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根本 紗弥花 杉本茅 課題2 2001年05月21日(月)17時57分14秒
pttp0000.html#pttp20010518014115への応答

みなさん、ケンケンガクガクいきましょう。
そりゃ、寮さんの書き込みを見ちゃうと腰も引けますが、私だって、みんなから意見を聞きたい!!ので、書き込みまくります。よろしく。
で、杉本さんの。

仲田くんの言うように、私も、この作品はとても漫画チックだなぁ、と思いました。
ストーリィそのものというより、書き方が、ですね。
コマ割を意識して書いてるように見えます。
だから、その、コマからコマへの転換が、(漫画なら絵だけでスムーズにいくのに)文字で全て説明しようをするがために間延びしてしまっている気がします。
例えば、

「「「あいた!」」」
 どしーんとぶつかったと思ったら、くるりと後ろに転がって、みんなぺたりとしりもち。
「ぎゃっ!」
 そして、びっくりするような大きな声を出したニワトリが羽を差す空からは、黒いスーツケースがまっさかさまに落ちてきます。
「壊れちゃう! 大事な時計が壊れちゃう!」
 そこで、ふたりは急いで魔法を唱えました。
「「・・・チクタクタクチクトキドキピタリ!」」
 まだ半人前なのでふたり一緒でしか使えませんが、教わった三つの魔法のうちの一つ、時間を止める魔法です。カバンは地面から10センチで、ぴたりと宙に止まりました。

というところ。
かなり長いんじゃないかと思います。
はじめですでにしりもちまでついてるのに、スーツケースだけがゆっくりゆっくり落ちてきてる感じがする。(しかも悠長にしゃべっている)
もうちょっとスピード感が出ればもっとこのシーンが映えると思います。
あと、細かいことだけど、“ニワトリが羽を差す空”って、意味がちょっとわかりづらいです。
同じようなところで、“そう言うニワトリは顔の横、左右を見る方が得意だと”ってとこも、ちょっとわからない。
あと、“ニワトリの涙のくどくどと”って、これもわかんないです。
あと、ストーリィの方ですが、ニワトリの立場ですね。
なんだか一貫性に欠けてる気がするんです。
はじめ、時計を盗んで、逃げてるわけですよね、一生懸命。
でも、そのあと、その時計が止まってるからって、わざわざ双子を探して、直させようとする。
しかも、わけを話したら許してもらえるというところもなんか釈然としない気がします。
(あんまり関係ないかもしれないけど)子どもに読ませるものが、そんなに道徳的にルーズなのはいかがなものかと思ってしまうのです。ばあさんは。
学校をサボる、なんていうのとはまた違った話なんじゃないかと思うんですよね。ファンタジーだから許される、にも限界があるのじゃないかと。
そもそもワルモノ=ドロボウとして登場してきたニワトリが、最後は許されてメデタシメデタシ、は、なんか、騙された気がする・・・。
好みの問題なのかしら?(^^;)
最後に。
キャラクター作りで、アン先生、カオル、トオル、ニワトリの、キャラ分けがもうちょっとピシッといくときれいになるんじゃないかと思いました。
セリフが結構多いから、個々のキャラを前面に出していくと面白いんじゃないでしょうか。

なんだか、キッツイ内容になってたらごめんなさい。 m(_ _)m
でもしかし、自分では、絵が見えててそれを言葉にしてるだけだから、説明不足とかは人から指摘してもらわないとわかんないもんじゃないですか。
だから、自分のことは棚に上げてバシバシゆっちゃってます。
みんなもバシバシゆってほしいので。
「じゃぁ、私なら出来るのか」なんてこと考えてたら、よき受け手にもなれない気がする。
(↑言い訳・・・)
んで。みなさんよろしく。


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寮美千子 根本紗弥花 課題2(3) 2001年05月21日(月)15時16分15秒
pttp0000.html#pttp20010519010243への応答

根本紗弥花さんから、課題2の3作目が提出されました。
旺盛な創作欲、みずみずしい感性、しっかりとした表現力、
とてもすばらしいと思います。
このまま、どんどん書いてください。

▼大きな物語のかけらとしての物語

「あおい、みずの、なか」と題された、この物語。
多感な少女の気持ちが、端的にスケッチされている秀作だと思います。
ただ、短編としては、やっぱり食い足りない。
もっと大きな物語のひとつの断片、といった風情を漂わせているのはなぜだろう?
もっと正確に言うと「ここから始まる物語」を予感させる文章です。

最初に提出された「さくらがい」も、そうでした。
水族館で出会った人魚のような先生とともにはじまる新学期。
これからどんな日常が待ち受けているのか、とても知りたい気持ちにさせられる。
この「あおい、みずの、なか」でも、そうです。
おそらくは特定されているであろう電話の主、
「今、私の声を聞くことを待ち望んでいるだろう誰か」を
少女はなぜ「にらみつけ」るのか。
美しい幻想世界を壊されたから、というだけではない、
もっと別な理由があることが、予感されます。

根本さんは、江國香織の作品が好きだとのこと。
ちょっと危うい少女の日常を書きつづった江國香織の作品のテイストも感じられます。

根本さんも、いきなり長編とまではいかなくても(いってもいいけど)
少女の日常をもうすこし詳しく、有機的に書きつづった物語を書いたらどうでしょう。
いいと思うんだけど。

▼現実から幻想へのジャンプの仕方

さて、先日も授業でお話ししましたが、ファンタジーの場合、
現実の地平からはじまる物語を、
いかに読者を置いてけぼりにせずに、すんなり幻想の世界へ連れ去るか。
それが、大きな関門です。
ここをクリアしないと、読者はとまどい、作品世界に浸れません。
「あおい、みずの、なか」の場合、現実から幻想への入り口は、
このように描かれています。

