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越智 美帆子 1B ケーキボックス
2002年07月13日(土)02時33分07秒
注射は嫌いだ。痛い。しかも、点滴となると2時間やそこら針が腕に突き刺さったままだ。
私は拒食のための栄養失調により、ある病院で点滴をうけていた。点滴袋中で栄養剤が一滴一滴滴り落ち、液体がチューブを通って私の血管に流れこんでくる。その感触が気持ち悪い。私は針と液体の感触に耐えかねて、看護婦を呼んだ。これ、とってください、気持ち悪いんで。看護婦はでも・・・と言葉を濁らせた。しかし私は有無を言わせずに、テープで固定されたチューブの針を剥ぎ取り、ベットから起き上がった。一気に立ち上がったために、目の前がまるでテレビの砂嵐のようにザーザーと色褪せていく。私は一瞬うずくまり、ゆっくりと正常な視界に戻るまで待って、それから病院から出て行った。
胃が何も受け付けない。好きな食べ物も、見るだけで吐き気を催す。しかし一番好きな食べ物、飴がけされたケーキは食べたかった。琥珀の細い飴がケーキにふんわりとくしゃくしゃにかけられているやつだ。私はケーキ屋に走った。そして、一つ用のケーキボックスに飴がけされたケーキを入れてもらって、家路を歩いた。空には月の明かりで、ちぎられたような雲がはっきりと闇に浮いている。飴がけのケーキ、これならきっと食べれるはずだ。大好きなケーキ。胃はこれをきっと受け入れてくれるはずだ。
白い皿にのせたケーキにかかった飴がけは、白熱灯の下できらきらと輝いている。それをフォークで割った。パキッという小さな音がする。飴がけを口の中に入れた瞬間、あの懐かしい甘味が口いっぱいに広がった。これなら大丈夫。しかし、飴が喉を通って胃に到達したとき、やはり唐突な吐き気に襲われ、私はトイレで胃の中に入っていたものを嘔吐した。流れていく胃液に混じった飴。これでもだめだった。私はもうなんだかおかしくなって、大声で笑いだした。笑い声が止まらない。止めようと思っても口が勝手に笑い声を発するのだ。そうだ外に出よう。私はおかしくてたまらない腹のうちを抱えて、裸足のまま外に出て行った。
外は大雨になっていた。大粒の雨が私を叩きつける。裸足の足に塗ったマリンブルーのべティキュアが雨の滴で艶やかに光っている。肌にまとわりつく、しつこい空気を一掃してくれる雨だ。これで私も一緒に流しさってくれればいいのに。
しばらく歩いていったら、車に轢かれた猫が道路のまん中で雨に晒されていた。内臓が出ている。目が飛び出している。私は猫に喋りかけた。こんばんわ、今日はすごい土砂降りね、最近暑かったからよかったね。猫の毛並みが雨でぐしゃぐしゃになっている。ケーキ、食べない?あのね、飴が、ふわふわの飴がかかったやつ、すごいおいしいの、私食べれないから。ねぇねぇ、どうして返事してくれないの?聞いてよ、ねぇ、聞いて、お願いだから、ああ、そっか、雨の音で聞こえないのかな。私は猫に近付き、揺さぶった。独りなのよ、私。だから、一緒に食べようよ。一緒なら食べれるはず。独りは嫌なの。嫌なの。嫌なのよ。猫の死骸は雨でどんどん崩れていく。ねぇ、聞いてる?聞こえてる?だから独りは嫌なのよ!!私は叫んだ。その叫び声は空しく雨の音でかき消され、どこにも誰の耳にも届かなかった。
寂しい。猫は結局喋ってはくれなかった。そうだ、花を咲かせよう!カッターカッター・・・・無いわ、あ、ちょうどカミソリがあったっけ。私は左手首にカミソリの刃をあて、思いきり横に滑らせた。ブチっという何かが切れる音がして、白い壁に鮮血が飛び散った。手首からはどくどくと血が溢れだしている。それを右手で掬いとり、壁いっぱいに花を描いた。手のひらと指を巧みに使い、薔薇の花を描いた。私は必死だった。この壁を花で覆いつくさなければ。辺り一面の鉄臭い匂いなんか、気にもとめないで、どくどく溢れ出す無限の絵の具で、ひたすら薔薇を描いていった。
ようやく壁一面が薔薇で埋め尽くされた頃、私は満足で嬉しくてたまらなくなった。大小様々な薔薇。自分の部屋が違う世界になったようだ。そして、凝固した左手首の血が止まっていることに気付き、この絵の具は無限ではなかったと残念に思った。
気を失って倒れているのを発見したのは、母だった。彼女は一面に咲いた薔薇をしばらく眺めたあと、救急車をよんだ。サイレンの音がうるさい。静かにしてよ。昨日は徹夜だったんだから。そして、私はサイレンの音はうるさかったけれど、満足感で満たされて心地よい眠りについた。
杉井武作 5A「ねればねるほどストーリー第二章」
2002年07月11日(木)00時10分06秒
あの不朽の名作「ねればねるほどストーリー」が帰ってきた!
「あの作品はデカくなりすぎた・・・」かつてその完成度の高さ故に作者自身が封印せざるを得なかった未完の大作。だが全国七千億人のファンのみなさまのリクエストが殺到!相次ぐ暴動、デモ、暗殺未遂等の事件!シビレを切らした作者の黄金の右手がうなる!
伝説のファンタジー小説のバイブル、堂々の完結!
1.しろはダンジョン
「ここが大ま王のしろかぁ〜*^−^*」ぼくはあふれでるよこしまなもうそうをとどめるすべをしりませんでした。
そして、しろの中へ入りました。
すると、いきなりのめのまえにこうもりがあらわれたのでおにへいは気をうしなってしまいました。
「どーしよぉどーしよぉ、おろおろおろ。」
う〜ん・・・・・
じゃあ、ちゅっ^-^
しかしめざめませんでした。せっかくゆうきをふりしぼったのに・・・;−;
「よーし、水どうをさがしてそこの水をかけましょう。」
しかしやけにあっさり水どうがみつかりました。
そして、おにへいをそこにつれてじゃぐちをひねりました。
すると、なんと、中から火がでてきました。
おにへいはあつくて目をさましました。
「あちゅいでちゅ。」
おにへいのしりに火がつきました。
しかし、とっさい神がおにへいのおケツにすなをかけたから火がきえました。
2.ぶき、ぼうぐそうちゃく
じつは水どうのかたちをしたまものだったのです。
「ようし、うりゃー」ぼくのひっさつのスターフィンガー(でこぴん)がさくれつ!!!!
しかし、かたくてつきゆびしちゃったよ;−;
「ゆうぞう!」
「ほぇ?・。・」
「ちゅっ^0^」
「きゃっ(*・0・*)またおとこのことちゅーしてしまったー;−;」
「えへへーさっきのおかえしやねん。ってちがうんですそんなことがしたいんじゃないんですー。これ、あげます。」
「なにこれー。」
「それはてつのてぶくろです。それをはめてやつにパンチしてください。」
「うんわかったー。」
なんと、パンチをするとまものはこなごなにくだけちりました。
「ところでぼくたちのぶきはある?」
「ちゅっ^0^」
「(>□<)ちゅしなくていいってば!」
「うん、ねれるにはこれ。」
「なにこれー。」
3.ねれるのぶき
それは、ねれるのゆび先にすっぽりはいり、みっつのボタンがありました。
「それはまほうのてぶくろといってそれをゆび先にはめて上のボタンをおしてみー。」
なんと、ゆび先からすさまじい炎がでました。
「うわーすごいいいいいいい。とめるときはどうするの?」
「いちばん下のボタンをおすのです。」
そして、ねれるは下のボタンをおしてとめました。
「こんどはまん中のボタンをおしてみー。」
すると、氷のはりが何本もでてきました。
4.おにへいののう力
「それは止まるボタンをおさないかぎりえいきゅうにつづくよ。」
「ありがとう、これですこしはWPがせつやくできる。」
「ねーねーわたしにもなんかくらはいな。」
「はい、神にはデラべっぴん小説。」
「ずげげー(‘tt`)」
「これにかかれてるぶんしょうをおんどくしながら行って。」
「えーあたしこういうのにがてだよーー(*><*)」
「得意とか苦手とかはどうでもいい。とにかく読むんだ。」
おにへいがこえをあらげました。
そして、またすすみます。
さっきつきゆびしたところがずきずきしてきました。
「ゆびがいたいよぉ。」
おにへいはぼくのゆびに手をかざしました。
「ホイミー♪^0^/ 」
するといっしゅんにしてゆびのいたみがなおってしまいました。
「おにへいはやくにたつねぇ。」
「ほんと?ありがと*^−^*」
「・・・・・・・だいすき。」
「えっ?いまなんていったの?」
「んー?わかんない。」
そして、またずんずんすすんでいった。
「あっ、いきどまりだ。」
「ぼくにまかせろーえいっ。」どか
いきどまりでもかべをやぶってまたすすみます。
「これならてきがでなくていいねー。」
5.大ま王のはんげき
とうとう大ま王のへやまできました。
「ふははははよくここまできたなくそかすども。あびきょうかんじごくのうたげをみせてやろう。あっおにへい。あんたこいつらのなかまになったの?」
そのはなしをすべてきき「どうりでキヌ代が帰るのがおそいとおもったらーくそーこのうらぎりものめー。」
「よーしキヌ代のぶんまでがんばるぞー。」
とうとうみんなVS大ま王のたいけつがはじまりました。
いきなり大ま王が「あなたねあなたねあなたねー。」といってねれるに往復びんたをしました。
ぺちぺちぺち
「いたいってばーくそーねればね
6.はげしいたたかい
るほど、がんせきおとし。」
なんと、大ま王のま上にでかい石がふってきました。
グチャッ
にぶいおととともに大ま王のにくかいとないぞうがかべやゆかにとびちりました。
やったぁ〜・・・っとおもったら大ま王はちょうのうりょくを使いさいせいしてしまいました。
「ふえぇ〜もうWPがないよー。そうだ☆あれを使おう。」ねれるはおにへいからもらったので氷の矢のボタンをおしました。
しかし大ま王ははげしいほのおをはいて何本もある氷の矢をとかしてしまいました。
「まほうがだめならにくたいはのぼくにまかせろー。」
そしてぼくはカポエラをおどりました。
7.むてきの大ま王
しかしなにもおこりませんでした。
「ははは。どうした。たあいもない。」
「このままではやられちゃう。そうだ!おにへい、これを。」といって、紙をわたしました。
紙には、水、まむし、だっちわいふ、などとかかれていました。
「それにかいてあるものを外へでてさがして!」
「でも、なぜ・・・?」
「なんでもE!」
おにへいは外へでました。
いっぽう中ではしとうがくりひ
8.大ま王のじゃくてん
ろげられていました。
「大ま王につうじるこうげきはないのー?」
「一つある」ずっとデラべっぴんを読んでいた神が言った。
