ハルモニア 夢の標本箱2001


A-1

永久燐寸

燐寸箱を開くと、
きれいな子どもがでてきて、
両手にもった星を打ち合わせ、
火を起こしてくれる。
一点の曇りもなく信じる者にのみ、
永久に使用可能。


A-2

ロボットのピンバッジ

宇宙植民地にあったラジオスターレストランの
給仕ロボット「ラグ」のピンバッジ。
お子さまランチのおまけにつけられた。
ラグは、同レストランの人気者。
当時このバッジ欲しさに、
植民地の子どもたちはひとり残らず、
このレストランを訪れたという。


A-3

ハーモニウムの商標

新月の夜、野原に行くと、空中に光る物が浮いていた。
近づいて見ると「スター・ハーモニウム」と書かれた商標だった。
果実をもぐように、それを空中からもぐと、
流れ星がひとつ、光の尾を引くようにして流れた。
それを合図に、音楽が聴こえてきた。
微かな、妙なる音色。星々が軌道をめぐる音だろうか。
そう思って空を見上げると、星の一つ一つが、
きらびやかな音楽をいっぺんに奏で、
それが全体でひとつの巨きな音楽になって、
天蓋いっぱいに響いた。


A-4

インドの眼薬

瓶の中の黒い粉を目に入れると、強烈な薄荷がしみて、
後から後から涙が流れる。あまりの痛さに眼をこすると、
はらはらと半透明の固い鱗が剥がれおちてくる。
古い文献によると、ひとりで左右合計して
弐千壱枚もの鱗を落とした人がいたという。
鱗が落ちたあと、世界がどんなふうに見えるか。
誰もがまず「言葉を失う」ところからはじまるので、
それは、伝わっていない。


A-5

詩人の壺

満月の晩、壺に大切な言葉をささやき、蓋をする。
次の満月の晩、月光の中で壺を開けると、
言葉は、すっかり熟成して流れでてくる。
月の一巡りの間、言葉は貝の螺旋をこだましながら往還し、
その無数の往還のなかで、
美しい言葉にはさらに磨きがかかり、
無駄に思えた言葉まで、
馥郁とした香りを放つようになるからだ。
とある高名な詩人が所有していた、という噂もある。


A-6

猫鯨

彼の国のとある猫は、
ある日思い立って海へ帰り、やがて鯨となった。
櫛の歯のように見えるのは、猫鯨のひげ。
これで海水を漉してプランクトンを食べる。
海へ帰ったいまも、らんらんと光る眼だけは変わらない。


A-7

貝の舟

もちろんアフロディテは海の泡から生まれた。
貝の舟で上陸した。まばゆいほどに美しかった。
けれども、その貝の舟は、こんなに小さかったのだ。
アフロディテは、そのまま東洋へ渡って、竹に隠れたとも、
そのまま西洋にいて、花に隠れ棲んだともいわれている。
いずれにしても、アフロディテは未だ行方不明。
ひょっとしたら、あなたの隣りにいるかもしれない。


A-8

方解石

この石を通して見ると、
光が複屈折して物が二重に見える。
といわれているが、
実は、物はすべて、ぴったり同じように見えて、
まったく逆の二つのものが、一つに合わさってできている。
方解石は、それを暴いて見せるだけ。
これを通してみたら、きっと見える。
天使のようなあなたと、
悪魔のようなあなたが。


B-1

微恐竜の頭蓋骨

実物。つまり、これが実物大。
人類は、琥珀の中の蚊の体内の血から恐竜の遺伝子を抽出。
遺伝子操作により、超小型の恐竜を作ることに成功した。
微恐竜と呼ばれたこの恐竜は、ペットとして人気を呼んだが、
遺棄されたり逃げたりして、自然に戻ったものが異常繁殖。
生態系を破壊するきっかけとなった。
これが原因で、人類は滅びたと推測される。


B-2

惑星の卵

どんな惑星も美しい卵のようだが、
実は、ほんとうに卵なのだ。
惑星を産む鳥は、
恐竜のように巨大化し続けた鳥の末裔。
惑星よりも長生きなのはいうまでもない。
いまも、宇宙のどこかでゆっくりとはばたいている。
これは、進化する前の、まだ小さな惑星の卵。


