物語の作法・課題2 小川美彩(1)

ひよこのうた

町の外れに、ねこが住んでいました。
ねこはわがままで食いしんぼう。みんなからきらわれていました。
「おなかへったなあ」
ねこはえさをさがしに出かけました。
野原へいくと、おいしそうなひよこたちがさんぽしています。ねこは、いちばんうしろをあるいているひよこを、えさにしようとつかまえました。
ねこは、ひよこをすぐ食べようとしましたが、
「そうだ、もっと大きくそだってからのほうがおいしいかもしれない」
それは、とてもよい考えのように思えました。
ねこはさっそく、ひよこにいろいろ食べさせて太らせようとしました。
ひよこはごはんのたびに、よろこんでぺろりとたいらげます。
そしてひよこは、ぴよぴよぴぴぴ、とおれいにうたをうたうのです。
ねこは、いつのまにか、そのうたをきくのが楽しみになっていました。
ごはんをたくさんあげて、たくさんうたをききます。
ひよこは、どんどん太っていきました。
「そろそろ食べごろかな」
とねこは思いました。しかし、ひよこを食べてしまうと、もう、うたがきけなくなるのです。
「まだまだ、だめだな。もっと太らせてからのほうが、きっとおいしい」
ねこは、自分にいいきかせました。
「おかあさん、ごはんごはん」
ひよこは、自分にご飯をくれるねこを、おかあさんだと思っていました。ひよこはおかあさんが大好きでした。
おかあさん、とよばれるたびに、ねこはひよこにどんどんごはんをあげました。
そしてきがつくと、ねこの家にあった食べものはもうほとんどなくなっていました。
こんどこそ、ねこはひよこを食べようとしました。
「おかさん、どうしたの」
しかし、ねこは、ふしぎそうにこちらを見つめるひよこを、食べることなどできませんでした。ねこもひよこをとてもすきになっていたのです。
ねこはこまりました。ひよこと自分の、ふたりぶんの食べ物がどうしてもひつようなのです。ねこは、のこりの食べものをみんなひよこにあたえると、たべものをさがしに出かけました。
ねこはもりにむかいました。ひさしぶりに、鳥をつかまえて食べようと思ったのです。しかし、おなかがへってうまくいきません。
「ねこがきた、ねこがきた。きらわれ者のねこが来た」
鳥たちはおおあわてで逃げていきました。
ねこは、川で魚をとろうと思いました。しかし、やはりおなかがへってうまくいきません。
「ねこだねこだ、みんな逃げろ」
魚はあっというまに、川のおくふかくにかくれてしまいました。
しかたがないので、ねこは町に下りていきました。
「だれか、食べものを下さい」
ねこは、生まれてはじめて、あたまを下げておねがいしました。
しかし、だれもねこのたのみをきいてくれません。それどころか、
「きらわれ者のねこめ、いいきみだ」
「わたしの子どもを食べたばつだ。さまあみろ」
「ねこなんか、いなくなれ」
と、町のひとたちはねこに石をなげます。
それでもねこは、せめてひよこにだけでもごはんを食べさせてあげたいと、いっしょうけんめいたのみました。
すると、一羽のにわとりがこういいました。
「その子はきっとわたしの子どもだよ。野原をさんぽしているときにねこにさらわれたんだ」
にわとりは、ねこのほんとうのおかあさんでした。
「きっと、ふとらせてたべるきだったんだろう」
「まだぶじなんだ。まにあってよかった」
「その子をたすけにいこう」
「ねこは出ていけ。ねこをひよこに近づけるな」
「そうだ、でていけ。にどとこの町にくるんじゃない」
そうして、ねこは町から追い出されてしまいました。もう、自分の家にもかえれません。
しかし、ねこはほっとしていました。
ひよこはきっと、町のひとたちがめんどうを見てくれるでしょう。これで、ひよこがおなかをすかせるしんぱいはないのです。
だけど、もうにどと、ねこは自分を「おかあさん」とよんでくれたひよこに会えません。もうにどと、あの大好きなひよこのうたをきけません。
そう思うと、ねこはとても悲しくなって、生まれてはじめての涙をながしました。
そして、ひとりでしずかに泣きながら、そっと町をはなれました。

ねこが出ていったと知ったひよこは、大声で泣き出しました。
ひよこをむかえにきた町のひとたちと、ひよこの本当のおかあさんは、とてもおどろきました。
ひよこはけっしてねこの家をはなれようとはしませんでした。そして、うたをうたいはじめました。
ぴよぴよぴぴぴ、ぴよぴよぴぴぴ、と、おかあさんが大好きだったあのうたを。
ひよこはうたいつづけました。そうすれば、おかあさんがかえってくると思ったのです。
そのうたは、町の中にまで、悲しくひびきわたりました。
町のひとたちは、急いでねこをさがしましたが、もうどこにもねこの姿はありませんでした。そして、うたいつづけるひよこに、こうたいでごはんをはこぶことにきめて、ねこがかえってくるようにと、みんなで祈りました。

町外れの家には、大きな大きなにわとりが一羽住んでいます。
そのにわとりは、ふしぎなことに、コケコッコーとはなきません。
ぴよぴよぴぴぴ、とまるでひよこのようにうたうのです。
おかあさんがもどってきたときに大好きだったうたをきかせようと、にわとりは今でも、ひよこだったころと同じように、ぴよぴよぴぴぴ、とうたっているのでした。