物語の作法・課題2 杉山千絵(2)

花おじさん

駅前のロータリー沿いのくるっと曲がった歩道の、くるっとしたところ。
おじさんは、いつもそこにいた。
冬でも裸足で、やさしく窪んだ目の色は、すこし濁っていた。
おじさんは、たいてい歩道の方を向いて座っている。
忙しく行き交う人たちを、見ているようで、見ていないようで。
その表情は、どんな感情も表れていないような、どんな感情もごちゃ混ぜになったようなものだった。
おじさんは、あまり眠らない。
夜でも、静かに座っていることが多い。
たまに眠くなると、アンモナイトみたいに丸くなって眠る。
まるまってまるまって、ぐるぐるぐるぐるまわって、
とても遠くを夢に見る。

その日の朝、おじさんはいつもの場所で、けれど、いつもと違って、
歩道に背を向けて、立っていた。
ロータリーの真ん中に植えられている木が、剪定されているのを見ているようだった。
夜になっても、おじさんは同じ姿で立ち続けていた。
木は、前の年に伸びた枝をすっかり切り落とされて、丸くこんもりと整えられていた。
切り落とされた枝は、いつものおじさんの場所に積まれていた。

おじさんは、切り落とされた若い枝を持って、ゆっくりと、
まるで、そこしか歩けないほど細い道を渡っているように、ゆらゆらと、歩いていった。
そうして、木の前まで来ると、手に持った枝を木に差しはじめた。
頭をそっとなでて慰める時のような、やさしくて、やわらかくて、胸が苦しくなるような仕草で。
おじさんは、そうやって、切り落とされた枝を1本ずつ運んでいった。
その様子は、まるで踊っているようで、
踊りながら、泣いているようにも、笑っているようにも見えるおじさんは、とてもきれいで、
それは、もう、まともに見ていられないくらいだった。

次の朝、おじさんは、いつものように歩道を向いて座っていた。
目を閉じて、眠るように笑っていた。
その背中の向こうで、あの木が花を咲かせていた。
まだ冬の匂いの残る、きりきりとした朝だった。