いとてつ
ありがとうございました
2003年04月27日(日)23時57分10秒
▽どちらかといえば、ぼくも…。 へのコメント
DORONKO
どちらかといえば、ぼくも…。
2003年04月27日(日)09時28分01秒
▽プラネタリウム/神話の星と科学の星 へのコメント
ハツトリ
さすが寮さん!
2003年04月27日(日)00時38分14秒
▽プラネタリウム/神話と科学の二面性に関する論考 へのコメント
寮美千子
プラネタリウム/神話と科学の二面性に関する論考
2003年04月26日(土)23時40分05秒
▽神話と科学 へのコメント
プラネタリウムというところは、考えてみれば不思議な場所である。ここでは人工の星空を媒介として、最新の天文学の理論が解説されるとともに、ギリシア時代の神々の物語もあわせて語られる。多くの常連客は、最新の科学的宇宙像で知的好奇心を充足させると同時に、既に過去に何度も聞かされた筈の、ゼウスが美しい女性を手籠にするといった荒唐無稽な作り話を、もう一度聞かないうちは満足しないのである。全ての観客にあてはまるというわけではないが、総体的な傾向であることは間違いない。by服部氏まったく、わたしはそこのところが「謎」でした。プラネタリウムでは、延々と星のギリシャ神話が語られてきている。そして、観客もそれを自明のこととして受けとめ、よしと思っているらしい。それが、わからなかった。
なぜ「科学的な知識」を求める人が、同時にそのような非科学的な「理不尽な作り話」をも求めるのか。この一見不可解な「二面性」が存在するという事実は、プラネタリウムの意義を議論していく上での重要なファクターではないだろうか。服部さんはその「二面性」こそが、人が世界を理解しようとする二つの根源的なやり方ではないか、と示唆されています。
「神話的真実」と「科学的認識」は、人の心の中で、常に平行して存在している。世界観の形成においては、「太陽が昇る」という心理的真実も「地球が回転して太陽が昇るように見える」という科学的真実も、どちらも対等に正しい認識なのである。この二面性は、「心理的認識」と「科学的認識」、あるいは「主観的認識」と「客観的認識」とも換言できるものである。 by服部氏
それではどうすべきか。認識の分裂を内に含みつつも人は一個人であり、人類の築き上げた文化もまた同様の二面性をはらんでいるということであるのならば、担当者は「古代ギリシア教」と「自然科学教」の二つの顔を持つ伝導師ではなく、それらが融合した結果である「文化」の伝導師であるべきではないか。 by服部氏わたしも、まったくその通りだと思います。しかし、その「心理的認識=神話的真実」と「科学的認識」をどう融合させるか、が実際むずかしい問題です。服部さんも、そこに腐心なさっていらっしゃることと思います。
「理不尽な作り話(神話)」は興味づけに役立つといった程度に扱われることが普通で、両者を対等に扱った議論はほとんどなされていない。(中略)小生は、以前からプラネタリウムの解説においては、自然科学と哲学(あるいは神話学、民俗学、心理学など)を全く対等に扱うようにしています。 by服部氏服部さんのこの方法に、強く共感を覚えます。
以前、寮さんが、山梨での番組投影の後、会場でおばあさんが、「自分が星のかけらだなんてこれまで考えた事もなかった」といってくれた事に感動した、という話をいつだか書いていらっしゃいました。私も教育実習に行ったときに同じような感動を感じた事があります。私のそのときの担当は化学分野で中学生に分子、原子の話をするというものでした。そこで、原子は高々100種類程度しかなく、その存在は恒星の中か超新星爆発、または原子炉など特殊な環境でしか変えることができない。そのために、私たちの体を構成している原子のほとんどすべては50億年前には宇宙を漂っていたし、数千万年前には恐竜の体を作っていたかもしれない、という話(まあ、天文教育業界の人には目新しくもない「星の子」論ですが)をしました。その時の生徒の目の輝きが今も忘れられません。このことが私にとって思いで深いのは、生徒が私の話に共感してくれたことを私も感じ取る事ができたためだ、と思っています。ここで、おばあさんや子どもの共感を呼んだものは、何だったのか。それは「星座の神話」ではありませんでした。「わたしと星との関係」です。自分自身と宇宙の彼方が、どんなふうにつながっているのか、それを実感できたから、おばあさんも子どもも感動したのだと思います。そして、それが宇宙科学が明らかにした客観的宇宙像を、自分の心の中にしまうことのできる主観的宇宙像に変換することができたのではないでしょうか。
寮美千子 ケアを日本語に言い換えると? 2003年04月26日(土)17時28分24秒
DORONKO
「海蛇座」のご報告。
2003年04月26日(土)16時28分37秒
▽だからね へのコメント
明石隼汰
一票!
