物語の作法・課題2 仲田純(1)

まちに 記号 がやってきた

 よのなかの ものが ぜんぶ 記号化 される日が やってきました。

『ひとは どうしたら しあわせに なるか』 よのなかの てつがくしゃは
かんがえました。
 いままでの 記号というのは、いわゆる ★(おほしさま) 〓(おてんとさま)
みたいに かんたんに  だれでも かけるように したものです。このたびのは
めのまえに あるもの そのものが 記号になります。

 記号化しよう という かんがえは ずっとずっと むかしから あったのですが、
べつに そんなに あわてて やる ことは なかったので、ひとびとは
ゆったりと めに うつる オレンジイロの おてんとさまが おちてゆく すがたを
見たり、ちいさな ボウケンごっこ は あるく たびに いろいろな 虫や
いろいろな ヨウセイを 見たりすることが できました。

 このころには すこしの 記号化 された ものたち が いました。といっても
おおくの ひとが きらう ような へび や クモ あるいは いえの中に
げんてい された ゴキブリ などが 記号化 されているだけで ボウケン家も
まちの ひとびとも なにも ふじゆう なく くらしていました。
 ……しかし、このたび すべてが 記号化 されると きいて あるいは 記号化
された ことば をみて まちじゅうの ひとびとは それはそれは もう
たいへんな さわぎよう です。いえ ひとびとだけに とどまらず ちきゅうに
すむ むしたちや 木々 あるいは そこらへんに ころがっている いしころたちも
たいへんな さわぎようです。

「ねー 記号化って、なーに?」 空を飛んでいる とりのこどもが おやどりに
たずねました。
「『記号化』っていうのはね、目にうつる ものの うごきかたを カンタンに
してしまう ことなのよ。」
「ふーん、ねー ボクが 記号に なったら どーなるの?」
「そーねー わたしたちは つばさ だけに なっちゃうわね。」
「へー」
 ……ソノトオリ。
 トリたちは みんな つばさに なるのです。
 トリのおやこは ものごとを わかっていました。
つぎに ぞうのおやこが やってきました。
「ねー とーちゃん。ボクたちが 記号に なったら どーなるの?」
「うーん、そーだなー からだが いまより かるくなるぞ きっと。」
「ふーん」
 ……チガイマス。
 めにうつる ものが カンタンに なるからといって たいじゅうは かわりません。
ぞうのおやこは ものごとを わかっていない ようです。
 つぎに スカンクの おやこが やってきました。
「ねー おにいちゃん。わたしたち 記号に なるんだって。」
「あー しってるよ。」
「ねー おかあさん ワタシたちが 記号に なったら どーなるの?」
「そーねー わたしたちは いー においに なれるわね、きっと。」
 ……チガイマス。
 スカンクの ゆめは かないません。スカンクの においは コンピュータが
きらうので 記号になりません。スカンクが にげるときに はなつ あの
においは スカンクたちにとって こうばしく とても すばらしいのですが……。

 さて、いよいよ 記号化される ときが やってきました。30分 にわたる
 まちびと まちおさ まちせんにん の はなしを おえて まち小人 の手に
よって 記号化コンピュータの ボタンが おされました。まずは 空ボタンです。

 記号化 されていく いっせいの 空もようの ひろがりに まちの ひとびとは
おくちを おーきく まるく ほっぺを りんごのあかで みとれています。とりは
みんな つばさ になり、おひさまや おつきさまも かわいらしい 記号
になりました。つぎに 大地ボタン をおしました。でっかな ちきゅうが
記号化されると いっしょに ちきゅうに のっかっている どうぶつたちや 木々も
すべて きごうに なりました。どうぶつたちは みつめあっています。

 のこされた ボタンは あと1つ。ひとボタンです。
 この ひとボタンは コンピュータが もっとも なやんでできた ボタンでした。
大地ボタンとは べつに とくべつに できたボタンです。
 ひとびとは いまかいまかと まちくたびれている ようすです。しかし
まちのひとびとは じぶんたちが どんな 記号になるのか まったく しりません。
しかし いちにも はやく 記号になりたい ひとびとは ついに コンピュータの
おかれている まちの たかだいを とりかこみました。ひとの ひとの
汗と胸のドキドキで たかだいは熱気に つつまれました。

 そんな、熱気をきらったコンピュータ。にげようとして あしをすべらせ
丘の上から ゴットン ゴットン おちました。そんな ひょうしで ボタンが
おされ ひとは みてみるうちに 記号化 されて いきました。
 まっしろお顔に もじゃもじゃカミノケ。りんご おひとつ おハナにのせて
ほっぺたうえに おてんと おつきが おちました。それは まるで
ピエロのようです。たがいに まちの ひとびとが みつめ あったら 笑いが
おこり 笑って 笑って とまりません。ついに わた しもワラッテ し ま い、
はなしが なかな か 話せません。
「あなたはピエロ? わたしもピエロ。」
目の下に お水がひとつぶおちました。