「物語の作法」課題提出板 (0041)

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松本紗綾　批評課題７／強いキーワード　2004年10月05日(火)18時15分41秒
▼課題と連絡：批評課題７／加賀麻東加「果実の旋律」批評への応答

私は、小説を書こうとしても、詩のようになってしまい、短い文章だけで満足してしまうので、小説が書けるというところが、凄いと思いました。
しかし、他にも書かれてる方がいましたが、「誰？自閉症の人？いや、スタッフの人だ。」という部分など、「自閉症」というものを扱った点に疑問が残りました。フィクション、ノンフィクションの違いでもこの後の書く内容が変わってくると思うので、今すぐはっきり言うのもどうかと思いますが、私はどちらにしても必要ではないと感じました。この場合、「自閉症」というキーワードがなくても十分に話を進めることが出来るのではないかと思いました。
小説を書く上でのいろいろや、恋や、愛というものより、「自閉症」というキーワードが一番頭に残ってしまったので、批評の内容がかなり偏ったものになってしまいました。

五十嵐　舞　批評7／綿菓子のような切なさ・・・　2004年10月05日(火)16時36分21秒
▼課題と連絡：批評課題７／加賀麻東加「果実の旋律」批評への応答

　かなり少女小説っぽいですね！！私が中学生ごろ流行った折原みとさんの作品に通じるものがありますが。
確かに城所君がいうようにフィクションにしてはもう一味というか工夫が必要ですが・・・初めてにしてはこの短さにこのエピソードというか内容を収めるの事が出来たのは才能はありますが、まだまだぴりりと辛い山椒のようなものを入れる技術は足りないようですね。でもそれは書いていくとか研究していけば身につけれれるものなので、加賀さんらしさは失わないようにしてください・・・私には書けない内容ですので尊敬したします。同じ内容にしろ、物語の背景や彼、特に主人公たちをもっと書いてみるといい感じがします。何がすきとかキャラ表でも書いてみるといいかもしれません。
　まあ、私自身小説を書いたことがないので多くのことをいえませんが一読者として少し辛いコメントになりましたけど・・・あまり気にしないでください
　
次回作も期待していますので、こんな批評にもめげずに頑張って下さい（笑）

露木悠太　批評７／自分に書いた（ような）批評　2004年10月04日(月)18時56分55秒
▼課題と連絡：批評課題７／加賀麻東加「果実の旋律」批評への応答

最後まで離れることなく読むことができました。もしこれが初めて書いたものだとしたら、すごいですね！
けど、どうしても最後まで読んだ後に、しっくりこないような変な感じがしました。きっと結末にはかなり悩んだんじゃないでしょうか。僕個人は話の終わり方にこうでなければならないという決まった形や、必ずしもしっかりとした結末を付ける必要は無いと思っています（今のところ）。続いてもいいし、終わってもいいと思ってます。「小説」という《イメージ》で「完結させなければならない」と決め込んでしまうのは狭くなってしまうし画一的になってしまう。それはもったいないことだと思います。だからどうしても最後の二行が不必要な気がしたんです。むしろ無い方が良かったような。

『誰？自閉症の人？いや、スタッフの人だ。』というひっかかってしまいそうな台詞なんかもあったんですけど、設定や細部に嫌な感じは受けませんでした。というのも上述の台詞なんかはリアリティーがあるんです。それをきちんと書いてくれることで逆に人物像に人間らしい深みが出ると思います。ただ、読み手をもっと物語に引きこもうと思ったら（僕だったら）、もう少しその辺のこと（ボランティア等、背景）を多く入れます。逆に必要ないと思ったら省きます。必ずしも意味を求めるわけではないんですけど、要るか要らないかの判別は徹底します。（あくまでも僕だったら！）

やっぱり気になってしまったのは行あけ。とくに時間の経過もないところで行が空いてしまうと何か変な感じがします。せっかく台詞の書き方なんかも丁寧な感じがするのにもったいないような気がしてしまいました。

最後に、アドバイスと言うのにはおこがましいんですけど、是非これからもたくさん本を読んでみて下さい。ちょっとだけ書くことを意識して読んでみると、その大きさやすごさに触れることができると思います。もちろんおもしろさや楽しさにも。僕はまず詩集を、そして小説（大人っぽいやつ）を、本を読むことが好きになってから書き始めました。当然と言えば当然なんですけど。
読むことよりも書くことが前に来てしまうと、どうしても独りよがりになってしまう。誰かに読ませたい、という欲求が生まれた時それだけはまず気をつけなければ、と自戒の意味もこめて。自分の武器になり得るものを見つけるためにもね。そう思っています。

千田由香莉　批評７/「フリーノート」　2004年10月04日(月)16時07分31秒
▼課題と連絡：批評課題７／加賀麻東加「果実の旋律」批評への応答

　漫画、映画、ドラマ、これらの手段を使って「果実の旋律」を絵におこすとしたら、やはり漫画。という印象を持ちました。途中で入り込む心臓の音が、どうしてもそのイメージを連れてきます。それ以外に引っかかってしまうこの感じは一体何故だ？と何度も読んで、考えてみました。そして浮かんだのが「親切過ぎる」です。旋律のように流れるには重くなってしまっていて、ここは省いても良いのでは？と思った箇所がいくつかありました。あとはどうとでも、お気に召すままと相手に委ねてしまうくらい、もう少し意地悪くてもいいかもしれないと思いました。
　そして、男の人。恋のきっかけであるここはこだわりたいです！この作品は、ひと目惚れの恋を描いたものではないと私は思っています。”運命”を掲げているわけですから、ちゃんとこの人のこんなところが…という具体的なエピソードを交えたものがほしかったです。気になるバイク→持ち主の彼、という図。素敵ですが、どこか物足りなさを感じてしまいました。運命を信じている主人公なら尚更です。このエピソードならば、「運命は信じていなかった」ほうが運命の神秘性がより一層出たのではないかなと思いました。とかいいつつ私も駆け出しの身です。故に、文章、構成云々のアドバイスが出来ません。感想程度のことしか言えませんが、次回作が完成したら是非また読ませてください。それでは。

野島　明菜　批評７／小女少説　2004年10月03日(日)22時17分23秒
▼課題と連絡：批評課題７／加賀麻東加「果実の旋律」批評への応答

いい話ですね。これはノンフィクションなのかしら。そこんとこ気になりますね。バイクの後ろに乗ってドキドキする感じがこちらに伝わってくるので、読んでいる私もキューンとしました。だけど少し甘みの強い文章ですね。昔読んだ少女小説を思い出しました。（小林美雪ね）ちょっとクサイので、もう少し辛みをつけたほうがリアルさが増すかもしれない。例えば「彼の背中は少し汗くさかった。」とかね。あと行数をあけて書いてある部分は、なぜそうしたのか知りたいわ。

城所洋　批評７／小説の難しさと成長の楽しさ　2004年10月03日(日)19時09分01秒
▼課題と連絡：批評課題７／加賀麻東加「果実の旋律」批評への応答

　とりあえずの感想としては、これはノンフィクションかな？と思いました。
　そうであればそれでまた意見は違っていくのですが、もしこれがフィクションだとしたら、ちょっと物足らなさを感じます。
　
　例えば、彼女は彼に一目惚れしたように取れたのですが、それに至る動機が曖昧というか、少し描写が少なすぎると思いました。これが現実なら見た瞬間に動機も糞も無くトキメクのはうなずけますが、創作物としてはそこら辺を掘り下げるのも創作物らしさ、というか醍醐味だと思っています。
　むしろそれ無しに進めてしまうと読み手を置いていってしまう危険も・・・。
　要するに、人に惚れるという事を書きたいのであれば、読み手側が納得する何かを＋αで書き入れないと成立しない、と自分は思っています。
　
　月並みなケースで言えば、曲がり角でぶつかった彼がとても優しかったとか、運動している横顔が凛々しかったりとか、まぁそんな類のものですよ。
　その何らかのアクションに対する彼女の見解、そうして生まれた動機、その手順を省いただけでとてもチープになってしまう。難しいですね。

　あともう一つノンフィクションだと感じた事があります。それは自閉症の人々の施設のボランティアで、という所です。
　これはフィクションだとしたらあまり出てこない発想なので、もしかしたら、と。
　いや、この話は最初の段落で自閉症の人との恋愛かと勝手に想像し、それで案外普通だったから逆に肩透かしを食らってしまったので。しかも自閉症の施設に行ったというにはあまりにもその存在がぞんざいに扱われていたのが無性に気になりました。
　ただのシチュエーションと考えるには、少し重たい場所のような気がします。これが創作物だというのなら、ちょっとタブーな使い方だと思いました。

　ここまでは大まかな感想です。そして今度は文法にツッコミを・・・！
　主な点は３つ。
　一つ目は、単純に最初の行の一文字開けです。まあこれはただ単に掲示板に書く、と言う事で割愛しただけだと思うのですが、無いとやはり少々見難いと感じました。
　
　二つ目は「」内の句点（。）です。これは自分も昔によくやってしまっていたのですが、どうやら「」の中の最後の。は省略する傾向があるらしいのです。要するに、
「・・・・・・・。」ではなく
「・・・・・・・・」でやらなければいけないようです。（真偽の程は定かではないですが・・・）