「大ま王のあそこをもむんです。」
ぼくはすばやくとびだしてあそこをももうとしましたが、なんとあそこにバリアがしてた。
「ひえ〜これじゃじゃくてんがないじゃないか。」
そのころおにへいはかぶきちょうで水、まむし、だっちわいふ、をかってきたところでした。
「いそがなくっちゃ。」
おにへいはいそぎ足でかえっていきました。
9.サーベルタイガ
すると森にまよいこんでしまいどこが大ま王のしろだかわからなくなってしまいました。
「にしのほうでがさごそ音がするー行ってみよう。」
そこに行くとなんと、サーベルタイガがとびかかってきました。
顔にとびかかってきたのでまえがみえません。
やっとサーベルタイガがとれました。
おにへいのかおはひっかき傷だらけです。
「ぼくをあまくみるなーひっさつ!」
おにへいはサブマシンガンをとりだして、それをはなちました。ズガガガガガガガガガッ
「よし、とどめだ!」
10.まほうつかいはちろう
「まっまってください。」
「あっサーベルタイガがしゃべった。」
「ぼくはまほう使いだからサーベルタイガにへんしんしてるんです。ぼくよりつよいやつははじめてです。なかまにしてくらはい。」
そしておにへいはベホマできずをなおしてあげて、なかまにしました。
「名まえははちろう、よろしくね☆」
そういいながらはちろうはへんしんをといた。
ねれる・ゆうぞう・神・おにへい・はちろう。
この五人がこれからうんめいにみちびかれぜんうちゅうをすくうものたちになるとはこのときまだだれもそうぞうがつきませんでした。(特に作者)
そしておにへいとはちろうは大ま王のしろへもどりました。
11.まむしどりんく
「おぉ、これで大ま王をたおせるぞー。」
おにへいは大ま王にダッチワイフをなげつけました。
大ま王はむちゅうでそれとたわむれている。
「いまのうちだ。このまむしを大根おろしですってそれを水のなかにいれる。できた。つぶつぶいりまむしどりんくだ。ゆうぞうこれのめ。」
しぬほどいやだったけどのみほしました。
「おお!これをのむと力がどんどんあがってくる。もう大ま王にもまけないぞー。よし大ま王、ぼくがあいてだー。」
ぼくは大ま王のあそこのバリアーをふっとばしました。
12.あそこもみ
そして、大ま王のあそこをもみました。
「ああ、かんじる。」
その大ま王がゆだんしたいっしゅんのすきに、これまでデラべっぴんを読んでいた神がひときわ大きな声で言いました。
「いやーんばかーんボーナスちゃぶ台。」
この声とともに大ま王の身体はどろどろに溶けてなくなりました。
13.生きてた大ま王
あのはげしいしとうからさいげつがすぎたあるひのこと、ねれるのいえに神がやってきました。
「神じゃん!ひさしぶりー。どうした?」
神ははなしました。
「大ま王が生きてるだってー?」
「なぜ生きてたのかはしらんがこんどは『あ星』をしはいしようとしています。ほかのみんなもおるよ。」
みるとおにへいとはちろうがたっていました。
「よし、ぼうけんのじゅんびをしよう。」
しかしなにもかもゆめでした。
(完)
山口 文女 4A[たまごやき」
2002年07月10日(水)21時26分03秒
いつもより ほんのすこし はやおきをして
ちいさな おべんとうをつくりましょう
メインディッシュは たまごやき
おさとうを スプーンにやまもりいれて
しかくい とくべつな フライパンのうえ
もやもやなんて たまごにくるんでしまおう
ほわり ほわり ひよこいろの たまごやき
たまごやきは わたしに ちょうどいい やさしさ
そとは あめが ふりっぱなし くもは いじわる
だいじょうぶ わたしには たまごやきがある
あたまのなかは たまごやきでいっぱい
ランチタイムまで うわのそら
やっときた 12じ いただきます
・・・うみのあじがした
あめはやみ みずたまりが なないろに かがやいていた
滝 夏海 3A「スイカ」
2002年07月10日(水)18時35分39秒
夏だった。
一年前の8月の事だった。祖母が近所のスーパーでスイカを一個丸々買ってきた。ムーミンママに姿形や仕草がよく似た祖母が、ムーミンママのように前掛けしてハンドバッグ下げて、それは嬉しそうに小玉スイカを運んできた。母が冷蔵庫の野菜室を整理して、スイカを丁寧に納めた。父と私は小躍りして喜んだ。隣の和室にいた半寝たきりの祖父は、何も知らなかった。
3日後のおやつの時、母がスイカを取りだした。そそそ、と走っていって母の持っているそれをノックしたら、ポンポンとアホっぽい音がした。食べ頃だ。私は二階に行き、父を呼んだ。2人でスキップしながらリビングに入ると、テーブルの上に大きな皿があった。その上には三角に切り分けられたスイカが乗っていた。イタリアの国旗を思わせるその色合い、滴る甘そうな汁、見ただけでもシャリシャリ感が伝わってくる切り口。幸せ。それぞれが小皿にまず1つずつ取り、席に着いた。
ところで我が家のリビングには長方形のテーブルが1つ、その片側にごく普通の背もたれ付きの椅子が2つ、反対側に背もたれのないベンチ式の椅子が1つ、主賓席(または、お誕生日席)の位置から少し離れた場所にソファが1つ。また、窓の傍に籐製の肘掛け付きの椅子が1つあり、これが離れてはいるがベンチの真後ろに当たる。覚えていただけただろうか。
さて各人の席だが、祖母と母が椅子に、父がソファに、そして私がベンチにと座っていた。覚えていただけただろうか。
いただきます、の唱和と共にスイカにかぶりつく家族。平和な一時だった。
だった。過去形である。
ここから先は、スローモーションでお伝えしたい。
満面の笑みで口を開ける私。背を丸めスイカに齧り付いた時、ベンチから落ちた。敗因は胡座をかいていたことであろう。バランスは崩れたものの重心はまだ前気味なわけで、当然、背ではなく尻からずり落ちる。スイカをしっかりと両手で持ったまま、足をベンチの上に残して尻が着地する。が、勢い止まらず、今度は背が後ろに倒れていく。状況が把握出来ないまま、私は仰向けに倒れていき。
先ほど書いたことを思い出してもらいたい。ベンチの後ろには何がある。
籐製の椅子がある。
頭の辿り着いた先は、低い位置に取り付けられた太い籐で編まれた肘掛けだった。
ゆっくりぶつかった為、さほど痛くはなかった。上向いてると口の中のスイカが飲み込みにくい、なんて暢気なことを思っていたくらいである。……後から、軽い吐き気に襲われたが。
この時、祖母は手からスイカを落とし、母は慌てて駆け寄り、もっとも私に近かったはずの父は、スイカと皿を両方の手に持っていて助けられなかった、などと言ったが為に母に怒られた。老人ホームのデイケア・サービスに出掛けていた祖父は、何も知らなかった。
蝉が鳴いていた。
夏だった。
滝 夏海 2A「そんな2人」
2002年07月10日(水)17時35分57秒
「俺さ、ちっさい頃から手、大きいらしいんだよね」
予備校帰りの電車の中でそんなこと言い出したのは同じ授業取ってる男で、性別越えて妙に気が合うのでこうやって一緒に帰ってるんだけど、なんでこんな話題になったのかは知らない。
「ピアノ習ってた時、先生に「ピアノやるのに良い手」って言われたり」
「へぇ、じゃあオクターブ軽く届くんでしょ」
「余裕余裕」
そうなんだいいなぁ、なんて相槌打つけど大して内容は聞いて無い。でも、他愛ない会話のこの空気は嫌じゃない。温くて気持ちいい。
言葉適当に聞き流しながら、少し上にある顔とか目の前のシャツとか腕に引っかかってるリュックとか眺めてたら、彼の後ろで揉みくちゃになってる灰色・黒スーツの群や必死に居場所探してる白いヒールと、それを観察出来るだけの自分の周りの空間に気付いた。
良いヤツだな。
お礼に相槌のバリエーション、増やしてみた。こっちからもネタ振ってみた。背中を押し付けた扉から伝わる電車の振動が、自分の鼓動みたいに骨に響いて心地良い。
「…ね?」
声に視線上げたら、顔の30センチくらい前で広げられた右手が見えた。何言ってるか解ったから、鞄右手に持ち直して左手出した。手首のとこ合わせて重ねたら、何も塗ってない短い私の爪の先よりちょっと上に、赤黒い線。第一関節の、谷折り線。男女の骨格差。
なんだか少し、悔しかった。
「うわっ、ちっさい、可愛い!!」
「ばか、これでも女じゃ手の大きい部類に入るんだよ」
子供みたいな顔で笑って私の指先に関節折って被せてくるから、重ねた手を叩くようにペシッて打ち合わせた。
杉井武作 4A「BE」
2002年07月10日(水)15時47分52秒
また誰かが扉をたたく音
静かに眠らせてほしいのに
雨の日に限って押し入ってくる
殺風景なこの部屋で
決まって凍え死ぬつもり
一糸纏わぬ客人は
わたしの腕に身をあずけ
混ざり合おうと誘いかけ
その美しさでみちづれを示す
けれどこの部屋は寒すぎて
曇った瞳を持つわたし
伝わるのは胸を濡らす涙
その生ぬるい感触だけ
触れるほどに冷たく崩れ
朽ち果てていくのがわかる
わたしのなかでまた一人
命の花が散って往く
死顔をつたう
指ですくった涙のしずくが
三途の川の淀みを清める
だからもういくことにする
この舟でいけるところまで
あの音が聞こえなくなるまで
二度と目が覚めなくなるまで
越智 美帆子 4A 硫酸銅
2002年07月10日(水)13時13分32秒
硫酸銅水溶液に沈んだような夜に差し掛かる直前の中で、工事中のビルの位置を示す赤いランプがその人工的な闇から浮き上がっているように点滅している。この硫酸銅で何もかも溶けてしまえばいいのに。そして、全てが混ざりあって、一つになればいいわ。
彼女はセーラー服に身を包み、短いスカートから伸びている足を白いぼやけたルーズソックスで覆っている。その足でぼんやりとした光を放つ自動販売機をおもいきり蹴った。自動販売機はガシャンと音をただけだ。彼女はちっ、と小さく呻くと闇の中を歩き始めた。
彼はいつも巧妙に駆け引きを仕掛けてくる。それに彼女は応戦していた。微妙なさじ加減と眼差し。一つ一つが意味深な言葉のやり取りで、今日も彼女は負けたのだった。
そう、全部全部溶けてしまえばいい。あいつもこの大きなビルも。
けれど、彼女と彼の取り引きは次第にエスカレートしていった。感情的な部分を見せたら終わりだ。
ある日彼女は彼に、防波堤が切れたように負けを宣言した。しかし、彼の言葉は意外だった。勝ったのは彼女のほうだった。ここは喜ぶべき場面。思いきり彼を罵り、敗北感を味わせなさい、と彼女の中で誰かが言う。しかしそれは無理だった。勝つことはこのゲームの終わりを意味する。そして、勝つことがこのゲームにとっての勝利ではなかった。
