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東條慎生 自由課題(2) 2001年11月28日(水)19時38分31秒

失踪するM


 赤と黄色と灰と黒。混ぜ合わさってさて何色だかよく分からないが、そんな風景の中にそれは居た。
 うら寂れた小駅の改札を出た時にはもう日が暮れようとしていて、駅前通りに沿って在る銀杏並木の黄色い紅葉が赤い夕日に照らされて幻想的な光景を現し、風に小枝が揺られてみると葉どもがいくつか舞い散って、アスファルトに敷き詰められたそれの上にまた積もった。そこには視線だけは鋭くこちらを見詰めている黒猫が居て、赤色ガラスを透かして見たような階調の少ない色合いの中でぼやけながらもその目線だけは不吉な存在感を放っていた。ただの猫じゃないか。そう思って、自分の家に向かって歩き出し横目で猫を見ながら通り過ぎ、視線を歩道脇の猫から正面に向けた時、
「あんた、誰だ?」
という声が聞こえた。それは確かに聞こえた。すぐさま顔を声の聞こえた方へ向けるが、そこにいる猫以外声を出しそうなものは見当たらず、人々は駅から思い思いの方向へ流れ出していき、町の中へ溶け込んでいった。誰かのいたずらなのだろうか。よもや猫は喋るまい。改めて家に向かって歩き出した。住み慣れ始めている町に秋が訪れ、歩道に積もった黄色い銀杏の葉が削々と小気味よい音を立て、それを面白く思いながら家路を急いだ。夕方の家々の匂いがしていた。
 いつものように家の門を開け通り過ぎる瞬間、奇妙な違和感に襲われた。有り得ないものを見た気がした。何がおかしいのかは分からないが、何かがおかしいということだけははっきりと感じていた。。それは町中で自分の名前を見たような気がしてあたりの看板や電柱の表示などを探していたら、自分と同じ名字の歯医者の広告を見つけたり、本屋で探している本がある時にただ目的のものを見つけたという気がしてもう一度本棚を舐めるように見回すと、単に探している本と一つの特徴的な漢字が共通しているだけだったりする時に味わう、感覚の奇妙な鋭敏さと記憶の不確かさが生み出す、幻の感情と似たものだった。看板か標識を探してみた。そんなものはありはしないのは分かっていたが。その感情にいつものような凡庸な決着がつかないまま、家のドアの取っ手を回した。が、鍵が閉まっているのだろう、ドアノブは金属質な音を立てて回らなかった。この時間には妻がいるはずだが、と思いながらも家の合い鍵を出すと鍵穴にそれを差し込んだ。鍵は入らなかった。何度やり直しても鍵は鍵穴と全く無関係であることを物理的に証明するだけだった。奇妙な違和感の実体が現れたのだと思った。噴き上がる不可解さに押されてドアから妻の名前を叫んでみた、幾たび叫んでみても返事は返らず、部屋の中はひっそりと静けさという圧力に押し潰されているかのようだった。気を落ち着けて自分の立っている場所を確認する。住宅街に他の様々な家と同様に何の変哲もなく建っている自分のはずの家を見上げてみる。右隣、左隣、差し向かい、斜向かいの家々を確認してみる。真上を見上げると、赤から青への色調の見本のような空に電線が黒く縞を作っている。今自分が途方に暮れている場所は確かにここ何年来住み続けてきた我が家に他ならないことがどうしようもなく明らかなのに、家の扉が私を拒否するのは何故なのだろうかと暫らく考えた。どう考えても有り得ないことだった。今日は平日普段通りに朝目覚めて朝食を摂り着替えをし出社の準備をし妻に行って来るよと言い家を出て町を駅に向かい改札をくぐり電車に乗り本を読み電車を降り改札をくぐり駅を出会社に着き仕事をし昼休みが訪れ昼食を摂り休みが終わり仕事をし仕事が終わり会社を出駅の中の本屋に行き電車の中で読む本を物色し文庫本を買い店を出駅に向かい改札をくぐり電車に乗りさっきの本を読み電車を降り改札をくぐり駅を出黒猫なんかを見家に向かい家に着き家の扉を開け妻はおかえりなさいと言い背広を脱ぎテーブルにつきコーヒーでも飲みながら妻の話を聞きテレビを見暖かい夕食を摂るはずなんだが、一体どこで誰が転轍機を違う場所へと切り替えてくれたんだ? 転轍機。恐ろしい喩え。巨大な体躯を轟かせ突き進む列車が転轍機の操作ミスで間違った路線を走る、その先には建造途中の鉄橋が待ち受けており、列車は弾丸が銃身から打ち出されるように空中へ飛び出し、乗客たちの絶望の叫びを張り上げながら一直線に死へと向かう光景が思い浮かんだ。実際は重量に対して速度が足りず、空中を飛ぶようなことにはならずにぐしゃぐしゃと無様に落ちるだけなのだろうが、そんなことは問題ではなかった。現実がどこかで掛け違い、全く未知の領域に後戻りできない形で舞い込んでしまったような、焦燥感を伴う恐怖こそが重要だった。悪夢のような想像を断ち切り、一度道路に出て自分の家を改めて眺めてみて、さっきの違和感の正体が判明した。門にかかっている表札にほりつけられていたのは「黒猫」という文字だったのだ。日本全国にいる黒猫さんが、私の家を乗っ取りここを黒猫だけの楽園にでもするつもりなのかも知れなかった。ふざけていた。何もかもがふざけていた。自分の名前でないと言うだけでも想像を絶するのに、黒猫などという表札がかかっているのは一体どういう根拠があるのだろうか。責任者は誰だ、と思ったがここの家主は私に他ならず責任者が責任者を呼び付けるとはいかがなものかと苦笑するも、表札によるといつの間にかここは黒猫氏の家らしいことに気づき、やはり責任者を捜して怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られた。
「おれが責任者だ、何の用だ?」
 飛び上がるほど驚いて周りを見渡してみても誰も見つからず、さっきの幻聴のようなものかと疑っていると、いつの間にか目の前の壁の上に駅で見た黒猫がいた。一瞬浮かんだ、喋る猫という空想的な考えを振り払う為にもう一度さっきの責任者と名乗る人間を捜して
「だからおれだよ。無視すんなよ」
 壁の上にその猫はうずくまっていた。鋭くこちらを刺すように見据えて。漆黒の毛並みは赤い夕日に照らされていた。さっきと同じ。
「何でここまで来たのさ、あんたは誰だ? でも、もう手遅れさ」
「待ってくれ、私の家はどこへ行ったんだ?」
 私は立ち去ろうとするその猫に訴えかけた。いや、確かに私の家はここにあるのだが、なぜか私はそう訊いてしまった。振り返ろうとしていた猫はちらとこちらに首だけ回す。
「あんたの家はどこにもない。最初からどこにもない。今まで知らなかったのか?」
 猫はそれだけの言葉を私に残して壁の向こう側に消えてしまった。

 まず夜が来る。
 今の今まで夕暮れ時の穏やかに赤い風景だったのだが、瞬きをして再び瞼を開けるとそこは一転して夜の町並みが広がっているのだった。時間が狂いだしていた。次の瞬間昼が来、夕方が再訪し、暗転し、また朝、昼、夕、夜と続き、いつしか世界は混濁の灰色、時間が超高速で巡り巡って世界が灰色に覆われた。暫くして世界が再び落ち着きを取り戻すとそこにはまた夜空が広がっていた。
 背筋を突き抜ける何か正体不明なものに突き動かされ、どこかへ向かって走り出した。走り出したつもりであったが、体はいつまでも元居た場所から一歩も離れることが出来ず、それを受け入れられないが為にそれでもなお走り続けるのだった。壊れてしまい同じ節を繰り返し続けるレコード、転げてしまい車輪だけが殻々と回り続ける自転車、力尽きてしまいカチカチと同じ時間を指し続ける秒針、何かに囚われてしまい走り続けるのだが立ち止まっているのと変わらない人間。そこには自動運動を続けるだけの機械があった。走り続けて走ることも出来ず疲れてしまい、有り得ない夜の町中の風景をただ見ていた……
 力無く立ち尽くしていたその時、目の前の街並みが崩れていくのを見た。突如視界にガラスの砕けるが如く罅が入り、あらゆるかたちが無惨に崩れ去った。空と家屋が同じレベルで断裂し、一枚のパズルピースが転がり落ちた。かと思えば今立っている道路のバラバラに砕かれた欠片が重力に立ち向かって縦横無尽に散らばり失せる。天に在った星と月は暗い夜空を背景にして織りなされた銀糸のタペストリと化し、目の前にまで迫り来て視界のすべてを覆い尽くした後、雲散霧消。虚空に佇むばかりとなり最早何の感情も沸かなくなって、消し去られた拠り所を手探りで求め続けていた。
 そして風が吹く。
 轟々と鳴り響き失われたものすべての隙間を縫い、どこまでも追い詰めてくるかたちのないもの。失われたものは最早戻ることはないのだろう、既に失ったものが何なのかさえ分からなくなり始めている。辺り一面に溢れる闇。事物の輪郭が尽く掻き消え、ただ闇だけが支配力を持つ世界。それでも風が語りかけてくる。雑音となって吹き荒ぶ音がただ呪詛の様に聞こえ、いつまでもいつまでも間断なくそれは語りかけて来、囁き、唸る。かたちのあったものがかたちをなくし、かたちのないものがかたちを持ち始めた。足が風に浚われる灰となり、腕が水に浚われる砂となり、体が崩れ去る雪となり、心が砕け散る波となる。すべてが何かに攫われていった。次第に言葉のかたちすら壊れてしまったのだろう、言葉の意味が分からなくなり始めた。言葉の海の中でいつも確固とした存在感を持っている言葉の意味がわからない。“私”とはどういう意味なのだろう。忽然と辞書が目の前に現れた。わ行の「わたし」を引いてみると、とても簡潔に「わたし【《私】 →わたし」とだけ書いてあった。「わたし」を引いてみた。同じページの同じ部分なので即座に目線を移すまでもなく「わたし」が見つかる。「わたし【《私】 →わたし」と書いてあった。意味が分からない。意味という言葉の意味が分からない。いや、意味という言葉はどういう言葉なのだろう、どういう使われ方をしている言葉なのだろう、今確かに使った気がするのだが何故使ったのか分からない。辞書を再び引いてみる。「いみ【意味】 →いみ」。他のあらゆる項目が同じ様な記述で満たされていて、それを眺めているとこの辞書と呼ばれることばたちの表面的な存在以外何も証明しない分厚い紙束はぱらぱらと呪詛に舞い虚空に消。単語ぐるぐる巡る巡る綺麗故風洗う流す為去る売。る記食べ投げ歩く境消える消憶える炎見える蝶牛郷樹、樹、疾く消え鈍くうろのみいごんたるぐるぐめぜかむmmmm……



