ってくることを奈良の文化振興だと考えているようだが、それは違うと思う。地元奈良に地道に文化を育ててこそ、真の文化都市になっていくはずだ。

中央に頼らずとも、奈良にはいくらでも人材が。例えば奈良文化財研究所、奈良県立橿原考古学研究所、奈良市埋蔵文化財研究所、元興寺文化財研究所。どこもお金がなくて大変だが、膨大な研究が。この成果を一般人にもわかるような本にするだけで大きな価値が。1憶8千万あれば……。

民間で行われている様々な文化の振興に使えば、どれだけのことができただろうか！　奈良には、材料はいくらでもある。人材もいくらでもいる。これらをきちんとつなげ、有機的にオーガナイズし機能させていく手腕を持ったディレクターこそが、必要だったのではないだろうか。

【資料１】

毎日新聞（大阪本社版）2010/7/21（水）

遷都研究　高額委託
時給７８００円　月額１２０万円

奈良県が平城遷都１３００年の記念書籍などを発行する「弥勒プロジェクト」を委託したシンクタンクとの間で、研究員への対価を最高で月額１２０万とする契約を結んでいたことが分かった。
県の担当部署は「高い専門性があり妥当だ」としているが、医師や弁護士などに比べてもはるかに高額。庁内からも「これほど高額の人件費で委託した事業は聞いたことがない」と疑問視する声が上がっている。
プロジェクトは０８年度からの３年計画で日本と東アジアの古代からの変遷を振り返り、将来を展望するのが狙い。
３冊の記念書籍を出版し、今年１２月には将来ビジョンを提言する「平城京レポート」をまとめる。
県は総額約１億８８５０万円で、財団法人日本総合研究所、松岡正剛事務所、編集工学研究所の共同企業体との随意契約とした。
委託契約書によると、このうち日本総合研究所には０８年度５００万円、０９年度１３２０万円１０年度１１９０万円で、東アジアの将来展望などを議論する「日本と東アジアの未来を考える委員会」の運営や基本調査などを委託。研究員への対価となる「単価」は月額で、主席研究員１２０万円。副主席研究員１００万円。研究員８０万円となっている。
県に出された０８年度の報告書によると、主席研究員の場合、プロジェクトに従事した期間は計１．７カ月分で、奈良県が日本総合研究所に支払った額は約２０２万円。副主席研究員は計１．３カ月分で１３２万円同じく副主席研究員で計０．７か月分で約６８万円だった。
労働時間はいずれも１日平均約７時間（土日除く）で、時給に換算すると約７８００～約６５００円になる。
厚生労働省が労働者の賃金実態を把握するためにまとめている「賃金構造基本統計調査」（０９年）によると、高い専門性が求められる職種では、医師が月額８６万円、大学教授が月額６７万円、弁護士が５５万円などとなっている。ある県幹部は「本当に金額が妥当なのか疑問だ」と話す。
担当の県平城遷都１３００年記念事業推進局企画課は「東アジアについての研究機関は少なく、共同企業側からの提案に基づいて契約した」と説明。日本総合研究所の担当者は「詳しいことは県に聞いてほしい」としている。
（阿部亮介）

【資料２】

毎日新聞　2010/12/23 http://bit.ly/frUydF
平城京レポート：薬師寺抗議に、知事「さまつなこと」　／奈良

　平城遷都１３００年を記念して県などが制作した「平城京レポート」の記述に不備があるとして、薬師寺（奈良市）が抗議した問題で、荒井正吾知事は２２日の定例会見で、「えらい小さなことに気が付かれるんだなという印象。さまつ（なこと）だと思う」と述べた。不備は基本的なところだけに波紋を呼ぶ可能性もありそうだ。

　法相宗の大本山は薬師寺と興福寺（同市）だが、レポートには「興福寺が伝える法相宗は、『成唯識論』を経典とする難解な教義で知られ……」と記されていた。薬師寺は２１日、県に「基礎的なことが不十分で残念」と抗議した。

　荒井知事は「（興福寺の後に）『など』と入れればよかった。（対応は）正誤表で十分。薬師寺の名前が入っていないという怒り方はさまつだ」などと述べ、「さまつ」という言葉を５回以上使って批判を繰り返した。【阿部亮介】
（毎日新聞　　奈良版）

【資料３】

読売新聞　2010/12/28　 http://bit.ly/reponara

奈良県作成「平城京レポート」誤記２０か所以上
特集地方行政

平城遷都１３００年祭の締めくくりとして、奈良県などがまとめた冊子「平城京レポート」に、政治の出来事などの記述で２０か所以上の誤記があることが、わかった。

昨年始まった事業仕分けを「２０１０年に開始した」とするなどのミスで、県は「チェックが甘かった」と釈明。関係先への送付を中断し、対応を検討している。

冊子はＡ４判、２８４ページ。１３００年祭のテーマ「東アジアとの交流」を、１１章で解説し、１９日付で約１０００部を発行した。同日のフォーラムで、２００部を配布し、参加した鳩山由紀夫・前首相にも手渡した。

誤りは、単純な誤記を含めて少なくとも２１か所。「１９５５年以降、細川内閣を除き２００９年まで自民党支配の体制が続いた」（非自民政権だった羽田内閣の記述が欠落）とし、「カンボジアは１９８４年に国際監視団のもとで行われた選挙」（正しくは１９９３年）としていた。県などによると、多数の外部ライターが短期間で執筆し、十分な点検ができなかったのが原因という。