硫酸銅に溶けてしまえば何もかも上手くいったのに。彼女は、もう暗くなった街頭が点灯する何も無い道を歩いていった。
山口 文女 3A「甲子園」
2002年07月10日(水)00時53分32秒
麦茶は、とうに氷がとけて薄くなってしまった。
耳の中では、ジリジリと鳴く蝉の声と、テレビからながれる甲子園の中継が混ざり合っていた。外は、強烈な陽射しが容赦なく降り注ぎ、ブラウン管の中では、真っ黒に日焼けした肌に白いユニホームが良く映えた高校球児たちは同じ太陽の下で戦っている。
冷房のない、この部屋は地獄だ。かろうじて、直射日光からは避難して小さな扇風機を全力で回転させても、止めどなく汗はじわりじわりと広がってゆく。ピッチャーの額から流れる汗と、わたしの背中にへばりつく汗は、明らかに成分が異なる気がする。まるで、高級なミネラルウォーターと魚のいないバスクリンの色をした川の水のような違い。
この蒸篭のような部屋で、3度も夏を乗り切れれば、午後2時のサンサンと輝く太陽をよそに、昼寝もできるようになるのだろう。慣れとは恐ろしい。額や鼻のてっぺんに、わたしと同じ種類の汗をぎっしりかきながら、彼は床に転がっている。足を伸ばして、わき腹をつっついてみる。起きやしない。すっかり薄くなった麦茶をひとくち飲む。
「わぁぁーわぁーーー!!!!!」
テレビから、歓声が溢れ出した。黄色いチューリップのような帽子をかぶって、制服に素足の女の子たちが拍手をしたり抱き合って喜んでいる。本当に嬉しそうに、めいいっぱいの笑顔で。球児たちに負けず劣らず汗をきらきらさせて。しばし甲子園(野球ではなく、甲子園の空気)に見惚れてしまった。
テレビの前で、体育座りのまま、ひざを抱えてコテンっと床に転がった。床は、わずかにヒンヤリしていて気持ちが良い。だけど、少しでも動くと、彼の体温がじっとり移った床が広がっている。身動きがとれない。
わたしの床も、もうぬるくなってしまっていた。だけど、体を小さく曲げたまま動けずに、ただ甲子園を眺めて・・・なんで、こんな晴れた日にわたしは汗の塊になって、甲子園なんて見ているのだろう。突然、自分の居場所に違和感を感じた。
甲子園は、8回の裏。1−0。監督は、イライラを顔の全面に出している。心が辛くなる。
「・・・つまんねぇ。」
寝起きの低く、もったりしたあくびまじりの声で彼は呟いた。
彼に背を向けて転がっていたから、いつから起きていたのかわからない。体を回転させたいけれど、金縛りのようにピクリとも動かなくなってしまった。汗もピタリと止まり、すぐ傍に彼がいるのに、ひとつポツリと転がっている冷たい小石みたいな気分だった。
コチン。頭の上で鈍い音がした。真上にあるテレビ画面に目だけを向ける。
不思議なくらい、バッターの打った球はズルズルと伸びた。伸びたといっても、空を切って伸びたのではなく。守備の足元の隙間を滑っていった。3塁はホームベースへ、1点。2塁は全速力で3塁を蹴っ飛ばしホームベースへ、2点。ピッチャーは、「まさか」という顔をして遠くへ転がる小さな球を見詰め。バッターも「まさか」という顔をして2塁の上で飛び跳ねている。
わたしは、何が起こったのか把握できずに、ポカリと開いた口がなかなか閉まらずにいた。
『つまんねぇ。』それは、9回の表までのなかなか動かない試合のことかもしれない。することもなく怠惰な過ごし方のことかもしれない。わたしのことかもしれない。もしかしたら、ただの寝言かもしれない。
でも、彼は間違えなく。『つまんねぇ。』と呟いた。
「ウゥーゥゥーー」
甲子園は、9回の裏の逆転。あのズルズルとした球が決定打だったが、ドラマチックな終わり方だった。
わたしは、力をふりしっぼて起き上がった。立ちくらみでクラクラしながら、もう飲む気のない麦茶を流しへ持ってゆく。床に伸びた彼の足につまずいた。
髪の毛が汗で首に巻きついていた。頭の中では、サイレンが鳴り止まない。
宮田 和美 23A 日々のかけら そのじゅーご
2002年07月07日(日)22時03分16秒
1
本屋さんで、表紙のきれいな文庫本を一冊買った。
この本をいちばん最初にどこで読もうか考えながら外に出た。
見上げると青い空がひろがっていたので、公園を却下して屋上で読むことにした。
空を見るのがすき。みたいときは見て、みたくないときは見なければいいから。
って誰かがいってた。
さみしくなるといつもそこにいて、たまにこうやって屋上に来ても、いやな顔ひとつしないで、きれいで、ほんとうにきせきみたいにきれいで、決してわたしを傷つけない。だから空がすき。
2
7月7日
ベランダから外を見ると、空が申し分なくきれいだったので
夕涼みがてら近くのコンビにまで行った。
男物のサンダルは幅がひろいので、歩いていると足指がどんどん前に出てしまう。
コンビニで折り紙とシュークリームを2つ買った。
アンアンの今週の占いによると、
天秤座は計算外のアクシデントが悲劇に転じる兆しあり、注目株はAB型とフェミニスト、とのこと。ふうん。
コンビニを出て、サンダルをぺたぺたいわせながら歩道橋をのぼる。空を眺めるために。
1年会わないってどんな感じなんだろ。会えない時間が愛育てるのさ、なんつってあたしだったら無理。きっと忘れちゃう。そのひとへの気持ちとか、そのひとの気持ちとか。
歩道橋はきらきら光るアスファルトが敷かれていて、きらきら光ってきれいだった。
宮田和美 22A 日々のかけら そのじゅーよん
2002年07月06日(土)21時04分07秒
まだわたしたちの間柄が、とても恋とは呼べなかった頃、旅先の日光で、やつのためにおみやげを買ったことがある。
鬼の面がついた日光山のおまもり。お面は10センチくらいで、鬼というよりもむしろ痩せこけたやまんばのような顔つきだった。そのくせ瞳にキラキラ光る石が埋めこまれて、満面の笑みを浮かべている。
わたしは、寂れたみやげもの屋でこれを見たとたん「ぶっ」と吹き出してしまった。
そして、この気持ちをぜひとも共有したいと思って、なんじゃこりゃーって大爆笑するやつの顔を思いながらそれを買った。
鬼の面は、今もまだわたしの手元にある。旅行から帰ってきて、恋やら何やらですったもんだしているうちに、渡すタイミングを逃してしまったのだ。
そしていま、わたしたちの間柄は、もう日光山のおまもりじゃ笑えないほどになってしまっていた。
宮田和美 21A ひびのかけら そのじゅーさん
2002年07月05日(金)22時28分52秒
Home Sweet Home と書かれたプレートが、わが家の玄関には掛かっている。
お母さんが100均で買ってきたもので、あたしはあれが嫌いだった。
百円で手に入るスイートホームなんてばかみたい。
ばっかみたい、そう思ってた。
宮田和美 20A ひびのかけら そのじゅーに
2002年07月05日(金)21時44分24秒
お年寄りが目の前に立っているのに寝たふりしたり、
学校行くのめんどくて一日中ごろごろしていたり、それが一週間続いたり、
洋服に金つぎこんだり
べつにすきじゃない子とにこにこ喋ったり、
そのくせ気になるひとにはうまく声かけられなかったり、
便器のまえの銀色のパイプに映るブサイクな顔と目が合ったとき、
聞こえた。
あたし、腐ってる。腐ってく音が聞こえる。
奥山 伸太郎 1B/箱入りヘッド
2002年07月04日(木)23時11分02秒
僕の通っている高校はいわゆる「名門」と呼ばれるヤツで、入学当初から受験のことにはうるさかったが、高三になってそれはますます勢いを増した。親はどうしても僕を国立の大学に行かせたらしいが、僕はもう限界だった。毎日繰り返される勉強勉強。観覧車に乗り続けているように、同じ景色をぐるぐるぐる。そんなときだったから、孝夫の話を聞いて、僕は暴走族になろうと思ったんだ。
孝夫と僕は幼稚園からの幼馴染みだ。性格は対照的で、担任の先生から「優秀で真面目な模範的な生徒」と言われていた僕に対して孝夫は「問題ばっか起こして言うことのきかない悪ガキ」だった。しかしなぜだか僕らはすこぶる仲が良かった。高校で別々になるまで、僕らはいっつも一緒だった。僕が勉強を教えるかわりに、孝夫は面白い遊びを教えてくれた。孝夫は昔から悪ふざけの好きな奴だったが、その孝夫が暴走族に入ったと知った時はさすがに驚いた。初めは止めようと思って電話をしたのだが、話をきくうちにいつのまにか僕の方が暴走族に惹かれていってしまった。自由奔放で、わがままな世界。やりたいことをやっている彼らに僕は憧れたのかもしれない。
午前十時。住宅街の片隅にある何気ない公園が今回の集合場所だった。暴走族の集合場所にしては不自然なくらい爽やかな場所だったが、決して口に出したりはしなかった。小さな公園には、すでに十数人の暴走族がたむろっていたからだ。やっぱり本物は迫力があった。そこに溶け込んでいる孝夫をみて、僕はなんでコイツと仲が良いんだろうと改めて疑問に思ってしまった。まず着ているものから違う。足首あたりまである白いコート、のようでそうでない。もっと地が薄くて、ぺらんぺらんで、たくさん漢字が書いてある。あれが特攻服というものか。シャツをズボンから出すのが精一杯の不良である僕にとって、暴走族に入るのがどれほどの冒険であるのかが、ここにきてわかってきた。しかしここで逃げ出すわけにはいかない。今までの退屈な生活に終止符をうつのだ。
しばらくすると、バイクのエンジン音が聞こえてきた。どうやら暴走族のヘッドが来たらしい。みんな整列しだした。音のする方を見ると、立ち並ぶ団地の奥の方の角からバイクが顔を出した。真っ黒。黒を基調とした、意外とシンプルなバイクだ。続いて運転手が見えた。あれがヘッドか。うわ、もっと意外、スーツ着てる!というかこれはアリなのだろうか。暴走族のヘッドとして。それともヘッドなりのパフォーマンスなのか。だとしたらなんてお茶目な。
バイクは右折のために速度を落とし始めた。後輪が現れ、全体像が見え始める。
いや、見えない。バイクはまだ続いている。後輪だと思っていたものは後輪ではなく、さらに後ろにタイヤがあった。よく見ると、ヘッドの座っている座席もそのままずっと後ろまで続いている。なんだこのバイクは。異常に長い。
そして、長いシートの果てにもう一人、男が乗っていた。誰よりも派手な特攻服に身を包み、偉そうに腕を組んでいる。その様は、まさしくヘッド。間違いない、こっちが本物だ。じゃあスーツの男はいったい何者?