　３つ目は、所々、特にサビシイ、の辺りなんかは小説ではなく詩のような行間の使い方をしているという事です。
　確かに小説でもそういう使い方をする場合もあるのですが、やはり違和感を感じずにはいられません。本来は詩書き（かな？）だというので、ついついそういった技法を使ってしまったのだと思われますが、やはりその辺が小説と詩との壁なんでしょう。実際、自分も幾度となく苦労しました。

　
　こんな感じで批判ばっかりになってしまいましたが、初めて書いた、というにしては上出来だと思います。（偉そうに・・・）
　いや実際、自分の初めての時はほんと、演劇みたいに台詞毎に頭に名前を振ってたり、馴れて長編（以前提出したのとは別）に挑戦した時でも、もはや見れないくらい一文字開けミス、「」句点、行間開けのオンパレードでした。まぁ当時は中３～高１くらいだったにしろ、最初は大体こんなもんですよね？
　そっから勘を掴んでいけば、書く回数を重ねる毎に新たな表現の発見や、自分自身のＬＶアップを実感できて、病み付きになってしまうとですよ。
　物書きとしては、丁度今ぐらいが本当に楽しい時期だと思うので、貪欲に学んでいく事をオススメします。
　
　こ、こんな感じでＯＫですか？そうですか、で、では以上で。

千田由香莉　作品４/｢恋のうた｣　2004年10月02日(土)02時06分31秒

｢びーだま｣
嘘を重ねたままで
いっそこのまま　消えてしまえたら
触れるか触れないかの距離で響かせた
指先に感じる鈍い痛み

愛より尊い恋を今
君に預けようと思ってる
愛の模範なんて出来ないよ

それなら
飛び切り上等な嘘で　僕ら
踊り続けよう

｢夕暮れ｣
眠ったふりを
瞼に触れた君の
歪な僕らはお互い　この場所から抜け出せない

愛は消えるよ
今すぐにでも消えそうな火種
微かに照らす胸の内
愛してくれとは言わない　恋ならば
永遠に近いほど　君を想い続けることが出来るだろう

生温い場所
秘密の場所
秘めた想いの名前を　何度も　壁に書き連ねた
僕らは四角い箱の中

室橋あや　課題６／夢の標本箱２００４　2004年09月30日(木)00時14分04秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『Ｈ』
バイト仲間のＨが手首に包帯を巻いてきた。
今時そんなと思ったが、あまりにも堂々としているそれを、
聞かない私の方がマヌケだと思った。
「いやぁ、痛くてびっくり。もうやんないよぉ」
「リスカですかー」
「リスカですよー」
「そういうことは何か原因がないと」
「おもしろくないよねぇ。あ、いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませー」
「おもしろみのない人間ですからねぇ」

『Ｅ』
Ｅがイヤリングをつけ紺のハイソックスをはいた。
くるりくるりとスカートを巻き上げて、ネクタイをゆるめる。
ビューラーで跳ね上がった睫毛の下には特に変わらぬ彼女の目玉。
「なに」
じっとみつめる私に薄いピンクのリップがとがって言う。
「なに！」
「いってらっしゃい」
「なんだよ馬鹿」
おろしたての革靴が階段を下っていった。

『Ａ』
今日もＡが酔っぱらって帰ってきた。
抜けきらない酒の匂いと虚ろな目にがっかりして、
できていた夕飯も出してやらなかった。
扉を閉めてそのガラス戸の向こうから、
ポテトチップスの袋を開ける音。
たぶんコンソメかうすしおか。
扉はなぜか鍵がかかっていて開けられない。
「間違ってるぞ」と私は言ったが、
とうとう扉が開くことはなかった。

『Ｔ』
携帯を開けて閉める。かちぱちかちぱちいいやがる。
「それ新しい機種だ」
「そう、壊しちゃったから変えたのね」
前は確か、Ｖ６０１ＳＨ。二ヶ月半の命だった。
「折りたたみになってから回数が増えたわ」
ケケケケと笑うＴ。
そのうちお前も割られるのか、Ａ５４０１ＣＡ。

『ＨとＥとＡとＴ』
「次はどうするよ」
そう聞く奴らに曖昧な返事を返しながら欠伸をかみ殺した。
演劇をし始めた何年か前に比べて、
明らかに人数もバリエーションも豊かになった仲間達を見る。
まあ、
次の次の次のそのまた次には奴らは私の目の前にはいないだろう。
でも次の次の次の次の次、そのまた二回くらい次の次に、
奴らはいなくともその子供とか親戚とか、
友達とか友達のイトコとか手紙とかメールアドレスとかが、
私の目の前にあればいいが。

瓜屋　香織　課題６／夢の標本箱　2004年09月29日(水)19時16分47秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

「　ふたりきり　」
やっとこの部屋で二人きりだね。窓が開いていてよかったよ。
なんだか緊張しているみたい、あたし。
・・・・あなたの寝顔いいね。
やっぱりあたし、あなたのこと好きみたい。
だってホラ、美味しそう。
もう逃がさないよ。ウフフフ。

「　あいつがはいってきた　」
窓を開けて寝たのがまずかった。
あいつがはいってきてしまった。
クソッ、気をつけていたのに。
どうしよう。
どうしようか。
早く明かりをつけなくちゃ。

「　むくわれないのはしっている　」
あなたが好き。
でも身分違いの恋だから。
あなたはあたしを知らない、だから残してゆくの。
あたしの唾液たっぷりと。
忘れられるくらいなら、憎まれたほうがまし。
明かりはつけないで。
すぐに襲ってしまうから。
ふしだらな雌でごめんなさい。

「　なかなかやめられなくて　」
あんまりにも甘いから、なかなかやめられなかった。
いや、あなたから離れたくなかっただけなのかも。
明かりがついても逃げないあたしに
怒ったあなたの瞳。ねらいすましたあなたの右手。
カッコイイじゃない。
たくましいオトコは好きよ。

「　さよなら　」
ぐしゃっ
容赦ないあなたの平手うち。あたしの体はぺしゃんこ。
でも。
あなたの手の中で、死ねてよかった。

ねえ、あなた。
フトモモが痒い間は、あたしのことおぼえているでしょ、ね。　
あたし以外に吸われちゃ駄目よ。
明日、蚊取り線香買いに行きなさい。ぜったいよ。

圓山絵美奈　課題６/夢の標本箱２００４　2004年09月29日(水)17時05分01秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

「ドラエモン」
ドラエモンが来てくれました。
とりあえずなんでも好きな道具を貸してくれるそうです。
ドラエモンがいればなにもかもうまくいくと思っていた私は
嬉しいです。ただどの道具も使い方が難しいようです。
使いこなせるなら、最後に好きな道具を一つだけくれると
約束してくれました。

「ドコデモドア」
どこへでも行けます。
だから私を誰も知らない所へ行きました。
そこで最初からやり直せば何もかもうまくいくはずなんです。
けれど数ヶ月もたつと、ここも違うと思いはじめました。
また私はドアを開けます。
もう何度このドアを開けたんでしょうか？
どうやら私はこの場所から逃げたいのではなく
私は私から逃げたかったみたいです。

「タケコプター」
「自由に空を飛べたら」とか「もし翼があれば」とか
そんな言葉が世の中にはあふれているから、
だったらこれを使って空を飛んでみようと思いました。
なるほど、空を飛んでいる間は誰であろうと見下ろせます。
そうそう、空にいる雲はこう言ってました。「地上を歩ける足さえあれば」
皆ないものに夢をみて、手に入れば幸せになれると思ってるんですね。
言い訳ができなくなっちゃうので私はタケコプターはいりません。

「タイムマシーン」
まず過去に行きました。
そこでは私が昔にした失敗を教えてあげて、
失敗する事のないようにしてあげました。
そうすればもちろん傷つくこともありません。
これはいい道具を手に入れた・・と思ったのですが、
失敗も傷つくことも知らない私は、人を思いやることも
努力する事も知らない人間になってしまいました。
今ではいくら私が注意しても聞く耳すら持ってくれません。
そんな私の未来なんてとても怖くて見れないです。
だからと言って今の私の未来を見れる勇気もないんですけど。

「スペアポケット」
ドラエモンがいなくてもこれがあれば道具が使いほうだいです。
ただし、アドバイスはないし、
結果は全部自分一人で責任を受け止めなければいけません。
自由は欲しいけど今の私にはとても重く感じます。

私はどの道具をもらったと思いますか？
ちなみにそれはあなたが手に入れるものと一緒ですか？

露木悠太　課題６／夢の標本箱　2004年09月29日(水)13時22分43秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『指先の青』
木々は疲れ果て
喧騒は漂う風にさらわれて
静かな空気が胸に溜まる

