「物語の作法」課題提出板 (0035)


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露木悠太 批評2/欲しいもの 2004年05月12日(水)15時02分13秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

【高澤成江/夢物語 】
 魚との会話の部分がすごくおもしろかったです。会話と会話の間にある描写が説明っぽくなくてとても良いです。ストーリーとしては、少し最後のほうで急ぎすぎたかなという印象を受けましたが、なぜかこのままでも良い気がします。それはきっと表現する力が隠し味のようにしっかりと入っているからでしょう。「…ビー玉をコンクリートに落としたような」「…魚は、いやいや、と首のあたりを振っている」「…君はどうやって右手を動かしているんだい!?」のところ等々。
 後は『?』や『!』の後にひとつスペースを入れてみると間をとれてもっと読みやすくなるのではないかと思いました。

【越智美帆子/夢】
 映画の雰囲気を持っています。移り変わる情景がしっかりと浮かびます。最後も怪しい危険な香りをふわっと残してくれて、正にミステリーやサスペンスのショートフィルムを思わせてくれました。ただ「光の塊」というものが今ひとつ想像できませんでした。僕にとってはもう一つ、細部の説明が欲しいと感じる作品でした。

【吉見幸子/いごごち】
 「羽もしっかりしまっておこう ふわふわ飛んでいかないように」。最後がとても良いです。課題の絵【空からの回帰】という題名にふさわしく、帰る場所の大切さを感じることができました。そこでもう一度力を貯めて、また挑戦してみよう、と聞こえました。一見逃げの形にも見える詩ですが、最後の「羽もしっかり…」でとてもポジティブな気持ちにさせてくれます。

次点、【圓山絵美奈/手にしている私】
 三つに絞らなければいけないということなので已むなく外してしまいましたが、次点という形で入れさせてください。
 「違うものに逃げるのは簡単 あたりまえに逃げるのは簡単」という最後の二行がすごくもったいないと感じました。僕はこれをメッセージとして受け止めたのですが、できれば受け手がはっと気付くような、そうだよなぁと感じられるような、徐々に答えを見せてくれるような表現を少しでも持たせてくれたなら、劇的にさらに良いものに生まれ変わる可能性があると思いました。なのでベスト3には入れませんでしたが、惜しい!と感じた作品でした。

 ベスト3に選んだものは、読んでみて、僕も身につけたいと感じた表現の仕方をしている作品です。一文の持つ、一言の持つ力をタイミング良く登場させている。そんな印象を受けたものだと思います。

高澤 成江 批評2/★楽しいのが嬉しい★ 2004年05月12日(水)12時00分50秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

【露木悠太/SWEET ART MUSEUM】
会話のテンポが良くて好きです。日常の1ページを切り取ったような感じでほのぼのします。最後もハッピーエンドぽくて読後が爽やかです。

【滝 夏海/脱出 】
物語の最初の方は読んでて「何してるんだろ?」って謎な感じだけど、それが逆に引きつけられてグイグイ読んでしまう。最後にはその謎もとけてすっきり。ファンタジー感が素敵。

【越智美帆子/夢 】
わかりやすい内容だけど読んで満足感があった。物語を読んでるなあ、って感じで。でもなんだか消化されていない謎が多いのが気になる。


なんだか選んでみると物語ばっかりになっていました。詩でも好きなのあったけど3つに選ぶとやっぱこれかなあ、って。でもほんと他にも素敵なものが多かったです。書くのも楽しかったし、読むのも楽しかったです。


菊池佳奈子 批評2/世界観 2004年05月12日(水)10時55分50秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

【高澤 成江/夢物語】

このだまされているようなおとぎの世界観が好きです。
魚眼レンズ、しゃべる魚、羽、幻想的な世界がきちんと描かれていて
その世界観が乱されることなく物語があるように感じました。
表現としては『ビー球をコンクリートに落としたようななんとも不思議な声』というところがすごく好きです。
一見してわからないのに、感覚としてなんとなく掴める。
こういうわかりやすいわけではない、はずした表現が大好きです。
ただ、羽をつけたあとの展開が、もう少し魚との対話をうけて幻想的なオチに結びつけば良いかな、とも思います。
その方がもっとインパクトのある作品になると思います。

【瓜屋 香織/還る】

やはり瓜屋さん、という感じで。
せっかく自分を好きになってくれたのに『あなたじゃなんの意味もない。』と切り返す。
真実。そこで笑顔でごまかすことなく自分の本音を伝えてる。
『わたしじゃなきゃ駄目だという人が待っている気がして』
誰もがそうですよね。『わたしじゃなきゃ』って人を探している。いつも。
別に羽も水も少女の容姿も何も描かれていないのに、
一番あの絵にしっくりくる気がします。
そうでなくても、この全体の流れに、少女という生物が生きている気がします。
この作品に一番生きている少女を感じました。

【野島 明菜/人はいつか死ぬ】

たった5行の詩。
決して長くもないのに、すごく印象に残りました。
死者の生き返りなのか、あの頃にもどりたいという郷愁なのか。
状況はわからないけれどすごく切実に訴えてくる気がします。
『古さと』という言葉は何故古里にしなかったのか。さとだけあえてひらがなというところが興味を惹かれます。
どうしてですか?

全体的にどの作品もよく仕上がっているという感じをうけました。
この3作品は全作品をザーっと読んだあと、こころにひっかかっていたままのものを選びました。
高澤さんの作品は単純に世界観とか言葉が大好きなので、ひっかかっていたのだと思います。
瓜屋さんの作品と野島さんの作品は違う意味で作品としての世界が確立されている気がします。
決してこちら側に流れ込む隙のない、作品として確立されている感じをうけます。
その雰囲気が、プリントされた紙にまで染み付いているような、強烈なものを感じます。

とにかく全体として好きな作品がすごく多かったです。
良い意味で刺激になりました。

土橋明奈 批評2/楽しさを摘む。 2004年05月12日(水)03時09分28秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

露木悠太/SWEET ART MUSEUM
少女視点で無い処が何より良い処です。
外側から切り離して眺める視点はあの絵の独特な柵から一線を引き、その外の世界越しにアッサリ風味で鑑賞させてくれました(えらく回りくどい云い方ですが)。切り離して書かないべきだと、脳が勝手に思いがちなものですから。内容も押し付けがましく無くて読み易かったです。

越智美帆子/夢
「世にも奇妙な物語」風で好きなジャンルです。
世界観はハッキリしていて読み込みもすんなり出来ました。何と云うか、出来上がっている話だなぁ+感嘆符。でも、もう少しスマートにまとまっていたらもっと良いと思います。

滝 夏海/脱出
ファンタジックだし、実物感もある気の利いた話。
文章的に書きなれてる感が心地良い。しかし、個人的に梨乃(リノ)と云う名で、かたせ梨乃が出て来てしまって心苦しい・・・。

選考基準は読んで楽しいと思えた上位。選んだものを見返すと、故意にか自然にか今回の作品に多かった「束縛」「自由」「少女の思想」の意をあまり含んでいないものに偏ってしまいました。タイトルでは、稲葉祐子さんの「混沌キッチン」 が一番。



滝 夏海 批評2/コラボレーションという事 2004年05月12日(水)01時14分24秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

その1:【瓜屋香織/還る】
 『コラボレ』という点ではこの作品が一番だと思います。絵を説明しすぎず、しかし離れず。特別な人に出会いその人の特別になりたい、そんな女の子の気持ちをうたっているのでしょうか。でもなんででしょう「ごめんなさい、あなたとは縁がなかったの」というお断りの台詞にみえてしまうのは。

その2:【露木悠太/SWEET ART MUSEUM】
 他の作品は絵を「お題」として扱っているのに対し、この作品は挿絵のように生かしていると思います。それならいっそ、絵のタイトルを『アリーと雲』ではなくそのまま『空からの回帰』として挑戦しても面白かったのでは。現実の作者は松本潮里さんだけど、小説の中ではメアリー・ホワイトでも問題は無いでしょうし。

その3:【圓山絵美奈/手にしている私】
 「あ、もしかしたらこの子、下りずにまた戻ってくるのかもしれない」と思わせる雰囲気が好きです。それだけで選びました。余談ですが、最後の一行を初め「あたりまえな逃げ方をするのは簡単なんだ。変わった逃げ方をしなきゃ」と読み間違えました。その時受けたインパクトが、まだ残ってます。

<番外>
 作品としてなら越智さんの【夢】が一番好きです。ただ、今回はコラボレという事なので、もう少し絵との接点があればな、と思いました。それから作品の最後に「〜過信しすぎだと思うのだが………。」とありますが、この「思う」という単語に戸惑いました。それまで三人称だと思っていた作品が、最後の最後で語りだったような書き方をされているという違和感。これはわざとでしょうか?