およそハイエース3台分もあるそれは、その長さ故、右折するのにバックと前進を繰り返し少しずつ方向転換をして、ようやく僕らのいる公園の前に到着した。
「待たせたなヤローども」
バイクにのって腕を組んだままヘッドがいうと、「ヤローども」から歓声があがった。そしてヘッドはニヤリと笑うと、軽やかにバイクから跳び降りた―――りはしなかった。
スーツの男がヘッドを抱きかかえてゆっくり降ろしてあげる。お姫様だっこだ。なんて似合わない光景。というかこれはアリなのだろうか。ヘッドとして。
ヘッドが無事バイクを降りると、早速孝夫が僕を紹介してくれた。急な話なのでどんな反応がくるかと緊張したが、あっさり
「いいよ」
と言ってくれたので助かった。見た目はここにいる誰よりも恐いのに、意外と懐広いんだなと思った。ここなら僕もわりとすんなり溶け込めるかもしれない。やっていく自信が少しついたので、思いきってさっきから気になっていることをきいてみることにした。
「こ、この、このバイクは、何なんですか」
何なんですかとはいきなり失礼だったかなと、僕はとっさに委縮してしまった。怒らせてしまったかもしれない。
「リムジンバイクだ」
「なるほど。リムジンですか」
しまった。あまりにも意外な返答だったので流してしまった。突然すぎて理解が追いつかない。
「……え?リムジン……ですか」
「そうです。リムジンです」
今度はスーツの男が答えた。とても丁寧で礼儀正い喋り方だ。僕はよっぽど「なんでですか」と言いたくてたまらなくなった。なんでリムジンみたいにしたんですか。すっごく気になる!でも、そんなこと、とてもきけない!
外面的には納得した表情をしている僕に、スーツの男がまた口を開いた。
「申し遅れました。私、執事の鈴木と申します。どうぞ今後とも宜しくお願い致します」
危ない。うっかり「なんでですか」と言いそうになってしまった。なんで執事がいるんですか。すっごく気になる!でも、なんかきいちゃいけない気がする。僕はやっとの思いで「こちらこそ」と言った。
それから僕らは、ヘッドを筆頭に朝の街をバイクで走り、ファミレスで昼食をとってから、また走り始めた。僕は免許がないので孝夫のバイクに乗せてもらっていた。ずっと怪訝な顔をした僕を気にしていてくれたのだろう、ちょうど高尾山の中腹に差し掛かった時、孝夫が言った。
「おかしなヘッドだと思うだろ」
「うん」
僕は即答した。
「なんでか知りてえ?」
「うん」
もちろんだ。あんな異色なヘッド、何かきちんとした理由がなければ納得できるはずがない。なぜリムジン?なぜ執事?なぜ高尾山?いっしょにいればいるほど疑問が湧いてくる。はたして本当にこれらの疑問を解決できる理由が存在するのだろうか。今はもうそれすらが疑問だった。
孝夫が口を開いた。
「ヘッドはな、箱入り息子なんだ」
納得。
いや、普通ならとても納得できる答えじゃないかもしれない。しかし、その箱入りっぷりを見てしまった僕は容易に納得することができた。それならばすべてつじつまが合う。高尾山は…………わからないけど。
その時、前方からたくさんのバイクが近づいてくるのに気がついた。紺色の特攻服に身を包んだ団体が、派手な音をたてて僕らの前に立ちふさがった。
「コラてめえら、ここが俺らのナワバリだと知って入ってきてんだろうな!?」
向こうのヘッドらしき男がいきなり怒鳴り声をあげた。高尾山を縄張りにしている暴走族って何なんだと思いながらも、僕はすっかりすくみ上がってしまった。マズイ、マズイ。まさかこんな展開になろうとは。喧嘩なんてもちろんしたことのない僕は、大事にならないように必死に祈った。
しかし、天には届かなかった。
「そんなの知るか!ナワバリって何語だ!!」
ヘッドの一喝。ああヘッドの世間知らず!
「てめえなめてんのか!?上等だ、やっちまえ!」
高尾山ヘッドの合図で、紺色の暴走族たちが一斉に向かってきた。20人くらいいるだろうか、全員金属バットや鉄パイプなどを持っている。怖い!足がすくんで動けなくなった。自然と孝夫に掴まってしまう。でも孝夫は孝夫で何もしない。足がすくんでいるのだろうか。というか、誰も動かない。こちらの人間は誰一人として動こうとしていない。ヘッドはリムジンバイクの最後尾で悠然と腕を組んでいる。事を荒立てたわりに偉そうだ。
その前方で、一人の執事がバイクを降りた。きれいに締めてあったネクタイをはずし、スーツを脱いでバイクに置く。それと同時に執事は猛烈な勢いで暴走族に向かってゆき、凄まじい強さで蹴散らし始めた。空手、カポエラ、プロレス技。執事の多彩で見事な攻撃の前では、金属バットや鉄パイプも、バイクさえも、敵ではなかった。さっきの礼儀正しさはどこへやら、鈴木さんの活躍により、ヘッド以外の紺色は全員のびてしまった。紺色のヘッドが、ウチのヘッドを指差してわなわなと言った。
「お、お前が戦えよ!」
もっともだ。
「お前はヘッドとして恥ずかしくないのか!?ヘッドならヘッドらしく俺と勝負しろよ!」
紺色のヘッドは核心をついてきた。暴走族のヘッドなら、ここまで言われて退くわけにはいかない。しかし、この箱入りのヘッドに勝負する勇気などあるのだろうか。やったとしても絶対負けそうだ。
だが、ヘッドは男を見せた。
「いいだろう。一対一で決着をつけようじゃないか」
勝負はチキンランで決めることになった。チキンランとは、それぞれバイクに乗って同じ位置からスタートし、壁に向かって速度をあげてゆき、先にブレーキを使った方が負けという度胸試しのことだ。今回は壁がないので崖に向かって走ることになった。崖といっても高尾山だからごく小さなものだが、落ちれば無事ではすまない。
すっかり準備は整っていた。並んだバイクの上に、それぞれのヘッドが乗っている。ウチのヘッドももちろん運転席に座っている。緊張している様子はない。今まで通り、悠然と構えている。もしかしたらこの人はすごく大きな器の持ち主なのかもしれない。普通に戦えば鈴木さんよりも強いのかもしれない。僕はこの箱入りのヘッドに惹かれ始めている自分に気づいた。
箱入り――――というほどではないにしろ、僕はずっと親に言われるままに勉強をしてきた。自分のためではない。親のためだ。母親は「あなたのためなのよ」と言うが、むしろ僕は「あなたのためなのよ」と言う母親のために勉強をしてきた。それを親孝行だと言う人もいた。ぼくもそういうつもりでやってきた。でも、自分を犠牲にしていた。自分が本当にやりたいことを犠牲にして生きていた。それに比べ、この人はどうだ。執事がつくほどの箱入り息子だというのに、こんなに自由だ。実家の援助を多少受けているにしろ、暴走族のヘッドになんて、簡単になれるもんじゃない。この人は、本当はものすごい勇気のある人なんだ。
バイクにエンジンが入った。孝夫がスタートのカウントをする。
「3……2………」
その時、麓の方から「夕焼けこやけ」が流れ始めた、と同時に、鈴木さんがヘッドに言った。
「ぼっちゃま、お時間です」
ヘッドは「うむ」と言うとさっさと運転席を譲り、定位置についた。
「ごめん、もう帰んなきゃ」
呆然として声もでない紺色のヘッドに軽く謝ると、箱入りヘッドを乗せたリムジンバイクはゆっくりとUターンをして帰り始めた。仲間もその後に続く。孝夫につかまりながら後ろを振り返ると、まだ動けないでいる紺色のヘッドが見えた。
