寮美千子ホームページ ハルモニア Cafe Lumiere (No.0009)

寮美千子/軽い話題の掲示板

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  リトミカオスティナート 2002年06月05日(水)20時47分32秒 http://www.pci.co.jp/~moriwaki/ryu/

● リトさんへ

今、雷の音と共に伊福部さんの音楽を初めて聞いています。

日本の風土の内で生まれた普遍的な宇宙間に心が通低し、幸せな気持ちで一杯です。

ありがとう。一番好きだったのは「ピアノと管弦楽のためのリトミカオスティナート」

でした。夢野久作も大好きな作家で、僕の若い頃に全作品を読みました。

●勇崎さんへ

僕はもう34年位東京に住んでいますが、恵比須に行ったのは先日が二度目なんです

よ。そこで勇崎さんにバッタリと出会うとは、しかもダンサーのアナ・マリアと一緒の

時に! 勇崎愛子さんがバレーダンサーだった事が磁場を生じさせたとしか思えませ

ん。 おそらく何時か僕は北海道に引き寄せられるんだろうな〜。沖縄にもね〜。




寮美千子  あらゆる透明な幽霊の複合体 2002年06月05日(水)02時33分10秒 http://ryomichico.net
▼Review Lunatique:青いナムジル/2稿 へのコメント


鳥海さま。学会で発表を控えた忙しい時期、大阪でのイベントの企画から実行まで、なにもかもありがとうございました。学会からも戻ってお疲れのところ、さっそくレポート載せてくださってありがとう。鳥海さんのスーパー・パワーに甘えて、なにもかもしてもらっているわたしです。感謝しています。


大阪でのイベントのタイトルにもなった『草の海 星の海』という言葉は、いま制作中の絵本『青いナムジル(仮題)』からとったもの。モンゴルの写真を撮られている赤阪友昭さんのスライドと、トゥバの民族音楽の演奏家である等々力政彦さんとのコラボレーションでした。モンゴルへの2週間の旅から戻ったばかりという等々力さんからは、おおらかな大地の匂いを強く感じることができました。赤阪さんのスライドは、朗読していたのでよく見られなかったのが残念。こんどぜひ、ゆっくり見たい。


この『青いナムジル』の制作にはじめから力を貸してくださっているのが、和光大学の非常勤講師であり、モンゴル相撲のチャンピオンでもあるバー・ボルドーさんです。ボルドーさんの授業がある昨日、大学でお目にかかって、いろいろと相談に乗ってもらいました。ボルドーさんが、博士論文の審査を来週に控えていらっしゃるお忙しい身と知ったのは、別れ際。そんな忙しいときに、こんなに親身になっていろいろ話してくださったと知り、感動。どこかのだれかにそっくり。ほら、学会があるのに張り切っちゃう人に。


第2稿を発表したところ、あるモンゴル研究者の方が、ご意見を寄せてくださいました。「モンゴルを見ずしてモンゴルを語るなかれ」という手厳しいご意見ですが、確かにその通りです。自分の姿勢を問い直され、もう一度、自分と「民話」との距離を考え直すよいきっかけになりました。感謝します。


そんなふうに、多くの人の力を借りて走っているわたしです。みんなに感謝せずにはいられません。こういうふうにしていると「わたし」という境界線が、だんだん薄れていくようにも思うのです。わたしは、わたしであって、わたしだけのわたしじゃない。わたしはある意味「道具」といったらヘンだけれども、わたしという器にみんなが何かを盛ることで、そこに新しい料理が生まれる。それを、みんなに喜んでもらえる。(時には怒る人もいますが)。なんだか、そんな気がしてきます。


考えてみたら、他者との関わり、というだけじゃなくて、ほとんどの体験が外部からやってくる。本を読んでも、何を見ても、感じても。つきつめれば「痛み」というような自分の内部からの信号も、やっぱりわたし自身とういうより、わたしの体、というものからうけとった情報のひとつ。そうやって受け取った体験の総体のなかで、わたしはわたしであり、わたしとしての創作を再構成するのだなあ、と思うのです。
わたくしという現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈な失はれ)  >宮澤賢治「春と修羅」序 より

だからきっと人は、自分で死んだりしちゃいけないのかもしれない。わたしを殺すことは、わたしのなかの無数の他者を、わたしを育ててくれた無数の命を殺すことになるから。自分を大切にするっていうことは、他者を大切にすることと同じなのかもしれない。そんなふうにも思いました。


もう、何度も書いたけれど、子どものころに聞いた「天国と地獄」の話。天国も地獄も同じ。目の前に山盛りのごちそうがあり、ながーいお箸がある。その箸で自分の口に食べ物を入れようとしているのが地獄。少しも食べられなくて、ごちそうを目の前に飢えてしまう。反対に、他人の口に食べ物を放り込んでいるのが天国。