松本紗綾 作品4/放置プレイ 2004年05月11日(火)23時17分02秒

貴方に強くぶたれる度、あたしは満たされる。
あたしの顔程ある掌からの衝撃にあたしの全身は快感で震えるわ。

貴方に煙草を押付けられる度、あたしは安らぐ。
あたしから貴方へ向かう愛情が貴方からあたしに返される。
是程の幸せがあるかしら。

貴方に鎖で繫ぎ止められる度、あたしは潤う。
あたしの限られたスペースの中に乱暴に押入る貴方。
この世の中の何よりもいとおしい。

掌、煙草、鎖。
満たされる、安らぐ、潤う。

あたしをぶって。強く。激しく。
煙草を押付けて。もっと。沢山。
あたしを繫ぎ止めて。ずっと。此処に。

あたしは貴方だけの為に存在する。
貴方だけのモノなのに。
貴方は誰と居るの?何処に居るの?

掌、煙草、鎖。
満たされる、安らぐ、潤う。

あたしをぶって。強く。激しく。
煙草を押付けて。もっと。沢山。
あたしを繫ぎ止めて。ずっと。此処に。

あたしは今、貴方を想い、濡れてるわ。
是からも、あたしは独り、貴方を想い濡れるでしょう。



城所洋 批評2/印象 2004年05月11日(火)22時50分56秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

【滝 夏海/脱出】
 う〜ん、こういった話は大好きです。これをもっと突き詰めて、こういう事態になった経緯とかも考えれば、そのまま一本書けてしまいそうですね(てかむしろ書きたい・・・笑)
 中でも気に入ったのが梨乃の台詞の一部、「運命共同体」
 あ〜、アカンです、こういった台詞にはイチコロですたい!素晴らしいアクセントだったです
 この作品はもう、直球ど真ん中ストライク空振り三振な感じでした
 ただ、肝心の絵のシーンが何だかこじ付けっぽくなってしまったのは残念です(全く人の事を言えないが・・・)

【加賀 麻東加/もしも羽が生えたなら】
 この作品は、正直、先週の授業まではさらりと読み流し、その後は気にも留めていませんでした。しかしながら、授業の時に声に出して読んでもらった時、初めてこの作品の魅力に気づきました。
 まず、テンポがいい。言葉に無駄が感じられない。それでいて、不思議と物足りなさもあまり感じない。
 若干印象が薄いように思えましたが、これ以上何かを足すと、逆に蛇足になってしまうように感じて、ますます、この作品の、清々しくて、えもいわれぬ言葉のやさしさの中にも、どこかきりっとした締りと潔さを感じました。
 いや、この作品は奇妙な刺激をじんわりと与えてきますね。とても勉強になりました。

【越智 美帆子/夢】
 いや、この作品は完成度が素晴らしく高い。予備知識も豊富で、雰囲気的にも、大人チックな感じでとても素敵でした。
 ただ、難点がいくつかあったように思えました。
 まず一つに、男が薬を手に入れてから〜禁断症状までの展開が、ものすごく早く感じました。それまでも結構早めな感じがしたのに、そこでさらに高速回転して引き離されてしまい、展開の変化についていけなくなってしまいました。作品自体の短さ故でもあると思うのですが、ここだけ端折った感があったので、ちょっと勿体無い、と感じました。
 もう一つ。話の結末に意外性がない、と、正直感じました。いわゆる、どこかで聞いた事があるような、月並みな感じです。しかしながら、だからこそ、この短さでここまで描く事ができたんだな、という反面もあると思います。それが完成度の高さを感じさせる所以かもしれませんね。
 ですが、この作品も、かなりいい刺激になりました。この短さでしっかりと起承転結が感じられるのは、凄いと思いました。これまた、いい勉強になりました。

 総じてですが、今回は、ずばりそのまま、印象で決めました。(勿論、独断と偏見で)
 つまり自分に何らかの刺激を与えたもの。良し悪しありますが、それもまた自分の作品に反映できたらいいな、と思いました。(めっさ私利私欲・・・!)

圓山絵美奈 批評2/新鮮な印象を受けたもの 2004年05月11日(火)18時45分21秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

「城所洋/彼女が繋がれた日」
授業では年齢設定が思っていた印象より若いとか、会話の言葉など、細かい指摘が
けっこうありましたが、そういうのを抜きにしてこの物語の世界観が好きです。
自由を欲しがって、自由さえあれば何もかもうまくいくように思う時期って誰でも
一度はあるんじゃないかなと思います。でも繋がれている事で助けられてる事も
かならずある。そういう城所さんの考えが作品としてうまく世界ができてる気がします。自由を手に入れてそこでハッピーエンドの話が結構多いと思うので、少し新鮮
なかんじもしました。

「露木悠太/SWEETARTMUSEUM」
結構あの絵の女の子の主観で書いている作品が多い中、あれを最初から絵として
作品にしている所がおもしろかったです。私はなぜかあの絵を見て文章を読んだときに、一番しっくりがくるのが露木さんの作品でした。あの絵をきっかけにして
男女の仲、関係が少し変わっていくお話ですが、私もやっぱり絵にしろ小説、映画
にしても、いい作品っていうのはそれを見る前の自分と少し違う自分、疑問に思ったり
考え方が少し変わったりできる事なんじゃないかと思います。ただ見て何も感じなかったり、特に影響がないものはその時間がもったいない気がします。

「瓜屋香織/還る」
瓜屋さんの作品はほんと私にとって毎回共感できるような言葉が一つは入っています。皆やっぱりあの絵の特徴である「翼」「自由」「階段」などを作品に使っている気がしますが、瓜屋さんはそういう言葉を使っていない。でも、あの絵と文章に違和感はないし、心に響くものがあると思います。ちなみにタイトルの「還る」という漢字を選んだのはなんでだろうと思って、調べてみたら限定的なものにかえる時に使う漢字
らしいです。それを知った時、まさにこの作品のタイトルにふさわしいと思いました。
瓜屋さんは、やっぱりそういうのも調べてこのタイトル、漢字にしたんですか?




