ハルモニア Voice/寮美千子の詩

寮美千子がSt.GIGAで発表した[voice]と、新作の詩を載せていきます。
★=星の時 ○=水の時 ▲=新作
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▲ 生まれ変わり――カオリンに捧げる  2012/1/16

Tue, 17 Jan 2012 12:16:19

アルミ缶の プルタブのある面を切り落とす
残った円筒形の胴の部分に ハサミを入れてゆく
慎重に 慎重に 2ミリ幅の帯状に
あなたは紙でも切るように やすやすと切っていく 
定規も使わず 印もつけず ただ目分量で 
いつだってまちがいなく 88本きっかりに

アルミといえども 鋼の眷属
思うよりもずっと固いそれを
そんなにもやすやすと 切ることができたのは
きっと うち捨てられていた空き缶たちが
あなたを 好きだったからだ
あなたに めでられ 惜しまれて
拾いあげられた そのことが
うれしくて たまらなかったからだ

もう おしまいだと思っていた
どうせ 使い捨てられるために 
この世に生まれたのだと
あきらめていた そのときに
あなたの手が伸びてきた
小さな白いふくよかな手が

いとおしむような あなたの微笑みに包まれながら
空き缶たちは 胸ときめかせただろう
なにに 生まれ変わるんだろう
ぼくは どんな命をもらえるんだろう と

不安よりも期待の方がずっと大きかった
はちきれそうな喜びのなか
アルミ缶は やわらかな紙になった
手懐けられた猛獣のように
すなおに ただすなおにハサミで切られて

広げれば花 88の花弁
あるいは太陽 あるいは満月
後光にも似た光の棒を放ち
ただ それだけでも美しいのに

あなたは その一枚一枚の花弁を
指先でやさしく丸め 形作り
踊るアラベスク ペルシャの唐草模様
息を呑むほど繊細な 蝋燭立てに仕上げていった
それはときに 可憐な蝶に きらめく蜘蛛になり
時の彼方まで大きく翼を広げた 鳳凰にさえなった

そのあなたが 生まれ変わるなら
どんなに美しいものになるのか
想像もつかない

きっと時の彼方 星々のきらめく銀河で
大きく翼を広げる 銀色の鳥になって
悠々と宇宙を 翔けているのかもしれない

かよわく小さな青い惑星と
その上で きょうもあたふたと生きるわたしたちを
限りない慈しみの眼差しで見つめながら

        Copyright by Ryo Michico


▲ 星の海 TSUNAMI2011

Wed, 14 Sep 2011 20:13:58

愛する人も 大切な物も
なにもかも 流されて
明かり一つない 大地から
天の川が 立ちあがる 

おそろしさも くやしさも
なに一つ 追いつかない
いとしい人 呼ぶ声も
光さえも 追いつかない

高くあげた拳 
どこへ向けていいのか
わからないまま 胸に
ただ強く 押し当てる

なぜ わたしが生きていて
なぜ あなたがここにいない
海を見て 声もなく
うなだれる 人々の

ああ 哀しみを縁取る
無数の星たちよ
そのなかの 暗闇が
生きている証

なぜ わたしが生きていて
なぜ あなたがここにいない
この命 なんのため 
許されて ここにある

ああ 苦しみを縁取る
無数の星たちよ
海に融けた 魂が
水平線から 立ち昇る

いつの日か 明かりが
この町に 戻っても
わたしは 忘れない
この深い 暗闇を

いつの日か 明かりが
この町に 戻っても
わたしは 忘れない
星たちの まぶしさを

底知れぬ 暗闇と
星ぼしの 輝きを
胸に抱き 歩んでく
波の音を 聴きながら

        Copyright by Ryo Michico


▲ ひとにぎりの塩

Wed, 14 Sep 2011 20:12:32

潮の香りが こんなに なつかしいのは 
いつか かあさんの お腹のなかの
小さな海に いたから

波の音(おと)が こんなに なつかしいのは 
いつか かあさんの 胸の鼓動
ずっと 聴いていたから

人は 遠い昔 海に生まれた命
赤い血潮に いまも
波が 打ち寄せている

人は はるか昔 陸(おか)に上がった命
ひとにぎりの塩が
この命つなぐ 

人は 時を超えて 海を抱(いだ)いた命
ひとにぎりの塩が 
人の心つなぐ つなぐ


   映画「ひとにぎりの塩」主題歌
   作曲 谷川賢作
   歌 金沢ジュニアオペラスクール
   ⇒YouTubeで聴く

        Copyright by Ryo Michico


▲ ウリナラ ウリマル ウリハッキョ

Sun, 20 Feb 2011 15:20:04

       大和三山は耳成山のふもと
       朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー朗読会の懇親会に参加して詠める詩

ウリナラ ウリマル ウリハッキョ
その夜 わたしは いくつもの言葉を覚えた
教わったのではない
まだ語ることを知らぬ 幼い子どものように
見知らぬ言の葉の渦のなか
母の乳が やさしく体にしみいるように
それは わたしにしみてきたのだ

日本語と朝鮮語のちゃんぽんが
手鞠のように ぽんぽん弾む
ここでは わたしは少数派
スミダ スミダ とテレビで聞きなれた
語尾だけが くっきりと耳に届く
わたしは 目をまん円くして
人々の顔を見つめる
わたしたちとよく似た面立ちのこの人々は
いったい何を語っているのだろうか と

ああなぜ わたしは この言葉に触れず
この人々の仲間の たった一人にも出会わずに 
半世紀を超え 生きてきてしまったのか
話さないでも 生きてこられる世界だった
出会わないでも 生きてこられる世界だった
あなたがたはみな 日本人と顔を合わせ
日本語を覚えずには
生きてこられない世界だったのに

ウリナラ ウリマル ウリハッキョ
ああ ウリ とは わたしたち のこと
教わらずとも わかってくる
わたしたちの国 わたしたちの言葉 わたしたちの学校
ウリナラ ウリマル ウリハッキョ
覚えたての言葉を 舌の上で 転がしてみる
異国の香料の香る 飴玉のように
それは わたしの舌にほのかに甘く
やがて 薬草のようにほろ苦い

遠い遠い時の彼方 この国のはじまりのころ
半島は憧れの地 新しくきらめくものは
みなそこから 海を越えてやってきた
わたしたちは 赤子が乳をむさぼるように
半島の文化をむさぼり 
すくすくと育ったのではなかったか

それなのに 
まるで一人で育ったと思っているドラ息子のように
敬いもせず 感謝することもなく
それどころか 軽んじ 蔑みさえして
あなたがたを 苦しめてきた
その事実さえ 素手で触れることなく
ここまできてしまった わたしなのに 
わたしたちなのに

あなたがたは 笑顔で迎え
ありがとうと 微笑み 涙さえ流し
高らかに民族の歌をうたい 踊りをおどる
その笑い声と歌声の渦のなかで
わたしは 遠い時代のこの島国の人のように
いまだ言葉を知らぬ 幼い子どものように
あなたたちの言葉を覚えては 歓びを覚えるのだ
ウリナラ ウリマル ウリハッキョ
かなしいまでに 美しい言葉たち
いまやっと出会えた
あたらしく なつかしい人々よ!

