物語の作法 2004年4月15日配付


稲葉祐子詩集
冷凍庫には入れないでください



1▼夜のサーカス

ガンガラガン、と風が吹き
今日の終わりを告げました
途端に世界は華やいで
偽者の光が差し込みます

我がもの顔で車が走り
サーカスみたいな猛獣だらけ
何を信じたら いいのかな

僕は光にくらまされ
歩くのがやっと なのでした
猛獣に食べられないうちに
家に帰らなければなりません

夜はまだまだ長いから
眠らなくてはなりません


2▼水の便り

「一日目」
悩んで迷って疲れた末に
ほんの少しだけ
夢をみました

(もしかしたら
逃げたかったのかも
しれません)

目覚めると 雨が降っていて
誰かの愛を 感じました
僕は 元気です

「二日目」
帰らない、と決めたあの日から
雨は暖かさを増すようでした
本当に帰れなくなりそうだ、と気づいたのは
水たまりに映った僕が
少し透き通ったように見えたからです
雨は勢いを増して降っています
いつか止む日はくるでしょうか
喉の渇きがおさまりません

「三日目」
息もできないほどの豪雨で
仕方なく岸辺に上がりました
今や川の中で生活している日々です
もう ずいぶん体も魚らしくなってきました
君は お変わりないですか
水辺で僕をみつけても
決して捕まえないでくださいね
君は魚が嫌いだから
そんな心配は無用かな
じゃあ、さよなら。


3▼夜粒

夜を一粒切り取って
そらの畑にまきました
僕はじょうろで月光を集め
水の代わりにしてやりました
夜はすくすく育ちます
薄闇の芽が出て蔓が伸び
月光を喜んで吸い取ります
そうして星が咲いた頃
月光はじょうろでは足りなくなり
夜粒はいつの間にか夜になって
僕は夜粒の世話をやめました
じょうろは未だに持っています
夜粒はもう実をつけたでしょうか
まだ夜は二つにはならないから
枯れてしまったのかもしれません


4▼失うこころ、咲く桜

あまりに水ばかり垂れるので
くしゃくしゃに、こころ絞りました
春風に当てて乾かしたら
ふうわりと空へ逃げました
僕はことり、と胸が痛んで
こころの風船追いかけました
夢中で走っているうちに
いつの間にかぽっかり胸に穴
なにやら暖かいので 見てみると
ぎっしり桜が詰まってました
気づかぬうちに穴は埋まって
こころは もはや小さな点です
こころの代わりに桜を入れて
僕はそのまま帰ったのです


5▼いつかの僕の夢

打てば鳴りそうなこんぺいとうに
いつかの夢をぶらさげました
眠れぬ夜に凍えても
決して寂しくないように

やがてつららが溶ける頃
こんぺいとうは消えました
落ちてきた いつかの僕の夢
拾って部屋に貼りました


6▼はるうらら

ふと
出かけたくなったので
読みかけの本
膝に置きました
しおり代わりに
嘘を挟んで
軽やかに
ドア開け放ちます
鍵はかけなくて
良いでしょう
少し
出かけるだけだから
嘘を挟んだ本は微かに
逃げるのか、と
つぶやきました


7▼月夜の天国

群青の空に
月が出ていた
レモン色の
まんまるい月
あれはなぁに、と
君が言うので
天国だよ、と
僕は答えた


8▼回送列車

あの回送列車に乗って
君の手も届かない場所へ行きたい
勝ちも負けも関係ない
隅っこに在る小さな場所へ
そう考える僕は
泣きそうな顔をしているのかな
夕暮れ
スーパーの袋から
白い葱をのぞかせてさ


9▼口笛を吹く余裕

口笛を吹く余裕はせめて
いつも残しておきましょう
両手の荷物が重くても
家路がどんなに遠くても

それは放課後のチャイムのように
君の心に響くでしょう
何も見えないと泣くよりは
君に力をくれるでしょう


10▼旅

寂しいと口にした時点で
もう旅ははじまっていた
終わりのないかなしみの
端っこまでずっと歩いてゆくような旅
そんな途方もない旅が
もうすでに始まってしまったんだ
自分でも知らない間に