五十嵐 舞 批評2/やはりl・・・・これかな 2004年05月11日(火)15時16分24秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

悩みになやんで決めた3作品です

【土橋明奈/水の呼び声】
 この作品の雰囲気が好きですね・・・対称的な言葉を取り入れていてところがいいなと思いました。最後のオチの言葉が私の中ではクスッと笑える感じでよかったです。朗読ぢたら雰囲気がでていいのかもしれません。


【滝 夏海/脱出】
 滝さんの作品が好きみたいです。絵として作品を作った露木君のアイデアもいいと思いましたが、この人はRPGまたはゲームのダンジョンの一場面として作品を作るとは目からウロコですね!!なんかこのような設定というかネタをどっかで見たような読んだようなと思って記憶の中からピックアップしていると一つ思い出したのは電撃文庫系だったかな高畑京一郎「クリスクロス」もこのような設定だったのではなかろうか・・・ただあれでは一応現実世界みたいなのには戻ってくるのだけで違和感があってまだゲームの続きなのではという疑いですがこれは正真正銘、ゲームのなかというか閉じ込められた世界ですよね??それしてもこの二人の凸凹な性格が暗い設定なのに妙に前向きな感じが受けるのは私だけでしょうか。作品としてももうちょっと肉付けが必要かもしれませんが大変読み応えのある作品でした。


【越智美帆子/夢】
 大作が出てきましたね・・・この文章量でここまで書ききってしまうの越智さん力に感服しますし、実際面白かったです。越智さんのはミステリーって感じですね。今回の素材はネットと夢で、妙にこの作品の世界にリアル感を与えるのがGoogleとか書き込みとかで、実際にこの世界にあるものをうまく使っているな〜〜とか感じました。
越智さんを見習いたいです・・長い文章を書く根性が自分にもほしいと思います。では

越智美帆子 批評改題2/意味深 2004年05月10日(月)23時33分50秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

私はこの三つを選びました。

1、【瓜屋香織/還る】
辛辣なところが瓜屋さん独特で、それがまた癖になりそうです。
こっちとあっちの世界があって、こっちには「わたし」のような人を好きになってくれる人がいて、あっちには「わたし」だけを好きになってくれる人がいる。こっちの人に、ありがとうは言うけれど、そのすぐ後で「あなたじゃ、なんの意味もない」と。これは例えば「あなたじゃダメなの」というより数倍きつい。意味がないということは、その相手の自分に対する気持ちが「わたし」の中では無意味、無いと等価値なものなのだから、相手は自分の気持ちを否定されるどころか、その存在を無視されたと思うくらいショックでしょう。しかし、それが詩の中で光っている。言ってしまえば、「誰でもいいなんて図々しいんだよ、誰に告ってんだよ、てめぇにわたしなんかもったいない」とでも言われているようです。すっきりします。でもこの詩はきっとそういうことが言いたいのではなくて、誰か特別な人の幸せを願いたい女の子の純粋な気持ちを素直に表しているのだと思います。
「わたし」は、「還る」という字からも読み取れるように、本来あるべき気持ちのところに還るのでしょう。
ひらがなと漢字の微妙な使い方が秀逸だと思いました。

2、【野島 明菜/人はいつか死ぬ】
短い詩なのに、とても心惹かれました。
故郷を、わざとあまり使わない古里のほうで「古さと」にしているところに違和感を感じ、それがこの詩のさらなる魅力になっていると思います。
絵の彼女は、死んでしまっているが、ここで言う「古さと」に帰りたいと願っている。しかし死んでしまっているから、何の感情もなく、ただ空虚に帰りたい帰りたいという本能だけを呟いている。死者の、死んではいるけど思考を持つ者の願いを、淡々をした短い詩で書き表したのは見事だと思います。
ただ、題名が直截的すぎるところが気になりました。

3、【五十嵐 舞/【侵】】
人間の天の邪鬼気質を上手に表していると思います。束縛が嫌だったから自由を求めて飛び立ったのに、結局は束縛が恋しくなってそれにずぶずぶと浸かることを求めてしまう。束縛には、規則、愛情、友情、その他にもいろいろあると思いますが、結局はある程度の束縛がないと不安になってしまうのが人間というものです。
「私」は不安になったのではないかもしれないですが、結局、遠回りして求めていたものに気づきます。
しかし、足先を浸すのと、深く潜っていくのとは随分違います。潜っていったときに、「私」はまた自由が恋しくなりそうですが……。

三つを選ぶのに随分苦労しました。どの作品もとてもよく書かれていて、ただ一言「すごいなぁ…」と思いました。
この三つに限らずどの作品にも言えることだと思いますが、少し安直すぎて面白みに欠ける表現がもったいないと感じました。率直な言葉が良しとされるときもあるとは思いますが、せっかく良いアイデアや言葉を持っているのだから、文章の流れやリズムなどを考えて、完成させる前に少し自分とは離れた目で見てみるのもいいかもしれません。
ときには、意味深な言葉を用いてみるのも手だと思います。


稲葉祐子 批評2/レゴブロック 2004年05月10日(月)17時02分16秒
▼課題と連絡:批評課題2/「空からの回帰」とのコラボレ作品の選評 への応答

一位:Dive into the sky(千田由香莉)
最後の一行に魅了されたのが理由です。
「この世界で生きていくのに必要なのは羽じゃなく 免許証。」という言葉で、それまでの浮遊感が一気に無くなり、急速に現実が現れてくる。それがすごく印象的でした。
こういうことは私も考えたことがあります。
それから、
「何処へ行くというのやら」「何があるというのやら」
という二つの対の言葉。投げやりな感じがあって、絶望的で、少女の表情とすごくマッチしていると思いました。
気になるのは、どうして少女に必要なものを「免許証」としたのか、ということです。何か含む意味があったのでしょうか。そこが知りたいです。

二位:空はもう充分(児玉武彦)
言葉には、描写する力と、雰囲気を作る力がある、と思っています。児玉君の作品は、後者で、絵をあえて描写しないことで、絵が持つ雰囲気を出したものだと思います。
空と水を表す比喩が新しい感じがしました。
「中心都市」「帰る場所」、「土」「未だ醒めない甘いモラトリアム」
考えてみればそうだなぁ、と。
正直に言うと、最初読んだときは意味がわからなくて、何回も読み直しました。
読んでダイレクトに意味が伝わらないところが、面白いです。
読むたびに違う詩になっていくようで、すごく味がある。
どうして空と水をこう描写したのかが気になります。何から発想を得て書いたのか。
特に「甘いモラトリアム」という言葉の意味を聞いてみたいです。

三位:I'm home just now(菊池佳奈子)
すべてが少女の言葉で構成されているせいか、素直に絵を思い浮かべられました。
翼が自分のものじゃなくて、姉のもの、という設定が、らしい、というか、似つかわしいというか、絵の中の少女にぴったりの設定のような気がしました。
パパとママという言葉も、幼くて、弱々しい印象で、菊池さんが思う少女像をうまく表現したんだなぁ、と思いました。
話し言葉なのに、状況がきちんと説明されているところが(しかも説明くさくなく)、すごいと思います。ごめんね、ごめんね、という繰り返しもまるで聞こえてきそうなくらい生々しくて。
「パパとママの水の中の守られている 私の居場所」というところがどんな場所なのか、それが気になりました。

この三つの詩に共通しているのは、こうも読めるし、ああも読めるし、という多角的な読み方ができる、というところです。私はそういう言葉を読むと、レゴブロックを思い出します。自由に解体できて、また組み立てられるもの。
読み手として、読んだ後も、言葉を何回も組み立てたり壊したりできるのはとても面白いです。

吉見幸子 作品1/あしたは 2004年05月09日(日)00時29分36秒

あしたになったら
アシタになったらサヨウナラいおう
あしたになったら
アシタになったらエガオであおう
あしたになったら
アシタになったらボクのことワスレチャウ
あしたになったら
アシタになったらナクのはやめよう
あしたになったら
アシタになったらチャクメロかえよう
あしたになったら
もうケイタイきにしない

らいしゅうになったら
ライシュウになったらコンバンハとあいましょう
らいしゅうになったら
ライシュウになったらエガオであおう

あしたになったらさようならいおう
ライシュウになったらエガオであおう
らいしゅうになったらえがおであおう
そのためのギリギリラインがアシタなだけ

オウエンできるギリギリラインがアシタなだけ

松本紗綾 作品3/レスター 2004年05月08日(土)18時31分47秒

答えを教えてよ。
君が問題出したんだ。
答えを教えてくれないなんて
ずるいじゃないか。

一生懸命考えたよ。
本でも調べた。
でも、載ってなかったんだ。
どこにも。

仲間達にも聞いた。
たくさんの大人にも聞いたよ。
でも、みんな教えてくれないんだ。
教えてくれなかった。

ねぇ、答えは何?

