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杉井武作 7A「空の上のサイクリング」
2002年10月30日(水)04時14分58秒
1
・・・ここどこ?
気がつくとあたしは、クリーム色の空間に浮いていた。
視界に入るものといえば、溶けそうに淡い青。
きれー・・・なんだか心が透明になる。
だっていつも目開けてたらなにか目にはいってくるのに。
地平線も見えない、こんな澄んだ景色ははじめて。
ん?なんかスースーすると思った。
あたしは着たこともないような真っ白いキャミソールを着てた。
白は着ない、色白だからね、服まで白いと消えちゃう。
いつもは黒か派手めのを着てる。
でも、白も着てみたら好きかも。
なんだか今日はあたしじゃないみたい、でもこーゆーのもたまにはいいな。
あいつにこのカッコみせたら、なんて言うかな?
ちょっとはかわいいって言ってくれるかな?
・・・あいつってだれだっけ?
んーべつにここがどこだろうと、あたしがどうなってても、どうでもいいや!
だってこんなにきれいなんだもん!
このままこの景色にあたしの全て吸い込まれちゃえばいいのに・・・。
しばらくあたしは、なにも考えずに青に見とれていた
2
我に返るとあたしはためしに足を前にだした。
空回りするだけで前に進んでる感覚はないけど、身体が少し風をきったような気がする。
たぶんこれで進んでるんだろう、そう思ってしばらくしゃかしゃか足を動かした。
前に進む、か・・・。
あたしはもうどのくらい、前に進んでないんだろ?
普段そんなこと、気にしたことなかったけど。
まあいいや、こうやって歩いてるのも楽しいな。
どこまでもおなじ景色だと安心するし。
見るものぜんぶせわしなく動いてる街はキライ。
・・・・・・?
なんか目がヘン?
いつのまにか小さな黒い点がぼんやりと目に入ってきた。
だんだんその点は大きくなる、目の錯覚じゃない。
それは徐々にはっきり見え、小さな黒猫であることがわかった。
「あー!ねこだぁぁぁ」
あたしは猫に駆け寄った。
くりくり愛らしくて澄んだ目の子猫。
かわいいにゃぁ。。
ただ、チ○○がマジであることを除けば。
なぜかその子猫の股からはいまにもはちきれんばかりのモノが隆々とそびえたっていた。
しかも色も形も人間の成人男性のそれそのものだった。
・・・まあそれは気にしないどこぉ。そこ以外はかわいいから。
私はしゃがんで「にゃー」と呼んでみた。
猫は最初怯えていたが、指を出して何度も呼んだら、おそるおそる近づいてきた。
そして急にものすごい速さで私に襲いかかった。
3
「ええやん!わてかてこわいんや!」
猫は何故か流暢な関西弁で叫んだ。
「ちゃうてそんなんちゃうて!お二ィさんなんもいたいことせーへんて!おとなしゅーすればすぐ済むから!」
「ちょっちょっと・・・なんなのー!」
「なみだがでるくらい好きなんや!こんな切ない気持ちははじめてや!わかってぇやはぁはぁ!はう!もうしんぼーたまらん!」
猫は跳躍してあたしの顔にはりついてきた。ふわふわの毛と股間の生々しい感触があたって実に気色悪い。
「きゃー!」
あたしはねこをひっぺがした。
「えーー?えーーー?あんたなんなのよーー」
「おまえこそなんなんやーーー罪の無いこねこを乱暴にあつかいやがってホンマ・・・」
「ここどこなのー!?」
あたしは急にこわくなってきた。
はぁ・・・そうだ、今あたしはあたしじゃないんだ。だからこんなわけのわからない状況になってるんだ。
「ちゃうよーここはおまえのなかやでぇ」
猫は急に冷静な声で言った。。
「・・・は?」
「あぶないとこやったんやでぇ、俺がつれもどしにきたんや」