11▼箱の中

月が高く昇った今夜も
凍えぬように目を閉じる
まるで孤独の水の中
眠りの音を聞きながら

まるで静かな箱の中
一人で寝るには広すぎる


12▼一粒の僕

君がどんどん
僕を切り取ってゆくので
ついに僕は
一粒だけになりました

海辺の砂のように
乾ききった一粒の僕
君は少し
ためらいながら
僕を道ばたに
そっと捨てました


13▼白

簡単にすむのなら
言葉なんていらない
分け合えるのなら
心なんていらない
何もかもを取り去った世界を
君は美しいと言えるのかな


14▼枯れた喉

うたを歌いたくて
仕方がないのに
旋律も何も出てきません
胸を震わせ 言いたいことを
あらわす術を持ちません
だから川原へ行きました
枯れた喉を潤すために
だから涙を流しました
枯れた心を潤すために


15▼洗濯の必要

痛みはたたんで隅に寄せ
汚れたこころは洗います
今日は晴れていますので
明日までには乾くでしょう

昨日も今日も洗濯日和
明日もずっと洗濯日和
必要なのは雨ではなくて
乾いた空気と洗剤です


16▼欠片だらけの君

硝子を強く
打ち合わせたら
どちらも割れて
無くなりました
光る欠片は
綺麗に見えて
僕の素肌を切りつけます
硝子は
君と僕でしょうか
光る欠片は
涙でしょうか
あの夜
僕が傷つけたから
君は
欠片を
流したのでしょうか


17▼ずっと

ずっと夜だと
思っていました
君が眠っていますので
夜は明けないと
思っていました
でも
ようやく朝日が
昇りそうで
明けない夜は
終わりそうです
そろそろ窓を
開けましょう
もうじき君も
起きる時間です


18▼幸福の王子

貧しい人に与えてください
この身に巣くう真心を
やさしい人に与えてください
この胸に棲む哀しみを

どれだけ嘘を重ねれば
明日に飛んでゆけるだろう
どれだけ君に与えれば
愛をこの身に受けるだろう


19▼冷凍庫には入れないで下さい

冷凍庫には
入れないで下さい

私は水気が多いので
すぐに凍ってしまいます
万が一冷凍庫に入れたなら
どうかそのまま出さないで
出したが最後 私は溶けて
後には何も残りませんゆえ


20▼白紙

顔の見えない教師が
問うた
本当に大事なものは
何でしょう
僕は答えが解らずに
冷たい机に突っ伏した
いつになっても
答えは出なくて
ふと気がつくと
教室は
誰も居なくなっていた

本当に大切なものは
何でしょう

僕は困って
その問いの
答えの余白を
ばらまいた


21▼かまいたち

身構える余裕はありませんでした
武器も持たない僕は
ただ
立ち止まって
傷付くのみです
不覚にも不意にやってくる
その悪意から
僕は未だに逃げられません


22▼甘く落ちるもの

冷たい世界で
傘差し眠る
甘い涙に濡れないように

涙は一晩降り続き
僕はしとどに濡れました
泣いていたのは僕でした
それを知るのに
そう時間はかかりませんでした


23▼蜂蜜ハニー

蜜のような甘い夢
咲く花のような明るい世界
蜂蜜ハニーは飛び回る
極彩色の希望を胸に

やがて世界が冷えきって
命が尽きるその前に
蜂蜜ハニーは飛び回る
羽ばたく羽があるうちに


24▼東京の夕暮れ

なぜでしょう
夕闇が迫るにつれて
僕の心は
空っぽになるんです
まるで
間違ってここに
迷い込んだような気分
本当の居場所が
他に在るような気分
そんな気分になるのは
冬の夕べに吹きすさぶ
空っ風のせいかも
しれません
さぁ早く
家に帰ろう


