トオルとカオルは、双子です。トオルは男の子、カオルは女の子。
ふたりはなかよしですが、よくケンカもします。今日もまた、言いあらそっていました。
「ぼくが押す! カオルこないだも押した!」
「あたし! そんなのおぼえてないもーん!」
どうやら、目の前の白い家のチャイムをどちらが押すかで、ケンカしているみたいです。
「……じゃあふたりで押そうよ」
トオルがカオルに言いました。
「やーよ、そんなのバッカみたい」
カオルはくすっと笑ってから、トオルが止めるのも聞かず、ボタンに手をのばしました。
その時です。
「こんにちは、」
とつぜんドアが開いて、中からすらっとした若い女の人が出てきました。
「わー、どうしてわかったの? アン先生!」
「バカね、魔法の力よ。そうでしょう?」
アン先生は、ゆっくり首をふりました。
「そんなに大きな声を出していたら、誰だってわかるよ。魔女じゃなくたってね」
先生に言われて、ふたりの顔はすこし赤くなりました。
アン先生は、魔女です。そして、ふたりの魔法の先生です。家の前にはいつも、「魔法教えます」と言うかんばんがかかっています。
でも生徒はトオルとカオルだけ。そんなかんばん、誰も本気にしません。よく見るとときどき文字がうごいて、「魔法教えません」とか「魔法数えます」になっているのに、誰も気づかないのです。気づいたとしても、かんばんをとりかえただけだと思うでしょう。
「先生、今日はアルバイトないの?」
カオルが聞くと、アン先生は言いました。
「今日はね、とくべつなバイトの日」
その答えを聞いて、ふたりは大よろこび。
アン先生は生徒が集まらないので、先生の他にアルバイトをしていました。町でティッシュをくばったり、ウェイトレスをしたり。
でもそれは、ただのアルバイト。とくべつなアルバイトは、魔法を使う仕事のことです。
「ねえねえ、ぼくたちも行っていい?」
トオルはアン先生を見上げました。
「もちろん、ダメだったら呼ばない」
アン先生は笑って答えます。
アン先生に連れられて向かったのは、町で有名な大金持ちのおやしきでした。メイドのスミさんの話によると、このところおじょうさまのリコちゃんの元気がないそうです。
「わかりました。まかせて下さい」
アン先生はわざとらしく、胸をはりました。
それから、スミさんに案内されて、みんなでリコちゃんの部屋に行きました。
「おじょうさま、ばあやのお友達が遊びに来ましたよ。入ってもよろしいですか」
すこしして、小さな女の子の声がしました。
「だめよ、ばあやのお友達は私のお友達じゃないわ。入る理由なんてぜんぜんないわ」
カオルはムカッとして、言いました。
「じゃあ友達になってあげるから開けてよ!」
「……けっこうです! 間に合ってます!」
ドアの向こうからも、ムカッとした声がします。先生はすこし笑って、ふり返りました。
「では、どうにかこうにかしますので」
言われたスミさんはかなり心配そうでしたが、しぶしぶ自分の仕事に戻りました。
アン先生はそれをかくにんしてから、しゃがんで、何かを探しはじめました。
「いた!」
先生の声の先には、小さなありが、いっしょうけんめいクッキーを運んでいました。
「“お話”の魔法ね!」
先生はうなづいて、魔法をかけました。
「うんうん、それで?」
それは、何とでもおしゃべり出来る魔法です。ありは毎日同じ所をいったりきたりしているので、何か知っているかも知れません。
「なるほど。どうもありがと、ジャム・ポンチ三世。……あのね、いつもいた三毛猫が、部屋に来なくなったらしいの」
アン先生の話を聞いて、みんなは三毛猫を探しました。しばらくして、中庭でひなたぼっこをしているのを、トオルが見つけました。
「うんうん、そっかー」
先生がうなづきます。ふたりは話が終わるのをじっと待っていました。トオルとカオルはまだ“会話”の魔法は習っていないのです。
「じゃあいっしょにあやまりに行こうよ、ね」
