(Jul. 2004現在判明しているもの)
地球上どこへ行っても、みみずのいない所は殆んどない。そして、既に千以上の種類が知られている。日本産のみみずの種類については、五島清太郎氏及び畑井新喜司氏がかなり広範な研究をとげている。明の李時珍著すところの本草綱目には『睛るれば則夜鳴く、その鳴くや長吟す、故に、歌女と曰ふ』と書いて居り、日本でも夜鳴くと誤り思われていたように、みみずのことが比較的明らかになったのは、漸く一八八一年(明治十四年)に、進化論の元締のチャールズ・ダーウィンが、それに関して該博な研究と観察をとげた後のことである。それによると、みみずは、腐らして食物にするために、木の葉、松葉、藁片その他小さいものを、土中の巣の中へひきずりこむということである。このことは、それからずっと後に、一九二四年(大正十三年)に、マンゴールドという学者が、更に一段の研究をとげた。これは、自然の女神が、生物に与えた本能という不可思議な叡智の現れの一例だ。
★
みみずは物いわぬ勤勉な耕土者である。ダーウィンが計算したところによると、みみずは、地下で土をのみ、それを地上へ出て排出するので、毎年一エーカー(約四段)につき、七トン半乃至十八トン(一トンは約二百七十一貫)の土が地下から、地上へ、みみずの腹をくぐって運ばれるのだ。これは、十年間には、一インチ乃至二インチの厚さの土壌に等しくなる。だから、みみずは、イトミミズのように、水道の中から浮かれ出してもらったのでは一寸こまるが概して、人間の忠僕である。太公望にとっては必要欠くべからざるものであることは、いうまでもない。この魚類の餌としてのみみずの商業的価値には、侮りがたきものがある。
『朝日新聞』昭和9(1934)年5月31日朝刊9面掲載
※表記を新字新かなに改めた
17 Jul. 2004
平凡社の大百科事典には、『ニュージーランドのマオリス島の土人はミミズを食用に供して大いに嗜好するとのとである』と書いてあるが、これは千慮の一失で、うそである。ニュージーランドには、マオリスという島はない。MaorisというのはMaori(ニュージーランドの土人)の複数で、島の名ではさらにない。真相はこうだ――ニュージーランド島にすんでいるマオリ人(または、マオリ族)は、近年まで、或る種類のみみずを食物にしていたが、今はそうでない。
★
薬用としてのみみずの歴史は、古代から中世を通って現在に及んでいるので中々古い。現今日本や支那では、熱とりに、ビルマでは、色々の病気に、オーストラリヤのギブスランド地方では、リューマチの特効薬としてみみずを用いている。
土中にいるみみずの数は、土壌の性質に従って一様ではないが、非常に多数居るらしい。色々の観察者によって与えられた一平方メートルの土壌内のみみずの数は、三十匹から二千匹にわたっている。牧草地や庭園では、三百匹乃至千匹が普通らしいと、イギリスの学者は言っている。
みみずの中には、口や肛門から出る液や、または、背孔から出る液で、光を放つものがいる。
★
一口にみみずと言っても、小はイトミミズから、大は、熱帯諸国にいる長さ四フィートに達するものまである。これらの長いのは、ナタール(南阿連邦東北部の一州)や、南インドやオーストラリヤや、南米などに居る。
どうやらこヽまでのことは、近代的根拠があるらしいが、次に述べるところは、保証の限りではない。それは、科学的精神華かならざりし頃の記録だから。
倭漢三才図絵(正徳二年、西暦一七一二年寺島良安著)には『深山の中に大蚓丈餘のものあり。近頃丹波柏原遠坂村大風雨の後、山崩れ、大蚯蚓二頭を出す。一つは一丈五尺、一つは九尺五寸なり。人、奇物となすなり。異國にも亦大蚓出ることあり。』と出ている。東国通鑑には『高麗太祖八年宮城の東に蚯蚓出づ、長さ七十尺』と出ている。
★
ずっと下って、明治十九年十一月に、埼玉県平民下山忠行氏著すところの『今世開巻奇聞』という小冊子には、『驚くべき大蚯蚓』と題して、次のように書いている。
『江州甲賀郡岩室村と云へるは、甲賀南隅の山間にありて、昔より同村の田面には、大蚯蚓を生ずることあり。されども土人は常に目に慣れて怪しとも思わざりしが、近頃に至りては殊に肥大なる蚯蚓を生じ、その長さ五尺餘もありて、作物の根を穿ち、田畑を害すること甚だしければ、之を退治せんと種々工夫を凝せども、夥多の蚯蚓にて容易に撲滅する能わざりしとかや』
長さ五尺のみみず!とは、既に、世界の各地に、長さ四フィートに達するみみずが現存しているということを、生物学が認めて、それぞれその学名まで調べあげてある今日から見れば、まんざらうそでもなさそうであるが、真偽は保証の限りにあらずだ。(九・五・二八)
『朝日新聞』昭和9(1934)年6月1日朝刊9面掲載
※表記を新字新かなに改めた
17 Jul. 2004
データは「朝日新聞戦前紙面データベース」による