25▼はじまり

終わりは
冬の日暮れのように
いつでも突然
やってくる
涙を誘う匂いと共に
続く現実を
断ち切るように

それでも僕が挫けずに
その理を
受け入れるのは
暮れる終わりに
含まれる
始まりの予感の
せいでしょう
始まりの予感は
いつだって
僕に力をくれるから


26▼真珠貝

お湯の中の
砂糖のように
私の中の
嘘が溶ける
そうして
身の内につけられた
深い傷を埋めてゆく

私が眠っている間に
嘘が心を埋めてゆく
まるで海の泡のように
静かな冷たい感触で


27▼アイスクリーム

甘く冷たい幸福が
唇で溶け 消えてった
過去はいつでもねじれて浮かび
本当か嘘かも分からない
私は風を聞きながら
冷凍庫に幸福をしまう
それは静かな午後だった


28▼満たされず、強がり

夢中で見つめた
その後に
虚しくなって
目を逸らす
満たされたのだと
思ったら
全く心は からっぽで
それでも
全くからっぽな
僕は幸せなのでしょう
殻の心は軽くて硬い
飛ぶのに丁度良い重さ
助走なんてしなくても
すぐに両手を広げれば
あっと言う間に
あの空の
月までだって
飛べるのさ


29▼この心

ごみ箱があったなら
この心すぐに捨てるのに
歩いてもどこにも見当たらないから
仕方なく胸で飼っています
この心どんどん大きくなって
ついには私まで支配しそう
誰かごみ箱を持っている人は
私に申し出てください
さもなくばこの心消す方法
私に教えて下さいな


30▼きみの星

君が見つかりませんでした
寒くて寒くて真っ暗で
空には星が 流れていました
そのとき何気なく祈った星に
確かに君が居たのです


31▼広い世界の、たったひとつの

狭い世界で生きて居た
それがどれほど幸福なのか
知りもせず ただ生きて居た
ゆうべ ようやく目が醒めて
はじめて世界の広さを知った
はじめて知った広い世界は
重すぎるほど 続いてた
泣きたくなるほど 遠かった


32▼変化

変わってしまうのは
寂しいことなのかな
どうして変化を
素直に喜べないのだろう
変わらないものなんて
何一つないことを
本当は皆知っているのに
本当は皆ひとりだと
泣きたくなるほど
わかっているはずなのに


33▼星降る夜に

抗うべきものは
何もなく
ただ空気は
ゼリーのように重たい
もう空はあてもなく
暗く
寂しく灯る星が降る
雨のように
とめどなく
風のように
ささやかに

34▼無題

刻むほどに厚いものは
いつか何処かに置いてきた
泳がすほどに広い心は
とうに何処かに捨ててきた
空は冷たく 息は白く
今日は終わって流れ去る


35▼川

針を刺すよな寒さの中で
川辺を歩いていきました
時々流れにきらめく魚
白い息吐き眺めてました
どうせ明日も後悔だらけ
鉄柵にもたれ吐息する
タバコは吸うなと言われても
煙を吸わなきゃ潰される
日々の重さに
自分の呼吸に
生きていることの実感に

どうせ明日が来るだけなのに
夜が寂しいのは
何故でしょう


36▼どうしようか

どうしようか
お金もないし
君には何もあげられない
並んで笑っていようかな
せめて愛の言葉くらい
君に贈れるといいんだけど
私には愛が何なのか
まだよく解からないのです
君の欲しいものすらも
まだよく解からないのです


37▼無題

こんにちわ
さようなら
あっけないほどに人は別れ
後には消えない余白が残る
こんにちわ
さようなら
また会えたらいいですね


38▼いつか見た夢

空が蓋する夜の海
浜辺に光る貝の群れ
旅人は砂に腰降ろし
何かがくるのを待っていた
ああこれはいつか見た夢
いつまでも明けない夜の海に
朝を待つだけの一人の旅人


39▼いなくなったもの

心で大事に暖めた
丸い 小さな 感情は
いつのまにやら
泡と散り
跡形もなく 消えていた
夢の終わりのようだった
がらんと空いた心には
暖めるものが必要なので
鍵を開け放したまま
待ってます
丸い小さな感情が
また暖まりに戻るのを


40▼もしもこれが夢だったなら

もしこれが夢だったなら
また一から
やり直せるかな

仮定と疑問が
入り乱れて
私は目の前を見失う
ほんとうのものは
いつだって目の前に
あるのに
ちゃんと確認したことは
一度もない
目の前にあるのに
何もかもが

夢見たもの以外の
何もかもが


41▼内側

青い光に黒い影
ガラスの向こうに
散る落ち葉
夕日は悲しい光を帯びて
さよなら叫んで
堕ちてゆく
青い光に僕の影
夕空青く 月 白く
僕はいつまで
この部屋に?
扉はずっと開かない