「なにいってんのかさっぱりわかんないよ。つれもどすってなに?」
「まあこまかいことはぬきにして・・・」
猫はいきり立つ○ン○をとりだして襲いかかってきた。
「今この場を楽しもうや!もう神も仏もないわ!おとーさんもおかーさんもゆるしてくれるやろ!かんにんやーもうコレやむをえないんやー青い衝動はだれにもとめられないんやーーーー」
「しつこいなぁ!」子猫だからすぐふりほどける。
「ここはどこなのさーーーー?ふぇーーん帰りたいよーーー」
あたしはたまらず泣き出した。
「どこへ帰りたいんや?」
「ふびゃあぁーーーーー」
「お前の住んでる現実世界に帰るのか?」
「ぶえぇぇぇぇぇえ」
「聞けや!!」
びくっ
「うん、聞く」
「おまえ、自分の人生ふりかえってみいや。楽しいか?」
「ふぇ?」
その言葉が頭をめぐるのに少し時間がかかった。
「ん・・・・楽しいよ」
「うそつけ。ヒドイ人生や」
「へっ?そうだっけ・・・」
「ちゃんと自分のこと振り返ってみぃや」
「ん・・・あんま自分のこととか考えるの苦手なんですけど・・・」
でも、そのとき子猫の目を見てたら、なぜか自分の心の闇をさらけだしても許されるような気がした。
心を見透かされるような目をしてる・・・・どこかで見た、なつかしい目だ あたしは・・・
そうだ、あたしは惚れっぽくて、いつも好きな人のあとを追いかけてたな。
恋をしたらとことん相手に入れ込んでいった。
恋をすると他のことを考えずにすんだし、すべてを相手に委ねることができた。
だから拒絶されるのは大嫌いだった。
別れられたらわけがわからなくなるまでお酒飲んだり薬飲んだりして、色んな人のところに行ってつらさを紛らわせてた。
みんな優しくしてくれた。
その中から次の恋が生まれる。その繰り返しだった。
「やだーーーーこんなこと考えたくないよぉ」
ちゃんと振り返ると、なんだか吐き気がしてきた。
自分のことじゃないみたい・・・。
「ねっ?徹底的に現実から目をそらしてるだけやないの」
「その言い方なんかエグいよ、恋するのが好きなんだよ」
「おまえが綺麗な言葉に逃げとるんやってば。嘘のぬくもりに身を委ねて夢見てるだけやん」
「そんなことないもん、ぜんぶ本気だもん・・・」
「本気ならもっと長続きするだろフツー、その年で寝た男の回数、睡眠薬とアルコールの摂取量。ダメ女・・・ってかダメ人間やなおまえ。あははははは」
ダメ人間・・・そんなこと言われてなくてもわかってるのになぁ・・・。
「だってあたし嫌いな人とかいないし・・・」
「え?どんなとこで男の人とかと知り合うん?」
「インターネットとか、街歩いてたら声かけてきてくれて、優しくしてくれるよ」
「それダマされてるだけだよォーーやりにげじゃーーん」
何故急にコギャル口調?
「なんで?なんで男にいいように扱われてたの?とっとといっちゃいなさいよ(オネエ口調で)」
「わかんない。疑ったことないし・・・必要とされてるような気がしたから・・・・たぶんどうでもよかったんだよ」
「あいどんの〜は〜〜〜〜あ〜あう♪ゆ〜わ〜だぃぼ〜てっど♪ゆ〜わ〜ぺぼ〜〜てっどとう〜〜〜♪あいどんの〜は〜〜〜〜あ〜あう♪ゆ〜わ〜いんぼ〜〜てっど♪の〜わんあら〜てっどとう〜〜〜♪あいるっくあっちゅ〜お〜る♪すい〜ざ〜ら〜ぶぜあ〜ざっとすり〜ぴんぐ♪ほわいるまいぎた〜じぇんとり〜ういぃ〜ぷす♪るっくあっちゅ〜お〜る♪すてぃ〜るまいぎた〜じぇんとり〜ういぃ〜ぷす♪(WHILE MY GUITER GENTLY WEEPS/THE BEATLES)」
なにいきなり歌ってんのこいつ・・・・・
ってかよく考えたらなんで子猫にそんなこと言われなきゃいけないの?