        Copyright by Ryo Michico


▲ 四月の空/渋谷則夫に捧げる

Tue, 14 Dec 2010 01:01:09

しあわせだったなんて 言わせない
いい人生だったなんて 言わせない
それを言えるのは きみだけで
そのきみは もう ここにはいない

ゆったりと 光は揺れ
ゆるやかな 渦を巻く

子どもが 追いかける
そのひとひらが 地に落ちる前に
小さな手で つかもうと
笑いながら 花びらを 追いかける

けれども 空は凍りつく
四月の空は つめたく青く
この春に咲く すべての花を
そのなかに やわらかく抱き
この春に萌える 生まれたばかりの緑を
泣きたいほどに いとおしみながら

四月の空は 凍りつく
頬をなでる やわらかな風と
目を閉じても感じる たっぷりとした陽射しを
そのままに 刻印し
春に満ち 光に満ち 命に満ちて
見たこともないほど 透きとおり

惜しかっただなんて 言わせない
まだ することがあったなんて 言わせない
それを言える者など この宇宙のどこにもいなくて

光は満ち
光に満ちたまま 凍りついた四月の空に 
ぼくは きみを探し 
探しあぐねて 
ただ 空に 隅なく響く 
新しい予感を 感じるだけだ

いつしか 空の巨きさにまで広がった
きみの微笑みのなかに いるとも知らずに

                           (渋谷則夫氏は1998/4/18逝去)

        Copyright by Ryo Michico


▲ なゆた  ―西はりま天文台によせて

Thu, 13 May 2010 16:08:12

たゆたう あまたの星を
めぐり めぐり ここへ来た
あなたに めぐりあうため
はるかな旅を してきた

  はじまりは 遠い空
  なにもなき 時の果て
  ゆらぎから はじまりし
  この世界 ひとつの宇宙

  生まれては 砕けちる
  幾億の 星たちよ
  かけらたち 旅をして
  いまここで わたしになった

砕けた あまたの星が
めぐり めぐり ここへ来た
あなたの 瞳のなかに
星のかけらが きらめく

たゆたう あまたの星を 見つめる あなたの瞳 
きらめく 時の彼方を 見つめる なゆたの瞳

        Copyright by Ryo Michico


▲ わたしの耳は貝の殻 ―野辺山電波望遠鏡によせて

Thu, 13 May 2010 14:36:56

星のなぎさから
打ち寄せる波の音(ね)に
耳を澄ませている
あれは白い貝殻

  わたしの耳は 貝の殻
  海の響きを なつかしむ

  わたしの耳は 貝の殻
  星の響きが なつかしい

星のかなたから
打ち寄せる光たち
心澄ませて聴く
星の海のざわめき

  夜空に向けた 貝の殻
  きらめく星の 歌を聴く
  
  わたしの耳は 貝の殻
  星の響きを なつかしむ

        Copyright by Ryo Michico


▲ 三角讃歌 ―sankakuのための言祝ぎ

Sat, 24 Apr 2010 22:10:55

三角
さんかくさんかくさんかくさんかくさんかくさんかくさんかくさんかくさんかくさん
三角 拡散する三角
三角 芸術に参加する三角
三角 夢四角に参画する三角
三角 三角筋を鍛えて運動する三角
三角 関係する三角関係は心が痛い
三角 数学する三角関数は頭が痛い けれど役に立つ
三角 ピタゴラスの定理の美しい直角三角形
三角 エジプトの昔からピラミッドの三角測量
三角 悠久の時の流れに浮かぶ三角州に芽生えた古代文明
三角 三角巾をきゅっと結んだ家庭科の調理実習は料理とはちがう
三角 アンドロメダの南東に輝く Triangulum 三角座の星々よ
三角 天の鈴の音を鳴り響かせる triangle となれ!
三角 プロキオン・シリウス・ベテルギウスの冬の大三角形
三角 ベガ・アルタイル・デネブの大三角形の真夏の夜の夢
三角 三角縁神獣鏡掲げし古代の巫女の
三角 祈りは神と地霊と人とを結び
三角 と三角と重ねれば六芒星 魔除けの星となり
三角 の結界に守られた聖なる夢CUBEに
父と母と子 過去・現在・未来 天と地と人をあまねく招きながら
拡散せよ三角 参画せよ三角 参加せよ三角に 人みなこぞりて
星と星とを結び 人と人とを結び 点と点とを結び結びて
三角なる芸術を 無限増殖をせよ!
このはるのひの びるしゃなのたなごころより