`ツヨイってなぁんだ´

城所洋 作品2/泡沫の温もり 2004年05月06日(木)23時35分01秒

君と僕との関係は
まるでティーセットのようだと
最近 ふと、そう思うようになったんだ
君がカップで 僕は受け皿
ほら、僕はよく君に敷かれてたから
すると、差し詰め中身の紅茶は
君との生活なのだろう

普段はちょっとほろ苦くて
杯を交わす度に
シロップのように甘くなって
口喧嘩の度に
レモンのように酸っぱくなって
体を重ねる度に
ミルクのように滑らかになった

僕は君との関係に満足していたし
君と僕とは二つで一つだと
そう 思っていた

何でそうなったのか分からない
でも知らず知らずのうちに
僕達の紅茶は すっかり
冷めてしまっていたんだ

冷めた紅茶は君には似合わなくて
君は、僕の元から離れていった
僕は必死になって
君との生活を引き留めようとしたんだ
でも僕には無理だった
カップを失った紅茶は
小さな僕では、受け切る事は出来なかったんだ

可笑しいよね
本質的には 僕は紅茶を受ける入れ物なのに
僕一人では 単なる小皿でしかなかったんだ

・・・あれから、もう一年か
君は、一人でやっていけてるだろうか
君の事だ きっと大丈夫だろう
僕は、というと
未だに僕を敷いてくれる人を探していて
でも 今は、醤油とワサビを上にのっけている

稲葉祐子 課題2A/混沌キッチン 2004年05月06日(木)19時55分58秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】

地球は見えない串に刺されたタマゴのようなものなんだよ、と教えてくれたのは、中学時代の担任だった。
ビックバンや大氷河期やマンモスの生態なんかにとても詳しくて、僕ら生徒には決まってこう言った。
「人間は君臨者のような顔をして地球に住んでいるけれど、地球から見たら僕らは細菌、いやウイルスのようなものなのだ。」
「推測するしかないくらい大昔には、僕らの想像力をもをはるかに超えた事が起こっていたんだよ。」
「常識や真実なんて、頭蓋骨の中の小さな脳みそが決めているだけのことなんだから、過信しすぎちゃいけない。僕らの常識が通用するのは今の、この世界でのみなんだから。」
当時の僕はとても純粋で、先生の話は全部本当だ、と信じきっていた。地球を割る、と言って、スプーンで地面を叩いてみたこともある。
それも昔の話だ。
僕は月日が経つにつれて地球がタマゴではないこと、想像できないようなことが起こる場合や、常識が通用しない場合なんて滅多に無いこと、を学び、大人になった。
そう、僕は大人なのだ。

そこでハッと目が覚めた。
夢だったのか。・・あれ、いま僕はいくつだったっけ。
追憶に近い夢を見ることなど、ここ最近滅多に無かったので、混乱していた。
今はおそらく真夜中なのだろう。シーンと音がしそうなくらい静かで、ベッドサイドの窓から月が見える。
ふらふらと窓を開けて、夜の空気を吸うと、混乱してくわんくわんしていた頭が、やっと少し鎮まった。
風に舞う羽毛のように、ひとつずつ、自分のアイデンティティが頭の中に舞いおちてくる。
僕は男である。
僕は都内に住んでいる。
僕は炭酸飲料が好きである。
僕は・・・
不思議なことに自分の顔と、年齢だけはどうしても思い出せなかった。
触ってみれば分かるかと思って、自分で自分の体のを触診してみたが、大きいような、小さいような、長いような、短いような、どうもハッキリしないのだ。
まだ混乱が続いているのだろうか。
「水でも飲むか。」
ため息混じりに声を出して、立ち上がると、何か蹴った感触が、つま先にあった。

拾ってみると、見たことも無い、おかしな目覚まし時計だった。
3時の位置に針があるのに、指しているのは「8」と「9」。
つまり、数字の並びがばらばらなのだ。
おまけに横にゼンマイが突き出ている。
こんなもの拾った覚えはないし、第一時計であるかも疑わしいのに、僕はその目覚ましらしきもののねじを好奇心から巻いてみた。
きりきりきりきりきり
「チッチキチー!」
おかしな音を立てて時計が動き出した。
と同時に僕の周りの空間が歪みはじめた。
「え、」
驚く暇もない一瞬の間に、空間は粒子ほどの大きさに一度解体され、また再構成した。
目覚ましもどきが下に落ちた。
ガシャンという音がすると同時に、僕はどこかの家のキッチンに立っていたのである。
僕が唖然としている間に、目覚ましもどきはやかましく鳴りながら、どこかに転がっていってしまった。

それはとても静かな、そこはかとなく青い、底冷えのするキッチンだった。キッチンらしきものは何も無かったが、なぜかキッチンだと確信できた。
そのうちに、どこからか、少女の鼻唄のような声が漂ってきた。その声が懐かしいような、親しいような響きを持っていたので、声のする方向に行ってみると、少し開いたドアの向こうで見知らぬ少女がタマゴをゆでていた。

ドアを開けて、そちらの部屋に入ると、今まで僕が立っていた部屋は、くわんと音を立てて、花が萎むようにして消えてしまった。
「これはゆめだ。」
ものの形が定まらないのは夢だからだ。
「そう夢よ。忘れて。」
夢にしてはしっかりとした口調で、少女はそう答えた。そして、僕の頭ほどもある大きさのサラダボウルに、ゆでタマゴを次々と乗せてゆく。
「地球ってのはね、見えない串に刺されたタマゴみたいなものなんだよ。」
独り言のように少女はそう言って、僕の前に山盛りのゆでタマゴを置いた。
気づかぬうちに、ダイニングテーブルが現れていて、僕はそこに座っていたのだ。
僕は何も答えられなかった。混乱を通り越して、何も考えられなかった。
「と、教えてくれたのは、中学時代の担任だった、でしょ。」
少女がいたずらっぽく歯を見せた。
僕でもないのに何故それを知っている?彼女は。
疑問を口にしようとすると、少女はそれを遮るように
「さ、食べて。」
と言った。すると、僕の右手に塩の瓶が現れた。

タマゴはおそらく三十個、いやそれ以上はあっただろう。どれもつやつやと清潔そうに光っている。
「え、こ、こんなにたべられないよ。」
やっと言葉を発すると、少女は僕の手のひらにタマゴを載せた。
手のひらに乗った途端に、それはタマゴの輪郭を崩し、見る間に一枚の羽毛になった。
「あの、これはどういう・・?」
「別に魔法じゃないのよ。夢なんだから何でも有り、で当然でしょ。」
右頬が柔らかいものに触れた。振り返ると、大きな翼が壁に現れていた。
少女が後から後からゆでタマゴを持ってくる。ダイニングテーブルは、サラダボウルが追加されるたびに、みゅん、みゅん、と伸びていった。
「まってくれよ、どうすればいいんだ」
叫ぶと、声の衝撃でタマゴが連鎖的に一個ずつ弾けていった。弾けた後のタマゴは羽毛に変わって、次々と舞っては落ちる。そして、落ちた傍から消えてゆく。
いったいここはどこなんだ?
僕はいつの間にか、繰り返しそう叫んでいた。

視界を遮断していた羽毛がすっかり地に落ちて消えると、ダイニングテーブルやサラダボウルは跡形も無くなっていた。
僕は、翼を抱いて、少女と向き合って立っていた。
「ここはどこなんだ?」
ぽそっと、尋ねると、少女は僕の額の辺りを見つめて言った。
「そこよ。」
そうして、手に持っていたらしい二枚の羽毛を僕に手渡した。
「返してあげるわ。」
そして、キッチンの床板を一枚、剥がした。そこはぽっかりと空いた穴で、階段がどこまでも続いていた。
「この下は深層よ。あなたは知らないほうがいいわ。」
びちゃ、という感触で下を向くと、穴から水が溢れていた。
少女は、そのまま水に入り、階段に足を踏み入れた。
そして、思い出したように、言った。
「記憶はきちんと元の場所へ返しておいてね。」
記憶?
ざざー、と水の音が聞こえる。
手にはもう何も持っていなかった。