仕事でも何でも「してやってる」「させられてる」じゃなくて「やりたくてしてる」だといいなあ。そんなふうに、人から何かしてもらったら、当然ありがたい。そのありがたい気持ちを、なんとかお返ししたいと思う。自分ができる精一杯のことをして。そんなふうに、お互いがお互いを助けあい、育てあう。言葉にするとクサくなって、なんだか仏教説話みたいだなあ。でも、そう思うのです。


先日見た伊勢真一監督の最新作のドキュメント映画「ぴぐれっと」も、そんなことをいろいろと考える映画でした。奈良の福祉施設「たんぽぽの家」にいった直後だったので、障害児たちの表情が、いっそう心に迫りました。見ると、明るくなって肩の力が抜ける、いい映画です。その話も、こんどゆっくりしたいと思います。では。

鳥海  遅ればせながら「草の海 星の海 幻燈会」 2002年06月04日(火)07時44分10秒 http://6004.teacup.com/michio/bbs

SETLIST 5/25/2002,大阪 ぎゃらりー赤阪商店

第1部
1.等々力政彦ライブ(Igil &Khoomei)
2.赤阪友昭スライドストーリー
3.赤阪友昭スライドライブ(with 等々力)
第2部
1.佐藤ふくみスライドライブ(Violin&Slide)
-----寮美千子登場
2.都市の記憶(Voice Solo)
3.Summmer in the city
4.City Scape
5.父は空 母は大地(with 等々力)
-----作品解説
6.青いナムジル(with 等々力,赤阪)
7.星の魚(with 等々力,赤阪)
8.彼方
9.やさしい夜に

1週間前にパソコンに向かってうとうとしながら、
貴掲示板に幻燈会の御礼を投稿したような記憶があるのですが、
投稿されていない現状からすると、あれは夢だったのかもしれません。
お礼を言えないままに1週間が経ってしまいました。

この場をお借りして会場に足を運んでいただいた皆様方へ心よりお礼を。
座席が窮屈であり、しかも、スライド投影機の近くの方々は、
リーディングの声が聞こえにくかったことと思います。
それにも関わらず、最後まで協力的に雰囲気を作ってくださって、ありがとうございました。

出演者の方々のご紹介を兼ねてお礼を。
第2部オープニングアクトで都市生活を映し出してくれた佐藤ふくみさん。
小長老こと本多信介さんが4月に共演された架空楽団のヴァイオリニストです。
スライドに息吹を与え、言葉に浮力をつけてくれた等々力さん。
西モンゴルから帰国されて間もなくの演奏でした。
すでに写真家でありながら、そのカテゴリーに納まり切らない赤阪さん。
ご結婚を2週間後に控えられていました。
詩人にして、演出家にして、女優なのです、寮さんって。
打ち合わせ時の、寮さんの演出があったからこそ、
音楽、スライド、言葉が、一体感をもって提供できたのではないかと思います。

最後になりましたが、こちらでお見かけする方々にもお礼を。
松永さん、設営に準備に撮影に、ご協力いただきありがとうございました。
横田さん、差し入れを届けてくださってありがとうございました。
稗田さん、企画当初から当日まで強力にお手伝いいただきありがとうございました。
ちえちゃん、遠方からお越しいただいた上に、料理のお手伝いをしてくれてありがとう。

翌日、寮さんと等々力さんの作品とを当方に紹介してくれた友人が、
山の辺の道の起点に位置する某神社で結婚式を挙げました。
その友人とたきちゃんにも、ありがとう、そして、おめでとう。

当方が初めて購入したリーディングのCDは「雪のひとひら」でした。
矢川澄子さんによる翻訳テキストが、
矢野顕子さんとピーター・ガブリエルによって朗読されるものです。
リーディングの魅力と、誰かと一緒に生活することの意味とを教えてくれました、「雪のひとひら」。
それでも、なお、矢川さんの言葉は私の心に深く濃く染み付いています。

勇崎哲史  レポート期待 2002年06月04日(火)03時52分58秒
6月8日(土)岡本太郎美術館のワークショップに参加! へのコメント

レポート期待してます。
同日僕は、帯広での岡本太郎「縄文展」に行ってきます。

松永洋介  6月8日(土)岡本太郎美術館のワークショップに参加! 2002年06月04日(火)03時11分22秒 http://www.ceres.dti.ne.jp/~ysk/

今週の土曜日、岡本太郎美術館で開催中の「ゴジラの時代 SINCE GODZILLA」展を見に行きます。

当日はヤノベケンジさんと品田冬樹さんによるワークショップが予定されていて、ぼくはそれに参加することにしました。
ヤノベさんは、Cafe Lunatiqueでも話題の現代美術作家。品田さんは、映画撮影用の怪獣とかを手がける造形作家。今年の正月のゴジラもつくりました。