B-3

砂漠の仏像

砂漠に埋もれた古代の都市の、
仏塔のなかに納められていた小さな仏の像。
その都市の、まだ砂に埋もれている壁に、
あなたにそっくりの人の顔が描かれていることを、
あなたは知らない。
知らないままに、あなたは、
小さな仏像を眺めている。
通りすがりの人の眼差しで。


B-4

暴れ石

この石は一見温厚に見えますが、
暴れるので、縛ってあります。
紐をはずすと、大変危険なので、
絶対にはずさないでください。


B-5

真珠の実

「桃栗三年柿八年、真珠は百年すぐ百年。
なりはじめの年はふたつみっつ。
けれども百一年目から、この木に実るどんぐりは、
みんな真珠になるんだよ」
木を見上げてそういった祖母は、その冬、この世を去った。
それから、何年経っただろう。
すでに父母も他界し、この秋、古い家を取り壊すことになった。
伐り倒した木の枝がきらりと光った。
見ると、こんな実がなっていた。


B-6

少年少女

のっぽの少年は
リボンの少女に、
片思い。


B-7

眼珠壺

右は、
魚の眼球を入れておくと、真珠に変える壺。
左は、
真珠を入れておくと、魚の眼球に変える壺。
眼球と真珠、
常に同じ数ずついれて、同時に使用すること。


B-8

月の糸巻き

月は蚕の繭だという言い伝えがある。
繭はだんだんと大きくなり、やがてまん丸い繭になる。
すると、月の織り姫がやってきて、繭をほどいて糸を取る。
繭がすっかりなくなってしまうまでほどくと、
織り姫は繭の糸で機織りをはじめる。
機を織っているあいだ、蚕は一心に糸を吐いて繭をつくる。
けれども、それができあがった頃、
また織り姫がやって来るのだ。


C-1

ペガサスの羽根

両手で持って目を閉じ、
額にかざして、強く願うと、
恋人のところへ心を飛ばすことができる。
どんなに遠く離れていても、瞬時に。


C-2

未来の記憶

宇宙植民地にあったラジオスターレストランの
給仕ロボット「ラグ」の部品。
胸のところについていた灯。
この深い森の緑と、
もう一色、深い海の青があったというが、
青は失われてしまった。


C-3

月迷宮の玉砂利

光によって色が変わる月の石英でできた玉砂利。
この玉砂利を通して見ると、
現世にぴったりと重なった
もうひとつの世界が見えてくる。


C-4

霧の舟

濃い霧が出ると、
霧の海を、小さな舟がやってくる。
霧の中、何百、何千という舟が空を漕ぎ渡って、
また霧の彼方へと消える。
舟歌が、霧の間に間に、切れ切れに流れてくる。
ごく単純な美しい旋律。
一度聴いたら、絶対に忘れられない歌。
けれど、その歌を決して口ずさんではいけない。
霧にさらわれてしまうから。


C-5

ゼンマイ仕掛けの蝶

これはその部品ではない。
種である。
これを土に埋めると、
やがて芽が出て、花が咲き、固い実がみのり、
その実がはじけて、ゼンマイ仕掛けの蝶が飛びだす。
ただし、正しい月の形、正しい月の方角、
正しい月の高さの折に埋めないと、
決して芽を出すことはない。
その取り扱い説明書は失われてしまった。


C-6

涙壺

哀しさに比例して、涙は増殖する。
蜜蝋によって、
ここに封じ込められているのは、
海のように深い哀しみの涙。
封を開けるとたちまち海が溢れてくるので、
決して蓋をあけないこと。


C-7

石の書物

一見、石ころに見えるが、実は書物。
薄く割れるようにはがれる頁ごとに、
世界創世の秘密が記されているが、
光に晒されたとたんに、字は消えてしまう。


C-8

天国への郵便

住所さえわかれば、天国にも手紙は着く。
けれども、困ったことに、
その住所がわからないのだ。
死んだ猫メイの迷子札。
天国では道に迷わないから、
もういらないよと返してくれた。
落ち着いたら連絡するよといったきり、
まだ連絡がこない。
メイ、早く、新しい住所を教えてよ。


D-1

星砂

南の島の海岸にある星の形をした砂。
あれは有孔虫っていう生き物の殻だっていうけれど、
なかには、ただの砂もある。
砂が、星を見て、ちょっぴり憧れて、
星の真似をしてみたのも、混じっているんだ。
きみ、笑ったりしちゃいけないよ。
砂としては、大真面目なんだから。