 目をぼんやりと開けて焦点を合わさずに窓から地面を見ていると、色が混ぜ合わさって変になる。足下から響く鉄の鼓動がさらに私の感覚をぼんやりさせて、外からの刺激がすべて意味のないものに思えてくる。電車が速度を落として滑り込むように駅に到着する。車輪さえ見なければとても不思議な感じだ。そしてまたゆっくりと電車は滑り出し、外の駅の方こそが動いているという感覚だけが残った。そして暫くすると各停の電車しか止まらない駅が近づいてくる。私はその駅に降りたことはないのだが、何故か懐かしい気がしていつも困惑させられる。一人暮らしのアパートに近い駅から仕事場がある駅までは急行で一直線なので、その駅に降りる必要はない上降りた記憶など一度たりともないのに。いつもの早さで通り過ぎるはずのその駅、そこから出た時の光景、そこから家(誰の?)まで続く道のりが何故かうっすらと記憶の底から浮かんでくる。しかし、それは浮かび上がり切ることはなくまた底に沈んでいく。その駅を通過した。灰色のビルが町中に忽然と突き立って、薄暗くなり始めた空の中で飛行機の為の赤い警戒灯をぼんやりと光らせている。明かりはビルの直方体を支える六辺にそれぞれ定間隔で設置されており、また定間隔で点滅してもいる。その様はビル自体がかつて一つの生き物であったのだが、今石のごとく動くことが出来ないのは何かの呪いのせいであり全く不本意極まりないのだが、かといって呪いを解ける訳でもなく、積もり積もった口惜しさだけが少しずつ辛うじて溢れている、という様に見えた。
 黒猫。私は黒猫でも飼っていたのだろうか。そんなはずはないのだが、何故か黒猫のぼんやりとした思い出がある。その黒猫は私を見詰めていた。
 次の駅が近づいてくる。

横田裕子 自由課題(2) 2001年11月15日(木)22時22分36秒

 
  僕の隣はしわくちゃのシーツで、そこからはまだぬくもりがゆらゆらと揺れていた。 
 半分閉じたシャッターの向こうに、けだるい余韻を引きずったままの後姿が映る。洗いざらしの大きすぎるTシャツ(勿論、僕の)を着てフローリングの床に座り込んでいる。薄紅色のカーテンの隙間がゆっくりと白く変わり、時計に目をやると針は1本の垂直の棒になっていた 。

 かぷ・・・・ちゅっ、ぷ・・・。
ほんの数秒で眠りに引き戻される瞬間、部屋に滴ったかすかな音。花が散るように間隔を空けて、ぽとり・・・ぽとり・・・と落ちる音。
 錆び付いたシャッターを無理矢理こじ開けて、音の在り処を探そうとする。1LDKの箱の中で。 
 茶色く染めた長い髪に隠れた横顔が見える。その辺りから探していた音がする。濡れタオルを巻きつけたように重い身体を起こすとあどけない顔が僕の方を向き、にかっと笑う。
 手には何かの果物。口唇は中国の詩の中でよく形容される、「さくらんぼ」という言葉が良く似合うと思った。
 「おはよ。よく眠れた?」
 「ん・・・。何食ってンの?」
 「ネクタリン。お腹、空いちゃってさ」
 「一昨日買ってきたやつ?」 
 「そ。ちょっと熟しすぎてるけど甘くて美味しいよ。食べる?」
 「・・・食う・・・。」
 もそもそとベッドから這い出ると、頭の芯がくらっと揺れた感じがした。思ったよりも寝すぎたらしい。ぼーっとしたままキッチンへ向かい、眠気覚ましに冷たいミネラルウォーターを飲む。1リットルのペットボトルの3分の1近くが、一気に空になった。うんと冷えた水が身体の隅々まで流れてゆき、頭と共に身体もぱっと目を覚ます。
、背後に視線を感じた。けれど振り向かなくてもその瞳の主が言いたいことは、僕は分かる。「早くしてよ」と催促しているのだ。言葉で急かす事を、僕が嫌っているのを承知しているから。
 胃が「きゅう」と音を立てたので、果実の転がっている小さなテーブルの前に腰を下ろした。差し出された手の中に収まった小ぶりの果実は、黄と橙が混じりかけたような鮮やかさで、表面は丸い水滴が付きてらてらとしていた。
 「美味しそうでしょ。ほら、口を開けて。あーん。」
 言われるがままに口を開けると、ぐしゅっ、と果実が潰れる音がした。甘いというより甘ったるい水が、口の中で迸る。歯を立てていないのに、果実は口の中で原型を失くして
いく。溶けて、喉を難なく滑りゆく。
 細い指はぐいぐいと果実を押し付けてくる。
 僕は拒みもせずにそれを受け入れる。
 熟しすぎて濃度を増したシロップを飲み下し、時にはむせそうになりながら。
 
 暫くして、かつん、と歯が異物にぶつかり漸く果実は侵入を止めた。口元はじっとりと濡れている。拭おうとすると見慣れた口唇がすっと近づき、小さな舌が濡れたところをなぞった。僕が昨夜やったのと同じように。口唇を伝う舌も、あの果実と同じ味がするような気がした。
 「美味しかった?」
 顔を離した、その満足そうな笑みといったら!
 「美味しかったけど・・・甘すぎた気ぃする。もうちょっと早めに食べればよかったんじゃないか?何だかぐしゅぐしゅしてたし」
 「ごめん・・・。ねぇ今度は何が食べたい?」
 「桃、かな。昨日食べたんだけど、少し歯応えがあって美味かったんだぜ。」
 「え?桃なんて食べたっけ?」
 「くくくくっ。」
 そう笑ってやると、むう、と口を尖らせた。
  
 僕は桃が好きだ。
 世界で1つしかない桃は、今はまだ少し酸っぱい。
 けれどこれから先、僕はこの桃を食べてゆくだろう。
 溶ろけそうに、熟してしまっても。
 

 
 
 

奥野美和 自由課題(2) 2001年11月12日(月)23時33分30秒

ぼろぼろの 靴をとばして 天気読み
けんけんで行こう 靴はオモテだ
 
 
きっぱりと のどを流れた ソーダ水
おなかの中で 炭酸がぴりり
 

つやつやで 触れなかった ゆで卵
今もこっそり ポケットの中


数えてた 君のスカート 水玉の数
もものあたりで 夕暮れの笛


ブロッコリー? 近くで見たら 森だった
入ってみよう 中は迷路だ
 

クーピーを こなごなにした 日曜日
ふりかけにして 食べちゃったよ


ささやかな 甘味を求め 塩だらけ
それでも行くのさ 地図はいらない

奥野美和 自由課題 2001年11月12日(月)23時19分55秒

休日

 僕の鼻ちょうちんは
 空にむかって
 シャボン玉になった
  
 くつずれの傷
 そのままにして
  
 ひつじのベッドで
 眠りたい

杉山千絵 自由課題 2001年11月08日(木)18時30分29秒

           「最後の風」

眩しくて目が覚めた。カーテンをひいたことのない窓から、無邪気に晴れた空が見えて、思わずため息が出る。今日みたいに、朝から理由もなく気持ちが塞ぐ日は、本当は雨がいい。とても救われた気分になるから。
雨の中を歩いていると、ささくれだっていた気持ちが不思議と滑らかになる気がする。かさかさのこころが雨を吸い込んで、たぷんと潤おうからかもしれない。
だけど、今日はきっぱり晴れている。仕方がないから、傘をさして散歩に出た。鼓動のリズムで歩いてみた。と、傘の前の方が急に重くなって、グラッと傾いた。ちょうど目の高さにきた傘の端から、黒い、わさわさした生き物がこっちを覗いている。鳥みたいな、鳥だとしたら烏みたいな、でも、もっともさっと毛だらけの奴で、やけに興奮している。目はギラギラしてるし、鼻息も荒い。そいつが、僕の吸おうとしていた空気を奪うように、思いっきり深呼吸すると、突然喋り出した。