秋に目覚めた私は歌う
すると小さな声であなたは言う
おはよう、そしておやすみなさい
私は少しも眠たくないから
空の青に手を伸ばしていた

『茜』
炸裂した夕焼け！
そのカラーリングを身に施して
私は立っている
炸裂した夕焼け！
そのカラーリングを身体に浴びて
鼓動の高鳴りを感じている
炸裂しろ夕焼け！
私はここに立っている

炸裂してしまえ、夕焼け！

『群青の波浪』
瞳孔がキリキリと音を立てて
僅かな反射を捉えている
海と化した空は
船と化した月を浮かべて
私はその舵に思いを馳せる
瞳孔がキリキリと音を立てて
南の星を狙っている

『錆』
古くなった黒いパーカーは
なぜだろう赤みが差してきた
古くなった夜の闇は
なぜだろう赤みが差してきた
古くなった文庫本
赤みが差して、紐が千切れてしまった

私は両手の平を見つめながら、歩き出した
私は空を見上げ、駆け出した

『明日』
不純物が混ざっている
明日は真白ではなくて
不純物が混ざっている

明日は明日ではないから
私は私のまま
やはり不純物が混ざっている

雨宮弘輔　作品２／暖かい受信　2004年09月29日(水)02時52分57秒

　スライドには、バケツを頭に乗せた子供が映し出されていた。しかめた顔と半開きの口が労働のつらさを物語っている。
　彼の着ている伸びきったシャツは、ひどく汚れている。日本人ではない。ここからはるか数万キロも離れた国の子供だった。
　バケツには、どのくらいの水が入っているのだろうか。重たいのかな。そんなことを考えながら、ぼくは机に突っ伏した。前の晩、オアシスのワンダーウォールを繰りかえし聴いていた。全身に鳥肌が立つくらいの良い曲だが、ドーパミンが大量に噴出して興奮状態。おかげで、ひどく寝不足だ。
　部屋の薄暗さ、公民の教師の細々とした声。視聴覚室には、夢の国へといざなうフルコースが用意されている。
　ぼくの席は部屋の隅で目立たない位置にあった。ちょっとだけ眠ってしまおう。目を閉じて数分間の睡眠を摂ろうとした……が、突然机が奇妙な音をたてて揺れだした。他の生徒の失笑と、非難の視線がぼくに向けられる。
　舌打ちをしながら机の中に手を突っ込むと、無機質で硬いモノが指先に触れた。正体はわかっていた。そいつは淡々とした授業に抗うように、振動音を発する。
　案の定、机の中には携帯電話があった。
「日本の高校生は気楽でいいですね。世界には小学校にさえ通えずに、日々労働を強いられている子供たちがいるというのに……」と教師はマイクを使って、あからさまな皮肉をぶつけてきた。日本の高校生は気楽だ？　そんなわけないだろ。俺たちだって様々な苦悩を押し付けられている。やりたくないことを遣らされたり、笑いたくないのに笑わせられたりしている。それに……別に好きで学校に来ているわけではない。
　そう教師に向かって抗議したかったが、素直に自粛する姿勢を見せた。内申書の作成権を握っている教師には、下手に逆らわないほうがいい。
　机の中から取り出した携帯電話には、やけに重たいストラップがついていた。金属製の十字架が映写機から漏れる光に、鈍く反射する。これは、ぼくの携帯電話じゃない。きっと誰かが忘れていった物なのだろう。
　まだ見ぬ携帯電話の持ち主を恨みながら、電源切った。恥ずかしさと教師の発言の悔しさに耐えながら、授業が終わるのを待った。クソッ……午前の授業は、やけに長く感じる。きっと世界中の時計たちが話し合って、わざと秒針を遅らせているのだろう。そんな気がした。

「多分、女子のケイタイだよ。それもとびっきりのゴス系だろうな」
　友人は十字架のストラップを眺めた後で、そんな予想をした。
「俺たちの前に、視聴覚室を使っていたクラスはどこだろう？」と訊くと、友人はこめかみに手を当てて少し考える素振りを見せた。先ほど食べていたコロッケパンのせいで、彼の唇はテカついていた。そんなところが、なんともいえず格好悪い。
「俺が最初に視聴覚室に入ったとき、まだＢ組のヤツがいたなぁ」
　その言葉を聞くなり、ぼくは席を立ち上がった。
「どこへ行くんだよ？」
「決まってんだろ。Ｂ組に行って、持ち主のところに返しに行くんだよ」
　ぼくはストラップをプロペラのように、空中で回しながら答えた。
「どうやって？」
「『このクラスにゴスの人はいませんか～』って訊けばいいじゃないか」
　友人は笑った。それは、ぼくを小馬鹿にしたような、気にさわる笑い方だった。
「それも面白いけど、とりあえずケイタイの電源を入れてみたら？　持ち主がわかるかもしれないぜ」
　ぼくは眠っている携帯電話のディスプレイを見つめながら、考えた。もしかしたら、電話を掛けてきたヤツに持ち主の名前を訊くことができるかもしれない。
　正直、Ｂ組に行って声を上げるなんてことはしたくなかった。下手したら、テレクラやＱ２にタダ電話を掛けようと企むヤツに渡してしまう恐れがある。クラスに一人か二人、そういう変なヤツがいたりするものだ。
　ぼくは携帯電話を開き、電源スイッチを押した。目を覚ました機械はボタンから緑色の光を放ち、拒絶反応を起こしたように震えた。見知らぬ人の指に彼も戸惑っているのだろう。俺だって好きでお前を起こしたわけじゃない。そう言い聞かせてやりたくなった。
　友人の「メモリーを見てみれば？」という提案は拒否した。それは、さすがにプライバシーに関わる。持ち主に返すときに、後ろめたい気分になることは避けたかった。　　　　
　やはり、誰かから掛かってくるのを待つ策が最善だ。
「ゴス系でもなんでもいいから、可愛い女の子が持ち主だといいな。落し物を渡したことがきっかけで、恋愛が始まるかもしれないぜ」
　友人は椅子に背をもたれさせながら、欠伸をした。
「そんな一昔前のドラマみたいなことがあるわけないだろ」と、ぼくは一笑した……でも、友人が退屈しのぎで言った予想が現実に起こればいいと、どこかで期待していた。
　
　しばらくの間、携帯電話はカバンの底で息を潜めていた。電源も入っていて、アンテナも三本立っている。それでも授業中は何の反応も示さなかった。　
　もしかしたら、持ち主がＮＴＴに通話拒否の依頼をしたのかもしれない。そうなれば、ぼくの行為はまったく無駄ということになる。やはり放課後にでも職員室に行って、落し物として預かってもらうことにしよう。
　数学Ⅱの授業を受けながら、そんなことを考えた。
　帰りのホームルームが終わると、ぼくは職員室へ向かった。渡り廊下は、窓から差し込む夕陽で染まっていた。休み時間とは打って変わって、歩いている生徒は見掛けない。周囲を確認してから、鼻歌混じりに廊下を闊歩してみたい気分に駆られた。
　その時、遂にポケットの中で携帯電話が振動した。公民の授業以来の受信だ。
　何度も手から落としそうになりながら、ディスプレイを眺めた。『公衆電話』と表示されているだけで、発信相手の名前は書いていない。ぼくは焦る気持ちを抑えて、咳払いをした。そして、通話ボタンを押す。
　受話器に耳を当てると「もしもし？」と、少し籠った女性の声が聞こえた。
「えっ、ハイ、もしもし」
　ぼくは一オクターブ高い声で応えた。
「あんたが持っているケイタイ、あたしのモノなんだけど……」
　ヤッタ。持ち主から電話が掛かってきた。ぼくは声を張り上げた。
「そう。視聴覚室で見つけたんだ。俺の座っていた席にあったんだけど、いきなり掛かってきちゃって、まいったよ。おかげで俺が教師に目をつけられちゃった」
　舌をまくしたてているぼくに比べ、彼女は冷静な声を保ったままだった。
「いいから、返してくれる？」
　どうやら、ぼく達の温度差はハワイとロシア位にかけ離れているようだ。
「あぁ、返すよ……で、どこのクラスの生徒？　今から教室に行くよ」
　受話器の向こう側では、息を吸う音が聞こえた。ぼくの存在を怪しんでいるのかもしれない。
　ぼくは彼女の不安を消すように、より明るい声を出すように努めた。
「俺、二年Ｄ組の柳田っていうのだけど、知ってる？　知るはずないか。この学校には千人以上の生徒がいるんだもんな」
　相手の警戒心を解くために、とりあえず笑い声をあげてみた。虚しいつくり笑いが、誰もいない廊下にカラカラと響いた。
「……あたし、二年Ｂ組の杉山」
　彼女は、声のトーンをさらに低くした。
　ぼくの笑顔は崩れた。顔の筋肉が抜けていき、ハニワのように口をぽっかりと開く。心臓が一回、大晦日の寺鐘のような音をたてて鳴った。その振動が血管を伝って脳に届いた。昔の漫画でよくみる『ガーン』という文字は、このことを示すのだろう。
　Ｂ組の杉山カナコ。ぼくは一ヶ月前に転校してきた彼女の様子を思い出した。長い髪を茶色く染め、耳に大きなピアスをぶら下げている彼女は、転校初日からかったるそうな表情で自己紹介をしていた。
その時、ぼくは友人たちと朝のホームルームをサボり、B組の教室内を覗いていた。女子の転校生。彼女の顔を見るまでは、教室でおとなしく担任の先生の話なんて聞いていられなかった。それほど、ぼくたちは新しい転校生の容姿に期待していたのだ。
　まぁ、可愛からって、彼女を口説いたりする勇気なんて持ち合わせていないのだけれど。
「あぁ、転校生の杉山さんだね。どう？　学校は慣れた？」
　ぼくは何気ない会話を試みた。
「そんなこと、どうだっていいじゃない。十円玉がなくなるから早く話をつけたいの」
　ぼくの努力は空しく散った。窓から吹き込む秋風が、やけに身に凍みる。
「そうだよね。じゃあ、今から渡しに行くよ。まだ学校にいるの？」
「ううん。いないよ。あたし、もう家の側にいるの」
　杉山さんの言葉に、ぼくはため息をついた。
「じゃあ、明日学校で渡すよ」
　そう提案すると、しばらくの間、彼女は無言になった。そして「あたし、明日からちょっと用事があって学校に行けないんだよね……」とつぶやいた。
　じゃあ、どうすればいいんだよッ、と声を張り上げてしまいそうな衝動をグッとこらえる。落ち着け。腹を立てるな。ここは堪えて、自分がいい人だということを彼女にアピールするのだ。そう自分に言い聞かせた。
「それなら、杉山さんの自宅まで届けようか？　俺、どうせヒマだし」
　ぼくの言葉に杉山さんは唸った。頭を振り絞って、何か良い方法を考えているらしい。やがて「アッ」と閃いたような声を上げた。
「あたしが次に学校に来るまで、持っててくれない？」
「いいけど、いつ学校に来るの？」
「わからない」
「ん？　ワカラナイ？」
　彼女が何を言っていることが、一瞬、理解できなかった。
「そう。しばらくの間……旅行で学校を休むことにしたから、あたしが帰ってくるまで持っててくれる？」
「はぁ？　なに言ってんだよ」と、ぼくは遂に不機嫌な反応をしてしまった。学校を休む？　しかも旅行で？
　他の生徒達は大学の推薦入試を気にしながら、病気であろうと、骨が折れてようと学校に通っているというのに。彼女は出席日数を気にしていないのだろうか。
　ぼくの反応を杉山さんは、まったく気にする様子がなかった。
「それでね、お願いがあるの。もしかしたら、大事な内容のメールが来るかもしれないから、チェックしておいてくれる？」
「そんなことして、大丈夫？」
「ぜんぜん平気。それよりも、頼んだわよ」と最後まで冷静なまま、彼女は一方的に電話を切った。
　初めて会話をした人に、こんなことを頼んでいいものだろうか。先ほどまで、プライバシーとか考えていた自分がバカみたいに感じた。彼女の常識の範囲は、ぼくとかなりズレている。そんな印象を抱いた。