そこでハッと目が覚めた。
リアルな夢だったので、また混乱してしまっていた。
喉が渇いたので、洗面所で水を飲んだら、鏡に自分の顔が映っていた。
あぁ、そうだ、こんな顔してたんだ。
思った途端、ざざーと、水の音がしたような気がして、頭を振った。
もうじき、僕は二十一才になる。



前のものとは180度変わってしまったのですが、申し訳ないです。
考え抜いた挙句、キッチンという舞台だけをそのままに、翼と少女をあえて切り離して書きました。
批評は、こちらのAにしてくださると、うれしいです。

瓜屋 香織 課題3/還る 2004年05月05日(水)23時55分24秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】

ひきとめてくれてありがとう。
好きになってくれてありがとう。
でも、あなたじゃなんの意味もない。
この世界に
わたしみたいな誰かならいっぱいいるような気がするもの。
わたしじゃなくていいんだもの。
たくさんのひとのしあわせを願うより誰か一人のしあわせを願いたいの。
あっちでは
わたしじゃなきゃ駄目だという人が待っている気がして。
わたしがいってあげないとその人は 永遠にわたしにあえないから
だから。
ほんとにかえりたかったところにわたしは還る

越智美帆子 課題3/夢 2004年05月05日(水)21時00分50秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】
 ここ数日、男は悪い夢を見続けていた。しかし悪い夢と言っても、その内容は全くと言っていいほど覚えていない。ただ、悪い夢だった、ということが目覚めてからのひどい倦怠感とベッドに張りつくように重い体の様子でわかるだけだった。
 その倦怠感は日増しにひどくなり、ついには、起きているときでもまるで夢の中にいるような、自分の視界が自分から少し遠いところにあるような、そんな気持ちの悪さを感じるようになった。
 しかし夢見が悪いからと言って、病院に行くのも馬鹿らしかった。
 病院にも行かず、男はただ仕事をこなし、体のだるさをあまり気にしないように生活していた。
 一ヶ月が過ぎたころ、男は鏡の中の自分を見て、このままではいけない、とようやく何らかの対処法を考えなければと思いたった。
 寝つきが悪いわけでもないし、一日八時間は眠れているし、寝起きも倦怠感さえなければ悪くはない。悪い夢を見るのは、何か心の中で押し殺している欲求なり悩みなりがあって、それの表れかもしれない。しかし、男にはこれと言って大きな悩みもなかったし、些細な悩みこそあるものの、それが夢の原因になっているとは思えなかった。
 やはり気にしすぎかもしれない。男はそう思い、景気づけに近所にあるいきつけのバーで一杯やろうと思いたち出かけた。
 その店は、男の家から歩いて十分ほどのところにあり、繁華街から少し離れて住宅街に入ったくらいのところに店をかまえていた。
「最近夢見が悪いんです」
「どんな夢を見るんです?」
 その店は四十くらい、男より少し年上のマスターが一人でやっていて、彼の人柄もカクテルの味も、男はなかなか気に入っていた。
「それが夢の内容は覚えていないんですよ」
 男はジンのロックを注文し、それを少しずつ舐めながらマスターに話をした。
「夢を覚えていないのに、なぜそれが悪い夢だとわかるんです?」
「起きたとき、体にひどい倦怠感が残っているんですよ。それに、だんだんひどくなる。かれこれ、今日でもう一ヶ月になります」
「そうですか……。前にも同じようなことを言われるお客さんがいたんですよ。でも、その方は、なんだかいいお薬を見つけたとかで、だんだん体調が良くなられたみたいです」
 男は驚いて言った。
「その薬はどこで手に入れられたんでしょうか?」
「さあ、そこまでは」
「その人に連絡とれないでしょうか」
「それが、その方は最近店にいらしてなくて」
「そうですか……」
 男はがっかりしたが、それでも夢見の悪さに効く薬があるという情報を得ただけでもかなりの収穫だった。それに、薬があるということは、案外夢見の悪さに悩んでいる人間は多いのかもしれない。
 男は家に帰ると、何らかの情報があるかもしれないと思い、それをインターネットで探すためにパソコンの電源を入れた。
 Googleの頁を呼び出して、思いつく限り夢に関する言葉を次々と打ち込んでは検索していった。
 かなりの検索結果が表示された中に、夢についてのホームページを見つけた。そこに入り、男は夢見の悪さについて書かれていないかどうかを調べていった。
 しかし、そこにはフロイトの夢に関する深層心理について、ホームページの管理人の考察も含めて書かれているばかりで、肝心の男が知りたいことは何一つ書かれていなかった。
 男は諦め半分にその中にある掲示板の部屋に入った。とりとめのないあいさつや社交辞令ばかりが書き込まれているばかりだ。適当に流れていく書き込みを眺めていた。
「あ!」 
 書き込みの一つに、夢見の悪さについて書かれているものを見つけ、思わず男は声を上げた。
『悪い夢を続けて見る人が増えてるらしい。でも、それに効く薬があるんだって。どんな成分でどこにあるとかは、いくら調べてもわからないけど、それを飲んだら碓実に治るらしいよ。』
 男は自分だけではなかった、と思わず嬉しくなった。しかし、薬のことについて知りたかったのに、それがわからないとなるとどうしようもない。男は書き込みに表示されていたメールアドレスに、薬についての情報があれは何でもいいから教えてくれ、とメールを出した。
 その夜、男はまた夢を見ていた。夢の中で、起きても絶対に忘れない、といつも思うのだが、その思いも虚しくいつも目覚める直前になると、まるでリセットされてしまうように夢の内容を綺麗さっぱり忘れ去ってしまった。
 朝、男はやはりひどい倦怠感と、今までにはなかった頭痛と共に目覚めた。疲れが体に蓄積されていっているようだった。
 ぼんやりしたまま会社へ出勤し仕事をこなし、さらに疲れ果てて帰宅した男は、早速パソコンを立ち上げてメールが受信されていないか確認した。
 カンっという響かない鐘のような受信音で、何通かメールが届いた。その中に昨日出したメールの返信を見つけると、すぐさま開いた。
『私は人づてに聞いただけだから、本当に詳しいことはわからないんです。でもその人の話によると、○○○町にあるバーで聞けばわかるって言ってました。』
○○○町とは、ちょうど男が住んでいる町だった。薬なら普通は病院だろうと不思議に思ったが、男は行きつけのバーへと早速足を運んだ。
「―――という話をネットで聞いたんですよ」
 男はマスターに、ネットで得た薬についての話をした。
「……そうですか。その話は、あまり他言してはいけないことなんですよ。でも、聞いてしまったならお教えしないといけませんね」
 マスターは神妙な面持ちでそう言うと、一枚のメモに何かを書いて男に渡した。
「その店に行って、『ペルノーもアブサンも飲みたくない』と言ってください。そうしたら、その店のバーテンダーが薬を渡してくれるはずです」
 男はマスターに礼を言い、メモに書かれた店へと急いだ。
 その店も同じ町内にあり、繁華街の裏通りにある比較的大きなビルとビルの間に挟まれてあった。その小さなコンクリートの打ちぱなしの建物に、古い深緑のドアがついており、真鍮のとってを握ると手の先が一気に冷えた。
「いらっしゃい」
 店に入ると、カウンターの中で一人のバーテンダーが氷を砕いていた。男はバーテンダーが女だったことに少しだけ驚いたが、何食わぬ顔でカウンターに座った。
「このお店は初めてですか」
「ええ……」
 男は、早速教えられた言葉を言おうか考えていた。しかしその前に一杯何か飲んでみるのもいいかもしれない。新しい店がどんなカクテルを出すのか試してみたかったのだ。それに、女のバーテンダーがどのくらいの腕を持っているかということも気になった。
「何にいたしますか?」
「じゃあマティーニで」
 男は女がカクテルをつくる様子を眺めていた。目の前に置かれたショートグラスにオリーブが一つ転がり、そこに透明の液体が注がれた。注がれる螺旋の水柱が、薄暗い店の光を集めて静かに輝いていた。
 実際、男はマティーニの味などにうるさくはなかったのだが、一口含んだ瞬間にうまいと感じた。
 マティーニを飲み終わると、男は意を決し言った。
「あの、ペルノーもアブサンも飲みたくない、のですが……」
 ウイスキーのボトルを手に取って丁寧に拭いていた女は、男のほうをじっと見た。
「……わかりました」
 女はそう言うと、カウンターの奥へ行ってしまった。
 しばらくして、女は手のひらに収まるくらいの瓶を持って戻ってきた。
「これが薬です。寝る前に一気に飲み干してください」
 男はそれを受け取り、店を後にした。
 薬の効果は絶大だった。飲んだその日は夢すら見ないで熟睡し、目覚めも快適だった。しかしそんな日が一週間続いたと思ったら、その次の日から男はまた夢見の悪さに悩まされるようになった。しかも今度は前よりもひどく、会社へ行っても全く仕事に身が入らず、それどころか幻覚や幻聴までも起こりはじめた。
 男はまたあの店に行き、薬が欲しいと女バーテンダーに頼んだ。女はまたすぐにあの薬を持ってくると、男に渡した。
 今度は三日しかもたなかった。四日目、男はひどい吐き気と共に目覚めた。そして目覚めて一分も経たないうちに、周りには誰もいないのに、絶えまなく小さな囁き声が聞こえてきた。耳を塞いでもその声は消えず、男はとうとう会社を休み、即刻店に飛び込んだ。
「あの薬を出してくれ!」
「お出ししてもいいですが、次は何日持つかどうか……」
「じゃあどうしたらいいんだ」
 女は少し考えこむように目を伏せた。
「あの薬はこの店の地下にあるんです。元は地下二階があったんですが、その下に水源があったらしくて、いつのまにか水が地下一回まで上がってきてしまった。そのとき、地下二階にあったものが水に沈んだことで溶け出して、薬が出来たんです。だから、その薬の元になっているものを直接体に取り入れたら、もしかすると治るかもしれない」
 男に迷う余裕などなかった。女の話終わらないうちに、男は店の奥にあるドアを乱暴に開けて駆け込んだ。
 ドアの奥には細い廊下があり、その先には三つのドアがあった。男はそれを乱暴に一つずつ開けていった。一つは物置で、一つはソファをテーブルが置いてある部屋だった。残りの一番奥にあるドアを蹴飛ばして開けると、下に続く階段があり、男はそれを降りていった。
 階段を降りると、部屋のまん中に、下に続くと思われる階段があり、そこから水が足許にまで溢れ出していた。男は服を脱ぎ捨てると水が張った下へと続く階段に向かって飛び込んだ。
 中は、どこからか光が差し込んでいるのか、妙に明るかった。男は水の中を階段に沿って進んでいった。
 それにしても長い階段だった。男は不思議に思ったが、それでも彼にはそこで考え込む余裕などなかった。途中で息が続かなくなることが心配だったが、多少潜水には自信があったので、男はどんどん下へ潜っていった。
 階段が途切れ、広い空間に出た。そして、男は階段やここが妙に明るかった理由を知った。
 昔部屋だったそこに、ぼんやりと光る巨大な塊が浮いていた。塊は、八畳はあると思われる部屋のほとんどの空間を占領している。よく見ると、それは何人もの人間らしきものがくっつき合ってできたものだった。人間が不自然な形でくっつき合い、それは苔のようなものでほとんど覆われて鈍い光を発していた。男は恐怖と驚きのあまり息を吐き出してしまいそうになったが、何とか押しとどめて、すぐさま来た道を戻ろうとした。
 しかしその瞬間、男は自分を悩ませていた夢の内容を全て思い出した。夢の中で男は今しているのと同じように、地下へと潜水していく。そこで光の塊を見つけ、飲み込まれてしまうのだ。
 警戒するには少し遅かった。夢と同じく、あっという間に男は光の塊に吸い寄せられ、そのまま取り込まれてしまった。叫ぶ間もなく男は水を大量に飲み込んだ。幸い、薬効のある水のおかげで、男は苦しまずに事切れた。
 そのころ、女バーテンダーはカウンターに腰かけ、一人ジンを煽っていた。
「演技するのも疲れるのよね……」
 女はそう呟くと、今月店にやってきて相言葉を彼女に向かって呟いた人間の数を思い起こした。
「流行ってんのかしらね」
 女はまた一人言を呟き、そして今しがた手に入れた、瓶に入った水を一気に飲み干した。彼女もまた、水を欠かすことのできない人間の一人だったが、なぜ地下の水に沈むあの塊が水に溶け出すと薬効を発揮するのかは知らなかったし、夢見の悪い人間がこうもたくさんいるということの理由も知らなかった。ただ、塊に与えるエサ、つまり人間が不足すると薬の効き目も弱くなるので、コンスタントにエサを与える必要があった。そのため、彼女は夢に関するホームページの掲示板に、なるべく時間を開けて薬のことを書き込み、それを見て反応した人間にこの店へ辿り着けるようヒントを与えるのだ。そうやって薬を求めてやってくる人間をエサとして与え、水の効き目をなくならないようにし続けるのであった。
 しかし、彼女も自分が毎日見続けている夢の内容は知らなかった。彼女が見ている夢も男が見ていた夢と同じく、最期は光の塊に飲みこまれてしまうという内容のものだった。それが正夢となるかはまだわからないが、彼女は少し、自分の安全を過信しすぎだと思うのだが………。