ぼくね、あの匂いが大好きなんだ。
人が死ぬ瞬間、肉体から出る最後のひと呼吸、あの匂いがたまらなく好きなんだ。
最後まで体に残っていたがった思いが、最後のひと呼吸なんだ。
肉体と心が一番近い、とてもやわらかいところに、その場所を傷つけることなく留まっていた思いだから、それは、もう、特別やさしくて、哀しいくらい大切な思いなんだ。
あの匂いを嗅ぐと、ぼくはもうこれ以上ないくらい満たされて、透明になってしまうんだ。
すぐに、もとに戻ってしまうけどね。

だから、ぼくは、あの匂いの気配が漂ってくると、そこに行って待つんだ。
時には、何日も、何ヶ月も待つこともある。
その間中、あの匂いの気配に包まれているから、あんまり気持ちよくて、泣き続けてしまうんだ。
ぼくを天使だと思う人もいる、死に神だと思う人もいる。
でも、ぼくは、ただいるだけなんだ。そこで、待っているだけなんだ。
だから、もちろんなにもしない。うっとりしてるだけ。

あの日もね、あの匂いの気配を辿って、あの子にあったんだ。
体は、もう本当に止まりかけてて、ただ目だけが、まだまだ生きていけそうだった。
その子の最後のひと呼吸が、ぼく、忘れられないんだ。
きっと、そんなに特別でも珍しくもないんだけど、ぼくの趣味に合ってたんだね。
あの匂い、ぼくの大好きな匂いになったんだ。
だから、さっき、君がぼくの前を通り過ぎて行った時は、本当にびっくりした。
だって、あの匂いのする風を起こしながら歩いていたんだもの。
ねぇ、君、あの子のこと知ってるんじゃない?
ぼく、こう思うんだ。あの子の最後のひと呼吸は、君だったんじゃないかって。
君との思い出か、君のくれた言葉か、それか丸ごとの君か。
じゃなきゃ同じ匂いなんてありえないもの。僕の鼻ったらすばらしく良く利くんだから。

あぁ、なんていい匂いなんだろう。ねぇ、もうちょっと近くに寄ってもいいかな。
あの匂いはね、本当に一瞬なんだ。だけど君はずうっと匂ってる。
こんなにいっぱいの匂い、それも大好きな匂いに包まれてたら、ぼく、透明になったきりになってしまう。
あぁ、やっぱり、あの子の最後のひと呼吸は君だったんだね。丸ごとそのまんまの君。
あぁ、ぼく、もう本当にいっぱいだ。拡がっていくの止められないや。
君の最後のひと呼吸、とっても嗅いでみたかったんだけど、でも、もう、止まらない。


それだけ一気に喋ると、鳥みたいなのはどんどん薄くなって、拡がっていって、さらっと消えてしまった。
一瞬、あたりが黒くなったような気がしたけど、きっと気のせいで、ただうっとりとした風だけを残してきれいに消えてしまった。それさえも、砂っぽい春の風と連れ立って、たちまち去っていった。ぼくの最後の風を嗅いでもらえないことがなんとなく淋しくて、ただ、立ち尽くしてみたくなって、久しぶりにぼんやりと目を閉じると、うっとりするような匂いが幽かに記憶を掠めて、こころをたぷんと濡らしていった。

宮田和美 自由課題 2001年10月30日(火)14時57分21秒

「へちま」

冷蔵庫の奥に、1本のへちまがある。長い間ビニール袋に入ったままひっそりとまるで、死体のように眠っている。ベッドには脱ぎ捨てられた服と、うつ伏せの私が転がっている。2週間、風呂にも入らずろくな食事も摂っていない。頭は重く、霧がかってぼんやりとしている。いつ晴れるかなんてわからないけど、もうしばらくこのままでも構わないと思う。まるで水の中で体育座りをしているような、しんとした日々だった。
頭をわずかにもたげて、窓の方に目をやる。小さなばってんで区切られたガラスの向こうに、澄みきった空が広がっていた。気が遠くなる青。あーあ、小さく声に出してみる。あーあ。
午後4時17分。日の射さない窓から視線をそらし、再び目を閉じた。

横顔
考えごとしてる顔
私を見つけたときにする「おっ」(というより「ほ」に近い)顔。
肩にかけたへんな鞄。
コンビニに行くときによく履いていた、茶色のサンダル(おたふくサンダル、というらしい)。
でっぱったくるぶし。親指のきれいな、大きな手。男のひとの手
あ た し の、 あ の ひ と 。

目がさめたら、時計は5時10分をさしていた。浅い眠りだった。寝すぎて体中がだるいのに、起きる決心もつかない。足をずらして、シーツのひんやりしたところまで持っていく。外はもう、夕闇。あ、サイレントブルーだ。この言葉を教えてくれたのも、あのひとだった。
夏のおわりで、私たちは家の近所をさんぽしていた。7時を過ぎていたと思う。私は木綿の、はぎれを合わせたスカートをはいていて、あのひとはおたふくサンダルをはいていて。サイレントブルーだった。
「わかった、それって青インクの時間のことだ」
そう言うと、あのひとは眉をもちあげてん?という顔をした。
「この世界は水を張った水槽なの。で、その底で私たちはくらしてて、夜が近づくと水槽のてっぺんから神さまが、青いインクを一滴ずつ落としてくの。それが始まる時間のこと」
あのひとは笑ってかわった比喩だよなあ、と言った。待ってたのはそういう言葉じゃないのに、と思いながらも悪い気はしなかった。手をつないで、団地を抜けて、だれもいない保育園を覗いて。保育園の掲示板には先日うさぎのジェリーちゃんが死んだので、今日の午後お別れ会をやりました、という報告がしてあった。
あれからまだ、3か月もたっていない。けれどもずっと遠くにあるような、まったくの夢だったような気がする。過ぎたことがみんな、そう思えてしまうように。
そうだ、思い出した。へちまをもらったのも、あの日のことだった。
「ん、おみやげ」
丸正のビニール袋に入ったへちまは、帰りぎわに、なにげないふうに差し出された。
「なあに、めずらしいね。にがうり、じゃないか」
実際のところおみやげは、それほどめずらしいものではなかった。うしろめたいことが何もないときのおみやげがめずらしいのだ。あのひとはいつも、何か些細なことでけんかをした後や、私の機嫌がわるいときにおみやげを登場させる。たこ焼きや杏任豆腐のときもあれば、どこから探してきたのか、すすきをくれたこともあった。おみやげは、私のためというよりもむしろ、あのひとの為にあった。
「へちまだよ。大家さんとこのバアちゃんがくれたの。すりおろして顔にのせるとつるつるになるって」
「ふーん、へちまの化粧水とかあるもんね。わるかったね肌ぶつぶつで」
笑いながらそう言い、ずっしりと重いへちまを見た。ちくちくと髭のような毛がはえていて、鮮やかな緑をしている。想像上のへちまよりもずいぶん大きくて(へちまの平均的なサイズなんて知らないが)、きれいなカーブを描いている。そういえば小学校のとき、へちまの花の観察をしたな、とぼんやり考えていた。
「じゃ。」かばんを肩にかけ、サンダルを履くと玄関のドアを開けた。
「うん、ありがとね。次会ったとき、すんげー肌きれいになってるから」
「ははっ、期待してるわ」
そう言うとあのひとは、アパートの階段を降りて、夜の闇に溶けていった。それっきりへちまは、忘れられたように冷やされ続けている。忘れていたのかもしれない。

そうだ、あのへちまでパックをしよう、そう思いついたのはそれからすぐ後のことだった。何かをする気が起きたのが嬉しくて、ついでに2週間ぶりに風呂を沸かすことにした。蛇口をいっぱいに開くと、 お湯のほとばしる音が部屋に響いた。部屋から文庫本を3冊もちだして、昔何かでもらった球状の入浴剤、桃色の真珠みたいで何となくもったいなくて使えなかったやつを、湯船に落とした。とぷん。とぷん。神さまの青インクみたい。真珠の膜が熱にやぶれ、中の白い液体がやわらかく広がる。フローラルブーケのかおり。これで私、きれいになれるかも。体のすみずみまできれいに洗って、仕上げにへちまのパックをして。ん、かんぺきでしょ。
風呂から上がり時計を見ると、7時42分をさしていた。顔中がまっかにほてっている。全身で、いつもの10倍くらいの脈を発しているのがわかる。タオルをまいて、ふらふらの足どりで下着をとりにいき、どれにしようかな。しばらく悩んでから、イマージュの通販でふんぱつして買ったやつに決めた。クリーム色で、レースをたっぷりつかったお気に入りのパンツとブラジャー。香水が目についたので、便乗して久しぶりにつけてみることにした。腕を高く上げて(お祈りみたいだとおもう)、しゅっ、しゅっ、と吹きかける。バニラとムスクの霧。