　ぼくは自宅に帰り、勉強机の上に杉山さんの携帯電話を置いた。ディスプレイに表示されている電池マークは、すでに半分の色を失っていた。彼女が帰ってくるまで、電池は持つのだろうか。
　変な義務感に囚われていたぼくは、裏庭の物置に入っている日曜大工セットから、針金を持ってきた。それを、自分の携帯電話の充電器に付いている金具にセロテープで付けて、杉山さんの携帯電話に差し込む。「こうすれば、機種が違うケイタイにも適応できるようになる」という友人の言葉を思い出したのだ。
　最初のメールは夜の九時ごろだった。その時、ぼくは椅子に座りながら、夏目漱石の『明暗』を読んでいた。ちょうど、主人公が恋心を抱いている女性の後を追うために、汽車に乗る箇所だった。　
　ぼくは本から目を離し、携帯電話を開いた。
　　＜こんなに逢えるの！？　登録している女性はみんなＨ好き☆　今なら一万円分のポイント無料体験☆　　ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノわぁい♪　　※配信不要の方は下記まで＞
……業者の迷惑メールだ。それほど重要ではないと思ったので、放っておいた。

　二通目のメールは夜中に送られてきた。ベッドに寝転がり、眠りにつこうとしていた途端の出来事だ。睡眠不足のぼんやりとした頭で、メールを確認した。
　　＜学校はどうよ？　あたしは相変わらず学校に行ってないよ。やっぱ、つまんないんだよねー＞
　どうやら、杉山さんの友達らしい。これは彼女の言っていた重要なメールなのだろうか？　
　単にグチをこぼしているだけの文章のようだが。
　一応、伝えておいた方がいいのかもしれない。壁に掛かった時計を見ながら、次の日の朝に彼女に連絡を入れることを考えた。でも、その時、ぼくは重大なミスに気づいた。
　どこに連絡を入れていいのかわからない。彼女は旅行といっていたが、滞在先を訊くことをすっかり忘れていた。下半身の力が風船の空気のように抜けていき、床に膝がつきそうになる。ぼくは馬鹿だ。そんな後悔をしている最中、再び携帯電話が振動した。
　　＜あたしね……学校に行くのが、すごくツライの。きっと、原因はあたしにあるんだろうけど、みんなが話しかけてこなくなった。だから何だか、透明人間になった気分だよ。ううん。透明人間なら、まだマシかも。だって、みんなから見られる心配がないものね。あたしはね、一人ぼっちの自分が、周りから見られていると思うことがツライの。＞
　返事をしていないのに、二度目のメールを送ってくる女の子（ぼくは文章から「女の子」だと予想した）は勝手に暗い方向へ話を深めていった。
　こんな悲痛な想いを吐露できるとは。杉山さんを、かなり信頼している娘なのだろう。でも、ごめん。メールを読んでいるのは、君とは何の関係もない数学とブロッコリーが嫌いな男子高校生なんだよ。
　罪悪感で胸の奥が痛んだ。その痛みはなぜか、引きちぎれそうなほどに、強く絞られた雑巾を思い出させる。
　　＜時々ね、考えるんだ。あたしの居場所はここじゃないって。きっと、ここからずっと遠くに、もっと、あたしを大事にしてくれる世界があるんじゃないかな？　でも、そんなの単なるの現実逃避だよね。わかってる。そんな世界がないこと＞
　彼女からのメールを読み終えてから考えた。ディスプレイにはアドレスが載っているだけで、名前はない。悩みを打ち明けられるほどの仲なら、メモリーに名前を登録しても良さそうだが。
　数分後、再び彼女からのメールが送られてきた。
　人の心の奥底から吐き出される文章に、ぼくは好奇心を持ち始めていた。読むたびに胸が生暖かくなり、ツンと鼻腔を刺激する。それに反比例するように罪悪感が遠くへ追いやられていく。
　　＜いっぱいグチってごめんね。あたしの痛みを誰かに知って欲しかったんだ。だからこうしてメールが送れてよかった。おかげでスッキリしたよ。また明日から、がんばる！＞
　これを最後に、彼女からのメールは来なくなった。随分と一方的なメールだったな、と思いながら、再びベッドに横になった。
　目を閉じると杉山さんの顔が浮かんできた。彼女は少し恥ずかしそうに、口元を押さえながら笑っていた。何か良いことでもあったのだろうか。楽しいことでもあったのだろうか。見ているこっちが照れくさくなるような、そんな笑顔だった。でも、ぼくは現実の杉山さんが笑っている顔を一度も見たことがない。
　
　一週間後。帰りのホームルームを終えたぼくは、学校からすこし離れた児童公園へ向かった。人通りの少ない道。宇宙まで見えてしまいそうなほど、透き通った秋の空を見上げながら、首を締め付けていたネクタイを緩めた。冷たい風のせいで、涙腺が緩みだす。
　公園の入り口に生えているケヤキの下には、落ち葉が積もっていた。踏むと、乾いた音をたてて崩れていく。
　杉山さんはジャケットのポケットに両手を突っ込みながら、ベンチに座っていた。少し寒そうだな。ギュッと縮めた身体が、幽かに震えていた。
　足元には何本ものタバコの吸殻が散らばっていた。ぼくの吸っているタバコと同じ銘柄だ。意外な共通点に妙な親近感を持ったぼくは、彼女の前に立ち「待った？」と馴れ馴れしく声をかけてみた。
「待ったよ」
　彼女は唇を尖らせて文句を言う。そして、片手をぼくの前に突き出してきた。「立ち上がるから、手を貸せ」ということなのだろうか。ぼくは、湿っぽくてやわらかい手を握った。
「違うッ」と、杉山さんは大きな声を出した。
　側を通っている中年男性が驚いたような目つきで、こちらを見つめてきた。
「ケイタイよ。ケイタイ」
　なんだ……そういうことか。
　カバンから、十字架のストラップの付いた携帯電話を取り出した。杉山さんに渡すと、肩の力が抜けてゆくような感じがした。ようやく自分に課せられた義務を終わらせることができたのだ。小さな声で、短い付き合いだった携帯電話に別れを告げる。
「まだ、学校には行かないの？」
　ぼくはシャープペンシル二本分ほどの間を空けて、杉山さんの隣に座った。彼女はスカートの上に両手を置きながら、うなずく。
「そっか……」
　携帯電話を杉山さんに渡した時点で、ぼく達の用事は済んでいた。このまま「じゃあね」と言って、別れてもよかった。
　でも、ぼくも杉山さんも特に何をするわけでもなくベンチに座っていた。ただ、秋風に揺れる沈黙に覆われながら。
「メール、ありがとね」
　杉山さんが沈黙を破ったとき、すでに辺りは暗くなり始めていた。ベンチの横の水銀灯が、ぼんやりとした白い光を発する。　
「あぁ」と、ぼくは素っ気無い返事をした。それ以外、なんと言っていいか思いつかない。
「実はあのメール……」
　杉山さんは、そこまで言うと唾を飲み込んだ。緊張しているのだろう。目を泳がせながら、何度も長い髪をかきあげていた。
「杉山さんが送ったメールなんだろ？」
　言い難そうにしている彼女の代わりに、発言した。
「知ってたんだ」と彼女は、頬を引きつらせた。乾燥した空気のせいか、羞恥心のせいか判らないけれど、灯りに照らされた彼女の頬は赤くなっていた。
「柳田君が一人でいるところを、見掛けたことがあったの。その時、なんとなく、この人はあたしと同じような感情抱いているのだな、って思った」
「どんな感情？」
　ぼくがそう訊くと、彼女は目を閉じた。適切な言葉を捜しているのだろう。
「孤独……かな？」と細く、脆い声が聞こえてきた。
　孤独は、みんな抱いているものだ。多分、違う感情を彼女は察知したのかもしれない。孤独よりもっと複雑で、言葉になんかできない感情に。
「だから、俺にメールを送ったの？」
「うん。でも、不安だった」
　人は自分の感じていることを知って欲しいときがある。例えば、恐怖や不満。でも、それらの感情は心を許せる相手じゃないと、なかなか話せない。拒否されたり、笑われたりするんじゃないか、という不安がある。
　だから、杉山さんは違う人を偽って、ぼくにメッセージを送ったのだろう。拒否されても、からかわれても「これらのメッセージは、私が送ったものではありません」と言い逃れができるように。それほど、外部に向かって吐き出したい言葉があったのだろう。
　ぼくは、そう予想した。当たっているのかな。
　重たい空気を吹き飛ばすように、ぼくはベンチから立ち上がり、大きく伸びをした。夜のニオイがする空気を胸いっぱいに吸い込む。
　ポケットから自分の携帯電話を取り出して杉山さんに渡すと、彼女は眉を八の字に曲げて首をかしげた。
「次からは、何か伝えたいことがあったら、このケイタイに送ってくれ」
　そう宣言すると、彼女は笑った。顔をうつむかせて、恥ずかしそうに。
　中腰になって、その表情を間近で眺めてみた。小さなえくぼが、口元の皴と繋がっている。
「何よ……」
　目が合うと、彼女は急いで顔を仰け反らせた。
「いや、結構良い笑い方をするんだな、と思って……」
　ぼくは頬に指を当てながら言った。初めて見る彼女の笑顔は、思っていたより無邪気なものだった。子供が真っ白な画用紙に描く、黄色くて大きな太陽。そんなイメージが浮かぶ。
「はぁ？　何、言ってんのよ。」
　杉山さんは眉をひそめて、澄ました顔に戻した。その反抗的な表情も悪くはない。