>桟にかけてある風鈴が、ちり、とかぼそく鳴った。
>本を脇において目を上げると、黄金色とはこういう色だ、と静かに主張するような空だった。
>窓辺に立ち上がって息を吸い込むと、さわやかで、でもどこかありきたりに懐かしく切ない帰り道の匂いがした。
>「来る。」
>それは、はじめ、その黄金色の空の、ただ黒い一点だった。
>点は、でも静かに、どんどん近づいてきて、やがて窓から音もなく入ってきた。
>すぅ、と、静寂が尾をひいてついてきた。

整理するとこうなります。
1 風鈴が鳴る。
2 本から目を上げて、空を見る。
3 窓辺に立って、大気の匂いを嗅ぐ。
4「来る。」
5 空に黒い点。
6 点が近づいて、窓から入ってくる。
7 静寂が尾をひいてついてきた。

わずか7センテンスで、現実から幻想世界への移行が完了しています。
これが「鮮やかに」と行けばいいのだけれど、どうもうまくない。
読者は、立ち止まって「あれ」と読み返さないとわからなかったり、
また、次の魚のシーンまで読んで、ようやくこのシーンを納得することになります。
なぜか?

不親切だからなんだなあ、これが。
視線の動きが、本から空へ。
そして、そこに匂いの話が入って、いきなり「来た。」になる。
なにが来たのか?
どこから来たのか?
主人公の視線は、空から、いったん、町の風景へと動いている、
と感じさせられる行(3 窓辺に立って、大気の匂いを嗅ぐ)が入っているので、
「来た」のが空からだとわからない。
道の向こうからなにかがやってきたのかと誤解しまいます。
「来た。」ものが何なのか、その説明は、さらにその後の行を読まなければわかりません。

また、いきなり「来た。」というのも、話の上で、無理がある。
空に黒い点が見えたのなら、まず目を凝らし
「なんだろう?」と思うでしょう。それが自然です。

「来た。」と自明のように言い切ってしまうためには、
主人公が、すでにそれを予感しているか、あるいは既に体験しているか、
あるいは超能力でいきなりわかってしまう、という必要がある。
この短い文章のなかで、それを無理なくそのように描くのは、至難の業です。

というわけで、主人公を、多少夢見がちな、感受性の強いふつうの女の子、に設定すると、
この書き方では、読者はついていけないわけです。
このような運びにしてはどうでしょう?

1 風鈴が鳴る。
2 本から目を上げる。
3 窓辺にたつ。
4 大気を嗅ぐ。
5 空を見る。
6 不審な黒い点を見つける。
7 目を凝らす。
8 点がぐんぐん近づいてくる。
9 部屋に飛び込んでくる。

この流れであれば、読者も無理なく、お魚が泳ぐ幻想世界に入っていけると思うのです。
どうでしょう?

読者を置き去りにしないで、現実から幻想世界へ移行すること。
ファンタジーを書いてきた他のみんなも、その点を考えながら、
自分の作品をもう一度、見直してみてください。

▼事実はきちんと確かめて書こう!

>宇宙へ行った何人目かの日本人宇宙飛行士が、月の隣から衛星中継を行ったときだ。
>コップの中の水がふわりと浮き上がり、流動しながら球になって、
>その宇宙飛行士の顔の横で揺れていた。

この描写を見て、日本人宇宙飛行士の毛利衛さんのことだなと、思い浮かばない人はいないでしょう。毛利さんの搭乗したスペースシャトルの高度はおよそ地上200キロ。月は、地球からおよそ38万キロほど離れています。つまり、シャトルは地上にはいつくばるようにして飛んでいる、というのが実体。「月の隣」というのは、気分としてはわかるけれど、かなり不正確。また「衛星中継」というのは、一般に軌道上に浮かんだ通信衛星を経由しての放送を指します。シャトルからの放送は、そうは呼ばないのでは?

ファンタジーを描くとき、現実部分に不正確さがあると、読者がそこでつまずいてしまったり、どこまでが現実で、どこからがファンタジーなのか、わからなくなってしまいます。
幻想を幻想として際だたせ、鮮やかに描くためには、それ以外の部分に矛盾がないこと、現実が現実として間違いなく描かれていることが大切です。みなさんも、気をつけてください。

▼すばらしい表現力

ほめるのが最後になってしまいましたが、根本さんの表現力は、それにしてもすばらしい。

>本を脇において目を上げると、黄金色とはこういう色だ、
>と静かに主張するような空だった。

などというところは、秀逸です。うなってしまいました。
読ませる力のある書き手です。がんばってください。

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東條慎生 課題2リライト 2001年05月20日(日)10時22分39秒
pttp0000.html#pttp20010520034702への応答

読ませていただきました。
これをみるといかに自分の書いたものが読者に対する配慮に欠けていたかよく分かります。
私のはアイデア先行で肉付けの部分が足りてないですね。
非常に勉強になりました。
自分が余りにも言葉を削りすぎというか、重要なところしか書いてないみたいだ。

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寮美千子 東條慎生 課題2 2001年05月20日(日)03時47分02秒
pttp0000.html#pttp20010518202929への応答

先日の授業で、仁義なきリライト・バトルを繰り広げようという提案をしました。
「まず隗よりはじめよ」というわけで、東條さんの作品にリライトをかけてみました。
といっても今回は「アイデアをもらって勝手に書き換えて自分の作品にしてしまう」という過激な方法ではなくて(もちろん、それもあり。大歓迎)原文をなるべく尊重し、原文の伝えんとするところが、よりよく伝わるようにするためのリライトです。課題2(3)と(4)のよいところを、切り貼りしました。原文とつきあわせ、どこがどう変わっているのか、比べてみてください。改変した部分には、それなりの理由があります。その理由も考えてみてください。