ワークショップは12時半からの4時間。興味と体力のあるかたはごいっしょにいかがでしょうか。
参加には、事前の申込みが必要です。

▼ワークショップ詳細
http://www.h5.dion.ne.jp/~leopage/godzilla/index.html#event
「対ゴジラ新怪獣創造計画・あなたの中の怪獣を呼び覚ませ」
場所:岡本太郎美術館 創作アトリエ
講師:品田冬樹、ヤノベケンジ
日時:6月8日(土)12:30から4:30まで
   6月9日(日)12:30から4:30まで
対象:10歳以上の方(両日とも)
定員:6月8、9日とも25人
内容:1.会場で講師から怪獣についてレクチャーを受ける
   2.ゴジラと闘う怪獣のイメージを描く
応募:岡本太郎美術館へ電話でお申し込み下さい(電話:044−900−9898)
   8日、9日とも6月7日17:00締め切りです。
   二日間の連続受講はできません。
料金:300円(材料費として、当日徴収)
賞:館長賞、富山賞、品田賞、ヤノベ賞
  入賞作品はヤノベケンジ、品田冬樹によって立体像形作品になります。
  尚、造形作品はヤノベケンジ、品田冬樹の所蔵となります。
展示:7月2日から7月28日までギャラリーにて展示します。
定員は25名となっています。2日の16:30現在、まだ数人の空きがありました。

↓岡本太郎美術館へのアクセス

http://www.city.kawasaki.jp/mus/TARO/d_7.htm

大長老  フォークロア 2002年06月04日(火)03時02分24秒
▼Review Lunatique:怪奇亀洗い女/都市伝説はこうして生まれる……かも? へのコメント

寮先生はまさに「カメ洗い弁天」でもありまする。

寮美千子  光さざめく地上の星 2002年06月04日(火)00時29分15秒 http://ryomichico.net
追悼:孤独のうちに星になっていく人たち へのコメント

>私の初めての絵本に訳文を書いて下さった人。
>その本がきっかけで絵を描く今の私は存在しています。 by パルステラさん

パルステラさんと矢川澄子さんがいっしょにお仕事をしていたことは知っていたので、
さぞかしご心痛だろうと案じていました。
矢川さんとのとっておきの思い出、語ってくださってありがとう。
突然遠くへ去ってしまった人のことは、語っても語っても語り足りない。
あの人、こんなだったよ、こんな話をしていたよと、
そんな話をいくらでも心が欲しがります。
ことに、この世界を自ら断ち切るようにして逝ってしまった人のことは、
どうしても心に納まりきらなくて、何度でも何度でも、その理不尽を反芻してしまう。
きのうも、一昨日も、わたしは何度も何度も、
相棒と矢川さんの話をしてしまいました。
受けとめきることなんかできないとわかっていても、やっぱりそうしてしまう。
だから、パルステラさんが話してくれたこと、心にしみました。

おどろくほどのびやかな絵を描いてわたしたちを驚かせた橋本淳子さんも、
だれにも会わずにひっそりと去っていってしまいました。
晴れた朝に黒枠の葉書がついて、まさかあの淳子さんだとは思えなかった。
近くにいたのに、病気だということすら知らずにいた自分がふがいなかったです。
何ひとつ力になれなかった自分が情けなく、いまも情けない。

パルステラさんが「元気になったらいっしょに自転車で走ろうね」と
淳子さんにいったという話を、いつもいつも思い出します。
川の縁のサイクリンロードを走るたび、いつもいつも。
甘い風が、よけいに切ない。

silicaさん「長生きしてね」っていってくれて、ありがとう。
長生きなんてかっこわるいって、昔は思っていたけれど、いまはそう思わない。
長生きは美しい。
いや、美しく長生きしたい。
作曲家の伊福部昭氏の米寿を祝う会に出て、さらにそう思うようになりました。
あそこには、光が満ちていた。やわらかな光が。
伊福部さんがそこにいるというそのことが、
そこに居合わせた人がみんなをしあわせにした。
命とは、そのように美しくやさしいものだと、わたしは学ばせてもらいました。
あんなふうに、人をしあわせにするような歳の取りかたをしたい。

みんなみんな、そういうふうに歳をとろうね。
一足先に去っていってしまった人々のこと、なるべく長く覚えていられるよう、
うんとたくさん、歳をとろう。

パルステラさん。たまには顔を見て、お茶を飲みたい気分です。
戦前の鳩居堂の緑青の絵の具、ある人からもらったので、お裾分けします。

浜野 智  矢川さんの朗読の 2002年06月03日(月)23時00分05秒
追悼・矢川澄子氏/星からの光 へのコメント

CDが近く「水牛」レーベルから出るはずです。確か3月30日に録音が行われたはずです。
どんなテキストが朗読されたのかは、あいにく知りませんが。

水牛楽団の CD『水牛楽団』には、矢川澄子作詞・高橋悠治作曲・矢川澄子歌による「だるまさんの千字文」が入っています。

http://www.ne.jp/asahi/suigyu/suigyu21/

勇崎哲史  矢川澄子さんの妹・Kさん 2002年06月03日(月)15時58分36秒
▼Review Lunatique:追悼・矢川澄子氏/その少女のような人の背中にはいつから翼が生えていたのだろう へのコメント