そして
おろし金とスプーンと器を用意して、冷蔵庫の前に座る。白くて小さな扉を開け、一段目に乗ってるものをひとつずつ出していった。ヨーグルトとおみそしるのタッパーを出すと、その奥に冷やご飯と半分に切ったトマト、実家から送られてきた梨とたべかけの納豆がみえた。そのさらに奥、壁ぎわに、息をひそめてそのビニール袋はあった。こうこうと光に照らされて、白く反射している。どきん、と心臓がいうのがわかった。おそるおそる手を差しだして、袋のとってを持つ。ずっしりと重い。脈が速くなるのを全身で感じながら袋の口を開け、覗きこんでみた。
「・・・えっ、」
白い袋の中には、へちまがあった。もらった時よりも黒っぽくなっていて、大きさも3分の2くらいに縮み、皺のよったぶよぶよのへちま。私はそのひんやりと冷たいへちまを掴んで、おろし金ですりおろした。じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり、じゃり。1本全部すりおろした。そして顔を上に向けて、そぼろのようになったへちまをのせていく。しかし、すっかり水気を失ったへちまは、ぎゅっと手でおさえてもぼろぼろと落ちてしまう。何度のせても、落ちてしまう。何度も何度もくりかえしたが結局、何度やっても無駄だった。
「ふ・・・、バカみたい」
小さく笑ってつぶやくと、あとからあとから涙がおちてきた。
窓の外ではもうずっと前に夜が始まっていて、気がつくと部屋の中にも闇が充満していた。開けっぱなしの冷蔵庫から漏れる、つめたい光がそっと私を照らしている。わかってた、はずなのに。わかってたはずなのに。涙が頬をびっしょり濡らし、残っていたへちまの粒を全部洗い流しても、とまる気配はなかった。顔じゅうをしわくちゃにしながらコールタールの水槽の底で、私はずっと泣きつづけてた。

横田裕子 自由課題 2001年10月24日(水)17時35分42秒

 書いてみたものの、散文状態に。変な雰囲気になってしまいました・・・。


 熟れ過ぎてじゅくじゅくになってしまう2歩くらい手前の果実を、そっと手に取る。
 艶やかさと温もりを湛え、薄紅のかかった乳白色の果実。
 その感触がどこか懐かしく思えて、両手で包み込むように何度か撫でた。ビロードに似た、
甘やかな手触り。
 曲線に沿って指を滑らせ、柔らかに放たれる芳香と共に円みをゆっくり味わっていくと、いつしか果実は手の温もりを吸収し、次第に体温と同化しそうな程の熱を発し始める。
 熱とともに芳香が増してゆき、それは部屋をいっぱいに満たさずに手元でゆらゆらと漂っている。嗅覚が麻痺しそうな香水にも鼻腔を刺激する花の匂いにも似ていない香りに、一瞬眩暈を覚えた。
 夏の夜に薄闇の藍の中で燈る、ホタルの灯のように。
 
 果実に口唇を寄せ、静かに歯を立ててみる。
 心地よい歯ごたえと共に歯と果肉の間から水が滲み出てきて、口唇を濡らし喉を僅かに潤した。
 甘く、ほのかに酸っぱかった。
 喉の渇きを満たすように、二口、三口・・・と齧り続ける。歯が果肉に当たる、ぷちぷちという濡れた音だけが部屋の中で響いていた。
 我を忘れて水で喉を潤し果肉を貪っているうちに、果実を持つ手から腕を伝って雫が線を作り床に水玉模様を描いているのに気が付く。そこで果実から口を離し腕に舌を這わせて雫を舐め取った。最後の一滴まで残らず・・・そのつもりで舌を動かす。
 高く上げた手からは、雫はとめどなくゆっくりと流れ落ちてゆく。

 蜂蜜色の月明かりが差し込む部屋で僕は恋人を抱いて、眠る。

 


松永洋介(アシスタント) 十二句の選句はなし 2001年10月20日(土)22時35分26秒
連句「水草生うの巻」十一句目決定 への応答

寮先生はただいま四国へ出張中です。
出発前に選句リストをつくる時間がなかったこともあり、今回の選句の課題はなしです。
第十二句は、木曜日に発表します。第十二句候補のリストもそのときに掲載します。

寮美千子 連句「水草生うの巻」十一句目決定 2001年10月18日(木)20時14分45秒
pttp0006.html#pttp20011013235131 への応答

すみません、お知らせが遅くなりました。

連句「水草生うの巻」第十一句は、
西浦多樹さんの
なにもない祈りを運ぶ影さえも
を選びました。

錆びついたテーマパークは呼んでいる
眼前で超高層は崩れ去り
ひと筋のひびが走ったけぶる地球(ほし)
色褪せたノートの隅の走り書き

など、選びたい句は他にもあったのですが、「アイテム」物が続き、このへんで「なあんにもない気分」を詠んだ作品を入れるのが、流れとして美しいという判断をしました。また、体言止めのものがすでに多くあり、それを避けたいということもありました。「なにもない祈りを運ぶ影さえも」は、言葉の流れも美しく、「信じたレール」によくついています。

さて、次はどうくるか。連句は、時代や時事を読み込むことも、大切な要素のひとつ。今回のテロ事件&アメリカの軍事報復ははずせないアイテムです。ぜひ、トライしてください。まだ「月」が出ていないので、時事ネタに月を組み合わせた風景などもイケます。
 逆に、虚しい方向に来たので、逆手をとって一気に明るくいくというのも一考。

明日の授業では、みなさんに第十二句を詠んでもらいます。考えておいてください。

■連句「水草生うの巻」第十一句まで

水草生う水の深きを悲しまず   四方田犬彦
  ただひたすらに昇りゆく泡   寮美千子
碧い空街角ノイズ耳塞ぐ     高橋阿里紗
  光に溶けるバーガーの紙    小川美彩
私から差しだす右手つなぐ恋    竹野陽子
  フランス映画は理解できない  奥野美和
色彩を抱えたこども駈けだして   鈴木一業
  億万の蝶海峡わたる      寮美千子
文庫本網棚の荷に入れたきり    松永洋介
  続きがあると信じたレール    仲田純
なにもない祈りを運ぶ影さえも   西浦多樹

コハシミカ 課題2(2) 2001年10月18日(木)15時24分10秒

周りの方々の課題が着々と進んでいる中、大変心苦しいのですが、
課題2改訂版の書き込みです。
また、タイトルが未定だったり、小説なのか散文なのか、はたまた詩なのか、
と言った疑問もあったりの文ですがおおめにめに見てやって下さい。



その日、僕は川の土手でひなたぼっこをしていた。腹がたつまま無茶苦茶に自転車をとばして、ついた先がそこだった。灰色の時間。
しばらくしていらだちは消たけど、僕の中には真っ黒な空間が生まれていた。

初めての会う土地。初めて会う人。
『どうして言葉が伝わらないのだろう』‥‥まるで言葉の違う国に来たみたいで。
言葉が伝わらない。

あの日から僕には色が見えない。
すべては無彩色だ。そう、ちょうど白黒テレビみたいに。
くもった灰色の言葉が見えるだけ。アカい言葉もアオい言葉も、今の僕には見えない。

急にさむくなったような気がして、土手に寝ころんでみる。太陽と土があたためてくれる気がしたから。

僕は夏が好きだ。僕の気持ちが熱くなったように錯角できるから。
行き場のないコトバたちが流れていって‥‥
いつの間にか僕はねむりこけていた。


目をあけると、森がひろがってたんだ――――

きーんとなって、少しの静寂。風の音。
音と一緒に、目には真っ白なものが飛び込んできた。
毛布みたいにふかふかした毛皮、真っ黒い目、そのおっきな体に似合わない、ちょこんとついた耳‥‥それが君だった。湖の前のひときわ大きな木に、体をもたれかからせて君はいた。

おそるおそる僕はちかづく。君はちらっと僕をみて、それからなにごともなかったかのように、まっすぐ前をみた。気持ちよさそうに目を細めて。
おそるおそるだけど、もうちょっとちかづいてみる。君はまっすぐ前を向いたままだ。
もうちょっと、もうちょっと、とちかづいていって‥‥‥僕は君の顔をのぞきこんでいた。
君は真っ黒な目をめいっぱい見開いて、僕を見る。そして、口が開かれて‥‥めいっぱい笑い出した。‥‥‥食べられるかと思った。
それから、横の地面をぽんぽんたたく。
「すわれ、ってこと?」
僕は首をかしげて尋ねてみる。
「そ。」
君も首をかしげて答えた。
返事はそっけなかったけど、顔は笑ってた。

僕は君の横に座って、君の視線の先を追う。
視線の先は空。君は風の吹く方に顔を向ける。風は太陽からふいているのだと君は言う。僕には何もみえやしなかったけど‥‥
だけど、(だから?)目を閉じて風の音を聴いた。はっぱのすれる音が聞こえた。僕の髪がざわめく音が、感じがした。とくん とくん 僕の音も合わさる。子守唄にあやされる、僕は森の赤ん坊になったような気がした。
耳をすまして君の音を探しているうちに、僕は眠りについていた‥‥