五十嵐 舞 作品3/信 2004年05月05日(水)18時36分40秒

僕の心は君へと届かなかった
あの日僕は 日暮れまで送り返された自分の手紙を見つめたまま
土手の草むらの中でしゃがみこんでいた
そう 君が僕の生きる世界から出ていったのだ 一言も残さずに
*立つ鳥は跡を濁さず*ということわざの通り 君は僕の前から 消えていった
たとえようもない寂寥感が僕の胸にじわじわ広がりやがては包み込んでいった
僕は君にとって どうでもいい存在だったのだろうか 
いや違うのだろう 解ってくれると思ったのだろう 君は
でも一言 僕は欲しかった どんな言葉でも 
未練がましいのは僕に残された時間が少ないからかもしれない 
この時期になって実感するものだと自分がその身になって初めて気がついた
君に告げずにいた 僕の気持ち
もう会って いえることもない言葉 
それをしたため送ったあられもない僕の真実を描いていた
そんなことはどうでもいいのかもしれない
ただ僕はもう一度君に告げたかった 
君と共有できた時間はとても幸せだったという意味を込めた
「ありがとう」という言葉 

その言葉にありったけの想いを込めて 君に送りたい
ありがとう と

この言葉で締めくくられた手紙が私の処に届いたのが
あの人が亡くなって五年後のことだった
あの人は親戚たち宛てたものや
死亡通知などの事務的感じの強いものを綴った手紙のほかに 
私にあてた手紙があったのだそうだ
しかし あの人のもとから離れた後の私は 夢を求め
転々と世界中を渡り歩いていたので
なかなかこの手紙が私のもとへ届けられなかったのだ と
手紙を預かり私に届けてくれた知人が
すまなそうにつぶやいたのを私は半ば茫然としながら聞いていたのだった

そしてひとりきっりになった夜
私はあの人が私に綴った想いがこもった言葉をひとつも残さず
噛み砕いて飲み込もうとした しかし
けれど 嗚咽とともに
眼から大量の雫たちが零れ落ち  出来やしなかった
小刻みに震えた文字で書きなぐってあった
最後に締めくくられた言葉を見たとき
私は 慟哭した