矢川澄子さんの訃報を昨日都内で面談した写真家のYさんからお聞きしました。
矢川さんとは一度だけお会いしたことがあり、僕が敬愛し、たいへんお世話になっているKさんの出版パーティの席でした。矢川さんはKさんの実姉にあたります。
Kさんは僕よりも1回り以上年上ですが、とても素晴らしい女性です。
Kさんをどのようにお慰めすべきか、そのことが昨日来、頭から離れません。

寮美千子  寮快太郎の怪?! 2002年06月03日(月)00時27分37秒 http://ryomichico.net

WEBで調べ物をしていて、偶然「寮快太郎」なる名前を見つけた。
寮快太郎(りょう・かいたろう)
生年経歴一切不明。
1940年(昭15)第26回サンデー毎日大衆文芸募集に
「豪華なるX殺人事件」が佳作入選。
何者だろう? もしかしたら、わたしの祖父が変名を使って書いた物ではないだろうか?

祖父の寮佐吉は、昭和初期から戦前にかけて仕事をした科学ライター。「サンデー毎日」にも多く寄稿していた。また「新青年」などでも海外のSF作品を翻訳紹介したりしている。市ヶ谷に住んでいたが、東京大空襲で全焼、その少し前に佐吉も結核で亡くなり、佐吉につながるものはすべて焼け、何ひとつ残っていない。

さっそく父に電話をして聞いてみたが「寮快太郎」なる名前には覚えがないとのこと。
「でも、おじいさんは探偵小説みたいなものを書いていたよ」
父が祖父と死に別れたのは17歳。当時父は陸軍経理学校に入学し寄宿舎生活をしていたため、祖父の仕事のことなど、あまり詳しく聞いていない。父よりは、むしろ父の従兄弟たちのほうが、祖父佐吉について詳しいぐらいだ。戦後も生きていた彼らの父である寮金吉から、佐吉の思い出話を聞いていたからだ。因みに、この金吉は文学と言語学をやっていて、戦前から戦後にかけて、著作や訳書もいくつかあるらしい。

そんなわけで、祖父かどうかわからない謎の快太郎氏。「いっちょ、書いたろうか」と、遊び心で祖父が書いたのかもしれない。もしかしたら、お堅い金吉大叔父だろうか。ただいま「サンデー毎日」に問い合せ中。結果がわかったらお知らせします。

追伸:しかし、WEBは面白い。情報が堆積していって、だんだんと厚くなってきている。思わぬ場所で思わぬものに出くわすことがある。まるで、遠い遺跡を発掘するようなもの。言葉は遠いところから光になって届きつづける。たとえ、会ったことのない祖父からでも。


http://members.tripod.co.jp/tanteisakka/ri.html

大長老  うさぎとカメ 2002年06月03日(月)00時25分07秒

宮沢賢治に通じるユーモアがありますねー。↓

review0002.html#review20020602172952

ムー大陸  広告出しました 2002年06月02日(日)11時58分02秒

最近、申請取次行政書士の登録をしました。この資格があると、日本での在留許可を取りたい外国人の代わりに入国管理局に行って手続をできるのですが、何もしないと仕事は来ないので、最近"METROPOLIS "という英文の週刊情報誌に広告を載せました。No. 427、1.5 Servicesのところです。大きい本屋に置いてあって無料でもらえますので、興味のある方は是非見てください。また、外人の友人に紹介してくれるとうれしいです。また、次のサイトでも見れます(今週の木曜日まで)。www.metropolis.co.jp.

silica  私がもらっている矢川さんからの光 2002年06月02日(日)11時22分59秒
追悼・矢川澄子氏/星からの光 へのコメント

私は、ほんの一読者にすぎません。
でも、以前作家さんが手がけられた本が何かの招きでふと自分の手元に届くとき、それが心のどこかで求めたものだと感じられたとき、不思議な感慨を覚えずにはいられません。

矢川さんの翻訳でわが家が一番親しんでいるのは「ぞうのババール」です。
私にとってもっとも記憶に残る子供の頃の絵本は「ぞうのババール」と「まりーちゃんとひつじ」でした。矢川さん訳の初版本は’74年ということでしたので、私が見た絵本はおそらく輸入本だったのでしょう。娘が生まれて、絵本のコーナーへ立ち寄るようになった時、「この話はこんなに続いていたの。」と嬉しくなって、すぐに買い求めました。毎日毎日、矢川さんが届けてくださったことばで読んで聞かせた時期があります。

そして、この5月に古書店で私がふと手にとった本は「雪のひとひら」(作・ポール・ギャリコ 訳・矢川澄子さん)でした。(ものすごくその世界で知られている本でも私が見つけるのは遅いんです〜)
少し前に寮さんがこの掲示板で伝えてくださった宮沢賢治の「ひのきとひなげし」の話とあわせて、私は「自分の居場所で、咲く・・・光ること」を心に問われたような、どこかもやもやと迷いや焦燥のあった部分にすっと踏み込んできていただいたような啓示に涙が出てしまいました。(いえ、私はよく泣くんです。気にしないでください。笑)