見なれた白い天井、パズルの散らばった机。ブラインドの隙間から差し込む朝の光。僕の部屋だ。
「ゆめ?」
記憶のピースをうめる作業をする。昨日は学校に行って‥‥そう、むしゃくしゃして自転車をとばして川にったんだっけ‥‥それからそれから。
パズルが完成しない。何ピースか足りないようだ。どうして家にいるのか、さっぱりわからない。でも、そんな事ホントはどうでもよくって。
『夢ならもうちょっと見ていたかったのに。』
なんて考えてる。
夢には『明日見れる確証』なんてないから‥‥

そんな事を考えて、『今日』が始まるって事にため息をつく。この『今日』ってものに僕は少し飽きかけている。かわりばえのしないだろう『今日』に張り切るのが、ちょっと窮屈だったりするから。

それでも、僕は今日も学校にいく。

c2=a2+b2
昨日の半日の二乗と今日の半日の二乗を足しても、明日丸一日の二乗にはならない。昨日と今日は直角に交わるとは限らないから。だからね、予測可能な明日はないよ、とノートの公式は僕に話しかける。

窓の外に太陽を探す。太陽はみんなに平等に照りつける。太陽から風が吹くのだとしたら、風も平等に吹き付けるのだろうか。

放課後、僕はまたあの土手にいくだろう。あの夢がもう一度みたいから‥‥


ながいながい石段をのぼりきると、朱い鳥居が見えた。人気はない、だけど、真っ白の巨体があった。柵に体をもたれて下の方をみてる。
「やあ」
僕が声をかけると、君は手を挙げて返事返す。
横に行って、同じように柵の外を見下ろす。光に反射するおおきな海に、ちっちゃな家がたくさん。僕の住む町だった。
高い所から見る景色は、ちょっと気持ちがよかったりする。
どうしてか君に問いかけてみる。
見下ろしたまま君は言う。
「いろんな方向からみると、せかいが違って見えるよ」と。
そして僕の顔を下から覗き込む。巨体を一生懸命曲げる姿が可笑しくて、僕はふきだした。君も笑っているようにみえた。町中で見るより家はちいさくみえたけど、海はやっぱりおおきかった。だから気持ちよかったのかもしれない

君には、どんな色にせかいが見えているのだろうか?
君と同じ目線で見れたらいいのに、そう思った。

僕を呼ぶ声が聞こえる。まだ君といたいけど、もどらなきゃならないみたいだ。
朱、朱、朱。心臓の音にあわせて焼きつけられていく、鳥居の朱。そして君の白。
あぁ、君はやっぱり晧シロかったんだね‥‥

それから、君に会えないままに夏休みが始まった。
僕は毎日のように土手に向かった。
よく眠れるように、こむずかしい本をもって。
それでもなかなか眠れなくって、こむずかしい知識が増えていく。
その知識も僕を熱くはしてくれるけど、色づけてはくれない。

両手を太陽に向かってのばすと、光に溶けて空と僕が一つになった気がした。
ひんやりとした風が僕をなでる。
微かに空が蒼く見える気がする。
今日はいいお天気で、とってもあったかいよ、
僕は見えない君に話しかける。
でもね、モノクロームの僕のせかいの中で、真っ白な君がイチバンあったかそうに見えたんだよ。
両手をのばしても、もう君には届かないかもしれないけれど。

ときどきむしょうに君にあいたくなる。たとえば、君みたいに真っ白な猫を見かけた時。
ふかふかしたあったかそうな毛が、君を思い出させる。
このせかいにも君はいるんだろう?
どこかの木に体をもたれかからせて、きっとあくびをしている。
真っ黒な目を潤ませ、退屈を紛らわす色を探してる。 

ぬいぐるみを買ったんだ。君によく似た真っ白な。
机の端にあるそれにときどき話し掛ける。返事が返ってきそうな気がして。

そうだ、これから絵を描きに行こう。ぬいぐるみをもって、木のある所へ。
たくさんの色の中で、真っ白な君はよく映えるだろう。
楽しい絵が描ける、そんな気がする。

松永洋介(アシスタント) 課題3(12)連句「水草生うの巻」第十一句選句 2001年10月13日(土)23時51分31秒
pttp0006.html#pttp20011008234848への応答

きのうの授業で、第十句は仲田くんの「続きがあると信じたレール」に決まりました。
そして、その場でみなさんに第十一句を詠んでもらいました。
というわけで、つぎの課題は選句です。

■連句「水草生うの巻」第十句まで

水草生う水の深きを悲しまず   四方田犬彦
  ただひたすらに昇りゆく泡   寮美千子
碧い空街角ノイズ耳塞ぐ     高橋阿里紗
  光に溶けるバーガーの紙    小川美彩
私から差しだす右手つなぐ恋    竹野陽子
  フランス映画は理解できない  奥野美和
色彩を抱えたこども駈けだして   鈴木一業
  億万の蝶海峡を渡る      寮美千子
文庫本網棚の荷に入れたきり    松永洋介
  続きがあると信じたレール    仲田純

■第十一句候補

1. 雨ざらし砂に戻りて風にのる
2. 行く先は遠く近くて爪の先
3. 五つ子の手の中ぴかり新幹線
4. 色褪せたノートの隅の走り書き
5. うそっぽいほんとのことば売る少年
6. 腕を伸ばし翼広げてつかむ天(そら)
7. 永遠に一つではないゴールを競う
8. 音もなく小石流れる散歩道
9. かけぬけた日々の写真は粉まみれ
10. 眼前で超高層は崩れ去り
11. 築いたは螺旋階段見えぬ先
12. 気にするな信じる者は救われる
13. 錆びついたテーマパークは呼んでいる
14. 皿の上行ったり来たり繰り返す
15. 水槽の上も歩ける堺さん
16. 過ぎ去った風景たちを悔やむだけ
17. 出来るだけやってはみたが覚悟しろ
18. なにもない祈りを運ぶ影さえも
19. ひと筋のひびが走ったけぶる地球(ほし)
20. 風船に飛べない鳥の羽を入れ
21. 富士の底地底人を探しに来
22. まるめたらはじけてしまったガラスの目
23. 見えないがきっと先には春がある
24. 見なかったことにしようと目をそらし
25. むきだしの怒りを笑う足の裏

課題3(12)は、第十一句の選句です。
選んだ3句(と番号)、どうしてその句がよいと思ったかを必ず書いて、
水曜(10月17日)いっぱいまでに電子メールで提出してください。件名は「和光/自分の名前/課題3(12)」です。

木曜の昼には第十一句を決定して、この掲示板とメールで発表します。(授業のメールが届いていない人は連絡してください。)
金曜の授業では、第十二句(五七五)を提出してもらいますから、考えてきてください。

というわけで、まず選句をよろしく。

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松永洋介(アシスタント) 課題番号は何番かというと 2001年10月13日(土)19時23分13秒
pttp0006.html#pttp20011013034444への応答

きのうの授業で配ったときに「自由課題」としてあった通りです。
というわけで、今後は「自由課題」としてください。

ほかのみなさんもがんばって書いてくださいね。

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ネモト サヤカ 課題番号は何番ですか? 2001年10月13日(土)03時44分44秒

ちゃかしてるわけじゃないんですが、もう統一しちゃった方がいいかと思って・・・(^^;)
書いてはいた(る)んですが、しばらく一人にならなかったのと、ジャンルがわからなかったので、出せないでいたのですが、ださしてもらいます。
東條くんの感想書くついでに私のもお願いします。
びしばし言ってくれちゃって構わないので。私は。雑談板にでもいいので。
だって私にもよくわかんないんだもん。
でもとりあえず、散文詩だと思って読んでください。


「いちにち」
目を覚ますと、すでに柔らかい光が差し込んでいた。
息を吐くと口からこぼれた泡がゆっくりと水面に上がっていった。
水面に触れて、輪が大きく広がっていく。
ただよう水草の先端から光の束が放たれる。
ゆっくりと泳ぎ出すと、明けたばかりの朝のキーンと透き通るような冷たい水が肌を滑っていく。
強く水を掻くと、光の束が大きくゆれ、バラバラになって水中に散っていく。
どこまでも透明な水の中をミジンコが流れていくのが見える。
大きく口を開けると、冷たい水と一緒にそれらも流れ込んできた。
体の中まで水と同化する。
透明になっていく。
すぐ脇を、自分より一回り小さな魚がすばやく泳ぎ過ぎて、また、水を揺らした。

