偏光図書館/寮美千子の書架Tue, 05 Aug 2008 21:55:57
『石の花 ―林芙美子の真実―』 太田治子/著
筑摩書房 2008年4月24日公明新聞 2008年7月28日書評
Fri, 25 Jan 2008 01:03:06
『「宇宙」の地図帳 新常識がまるごとわかる!』 懸秀彦/監修
青春出版社 2007年11月10日公明新聞 2008年1月21日書評
Tue, 25 Dec 2007 01:49:05
Thu, 22 Nov 2007 15:41:07
Tue, 20 Nov 2007 23:49:29
Sat, 09 Jun 2007 23:48:46
放置なんと、検死の記録ではないか。
最終生存確認 八月十七日正午頃
家族の一人
同日午前六時三十分 近所の人が草引きをしているのを見ている
「お早う ――さん」 声もかけた」
発見 八月二十一日午後零時十五分頃 家族
本屋から約五〇〇メートルの隠居
同区畳二間の部屋
(後略)
〜老医の記〜
谷口 謙 院長(谷口医院 院長・京都府警察医)
昭和二十五年十二月二十五日開業と申しますと何年になるでしょうか。開業五十年を一つの目標としていましたが、あれよあれよと過ぎてしまい、朝起きると診察室の机の前に座っています。開業当初は、蛔虫(かいちゅう)症が目茶苦茶に多かったことが記憶に残っています。
腹痛にはサントミン投与、こんな一時期がありました。現在は、各分野に別れ、多くの専門医がいらっしゃいます。お恥かしいですが、処方された薬品名をみても、薬価基準を引かなければわからないことがあるほど薬品の開発も進んでいます。八十歳を過ぎた老医としては、ただもう自分でできることを老人らしく、ていねいにすることに限ると思っています。
高齢にもかかわらず、小学校医・保育所医をさせていただいていますが、子どもたちの健康を考えて診察することは、やはり仕事をしたとの思いが残ります。
前任者の先生が急死され、平成七年七月一日から、当時の峰山警察署(現在の京丹後警察署)の警察医の仕事を受けさせていただいています。この仕事には待ったがないので深夜でも出かけます。今回は、豪雨のため発生しました墓地公園崩落による災害で、家屋に押し潰されお二人のかたが亡くなられました。列車事故による死亡例は数例経験しましたが、このような災害は初めての経験でした。
事情に詳しい警察のかたが横に付き添ってくださり、いろいろ教わりながら、検案書を書かしていただきました。
高齢ではありますが、地域の医療に貢献するため、できるだけのことはやっていきたいと思っています。
みなさんには何のご関係もありませんが、開業以来、生活にかかる「詩」を書き綴って参りました。稚拙(ちせつ)なもので人様にお見せできるような作品はありませんが、確かに唯一の私の楽しみであります。
Sat, 06 May 2006 14:06:50
『fantasia[ファンタジア]』 高樹のぶ子/著
文藝春秋 2006年1月15日週刊読書人 2006年2月24日号書評
Fri, 21 Oct 2005 00:32:07
Fri, 25 Feb 2005 00:10:51
『ホエール・トーク』 クリス・クラッチャー/著、金原瑞人/訳、西田登/訳
青山出版社 2004年4月5日共同通信 2004年5月配信
Tue, 27 Apr 2004 01:13:23
『フューチャー・イズ・ワイルド 驚異の進化を遂げた2億年後の生命世界』 ドゥーガル・ディクソン/著、ジョン・アダムス/著、土屋晶子/訳、松井孝典/監修
ダイヤモンド社 2004年1月8日公明新聞 2004年3月22日書評
Sat, 10 Jan 2004 18:13:42
Fri, 09 Jan 2004 01:48:14
この本に出てくる人びとには「善人」も「悪人」も存在しません。誰が悪くて、誰が良い人であるという区別はないのです。その善人でも悪人でもない同士が殺しあい、傷つけあう。それが戦争というものの愚かさで、無惨さなのだ。
人間同士が殺しあわなくてはいけない戦争は、「絶対なる悪」と現場を見てきた写真家は言いきる。
Sun, 23 Nov 2003 22:41:00
『月のしずくが輝く夜に アイヌ・モシリからインドへの祈りの旅』 チカップ美恵子/著
現代書館 2003年9月5日公明新聞 2003年11月10日書評
Sun, 23 Nov 2003 22:29:13
林芙美子の評伝「石の花」の著者太田治子は、このイメージに長らく違和感を抱いてきた。著者は中学生の頃、映画「浮雲」を見て「腐れ縁の世界ではあっても」「純愛としか思われない」恋愛に感動、後に芙美子の原作を読み、「どの頁を開いても息づまるような情景がたちのぼ」る描写に強く惹かれる。
しかし、著者が芙美子に惹かれた理由は、それだけではなかった。「生まれたての赤ん坊のころに、林芙美子に抱っこされたことがあった。昭和二十三年の秋、父の太宰治が入水してまだまもないころである。」著者は芙美子に、養女にと望まれたことがあったのだ。
そんな芙美子に寄せる著者の思いは強い。資料を徹底的に調べ、検証し、芙美子の足跡をたどってパリへ屋久島へと赴き、生前の芙美子を知る人や関係者に直接会って話を聞く。
綿密な取材を重ね、芙美子に近づけば近づくほど「わからない」部分が際立ってくる。その闇の部分に、著者はさらに踏みこんでゆく。文中に「という気がする」「に違いなかった」という語尾が頻出するようになる。
するとそこに、明るさとは裏腹の深い孤独を抱えた繊細な芙美子像が浮上してくる。それは、従来の芙美子像に新しい光を投げかけると同時に、著者自身の心の鏡像ともいえるかもしれない。この著者の「小説・林芙美子」をいつか読んでみたいと、切に思った。