「ゆうやけのくに」リライト/寮美千子

 石けりあそびにあきたとき、きがつけば、ボクはどこにいるのか、わかりません。
 石けりあそびにむちゅうになって、しらないばしょに、きてしまったようです。
 空がオレンジ色になっていました。そろそろ、かえるじかんです。
 けれども、道がわかりません。
 道をききたくても、だれもいません。
 かべばっかりで、せまい道が、まっすぐ、まっすぐ、つづいています。
 むこうから、人の声がしています。
 道をあるいていくと、だんだん人のこえが、大きくなってきました。
 
 しょうてんがいが、そこにありました。
 たくさんの人がいて、たくさんのものがあって、たくさんのこえがきこえます。
 でも、そこにはいつもとちがうものが、ありました。
 いいえ、あったのではなく、なかったのです。
 しょうてんがいをあるく人たちには、みんな、あたまがないのです。
 くびからしたしかない人たちが、たくさん、あるいてます。
 
 ボクはこわくなって、くるりとまわれ右をすると、いちもくさんに、かけだしました。
 ところが、まえからも、くびなし人が、あるいてくるではありませんか。
 そのとき、小さなかどがみえました。
 ボクは、かどをまがりました。
 すると、いきなり、だれかにぶつかってしまいました。
 「おやおや、あぶないじゃないか」
 せびろをきたおとこの人はいいました。
 「おじさん、たいへんなんだ。いまそこにね……」
 そういいかけると、おじさんはこういったのです。
 「おや、きみはなんで、あたまがついているのかな?」
 みあげると、おじさんにもあたまがありません。
 もうだめだ、とおもいました。
 たぶん、ひあぶりとか、はりのやまをあるかされたりとか、させられます
 まちがいありません。おかあさんがいってました。
 でも、そのおじさんは、やさしいこえでいいました。
 「よし、おじさんがとってあげよう。このままだと、いろいろまずいからね」
 「いやです。あたまがないと、こまります」
 「そんなことはないさ」
 おじさんは、ボクのあたまをポンっとはずしてくれました。
 「どうだい。ちっともこまらないだろう」
 おじさんのいうとおり、ぜんぜんだいじょうぶでした。
 おじさんは、いいひとです。

 「ありがとう、おじさん」
 ボクはうれしくなりました。
 でも、これだとおうちにかえれません。くびなしおばけだと、おもわれてしまいます。
 「おじさん、ボク、おうちにかえりたいんだ。あたまをもとにもどしてよ」
 するとおじさんはすこし、おどろいたようすで、こういいました。
 「おや、ちょっとそれはむずかしいなぁ。ところで、おうちはどこなんだい?」
 「にしまちの3ちょうめ」
 「それは、いよいよむずかしいなぁ」
 おじさんは、ふうとためいきをつきました。
 「そこにいくには、あしをはずさないとだめなんだ」
 「じゃあ、あたまをもどして、あしをはずしてください」
 ボクはおじさんにたのみました
 「うーん、それはできないんだよ。あたまをはずしたら、もう、もどせないんだ。あしも、はずそうとしてはずれるもんじゃないからねぇ」
 「そんなの、ひどいよ。ボクのあたまを、かえしてください」
 ボクは、おじさんから、ボクのあたまをひったくりました。じぶんのくびに、さしてみましたが、いくらやっても、くっつきません。
 「あっ」
 てがすべって、あたまがころころと、ころがっていきました。
 おじさんがおいかけて、ひろってくれました。
 「だから、もとにはもどせないといったろう」
 「おじさん、ボク、どうしたらいいの?」
 おじさんはすごく、こまったような、こえをだしました。
 「おうちにはかえれないんだ。ここから、あそこにいくには、とおすぎるんだ」
 ボクは、なきだしてしまいました。でも、かおがないので、なみだはでません。
 でも、おじさんがもっている、ボクのあたまのめからは、なみだがでています。

 あたまのないこどもたちが、ボクのそばに、ちかよってきていました。
 その子たちは、ボクたちといっしょにあそぼうと、さそいます。
 「ああ、この子とあそんでやってくれ。この子はまだここにきたばかりなんだ」
 「わかった。ねえ、きみ、あっちであそぼうよ!」
 「さあ、みんなとあそんでごらん」
 おじさんは、そういって、ボクのせなかをおしました。
 ボクは、みんなにつれられて、くさのはえたあきちにつきました。
 おじさんも、ついてきてくれました。
 あきちでは、あたまのないこどもたちが、たのしそうにあそんでいます。
 まんなかに、大きな大きな木がありました。
 木には、大きな大きな実が、たくさんぶらさがっています。
 よくみると、それはみんな、あたまでした。
 どれも、かなしそうなかおをしています。
 なかには、かなしさがきえて、うっすらわらいだしそうなかおがありました。

 おじさんは、ボクからはずしたあたまをとりだしました。
 そして、木にボクのあたまをぶらさげました。
 ボクのあたまは、とてもかなしそうなかおをしています。おうちにかえりたいと、泣いています。
 「あのきみのかおがね、かなしそうななきがおから、たのしいえがおになったとき、あしがはずれて、あたまがもとにもどって、おうちにかえれるようになるよ」
 おじさんは、やさしくゆっくりとボクにいいました。
 「さあ、あそんでおいで。たのしくゆかいにあそんでいれば、あの木のみんなのかおが、わらいだすから」
 みんながボクをさそいます。ボクもみんなといっしょにかけだしました。

 空はいつまでも、ゆうがたのままです。
 もう、どれくらいじかんがたったのか、わかりません。
 ずっと、あそんでいます。みんなとあそんでいます。
 あそんでいると、かなしいきもちを、すこしだけわすれます。
 すると、ボクのかおがすこし、あかるくなった気がします。
 おうちにかえる日をまちながら、ボクと、みんなはあそびます。
 木は、おおきなひかげをつくっています。
 空があかくなっています。くもがオレンジ色にひかっています。
 空はいつまでも、ゆうがたのままです。
 もう、どれくらいじかんがたったのか、わかりません。
 ずっと、あそんでいます。みんなとあそんでいます。
 あそんでいると……。                 