もう一度目を覚ますと、太陽はすでに真上にあった。
再び目を閉じるが、瞼を通して強い光は目に届き、もう一度眠りにつくことは出来なさそうだった。
日差しがじりじりと地面を焼き、樹上の日陰といえども耐えられないほど暑い。
しばらく考えて、仕方なく起き上がった。
喉が渇いていた。
狩は、もう少し涼しくなってからだ。
しかし、どうにもじっとしていられない。
トッと木からひとっ飛びに下りると、かすかに目眩がした。
3日前から何も食べていない。
今日の狩は成功させなければ・・・。
日なたに出ると鋭い日差しが目を刺した。再び目眩を覚える。
しばらく目を閉じてから、ゆっくりと歩み出す。
水場までは結構ある。
ゆっくりと歩いていく。
足音はしないはずだが、カラカラに乾いた草ががさがさと鳴る。
狩にはむかない。
すぐ近くをトムソンガゼルが駆ける。こちらを盗み見ている。
しかし、こう暑くては視線を投げる気にもならない。
涼しくさえなれば・・・
遠くをシマウマとキリンの群れが悠然と移動していく。
心なしか、涼しい風が耳に触れた気がした。

再び目を覚ますと、ちょうど太陽が山の端に隠れるところだった。
いつも目を覚ますと必ず同じ光景が目に入る。
一体いつからこうして同じ毎日を繰返してきたろう。
そしていつまで続けていくのか、でも、そんなことはどうでもいいことだった。
太陽が最後の日光の一片を投げて沈んでいったら、今日もいつもの狩場に飛んでいく。
それまでに体中の全神経を起こしておかなければならない。
大きく伸びをして思いきり翼を広げ、身震いした。
今日も、夜が、やってくる。
黒いベールがやってきて、全てを覆っていく。
目を光らせ、耳をそばだてる。
虫の音、リスの小さなあくび、遠くで狩をするきつねの足音。
その中で、たった一つのものを探し出す。
小さなねずみが巣穴から這い出る音。
じっと、動かないで待つ。目と耳に全神経を集中させる。その二つがぴたりと合ったとき、聞こえるものはねずみの吐息と、自分の心臓の鼓動。
ゆっくり、音を立てずに翼を開き、
一気に飛び立つ。
自分の羽音と、ねずみの悲鳴とは、同時に聞こえる。
神経を解き、その瞬間、だからこそ、一気に緊張が蘇ってくる。
今日も、山の端に今、太陽の一滴(しずく)が消えていこうとしている。

目を覚ますと、カーテンを通して、蒼い光が差し込んでいた。
時計を見ると朝の4時過ぎだった。
ひどく長く夢を見ていた気がするのに、3時間も寝ていないことになる。
クッションの上で眠ってしまったので、体のいたるところが痛い。
ふと見ると受話器が外れて電話が小さくうめいていた。
電話の後、そのままそこで眠ってしまったのだ。
フローリングに点々と白いしみができていた。
涙はもう乾いてしまっていて、目の下が突っ張っている感じがする。
自分でもわかるくらいに目が腫れている。
私は起き上がってカーテンをひき、窓を開けた。
早朝の、まだ濁っていない清澄な空気が部屋に滑り込んでくる。
その空気を思い切り肺に吸い込むと、体の中まで清澄になっていく気がした。
朝焼けが、東の空の端を薄朱色に染め始めている。
そして、空はめまぐるしくその表情を変えていく。
一度まばたきするたびに、どんどん空が変わっていく。
まるで早回しのフィルムを見てるみたいに。
こうやって、また一日が始まっていく。
あと3時間もすれば、今日も仕事へいかなければならない。
泣き疲れて目を腫らしていても、恋人と二人で迎えていても、朝は必ずやってきて、いつもと同じ日常に私を巻き取っていく。
その枠から飛び出したいと思うのに、それができないでいる自分を思った。
目に冷たいタオルを当て、ホットコーヒーのカップを手に包んでベランダに腰をおろす。
もう、かなり明るい。
目覚まし時計のスイッチを切る。
今日もまた、一日が始まる。

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東條慎生 課題番号は何番ですか? 2001年10月11日(木)17時32分06秒

では、先生の要望に応えまして、さっき1時間くらいで書き上げたやつを提出します。構想自体はかなり前からありましたが。というか、この作品を小説と読んでいいのかどうか私自身も疑問です。雑談板にでもいいので、感想および批評を与えると私が喜びます。


   「青の果てのシジフォス」

 俺はもう、疲れたんだ。彼はその光景を憎々しげな思いを込めて不出来な一枚の絵と見なした。ただ青一色に塗られたキャンバスを走る二本の線。それは真っ直ぐ延びる線路のレールのようにどこまでも続いていき、その先は遠近法パースペクティヴの消失点へ続いていた。しかし、平行線が交わることはないように、彼はいつまで走ってもその消失点に到達することは出来ないであろうことに、気づいていた。
 青空に浮かぶ一本の、長い長い、先の見えないほど長い橋。何もない虚空にただ、不気味に浮かんでいる橋。ロープと木の板だけで形作られているそれは、支柱やそれに当たるものが何一つないのに、浮かんでいる。そしてその橋は、小気味よい音を立てながらドミノが倒れ続けるように、導火線が次第に燃え尽きながら火種を運んでいくように、崩れ落ち続けていた。
 彼はその橋の上をただひたすらに走っていた。背後から迫りくる崩落の音に急き立てられ、訳も解らず延々と。何故だろう、何故俺はこんな所で走り続けなくてはならないんだろう? 彼には何故自分が今そこにいるのか解らなかった。それだけではない。彼は自分が誰なのかさえ、知らない。弾、弾、弾、と定間隔のリズムで靴音が乾いた板に弾け散る。同じリズムで一歩後ろの橋板が落ちる。彼は急き立てられるままに走るより他なかった。
 果てしない徒労の中で彼は考え続ける。いったいここはどこなのだろうかと。こんな場所がいったい地球のどこにあるというのか。しかし、これが現実だと考えること自体が無意味なのかも知れない。青空に支柱もなく浮かぶ橋などというものの、どこに現実性があるのか。この白い悪夢のような世界は、まさに夢の中なのかも知れない、彼はそう考えた。しかし、走るこの体の徒労、乾いた靴の音、頬を撫でる空気の感触、汗ばむ服の匂い、そのどれもがこれは疑いようのない−いや、疑ったところで意味のない−現実だと彼を追い詰めていた。
 しかし、結局俺は誰なんだ。いつからこの橋の上に取り残されたのか。何一つ過去のことが思い出せない。もともと過去などなかったのかも知れない。何かが始まった瞬間から俺はただ走るためだけにここに存在し、この橋板が落ちるのと共に過去を削除され続けているのではないだろうか。彼は過去を思い出そうとしてみた。しかし、延々と走り続けるだけの彼にとって時間というものは認識され得ないものでしかなかった。走り続ける景色はいつまでたっても全く同じ光景で、変化の現れることが皆無な世界でどうやって近い過去と遠い過去の区別を付けることが出来るのだろうか。記憶を探る作業は彼にとって、一瞬で見終わった夢の記憶の断片を、肌理の細かい流砂を櫛で掬うように掻き混ぜることでしかなかった。とすれば、俺は別に何でもない、機械の歯車に等しい存在なのかも知れない。時計の中に潜む一片の歯車に、どうして過去が必要か?
 しかし、その考えは彼をさらなる失望に陥れていた。それはまるで自分自身を飼育箱の中に閉じこめ、自ら喜んでハムスターの車輪を回し続けるような、敗北的なものだった。彼は、どうにかしなければと思い始めていた。しかし、このどうしようもない状況でいったい何が出来るというのだろうか。どこにも逃げ場のない、青一辺倒の空。ただ前にだけ続いている、直線で出来た牢獄のような橋。彼はいったいどこに逃げ込むことが出来るのだろう。もし、橋の上から飛び出しても、地面が見えないほどここが高いのではなく、そもそも地面そのものがないのだと彼は思っていた。「地面が見えないほどの高さ」などというものがどうやったら想像できるというのか。
 彼はもう一度、自分を時計に喩えていた。そうだ、時を止めてしまえばいいのだ。必要なのは発想の転換なのだ。橋が落ち続けていくから俺が走っているのではなく、俺が走っているから橋が崩れ落ちていくのだ。俺が橋の上で走ることを止めてしまえさえすれば、少なくともこの屈辱的状況からは逃れられるだろう。彼はそんな考えに希望を託していたわけではなかった。たとい、彼が歩みを止め、そのために橋が崩れ落ちることをやめたとして、結局彼は橋の上にいるしかなく、橋が前にしか続いていないという絶望的状況から救われる訳ではないからだ。彼は自分自身に対して負けを認めたくなかっただけだった。自分に負けるくらいなら世界に負けることを選んだというだけのことだった。
 俺は、走ることをやめなければならない。この牢獄に勝負を挑まなければならない。落ち続ける橋に負けることなく、俺は、足を、止める。それは、時間が停止する瞬間だった。俺は、走り幅跳びの選手のように跳躍し、スローモーションの光の中を舞い、着地する木板に足をぶつけた。しゃがんだ状態から俺は足を真っ直ぐに伸ばし、直立の姿勢を取った。そして、橋は落ち続け俺は一枚の橋板の上で直立の姿勢のまま、遙か彼方の重力が気ままに赴く場所へと落ちていった。見上げると、橋はまだ落ち続けていた。
 彼は、見えなくなるまでずっと橋の方を見上げていた。青い虚空に消えるまで。そして、次は私が走っている。延々と落ち続ける橋の上を走る番が、私に回ってきたのだ。何故なのかは解らない。結局ここでは何もかもが理由のないことなのかも知れない。ひとつ、私なりに理由をつけるとすれば、時がとまることは許されないからなのかも知れない。一体誰が許さないと言うのか、解らないが。そして私も走り続ける。それ以外選択肢はないからだ。一つの絶望的手段を除いては。しかし、私は止まらない時を止めるという前任者の考えが気に入っている。私も結局、負けず嫌いなのだ。