        Copyright by Ryo Michico


▲ あおによし

Tue, 20 Apr 2010 01:32:09

はるばると 沙漠をこえて
幾億の 荒波を わたり
びるしゃなも 旅をしにけり
ちはやぶる 神々の地へ

さかしらな 人の行い
きずつきし 心たち あまた
ふりつもる 痛みを胸に
夢はなお たどりつきたり

  あおによし 奈良の都は
  まほろばよ はじまりの地よ

天離る いにしえ人は
ぬばたまの 闇の世の彼方
きらめきて 光を放つ
星となり われに語らむ

さまよえる 人の心に
失いし 夢はまた 咲きて
びるしゃなの てのひらのなか
人々の 祈りは満ちる

  あおによし 奈良の都は
  まほろばよ うるわし倭

それぞれの 思いを胸に
生まれては 消えてゆく人よ
限りある 命をつなぎ
夢はいま ここに息づく

移ろえる 季節を見つめ
変わりゆく 人の世をこえて
ひさかたの 光を求め
夢よ行け 時の果てまで

  あおによし 奈良の都は
  まほろばよ 無辺の空よ

  あおによし 奈良の都は
  まほろばよ ここより永久に

        Copyright by Ryo Michico


▲ 137億年目の誕生日

Sat, 13 Mar 2010 20:59:40

海から 波が打ちよせるように
空から 光が打ちよせる
地球に 
地球に生まれた わたし という小さな渚に
遠い はじまりの記憶が 
たえまなく 打ちよせている

いつか 魚だった
いつか 海だった
いつか 星だった

わたしのなかに 生まれる光
星々と響きあう いのちの歌
未来へとつなぐ 限りなき夢


※山梨県立科学館プラネタリウム 
プレアデスシステム導入リニューアル記念番組
「137億年目の誕生日」に提供

        Copyright by Ryo Michico


▲ 137億年目の誕生歌

Wed, 03 Mar 2010 16:32:14

たえまなく うちよせる
おおぞらの ひかりたち
このあおい わくせいの
なつかしい きおくたち

いつか ほしだった
いまも おぼえている
はるか そらのはて
いつか ほしだった

このむねに やどるほし
あのほしと ひびきあい
かぎりなく あふれくる 
いのちへの いとしさよ

        Copyright by Ryo Michico

⇒YouTubeで試聴


▲ 祝婚歌 授かりもの

Mon, 14 Jan 2008 19:12:24

  人はみな この世に生まれたくて
  自ら生まれてくる という
  それはきっと 魂の真実だけど

だれも 一人では 生まれることはできない
父がいて 母がいて はじめて赤ん坊になれる
命は授かりもの 父からの 母からの
父と母を巡りあわせた 不思議な運命からの

その父にも母にも それぞれの父と母がいて
地上にいるあまたの人々のなかで
たった一人のその人と 結ばれた物語があり

そのまた 父たちにも 母たちにも
また それぞれの父と母がいて
たった一人のその人と 結ばれた物語があり

その無数の網の目でつながった
数えきれない物語と 過去からの血とが
いま たったひとりのあなたに流れこみ

ここで結ばれ
新たなる川となって とうとうと流れだす
未来へ 未来へと

  振り返れば ほら 川が光っている
  無数の網の目になって 金色に光りながら
  まだ見ぬ未来を 祝福している

未知の大地を うるおすのは
いま ここから流れだす川の水
手に手をとり
みずみずしい命の歓びを歌いながら
大地を緑に染めあげよ!

二人の未来に 限りなき祝福を!

               二〇〇八睦月佳き日 新郎新婦のために

        Copyright by Ryo Michico


▲ 旅立つ友に贈る詞  勇崎哲史氏に捧げる 2007/6/17

Sun, 24 Jun 2007 00:11:33

地平線まで見えるような 北の大地に生まれたのに
あなたの歩んできた道は まるで螺旋の迷宮
道はみな 湾曲していて
先を見通すことができない

雪の時計台の隣には 珊瑚礁の海が波打ち
その隣には 雲を突く摩天楼の群れ
その次の角を曲がれば もう森の奥で
踏み跡をたどれば現れる 密やかなウガンジョ

旅の途上 喉の渇きを癒すため
あなたは水を求める

それは 高級レストランのウェイターが運んでくる
フランス産微炭酸の瓶詰めの水だったり
コーヒーショップの赤い髪のウェイトレスが
投げやりにテーブルに置いたコップの水
あるいは真昼の田舎道
濃い影を落とす木陰の井戸から汲みあげられ
皺だらけの手で「どうぞ」と差しだされた
古ぼけた湯飲みに揺れる水だったかもしれない

そのどのひと滴も 深くあなたを潤したけれど
それきり 二度と出逢うことのない
ただそれきりの水もあった

あなたの後ろから 
消しきれない火の手が迫ってきたとき
喉を潤すだけの小さな水は
何の役にも立てなかったけれど

炎とともにすべてが過ぎ去った後
焼け跡にたたずむあなたの
渇いた喉を潤したのは きっと
一杯の水
当たり前のような顔をしてそこにあった
ありきたりの水

水は流れる
深い大地の底を 脈々と

新たな旅路を歩みはじめたあなたが望めば いつも
その足許から 滾々と湧きだす 透明な水

それは 美しき明日を願う
わたしたちの祈り

あなたから送られてくる
胸いっぱいの南の風を感じながら

水の道を信じる
大地の底に張り巡らされた
枯れることのない水脈が
いつもつながっていることを
あなたに 
あなたから 世界に

        Copyright by Ryo Michico


▲ 天空に交響する  伊福部昭氏に捧げる/9 Feb 2006

Thu, 09 Feb 2006 22:30:04

その時 大地の底からリズムが湧きおこった
古の民族のリズム
鹿を追って 森を走っていたころの
鮭を漁って 川を歩いていたころの
土に抱かれた花の根を 喜びとともに掘りあげ
無尽蔵に降る木の実を 歓声とともに拾いあげた
あの頃のリズムが 大地の底から湧きあがり
凍えた都市を包んだ

けれどもその時 人々はビルの狭間で
無数のエアコンのうなり声が奏でる不協和音や
渋滞した車が撒き散らす雑音
居酒屋で 怒鳴るように語りあう声や
ビジネスとなりはてた騒がしい音楽に
魂の底から まみれていたので
誰も気づかなかった
その都市がまるごと
大地の底からやってきた美しい律動に
一瞬包まれ
その旋律とリズムとが
オリオン輝く空へと響きわたっていったことを

ほんのひと握りの人々 たとえば
まだ名も与えられていない赤ん坊や
すでに自分の名も忘れはてた老人
いつも まだ見ぬ何かを探している少年少女や
いまも 失われた何かを覚えている大人たちが
そのリズムを聞いた
大地の底から湧きあがる あの力強い音楽
美しい命をたたえた あの音楽を

  それは地上の巨星が彼方へと帰還する葬送の音楽

人々は 光の都市が一瞬にして燃えあがり
緑の炎に包まれて 崩れ落ちるのを見た
そこにあったのは
大地がまだ 誰のものでもなかった頃の風景

人さえも 流れる水や吹く風のように生き
明るく繁っていた無数の樹木たちは
それぞれの歌を ゆるやかに歌い
その響きが 夜も昼も 空と海に木霊する

  あの人は 紅顔の美青年
  深い森の奥でたった独り
  ヴァイオリン一丁で 交響曲を紡ぐ

草原に響く 男たちのタプカーラ
草の屋根に集う 女たちのウポポ
そして
歌い継がれ 歌い継がれながら
刻々と新たに創られた 太古からの物語

  あの人は言っていた
  自分が生涯で出遭った一番美しい音楽は
  アイヌの古老が 愛する犬を喪ったとき
  即興で半日歌いつづけた その歌だと
  そして
  遠い北欧の大地で書かれた一枚の楽譜
  まだ一度も演奏されたことのない交響曲だと