土橋明奈　課題６／夢の標本箱２００４　2004年09月29日(水)01時25分20秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『コーヒーと５０円』

先日、５０円玉を差し出して、
スプーン１杯分のコーヒーを注文された方がいた。
手持ちは５０円しか無いが、どうしてもコーヒーが飲みたいと。
当店おすすめオリジナル・ブレンドは６５０円、５０円で割ると
１３分の１杯分になる。カップ１杯はスプーン２６杯分だから、
５０円ではスプーン２杯分に相当する。が、それはサービス料も
１３分の１ならばの話。手間は同じく掛かる、即ち５０円では
スプーン１杯も飲めません。しかしまぁ、結局の話は
ウェイタァの僕がどう計算しようが、店主は嬉しそうに
カップに並々とコーヒーを淹れるのです。勿論、お代は５０円。

『コーヒーと香水』

いつもの強い香水の香りを纏い、いつもの時計の側のテーブルへ。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
「グァテマラを」
豊かで深い香りのグァテマラ。
「この味がとても好きよ」
「ありがとうございます」
「この香りもとても好きよ」
「ありがとうございます」
「私に嗅覚があればきっと好き」
「きっとお気に召しますよ」

『コーヒーと洋子』

「どうしてサ店を開こうと思ったんです？」
「そりゃあ、コーヒーが好きだからだよ」
「ほとんどホワイトでしか飲まないのにですか？」
「実は昔ね、私が恋を忘れていた時にアラブの偉いお坊さんが」
「痺れる様な香りの琥珀色した飲み物を教えてくれた？」
「よく分かったねぇ」
「コーヒー・ルンバじゃないですか」
「荻野目ファンなんだよねぇ」
「聞いてないですよ、そんな事」
「ダンシング・ヒーローも良いよ」

『コーヒーと母さん』

コーヒーを飲むと意地悪になる。
そう母さんから教わったのは遠い昔。
「ミルクを入れて中和するのよ」
そう云いながら母さんはミルクを入れない。
砂糖を４つ。甘く黒い液。
喉を通ってお腹に入る。
お腹の中には甘く黒い波が立つ。
私にはミルク無しでは飲めない黒い液。
母さんは「飲めなくて良いの」と優しく笑う。
黒い波を立てながら。

『コーヒーと領収証』

「‘上様’でお願いします」
ブルーマウンテン１杯に領収証を切る。
「コーヒー１杯、一体どこの経費で落ちるんでしょうね」
「アリバイ。アリバイ作りだよ」
「はぁ、何のですか？」
「浮気、殺人、闇取引かな」
「不謹慎な。・・絶対にですか？」
「絶対にだよ」
店主の絶対は絶対に当たらない。それはいつもの事。
だから絶対に浮気も殺人も闇取引も起こらない。

吉見幸子　課題６／夢の標本箱２００４　2004年09月29日(水)00時47分42秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『みずいろ』
顔を洗う
朝の飲み物
空を見上げる
沖縄の海
吸い込まれるすがすがしさ

命の水色　自然の青

『うすぴんく』
大好きだった服
大好きだったリボン
大好きだった小物入れ
大好きな人との思い出
素敵な記憶

淡い桃色　遠い思い出

『きいろ』
レモンの香り
あの人の蜂蜜
ひまわりの向き
幸せの予感

はじける黄色　幼いビタミン

『うすむらさき』
つゆくさの花
オーガンジーのドレス
魔女の薬
怪しい秘薬

影の藤色　大人の匂い

『とうめい』
きれいなものはきれい
かわいいものはかわいい
いとしいひとはいとしい
すてきなものはすてき
しあわせなときはしあわせ
すきなものはすき

無色透明　変化歓迎

雨宮弘輔　課題６／夢の標本箱　2004年09月29日(水)00時41分48秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『種』
　フラワーガーデン
　フラワーガーデン
　春の河流のような声で君は唄っていた。
　「綺麗な花畑ができますように」
　ディスカウント・ショップで買ってきた土をスコップですくう冬。
　息が白く、手が震えていた。
　窮屈なビル群の一室。
　ぶつかり合う数多の車のエンジン音。
　ベランダに置いた横９０センチの鉢植えが、ぼく達の庭だった。
　
『花』
　クダラナイ。あなたの夢想癖にはうんざり。
　取って付けたような言葉を並べ、何の価値もない物事を繰り返す。
　いい加減、目を覚ましたら？　自分が能ナシだってことに気づい
　たら？
　まぁ……そんなことを言っても無駄だったでしょうね。
　覚束ない幻想に寄り掛かりながら、生きたのでしょうね。
　切った、浮いた、笑った。
　ねえ、社会って何だか知っていた？
　あなたがいない方が、社会はもっと上手く動く。
　より効率化を求める社会に奉仕したの。

『コイン』
　机に置かれているビンからは、澄んだ金属音が響いていた。
　仕事から帰ってくると、大きなビンにコインを入れていたね。
　猫は部屋の隅で爪をとぐ。
　君は財布から小銭を取る。
　習性だったんだな。
「いつか二人で遠い場所へ行こう。暖かくて歌のある町がいい
なぁ……」
　そんなことを言いながら、硬貨の落ちる音に耳を澄ます夜。