そして、私が心を引き寄せられたのはその文庫本のあとがきにあった矢川さんの文章でした。「愛のまなざしのもとに」と書かれたその文章は、矢川さんの個人的な生涯は知らない私にもひとりの女性が心の内側にずっと秘めてきたものをやんわりと告げているようでした。

矢川澄子さんの作品にはきっとこのほかにも意識することなくたくさん出会っています。
こんな平凡な私のところにもたくさんの美しい言葉を届けてくださって、本当にありがとうございます、とお伝えしたい気持ちでいっぱいです。

そして、寮さん・・・寮さんの言葉は私の明日の元気だから、きっときっと長生きしてくださいね。

パルステラ  追悼:孤独のうちに星になっていく人たち 2002年06月02日(日)02時19分31秒
追悼・矢川澄子氏/星からの光 へのコメント

矢川澄子氏の訃報は、あまりにも突然でした。
私の初めての絵本に訳文を書いて下さった人。
その本がきっかけで絵を描く今の私は存在しています。

当時、建石修志氏関連の二次会の席で初めて編集者から紹介されたのが彼女でした。
その仕草が妖精のようでどこか鋭く、ハイセンスで、不思議な魅力の方でした。
編集者と一緒だったとは言え、大胆不敵にも学生上がりの私が、
処女作の絵本のための翻訳文(絵のモティーフはイギリスの童謡)をお願いしたいと申し出たのは、
今思えば建石氏に対しても、矢川氏に対しても何と無礼な行為だったことかと恥じ入るばかりです。
ただ、救いはお持ちした絵を御覧になって、その場で承諾して頂いたこと。あれは妖精の魔法でした。

その後、ギリシャ神話などの仕事で御一緒させて頂いたものの、なかなか御会いする機会もなく、
幾度かパーティ等でお見かけしたくらいでしたが、
言葉を交わせるような形でお目にかかったのがつい昨年の始め頃だったでしょうか。
宇野亜喜良氏との絵本「おみまい」の文章をお書きになり、
この絵本の原画展会場にて、宇野氏、矢川氏、それから女優の吉田日出子氏(+愛犬)
の三人+ワンのトークショーが催された日でした。
矢川さんは、全く変わらず妖精のようで、少女のようで、どこか凛とした花のようでいらした。

この時、絵本「おみまい」のサインをもらい、一冊は自分のために、もう一冊は
当時病床にあった友人の画家(寮さんとも友だちだった橋本淳子さん)に贈りました。
しかし、その友人の画家は昨年のうちに、誰にもお別れを告げずに逝ってしまった。

そして、今年またひときわ思い出深い作家がひとり、あまりにも突然に逝ってしまった。
光の繋がりがある一方で、このような不思議な悲しい繋がりが出来てしまう事も、
現実として受け止めるべきなのでしょうか。

矢川澄子氏の御冥福を・・・とは、まだどうしても言えないでおります。

寮美千子  追悼・矢川澄子氏/星からの光 2002年06月01日(土)21時15分26秒 http://ryomichico.net
▼Review Lunatique:追悼・矢川澄子氏/その少女のような人の背中にはいつから翼が生えていたのだろう へのコメント

矢川澄子さんが亡くなった。
自ら命を断った、という報道だった。
知人のところに、今朝、矢川澄子さんからの献本が届いたという。
彼女の最新刊が「著者献呈」というカードを挟んで。

旅立った後から届く言葉。
まるで、星からの光が、時を経て届くように、
その星はもうないのに、光だけが届いてくる。

とりかえしがつかないことって、つくづくあるのだと思う。
その一瞬、なにかが起こっていたら、
例えば、宅急便が届くとか、電話がかかってくるとか、
一枚の葉書が届くとか、そんな雑事が邪魔をしていれば、
魔の一瞬を逃れて、彼女はまだこちら側の世界にいたかもしれない。

長い長い間考えての、覚悟のことだったのかもしれないけれど、
それでも、どうしても、そう思えてしまう。
事故のようにして亡くなってしまった人のことは、
「もし、あの時」という思いが膨らんで、
心の中で収まりがつかないまま、いつまでもざわめいている。
その一枚の葉書を書くべきは、わたしだったのではないか。