  名もない老人が歌い
  歌うそばから風に消えていった歌と
  忘れられた作曲家が遺した
  まだだれも聴いたことのない交響曲
  それは その人の胸のなかで鳴り続けていた
  見えない音楽となって
  いつまでも いつまでも

その音楽を胸に
その人は 天へと昇る
古老よ 美しき花矢を射よ!
いや 魔除けなど要らない!
空を埋め尽くす魔物たちさえも
その人の胸に鳴る音楽の美しさを知り
その人の魂に漲る確かな大地の面影を感じ
震えながら聴きいるだろう
大地と天空とに響きわたる壮麗な音楽に

  もう だれも
  あの人の魂から紡ぎだされる
  新しい音楽を聴くことはできない
  けれど……

音楽は繰り返し 繰り返し奏でられ
大地は繰り返し 繰り返し祝福される

いまはオリオンの彼方 無方の空に満ち
星々と果てしなく交響する
あなたのやさしげな瞳に見護られて

        Copyright by Ryo Michico


▲ 宇宙とわたし

Wed, 14 Dec 2005 23:40:23

宇宙のなかに わたしがいて
わたしのなかに 宇宙がある

        Copyright by Ryo Michico


▲ 山の子供

Tue, 13 Dec 2005 21:57:25

ちるちるちるちる ちるちらちるちら
ちるちるちるちる ちるちらちるちら
このはがまいちる あおいそらから
このはがまいちる てんのはてから

赤 黄 橙
そして 光のこがねいろ
森は どこに
こんな色を かくしていたんだろう
遠いあの日の まぶしい光を
こっそり 地面の奥にしまって
いま いっせいに 吐きだしている
だから こんなに きれいなんだね
だから こんなに あかるいんだね

ちるちるちるちる ちるちらちるちら
ちるちるちるちる ちるちらちるちら
ひかりがくだける そらのかなたで
ひかりがまいちる てんのはてから

赤 黄 橙
そして まばゆいこがねいろ
山は どこに 
こんな色を かくしていたんだろう
遠いあの日の やさしい光を
そうっと 大地の奥に抱いて
いま いっせいに 吐きだしている
だから 山から 虹がわきたつ
だから 山から 秋がうまれる

ちるちるちるちる ちるちらちるちら
ちるちるちるちる ちるちらちるちら
このはがまいちる あおいそらから
ひかりがまいちる てんのはてから

ぼくは おちばの なかに うもれて
むしや きのみや ゆめといっしょに
あおい そらだけ じっと みている

        Copyright by Ryo Michico


▲ ちっちゃなヒコーキ

Fri, 20 May 2005 16:18:26

「ちっちゃなヒコーキ ちっちゃなヒコーキ」
八百屋さんの店先で
幼い女の子が いきなり叫びだした
小さなその手が 指さす先を見れば
青空をわたる 白い機影
遠すぎて 爆音も聞こえない

「ちっちゃなヒコーキ とってえ とってえ」
神さまの透明なキャラメル箱から
ふいに転がりだしたおもちゃの飛行機に
子どもは いっぱいに手を伸ばす

あまりの愛らしさに 思わずしゃがみこんで
いっしょに 空を見あげたとたん
その子は ぐうんと大きくなって
その腕が どこまでもどこまでも
青空のただなかへと 伸びていった

  ちっちゃな女の子が いたんじゃない
  遠く わたしからずっと遠くにいるから
  この子は こんなに小さく見えるのだ
  ひとり空をゆく あの飛行機のように
  時の果てにたたずむ 幼い日のわたしのように

  「大きくなったら やさしいおかあさんになるの」
  そういって 手を伸ばした未来に
  ついに 新しい命は訪れなかった
  悲しみと苦しみが いかにも親しげな顔をして寄り添い
  思いもしなかった歓びもまた 次々わたしを訪れたけれど
  地平へと消える長い道を 振り返れば
  手の届かなかった いとしいものたちは
  みな小さく そして 途方もなく巨きい

空のただなかで
銀色の機体がきらりと光る
子どもは きゃっと笑い声をあげ
青空から やすやすと光の欠片をつかみとって
笑いながら わたしに差しだした

小さな小さな掌のなか
無傷の未来が まばゆいほどに輝いている

        Copyright by Ryo Michico


▲ 太陽の讃歌 故岡本敏子氏に捧ぐ

Thu, 21 Apr 2005 23:46:44

太陽の塔が この空で砕け散ったとき
ともに光を失うかと 案じられた月が
いきなり 煌々と輝きだしたので
人々は それが月ではなく 光放つ星だったのだと
驚きの気持ちで見あげたのだった

星は 新しい小さな太陽になって
砕け散った太陽の記憶を核融合し
強烈な光にして放った
地上は その光に温められ
大地のなかで眠っていた無数の種は 目を覚まし
光溢れる空へと 枝を葉を蔓を 伸ばしだした

世界は 光に満ち
地上は 繁る草木に満ち
色彩々いろとりどりの言の葉が萌え
甘い果実がたわわに実り
その森で急速に進化した色鮮やかな鳥たちさえ
枝から枝へと自在に飛び回るようになり

自らの光で温めたその世界の美しさに
小さな太陽は思わず 一羽の小鳥になって
自ら その世界に飛びこんでいった

小鳥は歌う 太陽の 太郎のすばらしさを
繰り返し 繰り返し歌えば
歌は とうとうひとつのさえずりになり
春になれば 必ず聞こえてきた
太古から変わらぬさえずりのように
たったひとつの歌になって
谷に響き 空に響きわたった

思い出の光に満ちた水色の空は
ほかの誰に見せなかった笑みで小鳥を包み
小鳥は 喜びのあまり
思わず 空に飛びたち
そのまま 空の懐にいだかれた

もう太郎でも敏子でもなく
ひとつに融けあった淡い光のした
小さなむくろが一つ 冷たくなっていたけれど

桜吹雪舞う 日本列島のそこかしこから
いまも あのさえずりが聞こえてくる
太古から変わらぬたったひとつの歌のように

まっすぐな愛の讃歌になって

        Copyright by Ryo Michico


▲ 雪の子供

Wed, 02 Mar 2005 23:36:57

作曲 高橋喜治
作詞 寮美千子


雪が 降りてくるのか
ぼくが 昇っていくのか
見あげれば わからなくなる
はるか 空の彼方から
降りしきる 雪の欠片
気がつけば いちめん雪の野原
気がつけば まぶしい天の野原