『＄』
　あたしは紙に描かれた神を崇拝する。
　だからヨダレを垂らし、あらゆる箇所に口づけをする。
　あなたはきっと軽蔑するでしょうね。愚弄するでしょうね。
　でも……みんなヤッていることよ。あなただって無意識に。
　こうしてみんな回っているの。
　人が石になり、砂に還るまでは止まらない。
　礼拝、残灰。
　回転しながら消えてゆく。

『黒』
　あたし達が砂になるまで２万年。
　それまで、ちょっと泣きましょう。
　温かい血を全身に浴びてましょう。
　フラワーガーデン
　フラワーガーデン
　　　　　　

五十嵐　舞　課題６？／夢の標本箱２００４　2004年09月29日(水)00時16分42秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

　マックロクロスケ！！
漆黒の墨を刷いたような夜空には
宝石を散りばめたような星空の瞬きが
ひっそりと僕の前に広がっている
自分の存在さえも飲み込む如く僕を包み込む暗闇は
母なる海の揺りかごに抱かれた心地よさを僕に与えてくれている
梟の嘆きさえ響かぬしじまの時は僕の上をゆったりと流れ続け
やがて熾き火の微かな調べが僕を眠りの世界へと誘っていく
うつらうつらとした意識がやがて深淵を抱く泉に沈んでいった
　
　blue (==)
微かに聞こえる汽笛の声と何処までも続く水平線
見上げればトンビとカモメがゆらゆらと飛ぶ空色の天井は
仄かに塩味の含んだ心地よい風を届けてくれました
たぷんたぷん、と奏でる波に誘われて思わず裸足になりました
太陽の熱で焼かれた砂とほんのり冷たい塩水をいったりきたり
砂で遊ぶ幼子と一緒になって　時を忘れて遊んでいました
ふと　きがつくとひとりになっていました
太陽が傾き夕日色の海を背に僕は藍色の街へと歩き出しました　
やがて街へ向かう僕の頭上には下弦の月が冷たく輝いていました

　待ってます、昂揚の秋
黄金色に色づく稲穂が揺れる田んぼ道　遠くの山は燃えづきはじめ
トンボはカップルで命を生み出すダンスを踊っている
秋の訪れを告げる虫の音は　
実りの息吹がたわわと垂れている稲穂の海から聞こえてきている
収穫の喜びこそ一年の苦労が報われるという　
そんな笑顔が生まれる頃　
私は自転車をこぎながら流れる風景を楽しんでいた
やがて紅葉に色づく里山には　栗と柿が旬を迎えたね
栗はご飯と一緒に　柿は干し柿に美味いショ（＞＜）
知的に決めようとしたが断念。やっぱ最後は食い意地に負けました。

　白樺に映える僕の息吹
開けてごらんと優しく父が囁いた
目を開けたら　そこは真っ白な世界が広がっていた
一面銀世界にホワイトダストここだけ異世界にきたみたいと呟いた
僕の寒さに凍る息の湯気は　それが今　僕が生きている証
冬は長くて厳しい　そして冷たく切ない感じがとても好き
誰にも汚されなかった美しい雪面に僕の足跡がそこら中に広がった
子供のように無心で遊びまわった僕は　心地よい疲労感に包まれた
雪化粧に染まった松と岩の温泉は僕の冷えた体を包んでくれたんだ
はしゃぎすぎてオーバーヒート気味の心臓はもうお疲れ、もう限界
欠陥品の心臓には辛かったけど楽しかったよ、父さんありがとう

　下降曲線☆まっしぐら
シンジマエ　吐き続けた　あの頃は　誰もが敵と　信じていたよ
１DKは僕の天国と地獄　自由がほしいでもこわい、外は
縛ってる　自分で枷を作っている　情けないけど　今はこれでいぃ
モガイテル抜け出したいと叫んでる。
居心地が良くってまだ落ちたま
堕ちるだけ堕ちた自分の横顔は　意外とマシな笑顔が映る
「かなりヤバ！！　最悪～～マジで　まずいってば
　　　　　　　　　　　　　単位危ない　卒業できる？」

松本紗綾　課題６／夢の標本箱２００４　2004年09月28日(火)14時18分11秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

「付箋」
記憶するための記録。
迷い込んだ時の道標。

「煙草」
斜に構え、腕を組み、
ゆっくり吸い込み、ゆっくり吐く。
カッコイイ自分。変身完了。

「絆創膏」
痛む場所へ、痛む分だけ、貼る。
たったそれだけのこと。
ただ痛みを忘れる。

「飴」
不器用に袋から取り出し、口へ入れる。
舌で転がすように舐め、口いっぱいで味わう。
カワラナイ自分。ただいま。

「家」
気ままに様々な場所へ出掛ける。
様々な人に遇い、様々な経験をする。
でも、帰る場所は一つ。家。

千田由香莉　課題６/「夢の標本箱」　2004年09月28日(火)02時36分23秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

「秘薬」
一粒飲めば…何が起こるのだろう？
わからないから誰も開けない。
いつまでたっても誰も知らないまま。

「金貨」
“お前の一番大切なものを差し出せ。”
泣く泣く交換したが
渡された金貨はこれだけだ

「時計」
殺して、生んで、を繰り返す。
同じ時は二度とない。
消えた時は二度と戻らない。
心音がきこえる。

「ロミオ」
魔法使いのロミオ
人に騙され人形にされた
人形になったロミオ
迷子の私に問い掛ける
「泣かないでお嬢さん。僕でよければ力になります」方々から鼻で笑う声

魔法をなくしたロミオ
途端、おどけるようにして高く飛び、何度も何度も転びだした
心配を通り越し、たまらず吹き出した私をみて
彼はようやく立ち止まり、笑ってこう言った
「僕に魔法は使えないが、君を笑わせることなら出来るよ」
身体中、泥だらけ傷だらけ
魔法をなくしたロミオ
愚かなロミオ
愛すべきロミオ。

「鍵」
扉の先には何がある？
ここをくぐれば全て忘れる
同じ時は戻らない
冒険譚の主人公から
不様な現つの私へ

扉の先には何もない
歩いて初めて繋がる世界。
すべてはこの手の中に。

滝　夏海　課題６／夢の標本箱　2004年09月27日(月)22時52分21秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『ひとつめの小瓶』
さぁ、妖精をつくりましょ。
はじめにみつける材料、なぁに？

瑠璃色鳥はしあわせを翼のあいだに閉じこめる。
旅から帰ったその鳥に、いちまい分けてもらったら
秘密の薬を振りかけて弱火でとろとろ溶かします。
自由気ままに飛びまわる記憶に染まった、蒼い羽根。
空へつながる、蒼い羽根。

『ふたつめの小瓶』
さぁ、妖精をつくりましょ。
つぎにそろえる材料、なぁに？

ざくろ、きいちご、野ばらのしずく、朝焼けうつしたがらす玉
ぐるりぐるりと混ぜ合わせ、てのひらの上であたためて。
涙をひとつ落としたら、ちいさないのちになりました。
耳をすませばとくとくと鳴り響いている、赤い音。
未来をうたう、赤い音。

『みっつめの小瓶』
さぁ、妖精をつくりましょ。
これからあつめる材料、なぁに？

かたちづくりに必要な魔法のねんどの、その素は
ねむるこどもの吐息から、ちいさなさじで取りだします。
銀のお盆にうつしたら、日陰でゆっくり乾かして。
振りまくだけできらきらと不思議をみせる、金の粉。
夢へいざなう、金の粉。

『よっつめの小瓶』
さぁ、妖精をつくりましょ。
さいごにのこった材料、なぁに？

からだの素材を用意して、生まれる準備はできました。
生まれたばかりのあかんぼう、おなかがすいては悲しがる。
切ないなき声あげぬよう、ごはんも一緒にいれましょう。
食べられるのは大地から優しく育った、草の粒。
緑かがやく、草の粒。

『ひとつの瓶』
さぁ、妖精をつくりましょ！
すべてを瓶に詰めこんで、そっと呪文をとなえます。
三日三晩は月の下、じっくり寝かせて休ませて。
瓶がちいさくことことと、動き出してもまだ我慢。
ノックの音がいち・に・さん、ななつ鳴ったら、さあできあがり。
あとはあなたのお好きなように。
でも気を付けて、彼らはとっても悪戯が好き。
こっそり瓶を抜け出して、悪さをするかもしれないよ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ほらね？

越智美帆子　課題６／ある女の子の日常　2004年09月27日(月)18時59分03秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

【思わぬプレゼント】
　護身用って言っても、持ったらぶっ放すでしょ？
　え、ダメ？
　じゃあなんで、あたしに持たすかなあ。
　えっとトリガーがあって、これが引き金でしょ。
　オッケーオッケー、試し撃ちしてみていい？
　あ、わーかったって、撃たない撃たない。
　なんつって。

　銃声が二発、それから静寂、
　＆
　笑い声。

【自分へのご褒美】
　ルビールビー、鳩の血って名前のやつ。
　欲しくて欲しくて、でもお金はないの。
　となると、
　やっぱ宝石商で交渉でしょう。
　護身用の銃を使って。