矢川澄子さんは去っていった。
けれど、彼女からの光は、ずっとずっと届き続ける。
星が消えても、光は宇宙を走り続け、
たくさんの人を照らしていく。

矢川澄子さんのご冥福をお祈りします。

寮美千子  断片・奈良/満月と雷 2002年06月01日(土)00時49分06秒 http://ryomichico.net

三輪山のふもとの神社でたきちゃんとGさんの結婚式があった26日の夜、
わたしは奈良にある福祉施設「たんぽぽの家」の森口女史のお家に泊めてもらいました。
女史の家は、薬師寺のそばの池の畔、
静かにしていると、夜啼く鳥の声や、太いウシガエルの声が響いてきます。
おしゃべりをしていると、なぜか後ろの窓が光ります。
こんなとこるにネオン? まさか。 自動車のライト?
ぼんやりとそう思っていると
「あれ? 雷じゃない?」との声。
「ほんと。電気、消して! 雷見物するから」
実は、わたしは雷見物が大好き。
雷が鳴ると、いつも家中の電気を消して、稲妻を見るのです。
子どもの頃から、ずっとそうです。
電気を消すと、驚くほどまぶしい稲妻が光りました。
見たこともないような激しい稲妻。
何本も同時に光が走り、それが細かく枝分かれして、
まるで空を走る光の血管のように光るのです。
びっくりして見ていると、また稲妻が!
それから、何度も何度も、驚くほど長い時間、稲妻は光り続けました。
「あれ、月明かりじゃない?」
南の窓にかかったカーテンの隙間から、光が洩れていました。
カーテンを引くと、さあっと青白い月明かりが差し込んできました。
満月!
なんてことでしょう。
南の空には満月が煌々とかがやき、東の空ではまだ稲妻が光っているのです。
恐ろしいほど美しい夜。
なんて不思議な夜だろう。
きっと空は、満月も雷も総動員で、たきちゃんたちを祝っているんだ。
見ているかな、あのふたり。
そう思いながら、みんなといっしょにいつまでもいつまでも空を見ていました。

同じ夜、京都から雷を見ていた人の日記がありました。
地上のいろんな場所から、いろんな人が月と雷を見ていたんだね。
そうやってきょうも、同じ月を見あげる人が、きっとどこかにいるんだろうな。

http://www.enpitu.ne.jp/usr2/bin/day?id=25026&pg=20020529

silica  おかえりなさい 2002年05月30日(木)07時12分45秒
Kくん、元気! へのコメント

寮さん、このところ時々雲にかすみながらも、お月さまが顔をのぞかせていてくれた
でしょう・・・? きっと見守ってくださっていますよね。

私は、このところの寮さんの体調も心配・・・
いっしょにお願いしています *****(にこ!)

勇崎哲史  ひと安心 2002年05月30日(木)03時44分21秒
Kくん、元気! へのコメント

寮さんがKくんのところに行ってみる、ということだったので、
気になって覗いてみたら、まさに喜ばしい投稿をされていました。
よかった。よかった。よかったね。

パルステラ  第一関門突破★Kくん、やったね。 2002年05月30日(木)03時01分29秒
Kくん、元気! へのコメント

寮さん、おかえりなさい。
息付く間もなく、Kくんの御報告有難うございました。

ひとまず、本当によかったね〜!
このまま若い生命力がどんどん伸びていきますように。

すっかり靴に翼の生えちまった寮美千子は、
そろそろ腰を落ち着けて執筆活動に入れるだろうか?(独り言)


寮美千子  Kくん、元気! 2002年05月30日(木)01時17分46秒 http://ryomichico.net

入院中のKくんの顔、見てきました。
25日に、胆道閉鎖症の大手術をした生後2カ月のKくん。
小さな体で6時間半という手術をしたにも関わらず、
なんと27日には集中治療室を出ることができるほど回復。
お医者さんも驚くほどの回復力だそうです。
麻酔が切れて、手術室から出てきたとたん、
ぱっちりと目をあけて、手足を元気にばたつかせていたんだって。
赤ちゃんは脆くて弱い存在だけれど、時に奇跡的な回復力をみせる。
これから育とうとしている命が、そんな奇跡のような力をだすんだね。
まだ、チューブにつながれているけれど、
おかあさんの腕に抱かれて、にこにことご機嫌なKくんをみて、
ほっとして涙が出ちゃいました。

まずは第一関門突破。よかった。
手術中、閉鎖している胆道を切断したとたん、胆汁が流れ出たとのこと。
これは、それ以前の場所では、閉塞がなかったことを示すもので、
よい兆候なんだそうです。
けれど、これからお腹の中が腫れたりして、せっかく通った胆道がふさがる可能性も。
手術がほんとうに成功したかどうかは、時間を待たなければわからないとのこと。
でも、Kくん、とても元気だし、
熱も微熱ですんでいるとのことで、経過良好です。

人間って、ほんとうに気の遠くなるような複雑な存在。
厳密な設計図がほんの少し違うだけで、たいへんなことになってしまう。
たとえ設計図に間違いがなくても、組み立ての途中でなにかがちょっと狂うだけで、
あるいは、健康に生まれてもちょっとした病気にかかるだけで、
命に関わるような重大な問題を引き起こしてしまう。
ただ健康に生まれ育つというそのことが、どんなに大変でむずかしいことか。
それだけで「ありがたい」とつくづく思ってしまいました。

そして、なにか体に支障があって生きている人々のことを思うと、
自分の中に当然のように引かれていた基準線が、
ぐっと違うところに移動していくのを感じる。
それは「たんぽぽの家」でも感じたこと。
障害者も含めての世界観、
というのものを自分のなかで再構成しなくちゃなあと強く感じました。
自分が病気したり怪我したりで、車椅子生活もあったし、
いままでも、考えないわけじゃあなかったけれど、
他者としての障害者が身近にいなかったから、
わたしはいままで、ずいぶんとヴァーチャルだったかもしれません。
「たんぽぽの家」で働くケア・スタッフやボランティアの人々の実際性や、
タフでありかつ繊細である様をみて、頭が下がる思いがしました。