「門限、5時なんだ」
前を見たまま孝夫が言った。
「そっか」
受験がんばろう、と僕は思った。
横田裕子 2A 無題
2002年07月04日(木)21時23分00秒
冷たいパイプ椅子の上に、パサリと引っ掛けられたワンピース。朱と、黄と、紅と、そして夕暮れ色が複雑に絡み合った模様は、アジア系の雑貨屋で見つけた掘り出し物だ。さらさらと肌触りが良く、値段の割には物が良かった。
床の上に置き去りになった食べかけのソルダム。齧った跡がてらてらと光り、そこから遥か遠い南国の匂いが零れ落ちている。真夏の朝の、青梅街道の向こうに立ち込める靄を一掴み持ってきたような、ぬるい空気の塊が果実を包み込んで無造作に転がっている。あと数時間もしたら、この部屋の湿気と気だるい暑さで腐敗を始めるだろう。
鍵がかけられた箱の中は、殺風景でありながら日常生活の匂いがする。
例えば、引出しがひとつふたつ付いただけの平机とパイプ椅子、安物のベッドだけがミニチュアの家具の如く箱の中にぽんぽんと置かれている。そこに食べかけの果実と脱ぎ捨てられたワンピースを付け加えただけで途端に生活臭溢れる空間になる。
その空間に時間が流れていることを示すものは。
手のひらに時折強く突き刺さる爪と、一筋の跡を残して混じりあう滴。
半開きになったカーテンから差し込む光が眩い橙から冷ややかな青白色に変わり。
ただ、それだけ。
薄桃色の空気と止め処なく垂れ流される意味を為さない言葉たち、果実と汗の窮屈な匂い。一緒くたになった全てで箱は膨れ上がる。
真夜中を疾走する小さな箱は、一夜限りの闇夜の館。
水落麻理 2B/忘れられない人
2002年07月04日(木)00時36分55秒
受話器から聞こえる、聞きなれた友達の声。
「あの二人より戻ったってね。彼から言ったらしいよ。あの人やっぱりずっと好きだったんだね。」
無邪気に話す、友達の声。
ドクン
頭の中で音がした。
心臓が、頭の中にあるように
ドクドクと耳の奥から音がする。
その振動だって伝わってくる。
押し殺してた記憶の中で
よみがえる。
彼と彼女の
並んで歩く後ろ姿。
彼と彼女の
幸せそうなあの笑顔。
よみがえる。
行き場のないもう一つの思い。
彼が向けた私への笑顔。
飛び跳ねた心臓。
心が素直に反応してる。
痛い
のどの奥でその気持ちは
固体となる。
息がつまる。
そしてゆっくりぼやける視界。
「良かったじゃん」
思わず口から出た言葉。
いつもより、少し高くて少し大きい私の声。
「彼、あの子のことすごい好きだったしね。」
自分の言葉で自分を傷つけるなんて笑っちゃう。
受話器から聞こえる友達の声。
体の中から聞こえる心の声。
友達の声を遠くに聞きながら、わたしは顔を上げた。
目からこぼれて出て主張しようとする本当の心。
決してこぼすものか。
まだ耳の奥で音だってするし、よみがえった二人の情景はまぶたにやきついているけど。
ゆっくり目を閉じる。
その涙を認めることは、振り出しに戻ること。
涙がまぶたの裏側で、ゆっくりと押し戻されていくのを十分に感じた。
私の口からはするすると言葉があふれてくる。友達の話に大笑いもできる。
受話器を耳にあてながら、いらなくなった紙に無意識のうちに落書きし始めた。
ふと窓を見ると夜はもうふけて、街頭がその夜に映えていた。
越智 美帆子 3A サーカス
2002年07月03日(水)22時35分09秒
0Gのピアスの向こうはセピア色のサーカスが見えた。ピアス穴は初めて開けたときは18Gだった。0Gになったときこんなからくりがあるなんてな。へー新発見。
つうことで、俺はピアス穴を突き破って、セピア色の世界にお邪魔した。
ばかでかいくすんだ黄色と毒々しい赤のストライプ(っつうのか?)のテント。先細りで、頂点に風見鶏がくるくる回っている。団長の趣味か?客寄せの玉乗りピエロの横でアコーディオンを弾きながら、フランス語でなんか歌ってるガキが振り子のようにゆらゆらゆらゆら電気仕掛けのように揺れている。俺のピアス穴の中はこうなってんのか。なるほどね。
俺は、折角来たんだしショーを見ていくことにした。
カーテンのように開くテント。おいでやすってか。シルクハット被った髭オヤジの挨拶。象に虎にライオン。ど派手な衣装の団員たちが、次々と技を披露していく。次は空中ブランコ。え、何?俺がやんの?は?規則だからって、おい!
俺はいつのまにかメインっつうか大取りにさせられていた。沸く観衆。二人ペアで、美人の相方ってことだったのに、小せいガキかよ・・・空中ブランコなんて、やったことないし。ま、どうにかなるか。(本当になるのか?!)
俺はガキのブランコに届くように勢いをつけて、揺れるガキ目がけて飛んだ。飛ぶ俺スローモーション。俺の手はガキに届かない。おいおい、お前の手、ちいさすぎんだよ。落ちる俺。まじかよ。あーあ。こんなことならピアス穴なんて覗くんじゃなかったぜ。床にたたきつけられたら、どんくらいの圧力がかかんのかな、なんて考えてるうちに光沢がある床に、俺はたたきつけられた、と思ったら、ここは渋谷。雑踏の中に俺はいた。通りすがりのリストバンドをした女が俺に向かって言った。これ、深く切ったの。そしたらほら見て。女は星がついたカーキのリストバンドをとると、ざっくりと切られた傷を見せた。そこから溢れる溢れる。何がって、アコーディオンにガキにオヤジに象に虎にライオンにテントに観客に、もうわけわかんねぇ。どばどばいろんなものが溢れるし、こんな街中で人々は傷から溢れたものに飲まれていくし。おい、ちょっと、と俺が女の顔を見たら、それはあの空中ブランコのガキだった。ガキは空中ブランコに乗って、飲まれていく街を眺めている。スクランブルがパズルのようにばらばらになったとき、ようやくガキは、やっと終わったと言ってテントの中に帰っていった。電光掲示板にはエラーと表示されている。
俺はテントの団長に文句を言おうと思って、あたりを埋め尽くしたものをかき分けながら、あのイカレたテントに向かった。しかし、テントはあったものの、俺立ち入り禁止の札が立っていた。ここは強行突破だな、と思いGパンのポケットにあったカッターでテントを切り裂いた。しかしテントには団員も観客もいなければ、象も虎もライオンもいなかった、というか肉だった。俺はテントじゃなくて、テントのように見えた肉を切り裂いたのだった。ぶちぶちぶちっ、と弾力ある肉の感触。なんだよ、これ。肉はぱっかり開いて、テントだった形跡は跡形もない。俺はただ呆然と、切り開いた肉を見ていた。すると、肉は分裂しはじめた。昔、理科で習った細胞分裂みたいだ。ピンク色の肉がプツンプツンと分身を増やす。それはやがて、人の形になった。人々はみんなピアスをしている。俺と同じ0Gのやつだ。そいつらはぞろぞろ一列になって歩き始めた。0Gピアスの行列。俺も行列に混じった。どこに続いてんだ?俺は前の奴に話し掛けた。するとそいつは遠くのほうを指さして言った。
「サーカスに行くんだよ。」
そいつの指先には、あの禍々しいテントがたしかにそびえたっていた。
松永洋介(アシスタント) 4日の授業は昼休みも続行。弁当持参で!