■盗作詩投稿という掟破りでアナーキーな表現から妄想する

Thu, 21 Oct 2010 00:30:21

詩の盗作で受賞取り消しとなった中学生の事件にショックを受けた。この子は入学以降の２年半で５０以上のコンクールに応募し、２４作品が入賞。複数の作品が盗作と確定して受賞取り消しとなっている。ごく初期から盗作で応募していることが判明しているので、余罪がある可能性も高い。

ネットの海から応募にふさわしい作品を拾いあげる高い能力。それは審美眼があるということ。ある種の才能の持ち主であることは確かだ。その子が、それを間違った方向に使ってしまった要因は？　倫理観の低下、たやすいコピペ、選ぶ側の旧い体質……さまざまな要因が複合しているのだろう。

華々しい受賞歴のために顔も本名もネット上に掲載されている。もし自分がこの子の担任だったら？　親だったら？　この子が学校でいじめられないようにするには？　本人に反省を促し、心の傷から立ち直らせるには？　考えていると眠れなくなりそうだ。

この子は、受賞してどんな気持ちでいたのだろう。なぜ盗作を繰り返してしまったのか。ごく単純な、幼い功名心からか。にしては、選んだ作品が妙に大人びている。複雑な内面を持った子にも思える。であれば、なおさら痛ましい。

盗作で受賞、という喜びではなく、この子に表現することそのものの喜びを伝えられる大人がいればよかったのに。この子の生育環境も気になる。過去受賞したときのインタビューでは、小さい頃から本を読むのが大好きだったとあった。本を読む環境にある家だったようにも見受けられる。インテリ系の家か？

詩のほうが小説より短くて完結した世界を表現できる、ということも言っていた。効率のよさを求めた？　だから作るよりより簡単なコピペに走った？　読書の喜びは、その子にとってなんだったのか？　読書は、誠実な人生を価値を教えてはくれなかたのか。心を育てなかったのか。

表彰されることの喜び。誉められるうれしさ。それは誰にもある。けれどそれ以前に、表現することの喜びがあるはず。自分自身の言葉をちゃんと受けとめてくれる人がそばにいれば、他人の言葉で誉められる快感など、いかほどのものでもない、と感じたはずだ。子どもの身近な世界が、その子の言葉をきちんと受けとめてこなかったのかもしれない。目立つこと、表彰されること。そんなことを過剰に求め、褒め称える世界であったのかもしれない。

この事件は、いまの世界の鏡だ。あらゆる事件が、そうであるように。

盗作の元ネタとなった作品の多くは「プロ詩投稿城」から借用している。覗いてみると、詩を書く者と批評する者が、真剣に向き合い、切磋琢磨していた。こんなサイトがあるのかと驚いた。ここに投稿して盗作された人は、どんな心持ちだろう。

逆に、このようにネット上に投稿された詩のなかに、受賞作にふさわしい詩があるならば、その詩人はもっと注目されてもよいのではないか、とも思う。「盗作ではなく、埋もれていた作品に光を当てたリツイート行為では？」という声さえ、ツイッターであがっている。

検索すれば容易にわかることを、しないで盗作を受賞させてしまった側にも、一定の責任はある。受賞取り消しによって騒ぎが大きくなり、その子の人生にも大きな影響を与えてしまった。その子の自業自得とはいえ、盗作に「文部大臣賞」まで与えてしまった側にも、考えるべきことはある。

リカバーさせてあげることはできないか。その子の手によるきちんとした謝罪文を掲載し、その上で、ほんとうにその子の言葉で表現する場を持つ機会を提供してあげることはできないか。あるいはまた、その子の選で、ネット上からあるテーマに沿って詩のアンソロジーを編むとか。

そして、盗作として受賞したその元作品の作者に、光を当てることはできないか。

いっそ「盗作事件特集　ここから広がる新たな詩の世界」という特集号は？　沽券などというものにこだわらなければ、何か手が打てるようにも思える。触らぬ神に祟りなし、というように、ただもうなかったことにするのではなく、あえてここから出発できるなにかがあるようにも思えるのだが。もちろんそれは、とても勇気のいることだが。

賞の主催者にしたら、そのような呑気な、タガのはずれたことを言っている場合ではないのもわかる。ただ「他ならぬこの作品を選んで盗作した」というのも掟破りではあるけれど、その子のアナーキーな表現の一つとして受け取れば、こちらも鷹揚にさらなる大きなアナキストとなって、詩の新時代を拓くことできそうな予感もする。

盗作するべき作品を選別した本人の才能、盗作された側の才能。そんなことがどうしても気になって、アナーキーな妄想のひろがるわたしであった。

この子が成長し、いつの日かこの事件が「過去の武勇伝」として語られるような大詩人ないし、敏腕編集者になってくれたら、とも夢想する。

■この前のReview Lunatique（0011）

[Ryo Michico] 「鴎外＝ナウマン論争」から日本文化を考える (2010/10/19 17:49:37)
[Ryo Michico] 「みよんこの神」考 (2010/10/11 01:30:15)
[Ryo Michico] 朗読用原稿「ラジオスター・レストラン」＠金沢「茶房犀せい」2010/5/6 (2010/05/06 00:10:27)
[Ryo Michico] 「1000の風」と「千の風になって」　訳文比較 (2010/03/12 17:16:53)
[Ryo Michico] まんとくんの商標登録 (2010/03/12 17:08:14)
[Ryo Michico] 「父は空　母は大地」と「千の風」「1000の風」問題 (2010/03/12 15:20:12)
[Ryo Michico] 「千の風になって」と「1000の風」のリテラシー (2010/03/12 15:11:34)
[Ryo Michico] ももいろのかっぱ (2010/02/19 00:14:35)
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