Kくんのことや「たんぽぽの家」の人々にであったことで、
またひとつ、世界の広がりと深さを感じることができた。
そんな気がしています。
「障害者」という言葉さえ、なにか不適切なものに感じてならない。
(いままででも「障害者」という言葉は、気に入らなかったけれど)
ともかく、いろいろ考えることがいっぱいです。

Kくん、がんばっているね。
ありがとうね、Kくん。
元気な顔、見せてくれて、うれしかった。
また、会いにいくね。

小長老  またまたお知らせで恐縮ですが 2002年05月29日(水)22時28分58秒


足をやられてなんども入退院を繰り返していた

友人のステンドグラス作家のアベッチが自由な手を

駆使してホームページをアップしました

見てやっておくんなせーー

http://www.syzk.com

寮美千子  大阪・奈良ツアーより無事帰還! 2002年05月29日(水)16時31分03秒 http://ryomichico.net

昨晩遅く、大阪・奈良ツアーを終えて帰宅しました。
今回も、高密度の旅だった。
3泊4日が、まるで半月くらいの旅に感じられるような密度の高さ。
こんなことしていたら、早死にしてしまうのでは? とも思ったけれど、
結局、体感時間は半月なんだから、実感として感じている時間は現実より長くて、
その意味では長生きってことかもしれない。
そんなことすら考えるほど、盛りだくさんの内容でした。

旅の初日の5月25日、大阪の写真家、赤阪さんのスタジオでのライブでは、
民族音楽の等々力政彦さんと初共演。
野太い等々力さんの音に触れ、モンゴルの大地を実感。
客席に向かって朗読していたので、赤阪さんのモンゴルのスライド・ショーを
見られなかったのが残念。
それでも、横目でちらちら見ていたら、なんだか朗読にぴったりの絵が。
すごい偶然の一致なのかしら? それにしても……と不思議に思っていたけれど、
後で聞いたら、なんと、原稿を見ながら、
その場でスライドをセレクトして、即興のスライドショーをしていたとわかり、感激。
その夜は、赤阪スタジオで超盛り上がって大宴会の果てに
その場に泊まらせてもらうことに。赤阪さん、ごめん。
翌26日は、奈良の三輪山ふもとの大神神社でたきちゃん&Gさんの結婚式を野次馬し、
奈良の森口女史宅へ。
南に満月、東に稲妻を見ながら語り合う夜を過ごし、
翌27日は、奈良の福祉施設「たんぽぽの家」のケア・スタッフと朗読のワークショップ。
わずかな空き時間、豪快かつ繊細なボランティアのおばさま、
朝田三恵子さんに案内されてミニ観光。
唐招提寺、垂仁天皇陵、奈良町と回り、山に登って奈良盆地に沈む夕日を見て戻ると、
森口女史宅ではすっかり「お好み焼きパーティ」の準備が整っていて、宴会。
参加者は「たんぽぽの家」で働く若い人々。
そのなかのふたりが今秋結婚と聞いて、場はいきなり盛りあがり、
じゃあ、そのふたりに詩を贈ってあげるねと、リーディングへと突入。
勢いづいて、みんながかわるがわるわたしの詩を読むことになり、
蝋燭と月明かりのなか、静かに熱い朗読パーティが開かれたのでした。
これが、すごくよかった。
そして、最終日の28日。
いよいよ「たんぽぽの家」のメンバーに向けての朗読ワークショップ。
体の自由のきかない人、言葉がなかなか出ない人、知恵遅れの人、
いろんな障害を抱えた人々とともに、どうやってワークショップをしていったらいいのか。
インドで障害者のお世話をしたことはあるけれど、
ワークショップ指導ははじめての体験。
前日から緊張してどきどきしてしまったけれど、案ずるより産むが易し。
のびやかな個性に支えられて、すばらしいワークショップになりました。
障害があるって、つくづく「個性」なんだなあって思った。
『おおかみのこがはしってきて』『おおきくなったらなんになる?』を
みんなに声に出して読んでもらって、こっちの方が感激。
みんなに贈った以上に贈られた、という感じのワークショップでした。

「こりゃあ、まるで話に聞いた天国だな」って思いました。
そこにあるのは、長い長いお箸。
そのお箸をつかって、自分が食べようとすると、口まで届かない。
すると、そこは地獄になる。
けれど、そのお箸で、向かいに座っている人の口に食べ物を運んであげれば、
その人が食べられるし、向かいの人もわたしの口に食べ物を運んでくれる。
すると、そこは天国になる。
ここは、天国。

だれかのために、何かをして、
それ以上に、相手から受けとるものがある。
そうやって、みんなが「心の食べ物」をやりとりして、
胸がいっぱいになり、とってもしあわせな気持ちになる。
こんどのツアーもそうだったし、
4月13日から続いた怒濤の旅芸人暮らしの日々のすべてがそうだったと、
改めて思いました。
わたしは、しあわせ者です。みんな、ありがとう。