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松永洋介(アシスタント) 課題3(11)連句「水草生うの巻」第十句選句 2001年10月08日(月)23時48分48秒
pttp0006.html#pttp20011006202201への応答

■連句「水草生うの巻」第九句まで

水草生う水の深きを悲しまず   四方田犬彦
  ただひたすらに昇りゆく泡   寮美千子
碧い空街角ノイズ耳塞ぐ     高橋阿里紗
  光に溶けるバーガーの紙    小川美彩
私から差しだす右手つなぐ恋    竹野陽子
  フランス映画は理解できない  奥野美和
色彩を抱えたこども駈けだして   鈴木一業
  億万の蝶海峡を渡る      寮美千子
文庫本網棚の荷に入れたきり    松永洋介

■第十句候補

 1. アリバイ工作忘れて眠る
 2. 打ち捨てられた星座を回す
 3. 考えすぎて鮮度を落とす
 4. 刻むリズムに思い出す歌
 5. 切符と切手僕か手紙か
 6. くつをぬいだら思い出がポロリ
 7. 黒白青の縞々模様
 8. 煙る時間はただあてもなく
 9. 白い吐息に月を落として
10. スタートラインははるか後ろに
11. 食べきれなかったお菓子を思う
12. 続きがあると信じたレール
13. 続きのうたは心で綴る
14. つまらなくてもつまった言葉
15. 閉じた時間を削り行く風
16. 箱いっぱいに咲く白昼夢
17. ぱつぱつのにもつ なさけない僕
18. ひっきりなしに小鬼がはしゃぐ
19. ふざけだすのがいつもの癖で
20. 古い光に道はモノクロ
21. 未熟な魂木陰で昼寝
22. メザメヨ・アク・ニ 夜の森は木
23. ゆれる視線をからかう地形

課題3(11)は、第十句の選句です。
選んだ3句(と番号)、どうしてその句がよいと思ったかを必ず書いて、
木曜(10月11日)の18:00までに電子メールで提出してください。件名は「和光/自分の名前/課題3(11)」です。

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松永洋介(アシスタント) 連句第十句締切は日曜に延期 2001年10月06日(土)20時22分01秒
pttp0006.html#pttp20011002020959への応答

課題3(10)は、連句「水草生うの巻」第十句目の作句ですが、集まりがいまひとつだったので、締切を日曜いっぱいまでのばしました。
みなさん、がんばって書いてください。

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寮美千子 連続テロ事件/アメリカによる報復 を考えるための資料 2001年10月03日(水)01時01分00秒

▼連続テロに対する報復戦争の国際法的な正当性は成り立たない/加藤尚武

哲学者であり、鳥取環境大学学長の加藤尚武氏による小論文。
京都大学の加藤尚武氏のホームページに掲載されています。

加藤尚武氏略歴
http://www.nhk.or.jp/ningenkoza/200007/tue.html

小論文「連続テロに対する報復戦争の国際法的な正当性は成り立たない」
http://www.ethics.bun.kyoto-u.ac.jp/kato/terrorism.html

▼鳥取環境大学学長としての加藤尚武氏の言葉

「合理的な努力をして長い道を進もう」は、すばらしい宣言文です。感動しました。
http://www.kankyo-u.ac.jp/guide/president/index.html

(一部抜粋)
>どんな小さな目標でもひとつ達成すると、問題解決のコツが分かってくる。
>最初の小さな課題に取り組むときに、悪びれないで、素直に全力を傾けよう。

>人間の幸福はどこに成り立つのかという問いに、ギリシャの哲学者アリストテレスは
>「自分の持ち前の力量を発揮することに幸福がなりたつ」と答えている。
>「自分の持ち前の力量を発揮すること」をできるかぎり長続きさせることが、
>一番大きな幸福になると、アリスト テレスは教えている。

▼サイードとチョムスキーの発言/浜野智氏より

青空文庫を主催していらっしゃる浜野智氏より、下記のサイトをご紹介いただきました。

テロ事件とアメリカの報復に関するエドワード・サイードの発言の日本語訳。サイードはパレスチナからアメリカへ亡命した知識人です。
http://nakayama.org/polylogos/chronique/

サイードの原文 Islam and the West are inadequate banners はこちらにあります。
http://www.guardian.co.uk/Archive/Article/0,4273,4258199,00.html

ノアム・チョムスキー「悪循環を避ける道 」が下記に。
チョムスキーは鳥に翼があるように、人間には言葉があると語る言語学者。
http://www.zmag.org/chomcalmint.htm

▼ニューヨーク テロ事件被害者(行方不明者)の家族から大統領への手紙

きくちゆみさんが発起人のグローバル・ピース・キャンペーンのHPに掲載されています。

http://www.peace2001.org/gpc/letters_from_victom.html
英語原文:http://attac.org/listen.htm

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松永洋介(丁稚) “雑談板”スタート 2001年10月02日(火)02時36分53秒

新掲示板「物語の作法」雑談版を設置しました。

当初、ここ「物語の作法」掲示板は、課題の提出だけでなく、授業周辺の雑談場所としての利用も想定していたのですが、“力の入った文章がすごい勢いで投稿されているところでは雑談がしづらい”ということがわかってきました。
そこで、提出された課題への感想や批評を述べあったり、もっと日常的な雑談をするための場所として、新たな掲示板をつくったというわけです。
使い方は「物語の作法」掲示板に準じます(匿名不可・メールアドレス必須)。
授業周辺の話題、相互交流に活用してください。

⇒この記事に応答する


寮美千子 九句目決定/課題3(10)十句目募集 2001年10月02日(火)02時09分59秒
pttp0006.html#pttp20010929015648への応答

■連句 第九句目 発表

網棚に置いた荷物に入れたきり   松永洋介

を選びました。八句目「海峡」から「長距離列車の旅」を連想した付句。海峡の見える海岸沿いを走る列車が目に浮かびます。視点は、そのままぐっと列車の内部に移動。読むつもりで持ってきた本も読まずに、窓の外を眺めるともなく眺めている独り旅の青年が見えてきます。不即不離で、よく付いていると思いました。

しかし、この句では「網棚に置いた荷物に入れたきり」にしてあるものが何だったのか、描かれていません。読者が想像するしかない。これでは不親切だし、状況がくっきりと浮かび上がってこない。くっきりとさせるために、作者に改作を求めたところ

文庫本網棚の荷に入れたきり   松永洋介

という句ができてきました。「文庫本」という、いかにも旅のアイテムが詠みこまれることで、状況がぐっとはっきりしてきました。「網棚に置いた荷物」という冗長な言葉も「網棚の荷」というすっきりとした表現になり、句の密度が高くなりました。広々とした自然の光景から転じて、一気に私的な情景に移行する、その転じ方が鮮やか。連句らしい起伏を生みだしてくれました。

■第十句目のヒント

蝶は春の季語ですが「蝶の渡り」は春と秋に見られます。次の「文庫本」の句には季節がなく「雑の句」になっています。連句では、季節はできるだけ前に前にと進むのが原則。「億万の蝶海峡渡る」を春ととれば、独り旅は春か夏、秋ととれば、秋か冬になります。夏休みの独り旅と、冬休みの独り旅は、だいぶ趣が違う感じ。さて、どちらととるか?

というところで、第十句目ですが、その前にひと言。みんな、すごくいい句を書いてくるのですが、いかんせん「付かない=離れすぎ」。ふつう「これは付きすぎです。もう少し自由に発想しましょう!」とけしかけなければならないところが、このクラスの学生諸君は、みんなのびのびと我が道を行く自由闊達な人ばかりなのか「少しは付けろよ!」といいたくなるような離れぶり。みなさん、もう少し、前の句に付けましょう! これは「連句」なのです!

で、第十句目。壮大な自然の風景から、ぐっと個人的な情景に入ってきました。心の中を詠むもよし、旅の情景を詠むもよし、旅先のふとした出会いと別れを詠むもよし。車窓から見える大自然の風景は八句目と「観音開き」になるのでダメですが、もっと身近な駅や田舎町の様子などはいいでしょう。全体に光に満ちた明るい昼の光景で流れてきているので、この辺で「夜」を詠むのもいいかもしれません。よいうわけで、みなさん、がんばってください。締め切りは、今週の木曜日(10月4日)の正午まで。健闘を祈ります。

■連句「水草生うの巻」第九句まで

水草生う水の深きを悲しまず   四方田犬彦
  ただひたすらに昇りゆく泡   寮美千子
碧い空街角ノイズ耳塞ぐ     高橋阿里紗
  光に溶けるバーガーの紙    小川美彩
私から差しだす右手つなぐ恋    竹野陽子
  フランス映画は理解できない  奥野美和
色彩を抱えたこども駈けだして   鈴木一業
  億万の蝶海峡を渡る      寮美千子
文庫本網棚の荷に入れたきり    松永洋介

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寮美千子 連句「水草生うの巻」九句目選評 2001年10月02日(火)02時05分11秒
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■第九句候補作/評・寮美千子

▼杉本茅
想い込め闇夜に灯るディスプレイ

深夜、コンピュータのディスプレイにひとり向かう姿。発想も情景もとてもいいけれど、いかんせん前の句に全然ついていない。

▼奥野美和
つやつやでさわれなかったゆで卵

この句は秀逸。これだけで独自で成立する感性のよさを持っている。採りたいのはやまやまだけど、これも前の句に付いていない。でも、奥野さんはすごく感性がいいから、短歌をやってみたらどうだろう? この句に自分で下の句をつけて、短歌として完成させてみたら?