2002年07月03日(水)21時16分35秒
明日の授業は昼休みに延長戦をおこないます。各自お弁当を持ってきておいてください。
東條慎生 4A「雨の日」(連作「水」3)
2002年07月03日(水)20時00分32秒
右手に傘を、彼女はさして、じっとそこに佇んでいる。坂の上の小さな道。雨の中に霞む家と空。下の方で走る車のエンジン音と、タイヤの切った水しぶきが聞こえてくる。ここから見下ろせる坂のふもとには、茶色い川が激しい音を立てて流れている。向こうには林があり、奥は暗くて見通せないが、一段と高くそびえている枯れた大樹だけは、老衰にもかかわらず強い圧迫を感じさせた。林の木から雨に落された葉っぱが、水に押されて側溝の中に消えてゆく。水に滲んだアスファルト、そこに裸足で彼女は立っていた。本来暖かい色をしているはずの足は、水滴に熱を奪われたせいか白く、青味がかっていた。傘の外から入り込んでくる雨粒は、彼女の足や腕にまといつく。肌の色はだんだん薄くなっていくように見えた。傘の中で彼女の体は翳っていて、眼はおろか顔や口さえ見えやしない。
彼女はふいに、腕を伸ばして傘を渡した。傘の中に入った僕は、こもった雨音に吸い込まれそうに思った。彼女は全身を雨にさらしていた。腕には肩や頭から流れ落ちてくる雨が、そこを伝っていって手から滴り落ちていく。腰までのびた黒い髪が、雨を吸って重く湿って、更に黒く、鈍く光る。頬も青白く、水が流れているだけだった。どこを見ているのかは分からないが、何かを見つめているようなうつろな眼にはただ暗闇だけが見えている。雨粒が、彼女の顔に打ち付ける。それは頬を伝って顎に流れ、顎から胸に落ちると、その微かな線をなぞって腹、腰、足、地面へと吸い込まれていった。彼女の体には雨粒だけがうろついている。
僕は傘を持ってただこの景色を見つめていた。雨に煙る景色は、多層構造のハリボテのように、分かり易い遠近感を持っていた。雨のカーテンがかぶさった遠くのビルは、本当は五十メートル先にあるんだろう。
大きな雨粒が一つ降ってきた。それにはまわりのあらゆる景色が映り混んで、球形の世界を抱え込んでいた。雨粒には、灰色に覆われた空と、遠くにあるはずのビルや、坂の下にある濁流の川も、車が流れる道路とか、そこいらに並んでいる民家やアパート、それに森や林や、大きな枯木だって映っている。僕や彼女もその一つの雨粒、一滴の水の中に入り込んでいる。その水滴は、彼女の肩に落ちてきた。水滴は彼女の肌の色を映し込んで、肩から流れ出すと、彼女の肩には空白が現れていた。その雨粒の流れ下った跡には、彼女の背後にある林の木々が映っていた。もう一つ、水滴が落ちる。彼女の腕には深緑の葉を抱えた木が割り込んだ。もう一滴、それは彼女の頬から、顎を、胸を、体を、背後の木々と交換した。それは瞬間のことだった。雨は秒間何十滴降るのだろう。瞬間の後には、彼女の体はすべてが雨に洗い流されてしまっていた。彼女の足下のアスファルトには、その肌の色を抱え込んだ水の流れが、坂の傾斜に従って側溝に流れ込んでいた。彼女のすべてが流れ去った。
より強くなる雨が傘を弾く音の中で、僕は彼女の白と黒の服を抱えて佇んでいた。僕は顔をその袖で拭った。
水落麻理 水落麻理2A/忘れられない人
2002年07月03日(水)01時44分33秒
受話器から聞こえる、聞きなれた友達の声。
「あの二人、より戻ったってね。彼から言ったらしいよ。あの人やっぱりずっと好きだったんだね。」
無邪気に話す、友達の声。
ドクン
頭の中で音がした。
心臓が、頭の中にあるように
ドクドクと耳の奥から音がする。
その振動だって伝わってくる。
押し殺してた記憶の中で
よみがえる。
彼と彼女の並んで歩く後ろ姿。
彼と彼女の幸せそうなあの笑顔。
よみがえる。
行き場のないもう一つの思い。
彼が向けた、私への笑顔。
心が素直に反応してる。
痛い
のどの奥でその気持ちは
固体となる。
息がつまる。
そしてゆっくりぼやける視界。
「良かったじゃん。」
思わず口から出た言葉。
いつもより、少し高くて少し大きい私の声。
「彼、あの子のことすごい好きだったしね。」
「別れてから一年半もずっと忘れられないでいたんだね。」
自分が言った言葉で、自分を傷つけるなんて笑っちゃう。
彼にとっての一年半。
同時に私の一年半。プラス半年。
受話器の中から聞こえる友達の声。
体の中から聞こえる私の声。
友達の声を遠くに聞きながら、私は顔をあげた。
目からこぼれ出て主張しようとする本当の心。
決してこぼすものか。
まだ耳の奥で音だってするし、よみがえった情景はまぶたに焼きついているけど。
ゆっくり目を閉じる。
その涙を認めることは、ふりだしに戻ること。
涙がまぶたの裏側で、ゆっくりと押し戻されていくのを十分に感じた。
友達の声はまだ遠いけど、私の口からはするすると言葉があふれてくる。
友達の話に大笑いもできる。
受話器を耳に挟みながら、いらなくなった紙に無意識のうちに落書きし始めた。
ふと窓を見ると夜はもうふけて、街頭がその夜に映えていた。
宮田 和美 19A 日々のかけら そのじゅーいち
2002年07月03日(水)00時33分20秒
ベランダに住むぺんぎん
ベランダに住むぺんぎんには生きてる説と生きてない説があった。わたしの中で。それは通学電車からみえるアパートにいて、なんでだかいつも両腕をひろげていた。そして、時々動く。目の錯覚かもしれないけど、わたし的には時々動いていた。
雨が降っていると、ぺんぎんはベランダにいなかった。きっと日本の湿気が肌に合わないのだろう。かわいそうに。
そんなわけで、わたしの中では圧倒的に生きてる説が優勢だった。
そのころ、わたしにはすきなひとがいた。となりのクラスの渋谷くん。一度も話したことがなかったけど、雪国に住む辰巳琢郎みたいなソボクな顔立ちがすきで、昇降口や渡り廊下でみかけてはきゃーっていいながら走って友達に報告しにいった。
わたしは、仲間内で渋谷くんのうわさばなしをするとき、「まるきゅー」という隠語をつかっていた。まるきゅーがトイレに入った。まるきゅーが首に巻いているしましまの長いマフラーがかわいい。まるきゅーが廊下で友達に、ムーンウォークを披露していた。避難訓練のとき、まるきゅーが前にいる岸くんの背中に指で文字書いてて「おまえ漢字つかうなよ」ってつっこまれてたなどなど。
渋谷くんを目で追ってる間、わたしはいつもうふふ、と笑っていた。そして渋谷くんのいないところでも、よく渋谷くんのことを思い出してた。まるきゅーをここへ連れてきたいな、とかまるきゅーにあのぺんぎんを見せたいな、とかそしたら何て言うかしら、とか。
渋谷くんてうちのクラスの田原と仲いいよ、去年の大みそかもあそんだって言ってたし。というアケミの情報をもとに、わたしは田原くんに近づくことに決めた。田原くんはからっとしていて、気さくだから男女ともに友達が多い。
案の定、すんなりと仲良くなれて、わたしは田原くんに思う存分渋谷くんの魅力について話そうとした。そんでもって田原くんづたいにまるきゅーの耳にも入らないかしら…なんていやらしい期待も持ちつつ。
「あー、あいついいやつだよ。彼女いるけど」
が、ちょーん。
本気でへこむのもあほくさいのでアケミやらさんざんまるきゅーネタを聞いてもらった人々にこのことを報告した。ちくしょーとか、生きる意欲消滅とか、もう学校やめますさがさないでくださいとか、さんざんわめきちらして冗談めかしてなぐさめてもらった。
それから、ポッキー食べながら岸くんは彼女いるのかなあとか今日のきれた森先のマネとかして、ひととおり笑ってからばいばいって言ってひとりで帰った。
教室のドアから、みんなのこえがもれてる。くぐもった笑い声。
べつに渋谷くんの何を知ってるってわけでもないし
ただ顔がすきだっただけだし
雪国育ちの辰巳琢郎みたいな男なんて探せばいくらでもいるし
つーか、最悪、辰巳琢郎がいるし。あは
結婚してんのかなーあのひと
つうかまだ芸能人なのかなあ
あいつ京大出てるよねたしか
なんつって、どーでもいいんだけど
そう、どーでもいい、ひまつぶし。
だから、そんな、おちこむことじゃない。
帰り道、いつものようにぺんぎんはいた。いつもの場所で、いつもの体勢で。
あ、置き物じゃんあれ。
そのとき、わたしはやっと気づいた。ぺんぎんは置き物だった。どう見ても、置き物だった。今まで生きていたと思ってたのが嘘のように思えた。それくらい、ぺんぎんは自然に置き物の顔をしていた。
そーだよ、日本の、しかもアパートのベランダでぺんぎんが飼えるわけないし。ばかじゃんわたし。
青い通学電車は、夢からさめたわたしを乗せて、のんびりと走っていった。
宮田 和美 18A 日々のかけら そのじゅー
2002年07月02日(火)22時49分14秒
1
国立自然教育園
国立自然教育園のまえを通りながら
いつか行こうねって約束してたわたしを思い出した
てさげかばんをどっちの手に持つかとか
それをいつ持ち替えるかとか
そうゆうのを、いちいち気にしてたわたし。
わたしとあのひととのあいだにある
わたしの右手とあのひとの左手のプレッシャー
それがないって、ほんとに気らく。
これこそがなんにもない自由ダ
2
さみしいわけじゃない
どこにいってもあのひとのことを思い出すけど
それは決してさみしいわけじゃない
たとえ、これがさみしさだとしても
あのひとのいないさみしさじゃない
そんなんじゃない
宮田和美 17A 日々のかけら そのきゅー
2002年07月02日(火)22時07分58秒
わたしが生まれた町はものすっごい都会で、山はおろか川も民家もほとんどない。
それでもわたしは、この町に来ると、ところどころに情緒をかんじる。
このへんはほとんど変わらないなあって思いながら景色をながめていた。
自販機に、最近はやっているなんとかちゃんというモデル出身の女の子の顔が張りついているのにきづいた。
そのむこうには、わたしが16歳の冬まで住んでいた白いマンション。