白い 白いだけの広がり
誰の 誰の足跡もない
世界のまんなかに ぼくひとりだけ
どこまでも どこまでも 走っていける
まだ 誰も歩いたことのない道を


空が 降りてくるのか
大地が 昇っていくのか
見あげれば わからなくなる
はるか 天の彼方から
舞いおりる 雪の欠片
ここはもう いちめん雪の野原
ここはもう まぶしい天の野原

白い 白いだけの広がり
誰の 誰の足跡もない
光のまんなかに ぼくひとりだけ
いつまでも いつまでも 走っていける
まだ 誰も見つけたことのない世界へ

        Copyright by Ryo Michico


▲ 海の子供

Wed, 02 Mar 2005 23:34:33

作曲 高橋喜治
作詞 寮美千子


朝の渚 さまよえば きのう見た夢が
小さな貝の欠片になり 話しかけてくるよ
夕陽のなか かけだせば あした見る夢が
波の響きになり
子どもたちに 子どもたちに 語りだす
夢は 海の彼方に
月夜の青い海の底 
失われた夢が 貝のなかで眠る
小さな真珠になって
きょうも渚に遊べば いつか見る夢が
光と風になり
子どもたちと 子どもたちと
かもめの翼 追いかけてゆく
夢は 海の彼方へ

        Copyright by Ryo Michico


▲ 花の子供

Wed, 02 Mar 2005 23:31:49

作曲 高橋喜治
作詞 寮美千子


かあさんとぼくと ふたりで
菜の花 咲く道を どこまでも歩いてた
春風だけが
春風だけが やわらかくそよいでいた

かあさんとぼくは 笑って
菜の花 咲く丘で いつまでも走ってた
まばゆいほどの
まばゆいほどの 光だけが満ちていた

ずっと いつまでも
そうしていたいと 思っていたのに
気がつけば ひとり
だけど……

会いたくなれば
会いたくなれば 花のなかで笑ってる



かあさんのことを思って
菜の花 咲く頃に この丘にきてみれば
やさしい風と あふれる光
あの日と何も変わらず

なつかしい日の思い出
菜の花 咲くように めぐる季節のたびに
流れる水や 光のように
ぼくの胸に打ちよせる

きっと いつの日か 遠い道の果て
みんな ゆくところ
ぼくも ゆくだろう
だから……

それまで そこで
それまで ここで そっと ぼくを見つめてて

        Copyright by Ryo Michico


▲ 小さな木 Tinkle Tree

Wed, 02 Mar 2005 23:29:57

作曲 高橋喜治
作詞 寮美千子


お人形も クマさんも いたずら猫も おいでよ
夢のなかで 遊んだ お星さまも おいで
さぁ さぁ みんなで 輪になって 踊ろう
きょうはたのしい クリスマス


おもちゃばこのロボットも 白い子犬も おいでよ
夢のなかに 浮かんだ お月さまも おいで
さぁ さぁ みんなで 輪になって 踊ろう
きょうはすてきな クリスマス


お星さまは きらきら お月さまは しずかに
小さな木に 降りたち 聖なる歌 うたう
さぁ さぁ みんなで 輪になって うたおう
賛美歌ひびく クリスマス

        Copyright by Ryo Michico


▲ 火打ち石の呪文

Wed, 02 Mar 2005 23:27:14

石に眠る 火の精霊よ
静かなる 炎の精霊よ
天に翔けのぼる 龍の火の父よ
野を焼きつくす 星の火の母よ
太陽の娘にして 月の息子よ

わずかの間 目を覚まし
大地に生きる すべてのものたちと
そのひとかけらである わたくしに
燃えさかる火を 命の火をください
燃えさかる火を 命の火をください

        Copyright by Ryo Michico


▲ 新しい年

Sat, 01 Jan 2005 02:04:22

眠らない都市の光の渦のなかで人々が歓声をあげるとき
瓦礫の下で微かな息をしていた老人が動かなくなる
愛する家族の写真を胸に砂漠の兵士が眠りにつくとき
兵士に親を殺された子どもは行くあてもなく寒さに震える
限りなく満ちたりて微笑む人を乗せ
夢のなかで泣いている子どもを乗せ
地球は廻り
廻りつづける
きのうのように
あすのように
百年前のように
百年後のように
千年前のように
千年後のように
廻る星に流れゆく時に
一本の線が黒々と引かれる
それは新しい年のはじまりの標

そのことを
鳥たちは知らない
魚たちも知らない
獣たちも知らない
切れ目ない無辺の時を生きる者たちは
途切れなくつづく命の一瞬を
ただひたすらに生きているだけ
きのうのように
あすのように
百年前のように
百年後のように
千年前のように
千年後のように
切れ目なく広がる大地の上
途切れないつながりのなかで
いまこの一瞬を生きているだけ

人だけが途切れない時に標をつけた
切れ目のない大地に境界線を引き
人々の血に標をつけたように
その標ゆえ
人は争いの血を流す
流れる血はおなじ血
痛みは同じ痛みなのに

配信される電波の渦のなかで人々が歓声をあげるとき
飢えた母の胸に抱かれた赤ん坊がだらんと腕を垂れる
摩天楼の最上階に抱えきれない贈り物の山が届くとき
放射能に蝕まれた子どもは母を呼びながら息を引きとる
限りなく満ちたりて微笑む人を乗せ
夢のなかで泣いている子どもを乗せ
地球は廻り
廻りつづける

切れ目のない時の流れのなか
わたしは新しい年を言祝ぐ
失われた命を悼むように
わたしは新しい年を言祝ぐ
争いに新たな命が奪われることのないようにと
無辺の時を生きる鳥や獣がその一瞬一瞬を言祝ぐように
わたしはこの一瞬を どの一瞬をも言祝ぎたい
新しく生まれくる未来のすべてを

        Copyright by Ryo Michico


★ 銀河の船

Sat, 01 Jan 2005 01:01:20

それは 招待状だったんだ

子どもたちは みんな宝物を持っている
円い石ころは いつかかえる恐龍の卵
錆びた王冠は 幻の王国の金貨
流れ星が降り注いで 渚のすりガラスになり
石のとれた指輪は 魔法の呪文を待っている
蝉の抜け殻 ビー玉 貝殻……

「ほら またこんながらくたを拾って」
母親がいくら叱っても 子どもたちはやめない
だって きれいなものはみんな 世界の秘密を語ることばだから
子どもたちは いつだって ポケットやひきだしやビスケットの空き缶を
宇宙の謎と 星のかけらでいっぱいにすることに夢中だ 