走れないクラウチングの意味を教えて
ブロッコリー? 近くで見たら森だった

このふたつも、いかにも奥野さんらしい感性が溢れている。はっきりって、才能があります!

▼小川美彩
耳近く虫の音の風秋が来た

蝶〜虫 への発想? しかし、前の句の情景に付いていないのが残念。

自由ならひとりぼっちで国もなく

連句としてのセンスは抜群。これを採ろうかとも思ったのだけれど、ちょっと離れすぎかなあ。

▼仲田純
溶けだした氷の雫いつまでも
いつまでも私が私であるように

二作とも、それぞれとてもいいのだけれど、付いていない。残念だなあ!

▼杉山千絵
屍に咲く道標匂い立ち

この句も採りたかった一句。渡る蝶のすべてが海峡を渡れるわけではないだろう。蝶の大群が去った後、死んだ蝶の浮かぶ海。そこから、ここへ素直に発想できる。すごくよかったのですが、流れとして、いままでの耽美系の流れの延長線上といった感じが、ちょっと残念。あえてその流れをはずすために「文庫本」を採りました。

星を待ち大気の底を泳ぐ歌

これも、美しいのだけれど、そのイメージの美しさが、やっぱりいままでの流れから転じきってきないところが残念。

透き通る枯れ葉抱きしめ舞い上がり

何が(誰が?)透き通っているのか、舞い上がるのは何(誰?)なのか、よくわからない。

▼東條慎生
波の音風の音だけきこえてる

海峡を渡る蝶が去ったあと、聴こえてくるのは波の音、風の音だけ。よく付いているし、すごくいい。のだが、いままので流れが「濃い」というか「濃すぎる」ぐらいなので、このあっさり感では、負けてしまう感じ。これも採りたい句だったけれど、残念。

舞い降りる翼の屑がひらひらと
揺らぐ葉が切れ切れ飛んで彼方へと

ひらひらときらきらの感じが、残念ながら前の句とかぶりすぎてしまいました。句だけ独立して見ると、視覚的イメージ豊かで、とてもいいと思います。

▼西浦多樹
寄る辺なき語りにとかす砂時計

雰囲気はすごくいいのですが、いまひとつ、意味不明なところが……。「寄る辺なき」と「語り」と「砂時計」。ひとつひとつの単語が、まるで連句のように不即不離。とてもいい感じなんだけれども、つなげると意味がよくわからない。単語をつなげる「とかす」という動詞も、具体的に何をさすのかわからない。西浦さんの作品には、このような謎な部分が往々にして見受けられます。「うまくいえない」のじゃなくて「きっちりと言い切りたくない」「かっちりと構成したくない」という強い、というか強情なまでの意志を感じるのは、わたしだけ? 決め込むことで、指の間から大切な何かがこぼれてしまうような不安を感じているのかもしれないけれど、それを引き受けるのも「表現」のひとつの覚悟だと思うのです。

解けゆく迷路のかけら薔薇の中

「解けゆく迷路」=「薔薇」という、すばらしい詩想! 天才的! しかし、それが「=」と確定されていない微妙に曖昧な言葉遣い。それが、せっかくの詩想をあやふやにしています。とても残念。

じゃあまたねポツリ滲んだ晴れの日に

これはぐっとわかりやすくていいけれど、前の句からちょっと距離がありすぎかな。

▼横田裕子
目指しゆく遥か彼方に蜃気楼

よく付いていて、いい句です。しかし、付きすぎ。

時空(とき)を超え地球は回る 君の為に

標語みたいで面白い趣向。「に」は字余りだけど。

▼松永洋介
山頂のフラー・ドームの耐えた風

富士山頂のドーム。壮大な風景でつながるのかもしれませんが、やっぱり離れすぎ。

ここまでは轍の跡が見えていた

独立した一句としてはいいけれど、やっぱり無理があるなあ。「蝶の渡り」→「旅」→「轍」と、二段階踏まないと行き着けない。ということは、やっぱり離れすぎ。

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ネモト サヤカ 課題5(2) 2001年09月30日(日)20時29分07秒

例の事件が起きた9月11日から、空気の匂いがもう、変わってしまった。
いや、もうすでに変わり始めていたのかもしれないけれど、私は気付かなかった。
その鈍さに、幸せさに・・・。
さまざまな可能性を考える。
例えば、この半年、やたらと戦争映画が撮られてこなかったか?
「スターリングラード」、「パールハーバー」、「コレリ大尉のマンドリン」。他にも?
私はこういったものに興味がないから見てはいないけれど、これらがもし、プロパガンダ目的で撮られたものだとしたら。
市民の洗脳は、もはや数ヶ月(一年以上??)も前から始まっていたとしたら?
「パールハーバー」のヒットの直後に事件が起きたのは?
考えるだに恐ろしい。
テレビでは連日、「タリバン政権がどんなにひどいか」を、アメリカ側の人間が報道している。
もう、何も信じられない。
時には吐き気を催すような発言もある。
完全に「自分のことは棚に上げた」発言、いや、むしろそれ以上。(以下?)乾いた笑が漏れるほどに。
世界の空気そのものが不穏によどんで捻じ曲がって、近頃息がしづらい。
そんなわけで、私はその重みに屈して今、また、耳を塞ぎ、目をつぶりつつある。
図書館で借りてきた、イスラムの文化やパレスチナ、サウジに関する書物も本棚の中に手付かずで、ある。
とても恐ろしくて、でも、今の私にはどうしようもなく、それこそ、たまたま向かい合った人一人にさえ、自分の意見を納得させられず。言葉が通じず。
とても怖い!
怖い!
そういうことを、周りに表明していないと、不安でしかたない。
そういうことを、周りに表明していても、不安でしかたない。



・・・なんか、とても情緒不安定な状態で書いたので、通じないかもしれません・・・。
でも、私にとっては、少なくとも私にとっては、この匂いが変わりだした空気そのものが肌に張り付く恐怖の原因で、胃壁をすりつぶす原因で。
考えること、目にするものがすべて忌まわしい、恐ろしいものに見えてしかたない。
自分の弱さに嫌気がさします・・・。

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松永洋介(アシスタント) 課題3(9)第九句の選句 2001年09月29日(土)01時56分48秒
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きょう(28日)の授業で、第九句の候補のリストを配りました。

■連句「水草生うの巻」第八句まで

水草生う水の深きを悲しまず   四方田犬彦
  ただひたすらに昇りゆく泡   寮美千子
碧い空街角ノイズ耳塞ぐ     高橋阿里紗
  光に溶けるバーガーの紙    小川美彩
私から差しだす右手つなぐ恋    竹野陽子
  フランス映画は理解できない  奥野美和
色彩を抱えたこども駈けだして   鈴木一業
  億万の蝶海峡を渡る      寮美千子

■第九句候補

1. 網棚に置いた荷物に入れたきり
2. いつまでも私が私であるように
3. 想い込め闇夜に灯るディスプレイ
4. ここまでは轍の跡が見えていた
5. 山頂のフラー・ドームの耐えた風
6. 屍に咲く道標匂い立ち
7. じゃあまたねポツリ滲んだ晴れの日に
8. 自由ならひとりぼっちで国もなく
9. 透き通る枯れ葉抱きしめ舞い上がり
10. つやつやでさわれなかったゆで卵
11. 時空(とき)を超え地球は回る君の為に
12. 溶けだした氷の雫いつまでも
13. 波の音風の音だけきこえてる
14. 走れないクラウチングの意味を教えて
15. ブロッコリー? 近くで見たら森だった
16. 星を待ち大気の底を泳ぐ歌
17. 解けゆく迷路のかけら薔薇の中
18. 舞い降りる翼の屑がひらひらと
19. 耳近く虫の音の風秋が来た
20. 目指しゆく遥か彼方に蜃気楼
21. 揺らぐ葉が切れ切れ飛んで彼方へと
22. 寄る辺なき語りにとかす砂時計

(配った紙とでは一部の番号が変っていますが、句の増減はありません)

課題3(9)は、第九句の選句です。
選んだ3句(と番号)、どうしてその句がよいと思ったかを必ず書いて、
日曜(9月30日)いっぱいまでに電子メールで提出してください。件名は「和光/自分の名前/課題3(9)」です。

結果は月曜日中に発表します。

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