建物の目のまえにあるいっぽんの木は、わたしが生まれた年に植えられたもので、むかしの写真にはひょろひょろの小枝で写っていたのが、いまはもう4階のベランダまですっぽりと隠している。
マンションをながめていたら、自販機のアクリルにうすぼんやりと映るわたしと目が合った。今年で二十歳の顔。
わたしと同い年のあの大きな木は、ほんとうに大きい。
風景はかわらない素振りをみせながら、つめたいほど着実に、年をかさねているんだなあって思った。
東條慎生 3A「食卓風景EXHIBITION」(連作「水」2、「箱男一家」2)
2002年07月02日(火)20時42分13秒
いち、にい、さーん。僅かな間をおき水の音。
箱男一家が食卓を囲むリビングにある窓からは、外の景色が見渡せる。そこには両岸をコンクリートで固められた極めて現代的なスタイルの川が、住宅街の真ん中を突っ切るように流れている。側溝から流れ込む泡だった水が、容赦なくもそこに合流して泡は大量に増殖するが、散らばった泡は両岸に生える濃緑色の雑草の中に消えた。浅い川の中には黒くて大きな鯉がうごめいていて、ふとすると口をつきだし水面に波紋を起こす。空からは鴨が速度を落さず降りてきて、その勢いのまま水面を切るようにして着水していた。揺らめく川面に光が氾濫して、白い閃光で眼をつんざいた。
川沿いを走る歩道には大勢の人々が一列に並んでいて、その全員が上流の方を向いていた。箱男家から見えるのは、あらゆる自然さが消えうせ、恐怖をも感じさせる律儀さでただ一列に伸びていた、その不可解な集団の背中ばかりであった。食事の用意をしていた妻は、窓から見えるその光景に何かしらの不穏な空気を感じ取ったが、動きもなく、ただ立っているだけの人々に対していつしか注意は注がれなくなっていった。整列している不自然さが、やがて道路やフェンスの一部として印象が溶け合ってしまっていたせいだ。しかし、食卓の用意が終わり、ふと妻が窓から外を眺めやると、そこにはさっきまでとは違った光景が現れていた。
いち、にい、さーん。僅かな間をおき水の音。
川沿いの人々は、いつのまにか列の先頭の人間が見えるところまで数を減らしていた。それは上流の方から段々とこちらに向かって距離を詰めてきていた。まるで導火線が少しずつ爆弾に近づいてくるかのように。導火線のたどり着く爆弾は窓からは見えないが。妻が視線を向けたとき、先頭の人間はおもむろにその場で垂直に跳ねた。着地するともう一度、リズムを取るようにまた真上に跳んだ。そして、二回目の着地の瞬間、引き絞られた弓のように力強く膝を屈めると、全力で体を捻りながら跳ね上がった。飛び込みの選手のように、三回転ひねりで華麗にフェンスを飛び越えると、そのまま水面へと吸い込まれるように落ち、水しぶきを上げた。
いち、にい、さーん。僅かな間をおき水の音。
川面に散った波紋の消えゆくさまを呆然と見つめていた妻の視界に、次にフェンスを飛び越え落ちてきた体が割り込んだ。またもやの水しぶきと波紋。妻の眼は激しく撒き散らされる水しぶきが放射状に飛び散って、辺りの水面にパタパタと新しい波紋を作るさまを、波紋が緩やかに伸び拡がって少しずつしぼんでいき、目で追う内にいつしか流れのちょっとした動きに溶け合ってしまうさまを、川の流れが作る微妙な細やかさによって再び同じ形を取ることのない自然の運動を、ただ一心に見つめていた。
妻の視線のその上方、フェンス脇に居並ぶ連中の先頭の者が、また、おもむろに膝を屈め、腕を振り子もしくは、仕組みからすれば鳩の首と言った方が適当なやりかたで前後に揺らし、半分しゃがんだ状態に移行すると、腕を揺り戻すのと同時に立ちあがり直立の姿勢に戻った。短い間を挟んで、もう一度同じ動作を繰り返すが、今度は次に来る最大の振幅を予感させるように、微妙な違いをもってそれは行われた。短い間。前後に振り動かされていた腕はそれまでの穏やかな動きから一転して力強く後ろに振り出され、その機械の一部であるところの膝もまた大きく力強く、またしなやかに屈められ、巨大なエネルギーを溜め込んで一瞬停止した。しかしそれは錯覚だったのかも知れない。その一連の動きは絶え間なく流れるように行われたのだから。弩が反り返り切った様を思わせるその足は、跳ね上がる腕と急速に膨れあがる力によって一瞬で元の状態に戻り、かの体は地面を蹴って跳躍した。体を強引に横回転させながら、川と道を隔てるフェンスを棒高跳びの選手のように体をたわめて飛び越えた。妻の視界に侵入したその体は前までの回転を保ち、放り投げられたバトンのように縦横と複雑な運動を行いながら妻の眼にはゆっくりと、本当は素速く落ち、足の先から水面に到達した。激しい水しぶきが光を反射して、虹や、散らばる光の粒を撒き散らした。波のうねりが幾分穏やかになった時、その川の中には黒い鯉が泳いでいるだけだった。誰かの影すら川の中には見えない。少し遠くに見える水面には、二つの世界が溶け込んでいる。川の水面がそこには映り、ピントを変えるとほとんど鏡となって、コンクリートの岸壁や家、空を渡る電線をぼやかしながら、揺らめかせながら映し出していた。
また一人、川に飛び込んだ。
人は叫び声を聞くと居たたまれなく不安になる。怒鳴り声を聞いたときの何だか圧迫されてしまうようなものではなく、ただ純粋な叫び声を聞いたとき、何かしら言いようのない感情に襲われる。叫び声とは、叫んだ当人が声にする出来ないほどの何か、大きな、途轍もない、そういった感覚とも呼び得ない感覚を受け取ったとき、意味ある分節された情報とはならずに、ただ、巨大な感覚が知能を経由せずに直接外界へ放出された、いわば機械反応なのだ。人は人が機械となってしまったときに狂気を感じる。狂気は叫び声を経由して伝染する。
晴れ上がった空に漂う雲を見上げていると、見る者の中でその輪郭は泡のように溶け合って感覚を麻痺させてしまう。手で掴むことが出来る柔らかいかたまりが目の前に降りてきてもおかしくはない、そう思わせる雰囲気を持っている。雲のように緑に膨らんだ森林の彼方に拡がる空を眺めたまま、流れる汗をぬぐって車から降りた男は、目的の家を探し出すために家々の表札と電柱の看板を何度も確認していた。依頼された車の修理で出張ってきたくせに、すぐ側を通る住人に不審がられはしないかとおどおどしながら、自分はさも仕事でここに来ましたと強調するような仕草を意識して行うことで逆に怪しさを増してしまっていた。視界に何度も入ったはずのすぐ近くの家の門柱に「箱男」と書かれた表札を発見すると、大きく息を吐き出して、顎から滴る汗を拭い去って笑みを浮かべた。門の扉を開けるときの金属音にまた肝を冷やしながら、犬はいやしないかと見回しつつ玄関までたどり着いた。そこで安心してドア脇のインターホンを鳴らす、と共に大音響が彼の体を真横から吹き飛ばさんばかりに襲い掛かってきた。脊髄反射で振り返ると探す必要もないほどの近く、今訪れた家の右手にあるガレージから轟々と音を鳴らす火柱と、羽虫のように舞い散る火の粉が吹き出していた。一挙に吹き出した汗を拭う余裕もなく、彼は辺りを見回した。隣接する家々の窓は見る限りほとんどが割れていて、黒煙が上がり光を閉ざし、あたりは暗くなっていた。まさに「終わり」であるという意識が鉄のような重さを持って彼を押し潰した。これは自分の起こした災厄なのだろうか。ボタンを押した瞬間に起こった大爆発はどう考えても自分が起こしたものに思えるのだが、かといって、インターホンを鳴らすとガレージが爆破される仕掛け等というのも考えられなかった。彼は混乱した。彼は必死に思考し何をすべきか考えた。
選択肢
1.警察に連絡して事態の回収を図る。
2.一目散に逃げ出して事態との関連を断つ。
3.夏だっつうのに炎の近くに居たらより暑いじゃねーか、近くの川に飛び込む。
回答=3
彼は混濁した意識で何とか考えをまとめていたが、混線した思考の極点に立ち現れたイメージは「炎」であった。炎、炎、炎上、炎。彼の思考は燃え上がる炎に侵され、彼の全身はその精神の炎に焼き尽くされんばかりであった。その熱さに耐えきれなくなった彼は、純然たる対要素を求めて脇目もふらず駆けだしていた。来る道すがら通りがかった、生活排水を収斂しているドブ川を思い出していたのだが、彼の思考の中では沙漠のオアシスほどにも重大なものになり、それ以外の何ものをも振り捨てて求めなければならないものとなっていた。
彼にはこれがもしや夢であったなどと考えてみる暇はあり得なかった。彼にとって現実とは一つであり、現実でない現実などはあり得ず、強固な一枚岩となって彼の前に立ちはだかるものなのだ。そこで彼の強固な現実が彼の意に添わないもの、彼を握り潰そうとする存在へと変貌したらどうなるか。逃げるのみである。現実的な手段で逃げるのではなく、現実そのものから逃げるのである。一心不乱に逃げまどう。逃げ水うろつく真昼のアスファルトをひた走る。しかしいくら走っても彼の前にあの川は現れない。延々と続くアスファルトの道は灼熱の中へ通じる地獄の道のように思えてくる。
うなるような熱の中を走り続ける彼の思考は混乱の度合いを増し、走る以外の何ものをも、オアシスさえも考えることが出来なくなり始めたときだった。背後から近づいてくる何ものかの声が聞こえたのは。声というよりも叫び声か、はたまた何らかのノイズか、何であるとも判然としない大きな音が彼の背後から切々と近づいてきた。何の音だ、彼は訝しむが分からない。英語や、ドイツ語やフランス語や、さてはタガログ語、何だか分からないが確かに音、というよりやはり声のようなものが聞こえてくるのだ。そして確かに少しずつ距離を狭めてくる。彼は振り返ることが出来ない。振り返ってその声の源である何かを、確認する勇気を持たない。しかし近づいてくる声、追いつめるようにうなり続ける声が彼をまたさらに混乱させ、恐怖をかき立てる。叫び声、何ものも意味しないが確かに聞こえ、精神を引き剥がしていく叫び声。彼は疲れ切って、足を動かすことも既に意識の外に投げ打ってしまった人間が浮かべる弛緩した諦めの表情で、さらに早く駆けようとするのだが、それはもう叶わないことであった。肩を叩かんばかりに近づいた声、振り向けばすぐそこに顔がありそうなくらい近づいた声が、また、距離を狭めて彼の背後にひたりと張り付いた。耳元には絶叫、言うことを聞かない足、たどり着けないオアシス。すうっとした冷たさを残して声は彼を追い越した。誰もいない。声は既に彼の前から発されているが、何ものも見えない。声だけが叫んでいる。心臓が鼓動を止めたように思えた。振り返る、誰もいない。彼の中で硝子の割れる音が聞こえていた。一枚の硝子が粉々に砕ける瞬間の音を聞いたように思った。声は彼を追い越したままさらに先へと進んでいった。それは走り去った。