遊びつかれた子どもたちが あたたかい眠りの闇に包まれる夜
それは やってくる

夢のなかに波の音が響く 星の海から打ち寄せる波
ふいに足を濡らしたような気がして 子どもは目を覚ます
すると どうだろう

ポケットが ぼうっと光っている
ひきだしの隙間から 光が洩れている
ビスケットの缶のふたが カタカタ鳴っている

子どもはベッドを抜けだし 小さな手をさしのべる 
溢れかえる まばゆい光
「やっぱり 星のかけらだったんだ!」

すると 音楽が聴こえてきた
窓辺にかけよって 子どもは目をみはる
銀色の帆船が ゆっくりと空を航行している
彗星のように かすかに光る波の跡をひいて
「銀河の船だ!」

船は輝きを増し 掌のなかの星のかけらは 応えるようにまぶしく光る
船が 呼んでいる
子どもの体が 宙に浮き上がる
音もなく開いた窓から 子どもは 空へはばたく 

いま飛び出してきた家が おもちゃのように小さく見える
楽しくてしょうがない
無邪気な笑い声が いくつも いくつも
鈴の音ように重なりあい 夜空に響きだす
どの窓からも どの窓からも
星のかけらを手にした子どもたちが 空に泳ぎだしてくる
空はもう 羽根のない小さな天使でいっぱいだ 

船は 子どもたち乗せて 星空へ滑りだす
高くかかげた帆に 夢をいっぱいにはらんで
銀河の岬をめぐり 嵐の暗黒星雲をくぐり まぶしい光の海へ出る

「どこかで きみに会ったよ」
「ぼくも」
「生まれるまえのことかもしれない」
「ぼくは 小さな恐龍だった」
「わたしは 石ころだったの まだ生き物がいなかったから」
「その前は どこにいたろう」
「流れ星になって ここに来たんだ」
「そうだ ぼくたちは星のかけらだった」
「思い出したよ はじめはみんなひとつだった」
「そうだったね どんな巨きな銀河も 遠い星雲も」

二百億光年をひと晩で航行して 銀河の船はまどろみの入江へ帰ってくる
けれども 夢じゃない
目覚めた時 子どもは掌に しっかりと星のかけらを握りしめているのだから

それは 招待状だったんだ
遥かな銀河の船の
ただの石ころが星のかけらだと感じられれば
ぼくたちはいつでも銀河の船に乗れる 

きっと いくつに なっても

        Copyright by Ryo Michico


★ 月のガムラン

Sat, 01 Jan 2005 00:59:40

その島には
鏡のように 静まりかえった 美しい円い池があった
満月の晩 池は 月を映した
空にある月よりも あざやかに

夜が明けて 空の月が 消えても
水のなかの月は 消えない
黄金の光を放って まばゆく輝いていた

朝もやのなか
だれよりも早く 水汲みにやってきた少年が
水のなかの 月を見つけた
少年は イルカのように 水に滑りこむ

金色の月が 散り散りになり
少年の褐色の肌を滑る
体中に金を纏い 少年はまるで しなやかな黄金の像
けれども だれも それを見る者は いなかった
森と 水と 空のほかには

金のさざなみが 静まると
それは ふたたび 美しい満月になり
池の底で 声もなく輝いた
少年は 魚のように水にもぐり
両腕で 胸にかかえて 水面に向かって泳ぐ

腕いっぱいの月から したたりおちる水滴
そのとき 聖なる山から 太陽が昇り
朝陽が まっしぐらに駈けてきて
少年の胸に抱かれた 月を打った

すると 黄金の月は 微かに震え 音をたてた
夢のなかでしか 聴いたことのない 不思議な音色を

音は 朝もやのなかを 村へと滑ってゆく
まだ 眠っていた 子どもたちの 夢のなかにまで滑りこみ
すべての人を 虜にした

見えない糸に 引かれるように
村びとたちは 池のほとりに集まってきた
だれもが 少年の抱く月に触りたがり その音を聴きたがった
人びとは 歓声をあげ 黄金の月を持つ少年を 肩にかつぎ
歌いながら 村にもどった

その日から 黄金の月は 村の宝になった
祭りの晩に 奏でられる 黄金の月

その音色は
神殿から流れだし 村の境を越え 山を越え 野を滑って 
島の隅々にまで 響きわたった
眠っている 大人たちの夢のなかにまで 音は滑りこみ
だれもが その音色に 心を奪われた
だれもが 黄金の月に 触りたがり
だれもが その音を 聴きたがった
鳥や獣や 見えない魔物たちでさえ
神殿を 遠巻きにして 月の音色に 聴きいった

「なぜだろう」と だれか問うと
地面に絵を描いて遊んでいた少年が ふと顔をあげて答えた
「たったひとつの 音のなかに
月の満ちる十五日と 月の欠ける十五日が 宿っているから
聖なる月の満ち欠けの 鼓動だから」

人々は驚いて 少年を見た
肌が 微かに金色を帯びて見えた

人々はこぞって 黄金の月をまねて 銅鑼をつくった
けれど 音色が違う
月の鼓動が 宿っていない

ひと晩中 月明かりに 晒してみても
満月の晩に 池に沈めてみても
時には金を 鋳こんでみても
月の鼓動は 宿らない

「どうしたものか」
「どうすれば いいのか」
村びとが 額を寄せて相談していると
蛍を追いかけていた少年が
笑いながら 黄金の月を指さしていった
「この月を 溶かして鋳こめばいい」
人びとは 驚いて言いかえした
「そんなことをしたら 黄金の月が 壊れてしまう」
少年はその小さな指で 棚のように重なる田を指した
「千の鏡に映っても 月はなくならない
そのひとつひとつが みな美しい月だ」
少年の微笑みを いくつもの蛍が縁取っていた

村びとは歓んで黄金の月を溶かし 村々の銅鑼に鋳こんだ
そのひとつひとつが 美しい月になった
月の鼓動を宿す 不思議な音色を奏でた

満月の夜
奏でられる 無数の月
重なりあう 無数の音
人も鳥も獣も 魔物たちさえも魅了する 天界の音色

少年の名前?
さて ワヤンだったか クトゥだったか
村の名前?
それは 忘れた
けれども あの島にいけば すぐにわかる
夢のなかにさえ 滑りこむ 無数の月の鼓動
果てしない時が 重なりあって
おまえを彼方へ 連れ去るから

