物語の作法 連句「水草生うの巻」第九句


■作品一覧

連句「水草生うの巻」第八句まで

水草生う水の深きを悲しまず 四方田犬彦
  ただひたすらに昇りゆく泡 寮美千子
碧い空街角ノイズ耳塞ぐ 高橋阿里紗
  光に溶けるバーガーの紙 小川美彩
私から差しだす右手つなぐ恋 竹野陽子
  フランス映画は理解できない 奥野美和
色彩を抱えたこども駈けだして 鈴木一業
  億万の蝶海峡を渡る 寮美千子

第九句候補

1. 網棚に置いた荷物に入れたきり 松永洋介
2. いつまでも私が私であるように 仲田純
3. 想い込め闇夜に灯るディスプレイ 杉本茅
4. ここまでは轍の跡が見えていた 松永洋介
5. 山頂のフラー・ドームの耐えた風雪 松永洋介
6. 屍に咲く道標匂い立ち 杉山千絵
7. じゃあまたねポツリ滲んだ晴れの日に 西浦多樹
8. 自由ならひとりぼっちで国もなく 小川美彩
9. 透き通る枯れ葉抱きしめ舞い上がり 杉山千絵
10. つやつやでさわれなかったゆで卵 奥野美和
11. 時空(とき)を超え地球は回る君の為に 横田裕子
12. 溶けだした氷の雫いつまでも 仲田純
13. 波の音風の音だけきこえてる 東條慎生
14. 走れないクラウチングの意味を教えて 奥野美和
15. ブロッコリー? 近くで見たら森だった 奥野美和
16. 星を待ち大気の底を泳ぐ歌 杉山千絵
17. 解けゆく迷路のかけら薔薇の中 西浦多樹
18. 舞い降りる翼の屑がひらひらと 東條慎生
19. 耳近く虫の音の風秋が来た 小川美彩
20. 目指しゆく遥か彼方に蜃気楼 横田裕子
21. 揺らぐ葉が切れ切れ飛んで彼方へと 東條慎生
22. 寄る辺なき語りにとかす砂時計 西浦多樹

■選句結果

第九句決定

水草生う水の深きを悲しまず 四方田犬彦
  ただひたすらに昇りゆく泡 寮美千子
碧い空街角ノイズ耳塞ぐ 高橋阿里紗
  光に溶けるバーガーの紙 小川美彩
私から差しだす右手つなぐ恋 竹野陽子
  フランス映画は理解できない 奥野美和
色彩を抱えたこども駈けだして 鈴木一業
  億万の蝶海峡を渡る 寮美千子
文庫本網棚の荷に入れたきり 松永洋介

投票結果

参加者がそれぞれ3句を選んだ結果の集計です。
選句の際には、作者名は伏せられていました。(⇒「物語の作法」掲示板の候補リスト

3点句

▼ 4. ここまでは轍の跡が見えていた   松永洋介
(選:西浦、杉本、仲田)
西浦:謎の句。どうにも気になってしまうのはやはり、「ここまでは」のせいか?(自問)すっきりした言葉遣いとイメージに好感。が、前の句に付いているのかどうか...
杉本:前句には、辛いけど希望に満ちている様子が感じられ、この句にもそれがあったから。
仲田:連句としての感覚は鋭いと思う。ただ言葉の順序やあとに付けづらいから惜しいと思う。

▼ 7. じゃあまたねポツリ滲んだ晴れの日に   西浦多樹
(選:奥野、杉山、仲田)
奥野:じゃあ、またねって、いつ、またが来るんだろう? 電車に乗り遅れたみたいな、さみしいきもち。でも、また電車は来るし、空は青いし、きっと、わたしは、まだまだ、まだまだ歩くんだろうなあ。
杉山:しあわせのなかにどうしても滲む哀しみ、強い思いといつも寄り添っている切なさを感じた。
仲田:爽やかでいて、億万の蝶という‘予言’と‘別れ’をたくみに醸し出している。

2点句

▼ 1. 網棚に置いた荷物に入れたきり   松永洋介
(選:鈴木、東條)
鈴木:前の句が夢のようで、ハッと目が醒めたのがこの句。また日常へ戻った。だが次に向かってゆく予感がある。
東條:壮大な風景から個人的な段階へ。海峡にかかる鉄橋なんかがイメージされていいと思います。

▼ 6. 屍に咲く道標匂い立ち   杉山千絵
(選:西浦、松永)
西浦:感覚が刺激される句。前の句との付き具合が良いのではないかと思う。美と死。生命の疾走の跡に生息し腐食し続ける道標。もはや待つものもなく。
松永:通る者のない、道のような道でないような道の脇に咲く花は、ひとつの旅の終わりであり、違う旅の道標。色彩を抱えたこどもの花とかぶるか。

▼ 8. 自由ならひとりぼっちで国もなく   小川美彩
(選:東條、仲田)
東條:海峡を渡る蝶との対比で、流浪する人間が浮かび上がると思います。
仲田:ふっと原点を感じさせる一句。時代感覚をも浮き彫りにした。

▼16. 星を待ち大気の底を泳ぐ歌   杉山千絵
(選:奥野、杉本)
奥野:渦巻きのなか、ひとりぼっち。でも、やっぱり、星を待つだけじゃ駄目なんだよなあ。つかまえなきゃ。
杉本:前句の緩やかに飛翔するイメージを引き継いで、ゆったりとたゆたい飛んでいる感じがしたから。

▼17. 解けゆく迷路のかけら薔薇の中   西浦多樹
(選:鈴木、杉山)
鈴木:大きな自然の情景から、薔薇に埋もれる虫の視点へ。別世界のようだがつながっていることに気付く。
杉山:薔薇の螺旋に吸い込まれるようで、くらくらした。

▼21. 揺らぐ葉が切れ切れ飛んで彼方へと   東條慎生
(選:奥野、松永)
奥野:きれいな緑。いろんなことがあったけれど、また、みんな帰っていくんだね。ゆらゆらゆらゆら揺れていたけれど、風に乗っていこう。飛び乗ろう。
松永:意志ではなく風に一枚また一枚と運び去られる葉。蝶の群とイメージが近すぎるけど、視点は個別のところへ移っている。

▼22. 寄る辺なき語りにとかす砂時計   西浦多樹
(選:杉本、杉山)
杉本:よくわからないけど、何となく。
杉山:いつまでも打ち寄せては返す波のように、閉ざされた冬の間、夜毎語られる物語のように、時間が融けてしまったような時間を過ごした記憶が蘇ってあたたかくなった。

1点句

▼13. 波の音風の音だけきこえてる   東條慎生
鈴木:全てが去った静けさ。嘘のような。台風一過の青空のような。そこから次が生まれてくるはずで。

▼15. ブロッコリー? 近くで見たら森だった   奥野美和
松永:億万の蝶のフラクタル状のざわめきが、植物の表面の整然としたノイズへと移行する。移動先の視点はミクロかマクロか。

▼19. 耳近く虫の音の風秋が来た   小川美彩
西浦:煌びやかな前の句をさらっと身近な季節感で受けているところが良いと思う。広がっていた感覚がぐっと一点に集中する、その感覚を生むのもいい。

▼20. 目指しゆく遥か彼方に蜃気楼   横田裕子
東條:向かう先にそびえる、歪んだ景色が浮かびます。海つながりでいいのではないかと。ただ、光の要素が入ってますね。