話がついて、アン先生は立ち上がりました。
「どうしたの?」
部屋に戻りながら、トオルが聞きました。
「あのね、この富士の介さんがね、」
と先生は横を歩く三毛猫を指しました。
「リコちゃんの大事な物を、こわしちゃったらしいの。だから落ち込んでるのね」
部屋に着いて、アン先生がノックしました。
「ねえ、富士の介さんがね、話があるって」
「富士の介?」
アン先生はあわてて言い直しました。
「えーと、違う、……何て呼ばれてるの? え? ……エリザベスさんが、用があるって」
女の子の小バカにしたような声がします。
「どうして猫に用があるとかわかるの?」
先生が止める前に、カオルが答えました。
「そんなの、先生が猫と話せるからに決まってるでしょ。あんたあんがいバカね」
「バ、バ、バ、バカじゃないわよ!」
大きな声がして、初めてドアが開きました。女の子は、黄緑色のワンピースを着ています。
「物がこわれたくらいで、おちこんでちゃね」
カオルはふふん、とはなをならしました。
「……でもカオルだって、ぼくがコップわっちゃった時、三日間口きいてくれなかった」
「四日目にゆるしたわ! トオルこそ……」
「はい、おっしまい」
アン先生がふたりの目の前で手を叩きました。はっと赤くなるトオルとカオルの横で、リコちゃんがぽつりと口を開きました。
「サスケくんも、ゆるしてくれるかな……」
「サスケくん?」
三人がそろって聞くとおじょうさまはあわてましたが、かんねんして話し始めました。
「サスケくんに借りたの、それをエリザベスが机から落としちゃって、こわれちゃったの」
そう言って、おじょうさまが見せてくれたのは、小さな小さなオルゴールでした。
「この頃ばあやが眠れないって言ってるの。
その話をしたらね、サスケくんがこれって」
そう話すリコちゃんの目には、なみだがうかんできます。カオルがあわてて言いました。
「えーと、わたしが魔法で直したげる!」
しかし、先生は首をふって言いました。
「ねえ、サスケくんてとてもかっこいい子ね」
「うん、それにとってもやさしいのよ」
リコちゃんは、しゃくり上げました。
「じゃあ、本当のことを言ってみたらどうかな。サスケくん、怒るかしら」
リコちゃんはしばらく考えていましたが、先生のように首をふり、また泣き出しました。
「だめだよ。やさしいサスケくんが貸してくれたのをこわしちゃって、かなしいんだから」
トオルが先生の黒いコートをつかんで、そっと言いました。先生もまた、しばらく考えてから、オルゴールをそっとなでました。
「そっか、ごめんねリコちゃん。どうする?」
リコちゃんは、カオルを見て、答えました。
「な、直してくれるの?」
「……うん、直すよ」
カオルはトオルと両手をつないで、その真ん中にオルゴールを置きました。まだ半人前なので、ふたりで魔法をかけるのです。
しばらくして、オルゴールはかたかたと音を立て、勝手に音楽をならしはじめました。
「……ちょっとげんきよくなっちゃったかも」
カオルが渡したオルゴールをしばらくながめてから、リコちゃんはほおずりしました。
「ありがとう。これでサスケくんに会えるわ」
リコちゃんはうれしそうに、にっこり。
おやしきからの帰り道、先生はふたりにアイスクリームを買ってくれました。それも三っつもつながっているやつです。
「今日はトオルとカオルのおかげさまでした」
先生にありがとうとお礼を言われて、ふたりはまたまた赤くなりました。
「あたしたちも役に立つよね!」
右手をにぎったカオルに、先生もにっこり。
「ぼくも早く“会話”の魔法、習いたい!」
左手をつかんでいるトオルに、またにっこり。先生はふたりの両手をつかんだまま、ぐいっと高く上げました。
「うん、なーんでも教えちゃう!」
それからアン先生が急に走りだしたので、ふたりはアイスクリームが倒れないようにするので、せいいっぱいでした。
おしまい