2003年04月26日(土)14時03分35秒
http://www.holopla.com/akashic/
▽だからね へのコメント
いとてつ
「共感」の問題
2003年04月26日(土)04時16分14秒
▽やっとわかった へのコメント
本多信介
なにを
2003年04月26日(土)01時37分45秒
▽写真の星座 へのコメント
高橋真理子
やっとわかった
2003年04月26日(土)01時28分38秒
▽だからね へのコメント
勇崎
写真の星座
2003年04月26日(土)01時02分29秒
▽しつれい だからー へのコメント
本多信介
しつれい だからー
2003年04月26日(土)00時35分48秒
▽だからね へのコメント
本多信介
だからね
2003年04月26日(土)00時14分38秒
▽新しい星座 へのコメント
勇崎
新しい星座
2003年04月25日(金)23時06分00秒
▽プラネタリウム/神話の星と科学の星 へのコメント
本多信介
しろうとから
2003年04月25日(金)20時47分24秒
▽プラネタリウム/神話の星と科学の星 へのコメント
ハツトリ 神話と科学 2003年04月25日(金)18時34分43秒
寮美千子
プラネタリウム/神話の星と科学の星
2003年04月25日(金)15時39分45秒
▽プラネタリウム/わたしの提案 へのコメント
DORONKO
カユイところに……。
2003年04月25日(金)07時51分09秒
▽プラネタリウム/わたしの提案 へのコメント
高橋真理子
宇宙生物のイデア
2003年04月23日(水)22時39分01秒
▽はじめまして へのコメント
ハツトリ はじめまして 2003年04月23日(水)18時56分29秒
黒田武彦
私の考えたプラネ解説
2003年04月23日(水)13時34分24秒
▽プラネタリウム/わたしの提案 へのコメント
寮美千子
プラネタリウム/わたしの提案
2003年04月22日(火)16時26分12秒
▽プラネタリウムって幸せだね へのコメント
教育の場としても不十分な部分がある、エンターテイメントの場としても一定の限界はある。これを補うのが「人」であるという黒田さんのご意見、なるほどと思いました。そして、その「人」ができることの可能性を探るのが、今度の会のひとつのテーマになるかもしれないとも思いました。
恐らくいずれは全国一斉封切りという時代が来るのではないかと憂えました。良いソフトの相互利用は大いにあって良いと思いますが、現在でも起こり始めている安易な一斉封切り的な投影は、施設の独自性を失わせるばかりか、単なる電動紙芝居的な安直な内容になり勝ちなのです(安上がりを旨としているため)。by黒田さん「全国一斉封切りプラネタリウム番組」みたいなものが大手をふるようになるのは、さみしい。施設の独自性を失わせる可能性がある。という黒田さんのご意見、なるほどと思いました。
ただ私は、現在のプラネの主流でもある、ふっと場内が暗くなり「今日の日没です・・・」から始まる流れも好きです。現実でありながら現実ではない感じ。一瞬にして異界に連れてこられたような感じが心地よいので。わたしも、同感。あの感じ、とてもすてきです。そして、人間の「生の声」がいい。安らぎを与えてくれる。
寮美千子
プラネタリウム/事前議論歓迎!
2003年04月22日(火)16時16分40秒
▽感激! へのコメント
――なお、27日もいよいよ近づいてきましたし、ぼくは基本的に、プラネタリウムに関するすべての問題を、ここであらかじめ議論しておく必要はないんじゃないかな?と思っています。映画だって、事前に詳細なストーリーを知ってしまっていたら、見る楽しみが半減はおろか、すっかり失せてしまうことだってありえますよね? だから、お楽しみは当日まで取っておかせてほしい――というのが、現在のぼくの率直な気持です。by ドロンコさんドロンコさんのお楽しみを奪うようで恐縮だけれど、わたしはそうは思いません。「プラネタリウムに関するすべての問題を、ここであらかじめ議論」することなど、とてもできません。できるはすがない。プラネタリウムは、それだけ大きな問題です。
黒田武彦
プラネタリウム論議
2003年04月22日(火)11時30分20秒
▽感激! へのコメント
DORONKO
感激!
2003年04月22日(火)10時26分15秒
▽プラネタリウムって幸せだね へのコメント