42▼やどかり

殻を取り去った後の身は
あまりにも脆くて
さらさらと
砂に紛れて
消えてしまう
まるで見果てぬ夢のように


43▼街と夢

夜の街に出て
ネオンの中から
夢を探そうとした
入り組んだ道を歩いて
何度も信号を越えて

靴はしだいに傷付いていくのに
見つかるのは
嘘ばかりで
夢なんかどこにも無かった
空はもう薄青かった
仕方がないので
靴を一足
買って家に帰りました


44▼ツキ

昇った月よ 高々と
咲いた草花 照らしておくれ
闇に霞んでしまわぬように
冷たい光で照らしておくれ


45▼時化

膝を抱えて
死んでいきそうになる
溶けるような暗闇の中
たった一人で

心の檻に自分だけ閉じ込めて
荒れ狂う涙 知られないように
戦っている ずっと
雑踏に紛れていけるまで


46▼距離感

ふと 笑い声響き
人々は群れ
遠ざかる
私は語る 術すら持たず
青空を抱き 涙する


47▼デザートの時間

喉が乾いて 水を飲む
乾いた砂はどこまでも続き
見果てぬ果てに目眩する
鳥が鋭く羽根落とし
水をさらってゆきました
砂の地平はどこまで続く
見果てぬ果てに目を凝らす


48▼不動の自由

植物に 成りたい
土から水を吸い上げて
葉を繁らせたら
どこまでも伸びてゆける
水草のように浮遊して
いつまでも目を閉じて
朝には朝露
夜には夜露
動かずに居る自由が欲しい
植物になりたい
見上げた空に
焦がれるような


49▼南の島の少女

海の向こうが燃えていた
ごうごうと赤く燃えていた
浜辺の私は成す術もなく
ただ立ち上がり眺めてた
足の裏には 熱い砂
宵闇迫る 凪の海
炎は水平線を嘗め
空まで赤く染めてゆく
私はひとり砂を踏み
暮れゆく海を眺めてた


50▼選択の世界

道が二手に別れてた
川が両脇流れてた
僕はどちらも選べずに
乾いた道を眺めてた
渦巻く 川は 空映し
うつむく 僕は ただ虚しい
選ぶことに飽きていた
夢見る年は過ぎていた
ロクンロールみたいな
川の音
僕は そのまま飛び込んだ
ジャズポップみたいな
結末だ


51▼濁流

澄んだ水に足とられ
青空を背に泥に倒れた
起きあがろうともがいても
いつのまにか手足に枷
空はめまぐるしく動き
天気はすぐに変わってく
雷雨 強風 寒波に嵐
打ち捨てられた段ボール
いつのまにやら道路は川に
私は動けず沈んでく
言葉は気泡に変わるだけ
外の誰にも届かない


52▼世紀末の夕暮れ

夕暮れ
空が真っ赤で
町には水が溢れてた
雨上がりの夕暮れ
行き交う人は皆悲しげで
忘れ物をしたように足早に
水の上を歩いていく

黒く濡れた地面
煙った空は終末のようだった


53▼無味乾燥

薄っぺらいCDが
飛び飛びの音を奏でてる
手帳の予定は抜け抜けで
昨日以降なら空いてます
空に穴あけ 月覗く
うるさいCD止めもせず
隣つきぬけ 奇をてらう
粗い 夜の 闇 粒子
猛々しく狂う 深夜の緑
耳に栓して今宵も眠る


54▼アルバイター

氷を落とし 水注ぐ
喉が乾いてたまらない
洗剤落とし 床こする
汚れはなかなか落ちなくて
革靴で走り コップ割る
客に怒られ 詫び入れる
洗った灰皿 素早く戻す
帰る頃にはくたくたで
手にはいつでも火傷跡
夜空を見ながら 歌唄う
首をかしげて 星さがす
落ちない汚れで制服汚れ
泣くこともできず
ひとりで帰る


55▼ある雨の朝

空が暗い 君はいない
テレビに映るは砂嵐
雨が降る 木が揺れる
急いで箱に逃げ込んだ
箱は四方が壁だらけ
寒さは容易に染み込んで
箱はがらんと何もない
あるのは少しの灯りだけ