「もういいよ、あんたとしゃべりたくない」
あたしは猫から離れようにした。なんだか嫌な気持ちになったので早く忘れたかった。
「わかりやすい子やなぁ。俺の力がなかったらこの空間から抜けだせんぞ」
「・・・いいよ別に」
「ちゃんと目ぇ見て話せや。死ぬこともできんぞ」
「人の目を見るの苦手。いいよ、ここきれいだし」
「ワイは、猫や」
4
「はぁ〜わかったわかった。いいからとりあえず、漫才コンビ組もうや」
「いっ嫌だ」いきなりなにを言い出すんだこいつは。なぜあたしが漫才?
「コンビ名どうしよっか?」
「あたしそんなんやらないってば」
「まぁ、とりあえずネタ聞いてくれや」
そう言うと猫はおもむろに自分の考えた漫才を朗読しはじめた。
いやー最近めっきり外寒くなってきたね!
ほんまやねぇあたしなんて風邪ひきましたわ!
風邪かぁそれはあかんね!風邪にもいろいろあるわ!
そやねーあたしが一番キツいのはハナ風邪!ずびずびいうててかなんわ!
うまそうやん!
なんでやねん!!!!
「どや?ナウなヤングにバカウケでしょ?」
「いやわけわかんないよそのネタ」
「これを発展させて面白くさせていくんやがな」
「はぁ・・・ってかなんで漫才なんてやらなきゃいけないのさ?」
「オマエがこの空間から脱出できる方法やからや、まあそれはいずれわかるやろ。とりあえずコンビ名を考えたんやけど、『白い服の女とグロいチ○○のクロネコ』ってのはどや?」
「そのまんまやんけ!」あたしは思わず叫んだ。
「それ!いまのツッコミいいね!」
猫が急に声を張り上げた。
「今のはおもわず言っただけ」
「いや!今の絶妙の『間』のとり方!やっぱり俺が見込んだ通りやった!オマエにはツッコミ芸人の血が流れてる!」
こいつ一体あたしのなにを見込んでるんだろうか。
「ってかそのコンビ名はないよ。長すぎるし・・・」
「そうか?」
「うん。まず前半削って、『グロいチ○○のクロネコ』を変えてみよう。『グロ』と『クロ』がかぶってるから、『グロチン○ネコ』とか・・・」
う〜ん、それでも長いな。
「グロチン○ネコか・・・グロチン・・・グロチン・・・・・・・グロチウス?」
「あっそれいいじゃん。ひらかなで『ぐろちうず』なんてどう?」
「それ、決定!おもしろくなってきたぞ!」
こうしていあたしは流されるままに漫才芸人の稽古をすることになった。
まあいいか、どうせ他にできることもないんだし。
「なんでやねん!」
「手の返し方が違う!」
「なんでやねん!」
「角度が違う!このド素人の四流芸人が!」
「ハイ!先生!なんでやねん!」
いつの間にかあたしは真剣に子猫とネタ合わせをしていた。
5
「よし、ネタもカタまってきたし、劇場に立つか!」
猫が突然言い出した。
「は?劇場って何?」
そう尋ねるやいなや、これまで青一色だった辺りが急に暗くなった。
「わっ!え?どうなってるの?」
前を見回すと沢山の人が座っている。
「ここは・・・劇場?」
「大入り満員やな!これは一発カマすしかないで!」
あたしは不思議とその状況の変化に驚かなかった。それ以上に身体が熱くなってくるのを感じた。わけわからないけど、こうなったらもう、やるしかない。
「どうもーぐろちうずで〜す!」
「いやー最近めっきり外寒くなってきたね!」
「ほんまやねぇあたしなんて風邪ひきましたわ!」
「風邪かぁそれはあかんね!風邪にもいろいろあるわ!」
「そやねーあたしが一番キツいのはハナ風邪!ずびずびいうててかなんわ!」
「うまそうやん!」
「なんでやねん!」ぴしー!