D-2

逆さま鉛筆

ほんとうのことを書こうとすると、
嘘を、
嘘を書こうとすると、
ほんとうのことを書いてしまう鉛筆。


D-3

銀河魚の骨

山頂から発見されたからといって、
それが山のものだとは限らない。
遠い昔、そこは海だったかもしれないからだ。
だとしたら、かつてそこが
星に届く天空の世界ではなかったと、誰がいえるだろう。
これは、銀河を泳ぐ魚の骨、
と言い伝えられている。


D-4

シャンデリアの鉛硝子

植民地時代のインドで使用されたシャンデリアの鉛硝子。
光を乱反射させる一方で、光の一部を内部に留め、
ごくゆっくりと通過させる性質がある。
硝子に閉じこめられていた遠い日の舞踏会の光景が、
時折ふっと映じるのは、そのため。
それは、ほぼ百年をかけて通過した光が
飛びだす瞬間でもある。


D-5

三つの硝子杯

新月の晩に、ごく小さな水晶の結晶を入れ、
その翌日から満月の晩まで、一晩も欠けずに月光に晒すと、
月光が露となって水晶に結び、縁いっぱいまで溜まる。
常に三ついっしょに使うこと。
結晶の形と純度によって、月光露の味が変わる。


D-6

輪廻の輪の模型

哲学すると、世界は必ずこういう形になる、
とおじいさんはいった。


D-7

空の記憶

渚に漂着した、彼の国の鳥の翼の骨。
目を閉じて触ると、
鳥が見た空の風景が見える。


D-8

青い魔法使いの石鹸

スコットランドの古いホテルに泊まったとき、
月の光を固めて作った石鹸だといってもらった。
これで念入りに身体を洗うと、
皮膚がぼうっと月光のように光るという。
ただし、一晩だけ、
自分以外に見ている者がいない時に限る。


E-1

星のかけら

かつて、星だった者、
流れ星となって降り注いできた者たちが、
いま、渚の磨り硝子になって、
空を見ている。


E-2

魚の化石

ある晩、魚はいった。
「どの一頁だって、世界の秘密が描かれた絵本なんだよ。
ただ人が読めないだけさ。ほんとうの子どもじゃないから」
そういって、空に泳ぎだした魚。
目が覚めると、まっ白な石板だけが残っていた。


E-3

双子の腕輪

古来インドには、夫が死ぬと妻は腕輪を割ってはずし、
柩に入れて弔う習慣があるという。
そのような由来の腕輪が、なぜ再生され売られているのか。
「双子の腕輪」だと、店主はいった。
双子に嫁いだ双子が、奇しくも同じ日に夫を失ったという。
「偶然ではありません。一人の人が光と影の二人になって
この世に生まれてしまったので、同じ運命を生きたのです」
どちらが光の腕輪で、どちらが影の腕輪か、
わたしには見分けがつかない。


E-4

陶片

波打ち際の陶片。
一見、何の脈絡もなく
打ちあげられたように見えるが、
それを集めて正しく並べると、
ひとつの大きな絵になる。
それが、幻の国への地図だ。


E-5

京紅

唇に重ねてさして、
玉虫色に光る紅。
その唇からこぼれだす
玉虫色の偽りも、
はんなり香る夢になる。


E-6

黄色い蝋燭

ある経文を唱えながら、指先に一滴落とすだけで、
落とされた人は、完璧な蝋人形になるという泰国の蝋燭。
自らの美しさを絶頂で留めたい人、
美少年を標本にして蒐集する人、
憎き恋敵や不実な恋人を蝋人形にしようとする人など、
この蝋を求める人は後を絶たない。
老僧は気前良く蝋燭を分けてくれるが、経文は門外不出。
僧の直弟子にしか伝授されない。
しかも僧は、弟子を取らないのだ。


E-7

痕跡器官としての羽根

その国では、生まれたばかりの赤ん坊は、
みんな背中に小さな一対の羽根を持っている。
痕跡器官としてのその羽根は
赤ん坊が産声をあげた瞬間に消えてしまう。
これは、生まれ落ちてから産声をあげるまでの
ほんの一瞬をとらえて型取りした羽根の模型。


E-8

月迷宮の玉座

月の王女は、いつでも螺旋の果てに座していて、
だれともで謁見するつもりでいる。
けれども、王女に逢うためには、
永遠の道のりを行く、永遠の時間が必要。
永遠の一瞬が、
一瞬の永遠であることを理解した者だけが、
王女にまみえることができる。


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