これで、旅芸人の日々も一段落。
大阪ライブの詳しい報告も書きたいし
「たんぽぽの家」のみんなのことも書きたい。
まだ積み残しの北海道報告もあるし、伊福部昭の音楽についても書きたい。
焦らず、ぼちぼち書いていきたいと思います。

とりあえずは、ってずいぶん長いとりあえずだけれど、ご報告でした。
これから、Kくんのお見舞いにいってきます。

小長老  水中映像祭 2002年05月29日(水)11時11分07秒


寮美千子氏関係の画像をアップしました

100Kくらいの映像が10枚くらいあるのでご注意

http://www.street.ne.jp/honda/liveresort/suityuu/suityu.htm

グレン横田  いいライブでしたよー! 2002年05月28日(火)21時53分55秒
大阪ライブ へのコメント

先週土曜日の大阪での「幻燈会」に、またしても花束贈呈要員として参加させていただきました。
旧知の等々力氏に「なんで君がここにいてるの?」と言われたり、狙い通りびっくりさせることにまんまと成功した寮さんに「しかし目が高いねえ!」と言わせたり、まことに痛快な一夜でありました。

寮さんがあの日の舞台で、「近々結婚する2組のカップルに捧げます」との前置きに続いて朗読されたVoice「星の魚」。私たち2人も、はなはだ勝手ながら自分たちの今の境遇に引きつけて、しみじみ受けとめさせていただきました。この場を借りてあらためて御礼申し上げます。

打ち上げも楽しかったですねえ。
爆笑本音トークがどうにも止まらなくなって大ウケをとりまくる某好青年や、絶妙のボケを連発して存在感を示しつつ、いつの間にか座ったまま眠っていた某ミュージシャン。ムーンライダーズ関係の奇縁に出食わしてらんらんと目を輝かせる某主催側要人など、キュートな酔っ払いの皆さんが続出で、本当に愉快な時間が過ごせました。
モンゴル、沖縄、北海道、ボブ・サムさんの日本ツアーなどなど、皆さんからうかがえた旅の土産話の数々も、滋味豊かな酒の肴となりました。
ああいう場での伸びやかなコミュニケーション自体、世界を少しずつ美しくしていっているように思えてなりません。

あのような素晴らしい機会を用意してくだすったすべての関係者の皆さんに、心からの感謝を捧げます。

黒田武彦  地球史カレンダー、ズレてましたよね? 2002年05月28日(火)12時26分44秒
天文学者 黒田武彦氏もすごい! 森本雅樹おじさまもがんばる! へのコメント

恥ずかしながら、寮さんの登場した「さうすウェーブ」を汚して
しまいました。
昨日、トカラ列島の中之島から戻ってきました。こんな世界がま
だ日本にあるんだ、となぜか感動してしまった十島村でした。
なにせ、コンビニはない、店もない。たった1件しかない小さな
店は夕方1時間ほどだけ開店、一人のおじいさんが電卓片手に売
上げ料金を計算するという姿も微笑ましかったです。鹿児島から
船(村営)で7時間近くもかかる刻を忘れさせてくれる島でした。

ところで、いない内にウェブに掲載されたインタビュー等、帰っ
てきてまだゆっくり見ていませんが、寮さんのときと比べて余り
の格調の低さに恥ずかしさでいっぱいです。
なお、地球史カレンダーは3つの欄に1)「現象」と2)「何年
前か」と3)「カレンダーの日付」を記していますが、編集段階
でそれらの行の並びがずれてしまっているようです。間違ってお
使いいただいては甚だ申し訳ありませんので、急ぎ修正をしてい
ただけるよう連絡をいたしました。

リト  寮三千子先生に捧げる4つの読書感想文 2002年05月28日(火)01時00分59秒 http://rito.2.hotspace.jp/

必ず書かせていただきます。

昨日、本届きました。心から感謝申し上げます!

勇崎哲史  賛成に0.7票 2002年05月27日(月)21時08分05秒
いま、わかった へのコメント

http://www.tokyo-concerts.co.jp/artist/ikebe.html
どちらも男前。

パルステラ  ズレて、だめ押し 2002年05月26日(日)23時57分14秒
もひとつズレて… へのコメント


■幽然さまさま、有難うございます。

子供からの呪文の謎に光が射して来た思いです。
今日、父親にも聞きましたらやはり幽然さま仰せのとおりのような事を申しておりました。
どうやら梵語(サンスクリット)〜真言密教のようですね。

「この真言を唱えると、一切のことが成就するという。」素晴らしい意味でした。

今、大切な命へ向かって改めて唱えてます。

■大長老さまのおまじないがまた〜強力でよろしゅうおますなあ。★★★



小長老  いま、わかった 2002年05月26日(日)21時03分41秒


DORONKO氏、だれかに似てると思ってたんだけど、、

池辺晋一郎氏だーった(怒るなーーー@@)

■一つ前のログ(No.0008)


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