　血を血で洗う？
　あ、違った。
　血を讃えたルビーは、
　やっぱ３カラット以上じゃないと！
　と熱心に語ってくれたおじさんの血。
　血を吸って、より美しく、
　ルビールビー、あたしのルビー。

【アメとムチ】
　ごめんなさいって泣いて叫んでも、
　ダメだった。
　そんで、あたしは檻の中。
　悪い子だからって、
　我慢ができない子だからって。
　でもママ、
　鍵が錠についたままだよ。
　あたしはルビーと銃を持って、
　おうちの中を走る走る走る……

【お姫さま】
　ねえ、ラプンツェルって知ってる？
　塔の中に閉じ込められたお姫さま。
　知らぬ間にお腹が大きくなっちゃって、
　追い出されちゃうの。
　
　あたしが逃げるためには、
　このツタだけが頼り。
　気分はまさにラプンツェル。
　ママに見つからないように、
　落下しないように、
　そろりそろりと降りていく。
　外は真っ暗、闇の中。
　さて、どこへ行こうかな。

【何もない世界】
　そこには何もなかった。
　前は何かあったかもしれないけれど、
　今はキレイさっぱり。
　そこに初めて足を踏み入れた。
　ここに存在してるのは、あたしだけ。
　あたし以外は、何もナシ。
　ゼロ、無、真っ白、空っぽ、それから……
　眠りにつこうと思うけれど、
　まだ眠くない。
　それから銃声が続けざまに聞こえて、
　ようやく、とろりとした眠りが、
　あたしを優しく包む。
　おやすみなさい、って誰に言えばいい？
　

加賀麻東加　作品７/果実の旋律　2004年09月27日(月)18時25分54秒

バイクが大好きだった。
少し大きめの二輪のタイヤでオレンジとクリーム色が際立つそのバイクは、一目見た時から目につき、独特の存在感と気品溢れる魅力を放っていた。それが、今、目の前にある。このバイクを見るのも最後。気まぐれに吹く夏の終わりの風に髪を揺らしながら、いつまでも眺め続けていた。
九月上旬。長かった大学の授業の現場実習が季節の変わり目と共に、ついに今日で終わりを告げた。授業の内容は、夏休み中に施設へボランティアに行って社会勉強をするというものだ。私は自閉症の人達が社会的自立をするために共同生活をするセンターに一人で行くことになった。出逢いはここから始まる。

夏休みと同時に始まったボランティア初日。仰ぎ見た空は真っ白な入道雲が引き立つ快晴の青空。片道三時間、電車は四本乗り換えで青梅線とは初対面。電車から降りてはたくさんの人達とすれ違い、避けては足早に去る。センターに到着し、右も左も分からぬまま緊張していると、一人の男性が声をかけて来た。
「暑いですねー。」
誰？自閉症の人？いや、スタッフの人だ。笑顔で向かえてくれる彼に、こちらも自然と笑みがこぼれる。体格が良く逞しいイメージがある一方、あどけない少年がそのまま大人になったかのような可愛らしい笑顔が印象的な人だ。身なりもタンクトップのシャツにＧパンといたって軽装だが、むだに着飾らない自然さが彼の魅力なのだろう、視線を引きつける何かを持っていた。
彼は何時も愛用のバイクで現れる。ヘルメットを下ろしてから私に「おはようございます」と軽く会釈をし、大きなサンダルを履いた足を鳴らしながら歩いていく。ぶら下げた携帯と財布しか入らないような小さなバッグを放り、力仕事をなんなくこなしていた。
彼は自然に私の視界に入っていた。あの笑顔も、大きな両手でものを持つ仕草も、まるで瞳を通して心に住んでいるかのように映っていた。遠方からバイクの様な音が聞こえれば無意識に振り返り、いない日でさえも彼の姿を探した。

「運命って信じます？」

ある日彼にこんな質問をした。唐突なことに彼は返答の手立てを考えているのだろう、一呼吸おいて目線を右下へずらした。空を切らないように私は続ける。
「いつも思うんです。毎日駅の改札であれだけたくさんの人とすれ違う中で、偶然が重なってこうして人と出逢える事は奇跡なんじゃないかなって。一瞬でもズレていたら一生めぐり会えなかったから、信じちゃうんです。運命。」
私の言葉に、ロマンチックだなー、と言って振り返る彼の顔はいたずらな笑顔をしていた。割と真面目な話だったのだが、かわされた。信じてるよ…運命。あなたと出逢えたことも。丁度胸の真ん中辺りのところは、ドキドキ、と高鳴り続け温かさを増していた。まるで階段を一つ一つ上っていくように日毎に膨らむ想いと同時に、時間は刻々と過ぎて行った。

そして今、目の前に、そのバイクにまたがる彼がいる。いつも通り同じヘルメットと小さなバッグを腰にぶら下げて。ただ一つ違う事は、片手に持っているもう一つのヘルメット。
「駅まで送っていくよ。」
予想外の彼の言葉に一生分の運を使い果たしたような衝撃を受けた。歓喜と緊張で、「ありがとうございます」の声が裏返る。ヘルメットを両手で受け取りぎこちない手つきで頭に被せると、中心は合っているか、髪型はくずれていないか鏡でチェックしたくなった。彼は、ブルルルン、とバイクに音を立てると走りやすい道路へと移動した。何度も振り返ったあの音が近くで聞こえる。どうぞ、という彼の言葉は後ろに乗っていいよという合図だった。どこらへんにお尻を乗せればいいのだろう。バイクは初めてだ。「ここに座ればいいんですか？」と指をさして聞くと、彼は笑って頷いた。初めてだという事がバレバレだ。
いよいよこの時が来た。常に見つめているだけだったこのバイクにゆっくりとまたがり、よいしょ、と腰を下ろして座る。思わず胸の辺りに手を当てた。
ドキドキ。
憧れていた彼の背中がこんなに近くに、目の前にいる。遠くから見た感じより、間近で見るこの背中はずっと大きかった。やり場をなくしたぶらつく私の足に気付いたのか、後ろを向き下側に指をさして、ここ、と言う。よく見たら、丁度足が乗せられるような細長い棒が突き出ている。最近のバイクは親切なんだな、と思いながら両足を乗せた。これで大丈夫。だが手の置き場所がない。これでは後ろに仰け反って落ちてしまう。危険を察した私は途端に「手はどこに掴まるんですか？」と聞いた。すると、彼は一瞬だけ考えた。そして。

「ここ。」

右手で左肩をポンポン、と叩く。
肩！なんて今日の私はラッキーなんだ！嬉しさと恥ずかしさで赤面するはにかんだ顔は、前にいる彼は気付かない。「失礼します。」と妙にかしこまる声は緊張からかトーンが低い。背中を見つめながら、ゆっ…くり、と両手を肩に近付ける。実際は三秒くらいだったのだろうが、その倍くらいスローモーションで長く感じる時間だ。ついに、彼の肩に手を乗せた。その瞬間。

ドクン！！

胸の温度が急激に熱を増し、破裂したかのような大きな振動が全身を駆け巡った。それは頭の頂点から足のつま先まで行き届いた。触れている彼の肩を通してこの鼓動が伝わっていないだろうか。男の人の肩ってこんなに厚みがあって硬いんだ。
「いくよ。」
彼の合図で体に力が入る。急発進するバイクに驚き、彼の肩に思い切りしがみつくと、背中と胸の距離がぎゅっと縮まった。私のこころを乗せたバイクはついに走り出す。そして、最初で最後の二人乗りが始まった。

徐々に増していくスピードが怖くて大きな背中に入りこむように体が縮こまる。「めっちゃ縮こまってんナァー。」と彼の笑った声が聞こえた。ぴったりくっついた体は離さず、頬に当たる風を感じながら胸中の高鳴る鼓動は早いままだ。流れ行く片田舎の町並みの景色や行き交う無数の車がまるで初めて見るかのように特別なものに見える。ドラマか何かではここでよく色々な思い出が走馬灯の様にめぐるシーンがあるが、実際はそんな余裕も無く、無の世界。幸せの温もりが全身を包んで、ただ傍にいる心地良さを感じている。きっと今の自分は日本一幸せな女の子だろう。そんな中、手に力が入りすぎて彼の肩は痛くないだろうかとか、信号が赤になってくれないか、道を間違えてくれないかなど余計な事を考えていた。ずっとこのままでいたい。時間が止まって欲しい。
今、“好きだ”と口に出したらどんな反応だろう。きっと彼の事だから、「冗談でしょ。」と笑ってかわすに違いない。何より小さな一歩を踏み出す勇気がない。遠くにいても絶えず瞳に映っていた事にきっと気付かないだろう、そして私は特別な人になるわけでもなく、彼の視界に入る事もない。だけど…サヨナラなんてしたくない。嫌だ。