目の前が真っ暗になったというのは、意識の比喩などではなかった。いつしか迷い込んだ闇の街は、彼を中心に落ち込んできて混濁の中へ抱き込もうとしていた。両側の、遠く続く塀はどこまでも高く伸びる壁となって彼の行く先を限ってしまい、彼はもはや闇雲に動く足の上に体を預けるほかなかった。
いち、にい、さーん。僅かな間をおき水の音。
どこかで誘うような音がした。僅かに反響して揺らめくその音は、妖精がひらひらとしたはためきで誘うさまを彼に想起させた。そして彼は突然金網のフェンスに突き当たり、川の水の匂いに引き寄せられて、走る勢いはそのまま、流れるようにのり越えた。
水の音。
夕暮れ過ぎに一家はコモン君を除いて全員リビングに集まって、これから妻のこしらえた夕食を食べようとしていた。コモン君は学校生活もあり社交的で、デンドロカカリヤになどなりようがない程の明朗闊達青年であるのでいつも帰りはむやみに遅い。そんな訳でこの光景は彼らの一家の日常風景のありふれた一例に過ぎなかった。カウンター式のキッチン、フローリングの床の上には四脚の椅子をそなえた木目調テーブルセット、向こうにはソファとカーペットそれに大きめのテレビが家庭の社会的ポジションをそれとなく告げている。彼らはそれぞれの定位置となっている椅子に座って、彼ら自身の茶碗や箸が用意されたテーブルに座っている。特に儀式というわけではなく、自然発生的に皆の息が合い、家族三人が
「いただきます(笑)」
と箸を持ったその時に、テーブルの上にある茶碗の中の白米が破裂した。白米の数千粒は茶碗の中から噴火する溶岩の如く炸裂し、家族全員殲滅せんと波状攻撃を開始した。米粒たちはマシンガンの銃弾、しかし箱男はその手に持った箸の先で次から次へと襲い来る白米一粒一粒を片手ですべて払いのけ、彼の足下には砕けて紫色になった米粒が積もり積もって山となった。妻はエプロンで防いだ。溶骨症の少女は元々溶けているのでそういう攻撃は無効のようだ。その状況を要約するとこうなる「ちゃわん1.2.3はメガンテをとなえた。はこおとこはとくぎはしさばきをひろうした。つまはみをまもっている。ようこつしょうのしょうじょにはきかないようだ」
味噌汁は見るからに危なそうなので皆は遠慮した。
そこで家族一同魚を食うことになった。これはもう見るからに焼けている、これ以上ないと言うほど焼けまくっている焼き魚を前にして溢れる食欲を抑えきれない家族一同、グーで握った箸を一斉に突き刺した。金属音がリビングに響き渡り、箸は鱗に弾き返され、家族はもう一度箸を固く握りしめて魚の鱗を突き刺すが、二度目の金属音に嘲弄される彼らの敗北。家族の鱗を突き立てる音は何度も何度も響き渡り、三人の奏でる不協和音(英語ではディソナンスって言うんだよ)は窓から庭へと、庭から外へと流れて、余所の家庭の食卓に嫌な感じを撒いていった。業を煮やした箱男、いつまでたっても食えない魚を半ば諦め胴はやめにしてひれを一突きしても、同じ堅さに箸は防がれ、いよいよ空気は煮詰まった。妻も溶骨症の少女も同じく一向に埒のあかない賽の河原に両者それぞれ疲れを見せた。
妻はいきなり立ち上がり、台所から包丁持ち出し、テーブルの前に立ちどまる。柄を両手で握って大上段に構え、思い切りよくそれを振り下ろせば短い、途切れたような金属音がして刃の半分が折れ飛んだ。箱男は己の眼前に飛来するその刃の半分を箸でもって一撃の下に打ち落とした。刃が床に突き刺さり、蛍光灯を反射した。溶骨症の少女は何度やっても埒があかないことに気づき、方針を変え鱗のないところから箸を順次突き刺した。
そして、狙い定めた魚の目に、拳に握りしめた箸が突き刺さる。魚は透明な瞼を下ろし、箸は見事に防がれた。その内側で、熱で凝固したはずの眼がぐるりと裏返り黒い瞳が現れた。瞳が家族を一渡り見回すと、魚は突如うごめき始めた。その一匹を筆頭に、家族の前に並ぶ全ての魚が活作りの鯛の如くに跳ね上がり、水滴をはじき飛ばして生返る。箱男は危険を感じ、箸をドラムスティックのごとくに中指を支点にして回転させ、タイミング良くつかみ直すと両手に刀が現れた。戦闘態勢に入った箱男を眺めた魚は次々と、彼に体当たりを試みた。一匹跳ね飛び彼の眼前に迫ると右手の刀で真っ二つ、二匹目が襲い掛かると左の刀で五体泣き別れに切り裂かれ、三匹目が飛びかかると返す両刀微塵切り、残る一匹親玉格は、体中から一気に骨を突き出した。何十本もの骨の針が伸びてきて、箱男もかくや危険と家族は怯え、それぞれ箸を持って馳せ参じようと構えたときには、箱男は両手の刀で全ての骨を灰と化し、打ち合う刃の弾ける火花ですべてを即座に燃やし尽くした。窮地に陥る一匹は、突如叫びを張り上げて、胸ビレの間から人間の手を突き出した。
「俺は食われないぞ(爆笑)」
するとキッチンの流しから水音がうなりだし、一瞬後には排水溝から怒濤の水が噴き上げた。それと一緒に黒い魚も共にリビングに流れ込み、あっという間にそこは水で埋め尽くされ、天井にまで一杯になった。水中になった部屋の中を悠々と何十匹もの魚たちが泳ぎ回り、家族一同の目の前でターンを決めて水圧を感じさせた。親玉格のあの人魚は手だけが生えた奇妙な形で、その手を振ったり開いたりして魚たちを統御しているようだった。強いて言うなら「ぷよぷよ」のすけとうだら似。人魚は(まあ、魚人でも人魚でもどっちでもいいんだけど、あえて人魚)適当に手を動かしてまわりの配下の魚どもになにやら指示を与えたようで、その魚たち、つまりは雑魚どもは一斉に箱男たちを狙って突撃をかましてきた。カジキマグロ的に。
刀刀刀ー、刀を食べるとー、魚魚魚、魚が良くなるー。(作者註 ここらへんでかなり書くのがかったるくなっているので、以下非常にどうでもよい文章が続くことになる。(作者2註 一応この作品は三節にわけることが出来るのであるが、三段目はほとんど自作の自己模倣になっていてかなりやる気がないのがお分かりいただけると思う。たぶんもうやんない。あれはやっぱり一発芸以上にはなりませんよ(作者3註 で、第二節の声の話ですけれど、あれは江戸川乱歩のエッセイに、トルストイが最も恐い怪談とは何かということで語っていた、雪の上に足跡が出来ていくのだが、誰もいない、と語ったということがあって、おれが思うに最も恐い怪談とは、声だけが聞こえて叫ぶ本体が見えない/無いということだろうと思ったので考えたアイデアをどうにも一篇の作品にするには不足があると考えて適当にここに挿入することにしただけである(作者4註 作家は作品のみで語るべきだというので、作品のみで語ることにした。つまりはそう言うわけだ(で、この註を付けるというのは過去、コルタサルと笙野頼子がやっていたのを模倣しているという訳で。その繋がりでこの作品の中に笙野頼子の作品から一部引用して使っているところがあるが一発で分かるでしょう(顔文字や括弧笑いについては、使うべき必要がないところなので使いました(ちなみに、J太郎氏の作品の中で「ぼくはあふれでるよこしまなもうそうをとどめるすべをしりませんでした。」という一文が顔文字の表情とアンバランスで超ヒット(これ、延々と続けて誰も読む気がなくなるくらい長くするのも一つの手だと思うのですが、これ以上やるとおれがだるいのでそろそろ止めます。(かったりー(面白くないと思うよ、これ(今見返してみたら、最後の顔文字が案外状況に合っていて、どうしたもんだろうと思った(全然関係ないけど、マグリットの「光の帝国」という絵がかなり好きです。今思い返すと、「水のエンパイア」というタイトルは実はそこからつけのかも知れない。なんで不確定なのかというと、昔、タイトルがサクッと決まってそれから後に本篇書いてる間にタイトルの由来を全く忘れてしまったから。音の響きを重視したのは覚えてるんだけど))))))))))))
箱男は面倒くさげに(というか、おれが)刀を振り回して準備運動をし終えると、水中であるにもかかわらず、素敵なスピードで刀を妻に向かって投げつけた。投げつけられた刀はヘリコプターのブレードみたく超回転しているために途中の通り道にいた魚たちは肉片になって細切れ、散った。回転する刀を何気なくバトンのごとく受け取った妻は、平然とそれを溶骨症の少女に向かってまた投げつけた。うなる回転、刃の光、一度に魚を打尽にすると、溶骨症の少女は軽やかに粘りけのある体でそれを受け止め、柔軟な体躯でもって箱男に打ち返した。それを順繰りに続け、彼らの間にいた魚をうち倒し、数を減らして優位に立ち、彼らの中心、刃の攻撃の届かぬところに一匹泳ぐ人魚もどきを家族三人追いつめた。
「車の修理は如何ですか(゜Д゜)ъ」
見当違いなことをつぶやく彼を囲んで家族たちはいかにして彼を食用に調理し直すかを考えあぐねていたところ、突然硝子窓を突き破って何かが人魚を貫いた。窓は粉々に割れ、水は勢いよく流れ出し、彼らの最後の食料は見事に死体となって流れ去り、Yは眠りの中で声を立ててずっと笑い続けた。窓の外にはコモン君がクレー射撃用の銃を持って立っていた。背中には弓道部で使う弓を担いで、腕にはラクロス部のアレ、足はスパイク、顔には兜、口にはマウスピース、右手はグローブ、左手に金属バット、心に茶道、何部に所属しているのやら分からない奇妙な出で立ちであった。
「飯くれ、腹減ったm(;∇;)m」コモン君が言った。
「ねえよ( ゜Д゜)y─┛‾‾」溶骨症の少女が言った。
管理者:Ryo Michico
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