会場からはどっと笑いが沸き起こる、よし、ツカミはオッケー。
「そのハナ水ミズバナかアオバナかどっちや?」
「アオバナや」
「ほんじゃ三億円で買いとるわ!」
「なんやねんな君それ変わったスカトロやな!」あっこれはちょっと引いたか?
「こないだなんて熱出してもうてひどかったで!病院行ってみてもろたわ!」
「はい、次の方どうぞー」
よし、こっからはしっかり合わせた「お医者さんゴッコネタ」だ。
※作者注)ネタが低俗なため中略させていただきます。
場内の空気がヒートアップしてる!
あたしのツッコミがキまるごとに客は涙を流して爆笑の渦だ!
ムード、テンポ、タイミング、何もかもが完璧だ!
こんなにキモチいいことがあったなんて!
よし、いよいよクライマックスの「すっぽんネタ」だ!
あたしが猫のチンポ(やべ伏字忘れた)に思いっきりチョップするツッコミで締めだ!
「はーすっぽんすっぽんすっぽんすっぽん!!はーすっぽんすっぽん!!!」猫がチンポを振り回してブレイクダンスを踊る。
「なんで」
手刀を頭上高く掲げ、さぁ、フィニッシュ!
「やねーーーーーーーーん!!!!!!!!!」
ぶちーーーーーん!
「ほーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」とオタケビを上げた猫のチンポが根元から切れてしまった!
そのどすグロい棒はしかし地面に落ちず、空中を旋回しながら巨大に膨れ上がり、チューリップが花開くように先端の割れ目を徐々に広げた。やがて人の身体がすっぽりハマるブラックホールになると、突然あたしの顔に襲い掛かってきた。
「きゃーーーーーーー!」
あたしは猫の亀頭にすっぽり飲み込まれてしまった。
6
真っ黒な闇のなかに落ちていってる。
ここはどこなんだろう?この世じゃないのかな。
あたし死んじゃうの?死にたくない・・・。
しばらくすると眼前に映像が広がってきた。
ここは・・・
あたしが通ってた中学の通学路だった。
見覚えのある男が話をしているのを聞いた。
あれは・・・憧れの先輩だ。
「ねぇねぇおまえ今日告られたらしいじゃん!で?相手はどんなだったの?」
「えーやだよなんかネクラそうで」
「あ、もしかしてあいつ?やべーよなあいつオタク系じゃん」
そうだ、あたし中学二年の終業式に先輩に告って、振られたんだ。
そしてこれはその帰り道、未練が残っていて後をつけてたんだ。
そのときに聞いた会話だ。
あのときははとても深く傷ついた、けど・・・。
場面が切り替わった。
春休みが過ぎ、三年に進学したときだ。あたしはいつもかけてたメガネをはずし、お祝いに買ってもらったコンタクトをつけて学校に行った。
「誰?あのコ!メチャかわいくない?」
そんな声がクラスじゅうを飛び交い、あたしはたちまちクラスの人気者になった。
みんながあたしに優しくしてくれた。嬉しかった
憧れのあの人も優しくなった。
あたしは尋ねた。
「ねぇ、なんであたしと付き合ってくれたの?」
「だっておまえかわいいじゃん」
そう言われて、あたしは頬を赤らめた。。。
あのときあたし、本当に嬉しかったのかな?