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根本 紗弥花 課題2(3) 2001年05月19日(土)01時02分43秒

もはや、何も、言うまい。
でもちょっとだけ言わせて、もらうと、「おひさま」用じゃないです。
自分の書きたいように書いたののうちのひとつなんですけど・・・。

「あおい、みずの、なか」

七月。初旬。
日差しが強く暑いけれど、カラッとしている初夏らしい涼しい風が吹いてきて気持ちいい。
エアコンはかけない。窓を全開にしてある。
桟にかけてある風鈴が、ちり、とかぼそく鳴った。
本を脇において目を上げると、黄金色とはこういう色だ、と静かに主張するような空だった。
窓辺に立ち上がって息を吸い込むと、さわやかで、でもどこかありきたりに懐かしく切ない帰り道の匂いがした。
「来る。」
それは、はじめ、その黄金色の空の、ただ黒い一点だった。点は、でも静かに、どんどん近づいてきて、やがて窓から音もなく入ってきた。すぅ、と、静寂が尾をひいてついてきた。
それは、楕円を半分に切ったような不恰好な形をした大きな魚で、でもそれでも、マリンブルーの体のいたるところ―エラやヒレやその付け根のあたり―が、エメラルドグリーンだの薄紫だの、ビビッドな黄緑色に染まっていて、とても美しかった。
その、何も映していないかのような目とは対照的な極彩色。
そいつが入ってきてからは、一気だった。
黒と黄色のしましまの、三角形を寝かせたような形の。オレンジ色に、白と茶色のまだらのやつ。小さくて、全身が目の醒めるようなマリンブルーの。レモンイエローの。ファイアレッドの。体より長いヒレのシャンパンピンクの。
ありとあらゆる美しい体をもった魚たちが、私の部屋に流れ込んできた。
それは今まで経験したことのないような静寂で、息ができる水の中に沈んでいるような、動くのが億劫でずっとこのままでいたいような、少し切ない心地良さだった。
目の前に、しゃぼん玉のようなものがふよふよと浮いている。でもしゃぼん玉と違うのは中が空っぽではないことだ。全部が、水でできている。水晶のように透明で、一片の隙のないものが、アメーバのように揺れていた。それには裏も表もなく、当然のように上も下もない。
これは、以前見たことがある。
宇宙へ行った何人目かの日本人宇宙飛行士が、月の隣から衛星中継を行ったときだ。コップの中の水がふわりと浮き上がり、流動しながら球になって、その宇宙飛行士の顔の横で揺れていた。
そんなのが、魚たちと一緒に入ってきて、大きいの、小さいの、ちりぢりに浮いている。
魚たちは、私の存在など、ひいては私の部屋の存在など、一切意に介さずにゆったりと泳ぎまわり、その虚ろな目は、生きているということははっきりわかるものの、やっぱり何かを映しているようには見えない。
この果てしない静寂と潔いくらいの無関心は、それでも私の心を解きほぐし、何も考えなくていい、何も感じなくていいこの状況は私にとても好ましい空白を与えてくれた。
美しく、静謐で、蒼く沈んだ私の部屋。
ずっと、ここに、こうして・・・。

ルルルルルルルルルルル

けたたましいベルの音はその静寂を打ち破り、色とりどりの魚たちは驚くまもなく消えうせた。大切なものが指の隙間からこぼれ落ちてしまったような感覚。それと同時に私の居場所を一瞬にして突き崩したその電話に激しい憎悪を覚えた。
私だけ、一人だけ、このぽかんと残った空間に取り残されてしまった。
穴のあいたような空虚感。言いようのない寂しさ。
ベルはいつまでも鳴り響き、私はその電話と、回線を挟んで遠いところにいる誰か、今、私の声を聞くことを待ち望んでいるだろう誰かを、かすみゆく視界の中で、いつまでもにらみつけていた。

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東條慎生 課題2(4) 2001年05月18日(金)20時29分29秒
pttp0000.html#pttp20010518201331への応答

一から書き直しました。
どっちがいいのでしょうか。



   笑う顔の木

 空が赤くなりました。雲がオレンジ色に光っています。
 家に帰るじかんです。
 でも、ちょっと失敗です。ここがどこだかわかりません。
 いつのまにか、遠いところまで来てしまったようです。
 まわりには知らない家の知らないかべがつづいていて、どっちに行けばいいのかわかりません。
 
 人の声が少し、かすかに聞こえます。
 「だれかに、道を聞かないと」
 声がする方へ行くことにしました。

 商店街が、そこにありました。
 たくさんの人がいて、たくさんのものがあって、たくさんの声が聞こえます。
 でも、そこには今まで見たことのないものが、ありました。
 その商店街をあるく人たちには、みんな、頭がないのです。
 首から上がない人たちが、たくさん、あるいてます。

 ここはお化けのくにです。
 そう思って、いちもくさんに、かけだしました。
 商店街から、首なし人からにげようと、走りだしました。
 そのとき、前からあるいてきていた人に、ぶつかってしまいました。
 「おやおや、あぶないじゃないか」
 せびろをきた男の人はいいました。
 「おや、きみはなんで頭がついているのかな?」

 ボクはお化けにつかまりました。
 たぶん、火あぶりとか、はりの山をあるかされたりとか、させられます
 まちがいありません。お母さんがいってました。
 でも、そのおじさんは、やさしい声でいいました。
 「よし、おじさんがとってあげよう。このままだと、いろいろまずいからね」
 しんせつなおじさんは、ボクの頭をポンっとはずしてくれました。   

 でも、頭はとっても大切なもののはずです。
 なくなったらとってもこまります。見えないし、聞こえないし、しゃべれません。
 「おじさん、頭がないとボク、こまるんだ」
 「いや、もうだいじょうぶさ。ほら、きみはもう、頭なしでも話しているじゃないか」
 「あ!」
 ボクはいつのまにか、頭がないのに、しゃべったり、聞いたり、見たりしています。
 おじさんはいい人です。ボクは安心しました。