        Copyright by Ryo Michico


★ 星の魚

Sat, 01 Jan 2005 00:57:59

おぼえているよ
ぼくが まだ
天の河を泳ぐ 小さな魚だったころのことを

あのときは きみも まだ
銀色の鱗をひるがえして
星のしずくをとばす 小さな魚だったね

ぼくたちは ときどき
空の果てを 探しにいったり
お月さまを たくさん集めてみたり
世界がひとつ終わるまで
平気で 遊びつづけた

そして 疲れると
ふたりで ぽかんと 暗い宇宙に浮かんで
新しい銀河が ひとつ
渦を巻いて 光りながら 生まれてくるのを
ぼんやりと ながめていたね
まるで もう なんども聴かされた
おとぎ話でも 聴くように

ずうっと そうしていたかったのに
気がついたら ここにいた
青い大気の海の底に
ばらばらに 生まれおちてしまった

夜になれば 偽物の星が 地上を埋めるけれど
空は遠くて 本物の星には もう 手が届かない

ここでの一生は
ぼくたちが 星の魚だったころ
笑い転げた一瞬と
同じ長さでしかない

でも会えた きみに

ぼくたちは もう 
星の林を 勝手に泳ぎまわることもできないし
世界が終わるまで
遊びつづけることも できないけれど

ぼくは きみの目のなかに 
宇宙よりも深い空を のぞく

そして そこに 見つけるんだ
いままで 見たこともなかった
それでいて ひどくなつかしいものを

きみは 宇宙よりも不思議

だから いっしょにいたいんだ
いつか 星の魚にもどる日まで ずっと
ずっと いっしょに

        Copyright by Ryo Michico


○ 音楽

Sat, 01 Jan 2005 00:17:35

はじめて聴こえた音楽は かあさんの鼓動だった

        Copyright by Ryo Michico


○ 大都市の朝

Fri, 31 Dec 2004 22:12:06

これから眠りにつく人と 
目覚めたばかりの人がすれ違う街角
ビルの隙間から
まっすぐに伸びてきた光のなかで
一瞬 影絵のように重なった人影が
足早に離れていく

Goomornin'
と弾丸のように投げかけた
白い吐息だけを残して

        Copyright by Ryo Michico


○ Step into the light

Fri, 31 Dec 2004 21:52:11

見えなかった
見ようとしなかったから なにも見えなかった
長い間 自分で自分を閉じこめていた
深い闇のなかに

Step into the light 
いま 光のなかへ

どうして こんな簡単なことに
いままで 気づかなかったのだろう
世界は こんなにまぶしいのに
世界は こんなにやさしいのに

Step into the light
いま 光のなかへ

        Copyright by Ryo Michico


★ 美しい星

Fri, 31 Dec 2004 21:41:33

すべては滅びてしまって
ただ 静寂だけが満ちている
そんな星を いくつ
この銀河は 浮かべているのだろう

太陽はめぐりつづける 誰にも見あげられることなく
月はめぐりつづける 誰にも愛でられることなく
風はささやきつづける 誰にも聞かれることなく
傷つけあうことの痛みさえ すでに滅んでしまった星
滅びゆくことの哀しみさえ すでに滅んでしまった星

そんな星を いくつ
この銀河は 浮かべているのだろう
そう思って 空を見あげる生き物が
生きている 美しい星

        Copyright by Ryo Michico


○ 春の祭典

Fri, 31 Dec 2004 21:27:09

どんな音楽が
土のなかのひと粒の種を 目覚めさせるのか
そのやわらかい芽が
堅い土を押しあげるとき
けさ かえったばかり蝶が
はじめて 空を飛ぶ

どんな力が
冬枯れの枝に いっせいに花を開かせるのか
その木の幹が
力強く水を吸いあげるとき
螺旋の永遠をまどろんでいた蛇が
洞の底深くで 目を覚ます

空に響く 光のファンファーレ
森に響く 水のファンファーレ
いま はじまり告げる 春の祭典

        Copyright by Ryo Michico


★ 真夜中の空を翔けるもの

Fri, 31 Dec 2004 21:06:47

真夜中の空を翔けるもの
百億の星 千億の夢
滅びた種族の魂の群れ

光の遺跡きらめく空を
翔けていく鳥
翔けていく魚
翔けていく獣
翔けていく人
そのそれぞれが夢に見た
億万の夢がそれぞれに
虹の翼の群れとなり
星海原を駈けめぐる
地の力から放たれて
無方無限の彼方へと

真夜中の空を翔けるもの
百億の星 千億の夢
滅びた種族の魂の群れ

 やさしさ故に消え去った
 美しきものの魂の群れ

        Copyright by Ryo Michico


○ オパール

Fri, 31 Dec 2004 20:27:09

石のなかで 火が燃える
火のなかで 水が揺れる

虹と極光と青空の破片を
天の火で灼いて融かした
玻璃の大地より生え出る
妙なる樹木の無数の小枝
その枝先にたわわに繁り
天上の微風かぜにひるがえる
葉のきらめきを掬いとり
ちいさき石に閉じこめて

石のなかで 水が揺れる
水のなかで 火が燃える

        Copyright by Ryo Michico


★ 燧石のための呪文

Fri, 31 Dec 2004 20:14:49

石に眠る 火の精霊よ
静かなる 炎の精霊よ
天に翔けのぼる 龍の火の父よ
野を焼きつくす 星の火の母よ
太陽の娘にして 月の息子よ
わずかの間 目を覚まし
大地に生きる すべてのものたちと
そのひとかけらである わたくしに
燃えさかる火を 命の火をください
燃えさかる火を 命の火をください

        Copyright by Ryo Michico


○ 夏のスケッチ

Fri, 31 Dec 2004 19:56:31

時間は どこまでも果てしなく
海のように広がっていると思っていた
夏休みのはじまりの日

麦わら帽子の隙間からこぼれる
数え切れない小さな太陽
熱い砂が肩胛骨にさわると
うっかり羽根が生えそうになった

雷の音にきゃあっと叫んで
笑いながら走って帰った
目の中に灼きついた稲妻は
だれにも見せられない宝物

熱っぽい体を横たえて
籐椅子でまどろむ長い午後
遊びにきてくれたのは
気まぐれに風鈴をならす風だけ

音も時間も 止まる真昼
溶けたガラスの大気が
ゆっくりと流れだすと
蝉しぐれが 戻ってきた

地面に下には 氷河の湖があって
恐竜が閉じこめられているんだよ
ほうら これが その恐竜の卵
とお兄ちゃんが 井戸から引きあげたのは
びっくりするほど 冷たい西瓜