   ホントは君に旅立つ前届きに読んで欲しかった手紙を書き直したものなんだ
   あれから また気持ちを整理しながら
僕の死は君にとって人生の通過点にすぎないし、気にしないでほしい
   僕は君に告げずにいたことできみを悲しませることになってしまったら
   すまないと思う
君が死ぬ時に僕を思い出してくれると幸いだね
たぶん この手紙が届くのは僕が死んでから 相当たっているに違いない
僕の遺産などの事務的手続きは弁護士に頼むけど 
君の手紙は知人に弁護士を通じて届くようにしてもらうつもりだから
君に僕のことで煩わせたくなかった
夢を追い求める人生を力強く歩んでいる君の邪魔にはなりたくなかった
この手紙が届くころには君の夢も軌道にのるに違いない
そんなときに これが届くといいな
最期に君に餞の言葉を送りたい
僕はいつまでも君を見守っているよ
たとえ君ひとりになっても僕は君の味方だ
君が信じる道を進むがいい
それが君の人生なのだから
長くなってしまったね 本当の最期に 君に告げよう
そしてこんな僕とひと時を過ごしてくれた君
短い時間だったけど とても幸せだったよ

その言葉にありったけの想いを込めて 君に送りたい
ありがとう とそして
我愛你 君は僕のすべてだった
              10月30日 

詳細をあの人を良く知る人に尋ねられるまで私の心が回復したのは数年の月日費やした
私の手紙に書きなぐられた日付は・・・あの人が亡くなる前の日だったそうだ


私はあのひとから届いた手紙を今でも大切にしまっている
あれからどのくらい月日が過ぎたのだろうか 
孫が成人し 私が海外に行くたび心配しついてくる
私はただ苦笑するしかなかった
私は楽しみしているというのに
いつあの人が迎えて来てくれるかと 
先に亡くなった私を愛してくれた夫ではなく
才能惜しまれながら 夭折したあの人が・・・

ふと 穏やかに吹く若葉色のそよ風が春の日差しがふりそそぐ庭に目をむけると
誰かが 佇んでいる 老いて視界が悪くなった眼を必死にこらすと
それは あの人だった 
私が好きだったあの人の照れが覗く優しい笑顔を浮かべ 私を見つめていた
私は待ちきれなくて 
あの人が待つ庭のほうへ 駆け出していった
あの人は私が抱きつくと嬉しそうに満面の笑みを浮かべ
やっと会えたねというようにギュッと抱きしめると私の手を握り締めたまま
いこうと目配せし 私もいくと頷くと
庭から外へと歩きだした
誰かが私を必死に呼ぶ声がする 気になって立ち止まると
するとあの人はどうすると 問うような表情を浮かべ私の返事を待った
私はもう充分過ぎるぐらい生きたわとあの人にいうと
ふわり微笑むと お別れをしておいでという表情を滲ませ
あの人は私の手を引き家の中に連れていくと
そこには布団に寝かせられた自分がいて
部屋には息子や娘、孫たちが勢ぞろいしていた
あの人が私に眼閉じるように促し言われるまま閉じると 
今度は開いてごらんと耳元で優しく響くあの人の声 それが命じるまま開くと
一面に彼らの顔が覗いていた
私はもう迎えがきているのよと 悲壮な表情を浮かべる彼らに告げ
前々からしたためていた遺書のことをはなし
あの人の手紙だけは遺体と一緒に燃やしてくれと彼らに頼んだ
それだけは置いていきたくなかったのだ
あれだけは私のものだったから そうしてほどなく私は亡くなった
彼らに別れを告げたあと 
優しくあれからずっと見守ってくれていた彼とともに
黄泉路へと旅立った



五十嵐 舞 作品2/TAO 2004年05月05日(水)18時33分29秒


 泣きたいときに泣けばいい 
 笑いたい時に笑えばいい
 眠たい時に眠ればいい
 怒って泣いて笑って生きる そうすれば何か見つかる
 死んだら何もない 何も生み出さない ただ消えていくだけ
 人生は一度きり 楽しまなくては 損じゃない
 必死に生きてやる 私はそう思うの 貴方はどうかしら
 いつでもいいから ふと考えて見て
 でもあんまり 考えすぎるのもね どうかしら
 生きるとはそんなものだから 簡単のようで難しいのよ
 生きるってどういうことか 私はわからない

五十嵐 舞 作品1/僕はいない 2004年05月05日(水)18時31分30秒

桜舞う丘の上に 君が佇んでいる
 朗らかに笑う横顔が 僕の心を軋ませる
 何故 僕は告げられないのだろうか
 もう 君の側に入れないと
 やり切れない想いが僕の身体を包んでいる
 僕は 君なしではいられない
けれど時は容赦なく僕の時間を奪っていく
僕の身体を抱きしめる君のぬくもりは
僕に幸せというものを感じさせてくれる
ひたすら抱きしめた 僕の心に 身体に焼き付けるように
君の手が僕の頭を包み込み 告げた
来年には新しい命が宿ると
けれど 僕は見ることはない
 僕という存在は消えてしまうのだから 
 僕という存在の役割が消えても 君は解らないだろう
 「僕」という体は存在するのだから
 でもそれは僕じゃない けれど僕は消滅する
もうひとりの僕
 彼女を幸せにしておくれ これは僕の最期の願いだから
 解った・・・と呟く声が遠くでこだまする
 光が溢れ出し・・・僕は包まれた

五十嵐 舞 課題2/宿りしもの 2004年05月05日(水)18時25分27秒
▼課題と連絡:課題2/松本潮里作品とのコラボレーション への応答

【HEART】

小さな綺麗なものが僕の上から舞い降りてきました
それは暖かく 仄かに薄紅色の染まった花びらのようで
僕はただじっと 青空色の瞳で降りてくるのを
ただじっと僕の胸に 宿るのを眺めていました

それから 毎日見上げています
また綺麗なもの舞い降りてくる そんな気がして

五十嵐 舞 課題3/【侵】 2004年05月05日(水)18時16分24秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】

【侵】(1)ひたす、ひたる。水につける、つかる。「浸水」
   (2)しみる、しみこむ「浸潤・浸透」
   (3)しだいに「侵漸」(旺文社「国語辞典」第九版より抜粋)

自由という翼は 壁に置いてきてしまいした
 でも 私は満足できなかった
 どうしてかしら
 束縛という海が階段から溢れ出し
 私は堪らず そこに足を浸けてみたの
 もう一歩踏み出したわ
 そう これよ 私が求めていたものは
 翼なんていらない
 こんな狭い世界に必要ないもの
 階段はまだ階下へと続いている
 もっと 先へ 深く私は侵されていく

滝 夏海 課題3/脱出 2004年05月05日(水)09時12分34秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】