 「あ、お家に帰らなきゃ!」
 ボクは、お家に帰るじかんだということを、わすれていました。
 たいへんです。お母さんにおこられます。
 「おや、それはこまったね。でも、帰るためには足をはずさないとダメなんだよ」
 「じゃあ、ボクの足をはずしてよ。それに、頭もかえして。このまま帰ったらボク、お化けだと思われちゃう」
 おじさんはすごくこまったようすでした。
 「ダメなんだ。足はかんたんにはずれないし、頭はもとにもどすにはすごくじかんがかかるんだよ」
 どうすればいいのかわからなくなって、ボクは泣き出してしまいました。
 でも、顔がないので、なみだはでません。

 おじさんは泣いてるボクを、商店街のはずれのあきちに、つれてきてくれました。
 そこには、ボクと同じような頭のないこどもたちが、たのしそうにあそんでいます。
 そして、その先には、はっぱをたくさんつけた、大きな大きな木がありました。
 緑色のはっぱが、ゆうひに赤くそまって、すずしい風にゆられて、サワサワと音がしています。
 そして、ボクは、その木のいろんなところに、頭がなっているのを見ました。
 木の実みたいに、たくさんの頭がぶらさがっています。
 みんな、かなしそうな顔をしています。
 いくつか、かなしさがきえて、今にも笑いだしそうな顔がありました。

 おじさんは、ボクからはずした頭をとりだしました。
 そのとき、あきちであそんでいたみんなが、ボクたちの方にあつまってきました。
 「おじさん、その子、新しい子?」
 「そうだよ、これからみんなの仲間になるんだよ」
 そして、おじさんはボクの頭をもって大きな顔の木の方にボクをつれていきました。

 「さ、この顔をこの木にぶらさげてごらん」
 ボクの顔は、とてもかなしそうな顔をしています。お家に帰りたいと、泣いています。
 ボクは、ボクの頭を木のえだのさきにちかづけていきました。
 頭はとつぜん、ボクの手をはなれて、木のえだにひっついてしまいました。
 ボクの頭は、木の実みたいに、ぶらさがっています。

 「あのきみの顔がね、かなしそうな泣き顔から、たのしい笑顔になったとき、足がはずれて、頭がもとにもどって、お家に帰れるようになるよ」
 おじさんは、やさしくゆっくりとボクにいいました。
 「さあ、あそんでおいで。たのしくゆかいにあそんでいれば、あの木のみんなの顔が笑いだすから」
 みんながボクをさそいます。ボクもみんなといっしょにかけだしました。

 空はいつまでも、ゆうがたのままです。
 もう、どれくらいじかんがたったのか、わかりません。
 ずっと、あそんでいます。みんなとあそんでいます。
 ずっとあそんでいると、ボクの顔が少し、あかるくなった気がします。
 お家に帰る日をまちながら、ボクと、みんなはあそびます。
 木は、おおきなひかげをつくっています。木にはみんなの顔がぶらさがっています。
 空が赤くなっています。雲がオレンジ色に光っています。

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東條慎生 課題2(3) 2001年05月18日(金)20時13分31秒

書き直しが不評だったので、最初のバージョンをいくつか修正してみました。
タイトルはいまいち良いのが浮かばないので、
適当です。


   おばけのくに

 石けりあそびにあきたとき、きがつけば、ボクはどこにいるのか、わかりません。
 石けりあそびにむちゅうになって、しらないばしょに、きてしまったようです。
 空がオレンジ色になっていました。そろそろ、かえるじかんです。
 まわりにはだれも、いないようです。まわりはかべばっかりで、せまい道です。
 せまい道はむこうにつづいていて、むこうからは、人のいる音がしています。
 まえを見ながら、道をあるいていくと、だんだん人のこえが、大きくなってきました。
 
 しょうてんがいが、そこにありました。
 たくさんの人がいて、たくさんのものがあって、たくさんのこえがきこえます。
 でも、そこにはいつもとちがうものが、ありました。
 いいえ、あったのではなく、なかったのです。
 そのしょうてんがいをあるく人たちには、みんな、あたまがないのです。
 くびからうえしかない人たちが、たくさん、あるいてます。
 
 ここはおばけのくにです。
 そうおもって、いちもくさんに、かけだしました。
 しょうてんがいから、くびなし人からにげようと、はしりだしました。
 そのとき、まえからあるいてきていた人に、ぶつかってしまいました。
 「おやおや、あぶないじゃないか」
 せびろをきたおとこの人はいいました。
 「おや、きみはなんであたまがついているのかな?」

 ボクはおばけにつかまりました。
 たぶん、ひあぶりとか、はりのやまをあるかされたりとか、させられます
 まちがいありません。おかあさんがいってました。
 でも、そのおじさんは、やさしいこえでいいました。
 「よし、おじさんがとってあげよう。このままだと、いろいろまずいからね」
 「え、ダメだよ。あたまはだいじなばしょで、たいせつにしないといけないんだよ」
 「だいじょうぶ。ここはあたまはなくてもぜんぜんだいじょうぶなんだよ」
 そして、しんせつなおじさんは、ボクのあたまをポンっとはずしてくれました。
 おじさんのいうとおり、ぜんぜんだいじょうぶでした。
 おじさんは、いいひとです。

 「ありがとう、おじさん」
 ボクはうれしくなりました。みんなはおばけじゃなかったのです。
 でも、これだとおうちにかえれません。くびなしおばけだと、おもわれてしまいます。
 「おじさん、ボク、おうちにかえりたいんだ。あたまをもとにもどしてよ」
 するとおじさんはすこし、おどろいたようすで、こういいました。
 「おや、ちょっとそれはむずかしいなぁ。ところで、おうちはどこなんだい?」
 「○○まち」