あたしは誉められたい、かわいがられたい。
綺麗なものが好き、かわいいものが好き、空想するのがすき。それだけ・・・それだけなのに・・・。
7
あっ、ここはあたしが通ってた中学校の教室だ。
そして今教えてるのは一年生のときの数学の先生だ・・・。
「はいそれじゃこの問題誰か解ける人?今回のはちょっと難しいぞぉ〜」
「はい!」あたしはすかさず手を上げた。
「おぉ〜〜〜パーフェクトだね!ホントあたまいいなぁ〜」
「スゲー!よくあんなむずい問題すぐ答えられるよねー」
なんだ、こんな問題簡単だ。みんなばかだなぁ。
きーんこーんかーんこーん
「先生、先生」
「ん?さっきはよく答えられたな。いいコいいコ」
「えへへ・・・」
「ん?どうした?目がとろんとしてるぞ」
問題解けたら先生に頭撫でてもらえる・・・そのことだけが楽しみであたしは毎日がんばってた。
ある日のこと・・・
「はい!はい!」あたしはいつものようにすかさず手をあげる。
「なんだ、解ける人はいないのか?」
先生はあたしを無視して教室を見回した。
「はい!はい!」
先生、あたし解けるよ!先生、見えないの?あたし手あげてるよ・・・
しばらくすると別のコも手を上げた。
「おっ!それじゃ君いってみようか!」
きーんこーんかーんこーん
「先生、あたしさっきの問題のこたえわかったよ!ホラ、すごいでしょ?」
「うん、うん」
「先生、ごほうびは?なでなでは?」
「あのね、あなたがすぐ問題解いちゃうと授業になんないんだよね〜」
そう言って先生は行っちゃった。その時から先生は二度とあたしを指してはくれなかった。
せんせぇ・・・だいすきなせんせぇ
せんせぇ・・・あたしいっしょうけんめいかんがえてるよ・・・・。
せんせぇ・・・せんせぇ・・・どこ?
「おなかが・・・おなかいたい」
それからのあたしは毎回数学の授業が始まると腹痛に襲われるようになり、保健室に駆け込んでいた。
寒くて冷たい、保健室のシーツ。
8
ん?ここは保健室じゃない、れっきとした病院だ。
「おじいちゃん、どうしたの?痛いの?」
あたしはおじいちゃんの看病をしていた。
両親が忙しくて当時まだ10才だったあたしがおじいちゃんについてたことがあった・・・。
ここに漂う薬品の匂いとか雰囲気が大嫌いだった。
老人の悲鳴も看護婦の事務的な口調も・・・美しくない世界のなにもかもに拒否反応を示していた。
「イターーーーイタタタタ・・・」
「おじいちゃん、痛むの?」
「イタイイイタイイイタイ!早く!そこにある座薬をいれてくれーーー」
おじいちゃんはあたしに尻を突き出した。
「うーーーー・・・くさい」
あたしは座薬をむりやり押し込もうとした。
「イタイタイタイタイ!尻のホネにホビがはいってんねん!!もっとやさしゅうしいや!」
「うーーー嫌だよぉ・・・なんでこんなこと・・・」やっと座薬がはいった。
おじいちゃんがあたしのことを睨んでる。
「さっき『くさい』って聞こえたが・・・気のせいかのぉ」
あたしは黙ってうつむいてた。
「こっち向かんか、おじいちゃんのオシリはくさいんか?」
おじいちゃんはニタニタ笑っていた。
「おじいちゃんとぉ〜〜〜〜っても傷ついぞぉ。おじいちゃんのオシリはくさいんか?一回ためしに舐めてみるか?ほれほれ、ここじゃ、ここ」
あたしは走って逃げた!
ここはあたしの世界じゃない・・・怖いよ!あたしの世界はどこにあるの?
とにかく無我夢中で走った。
9
映像が途切れた。
ここはなにもない闇のなか。
あたしは自分の手のひらを見つめた。
熱い。劇場の熱気がまだ手の中に残ってる。
そうだ、あたしはいる。あたしがいる世界がここだ。
ここがあたしの居場所だ。
闇が光に吸い込まれていった。
10
目が覚めるとひどく頭が痛い。
かなりの量の寝汗をかいていたらしく、布団全体が湿っている。
ここはマンションの一室。
化粧品もカップメンも雑誌も服も無造作にちらかっている。
枕元には、鎮痛剤と睡眠薬がビンからばらばらこぼれている。
つけっぱなしのテレビに目をやると、その下にはアイツが忘れていったお笑い芸人のビデオが落ちている。
あたしはがんがんする頭を押さえながら起き上がってそれを手に取る。
そうだ、アイツはもういないんだ・・・。
あたしはベランダに出る。
雲一つない青空。あたしは深く深く息を吸い込むと、力いっぱいそのビデオを投げる。
あぁ、やっぱり空は広いなあ。
管理者:Ryo Michico
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和光大学表現学部 表現文化学科専門科目