「これよ、これしかないわ」
 壁に付いている木の板を見てリノは言った。その板は僕もさっきから眺めていて、この狭い廊下の壁のど真ん中になんの意味もなく取り付けられているいかにも怪しげな存在だった。しかも形が「凹」とそっくりで、2つの頂点にはコート掛けのような突起がくっついていた。ああリノ、君が次に何を言うのか僕には分かるよ。だって僕らはここに掛けられそうな物を一つずつ持っている。そして華奢な君の背中に付いた右側だけの翼が、得意げにぱたぱたと揺れているんだ。
「翼をここに掛けるのよ。片方ずつ、丁度2枚あるじゃない」
 ほら来た。
「でもリノ、ちょっと安直過ぎないか?」
「そんなことないわよ」
「ないって言うほど調べてたっけ?」
「だって分かんないじゃない。それ説明書っぽいけど、読めないし」
 リノは板の真下に貼られている紙を指差し、黄ばんだそれの表面にはもう文字だったものの名残しかなかった。同じような紙が壁の端にも貼られていて、絵の付いたそれはポスターみたいだけど、やっぱり文字は読みとれないから本当にポスターだったのかどうかは判らなかったし、絵も今の僕らにはあんまり関係が無さそうだった。
「だけど、他にもあるだろ?あの扉とか」
「調べたわよ。で、中は何もありませんでした」
「横のスイッチは?」
「押したけど変化無し」
「じゃあ」
「しつこいわねー、アイテムは2重3重に意味があるのが基本でしょ」
 いらいらと長い髪を掻き上げて、リノは自分の翼を外して右の突起に引っ掛けた。右側に広がる翼が付いた木の板は、骨格模型みたいだった。あの空中庭園を抜ける為に使った翼、森の中の宝箱に入っていた翼、どうしても片方ずつしか付けられなかった翼。その翼が本当にここで、辿り着いたこの建物の中で役に立つんだろうか。
「ほら」
 さっさとしろと言うみたいに、僕の方を振り返り残った左側をばしばし叩いた。板はとっても怪しいけど、他にヒントがないのも確かだった。僕は大きな溜息をついて、木の板に翼を引っ掛けた。
 ガタン。
 突然足元から大きな音がして、僕は慌てて右側へ飛び退かなければならなかった。吃驚して元いた場所を見たら、左足の乗っていた床が凹んでいた。その向こう側はもう少し低く凹んでいて、さらに向こう側はもっと低く凹んでいた。つまり「地下へ続く階段が現れた」っていう事。それだけならもちろん僕も喜んだんだけど、階段にはちょっと問題があった。得意そうにしていたリノが、唇を曲げた。
「何、これ」
 うん、リノ、僕もそう思ってたんだ。この階段は、水に浸っていた。地下から溢れ出てきてるんだ。しかもたっぷりあるようで、周りの床も水浸しになってしまった。
「どうする?」
「何言ってるのよ、行くに決まってるでしょ」
「水の中だよ?」
「馬鹿ね、水を潜ると別世界っていうのも基本じゃない」
 キュッと唇を引き怒ったような顔で言うリノは強がってるようにも見えて可愛かったけど、それとこれとは別問題だった。
「本当にそれって、基本なの?」
「質問ばっかり、うるさいわね。私は行くわよ、次のステージへ」
「ちょっと待ってってば」
「怖いんなら、私が通ってから来れば?」
 焦る僕を置いて、リノはさっさと階段を降りていく。そして3段目に足を乗せたところで止まって、こっちを見たんだ。唇が動いて何か言おうとして、だけどその瞬間足元の水が大きく波打った。
「リノ!!!」
 僕の叫びと同時にリノの体が水に飲まれて……そして消えてしまった。
 やっぱり罠だったんだ。

 目の前が真っ暗になった。
 闇の中に真っ白なENDの文字がじわりと浮かび上がる。

 軽い機械音がして、急に光が差し込む。眩しさに目を細める。上を覆っていた蓋が開ききると、体を起こして背伸びをする。そのまま横を見る。半分に割れたカプセルの中から同じように腕を天井に上げている梨乃の姿が見える。俺はカプセルから出て、腕や肩を回しながら近づいていく。
「だから待てって言ったろ?」
「しょうがないじゃん、あれが正しいって思ったんだからさー」
 ゲームの時と違って短い髪を掻き上げ、梨乃はまた横たわってこっちを睨む。あの世界より少し目が小さくて、少しぽっちゃりしていて、少し大人な梨乃。俺だってそう、あそことは少しずつ違う外見。でもそんな事はどうでもいい。俺達にとって大事なのは、そこじゃない。
「次はちゃんと、意見聞くよ」
「と言って聞いた例しは無し、ってな」
「あはは、ごめんごめん」
 笑いながら謝る梨乃を置いて、自分のカプセルに戻る。固まった首を戻すように回すと、風景も一緒になってぐるっと回る。壁も天井もやたらと遠い。2つカプセル以外何もない、正方形の部屋。だだっ広いだけの空っぽの部屋。扉も換気システムも隠されていて、素人の俺達じゃ分からない。
 内部ボタンを操作し、蓋を閉める。また軽い機械音がする。スピーカーとマイクをオンにする。いつものように、梨乃の声が飛び込んでくる。
「でさ、考えたんだけど」
「何?」
「あのスイッチ、やっぱりなんかあるよ」
「それって、梨乃の言う『基本』だろ。で、俺も考えたんだけど」
「うん、何?」
「翼引っ掛けた後、階段降りる前にスイッチ押してみたら変化あるかも」
「ああ、そっかー。やってみよう」
 合図をするでもなく、当たり前のように同じタイミングでゲームの準備をする。スタートボタンに人差し指を乗せる。出られるという確証は無い。でもたった1つのヒントだから、試してみるしかない。
「本当に次は暴走すんなよ」
「はいはい、すみませんー。運命共同体だもんね」
「アホ」
 そして、一呼吸置いてボタンを押す。たぶん梨乃も同時にスタートしたはずだ。ここに来てから何度も繰り返された動作。ゲームをクリアする為に。ここから出る為に。

 落ちるような気持ちの悪い浮遊感に目を閉じる。
 深呼吸してからそっと開くと、空中庭園の扉が見えた。

 隣にはリノ。右側に翼が付いているから、どうやら少し前のシーンみたいだ。背中の方を振り返ったら、肩越しに僕の翼が見えた。僕らは顔を見合わせて、二人で静かに扉を押した。ゆっくりと扉が開いた。
 それからぎゅっと肩を組み、僕らは不器用に翼を動かした。二人三脚みたいに飛んでいった。

吉見幸子 課題3/いごごち 2004年05月05日(水)00時51分43秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】
ただいま
帰ってきたよ
だれも返事してくれないだろうけど
遠くまで行こうとしたけどダメだった
なんとなく埃っぽくて
なんとなく切なくて
だからやっぱり帰ってきちゃった

ここにいないとなんとなく落ち着かないんだよね
ここにいないとジブンじゃない気がするんだよね

またここできれいになって落ち着いて
しっかり心が潤ってからでかけよう

羽もしっかりしまっておこう
ふわふわ飛んでいかないように

千田由香莉 課題3/Dive into the sky 2004年05月04日(火)12時29分08秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】
 
 何処へ行くというのやら
 蒼、深く 息も吸えない水の底

 少女は淡々と 階段を下っていく
 そこに何があるというのやら
 綺麗な真っ白い羽を残して 一人きり 
 冷たい水に素足を浸す

 深く潜った水の底
 無音の世界を泳ぎきる 
 月を横切り 雲を割り
 微かに見えた光の粒
 やがて 耳を貫くクラクション

 どうか私に名前を下さい。
 
 この世界で生きていくのに必要なのは羽じゃなく
 免許証。 

土橋明奈 課題3/水の呼び声 2004年05月04日(火)01時32分51秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】

今日はとても暑くて、麦茶がすごく美味しかった。

行かなくてはならない。
急がなくてはならない。
空を行く私を下から何かが呼んでいる。

私の意思ではなく羽はバタつく。
ふわふわと綺麗な空気が邪魔をする。
手足を振り回し重力を思い起こす。

やっとの事で降り立って、羽を脱いだ。
私を呼ぶのはこれだ。
水の溢れた階段。
誘惑と畏怖が足を覆う。
水はじりじりと嵩を増やす。
あぁ、水が呼んでいる。
抗えない魅惑的な声で私を呼ぶ。
壁の羽がざわざわと騒ぎ立てる。
身体が吸い寄せられ、
仄温かい水に足が浸る。
背中がぞくりとする開放感。
その瞬間目が覚め理解した。

言い訳に聞こえるが、
麦茶が美味し過ぎたのだ。

菊池佳奈子 課題3/I'm home just now. 2004年05月03日(月)12時40分32秒
▼課題と連絡:課題3/松本潮里「空からの回帰」とのコラボレ への応答

【空からの回帰】

ごめんね パパ ママ
ただいま 今帰ってきたよ

ほんの少し 逃げたくなって
ほんの少し 自由が欲しくて

壁にかかってた
お姉ちゃんの翼借りて
空を自由に飛んでみたけれど
上手な飛び方もわからなくて
目指すところも知らなくて

ほんの少し 途方にくれて
ほんの少し くたびれてしまって

空の上から見えた 
私たちのお家
パパとママの水の中の
守られてる
私の居場所
帰る場所

ほんの少し つまらないけれど
ほんの少し 悔しいけれど
なんだか恋しいから 
帰ってきたの

ごめんね 心配かけて
ただいま もう少しだけ


■一つ前の過去ログ:「物語の作法」課題提出板 (0034)


管理者:Ryo Michico <mail@ryomichico.net>
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