 「それはむずかしいなぁ」
 おじさんはおなじことを、いいました。
 「そこにいくには、あしをはずさないとだめなんだ」
 「じゃあ、あたまをもどして、あしをはずしてください」
 ボクはおじさんにたのみました
 「うーん、それはできないんだよ。あたまをはずしたら、もう、もどせないんだ。あしも、はずそうとしてはずれるもんじゃないからねぇ」

 あたまをつけようとおもって、いくらやっても、あたまはもとにもどりません。
 これでは、かえれません。ボクはどうしたらいいのかわかりません。
 「おじさん、ボク、どうしたらいいの?」
 おじさんはすごく、こまったような、こえをだしました。
 「おうちにはかえれないんだ。ここから、あそこにいくには、とおすぎるんだ」
 ボクは、なきだしてしまいました。でも、かおがないので、なみだはでません。
 でも、おじさんがもっている、ぼくのあたまのめからは、なみだがでています。

 かおのないこどもたちが、ボクのそばに、ちかよってきていました。
 その子たちは、ボクたちといっしょにあそぼうと、さそいます。
 「ああ、この子とあそんでやってくれ。この子はまだここにきたばかりなんだ」
 「わかった。ねえ、きみ、あっちであそぼうよ!」
 おじさんは、ボクのあたまをもってどこかにいってしまいました。
 「これは、きみがかえれるときになったら、もってくるよ」
 
 ボクは、みんなにつれられて、くさのはえたあきちにつきました。
 ボクは、ふしぎにおもいました。
 さっきからそらはオレンジいろのまま、くらくも、あかるくもならないのです。
 ずっと、ゆうがたでした。

 なきながら、ボクは、みんなとあそびました。
 みんな、とてもなかがよくて、すぐにボクもみんなとなかよくなりました。
 あたまのないボクたちは、ずっとあきちであそびます。
 おかあさんや、おとうさんにあいたいけれど、ボクのあしははずれてくれません。
 それまで、あえないんだと、みんなはいいます。
 いつか、あしのはずれた子がいて、その子はかるいあしどりで、どこかへいってしまいました。
 ボクのあしは、はずれません。
 でも、ゆうがたのあきちで、みんなとあそぶのは、とてもたのしいのです。
 オレンジ色のゆうひが、まだ、そらにありました。

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仲田純 トオルと・・・の感想 2001年05月18日(金)16時33分02秒
pttp0000.html#pttp20010518014115への応答

読ませていただきました。会話文が生き生きとしていて、リアルな感じが漂っています。リアルの中に幻想というか、ファンタジーを持ってくる手法は良いと思います。ストーリーも凄く洗練されています。「腰に両羽を当てぶちぶち言っているニワトリは、アン先生がごにょごにょ呪文を唱える声を、自分の声でかき消していました。」などの状況解説の技術が優れていると思います。しかし、私は何か変な違和感を感じました。なにか漫画チックな雰囲気があるというか、多分、言葉というものの粋を通り越し、映像、イメージができるような、物語が生きているように言葉が巡っているので、全てが分かってしまうと言う事になり、えー、つまりきつくなりますが、作品に対して受動的になるというのでしょうか・・・。でもここまで全体が見えているは凄いと思います。

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杉本果也→杉本茅 課題2(仮・・・) 2001年05月18日(金)01時41分15秒

 だらだらと夜遅くまでかかったせいで、記念すべき初書き込みの名誉をいただいてしまいました。しかも字数大幅オーバー。わかったこと、私は短編が書けない。・・・これから、頑張ります。
 それではお目汚しですが、課題2です。まだまだ不十分な未完成品ですが、ご意見ご感想ありましたら、忌憚なくどうぞ。どこを削った方がいいとか言うご批判、お待ちしております。
 それと、私は名前の苗字二文字名前二文字のバランスが嫌なので、ペンネームを使います。よろしくお願いします。つーか、そんなこと考えてる暇に課題やれって感じですが・・・。ふう。
 それでは。


   トオルとカオルと時間の魔法

 トオルとカオルは双子です。トオルは男の子、カオルは女の子。ふたりはなかよしですが、よくケンカもします。今日もまた、白く小さな家の前で、何だかもめていました。
「ぼくが押す! カオルこないだも押した!」
「おぼえてないもん! あたしが押すの!」
 どうやら、チャイムをどちらが押すかで、ケンカしているみたいです。
「・・・じゃあ、ふたりで押そうよ」
 そう、トオルがカオルに言うと、
「やーよ、そんなのバッカみたい」
 カオルはくすっと笑ってから、トオルがとめるのも聞かず、ボタンに手をのばしました。
 その時です。
「いらっしゃい、」
 とつぜんドアが開いて、中から女の人が出てきました。とってもきれいな人です。
「わあ、どうしてわかったの? アン先生、」
「バカね、魔法の力よ。そうでしょう?」
 先生はくすりと笑って首をふりました。
「そんなに大きな声を出していたら、誰だってわかるよ。魔女じゃなくたってね」
 先生に言われて、ふたりの顔はすこし赤くなります。
 
 アン先生は、魔女です。そして、ふたりの魔法の先生です。家の前にはいつも、「魔法教えます」と言うカンバンがかかっています。
 でも生徒はトオルとカオルだけ。そんなカンバン、誰も本気にしません。よく見るとときどき文字がうごいて、「魔法教えません」とか「魔法数えます」になっているのに、誰も気がつかないのです。気がついたとしても、カンバンをとりかえただけと思うでしょう。
 テーブルに座ると、アン先生が言いました。
「今日は何をしようか?」
 ふたりはすぐに返事をします。
「空飛びたい!」
「ぼく、何とでもお話できる魔法!」
 カオルはトオルを見て、トオルはカオルを見て、そしてふたりはぎっとにらみあいました。どちらもゆずるつもりはないようです。
「あっ!」
 と、とうとつに、アン先生が大きな声を出しました。びっくりしたふたりがふり向くと、
「紅茶がない!」
 先生は青い顔をして、青い缶を逆さまにふっています。アン先生は、毎日紅茶を飲まないと、気がすまないのです。とたんにふたりはわくわくして、声をそろえて言いました。
「「じゃあ・・・」」
 アン先生は、もう上着を着ています。
「買いに行かなきゃ!」
 