不意に涙が、ほろり、と流れた。

涙を啜る音はバイクの走る風で消えていった。背中にほんの軽く、頬をつけた。温かさがじんわりと胸にしみて、あぁこんなに好きなんだと実感した。

サビシイ…です。

胸の裡で呟いた一言が、切なく、泣いた声で口から出た。その時、この空気に響くように、二人の間に音の無い時間が流れたような気がした。暫し無言のまま、バイクの滑走音だけが響く。そして…。

「運命なんでしょ。また会えるよ。」

そう言った彼の表情は、多分、いつもと変わらない明るい少年の笑顔。思わず下を向いて笑った私の顔は涙と混ざって不細工だったと思う。

駅に着くまであと三分。頬に当たる風は最後の夏の便りだった。止まらぬ鼓動を感じつつ、今日も私は駅の改札でたくさんの人とすれ違いながら帰って行く。

城所洋　課題６／夢の標本箱　2004年09月25日(土)23時16分25秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『ナイトのばんそうこう』

君を襲う野良犬
助け出すと君は
僕にそっと手渡した
可愛い姫の贈り物
こいつは騎士の勲章だ

『祭りで買った指輪×２』

沢山の銅貨（十円）と
数枚の銀貨（百円）を
出し合って買った指輪
その日だけは一緒に
手を繋いで帰った

『なけなしのＳＬ搭乗券』

公え、王国一周の旅へ
急いで券を握り締め
君の家へと駆け込んだ
さあ、お姫様、お手を
僕と共に参りましょう

『チケット、そして涙痕』

・・・君は居なかった
家はもぬけの殻で
ただ、ただ広いだけで
姫がさらわれた！って
僕は泣きながら
街中を探して回った

『ひたすらに破った手紙』

数日経って手紙が来た
僕に、さようならって
君が姫じゃなくなると
僕も騎士になれなくて
君は、一人で大丈夫？
僕は、・・・・・・・・・・っ！

露木悠太　作品５／落書き　2004年09月20日(月)00時11分33秒

　しんとした、狭い１Ｋのアパートの壁。私の体温を分けた薄いアイボリーの色調。凭れて不格好な足の指を見つめていたら、親指と人差し指の間の溝だけ深くて、そこに座っているような気分になった。膝を抱いていた手をはずして、肩のあたりの髪に通すと、微かに青白い静電気を感じる。伏せた睫毛が重たくなって、目蓋を閉じてしまいそう。
　目を擦り、立ち上がってベッドから降りた。カップにインスタントコーヒーの豆をスプーン二杯。ポットからお湯を注いで、微振動の止まない小さな冷蔵庫を開け取り出した牛乳をそのまま少々、スティックシュガーを一つ。移動する一足ごとにフローリングを踏む素足が冷たくなって、それを温めるように小さな座卓の前に胡座をかいて、ぼんやりと一口啜った。
　ビデオのデジタル時計はちょうど深夜零時。いつの間にか日付けが変わってしまっていた。視線を目の前に戻すと、途中ふと青色が目に止まって、気怠さが一瞬吹き飛んだ。積まれた教科書とテレビの間に、レンタルビデオの袋。返却日は、今日。
　湯気の立つコーヒーを置いて、脱いだままの形になっていたジャケットに袖を通した。部屋を出てオートロックの自動扉が開くと、乾いた空気で唇が萎んだ。反射的に襟を立てて、腕を組むようにしてジャケットの前を合わせる。まだいくらか眠い。歩きながら強く目を瞑って、瞬きながら開く。遠くに凝らすようにすると、総武線がぼんやりとライトを照らして陸橋を渡っていく。最終の各停のひとつ前だろうか、なだらかな傾斜を登って行く電車、聳え立つビルの影へと消えていく。そのままレールが続いていたら。続いていたら、どこまで行こう。想像する力の無いせいで少しの間呆然として、小さな溜め息を一つ吐いた。
　ばかみたいに上向いたまま進んで行くと、風から透き通った薬品のような、化学的な匂い。高架下へと続く道、徐々に匂いは強くなる。自然に口と鼻を軽く手で押さえて、短いトンネルに入ると、その壁に光沢を帯びた大きな絵があった。英単語が並べてあるような。数字が重なっているような。過剰にレタリングされた何かは、原形を留めていない。立ち止まって見入っていた私は、その暗号を解読しようと壁に近寄ってみたり、離れてみたり。けれども何て書いてあるのか全くわからない。首を傾げて、口を固く結んだ。
　星条旗みたいな配色。赤で描かれた文字？に青いグラデーションで立体が付けられて、白いラインで細く縁を囲っている。そこに気付かないくらいの自然さで光の反射や影までもが繊細に描き込まれていて。抽象画と風景画とポップアートをごちゃ混ぜにしたみたいで不思議。
　ほんの少し、触れてみる。まだ粘り気のある塗料が指紋を浮かび上がらせる。それに気付いてふと辺りを見回したが、静謐な空間で唯一、この絵だけが温度を持っているようだった。
　埃まみれの蛍光灯が明滅して、我に返り後ずさると、スニーカーの踵に何かが当たった。地面を滑り回転する物体は、５００mlのジュースの缶よりちょっと大きいくらいのペイントスプレーだった。手にとって、振ってみる。低い鐘の音が響いて、鍾乳洞にいる気分。プラスチックの蓋を開けると、やっぱり化学の匂い。何も考えず思いきってノズルを押してみた。すると水っぽい朱色の煙が噴き、その力で人差し指が押し戻されてしまいそう。静かに手を放すと、吐いた息が凍り付いていくような微細な煌めき、ゆったりと落ちてくる。一緒に噴き上がった私の意識も、ゆったり。
　興奮した私は、煤けたコンクリートの壁にどうしようかと迷った末、横に一吹きラインをひいた。付着した色彩は、街の微かな反射を破る、瑞々しい赤。水晶体はそれを集めて網膜に届け、世界中を塗り潰してしまいたい衝動に駆られた。けれどそれを抑えるように、私の知らない感情が込み上げて。だからそっと、そっと壁に頬を寄せて。脇に抱えた青い袋に気付くまで、影の無い夜の闇を見つめていた。

菊池佳奈子　課題６/夢の標本箱　2004年09月17日(金)19時33分46秒
▼課題と連絡：課題６／夢の標本箱２００４への応答

『鍵』

言葉や物が多すぎて
どれが君のこころの扉を開く鍵だか
いまだわからず

『螺子』

君の笑顔をみた瞬間
ふっとんで消えた僕の頭の螺子ひとつ
君がいなくなった今もまだ
みつけることができないまま

『切符』

悩むことと
夢見ることを
ちょっと休んで
一歩踏み出した　時
てのひらにあった
一枚の紙切れ
僕の夢への切符

『ミルククラウン』

ゆううつな目をして
『永遠の幸せ』について考える君に
魔法をかけた
コップいっぱいのミルクに
僕の愛を一粒落として

『傷』

いくつもの痛みを抱えた
君のこころは
傷つき縛られ

それでも

輝くことを決してやめない
色づき息づくことを
決してやめない

■一つ前の過去ログ：「物語の作法」課題提出板 (0040)

[千田由香莉] 作品３/「ばらの花」 (2004/09/01 14:57:34)
[城所洋] 作品７／神が造り給うた、神を作りし存在 (2004/08/21 22:59:45)
[城所洋] 作品６／色眼鏡 (2004/08/21 21:36:35)
[露木悠太] 作品４／不肖の空 (2004/08/20 15:40:48)
[吉見幸子] 作品４／はいけい神様 (2004/07/27 11:36:34)
[露木悠太] 合評報告／ラジカル・ラジオ (2004/07/17 06:42:16)
[越智美帆子] 批評６／軽快な物語 (2004/07/14 21:04:47)
[吉見幸子] 批評６／におい (2004/07/14 17:24:36)
[志田　匡平] 批評６/青春ロッケンロー (2004/07/14 16:45:42)
[野島　明菜] 批評６／まぶしー！！ (2004/07/14 10:18:08)
[土橋明奈] 批評６／夏を掻き鳴らす。 (2004/07/14 00:55:45)
[雨宮弘輔] 批評６/『世界に意味なんてあるのか？』by十七歳の俺 (2004/07/13 23:35:47)
[城所洋] 批評６／昔は無き青春　今は有りき？ (2004/07/13 22:56:25)
[菊池佳奈子] 批評６/力強い人間味 (2004/07/13 21:35:22)
[松本紗綾] 批評６／学生を中心に人気が… (2004/07/13 18:34:22)
[千田由香莉] 批評６/「いじけるなベイベ―」 (2004/07/13 13:30:44)
[五十嵐　舞] 批評６／空の青さと青春と (2004/07/13 11:26:44)
[高澤成江] 批評６/生涯青春宣言！ (2004/07/12 16:29:26)
[松本紗綾] 合評／これが「壁」ってやつですか (2004/07/08 19:34:12)
[志田　匡平] 批評５／I'm (not) stronger!!! (2004/07/07 18:48:56)
[野島　明菜] 批評５／自分を自分で支えてあげて。 (2004/07/07 16:33:52)
[土橋明奈] 批評５／クラッカーみたい。 (2004/07/07 11:24:17)

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