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●作者のことば わたしの通っていた高校は、ちょうどポポロくんが住んでいるような町を見おろす小高い丘の上にありました。町の向こうには、港が光っていました。港に は、いつも外国から来た大きな貨物船がいました。不思議なことに船は、まるで空に浮かんでいるように見えました。なぜなら、港には大きな大きな溶鉱炉の煙 突がいくつも立っていて、昼も夜も、もくもくと煙を上げ、空も海もぼんやり霞んで見えてからです。海風が丘に吹きつけてくる日、わたしたちは喉を痛くし て、悲しくないのに赤い目をして涙を流しました。できることなら、透き通った水で空気をじゃぶじゃぶ洗ってまっ白にしたいと思ったものです。物理の先生も そう思っていらっしゃいました。みんなといっしょに『めんどなさいばん』をたくさんして13年半。とうとう去年の11月、裁判長は「たくさん煙を出してみ んなを病気にしたことは、いけないことですね」と判決を出しました。わたしはテレビで、白髪が増えた先生のお顔を十数年ぶりに拝見しました。稲葉正先生。 先生は、ポポロくんの大先輩、いいえ本当の先生です。
【『ポポロくんのせんたくやさん』(1989年/鈴木出版)より】
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●《もういちど緑を》 もし、植物だけが見えてほかの物が見えないふしぎなめがねがあったら、街はどんなふうに見えるだろうかと、ふと思うときがあります。まるで殺伐とした砂漠 のような光景になるのではないでしょうか。緑のいちばんたくさんありそうな公園だって、ゆったりとみずみずしく緑のしげるオアシスには見えないかもしれま せん。すっかり整地されたぽつんとさみしげにいくらかの木があるばかり。 わたしのいる11階の窓から見える公園も、そんな公園のひとつ。確かに広々とはしているけど、小さな森を散策するような楽しさには比べようもありません。公園になる前は、もっとたくさんの木があったというのだから、悲しくなってしまいます。 木を切り倒して整地するばかりが、公園ではないと思うのです。人間は都市をつくるために徹底的に緑を破壊してきました。これ以上の破壊をやめるのはもちろ んのこと、再び緑をとり戻す試みがもっと必要なのではないでしょうか。公園や空き地が、たくさんの小鳥やりすのいる小さな森になっていったら、どんなにか いいだろうと思うのです。
【『にげだした まるたんぼいす』(1992年/鈴木出版)より】
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●《地球の音とセッション》 音楽ができる人がうらやましくてなりません。ピアノなら、おとなになってから独学で 楽譜を見てなんとか弾けるようになったけれど、そういうのではなくて、ジャズや ブルースのセッション。ヴォーカルに反応して、サックスやギターが歌うように応えます。 息がぴったりあったときの心地よさは、ただ聴いているだけでもこたえられません。 そんなふうに、言葉ではないもので、言葉以上に心を行き来させることができたら、 どんなにかすてきでしょう。知り合いのミュージシャンで、それを人とではなく、 自然としてしまう人がいます。虫の音や鳥の声、風のざわめきや波の音とセッション してしまうのです。森や川や海のように、そのなかの鳥たちのように、彼もまた自然の 一部になって。そんなこと、もしかしたらおとなよりも小さな子どものほうが、 ほんとうにすなおにできるかもしれない。そう思ってこんなお話が生まれました。 こんなふうにできたら、いいのにな。
【『たいちゃんのたいこ』(1997年/鈴木出版)より】
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●《いつまでもおおきくなりつづけたい》 「大きくなったら、何になりたいの」と聞かれなかった子どもはいないだろう。 わたしは「地球の最後を見届ける人になりたい」と答える変な子だったが、その一方で「スチュワーデスになりたい」と本気で思っていた。 さて、現実のわたしは物語を書く人になった。そして、アリゾナの砂漠やヒマラヤの山中をさまよい歩くことになる。「好きなことができていいね」と言われるが、自分の意志というより、「運命に翻弄されて」という印象の方が強い、というのがわたしの本音だ。 こんなことになるとは、想像もしていなかった。現実は、いい意味でも悪い意味でもわたしを裏切った。喜びも悲しみも、幼いころに夢見た以上のものが、待ちうけていた。 人生が、時にこれほどつらいものだとは思わなかったが、世界がこんなに輝きに満ちた場所だとも思わなかった。 この先に、何がわたしを待ちうけているのだろう。もっと深く世界を見るために、わたしはもっと大きくなりたい。大きくなって、限りなく広がる、終わりのない世界を描きたい。絵本のなかの、小さな1本のクレヨンのように。
【『おおきくなったらなんになる?』(2000年/鈴木出版)より】
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