 ふたりは先生と買い物に行くのが大好き。なぜって、いつものお店がいつものお店じゃなくなるからです。
 いつもと同じ道をいつもと同じように歩いて市場に来ているはずなのに、いつもは白いひげに大きなおなかのパン屋さんでは、りっぱなたてがみに焼きたてパン色のライオンが白いコック帽をひらり、先生に声をかけます。
 売っている物だって違います。赤地に黄緑の星もようのフルーツ、羽のはえたカサ。何から何までいつもじゃなくて、トオルとカオルは周りを見るのに大忙し。向こうから紺のスーツを着たニワトリが、大急ぎで走ってくるのにも気づきませんでした。
「「「あいた!」」」
 どしーんとぶつかったと思ったら、くるりと後ろに転がって、みんなぺたりとしりもち。
「ぎゃっ!」
 そして、びっくりするような大きな声を出したニワトリが羽を差す空からは、黒いスーツケースがまっさかさまに落ちてきます。
「壊れちゃう! 大事な時計が壊れちゃう!」
 そこで、ふたりは急いで魔法を唱えました。
「「・・・チクタクタクチクトキドキピタリ!」」
 まだ半人前なのでふたり一緒でしか使えませんが、教わった三つの魔法のうちの一つ、時間を止める魔法です。カバンは地面から10センチで、ぴたりと宙に止まりました。
「まったく! 近頃の人間のコドモときたら! 魔法さえ使えばいいと思って!」
 ニワトリはお尻をさすりさすり、尾羽をなでなでととのえて、かん高い声で文句を言います。カオルは言い返そうとしましたが、
「前が見える目をしているんだから、前ぐらい見て欲しいものですけどね!」
 そう言うニワトリは顔の横、左右を見る方が得意だと、いつか先生が教えてくれました。
「ごめんなさい、ニワトリさん」
 トオルが謝ると、ニワトリは文句を言いながらまた走っていってしまいました。
 カオルはそれでもイライラがおさまらず、しばらく後ろ姿を見ています。そして、何であやまるのよ、とトオルに文句を言いました。トオルは、そんなこと言っても、と言い返しましたが、ふと周りを見ると、通りを行く生き物たちが、じっとふたりを見ています。
 恥ずかしくなり、ふたりはアン先生が先に行っているはずのコーヒー屋へ急ぎました。

 いつものは、背の高い男の人がコーヒー豆を売っているだけですが、先生と来るとやっぱり違います。カウンターの中では長いひげのヤギがパイプをふかしています。お店には、世界のありとあらゆるコーヒー豆とお茶の葉が、天井高く積み上げられていました。
 アン先生はカップを片手に、何やらヤギのマスターと話しています。
「おや、遅かったね」
 にっこり笑ったマスターが、グラスを差し出しました。中身はふたりの大好きな、南の島のさざ波紅茶です。
「大変ねえ、すぐに見つかるといいけど」
 アン先生がふうっとため息をついたので、ふたりは顔を見合わせ、先生に聞きました。「どうしたの?」
「向こうのはじの時計屋さんの、大切な目覚まし時計が盗まれちゃったんだって」
 時計? ふたりはぴくりと言いました。
「それって、」
「もしかして、」
「「ニワトリが盗んだ!?」」
 アン先生は目を丸くしてうなずきます。
「そうよ、ついついさっき」
 ふたりはあわてて言いました。
「ぼくたち!」
「ニワトリが!」
「止めたの!」
「走ってきて!」
「スーツケース!」
「ぶつかって!」
 でもてんでばらばら、訳がわかりません。
「・・・ストーップ!」
 先生が口に指を当てると、ふたりの口もピタリと止まりました。実はこれも魔法です。「順番に話してね。はいじゃあカオルから」
「ニワトリが走ってきたの! それでわたしたちぶつかって、」
 先生が人差し指をトオルへ向けました。
「カバンが放り上がっちゃって、ぼくたちの魔法で止めたの」
「「中身は時計だって言ってた!」」
 ようやく話がつながって、アン先生は何度もうなずきました。そしてじっと考え事。ふたりは息をつめて、先生を見ています。
 その時です。バシーン!とものすごい音を立てて、お店の扉がらんぼうに開きました。
「いましたね、ええええ、いましたね!」
 そこにいたのは、何とさっきのニワトリでした。ただでさえ赤いとさかが、真っ赤です。
「まったく! だからイヤなんだ、人間のコドモは! 時間を止めるついでに時計まで止めちゃって! 何のための時計だっていうんですか!」
 カバンから時計を出し、頭から湯気を出しています。トオルとカオルは頭がびりびりくるほどどきどきしていましたが、先生のウィンクで、ニワトリから時計を受け取りました。金色のわくの、ぴかぴかの時計です。
「さあさあ、さっさか直して下さいね!」
 腰に両羽を当てぶちぶち言っているニワトリは、アン先生がごにょごにょ呪文を唱える声を、自分の声でかき消していました。
 そしてピタリ。
 ニワトリの声も動きも、ピタリと止まりました。さっきふたりが使ったのと同じ、時間を止める魔法です。ただし、生き物にはあまり長くかかりません。
 ふたりは急いで、近くにあったコーヒー袋を結ぶナワで、ニワトリをぐるぐる巻きにしました。ぎゅうっと最後のかた結びをしたその時、魔法がとけて、ニワトリはびっくり。
「な、な、な、何だこれは! 何でしばられてるんですか、私が! 丸焼きにでもしようってんですか!? このニワトリ殺し!」
 カオルは怒って言いました。
「ドロボウのくせによくそんなことが言えるわね!」
 するとまたもピタリ。魔法をかけられたわけでもないのに、ニワトリは止まります。
 アン先生が立ち上がり、言いました。
「ニワトリさん、どうして時計なんて盗むの?一番時間にくわしいはずじゃない」
 ぐるぐる巻きのニワトリはその言葉を聞くと、かなしそうな顔になりました。がっくり肩を落とします。
「ええええ、みなさんそうお思いでしょうね。事実、他のニワトリはそうでしょうよ。だけどね、時間ってやつと性の合わないニワトリだっているんです。」
「性が合わない?」
「そうです、私は時間がわからないニワトリなんです。朝起きたらもう、お日様ははるか空の真ん中にいるんです」
「だから、時計を盗んだの?」
 うなだれるニワトリにトオルが聞くと、
「そうです、そうなんです!」
 ニワトリはぱっと顔を上げました。しかしすぐに、眉をつり上げたカオルが言います。
「だからって、時計屋さんが大事にしてる時計を盗んでいいわけないじゃない!」
「大事にしてるなんて、知りませんでした! 盗んだのは・・・」
「「「盗んだのは?」」」
「・・・つまり、時を告げられないので、お給料がもらえないんです」
 そう言うと、先ほどよりももっと、がっくりずーんと肩を落としてしまいました。
 ふたりは、少しかわいそうになりました。
「先生、時計返しに行かない?」
「時計屋さん、ニワトリさんの話を聞いたら、許してくれるかも知れないよ」
 カオルとトオルが見上げると、先生はにっこり笑います。
「そうだね、じゃあみんなで返しに行こうか」
 ふたりは大喜びで、ニワトリのカバンのとってを、一つずつ持ちました。ニワトリは感激して、目をうるうるうるませています。
「ああああ、何てお優しい! 人間のお子様はすばらしい!」
「そうそうニワトリさん、」
 カオルが思い出したように言いました。
「その人間のお子様で魔法が使える子なんて、そうはいないんだからね! よくおぼえといてね!」