どんなに息を殺しても
微かに震える指先
燃えあがる線香花火のなかに
一瞬 銀河を見た

行水をして
天花粉をまっ白にはたかれ
浴衣に赤い帯を締めてもらったら
白塗りの狐の子になっていた

闇のなかの 遠い灯りは 縁日で
すくいそびれた 金魚だけが
いまも 夢のなかの 青い水を泳いでいる

永遠のはずの海を
あっという間に泳ぎわたると
小さな胸が膨らみはじめる
無尽蔵の夏の光を
そのなかにひしめかせて

        Copyright by Ryo Michico


★ 雨月夜

Fri, 31 Dec 2004 17:53:00

雨の夜も月は光っている
雲の頂を七色に波立たせ
見わたすかぎりの雲の海を静かに照らしている

その光がひそやかに眠りのなかに忍びこむから

雨の夜に人は夢で魚になる
虹色の波を蹴りながら
雲の海を泳ぎわたる青い人魚に

        Copyright by Ryo Michico


○ 天使の舞踏会

Fri, 31 Dec 2004 17:43:40

踊っているのは 天使だから
ほら 地上に足がついていない

踊っているのは 天使だから
ほら 見えない羽根が風を起こす

薔薇の香りの
虹色の風が渦巻く 舞踏会

踊っているのは 天使だから
ほら 子どもの声で笑う

        Copyright by Ryo Michico


○ 恋歌

Fri, 31 Dec 2004 17:27:16

水のように流れる
ぼくは
波のように打ち寄せる
きみに

時が過ぎ 川が流れを変え 波が砂を運んでも
時が過ぎ 草原が砂漠に 砂漠が海になっても

水のように流れる
ぼくは
波のように打ち寄せる
きみに

        Copyright by Ryo Michico


★ 風の神話

Fri, 31 Dec 2004 17:00:08

すべて 世界は満たされていた
欠けることなく
永遠の一瞬に 満たされた時間
無限の微塵に 満たされた空間
何も動かない 時も流れない

けれど
何かが欠けた
そして 
流れはじめた 時が 流れはじめた 風が

宇宙が生まれた

風は波を起こし 波は光になる
光は粒子になり 粒子は星になった
星をめぐる 幾億の惑星
そのひとつひとつに 風が吹く
風の歌う旋律のなかで 命が生まれる

惑星の上
風は歓びの歌を歌いながら 緑の森を吹き抜ける
木洩れ陽は風に舞い 子どもはそれを見て笑う

生命は夢見る水 そして 流れる風
一瞬として 停まることを知らない

けれど哀しい どこか哀しい

風が 探しているから
失われた世界のかけらを
失くした言葉を
風が 探しているから
いまも 探しているから

        Copyright by Ryo Michico


★ Rhapsody in Blue

Fri, 31 Dec 2004 16:45:32

青い光 青い影
青い夢のなかの
遠い水

ハイウェイはみな
青い水をたたえた
美しい流れになる

        Copyright by Ryo Michico


★ 夢

Fri, 31 Dec 2004 16:44:56

わたしが 夢を見
夢が わたしを見ている

青い静かな夜の底で

        Copyright by Ryo Michico


○ 夢見る水

Fri, 31 Dec 2004 16:38:40

水は いつも夢を見ている
たとえば 一本の草
草に咲く 花
花にとまる 蝶
蝶をついばむ 鳥
鳥を捕る 獣
獣の屍に 群がる
数えきれない 虫たち
そして たとえばそれを
じっと見ている わたし
命から命へめぐる 夢の形のひとつ
無限の流れのなかの ほんのささやかなひと筋

  いつか 流れつく 
  たったひとつの海はあるのだろうか
  すべての命が 
  ひとつの巨きなたゆたいとなって
  金色こんじきに光る 海はあるのだろうか

世界は 流れる水
生命は 夢見る水

        Copyright by Ryo Michico


○ 透明な歌

Fri, 31 Dec 2004 16:29:54

喪くしたものが
なんだったのかさえ
空のまぶしさのなかで見失ってしまう
つぶやきにさえならない思いを
次々と風がさらってゆく
風にのって
それは歌になる
透明な歌になって
渡ってゆく
青過ぎる空を
痛いほど白い鱗雲の彼方へ

  聴こえますか
  聴こえますか
  風のなかに
  光のように
  微かに響く歌が

        Copyright by Ryo Michico


○ 輝ける日

Fri, 31 Dec 2004 16:07:20

わたしが生まれるはるか前から 太陽はくりかえし昇り
わたしがこの地上から去った日にも 太陽はかならず昇るだろう

わたしが生まれるはるか前から 木々は春になると芽ぶき
わたしが大地に葬られた後も 風は緑の丘を渡るだろう

わたしが生まれるはるか前から 波は渚に打ちよせつづけ
わたしを覚えている人が誰もいなくなっても 川は海へと流れつづけるだろう

  永久に流れゆく 美しきものたちを
  この手で この目で この髪で この体で
  感じることができるのは
  わたしが ここにいる間だけ
  この地上に

だから どのいち日も まぶしく輝ける日
この いち日のように

        Copyright by Ryo Michico


○ Echo

Fri, 31 Dec 2004 00:40:52

響き 響く 光が
響き 響く 空から

花びらが ほころびるように
ゆるやかに ほころびた空から
打ちよせる 光の波が
世界に満ちて
すべてを 微かに震わせ
すべてを 静かに光らせ
隅なく 響きわたる
いつまでも消えることのない
透明な木霊のように

響き 響く 光が
響き 響く わたしに

        Copyright by Ryo Michico


○ 黄砂

Fri, 31 Dec 2004 00:30:45

天幕に掲げられた三日月の旗を
ちぎれるほどはためかせた風が
海を越え
いま
都市の空を淡くかすませる

風のなかに聴こえる 見えない旗のはためき
かすむ空に彷徨う 見知らぬ砂漠の匂い

少年は 渋滞のアスファルトの果てに
ふいに 砂漠の幻を見る

遠い昔
まだ ここに生まれてくる前
縦横無尽に馬で駈けめぐった
あの
黄色い砂漠の幻を

        Copyright by Ryo Michico


○ 都市の秋

Thu, 30 Dec 2004 23:29:08

天穹の神殿で 水晶の卵がかえったので
空は どこまでも青く透きとおった

交差点で 人は ふと空を見あげる
なぜ見あげたのか 理由を知らずに

絹雲が それとわからないほど揺れているのは
透明な翼が 群れをなして羽ばたいているから

大理石の谷間に高らかに響く 硬質なヒールの音
香水は いつのまにか見知らぬ香りを放っている

幼いころ暮らしていた 坂だらけの港町の
路地という路地を満たした 金木犀の香りを

天穹の神殿で 水晶の卵がかえったので
季節のない都市に 秋が生まれた

        Copyright by Ryo Michico


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