 時計屋さんでは、ニワトリの涙のくどくどとアン先生のとくとくの説得で、主人のテナガザルは何とか許してくれました。返された時計が止まっているのにはおどろいたようですが、それもすぐに先生が直して、一件落着です。
 帰り道、先生はふたりにアイスクリームを買ってくれました。二段がさねのやつです。
「今日はふたり、大かつやくだったね」
 先生に言われ、ふたりは嬉しくなりました。
「習った魔法が役に立ったよね」
「紅茶を買いに来ただけなのにね」
「そうそう、紅茶を買いに・・・ああっ!!」
 突然の先生の大声に、危うくふたりのアイスは落っこちるとこでした。
「「どうしたの!?」」
 おどろくふたりに、先生は恥ずかしそうに言いました。
「紅茶、お店に忘れちゃった・・・」
「「・・・」」
 みんなでピタリと止まった後、大笑いです。
 それから三人で、もう一度市場に戻りました。またドロボウとぶつからないように、トオルとカオルはまっすぐ歩いていきます。

              おしまい

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寮美千子 明日、松枝到教授による図像学の時間外特別講義! 2001年05月18日(金)00時34分28秒

▼明日、松枝到教授による図像学の時間外特別講義!

いま、和光大学表現文化学部イメージ文化学科では
「ムネモシュネ」の図像の特別展示をしています。

神話や、それに登場する図像は、イメージの宝庫。
創作の源泉として欠かすことのできない知識です。

明日の授業では、この「ムネモシュネ展」に関する特別講義を、
神話・イメージ研究会の松枝到教授にしていただくことになりました。
授業は11時50分までに切り上げ、12時〜1時までの一時間、
「ムネモシュネ展」会場(G棟の一番奥の部屋)にて
講義を聞かせていただきます。

授業の時間外活動ですので、強制はしませんが、
またとないすばらしいチャンスですので、ぜひご参加ください。

▼「ムネモシュネ」とは

「ムネモシュネ」とは、1929年に没したドイツ人学者アビ・ヴァールブルグが
収集した膨大な図像を編集した「図像地図」。
同じイメージを持った図像を、
古今の彫刻や絵画、新聞の切り抜きや広告写真から収集し、
テーマ別に並べたもの。
ヴァールブルグがこの図像集につけた名前が
ギリシャの女神の名「ムネモシュネ」でした。

ウラノスとガイアの娘ムネモシュネは<記憶>を擬人化した神。
ゼウスと交わり、9人のムーサを生みました。
ムーサ(Musa/f.Musai)は、文芸・音楽・舞踏・哲学・天文・など、
人間のあらゆる知的活動をつかさどる女神。
ムーサイの棲まう神殿こそが博物館(Museum)の語源です。
つまり、ムネモシュネは、技芸一般(Art)の母の名というわけです。

▼参考文献

「記憶された身体 アビ・ヴァールブルグのイメージの宝庫」国立西洋美術館(展覧会カタログ)1999
松枝到編「ヴァールブルグ学派」平凡社1998
エルンスト・H.ゴンブリッチ「アビ・ヴァールブルグ伝」晶文社1986

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寮美千子 「物語の作法」掲示板運営開始のお知らせ 2001年05月18日(金)00時32分32秒

「物語の作法」の掲示板ができました。
以後、授業のお知らせなど、この掲示板でしますので、必ずチェックしてください。
また、今後は課題も掲示板へ提出してもらいます。
質問、お互いの作品に対する感想・評論なども、掲示板で公開したいと思います。
私信のみ、寮美千子へメールしてください。

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管理者:Ryo Michico <mail@ryomichico.net>